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■オープニング本文 開拓者ギルド。 御隠居さんと係員が与太話をしている。 「――時に、あなた幽霊は好きですか?」 「何ですか藪から棒に。幽霊というとコレのことで?」 両手をぶらりとやった係員に、隠居はそうだと頷いた。 「ぶるぶる、生憎と好悪を言えるほど親しい付き合いがございませんので」 「ふーむ、それなら鬼はどうでしょう。好きですか嫌いですか」 「‥‥大嫌いです。小鬼なんぞは話を聞いただけで震えが来るほどで」 憎々しげに口を歪めた係員を、隠居は気の毒そうに見たが。 「それなら、屍人とか大首は?」 「ちょっと待って下さい。一体、今度は何の話ですか?」 「もちろん、依頼の話ですよ。開拓者に、百鬼夜行を頼みたいんだが――まあ、あなたの好みは関係無かったか」 話はまだ見えないが、興味深い単語があった。 「百鬼夜行を殺るんですか?」 「ああ、百鬼夜行を演ってほしい」 「え?」 しばらくして、事情を呑み込んだ係員は固まった。 「アヤカシのことなら、開拓者だ。そうじゃありませんか」 「しかし、御隠居。いや、そもそも何で百鬼夜行を演じる必要があるのか分からない」 合点がいかない様子の係員に、隠居は苦笑を洩らした。 「私もね、実は聞いた話を伝えてるだけなんだが‥‥夏祭りの演目にするとかでね」 この話を隠居に持ってきたのは、以前に水路掘りを依頼した開拓村の代表だ。 現在も開拓工事は継続中だが、開拓予定地で夏祭りを行う企画が持ち上がった。作業者の慰労や、近隣の村々との親睦をはかっての事らしい。 しかし、花火大会などを開こうにも予算が無い。そもそも、村がまだ無い。あるのは、作りかけの耕作地だけ。 何か無いかと代表者が集まって頭を捻り、誰かが廃寺に目を付けた。 以前、人が住んでいた頃に建てられたらしい寺院は、何の変哲も無い荒れ寺だが。 「肝試しをしようと」 「待った。お祭りの話でしたよね?」 隠居も同じ質問をしたようだ。 「人が扮したアヤカシ役から逃れることで、無病息災、一年の無事を祈る祭事であると、そういう趣旨らしいですな。まあ、奇祭珍祭の類と思えば」 参加者は最初にお札を受け取り、開拓村を横断して廃寺のお堂に札を納めて戻る。 アヤカシ役は途中に隠れ、様々な手段で参加者を怖がらせて妨害する。 「それでアヤカシ役は、やはり本職に頼むのが良かろうという話になりましてね」 「本職って‥‥開拓者がアヤカシに? 不謹慎と思われませんかね」 「肝っ玉の小さい事を言いなさんな。まあ洒落とでも思って、引き受けちゃくれませんか?」 引き受けた。 さあ、どうなるか。 |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 九法 慧介(ia2194) / 平野 譲治(ia5226) / 神鷹 弦一郎(ia5349) / からす(ia6525) / 朱麓(ia8390) / 和奏(ia8807) / 茜ヶ原 ほとり(ia9204) / 不破 颯(ib0495) / 无(ib1198) / 志姫(ib1520) / 雪刃(ib5814) / アムルタート(ib6632) / レオ・バンディケッド(ib6751) / 水無月 涼風(ib6785) / 春風 たんぽぽ(ib6888) / 闇野 ハヤテ(ib6970) / シフォニア・L・ロール(ib7113) / トイフェル=ライヒェ(ib7143) / ajiaji(ib7501) / 猫鈴(ib7502) / たいちん(ib7505) |
