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■オープニング本文 ●飛び地 北面。天儀の南東に位置し、六国の中では最も小さな面積しか持たぬ国。 その北面領には、五行と接した一角に飛び地が存在する。過去、五行との小競り合いにより、北面は領土の一部を失した歴史を持つ。その戦で辛うじて守りきった領土が、そんな飛び地として残っているのだ。 ●不夜城 北面、楼港にて。 山の斜面にへばりつく様にして建てられた城塞に、その城塞に隣接するようにして広がる都市部。 そうした都市部の一角に、塀で囲まれた街があった。 その一角は、夜だというのに、まるで昼のように明るかった。往来には多数の灯篭や提灯が並べられ、格子の奥からは、女性達が道行く客を引く。煙を立ち上らせる温泉に、酔っ払って料亭を出る人士。 料亭を利用すれば、一度に六千文くらいは軽く飛ぶ。遊郭も、下は三千文から上は何万文。そんな莫大な金が湯水の如く消えていく一方で、温泉は一回十数文、居酒屋であれば軽く一杯で百文とちょっと。 訪れる人間も、上はいずこのお大尽、下は野盗追剥の類まで千差万別。 そして、この街が最も活気付くのは、日の沈んでからである。 となれば当然―― 「おっと、ごめんよ」 誰かと肩がぶつかって、町人風の男はヒョイと頭を下げた。 悪気は無い。男はそのまま去ろうとする。 「待てっ、無礼者!」 そんな男の背へ、怒号が飛んだ。男がびっくりして振り返ると、そこには二本差し。ほろ酔い気分を邪魔されて腹が立ったのか、その武士は、振り返った男に詰め寄る。 「武士に肩をぶつけておいて、無礼であろう」 「何だよ、謝ったじゃないか」 「先ほどのアレが、武士に対する詫びと申すか!」 顔を真っ赤にして、武士が一歩踏み出す。 「詫びは詫びじゃねえか。俺は謝ったんだからもうい――」 「何ィ!?」 武士の左手が、くいと鯉口を持ち上げる。 「どうしても謝らぬか!?」 「やめな!」 だが、武士の利き手が柄に伸びたその瞬間、店の中から声が飛んだ。見れば、浪人風の女が長刀を肩に担ぎ、暖簾をくぐる。後ろで不安そうに見つめる店員や店主。おそらくは、用心棒か何かだろう。 彼女は背筋を伸ばし、武士をじろりと睨みつける。 「ここじゃ位の上下はねえ、あの大門をくぐって来た以上、切り捨て御免はご法度だよ!」 「ムッ‥‥」 柄に手をかけたままたじろぐ武士。 「おうおう、こちとら開拓者だ。勝つ自信はあるのかい?」 「ぐぬぬ‥‥」 口を歪め、唸る。 「‥‥ふん!」 だが、利が無いと悟ったのか、男は柄から手を離し、早足にその場を立ち去っていった。気の抜けたように、町人が肩を落とす。用心棒はその背に向かって、べっと舌を突き出した。 「最近、揉め事が増えましたな」 「あまり派手になると、商いにも差し支えますぞ」 上質な大部屋に、大勢の商人や店主らが集まっていた。 歓楽街の店主衆らによる会合らしい。 彼等は互いに顔を見合わせ、小さく溜息を吐いている。 「ふむ。ここは如何でしょう、一週間程見回りを頼むというのは?」 「少し気を引き締めたほうが良う御座いましょうね」 「確かに。一時的にも引き締めれば、暫くの間は落ち着きましょうか」 数人の参加者が小さく頷き、腕を組む。 「開拓者に頼みましょう。浪人崩れ等が揉め事を起こす場合を考えると、一枚上手の彼らに頼んだ方が良いです」 「そうですなぁ。雇い入れるにも、大して高額な訳でもありませんし」 「では‥‥そういう事で」 かくして、開拓者ギルドに依頼が」り出された。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
雪ノ下 真沙羅(ia0224)
