帰りを待つものへ
マスター名:深洋結城
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/06/17 21:15



■オープニング本文

●開拓者は人気者?
 アヤカシを退治し人々を助け、遺跡を調査し宝珠を発掘、そして何よりも天儀以外の新大陸を発見・調査すると言う数々の大任を追う、開拓者と言う存在。
 その役目は『志体』(或いは『仙人骨』)と言う人間離れした特性を生まれ持っている者にしか務まらないものの、それ故に常人を逸する能力を持ってして様々な任をこなして行く彼等は、一般の民の目から見れば得てして『英雄』の様に思われるものである。

 ‥‥いや、開拓者発祥のルーツを辿れば、全てにおいて一概にそうと言い切る事は出来ないのが現実だが。
 だが少なくとも、天儀大陸における開拓者ギルドの本部のある神楽の街、ここにおいて開拓者と言えば老若男女誰から見ても憧れの的である事に疑いは無い。
 道を歩けば、傍らで木刀やらを手にアヤカシ退治ごっこに興じている子供達も、それらを投げ出して集まってくる。
 言うまでも無くその度合いは高名な者であればある程大仰になっていく訳だが、まだギルドに登録して間も無い彼等新米をも開拓者と見抜いて集まってくる辺り、この子供達は中々の情報通の様だ。

「わぁ! 開拓者の兄ちゃん、サインちょーだい!」
「アヤカシ召喚して見せてよー!!」
「ねえねえ、今日の下着は何色ー?」
「おおー、巫女の兄ちゃんって久し振りに見たー!!」

 ――変なのが混じっていた様だが。
 ともあれ、一行の周囲を囲んで羨望の眼差しを向けながら口々に飛び交ってくる要望に、開拓者達が各々相手をしていると。

「‥‥‥‥」

 その内の一人の視線がふと、物陰に隠れながら此方の様子を伺っていたおかっぱの少女と合ってしまう。
 何をしているのだろうと訝しく思いながらも、にっこりと笑みを浮かべて手招きをすると。

「っ‥‥!」

 突然、少女は踵を返し、逃げる様にその場から立ち去ってしまった。
 呆気に取られ立ち竦む開拓者、するとその様子を見ていた体躯の大きな少年が歩み寄って来て。
「ああ、あいつ変な奴でさ。『麻美』ってんだけど、いっつも開拓者ごっことかアヤカシ退治ごっことか始めようぜって言い出すと、逃げちゃうんだ。そのくせ、帰ったと思ったらあーやって影から覗いてるし‥‥」
 見るに、この少年は今集まっている子供達の中のリーダー格の様だ。
 「訳わかんねえ」とか言いながら鼻を鳴らしている辺り、その麻美と言う少女の事を余り良く思っていない様子。
 ――と、そこに先程まで開拓者達に集っていた子供の一人が歩み寄って来て、少し遠慮がちに口を開く。

「ぼく、知ってるよ。麻美ちゃんのお母さん、開拓者だったんだ」

 すると周囲から「え〜っ!?」「マジかよ!!」と言った声が沸き起こり、子供達の注目は一気に少年へと集められる。
「けど、ならどうして開拓者ごっこをしたがんないんだ?」
「それは――――これは本当かどうか分かんないんだけど‥‥」


「麻美ちゃんのお母さん、仕事中にアヤカシに食い殺されちゃったそうなんだ‥‥」



●少年達の想い
 問題の依頼は、割と簡単に見付かった。
 それは今から一ヶ月程前、開拓者の小規模編成による魔の森の調査を行ったときの物で‥‥その結果は失敗、死者一名に重体者が三名、他の者達も程度の差こそあれ軽くない怪我を負う、と言う悲惨なものであった。
 ちなみに、死亡した開拓者の名は『美幸』‥‥ギルドの職員に伺った所、どうやら麻美の母親に間違い無さそうだ。
 手負いの味方を逃がす為、襲い来るアヤカシの群の前に立ちはだかり――それが、仲間達の見た美幸の最期の姿であったらしい。

 開拓者は、改めて報告書に目を通しながら思い起こす。
 ――あの時、此方を物陰から覗いていた麻美の眼差しを。
 羨望、悲哀‥‥期待、恐怖‥‥好意、忌避。
 子供にしては、余りにも多くの感情を入り混ぜ過ぎた目。
 現在彼女は一般商家の叔父の下に引き取られており、問題なく生活を送る事は出来ているそうだが‥‥。
 きっと今この瞬間にも、そうそう計り得ない程の悲しみに打ちひしがれているに違いない。
 そして――同時に、考える。
 自分達も開拓者となった以上‥‥彼女の様な境遇は、決して他人事では無い、と。
 アヤカシと戦う事への決意は、ともすれば命を投げ打つ覚悟を決めた事に等しい。
 だが、まだ開拓者として登録されてから間もない自分達に、本当にそんな勇気があるのか、と――。