■リプレイ本文 チクチク チクチク 「出来ました。これで、どうでしょう?」 春風たんぽぽは完成した刺繍を村人に見せる。 「上出来だ。‥‥済まないねぇ、こんな事まで頼んじまって」 「いいえ! 私、得意なんですよ。だから精一杯お手伝いさせて下さい」 百鬼夜行をやろうと、村を訪れた開拓者を待っていたのは、初めての祭りに右往左往する村人の姿だった。 肝試しを祭事に見立てた祭りは珍しい。が、そもそも今回が第一回。言うまでもなく、開拓村としても初めての行事だ。人も物も時間も、すべて不足している。 「よーし! 義を見てせざるは勇なきなりっ、私達に任せなさい!」 包帯姿で気炎を吐くアムルタート。気合が先走る彼女は既に木乃伊の扮装――ではなく、どうやら彼女は重傷をおして参加したようだ。 「‥‥わ、私も、‥‥血、付けた方が、いい‥‥?」 アムルタートの様子を見ていたトイフェル=ライヒェは、ヘアピンを己の腕に突き立てる。ちょっとだけ躊躇したトイフェルを、平野譲治が制止した。 「よがね、ごあらおっ! ‥‥っ痛いのは止めるぜよっ!」 意味不明な擬音は譲治の趣味らしい。変人を気取る少年の瞳はまだ真直ぐで、トイフェルはヘアピンを離した。 「‥‥子供、だね」 「俺からみれば五十歩百歩なんだが。折角のお祭りなんだし、お穣ちゃんもあれぐらい楽しんだらどうだい?」 同行者を気にかけるシフォニア・L・ロールを、トイフェルは無表情に見上げ。 「ぎゃははは! ‥‥楽しめ? ‥‥面白くない、冗談‥‥」 目を剥いて嗤うトイフェルに、シフォニアは目を細める。 「おやおや。シフォニア殿の言葉は、戯言ではないよ」 トイフェルが視線を戻せば、からすが穏やかに微笑を向けていた。譲治は、話が難しそうだと会話に加われず唸っている。 「‥‥仕事、しないの?」 雪刃は衣装や小道具のいっぱい詰まった籠を、からす達の前に置いた。 「当然、やるなりっ!」 おのおの、針と糸を手に取った。 チクチク チクチクチク 十人を超える開拓者がお針子となり、黙々と手を動かす。珍しい光景だ。 「放浪暮らしが長かったからねぇ。このくらいは朝飯前だぜ〜」 不破颯は器用に衣装に針を通していく。楓は飽きっぽい気性だが、お化け役に乗り気で、自分の扮装作りには凝りをみせた。 「ほほう」 感嘆の声をあげる猫錫。 「ひとの方ばかり見て無いで、手を動かしなさいな」 筆と刷毛を手にした九法慧介は鬼面に色を塗っていた。時折、不意に虚空に筆を動かして考え込んだりしている。 「慧介、集中してるね」 「そうだね。人を驚かせて楽しませる点が、手妻と同じだからかな。色々と仕掛けを考えるのは楽しい」 言葉通り、慧介は手品のような仕掛けも準備していた。雪刃と2人で夜遅くまで作業を続ける。 「おっと――俺達は客だから、仕掛けの手伝いは勘弁だぜ。先に幽霊のタネを見せられたんじゃあ、面白くないからな!」 一流騎士を目指す少年、レオ・バンディケッドは客役希望だ。サクラではなく、純粋に楽しんで盛り上げる気満々。それも悪くないと了承され、お化け役とは距離を置いて他の仕事を手伝った。 「はっはっは‥‥見てろよ。望み通りに泣かしてやんよ」 闇野ハヤテはぽろりぽろりと毒を吐く。ハヤテの視線の先には、設営を手伝うレオと志姫。時折、手が触れ合って赤面する様など眺めると思わず短筒に手が伸びる。 弾を抜いておいて良かった。 「レオ様、本当に参加するのですか?」 志姫は心細い。何度も聞いたのだが、つい尋ねてしまう。 「ああ。祭りと聞いたら、黙ってられねぇぜ。‥‥迷惑だったか?」 