18歳・女・志
高遠・竣嶽(ia0295)
26歳・女・志
明智珠輝(ia0649)
24歳・男・志
月城 紗夜(ia0740)
18歳・女・陰
媛村 紗希(ia1217)
16歳・女・志
細越(ia2522)
16歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●不夜城へ 囃子の音色、道行き交う人々が店先を物色しながらの大通り。 「ここが‥‥不夜城ですか‥‥」 あまりに騒がしいその様子に、三笠 三四郎(ia0163)は思わず声を漏らした。 「お、お昼ですのに‥‥早くから、騒がしいですね」 雪ノ下 真沙羅(ia0224)は、おどおどとした様子で辺りを見回す。 そんな騒がしい通りを過ぎた先に位置する温泉街。その一角には、多くの宿が軒を連ねていた。 「ここか‥‥ごめん」 先頭を切って、細越(ia2522)が足を踏み入れた。 店先の者と二、三やりとりをすればそのまま大部屋へと通され、時を置かずして番頭らしき男が顔を出す。 「お待ちしておりました。此度は、何卒宜しくお願い致します」 「気にしないで下さい。これもまた、開拓者としての努めです」 商売癖であろうか。深々と頭を下げる番頭を前にして、高遠・竣嶽(ia0295)が思わず制する。とにかくまずは顔役に挨拶でも、と彼等は申し出たものの、番頭は今回の一件は私が任されているからと中々居所を教えない。 彼等は顔役に面を通すのは諦めて、状況の確認からはじめた。 「まずは問題の多い者について確認しておきたい」 「特に、手練れの開拓者や高位の役人等、扱いに配慮が必要な人物についてお教え頂けますか?」 媛村 紗希(ia1217)に、続けて三笠が手帳を取り出す。 「それから、地図‥‥道標が無ければ、おそらく、迷う‥‥」 最後に、月城 紗夜(ia0740)からの言葉。 番頭は人を呼んで地図の準備を申し付け、その上で問題人物を大まかに説明し始めた。 なるほど、様々な者が訪れる街、それも外法の界隈であるとの事もあり、問題人物の種類、内容も様々だ。今に上げた人物そのものには遭遇しないかもしれないが、それぞれの立場によってどういった問題が起こるか、その大まかな方向が見えてくる。 「嬉しい副産物ですねぇ」 うんうんと頷く明智珠輝(ia0649)。 ふと彼は、思い出したように思い出したように番頭へと顔を向ける。何かと問う番頭に向かって、明智はにまと目を細めた。 ●夜半 既に日は暮れ、空には月、地には灯篭が輝いていた。 「や、これは風流ですなァ」 番頭が見上げて、うんうんと頷く。 目の前に掲げられているのは、大きな笹。脇には机、その上に短冊と墨が準備されていた。 この笹、時期も時期、今は七夕故に、夏の景色に良く映える。 大通りに設置されたとあって、道行く人々も皆足を止め、つい見入る。ささやかな催しものとしては上々だった。 「愛溢れる日々が過ごせますように、っと」 上機嫌で短冊を吊るす明智。 高遠もまた、己の短冊を吊るして小さく頷いた。彼女や雪ノ下の吊るした短冊は、世の平和、平穏無事を願うもの。短く簡素に、純に記されたものだった。 隣を見やると、小さな短冊を手にした犬神・彼方(ia0218)の、すらりとした長身が笹へ伸びる。 「どのような内容のものを‥‥?」 見上げる月城が、問い掛ける。 「ン? 家内安全、一家繁栄、かな」 頬を持ち上げ、うっすらと眼を細める犬神。 「俺ぇには、何よりも家族が一番大事さぁね」 「なる程な」 頷く細越。 「そういうアンタは?」 問い掛けられて彼女は、強くなれますように、とぶっきらぼうに答える。 「皆さん、色々と願いがあるのですねぇ‥‥」 短冊の吊るされた笹を、感慨深そうに見上げる三笠。 