「‥‥邪魔」

 ふと背後から掛けられた声に、驚き横に飛び退く開拓者。
 そのままの動作で振り返れば其処に居たのは、開拓者ギルドの案内役を務める緑髪の女性、安藤亜紀(あんどうあき)だった。
 容姿こそ良いが、その余りにも無愛想で事務的な性格ゆえ、異性も同性も寄り付かないと専らの噂‥‥っと、そんな事考えていると知られれば、熊をも殺せる鋭い蹴りが飛んで来そうなので控えるとしよう。
 閑話休題、亜紀は眉根一つ動かさず退いた開拓者の横を擦り抜けると、気だるそうな仕草で一枚の書類を張り出す。
 それは、丁度数刻前に受理されたばかりの新たな依頼を記した書類だった。
 作業を終えた彼女が去っていくのを横目に、入れ替わりでその内容に目を通す。
 すると依頼書には、拙いながらも大きくひたむきさの感じられる字で、こう書かれていた。


『まみをはげましてあげてください』


■参加者一覧
織木 琉矢(ia0335
19歳・男・巫
小伝良 虎太郎(ia0375
18歳・男・泰
美咲(ia0808
17歳・女・巫
水鏡風花(ia0886
10歳・女・巫
楊 明龍(ia0916
23歳・男・泰
遠呼(ia1120
16歳・女・サ
輝夜(ia1150
15歳・女・サ
結城 千夜子(ia1244
19歳・女・陰


■リプレイ本文

●開拓者の想い
 ――子供の字で書かれた依頼書、それに応じて集まった開拓者達は計八名
 彼等はそれぞれ事前に行うべき事を全て済ませると、その大半が改めてギルドに集まって居た。

「‥‥そうか、まだ四十九日にも満たず、か。心の傷が癒えるにはまだ早かろう」

 依頼の資料に眼を通しながら呟く結城 千夜子(ia1244)――その仕草や口調は冷めて何処か達観した様な雰囲気さえ漂わせているが、見れば書類を持つ手が小刻みに震えている。

「‥‥残された者の悲しみと怒りは相当のものだ。まだ年端も行かぬ少女に背負えというのには重い荷物だろうな‥‥」

 そんな彼女を横目に口を開く楊 明龍(ia0916)、彼もまた冷静ながら内に情熱を秘めた人物‥‥故に、千夜子が今どの様な想いで佇んでいるのか、分かってしまうのだろう。

「アヤカシの被害は絶えない‥‥このような子が後を絶たないのだな」

 織木 琉矢(ia0335)が言えば、一同は各々に思考を巡らせる――。

 事前の調査として、多くの者は件の依頼において『美幸』と同行した開拓者への聞き込みを行っていた。
 ‥‥そして、知る事になる。悲しんでいるのは、娘の麻美だけではない、と言う事を。
 美幸の仲間達の多くは、その時の事から逃げる様に、彼等から逃れて行った。
 そんな中で一人だけ、重い口を開いた者が居た‥‥それは、美幸と特に親しくしていたと言う女性開拓者。
 彼女は美幸の最後の言葉「麻美をお願い」――それに従い、帰還して間も無くギルドを通じて麻美の親族、叔父を探し出し、引き取って貰える様取り計らったのだと言う。
 だが、そんな彼女でさえ麻美に直接会う事はしなかった‥‥いや、出来なかった。
 自分達の不甲斐無さ余り、命を散らせてしまった仲間‥‥その娘に合わせる顔など、あろう筈も無いのだ、と。

 ――仲間達が無意識に目を伏せている中、一人、複雑な表情をして立っているのは小伝良 虎太郎(ia0375)。
 と言うのも、彼には母親が居ないらしく、それ故麻美が如何に悲しんでいるのか十分に理解できないのだと言う‥‥のだが。

(「けど、今の麻美を母ちゃんが見たら悲しいんじゃないかなって思う‥‥」)

