【青龍】龍は飛び発つ
マスター名:御神楽
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2015/04/20 13:31



■オープニング本文

※注意
このシナリオは舵天照世界の未来を扱うシナリオです。
シナリオにおける展開は実際の出来事、歴史として扱われます。
年表と違う結果に至った場合、年表を修正、或いは異説として併記されます。
参加するPCはシナリオで設定された年代相応の年齢として描写されます。

※後継者の登場(可)
このシナリオではPCの子孫やその他縁者を一人だけ登場させることができます。


●青き龍、再び
 天儀暦1020年――世間では数年前より計画が続いていた第四次開拓計画も出発の時期が迫り、八咫烏が嵐の壁への突入準備を整えつつあった。この計画には世界各国が関与しており、当然、五行国からも多数の陰陽師らがこれに携わっている。
 世間全体はもちろん、五行国中枢も、計画大詰めに向けてどこか騒がしくあった。
 かつて青龍寮にて講師を務めていた菅沢あきらが五行王架茂天禅に呼び出されたのは、まさにそんな時期のことであった。
「青龍寮を再開する……」
「そうだ」
 架茂王の言葉に、菅沢は背を正した。架茂王が面倒そうに言葉を続ける。
「人が足りん」
 別に第四次開拓計画だけに限った話ではないだろうが、護大の問題が解決して数年、拡大に向かう世界の流れは加速し、人材はどこでも不足がちであった。陰陽師はその瘴気を扱う力により、旧世界の探索をはじめ、瘴気と精霊力のメカニズムを解明する研究職まで、活躍の幅を大きく広げていた。
 五行国としても、優れた陰陽師の更なる確保が急務である。となれば当然ながら、公けに設けられた学習機関は人材の供給源として安定的で、その需要が高まりつつあったのだ。


 が、しかしだ。
 その命令を受けた菅沢は少々困っていた。
 というのも、架茂王ら五行国上層部が青龍寮の再稼動を検討したのは人手不足からで、講師として適当な人物を見繕うにもまず当人が忙しそうにしている。かくいう菅沢も別件で数多くの任を負っており、さほど余裕はない。
「私自身、現状で正式に寮長を受ける訳にはいかないのですよね……」
 ということで、彼は寮長だけは辞退して寮長代行だ。
 また、もう一件別の問題もある。
 青龍寮は、休講が多い点など幾つかの問題点を抱えていた。それらを放置して再開するのではなく、そうした問題に対処できるよう従前の体制を改める必要がある。
「具体的に言えばどのような?」
 部下に問われて、菅沢は首を傾げた。
「これといった妙案はありませんが、講師の数を増やす感じ……でしょうか」
 講師の数を増やせば、講義の頻度を高めることもできるだろう。
 それに、授業全体の一貫性では多少譲るかもしれないが、一方では多様性を広げることにも繋がる筈で、そのことは青龍寮の伝統にもよく合致する。
 ただこうなると、前述の通り、講師として適当な人物が手が空いていない、という問題が大きくのしかかって来る。五行国のみに限らず、広く目を向けて講師候補を見繕わなければなるまい。
「しかし、五行国外と言いましても、伝手はございますので?」
「そうなんですよねえ」
「こういう時、内研勤務ですと困りますね」
 頷いてから、菅沢は筆を取る。
 しかし、と前置きしておいてから、数通の書面をしたためた。
「ならばまさしく、私たちだけで考えるべきではないですね。ここはひとつ、力を借りるとしましょう」


●集いし青龍
 文には、「青龍寮長代行菅沢あきら」と記されていた。
 本文をばさりと開くと、そこには青龍寮の再開についてと、講師の募集を行う旨、そして最後に、それを兼ねて久々の「同窓会」などどうですかとしたためられていた。
 詳しい説明によれば、青龍寮の講師そのものは元寮生である必要は無いそうで、何なら知人でこれという者を推薦してくれれば幸いであると続いている。かつての青龍寮が残したもの。それを踏まえながら、新たな風を招き入れていく為に。
(久々に顔を見るのも悪くないかもしれない)
 あなたはその手紙を、飛空船の上で、儀の上で、地上で、神楽の都で、それぞれの場所で受け取った。