自分は何を書いたのだ、と話題を振られて、彼はきょとんとした表情を見せた。 「昨晩は、詩を詠むのにかなり悩んでおったようだが?」 きゅっと刀を差し、準備万端と言った様子で、媛村が顔を向ける。 「あ、いや。私の書いた詩‥‥いや詩もどきなんて皆さんにお見せする程のものでは!」 慌てて遮る三笠。 不思議がる皆。煩悩を鎮める為に詩を詠んでいたのだ、等とはとても言えない。彼はおにぎりの袋を担ぎ上げ、とにかく出発しようと皆を促す。 七夕や 不夜城の輝きの 明け方夜空の蒼 眩しくて――武辺者と言えどそこはそれ。厳しく躾けられて来たのだ、詩を知らぬ訳ではない。彼の詠んだ短冊は、夏の夜風に揺られていた。 「お兄さん、ちょっと寄って行きません?」 「‥‥今は仕事中故」 声を掛け、ゆらりと手を招く遊女の言葉に、高遠は小さく頭を下げた。 彼等は、巡回時間八時間をふたつに分ける事としていた。正午より八時間、午後二十時戌の刻までの壱班と、それより更に八時間、午前四時寅の刻までの弐班だ。 到着時刻が昼過ぎであった為、巡回は弐班からとなった。 今のところは、概ね順調。押しなべて事も無い。 「うふふ、いけず。ねえ、そう言わずに。ね?」 「いや‥‥」 「やぁ悪ぃねえどぉも」 困った表情の高遠と遊女の合間に、犬神がすっと身体を滑り込ませる。 「仕事中って事ぉもあって、持ち合わせが無ぇんだ」 「あら」 「暫く逗留するかぁらさ、また縁があれば、な?」 慣れた様子で、自然な流れでもってその場を離れる。 「慣れておられますね」 「まぁ、他の遊郭ぁもちろん、不夜城も常連なんでねぇ」 煙管に火を押し込み、ふいっと白煙を吐く。 「それに、まぁ、高遠みたいな別嬪さんと歩くのなぁら、夜の遊郭で遊べなくてぇも良いやと思えるねぇ」 「犬神殿、場所が場所ですから‥‥」 高遠としては、遊郭の連なるような場所で、女と見られたくは無い。心がけ、それとなく男らしく振舞っている。しかし犬神は他人の眼なぞどこ吹く風。開けっ広げになった襟には胸の谷間が覗いている。 「ン? あぁ、悪かった悪かった」 気付いて謝る犬神だが、くつくつと喉を鳴らし、胸の前で腕を組むその様子はどこか楽しげだ。 「然様か。手間を取らせたな」 店先の客引きに頭を下げ、踵を返す媛村。 まぁ酒場を歩けばあちらで呑んでけ、こちらで喰ってけ。夜も更けたとあって、客をかき入れようとそこかしこから声が掛かる。 「どうも、酔っ払いを狙った置き引きが流行っているようだ」 「‥‥なる程。酔った方は無防備ですからね」 頷く三笠。 手帳にその内容を書き込む媛村が、ふと顔を上げる。 「ここから先は遊郭街か‥‥」 引き返すか、と互いに顔を見合わせ、再び通りの向こうを眺めて、媛村は不思議そうな顔で首を傾げる。 「遊郭には近寄るな‥‥との事だが、遊郭とは何なのだ? 遊ぶところではないのか?」 「ま、まぁ、遊ぶところには違いありませんが‥‥」 「ふむ」 困った様子で頬を掻く三笠の様子を悟ってか、媛村もそれ以上は言及しなかった。 田舎者には程遠い所縁無い街だが、だからこそ一度は見ておかねば仕事に差し障る――とは三笠自身の弁。そうは言えども、質素慎ましやかに過ごしてきた彼にとっては。 「‥‥この街は、私には刺激が強過ぎます」 参ったなと言わんばかりの様子で、三笠は月を仰ぎ見る。 同時に、どこからともなく響く喧騒。 「揉め事らしいな」 方角を探る媛村。二人は頷き、地を蹴って駆け出した。 ●巡回 部屋に膳台を置き、賄い飯を前に箸を動かす細越。 その細い身体の何処に入るのかという程に、彼女は次から次へと麦飯をかっ込んでいく。 「細越様、そろそろ参りましょうか?」 「あぁ、もうそんな時間か」 掌に、射的やくじ引きで手に入れた髪留めなぞをじっと見つめる。