 そう、それでも悲しみを癒したいと思う事、麻美を案ずる想いに、疑問は何一つ無い。
 無論、それは他の仲間達も同じ。

「――――あたしも、麻美ちゃんを励ましてあげよう。太陽の光が、全ての人を遍く照らすように」
「ああ、少しでも悲しみが和らぐよう‥‥私も尽力いたそう」

 『お姉ちゃん』に励まして貰い、嬉しかった思い出‥‥それを思い起こし、ぐっ、と拳を握り締めながら美咲(ia0808)が言えば、千夜子も伏せていた顔を上げる。
 すると、丁度同じタイミングで輝夜(ia1150)が静かに目を見開き。

「む、来た様じゃな」

 紡がれた彼女の言葉に、仲間達はギルドの入口へと視線を向ける。
 其処には、叔父の下へと向かっていた遠呼(ia1120)に連れられ、少女――そう、あの時彼等の事を陰からじっと見詰めていた彼女――麻美の、魂が抜けたかの様に立ち竦む姿があった。



●何が為
「――開拓者とは危険な生業、汝の母親のような目に遭う事も珍しい訳ではない。それでもなお開拓者を続けるのは、それなりの理由があるからであろう?
 ‥‥我には汝の母親が何を考えていたのかなど知りえぬし、知る必要も無い。だが、汝には多少なりともそれを知る意味があるのではないか?」


 ――神楽の町の一角に佇む一軒の宿屋、その縁側に一人座りながら、麻美は輝夜の言葉を思い出す。
 何の為に母親は開拓者の道を選んだのか――そう訪ねられながら、彼女が見たのはギルドに訪れる依頼人達の姿。
 その多くが、アヤカシへの恐怖に顔を歪ませていた‥‥だが、記憶の中の見知らぬ顔は、浮かんではすぐによく見知ったものへと姿を変える。

「お母さん‥‥」

 曲げた膝に頭を埋め、鳴咽を漏らし始める麻美。
 ――ヒタッ。
 ふと感じた気配に顔を上げれば、いつの間にやら隣には明龍の姿があった。

「‥‥まぁ、少し俺達の身の上話にも付き合ってくれ」

 考えた末切り出された言葉に、麻美は虚ろな視線を彼に向けようともしない。
 明龍は構わず続けた。

「‥‥本来俺は開拓者になるつもりなんてなかった。次期師範は兄上だったかもしれんが‥‥それならそれで国家泰拳士試験でも受けて泰国兵になったかもしれん。
 ――だが、あの日から全て変わってしまった。父と母‥‥それに大事な妹まで‥‥兄上だって行方知れずだ‥‥」

 はっ、と顔を上げる麻美。その表情に浮かぶのは驚き。

「私と‥‥同じ?」

 明龍は静かに頷く‥‥だが、それは彼だけではない。
 開拓者の仲間達――水鏡風花(ia0886)に琉矢、そして――。
 今この宿の何処かに居る筈の彼等の中でもそれだけの者達が、麻美と同じ悲しみを味わっていたのだ‥‥。

「見義不為、無勇也」

 ふと紡がれた言葉に、麻美は訝しげな顔をする。

「泰国の古い言葉だ。俺はその勇なき者だったが――君の母は違う。‥‥悲しみは消せぬかもしれんが‥‥母の想いを君には知ってほしい」

 一瞬浮かんだ、苦々しい表情――それはすぐに微笑みとなり、明龍は言う。
 そして。

「‥‥よし! 折角だから泰国料理を作ってやろう」

 再び膝を抱えてしまった麻美、そんな彼女を元気付ける様に言うと、踵を返す明龍。
 ――今はせめて、故郷の味にありったけの想いを込めて、麻美を励まそう、と。



●星空の下
 賑やかに行われた、麻美を囲んでの開拓者達の夕食。
 しかしそれでもやはり麻美は、開拓者達の輪に入ろうとしなかった。
 食後、また先程と同じ様に縁側に蹲る麻美――。

「母親がアヤカシに食われた、か‥‥」

 突然の声に驚いて顔を上げれば、庭先にはお手玉をする者――風花の姿があった。
 暗がりの中舞う玉、その放る手掴む手を休めもせず、ぶっきらぼうな口調で彼女は言う。

「‥‥明龍から聞いているのだろう? 私は物心付く前に‥‥な。
 だが、それでもあの頃の私は心を閉ざしていた。私を育ててくれている親戚は結局の所他人で、そこに直接的な血の繋がりを感じなかったからだ」

 ――そう、彼女の境遇は麻美ととても良く似ていた。
 悲しみを乗り越えても、やって来るのは血縁の遠さ故の疎外感‥‥その辛さは、今まさに麻美も知り始めている所。

「しかし今、私は前を見て進んでいる。逃避ではなく、復讐でなく、自分自身の為に。
 ‥‥ある人物から、私に送られた言葉をおまえに送ろう――泣いた所で、心を閉ざした所で、日は昇り沈む。
 ‥‥無論私の答えが正しい訳ではないし、他の答えもあるだろう。しかし、どんな形にせよ、そろそろ前を――――麻美!?」