「そ、そんなこと無い。誘って貰えて、嬉しいから」 レオは喜色満面。志姫は少し声が震えていた。 百鬼夜行とは幽霊が出るもの。開拓者と言えど、幽霊は怖い。帰りたい気持ちを必死で抑えつける志姫の手を、少年の指が包む。 「し、心配するな。何かあっても、この俺が守ってやるよ!」 「‥‥うん」 気恥ずかしさに互いの顔が見られない少年と少女。その背後に立つハヤテの形相は、まさに修羅。 「まあまあ」 「‥‥どうしてだろ、リア充って中々全滅しないよね」 取っておきの実弾を銃に込めるハヤテを、神鷹弦一郎が羽交い締めにする。それほど力を込めた風でも無いが、場数の違いか、がっちり取り押さえられた。 「やれやれ。他人の邪魔をするくらいなら、自分の恋愛を探した方が良いだろうに」 「ぐっ」 もっともな正論だ。他人と比較されるのを嫌う自分が、他人と己を比べる矛盾。気付かぬ訳ではないが、だからと言って悟れはしない。 「弦一郎さん? どうかしたんですか?」 そこへ顔を出した茜ヶ原ほとり。弦一郎を見るほとりの目が少し批難がましい。 「何でもありません」 「? もう、一人で先に行かないで下さいね。弦一郎さんは意地悪です」 ほとりはお化けが怖い。今も弦一郎にしがみ付きたいのを我慢している。拘束が緩んだ。 「お前もか」 ハヤテの首がちょっと面倒な方に曲がった。 「人が一番恐いってオチ?」 弦一郎らの人間劇場を観察する和奏。手元が狂った。 「‥‥痛」 人差し指からポタポタ垂れる赤い血を、ぼんやりと持て余す。アクセントになるかもと、そのままアヤカシの衣装を縫い続ける和奏。 「悩み事かしら?」 自分のお化け衣装を縫い終わったajlajlが声をかける。 「別に‥‥ただ、あまり恐いアヤカシに縁が無くて、何に化けたらいいのかなっ」 ぼうっとした外見で勘違いされもするが、豪華絢爛な装備が示すように和奏の実力は本物だ。一流と言って良い開拓者が、怖いアヤカシに縁が無いとは太い台詞である。 「‥‥本来、アヤカシとは、人の恐怖そのもの‥‥。肝試しとは興味深い。‥‥研究しがいのある依頼‥‥楽しみです」 研究目的で参加した水無月涼風は祭りに無関心だったが、肝試しの下準備には熱心だったので真面目な開拓者と思われた。 「裏方が少ないねー」 屋台の設営に回った朱麓はぼやきながら、木材を運ぶ。 二十余名の開拓者の内、屋台を出したのは三人。朱麓に礼野真夢紀、それにからす。 「場所はどうします?」 「適当でいいでしょ。村とは名ばかりで、何も無いからね。どこに建てても構わないみたいだし」 朱麓はテキパキと自分の屋台を設け、真夢紀の分も手伝った。というのも、真夢紀は屋台で出す予定の料理の準備――具体的には食材の調達と試作に忙しく、それ以外には無頓着だった。 「助かりました。有難うございます」 真夢紀は集めた水菓子を朱麓に分けた。 「こいつは、苺かい。ふーん、よく手に入ったねぇ」 「はい。やはり、イチゴは欠かせないですもの。村人の皆様にも協力して頂きました」 いわゆる西洋苺の類は無理だったが、真夢紀は諦めず、それなら野苺、木苺を採れないかと聞き回ると、今の季節でも在るかもしれないと言いだす者が居た。厳密にはすとろべりーでは無いが、苦労して採ったので真夢紀は誇らしげだ。 「‥‥」 村人も開拓者も一緒になり、祭りの準備も大詰めである。狐面をかぶった无は忙しそうに立ち働く仲間の間をすり抜けて廃寺へやってきた。 肝試しで札が置かれる荒れ寺の中に入ると、開拓村の代表数名と隠居が座って何か話し込んでいた。端に座って耳を傾けると、どうやら祭り当日の打ち合わせのようだ。