|
■オープニング本文 ●再戦 開拓者達を出迎えて、志士は頷いた。 「報告は確かに。ご苦労様でした」 「しかし、どうしたものかな」 同じく留守番らしき志士が、腕を組む。 手持ちの兵が戻ってくるまで待っても良いが、その前に動き出されては厄介だ。 馬頭鬼は、まがりなりにも集中攻撃を受け、脚や腕を負傷している。数日中であればそこまで遠くへ移動してしまう事は無いだろうし、場合によっては体力回復の為に休憩を取っているかもしれない。 「そこまでの手傷を与えたのであれば、明日にも改めて依頼したい」 馬頭鬼が逃亡した方角は、山に対して平行方向だった。 つまり、森の中を、裾野に沿って逃げた。そのまま真直ぐに進んでいるのであれば、特に山側谷側へ逃げてはいないという事になる。もちろん、あくまで真直ぐ進んでいるのであれば、だが。 開拓者達にとって有利な点は、何点かある。 第一に、馬頭鬼が既に手負いである事だ。強力な再生能力を持つアヤカシでも無ければ、あれだけの手傷が即座に癒えるという事は無い。その点は有利と言えるだろう。第二に、こちらには準備をし直す時間がある。先の戦いを参考に、必要と思われる道具や装備を整えて行く事が可能だ。 総論としては、開拓者達に有利だろう。 無論、再戦であるが故の問題点もあるのだが‥‥。 「ところで――」 続けての依頼は何時になるか、と開拓者から問い掛けられて、志士が暫し考える。 「とにかく、まずは一度依頼を〆よう。続けて討伐に当たってくれるのであれば、後日、また改めて」 その言葉に促され、一旦帰路へつく開拓者達。 かくして翌日、開拓者ギルドには、改めて馬頭鬼討伐の依頼が出された。 |
■参加者一覧
月夜魅(ia0030)
20歳・女・陰
静月千歳(ia0048)
22歳・女・陰
樹邑 鴻(ia0483)
21歳・男・泰
戦部小次郎(ia0486)
18歳・男・志
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
大蔵南洋(ia1246)
25歳・男・サ
八十神 蔵人(ia1422)
24歳・男・サ
水月(ia2566)
10歳・女・吟 |
■リプレイ本文 「あそこです」 先頭から一歩引いて歩く静月千歳(ia0048)が、唐突に口にする。 静月の指差す先にはやや開けた空間。前回、眼頭鬼と戈を交えた場所だ。 「ふうん、大した力ね‥‥」 折れた木を見やり、霧崎 灯華(ia1054)はニッと口端を持上げる。 「彼との死舞は楽しめそうだわ」 「前回の戦いで負傷した部分については、先ほど話した通りです」 「狙い処は潰した片目、ってとこやな」 静月の言葉に頷く八十神 蔵人(ia1422)。 これから眼頭鬼を捜索する事を仲間内で確認しあうや、おもむろに地図を広げた。 「どうかされましたか?」 地図を覗き込む、大蔵南洋(ia1246)。 暫し地図を眺めていた八十神は、皆に地図を見せ、何点かを順に指差した。 「やっぱ、どっかに隠れるんと違うか思てな。それで何点か辺りを付けてみたんやが‥‥」 彼の示した点には村や集落。狩猟小屋等があればそこも‥‥とは考えていたが、地図に小屋の位置まで載ってはいない。集落等にはいわば『餌』もあり、隠れ場所として十分に検討に値する筈だ。 ただ―― 「それで、奴が逃げた方角は?」 