 ぽとり、とお手玉が土の上に落ちるよりも早く。
 麻美は、その場から転げ回る様に逃げ出していた。
 風花は追い掛けない――いや、彼女の余りの必死ぶりに、足が動かなかった。

「それ程までに‥‥‥‥」

 寂しげにお手玉を拾い上げながら紡がれた言葉、そして見上げた夜空には星々が淡く強く輝いていて。


「麻美‥‥少し歩かないか?」
「今夜はとても、星が綺麗だよ」

 玄関外の壁に両手を着き、荒い息を吐く麻美――其処へ歩み寄った琉矢と遠呼。
 彼等二人に引かれるまま、麻美は満天の星空の下に静かに佇む神楽の町へと歩を進めて行った。

 ――無言のまま足を進める三人、と、足を止めた遠呼が麻美の方を向き直る。
 ‥‥そして、告げられたのは母親、美幸の最期。
 彼女は仲間達を守る為に一人、アヤカシに立ち向かった‥‥自らの命を呈して。
 それは、今まで誰からも告げられた事の無かった事実――漸く麻美が、『母親が立派』と言う言葉の真の意味を知った瞬間だった。

「麻美ちゃんは誰よりもお母さんがどんな人かって知ってるよね。お母さんは麻美ちゃんを悲しませたくなかったと思う。
 きっと‥‥誰っ、よりも‥‥」

 息を詰まらせながら言葉を紡ぐ遠呼――いつどんな時でも前向きな彼女、しかし今ばかりは、心の中に鬱積した自分でも何か分からないものが、沸々と溢れ出して居る様子だった。

「あ、あれ、何で私‥‥え、えへへ、ごめんね‥‥」

 ぼろぼろと涙を零しながら、それでも笑顔を作ろうとする遠呼。
 立ち竦んだまま動かない麻美を前に――。

「‥‥ごめん、琉矢さん。後、お願い‥‥ッ!」

 そのまま身を翻し、宿屋の方へと走り去ってしまった。
 彼女の背中を見遣りながら、琉矢は麻美の肩に手を置く。
 ‥‥開拓者ギルドの資料の見て知った、遠呼の過去。それを思い起こしながら――自らも十年来未だに癒えぬ傷を庇う様に、左手首を摩る。

「‥‥誰だって同じだ。アヤカシによって‥‥いや、そうでなくとも家族を失った、その悲しみは消えない‥‥麻美の中からも消える事はないだろう」
「‥‥‥‥」
「それでいいんだ‥‥忘れてはいけない事だから‥‥」

 琉矢はすっと、麻美を抱きしめる。
 背負ったものの重さの余りしくしくと痛む、細身の胸の中に納まる頭。

「ただ今は泣いていい‥‥思いっきり母の為に泣いていい」

 麻美の頭を優しく撫でれば――やがて、漏れ始める鳴咽。
 それは、徐々に大きなものとなって行って。

「私、お母さんが居なくなってから、ぽっかり心に穴が空いちゃったみたいでっ‥‥。お母さんが居なくちゃ何もできない、そんな私が嫌だったの‥‥!」

 麻美の口から零れる想いに頷きながら、琉矢は彼女が落ち着くまで‥‥ずっと、彼女の髪を梳く様に撫で続けていた。



●昇る朝日
 翌朝になると少しだけ、麻美の顔色は良くなっていた。
 今は縁側で数名の開拓者に囲まれながら、虎太郎に渡された金平糖を口に運んでいる。

「昨日は星が綺麗だったよな。そういえば金平糖って星に似てるなー」

 気さくに取り留めなく、そんな口調と言葉で麻美に話しかける虎太郎。
 そう、それ故、切り出し方もごくごく自然で――。

「そうそう、死んじゃった人って空の向こう側に居るんだって? おいらはお星さんになるって聞いたんだけどなー」
「ええ、どちらにしても故人は空から見守ってくれている――と言う事です」

 美咲がにこりと笑いながら答えれば、何を言っているのか分からないと言った風に小首を傾げる麻美。
 そんな彼女に、美咲は優しい表情を見せながらすっと腰を屈め、視線を合わせて言う。