話が終わるまで酒をちびちびと舐めながら待つ。 「この寺の由来を、聞かせては貰えまいか」 村役達が席を立った所で隠居に近づいた。 「はて。それは仕事に関係する事ですかな?」 「仕事かつ興味だ」 「ははぁ」 隠居は、知っている事を話してくれた。 無人となってから、四、五十年は経つらしい。以前の開拓計画が失敗に終わり、廃村となった頃のようだ。当時は東房と理穴が魔の森に覆われて、天儀中が荒れていた。ここに村を作ろうとした人々も、何処かの戦乱を逃れてきた者達らしい。 だが、水対策が十分でなく、用水路建設に失敗し、井戸を掘ったがまるで足りず、村は出来たが最後は餓死者を出す有り様だったとか。地獄絵図に、村人の精神的支柱だった寺の住職は耐えかねて、ついに狂死したと伝えられる。 「狂死?」 「何でも、枯れ井戸で首を吊ったとか」 そして村人は散り散りとなり、以来、旅人や無頼が一時の宿にするだけの廃寺と化したのだという。 「‥‥」 「ここに居たのか」 不意に、背後から声をかけられた。もうすぐ祭りが始まると、たいちは无を呼びに来た。无は隠居に礼を言って廃寺を出る。狐の面を被り直し、頭上を見あげる。 「雲が、月を隠したか。百鬼夜行と洒落込むには良い晩だ」 陰陽師の足元を夜光虫が照らした。 祭りが始まると、肝試しのスタート地点には開拓民と近在の住民が合わせて二百名余り揃っていた。深夜とまでは言わないが、日没からは時が過ぎている。 「うまうまっ♪ なりよっ♪」 譲治はすでに屋台を梯子し、口いっぱいに食い物を詰め込んでいた。 「ほんのり甘い鬼火玉饅頭はいかがかね〜。疲労の溜まった体に効く血の池じゅーすもあるよ〜」 提灯のあかりに照らされた屋台から、禍々しい黒山羊の仮面をかぶった売り子が陰気な売り文句を張り上げている。 その隣の屋台では、黒狐面が怪しげな薬湯を並べていた。 「変な匂い、中身はなあに?」 「疲れが取れる御茶だよ。そこの長椅子で休んでいきなよ」 黒狐が指差した長椅子には、昼間村で作業していた男が仰向けになり、死んだように眠っていた。男の胸にしがみ付くように寝ているのは幼い息子である。 「おやおや、騙されちゃいけないよ。黒氷雨は眠り薬を飲ませてお前さんの魂を抜き取る気なんだから‥‥くすくす‥‥」 黒山羊が薄気味悪く笑うのを、狐面は惚けて。 「嘘だよ。さあ疲れたろう、一口飲めば楽になるよ」 「お、おお‥‥また来るぜよっ!」 譲治は回れ右して、真夢紀の屋台に突撃した。 「まいどありがとうございま〜す!」 元気な笑顔と共に、巫女の少女は汗だくになってハンドルを回す。 真夢紀の屋台はかき氷屋。氷霊結で作った氷を、手回し式かき氷削り器でどんどん削っていく。さすがに熱帯夜は過ぎたが、夜もまだ暑い。珍しさも手伝って、彼女の屋台の前には長蛇の列が出来ていた。 「いちごに抹茶金時、みぞれに葡萄に甘酒、西瓜とメロンの絞汁! 色々かけてお召し上がりくださーい」 祭りの期間中、ずっと大盛況のかき氷屋は手が足りず、村人や手の空いた開拓者がかわるがわる手伝った。 「まだ暑いから商売繁盛です♪ 美味しいもので喜ばれるのは気持ちよいですし」 参加者の多くはここで体を冷やした後、廃寺まで肝を冷やしに向う。 開始から廃寺までは開拓村を通る訳だが、まだ村自体は出来ていないので、実質的には廃村の名残を残す荒れ地を往くことになる。明かりのある屋台のそばは良いが、遠ざかるに連れて闇は濃く深く、心細さは増大した。 「げ、弦一郎さん? お化けは出ないですよね? 本物じゃないですよね?」 