地図から顔を上げ、樹邑 鴻(ia0483)が問い掛ける。静月は背を伸ばして周囲を見回し、一方へと顔を向ける。 「あちらです。痕跡も続いていますね」 「う〜ん、集落とは方角が違うか‥‥」 見やれば、地図にある集落とは方角が一致しない。遠回りして集落へ向かう可能性も無い訳ではないが、眼頭鬼が、そもそも集落の位置を知っているのかといった疑問もある。 「やはり、まずは痕跡を辿って捜索しましょう」 戦部小次郎(ia0486)の言葉に、皆が頷く。 荷物を担ぎなおして、彼等は改めて歩き始めた。 幸い、静月の証言通り、眼頭鬼は一目散に逃亡したらしく、小枝を踏み割り、草木を掻き分けて走っている。元々巨体だった事もあるだろう。その痕跡を辿るのは容易かった。 周囲を見回しながら進む開拓者達。 だが、その痕跡も減り、やがて途絶える。 きょろきょろと辺りを見回し、口をきゅっと結ぶ水月(ia2566)。辺りを見回せば、荒れた地肌や獣道等、馬頭鬼が痕跡を残さずとも移動可能な道程がちらほらと見当たる。 おそらく、開拓者を巻いたと見て落ち着いたのだろう。 痕跡が途絶えてしまったのを再確認して、彼女は残念そうに肩を落とした。 「‥‥」 「周囲には見当たりませんね」 心眼をもって辺りへ視線を走らせ、戦部が呟く。 元々効果時間は一瞬。周囲を見回すには消費もかさむが、奇襲を避ける為だ。やむを得ない。 「二手に別れますか」 「うむ。それが一番良いでしょう」 頷き、大蔵は地面を見やる。やはり、痕跡は残っていない。 彼等は、静月、樹邑、戦部、水月を一斑。月夜魅(ia0030)、大蔵、霧崎、八十神を二班とした。 「それじゃ、笛の聞こえる範囲で」 「了解ですっ」 静月の言葉に、月夜魅が手を振って応えた。 森の中は、昼間と言えど薄暗く、少し風が吹けば木々もざわめく。呼び笛のような甲高い音でも鳴らさねば、遠くの様子に気付きにくい。離れ過ぎないよう注意しつつ、彼等は二手に別れての探索を再開した。 ●ほの暗い森の中 馬頭鬼の姿を求め、草木を掻き分けて進む一行。 「ん〜、見つかりませんね〜」 きょろきょろと辺りを見回して、月夜魅はうんと腰を伸ばした。あまり、手入れのされていない森だ。木々の根はごつごつと張っていて、岩が転がっていたり、沢水に濡れた泥地もある。歩くにも結構骨が折れた。 「早く来ないと置いてくわよー?」 少し離れた位置から、霧崎の呼ぶ声がする。 はぐれまいと、彼女は慌てて後を追った。 「鬼ごっこもいい加減飽きてきたわね」 「油断すると危ないで?」 槍の石突で蛇を追い払い、八十神は苦笑を浮かべた。 「知恵はあるようやし、奴さんが逆に隠れて待ち構えてる可能性かてあるで」 「洞窟や廃屋のような、解りやすい隠れ場所があれば、ある意味楽なのですがね」 鋭い目を後ろへ向けて、大蔵が応じる。 その表情は相手を睨んでいるようにも見えるが、地だ。いかにも厳つい悪人面ではあるが、顔の事をとやかく言うのは失礼というものだろう。 「まっ、集落とか、目立つもんがあらへん限り、地道に探すしかあらへんわな」 苦笑を浮かべたままの八十神の言葉に、皆、心の中で頷いた。 (‥‥薄暗いなぁ) 水月は、不安そうな瞳で空を見上げた。 森も深くなり、夏の昼空も酷く狭まってしまっている。 周囲が暗くなっている事もあるが、現実問題として、森の中にはアヤカシ以外の動物も住んでいる。