■参加者一覧
胡蝶(ia1199
19歳・女・陰
樹咲 未久(ia5571
25歳・男・陰
宿奈 芳純(ia9695
25歳・男・陰
无(ib1198
18歳・男・陰
成田 光紀(ib1846
19歳・男・陰
晴雨萌楽(ib1999
18歳・女・ジ


■リプレイ本文

●それぞれのいま
 ページのこすれる音がする。
 暗がりの部屋を照らすのは宝珠の灯り。棚の中には多数の宝珠や書物が収められており、一人の男が、それらを慎重に取り出して確認している。
(状態は良好。年代的には……難しいところですか)
「先生ぇ!」
「静かに」
 走ってきた若者を、无(ib1198)が叱った。
「書庫や倉庫の類には貴重真も多い。落ち着いて静かに行動しろといつも言ってあるはずですが?」
 慌てて走る足を緩める若者。
「それで、どうしました。そんなに慌てて」
「あっ、そうでした。これ、先生にお手紙です」
 彼は懐から一通の文を取り出す。差出人――青龍寮。
 神楽の都に設置された大図書館の司書室に届いたと言う。肩からは尾無狐が覗き込み、受け取れなかったらどうするんだろうねと首を傾げる。
「近眼が進んでなければいいですが」
 菅沢の顔や他の寮生らを思い出し、无は思わず笑みをこぼした。


 あくる日、神楽の都上空を曳航中の大型飛空船に胡蝶(ia1199)は降り立った。
「今回の航海計画の件ですが――」
 彼女が広げるのは空路図である。
 気流の流れが複雑に記されたそれを示した。
 小型飛空船は積載力にこそ劣るが小回りが利き護衛としての役割を兼ねられる。彼女もまた、そのような役回りで船団に随伴する日々で、航海士としても才覚を見せていた。
 提案された変更点を承諾する船団長。それではと自らの小型船へ帰ろうとした胡蝶を、船団長は呼び止めた。彼が篭から取り出したのは一通の文であった。
「私にですか?」
「あと一日遅れていたら入れ違っていたな」
 船団の団長が文を手渡すと、彼の背後ドアから笑顔の樹咲 未久(ia5571)が顔を出した。
「どうも。お久しぶりです」
「末久。どうしてここに?」
「第四次開拓計画がありますからね。どのようなものか様子を見に来てみましたら、ちょうど定宿に手紙が届いていまして」
「なるほど、あなたが届けてくれたのね……場所は結陣か。船の寄港予定もあるけれど、あなたはどうする?」
「元よりそのつもりですよ」
 未久が笑う。
 頷き、胡蝶は文を懐にしまった。
(良い契機かもしれないし、行きましょうか、五行へ)


 結陣のとある料亭。
 お久しぶりです、と頭を下げ、宿奈 芳純(ia9695)が手提げ鞄より資料を取り出す。
「返信にも書きました、現在の研究に関する資料です。今は瘴気を練力に変換する術の構成に取り組んでいます」
「あの時の研究課題ですね」
「えぇ」
 頷く芳純。彼は卒業課題として挑戦した研究を更に一歩進めている。
 二人の会話に、成田 光紀(ib1846)が顔を向ける。
「瘴気回収という術もあるが、そちらとの違いはどうなるのだ?」
「術者本人に限ればそれで十分です。私はそれを他者にも供給できる術として模索しています」
「ふむ」
 もしこれが可能なら、やがては瘴気から練力、練力から精霊力へと、人を介することで瘴気を精霊力として利用していくことが可能になるのではないか。彼はそう考えたのだ。
 これは独力で事を成す為の術ではない。
 自らは瘴気と他者を繋ぐ役割を果たすこととし、それぞれが専門性をもって役割を分担することへ認識を転換したのだ。
「これらはその研究結果です。何かの参考になりましたら」
「なるほど……」
 資料を受け取り読みふける菅沢を見やってから、光紀は辺りを見回した。
「最後の一人が来たようだな」
「や」
 ニッと笑って、晴雨萌楽(ib1999)は小さく手を挙げた。
 胡蝶が思わず腰を浮かす。
「萌楽。来ないかと思ってたわ」
「実のところ、戻ってくるつもりは無かったんだけど、サ。でも、ふと懐かしい顔にも会いたくなってね」
 と、浴衣姿の彼女の格好を見て、皆は不思議そうに眉を持ち上げる。
「埃っぽくて、ひとっ風呂浴びてきちゃった」
 肩をすくめる萌楽。彼女は、背負ってきたリュック……というよりはボロボロのズタ袋を部屋の隅へ放るように降ろした。なるほど土ぼこりにまみれたその袋を見ると、服の方も相当だったのだろうと想像が付く。
 光紀が手元の杯に酒を注ぐ。
「ま、いずれにせよ、これで全員揃ったという訳だ。あいも変わらず纏まりの無い我々を、よくぞ掻き集めたものだな」
「えぇ。萌楽さんは無理かな、とも思いましたが」
 菅沢が苦笑し、杯を掲げる。
「それでは久々の再会を祝して……乾杯」