かき氷で頭が痛いと言っていたほとりは、数分ともたず必死に腕を弦一郎に絡めて震え出した。 (出発前に、无さんが廃寺の話なんかするから‥‥まあ、何とかなるだろう) ほとりを守ろうと周囲に目を配りつつ、彼女の反応を楽しんでいる弦一郎だった。 「きゃっ」 不意に黒い塊が飛んで来た。硬直したほとりをかばい、咄嗟に天儀弓で叩き落とす。 「何!? お、お化けですか?」 「大丈夫、ただの幻です(消えた‥‥陰陽術かな)」 涼風の人魂が闇夜で目測を誤った。ちなみに涼風は攻撃用の呪符も用意していたが、他の面子が止めたので主に人魂での補助役に徹した。 「こ、こわいですぅ」 ほとりが怖がるので、弦一郎は立ち止まって後から来る参加者を待つ事にした。仲間が多ければ安心するだろうし、一般人の前では彼女も奮い立つだろう。 二分ほどして、光が見えた。カンテラを提げた人影が近づいてくる。 「‥‥どうした?」 「恥ずかしながら、同道させて貰っても良いかな」 「‥‥ああ。道連れは多い方が楽しい」 男が近くまで来ると、弦一郎は眉を顰めた。ローブ姿で頭からフードをかぶり、足取りもおぼつかぬ様子だ。 「ちょっと待て」 「‥‥待てねェなあ。ふぅははー!」 男が両腕を振り上げると、ローブの下、胸の辺りに皺だらけの老人の顔が張り付いている。フードの奥から覗く顔は、人狼。 ふぅ。 ほとりは白目を剥いて倒れる。 「夏と言えば恐怖! 暑い残暑に涼しい恐怖をお届けだぜ〜」 高笑いする楓の顔面に、弦一郎はチョップを御見舞いする。 「ハリボテか! よく出来ている‥‥」 「おい、壊すなよ。これ作るのに時間かかったんだぜ〜」 楓が去った後、気絶したほとりを起こした。腰が抜けた様子の彼女を背負う。 「か、開拓者だって、お化けは苦手なんです、しかたないんです」 謝る彼女を宥めすかしていると、今度は横合いから急に。 「お化けだぞ〜♪」 白い布をかぶった和奏が間延びした声と共に現れた。 (前の方から、悲鳴が聞こえてる‥‥帰りたい) 志姫は両手を胸の前で堅く握りしめ、目を瞑り、寒さに震えるような、祈るような格好で立ち尽くす。すぐに彼女らの順番だが、とても廃寺まで辿りつける自信は無い。 「志姫」 名を呼ばれ、両手を温かなむくもりが包んだ。目を開けると、レオが志姫の手に自分の手を重ねていた。 「なに?」 「ご、ごめんな。でもさ、す、少しは安心するだろ‥‥? 本物が出ても絶対離さねぇからよ‥‥」 「肝試しだよ、本物は出ないよ?」 身体はまだ震えるが、ぎこちない笑顔をこぼす。握り直したレオの手は震えていた。 少し風が出て来た。 雲の切れ間から射す月光が、地上を照らし出す。 「何だ?」 月明かりの下で、煌めく光輝。良く見れば、宝石を散りばめたような輝く布を纏った女が舞い踊っていた。銀髪から大きな耳が覗き、尻尾がゆらゆらと宙を泳ぐ。 「早速お出ましかよ、アヤカシ!」 「れ、レオ様‥‥」 「大丈夫だ! どんな事があっても‥‥お前を守るからよ!」 志姫を庇い、レオが身構えると女怪は踊りを止めて、ゆっくりと手招きする。つられて一歩踏み出したその時、二人の側の岩が、裂けた。 「!!」 岩の中から、青白い炎を帯びた刀を振りかざす鬼面武者が出現した。鬼面は爛々と輝きを発し、2人に襲いかかる。 「うわぁあっ」 レオは片手握りのダーククレイモアを力任せに振りぬいていた。 鬼武者の秋水清光は大剣を難なく受け流す。無茶な打撃で体勢を崩したレオは手を握ったままの志姫にぶつかり、二人は倒れた。 「‥‥しまったっ」 慧介は鬼面をはぎ取り、2人に駆け寄った。 「倒れた時に頭をぶつけたか」 レオは必死に名前を呼ぶが起きない。