魔の森でも無いのだから、尚更だ。 足跡らしきものを見つけて腰を屈める千鶴が、溜息混じりに立ち上がる。 「それにしても、痕跡を隠す程度には、知恵もまわるようですね」 一瞬馬頭鬼のものとも思ったが、どうも違った。 「動物的な本能、でしょうか」 溜息混じりに呟く戦部。 故意に消したような痕跡があれば、むしろ逆に推察しやすい。ただそうしたものが無いところを見ると、今は身体を休める事を意識しているのか、それとも、あるいは前回の戦闘でよっぽど用心深くなったのか。 ふと立ち止まり、振り返る樹邑。 「‥‥少し、距離が離れてきたかな」 右隣には崖にも似た急斜面。2メートル程の高さから竹が藪を形成していた。大分、山側に近付いている。 「一度、情報交換も兼ねて合流した方が――」 「鴻さん!」 その時だった。 静月の言葉に、彼は、ハッとして周囲へ気を張った。 ばきばきと木を薙ぎ払う音が響く。頭上、竹林からだ。馬頭鬼が、野太刀を手に飛び出してきた。 「くっ!?」 突然の攻撃。 一直線に振り下ろされた野太刀を、樹邑は横へ跳んでかわした。 土煙をあげ、小石を散らす野太刀の一撃。外したと見るや、馬頭鬼は直ちに姿勢を立て直す。目元や足には、まだ痛々しい傷が残っている。すかさず、静月が口を開いた。 「あの時の馬頭鬼に違いありません」 呼子を咥え、甲高い音を鳴り響かせる。 「これが‥‥」 無口な水月も、思わず声を漏らした。 小柄な彼女の肩が、微かに震える。彼女の身長は、馬頭鬼の約半分。腰の辺りまでしか無い。体格差は歴然としている。微かに肩を震わせるその様子は、まるでハツカネズミが天敵に睨まれたかのようですらあった。 再び、野太刀が振り上げられる。 「むこうから出向いて貰えるとは!」 地を蹴り、戦部が馬頭鬼へと駆け寄る。 振り下ろされる野太刀を前に、その攻撃を防がんと、咄嗟に羅漢を掲げる。その中腹を殴る野太刀の刃。金属同士のぶつかる音。 「ぐうっ‥‥!」 戦部が、競り負けた。 衝撃を支えきれずに、右腕ががくりと下がる。力任せに押し捲られた刃が、その肩に食い込んだ。 「なるほど。手こずる訳ですね」 肩の痛みをぐっと堪えて、彼は一歩下がる。 勢いを殺さぬ馬頭鬼が彼へと三度切り掛かろうと刀を掲げる。 「好きにはさせません」 言うが早いか、静月の符が空に舞う。直後、白蛇と化した式が、馬頭鬼の動きを阻害せんと絡みついた。剣筋が鈍り、地を穿つ。 「直ぐに来る筈だ。無茶はするな!」 戦部の隣をすり抜けて、馬頭鬼の左側へと駆け込む樹邑。 馬頭鬼は、左目を潰している。左へと回り込んだ樹邑を追って身体ごと向きを変えようと立ち回る。やはり、見えていないのだ。 彼は地を踏みしめ、馬頭鬼へと眼を向ける。 その意図するところを察して、水月が神楽舞『攻』を舞った。 「ッ!」 力を増した一撃を、膝関節目掛けて叩き込む。 眼頭鬼はその拳に反応しきれず、鋭い一撃を見舞われた。殴られ、バランスを崩しかける眼頭鬼。がその一方で、手痛いダメージを受けたようには思われない。 彼は、拳を引くと同時に、素早く身を退けた。 「効いてはいるが‥‥!」 決定打に欠ける。 今の一撃が通ったのは、何より彼の狙いが正確に間接部を突いていたからだ。正面から殴りあえば、打ち勝てぬ。 「一撃で駄目なら、数を重ねるまでです!」 気合と共に、槍を走らせる戦部。 