●宴
「萌楽は今どうしてるの?」
 胡蝶は商人としての道を志して世界中を飛び回っており、商業者らのネットワークにも触れている。他の皆はそれなりに消息などが伝わってきたが、萌楽の行方はとんと知れなかった。
 むろん、この同窓会の知らせも、まるで連絡が取れなかった訳で、どうやってこれを知ったのか割と不思議なところでもある。
「どうしてた、って言ってもね」
 杯を傾けながら、萌楽はんーと首を傾げる。
「世界中を風の向くまま気の向くまま、かな?」
「せめて連絡くらい取れるようにすれば良いのでは」
 未久が苦笑する。
 立場としては彼も似たようなものだ。世界中、興味の向くままあちこちを巡っている。ただ、その傍らで開拓者としての活動も続けていたし、消息を断ってまではいない。
「私は地上中心ですかね」
 芳純が薬膳料理をつまみながら、旅の日々を思い起こす。
「知っていることと歩き見て感じることは別物です」
 胃腸に優しい料理をじっくり味わう芳純。
 対して无は万が一に備えて胃腸薬を呑みこんでから料理に箸をつける。尾無狐も隣で自分の食事を突いている。
「まあ、遺跡調査などをしていますと生活が荒れますからね」
「ふうん……あっと、そういえば」
 感心したように膳を見やっていた未久が、何かを思い出したように鞄を開いた。
「お菓子を作ってみました」
「うっ!?」
 思わず身構える数名。
 そんな様子に気付かぬ未久が取り出したのは、細かく刻んだ菓子を練りこんだカップケーキのような焼き菓子だった。見た目、匂いなどには全く異常は感じられないが……
「果実の砂糖漬けを練りこんで焼いただけですよ。間違いようがありません」
 自信を見せる末久。
「……まあ、それもそうだな」
 光紀が頷き、胡蝶や芳純らが手に取る。よしと頷き一口にがぶりとかじってみた。
「どうです? 私だって成長するのですよ」
 青い顔で、胡蝶が光紀を睨む。
「……うらぎりもの」
 光紀は口をつけず、戦慄の顔で菓子をじいっと見やっている。
 一口かじった口の中に広がったのは、甘い甘い砂糖と果実の香り……と、ひどい塩気。一体どこで塩気が紛れ込んだのか。砂糖と塩を間違えた、というようなベタではない、何かもっと恐るべき見えざるものの意志が介在したとしか思えない。
 もっとも、萌楽は平気な顔でもぐもぐと味わっているのだが。
「おかしいですねぇ」
 かくいう未久は困ったようにカップケーキをかじってみる。
「……そういえば義弟が、『屈辱だが、挫折を味わったぞ』と以前言っていましたね」
 それはおそらく、匙を投げたということか――義弟の言葉に思い至って、彼はしんみりと目を伏せた。