雪刃が駆け寄り、呼吸と心臓を確かめた。 「‥‥あ?」 息を吹き返した志姫は、ボロボロと涙を流して謝るレオを見上げる。ずっと握られていた手が痛い。 「良かった。幸い、命に別条は無いようだが‥‥済まない」 妖狐に化けていた雪刃は何度も頭を下げた。 「私の方こそ、開拓者なのに‥‥恥かしい」 もう少し休むよう言われたが、志姫とレオは肝試しを再開。慧介は再びハリボテの岩に隠れて次の獲物を待った。 空気がねっとりと体に絡みつく。残暑の生温かい風に、時折ひんやりした透き間風が入り込んだ。もう秋はすぐそこだ。不意に響く金切り声が、物暗い廃村を一層怪しく彩った。 「きたきた」 新しい客の声が近づくと、茂みに腰掛けていたアムルタートは、ふらふらと立ち上がる。 「あう、いた、たたた」 包帯の巻き過ぎで動き難い上に、傷が完治してない。そのまましゃがみ込んでしまいたいのを、むりやり前に進む。 「う‥‥ううう‥‥いた〜い‥‥いた〜い‥‥」 もはや演技かそうでないか区別はつかない。良く言えば、迫真の演技という事だ。驚かし過ぎると、尻もちを付いたり慌てて倒れる客も居るのでかなり気を遣う。最初は客の入りを心配していたが、祭りの期間中、結構な客が訪れたので、お化け役は存外な重労働になり、包帯の下は汗みずくだった。 「あはは〜、すげ痛いや。でも楽し〜♪」 ミイラ女は張り切って働いた。楽しそうに、ヒイヒイ泣きながら。 「怪我人は休むものぜよ」 譲治がミイラに水筒を差しだす。客を案内するついでに、お化け役の様子を確認する役回りを担った。 「休んでなんかいらんない」 「なら、薬ぐらい付けるなりよ」 いわば重傷を見世物にして、傷に障ること甚だしい。 「いや」 かぶりを振ったアムルタートの笑顔は鬼気迫る。幾度も往復してお化け役に慣れた譲治をして、寒気を覚えた。 「私は、やりたいようにやる。ヤボは言いっこ無し♪」 自儘に生き、どこで野たれ死のうと後悔しない。ジプシー根性の塊のような女だ。 休憩時。 「それは君が悪い」 シフォニアはアムルタートに共感し、譲治は口をへの字に曲げる。 「なんで? おいらだって全力で遊びたいけどさ、死んだら終わりなのだっ」 「それも一理ある。だが、俺達の稼業は、無事に明日を迎えられるか分からない。今を楽しく生きれば良いと考えるのも、分かるだろう?」 今を全力で、太く短く。一般人から見れば奇矯でも、そのような開拓者は多い。 「むむむ」 早く一人前になりたい譲治には、大人はもっと円熟したものという想いがある。 「はははっ、そんなに難しく考えなくていい。一瞬と一生に、どれほどの差も無いんだよ。君もいずれ知るさ」 譲治をけむに巻き、シフォニアは仲間と打ち合わせる。今回、彼はハヤテ、たんぽぽ、トイフェルと組んでいた。 「俺たち四人のチームプレーに叫ばない客はいない」 シフォニア達は、お化け屋敷の要諦を捉えている。仕掛けである以上、一つ一つの恐怖には限界がある。無茶をして怪我をさせては元も子もない。大事なのは、恐怖を演出する段取りとタイミング。そのためのチームだ。 荒野を吹き抜ける一陣の風。 「ひゃっ」 その風があまりに冷たくて、真夢紀は声をあげた。折角のお祭りだからと背中を押され、屋台の休憩時間にぶらりと歩く事にしたのだが。 「この冷気は‥‥かき氷が売れ残っちゃいます」 忍びよる秋風とは異質な空気を感じ取るが、感想は別。真夢紀が足を止めて、周囲を見渡すと灌木の後ろに何かが。 「誰?」 ローブ姿の人影がバッと立ち上がる。 「うらめしやー!」 現れたのは、古風な幽霊姿のたんぽぽ。 