走る穂先が炎魂縛武による炎を纏う。たった今樹邑の狙った左膝目掛けて、穂先は一直線に伸びた。ぐらりと揺れる眼頭鬼は、その膝から瘴気を吹き上げながら、反撃とばかりに野太刀を横薙ぎに振るう。 しかしその刃も、呪縛符によって鋭さが鈍っていた。 槍を構えてそれを受ける戦部。完全には支えきれないが、直撃は避けえている。 ●気 呪縛符を鬱陶しそうに払いながら、野太刀を握り締める。 それでも、絡みつく白蛇が離れる事は無く―― 視界を、影が覆った。 「抉れ、眼突鴉」 霧崎の放った眼突鴉だった。呼び笛の音を聞いて駆けつけた二班だ。中でも、霧崎の扱う符は射程が長い。一足先に、彼女の攻撃が馬頭鬼を襲った。残った片目を狙って急降下する眼突鴉。 目を閉じ、腕を掲げる眼頭鬼。 辛うじて目を守るが、鴉のくちばしは、その頬を鋭く切り裂く。 先頭を欠ける八十神が声をあげる。 「今のわしらも前の連中とは大差無い。武器持ちは攻撃散らさず集中せい!」 長槍を振るい、その負傷した脚部を狙う。 開拓者側の援軍に、馬頭鬼がうろたえた。ともすると、開拓者を軽く見積もっていたのかもしれない。確かに、戦部に手痛い打撃を与えた事は確かだが、他の者はほぼ無傷だ。 「後は私に任せて攻撃をっ」 符を掲げ、呪縛符を発動させる月夜魅。 白い蛇に代わって、彼女の式が次々と馬頭鬼へ纏わり付く。 「解りました――」 静月の掲げる符が、真空波となって走る。狙いは、鎧側面、脇の部分。事前に調べた通り、やはり鎧に覆われていなかった。鎧を外すとまではいかなかったが、彼女の放った斬撃符は、馬頭鬼の肉を確実に削いだ。 焦る馬頭鬼は、我武者羅に野太刀を振るう。 だがその攻撃もまた、新たに割り込んだ大蔵により、がっちりと受け止められた。 「大丈夫に御座いますか」 「助かります!」 肩を抑えつつ、じりと歩を下げる戦部。 駆け寄る水月が手を掲げ、神風恩寵により、幾許かの傷を癒す。前回と同じパターンだ。しかも、馬頭鬼にとっては余計に分が悪い。一歩、二歩と後退する馬頭鬼。 「おっと、今度は逃がさんで!」 地を駆け、死角から背後へと、八十神は素早く回り込んだ。 その動きに対し、苛立ちも露に吠え猛る馬頭鬼。そんな、草木を震わす嘶きの最中に、霧崎は次々と符を舞い散らせる。 「降り注げ、紅き雷!」 声と共に輝く雷撃。 燃え尽きる符。符の中から放たれた紅き雷が、いななく敵を撃つ。その一撃に弾かれるようにして、ぐらりと姿勢を傾かせる。先ほど樹邑や戦部が仕掛けた格闘攻撃に比べ、彼女の与えた一撃は中々に強烈だったらしい。それは、直撃した二の腕の、その赤黒く焦げ、腫れ上がった様子からも伺える。 ギロリと、霧崎へ顔を向ける馬頭鬼。 「キャハハハハ、どうしたの? 怒ったぁ?」 「笑うとる場合かっ!」 彼女の前へ出て、八十神が喚いた。 「‥‥大蔵さんっ」 水月が自分の口に両手を添える。彼の名を呼んだ以外には喋らぬまま、まるで叫ぶような仕草を見せる水月。大蔵が、頷いた。 「おおおおおおっ!」 大草の咆哮が、空気を震わす。 霧崎らへと顔を向けていた馬頭鬼が、地を蹴り、大蔵目掛けて駆け出した。 「今だっ♪」 直ちに動く月夜魅。彼女が符を掲げるや、地の中へ引き摺りこまれていく何か。それは、大蔵と馬頭鬼を結ぶ直線上の只中へと引き摺りこまれている。 「さぁさぁ、おいでなさいませっ。