「お母さんね、夜はお月様の向こうでお休みしてるの。
 そして朝になったら――ほら、ああやってお日様の向こうから覘いて、麻美ちゃんの事を見守るの。悲しい顔をしていないかな、笑っているかな――って。
 あんまり心配させちゃうと、空が曇って、雨が降るの。お母さんも悲しい、って」

 指された指に麻美が視線を向ければ、その先には未だ昇り切っていない太陽が、彼女を明るく優しく照らしていた。
 麻美、元気にしてる――? 心なしかそう、語り掛けているかの様に。

「麻美の母ちゃんも‥‥今は見えないけど、あそこで見てるんじゃないかな? そんで、早く元気になって欲しいって思ってるんじゃないかな」

 虎太郎の言葉――それは、今の麻美にならば良く分かる。
 星空の下で流された涙、そしてそれが枯れると顔を出した朝日。
 空が、まるで開拓者達と共に麻美を励ましているかの様に。

「お母さん‥‥」

 朝日に向けて紡がれた言葉。
 死して尚、今こうして娘を励まし続ける美幸の存在は――。

「麻美、あなたの母は立派だ」

 傍らで様子を見ていた千夜子は、思わず口を開く。

「自分を顧みずに他者を想い行動出来る‥‥あなたの母様のように私もなりたい。
 駆け出しの今、麻美や母様に出会えたことに感謝している。私の目標が出来た」

 開拓者として歩み始めてからまだ間もない八人――そんな彼等をも、美幸は空の向こうから応援してくれている気がした。
 開拓者として頑張って生き、人として強くなりなさい、と。そう語り掛けている気がした。

「‥‥こう言うのも変かも知れないけど」

 恥ずかしげに頬を掻く虎太郎、ポイッと金平糖の最後の一粒を口に放り込む――。

「ありがと」



●あそぼ
「‥‥ほら、子供は子供らしく遊んどかないと?」

 明龍に促され、琉矢の陰に隠れていた麻美はおずおずと歩み出る。
 ――そう、今回の依頼人である子供達の所へと。

「汝が何を思い何を為そうとするかは我の感知するところではない。ただ、汝の周りにも汝を心から心配する仲間が居ると言うことを忘れてはならぬ」

 振り返れば、表情を変えぬままされど力強く輝夜が頷く。

「前に進む事。それが逝った親への何よりの供養となる‥‥と思う。
 ――そのお手玉は、昨晩の言葉を言った人物から貰ったもの‥‥私にはもう不要のものだ」

 別れ際渡されたお手玉を握り締めながら、既に姿の見えなくなった風花の背を目で追う。

「お姉ちゃんは開拓者で、お日様の巫女だから、嘘は言わないわ。
 耳をすませば、精霊が声を届けてくれる。目を閉じて心の中にお母さんを映せば、きっと励ましてくれる。
 だから、元気を出して」

 お日様の巫女――美咲はその名に違わない笑顔を向ける。

「私ね、帰りを待っている人に『ただいま』って言えるような開拓者になるよ。
 だからその時は『おかえり』って言ってね。いつでも笑顔で」

 眩い笑顔でぎゅっと抱きしめられた温もりを思い出しながら、微笑む遠呼からも視線を離し――。

「――子供達に礼は言われたかの?」

 いつだかの麻美の様に、物陰から様子を伺っていたのは緑髪の女性。
 輝夜がそっと近付けば、彼女は「ひゃっ!?」と短い悲鳴を上げた。
 かと思えば、そそくさと去っていく女性――その背に輝夜が「あ、今日の申一つにギルド前じゃ、忘れるでないぞ?」と声を掛ければ、「わ、分かってるわよ!!」と言う 怒声が響きながら遠ざかって行った。(何でも夕食を奢る約束をしていたらしい)

「笑う角には福が来る、という。今すぐでなくとも、無理はせずに‥‥頭の片隅に置いてほしい。
 ――あなたの笑顔が、ここにいる者達の幸せの糧になる。きっと、麻美の母様もいつも傍で麻美を見守ってるはずだ」

 最期に、普段通りの冷めた口調で麻美に言うのは千夜子。
 しかし、今その奥に秘めたものは、昨日までと違う――彼女はふっと麻美の前にしゃがみ込むと。

「‥‥寂しくなったらいつでも呼んで、ね」

 そう言って優しく抱き締めた。
 そして促されるまま振り返れば、麻美の前に並ぶのは再び、遊ぶ手を止めて此方の様子を伺っている子供達の仏頂面。
 彼らの前に、麻美はゆっくりと歩み出ると、躊躇いがちに小さな口を一杯に開いた。

「あ、あの‥‥えっと‥‥。
 あ、あーそーぼーッ!!」