●教鞭の行方
 久々の再会も盛り上がってきたところではあったが、彼らが集まったのには、旧交を暖める他にもうひとつ理由がある。
 再開を予定している、青龍寮講師のことだ。
「今まさに何かに取り組んでいる、という方は辞退したほうが良いでしょうね」
「えぇ、私は辞退するつもりです」
 芳純は今の研究も大詰めを迎えていて重要な時期だった。
「私も、申し訳ないけど講師の話は難しいわ」
 胡蝶も今は商人としての足場を固めつつある時期だ。大切な岐路である、というよりも、自分の力を活かす道を見出した、といったところだろうか。
 となると残る候補は四人である。
「それじゃどう。ひとつ、運任せで決めてみる、なんてのも」
 問う萌楽。
「奇遇ですね。私も同意見でして」
 无が手元から取り出したるは、水晶のサイコロだ。
「……それを賭け事で決めようというのも業が深いものだな」
 光紀の言葉に、菅沢は困ったように息を呑んで。
「まあ業が深いというより、何と言いますか剛毅ですねえ」
「運命に翻弄されたあたいらだ。今度はあえて身を任せてやるのも一興かなってね。いけないかい?」
「いや」
 光紀が首を振る。
「構わん。俺は観ているので、するといい」
「運まかせもまた私たちらしいですかね」
 未久が笑い、彼もサイコロを手に取る。
「客員講師などの形ならば、ちょうど良いかもしれませんが、と」
 偶数が出るならば、とダイスを振ると、ダイスは小気味良い音を立てて六で止まる。
「では私も。ひとつ奇数ならばとしますか」
 无がダイスを投げ出す。
「そも賭けに乗っておいて言うのも何ですが――」
 出目は奇数。
「私自身にその意志はあります。こうして目が重なるならば、なお良いかもしれません」
 最後に萌楽の番が巡ってきた。
 彼女は、差し出されたガラスのサイコロを受け取ると、手元より一枚のコインを現した。コインのデザインに何名かがおやと何かに気付いた。そのコインは両表のコインなのだ。
 萌楽はそのコインを床にパチリと押さえ、サイコロを指で手繰る。
「コインを使うのではないので?」
「運命はあたいの手の中にある、そういうことよ」
 菅沢の問いに微笑む。
「ピン限り」
 呟き、ダイスを放った。転がるダイスはコインにぶつかって脇に弾かれ、からんころんと縁側まで大きく外れて赤目を見せた。
「はらは決まったよ」
「……面白い余興だったな」
 光紀がふいっと煙を吐く。
「それはそれとして、だ。講師の話、俺も乗ってやろう。賭け事は見るとは言ったが、講師をやらんとは言っておるまい?」


「寮の形か。それも相応に変えていかねばならんだろうな」
 光紀が口火を切った。
「なに、いつぞや言ったかもしれんが、これからの陰陽師はかつての役割から更に飛躍することになるだろう。だが自分とて、いつまでも永遠に飛びまわれるとも解らぬからな」
 手酌を注ぎ、笑う。
「ならばここに集まっている者たちのような面白い連中を放り出して、持ち帰った噺をまた肴にでもすればよかろうとな」
 无が頷き、彼に杯を掲げる。
「私も、形式は固定はしなくとも良いと思いますね」
 杯をあおりつつ。
「青龍寮においては元よりのことですが、教室の講義に拘る必要はないとは考えます。探索や旅、それぞれの講師の下を訪れるといった感じでも良いのではないかと」
「あたいもそんなところかな」
 萌楽が殻ごとエビをかじる。
「野外講義中心に組んでいくなら、ジプシーとしての力や、これまでの旅の経験も活かせるしね」
「それならひとつ相談なんだけど、こういう話はどうかしら?」
 を乗り出す胡蝶。
 彼女の提案は、陰陽寮に非常勤講師などの形で協力すると共に、陰陽寮で発生する人員や物資の輸送に関わるというものだ。探索や研究などの野外講義を多く取り入れて活用していくのならば、陰陽寮に通じた業者も必要だろう。
「仕事の合間に、引率や野外講義の補佐くらいはやってもいいわ」
 続けて芳純が提案する。
「あとは、講師や生徒として地上世界の人々や、外国からも広く人を受け入れていくのはいかがでしょう。開拓計画も続く今、今後は更に見知らぬ儀との接触が続くでしょう。開かれた寮を目指すのが良いのではないかと」
 この二点の提案については、後日、寮で正式に実施が決定された。