そして‥‥」 その様子に足を止めようとする馬頭鬼だが、勢いが付きすぎていた。 その急制動は、明らかに遅い。 「どっかーん♪」 直後、地中から噴出した式が馬頭鬼へと襲い掛かり、脚部目掛けて喰らい付く。馬頭鬼が膝を付くと同時に霧散する式。式が晴れるや、追い討ちとばかり大蔵が飛び込んでいた。 「はぁぁぁっ!」 すれ違い様、両断剣の一撃が走る。 火花が散った。 はたと気付いて、大蔵は奥歯をかみ締めた。金属同士のぶつかりあう手応えが、掌に残っている。肉や骨を絶った感が無いのだ。 「くっ、踏み込みが――」 反撃の一撃が、大蔵の背を切り付ける。 二歩、三歩、その勢いにふらつく大蔵。彼の渾身の一撃は、馬頭鬼が咄嗟に掲げた野太刀に弾かれたのだ。膝を突いていた眼頭鬼もまた、大蔵が後ずさると同時に、ぐぐぐと起き上がる。 再び伸びるその長身。 あれだけの集中攻撃を受けて、まだ動く。 「ならもっと仕掛けるまでよ♪」 「‥‥」 楽しそうに口端を持上げる霧崎。静月は、黙って頷く。 雷閃、斬撃符、それぞれが同時に放たれる。次々と術による攻撃を受け、馬頭鬼が野太刀を取り落とす。悲鳴のような雄叫びが森の中に響く。 確実に効いている―― そう感じた直後に、樹邑は地を蹴っていた。 と同時に舞われる、水月の神楽舞『攻』。 身軽な身体を躍らせて、彼は馬頭鬼の左側、例の死角へと再度廻り込む。その動きに気付いた馬頭鬼、取り落とした野太刀へと手を伸ばすのも止めて、素手のまま彼へと殴りかかった。 振るわれた腕が間延びした音を立てる。 (――来る) 背を屈める樹邑の拳が、伸びる腕を打つ。 拳は起動を剃れて、虚しく空を切る。伸びきった腕を潜り抜け、馬頭鬼の背後で地を踏みしめる。 身中に巡る気の全てを拳へと集中させる。 「気、旺じて衝を成す――」 全気力を振り絞っての気功掌。 馬頭鬼は、彼の姿を見えぬままに咄嗟に避けんと身体を捻る。だが、ここぞとばかりに絡みつく式が、その動きを狂わせた。 体勢を崩した刹那、馬頭鬼の脊椎目掛けて、彼の掌が押し付けられた。 「――砕けろッ!!」 ごきんと、鈍い音が響いた。 口角から唾を吐きながら、馬頭鬼の巨体がどうと倒れた。大きく痙攣し、腕を伸ばす馬頭鬼。 その腕の先で、二人が砂利を踏む。 「その首、貰う事にしよか!」 「年貢の納め時、ですかね」 長槍を掲げた、戦部と八十神だ。二人は次々と、その首や頭目掛けて穂先を突き立てる。突き立てた槍を捻り、全身の力を掛けて引き抜く。どす黒い瘴気が、ドッと噴き出した。 やれやれと言わんばかりに眉をひそめ、静月は呟く。 「全く、ここまで梃子摺るとは、思っても見ませんでした」 「しっかし、前の戦といい、北面も随分と衰退しよったなぁ‥‥」 家を出て良かった――そう言い掛けて、八十神は思わず口を噤む。 その隣で、死体を小刀で突く霧崎。 「こんなものかしら。まぁまぁ楽しかったわね」 「ふぅ‥‥」 全身から力を抜いて、樹邑は足元をふら付かせた。 慌てて、水月が背を支える。 倒れかねぬ限界まで気力を振り絞ったのだ。その疲れと極度の緊張が一気に来たのだろう。全身からぶわっと冷や汗が流れた。 「あぁ、ごめん。ありがとう」 樹邑は、慌てて両足で身体を支えた。水月はぷるぷると首を振り、動かなくなった馬頭鬼を眺めた。大蔵に撥ねられて、その首がごろりと転がった。 |