立ち上がった彼女は、寸を置いて、それを片付ける。そして、頬に弁当を付けたまま弓を掴んだ。 居酒屋や飯屋の連なる通りを歩く、細越と雪ノ下。 「‥‥皆さん、楽しそうですねぇ‥‥」 雪ノ下がきょろきょろと辺りを見回し、その言葉に細越が答える。 「あぁ、そうだな」 対する細越はさらし一枚に草摺鉢金、更にはロングボウを背負って歩いている。傍目には、誰が見ても武芸の心得があるように見える。それが店に入るでも無く、辺りを見回しながら歩いているのだから、それと言わずとも巡回と解る。 自然、小さな揉め事は自然となりを潜める。 とはいえ―― 「えぇい、抜け!」 「貴様ぁ!」 突然の怒号に、二人は顔を見合わせた。 「‥‥何事でしょう」 声のした方角へと駆けつけ、人ごみの中から覗き込んだ雪ノ下。男が二人、武器の柄に手をかけて睨みあっている。 その様子に細越は、睨み合う二人の間へ割って入った。無論、割って入りはしたが、雪ノ下も細越も力づくで解決する気は無い。極力穏便に解決する腹積もりだ。 「何事だ」 後ろに控えていた雪ノ下が、おずおずと顔を見せる。 「ど、どうされたのですか‥‥?」 「この男が、俺の刀がなまくらだと愚弄しよったのだ!」 「ちょっと口が滑っただけだろう!?」 普段と変わらぬ仏頂面で、細越は二人を順番に見据えた。 二人とも顔が赤いのは、頭に血が昇っているからではあるまい。つんと、酒の匂いがする。 「少し頭を冷やせ」 二人の男はいい歳した大の大人。小柄な細越と並ぶとその差は歴然。傍目には、まるで子が親を宥めるかのような格好にすら見える。これでは流石に格好が悪いと思ったか、二人はムスッと口を結んで居直った。 「飲み直したらどうだ。何なら一杯奢るぞ」 やや呆れた様子で、彼女は小さく溜息を吐いた。 「諸行無常のこの世。理に翻弄される私達は蝶。ヒラリと舞う前に、凍てつく蝶として、砕けたい、のかしら?」 するりと陰陽符を取り出す月村。 符を扱えるのだという事は開拓者、少なくとも志体持ちだ。何やかんやと強情にごねていたごろつきは、思わず後ずさる。 「それに、心労が溜まっているのなら、私が安値でサァビスしますよ?」 にまーと舌なめずりをする明智。二人がじりとにじり寄るや、ごろつきは慌てて駆け出した。溜息を吐く明智。 「さて、それでは――」 「泥棒っ!」 やれやれこれでひと段落、と思ったのだが、休む暇も無い。 声のした方角へ顔を向けると、小柄な少年が人の合間をすり抜け、鼠のように素早く駆け抜ける。 「仕方ない、追いますか」 明智の言葉に、月村が頷く。 ならばと明智、懐から荒縄を取り出すや、先程までののほほんとした雰囲気とは打って変わって、くわと眼をひんむいた。 「悪い子はいねぇがぁぁぁあ!!」 「うわああああ!?」 荒縄を振り回して追いすがるその様に、何事だと振り返った子供が悲鳴を上げる。 しかも、慌てた上に余所見をすれば足元が絡まるのも当然の道理。足をじたばたとさせたかと思えば、つまずき、ずてんとひっくり返る。素早く追いついた明智が、道端に投げ出された財布をひょいとつまみ上げた。 「悪い子ですねぇ‥‥」 「これに懲りたら、もう、こんな事はしな――」 頃合を見計らい、声を掛ける月村。 だが―― 「出たぁ、お化けえ!」 彼女を見て、その子供は一目散に逃げ出した。 辺りが暗がりに沈み始めていた事もあったのだろう。顔の左半分に酷い傷の残る彼女の顔を見て、少年は一目散に駆け出した。 「失礼な子供だね」 「‥‥別に、構わない」 まったくと腕を組む明智に、諦めとも達観ともとれる態度で応じる。自分の顔がどうなっているのか、それは、彼女自身が一番良く知っていた。 