「‥‥びっくりしました」 出現する間が上手い。真夢紀は少し驚いた。 「‥‥」 真夢紀の反応に満足し、たんぽぽは、また茂みに隠れる。 アッサリしてるなと思いつつ、真夢紀は先へ行く。暫くも進まないうちに、冷気が消えて体が少し汗ばんできた。先程のあれは術かと考えていると、前方にうっすらと人影が見える。 「‥‥一つ‥‥、二つ、三つ‥‥」 血染めの襤褸を纏った男が、手元を見ながら数えている。真夢紀はちょっと面白くなり、何を数えてるのだろうと男に近寄った。 「‥‥銃弾が、足りない‥‥」 両手も真っ赤に塗れていた。真夢紀が覗きこむのも構わず男は数個の銃弾を繰り返し数えている。 「えっと、落としたのかな? ポケットの中は探してみましたか」 「あぁ、そっか‥‥」 男が振り向く。無惨な顔面が露わになる、右の目が無い。 「俺、目が撃たれちゃったんだっけぇ‥‥」 右目の穴を掻き毟り、鮮血に濡れた銃弾がこぼれ落ちた。 「はう‥‥ちょっと怖いです」 「おっと」 後ずさった拍子に傾きかけた真夢紀の手を、ひょいと掴むハヤテ。 「気を付けて、小石とか多いから」 手を振って真夢紀を見送る。 「‥‥男連れだったら容赦しないとこだけど」 ハヤテはしゃがみ込み、ズタ袋から鏡を取り出してメイクの確認。 「‥‥リア充泣き叫べ」 背後を振り返りつつ、真夢紀は廃寺の近くまでやって来た。 「お化けの人達、凝ってました。うーん、雰囲気は大切です。肝試しに因んだかき氷を出してみるのも良さそう」 倒木に腰掛けてあれこれと思案する真夢紀。 「あ」 隣に、誰か座っている。油断である。名の知れた開拓者としては、致命的。 と、焦燥感を覚えたのは肝試しに順応した証拠。常在戦場の悪鬼ならいざしらず、祭りを楽しんでいて気が緩むのは当然である。 「ねえ‥‥一緒に、海の中に沈んでくれるかい‥‥?」 耳元で囁き、声の主の冷たい手が真夢紀の指に絡む。 「うー」 反射的に手を引く。身体を捻り、転がるようにして立ち上がった真夢紀は後ろも見ずに駆け出す。 「おっとと‥‥振られてしまったか。でも、楽しんで貰えて何よりだよ」 水浸しの衣装に錆びた鎖を巻き付けた水怪、シフォニアは微笑し、僅かに身体を震わせた。演出の為とは言え、毎晩何度も水を被っているので結構きつい。 「ふ、不思議です。いつもの依頼では、怖くないですのに」 首を傾げた真夢紀は息を整え、汗を拭く。実戦と肝試しでは恐怖の質が違うのだろうか。ともあれ、早く終わらせて屋台に戻った方が良さそうだ。 今度はいつアヤカシが出るかとビクビクしながら廃寺に入る。お札は何の変哲もない木箱に入っていた。拍子抜けしたが、一枚手に取る。 「さあ、戻りましょう」 安堵しつつ、復路。 往路は廃村の中を通過したが、復路は村の周囲を通る。空堀のような水路の跡があり、また工事中の現場もあった。早足で歩いたが、月が雲に隠れた。星明かりの荒野は漆黒に近い。と同時に空気が変わった。 湿った、乾いた、ひりひりと、ざわざわと――形容は様々だが、所謂肌で感じる直感。真夢紀が身構えると、道の左右を火炎が走り、煌々と松明の明かりが廃村を照らす。 前方に、一人の女性が立っている。 顔を隠す黒髪に、薄汚れた白いドレス。女は真夢紀に狙いを定めると、ゆっくりと近づいてきた。 「おお?」 回れ右する真夢紀。それを見て女は髪を振り乱し、両手をふりかぶって駆け出した。 「ぎゃはははははははは!」 振りきれない。闇夜で足を取られた真夢紀に、覆い被さるまで近づいた女が狂った笑声をあげる。黒髪の隙間から、赤い不気味な瞳が覗く。 