 積もる思い出話、変わり行く世界にも花が咲くものの、久々の再会と和やかな宴も、やがて終わりの時を迎えた。
 光紀が笑い、首を振る。
「俺はも、今までの続き、繋ぎのみで終わらせる気はないぞ」
 時々、ぶらっと姿を消すこともあったが、時代に即した形を青龍寮にて最もリードしたのは、光紀だった。彼は全てにおいて永劫に変わり続けることを意識し続けた。
 願わくば、智が人の枷とならぬ事を――とは彼の考えを雄弁に語る一言だろう。
 彼は、青龍寮における陰陽師の根幹的な哲学を形成していくことになる。
 未久が外套を羽織り、赤い顔を振った。
「講師、か……私は、これといって個性は無いと思いますが、かんばりますね」
 後のことながら、青龍寮は野外活動に比重が置かれた形で発展していく。
 入寮生らの中には全てを捨てて陰陽の道を志した者も少なくなく、そうした中で未久は、客員のつもりであった講師のまま、寮生を監督し指導する役割を担っていくことになる。
 誰にも礼儀正しく穏やかな彼は入寮生らからも広く信頼を寄せられた。
 が、料理の腕が改善されたか否かは定かではない。
「次はどんな世界が見れるのでしょうね」
 第四次開拓計画に思いを馳せ、未久が感慨深そうに空を見上げる。
「どうでしょうね……私は暫く、地上暮らしでしょうか」
 芳純が土産の豆料理を包む。
 彼は暫くのうちに、取り組んでいた研究に成功した。術自体の効率は決して良いとは言えなかったものの、それは、補給の効かない地上世界や魔の森における研究の活動範囲を押し広げ、人と力とを繋ぐ橋渡しを果たした研究者として知られた。
 萌楽が両表のコインを懐にしまい、埃っぽい旅装束に着替えて玄関先に飛び降りる。
「安心しなよ。予定の日にはまた来るサ。それじゃまた暫くお別れね」
 くすくすと笑いを噛み殺し、手を振る。
 彼女は野外講義を主に――というよりは、一切それしか担当しなかった。
 萌楽の授業は生徒らの可能性を大きく広げ、同時に、中には陰陽師以外の道に自らの道を見出して寮を離れる者も相次いだ。人材確保を狙っていた一部重臣は渋い顔をしたが彼女はまるで気にしなかった。
 飄々として決してとらえどころのない彼女のスタイルは青龍寮の名物教師的な扱いだった、が、彼女はその後、ある時ふいっと姿を消してしまった。
 胡蝶も手を振り、微笑んだ。
「それじゃ、話がまとまったら連絡ちょうだい」
 胡蝶にはその輸送関連での実務が依頼され、野外講義で世界中を飛び回る青龍寮の講義形態を支えた。実学と現実に接する道を選んだ彼女は貿易商として成功し、ともすれば時に突飛だった青龍寮の理念と現実の緩衝材となったのだ。
 菅沢が皆を見送る。
「皆さん、またいずれ」
「ええ、またどこかで。良い風が巡ります様に」
 无が、去っていく仲間らに小さく手を振る。
 彼は、自身の空の根源を識り操る研究もあって、その講義は最新研究を問い続ける難解を極めるものとなったが、後見する弟子や孤児院への関わりを元々持っていた為か、講師としては抜きん出ていた。
 一時的に寮長代理も務めたが、代理の菅沢から代理を任されたことから、以降青龍寮は慣習として寮長を持たなくなった。
 これが、青龍寮にまつわる歴史、そして空白期を経た新生青龍寮黄金期に関わった者たちにまつわる断章である。五年の時を重ねた彼らはそれぞれの道へ足を向け、ここから更に歩んでいく。

 かくして、青龍は飛び発った。