先程も、明智は化粧師の仕事で、月城は辻占いをやって、明け方の空き時間に小銭を稼いでいた。二、三時間程度の事で大した金にはならないが、情報収集にはもってこい。 それが出来るのは、今までに経験があるからだ。 「世の人は、胡蝶の夢に、溺れる――現実も、夢も、境の解らないもの、ね」 人買いに売られたり攫われなかったりしたのは、ひとえに顔の怪我が故。亡くなった師匠に拾われてからは、不夜城でも、占いや歌で遊興費を稼いでいた。決して楽な人生だった訳ではなかった。 ●余暇 鼻歌混じりに、遊郭街を上機嫌で歩く影。 頭からぶら下がる黒狐の面。犬神だった。懐には銭を入れ、格子窓から顔を見せる遊女達を見比べながら、ぶらりと辺りを散策する。明け方から遊郭街を歩くだなどと、悪い大人の見本そのものだが、それはそれ。 「まぁ、知り合いに出くわぁさねぇうちに‥‥」 「こ、困りますー!」 「‥‥」 聞き慣れた声を耳にして、彼女はつい眉間を指で揉む。 「まァそう言わず。若い男に酌をさせながら夜を明かすっていうのも、これが意外と乙なもンで――」 「あ、あの‥‥私は道に迷っただけで‥‥」 雪ノ下が、客引きに行く手を遮られておろおろと慌てていた。 構わず言葉を続けて店に引き入れようと奮戦する客引き。巡回中と同じように、犬神は構わず間に割り入った。 「彼方様」 「兄さん悪いねぇ、この子ぁ俺の連れでねえ」 ムスッとした表情の客引きが肩を落とし、二人を比べ見る。 「‥‥何でえ、そういう仲かい」 「あァ!?」 「ナ、ナンデモナイデス」 凄まれて、男は大仰に首を振った。 「ふう‥‥」 岩風呂の岩にもたれかかって、高遠が眼を閉じた。 一日歩き回って張った足が、ふんわりとほぐれるのを感じる。 「良いお湯ですね」 月城が頷き、汗を流す。 明け方とあって客は少なくほぼ貸切。時折訪れるのは朝帰りの客くらいだ。 「娘がこぉんなに立派に成長して‥‥お父さん嬉しいねぇ」 「そんな、ご冗談はお止め下さい‥‥」 どやどやと、騒がしい声が聞こえる。 「あ」 「おや」 犬神と雪ノ下の姿を前に、月城が顔を上げた。 「遊郭に、行かれたのでは‥‥?」 その言葉に、犬神はまずいなと顔をしかめ、そんな彼女に雪ノ下が詰め寄る。 「やっぱり、彼方様は遊郭が何かご存知なのですね!?」 「あぁ、そりゃ、いや、まぁ何てぇか‥‥」 「教えて下さい! 遊郭とは何なのですか! 彼方様、何故誤魔化されるのですかー!?」 「真沙羅、胸。胸ぇ当たってる」 「きゃー!?」 雪ノ下の悲鳴が、夜空に響く。 「‥‥何だか、女湯は騒がしいですねえ」 男湯、明智が手拭を頭に放った。 「え、えぇ、まぁ‥‥」 一方の三笠。顔を赤くして風呂に沈んでいる。 「しかし何ですね。混浴ならもっと嬉しかったんですが」 「‥‥うぅ」 からからと笑う明智。悲鳴に続く大騒ぎだのに、三笠はますます顔を赤くして、ぶくぶくと風呂へ沈んでいった。顔が赤いのは、風呂が熱いせいでは無さそうだった。 その頃媛村は、一人、膳を前に愕然としていた。 「‥‥高過ぎて味が解らない‥‥」 一食五千文。料亭での食事だ。 前金があるから足りたものの、店の女将に聞いたところ、一見さんという事で気を利かせて、安い料理を用意してくれたと言うではないか。 「私は何を食べているのだ‥‥?」 彼女は頬に冷や汗を伝わせつつ、戦慄の表情で膳に箸を伸ばす。気が気でない上に味が味がなく、挙句食べ終わってみると、微かに覚えた味さえ綺麗サッパリ忘れてしまっている。 これじゃあ割りに合わないとも思うのだが―― 「‥‥まぁ、良いか」 ふと、そんな気分にもなった。 苦笑が浮かぶ。 金をはたいて遊ぶという事は、案外、そんな気分を得る為なのかもしれない――そんな事をつらつらと考えつつ、媛村は人ごみの中に紛れていった。 |