「お帰んなさい、お疲れ様でした」 係員に頷き返し、床に座り込む无。 「ほんと、疲れましたよ。いつもの仕事とは、勝手が違います」 「まあ。いつもアヤカシになられては困りますがね」 盆に麦茶を入れて開拓者に振る舞う係員。 「あたしは、やりませんでしたよ。だって、アヤカシは普段の仕事で十分!」 湯呑を受け取り、冷たい茶をゴクゴク飲み干す真夢紀。 「ですもの♪」 「同感だね。けど、世間の連中ってのはアヤカシのことを騒ぐ割には、本物は良く知らないんだよ。下手な扮装でも、意外に受けたものねぇ」 忍び笑いを洩らす朱麓。 「下手な、は余計。でも‥‥それは、仕方無い‥‥私達も、本当のところは‥‥良く知らないから」 隅っこで茶を啜っていた涼風の呟き。 「そうですね。お化けだからアヤカシ、という考えも乱暴な気はします。‥‥専門家と言われても、イマイチ解かってない‥‥です」 和奏は持ってきた三角頭巾を付けて、幽霊のポーズを取ってみる。 「ひゃっ」 思わず身体が浮いたほとり。 「す、済みません、お化けじゃないと分かってますけど、じょ、条件反射で」 弦一郎にしがみ付くほとり。和奏は申し訳なさそうに頭巾を外す。 「まあ、開拓者だって、人間なんだ。弱いのも愚かなのも仕方ないさ。そこは皆で補えばいいんだ」 ほとりの黒髪を撫でる弦一郎。 「ほう」 その二人の姿を見つめる志姫。 「麦茶、飲むか?」 ハヤテはレオの鼻先に湯呑を押し付けた。 「‥‥飲まねえ」 志姫の肩を抱こうと上げた片腕を、のろのろと下ろすレオ。 「そうか?」 湯呑を空けるハヤテ。 「時には足を引っ張り合うのも人間らしさかな。アヤカシには、そーいう所は無さそうだしね」 慧介は、睨み合うレオとハヤテを微笑ましげに見ている。 「ジジ臭ぇっ! 楽しけりゃ何でも良いんだよっ」 一足先に酒を取り出した楓が、慧介の横に座る。 「あんたも風に吹かれて生きてきたクチなら、俄かは止しねぇ。嫁さんも、そう思うだろ?」 「嫁‥‥慧介の?」 急に話を振られた雪刃は、狼耳をひょこひょこ動かした。眉間に皺を寄せて思案する雪刃に、逆に楓が狼狽する。 「わこうどには、人類の命題より青い春かな?」 しみじみと独白するからすは、幼い少女。 「はははっ、お穣ちゃんも、もっと人生を楽しんだ方がいいね。細かい事はいいのさ、思いだしてごらん、俺達の仕事は祭りを楽しませる事だったろう?」 シフォニアはからすの頭を撫でるつもりだったが、すっと避けられた。 「ああ!? 全力で楽しんだなりよっ」 胸を張る譲治。普段なら不謹慎な話だが今回は楽しむのも仕事だ。苦笑を浮かべた係員の袖を、控え目に引くトイフェル。 「‥‥楽しみながら、恐がらせた‥‥だ、大丈夫、命に別条は無い‥‥おそらく」 おどおどと報告するトイフェル。 「もう少し詳しく」 「心配ナイナイ、私より傷の重い人は居なかったからっ♪」 重傷で参加したアムルタートは屈託の無い笑顔を見せる。無理が祟ったのか、畳の上にぶっ倒れているが、本人は楽しそうだ。 「えっと、色々ありましたけど、お祭りの手伝いは大成功です。開拓者全員、無事帰還しました」 たんぽぽの報告に係員は、首を傾げる。 「‥‥は?」 「どうかしました」 「誤魔化しちゃいけませんよ。全員だなんて」 係員は帳面をくる。依頼を受けたのは22名だが、出発したのは19名。 「毎度の事ですから、とやかくは言いませんけどね‥‥おや、どうかしましたか皆さん?」 「3名、足りない‥‥」 「でも22人居たよ?」 言われてみれば見ない顔だが、新人らしいので気にしなかった。 だがその新人三名は居なかったと係員は断言する。 |