三匹の豚鬼
マスター名:松原祥一
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 1人
リプレイ完成日時: 2011/08/15 21:29



■オープニング本文

 開拓者ギルド。
 御隠居さんと係員が四方山話をしている。
「――そういえば、開拓者を打ち倒す鬼が出没しているそうですな」
「ははぁ、御隠居もお聞きになりましたか」
 係員が苦笑を洩らしたので、隠居の目が意地の悪い光を帯びた。
「山向こうの村からやって来た薬売りから、聞いた噂ですけどね、何でも竹林に潜む三匹の豚鬼が何人も開拓者を血祭りにあげているとか」
「三匹の、豚鬼?」
 首を傾げる係員に、隠居はちらりと目をやる。


 山の麓に小さな村がある。
 村から東に歩いて行き、谷を抜けると、荒れ放題の竹林が広がる。

 そこに、三匹の豚鬼が立っている。
 それぞれ手に、大きな槍や刀を持っているが、それらの得物は開拓者の血でべっとりと濡れていて―――


「増えてるし」
「何の事ですかな?」
 顔を覗き込む隠居はひとまず無視し、係員は額に手をあてて思案した。
「調べた方が、いいかな」
 先日、不可解な小鬼退治依頼があった。荒野に潜む一匹の小鬼が開拓者を破ったという謎の事件だ。あの時は、手だれを送れば問題あるまいと判断したが。
 持ちこまれた依頼に気になる所があれば、引き受ける前に調べ役に回したり、個別にシノビを雇って調査する場合もある。但し、時間も費用も掛かる上に、危険な依頼であれば下調べも命懸け。だから、現場の判断に任せることも少なくは無いし、前調査自体を依頼として開拓者に頼むケースもある。
 しかし、都から離れた小さな村からの依頼では、人員的にも時間的にも入念な下調べは難しい。そうした村々は、普通はギルドより近くの領主を頼る訳だが、ギルドの評判が高まるにつれ、依頼が舞い込む事も増えて来ているようだ。
「ふうん。興味があるような口ぶりですな。それなら私が頼みましょうか」
「御隠居さん、暇なんですね」
 ずけずけと物を云う係員である。隠居は鼻で笑って
「そりゃ貴方、隠居ですから」
「そうでした」
 暇潰しに依頼を出されても敵わないが、まんまと話に乗せられそうな気配だった。


「それで、依頼を受けたのか――馬鹿だな」
 隠居が帰った後、係員と話しているのは一人のサムライ。名を鵜鵯田右兵之介という中年開拓者だ。
「鵜鵯田さん、油を売ってるだけなら手伝って下さいな」
「おいおい、調役に回さないで、あんたが資料を作ってるのか?」
 呆れ顔の右兵之介に、係員は、武州で大きな戦いが起きたために人手が足りていないのだと話す。
「ふん、下っ端は辛いな」
「せめて黙って下さい」
 現地調査は人的にも予算的にも無理なので、とりあえず係員は付近を旅してきた商人などから三匹の豚鬼の話を聞いて来た。数人の開拓者が襲われたのは、どうやら確からしい。
「似ている、か」
「やはり、半兵衛達が受けた依頼と、何か共通点があるのか?」
「不良中年が関心を示している点はそっくりですね」
 冗談は置く。
 まず、敵が鬼であること。
 それほど強くない筈の敵に、開拓者が敗れていること。
「被害者は開拓者だけか?」
「そうですね。多分、話が聞こえてこないだけでしょう。どちらの場合も、鬼の棲み家が人家から離れていますし」
 先日の事件と今回の事件で、異なる点もある。
 今回は遺体が残っている。刀や槍で刻まれた痕のある、食べ残しの遺骸を、村の樵が発見している。村人が私的に豚鬼退治を頼んだ開拓者らのなれの果てで、間違いは無いらしい。
「だが豚鬼は小鬼よりは強い。駆け出しの開拓者なら、やられても不思議はなかろう」
 開拓者が幾ら強いと言っても、人間には違いない。しかも危険が慣れっこだから、死なない方がおかしい。
 今回は、たまたま同じような事件が続いただけとも、考えられる。
「うーん」
「ここで唸っていても、仕方あるまい。行って確かめて見なければ、判断のつくものでは無いぞ」
 得心いかない係員は、思い切って口に出した。
「――罠、だったらどうします?」
「アヤカシが開拓者を誘き出して、狩っているというのか? ふーむ、有り得なくは無いがな。それなら、わざわざ人の少ない場所で待ち構えなくとも、街や村を襲った方が早くは無いか?」
「例えば、手の内を見せたくない、とか」
 先日の事件も今回も、鬼の力量がまるで分からない。
「まずは、それを確かめることが肝心か」
「依頼書には情報を集めるように書いておきましょう。それでもし、手に余るようなら戦わずに戻って貰った方がいい」
 係員は受けるかと聞いた。
「君子危うきに近寄らず―――と言いたい所だが、ここまで話を聞いてしまっては断りづらい。承知した」

 開拓者を打ち倒す三匹の豚鬼の正体は如何に。


■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
月酌 幻鬼(ia4931
30歳・男・サ
赤鈴 大左衛門(ia9854
18歳・男・志
ライオーネ・ハイアット(ib0245
21歳・女・魔
トカキ=ウィンメルト(ib0323
20歳・男・シ
将門(ib1770
25歳・男・サ
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918
15歳・男・騎


■リプレイ本文

「‥‥」
 目蓋が重い。ヘラルディアの目の下にはくまが出来ていた。
 もう何日も寝ていない。
 仮にも開拓者、一日二日の徹夜でどうなる訳では無いが、極度の緊張下で己を律し、任務を継続させるのはハードだ。
 炎天下、草木に身を沈め、大地を這う虫や蜥蜴と同化してヘラルディアは監視を続けていた。


「は、恥かしいです」
「最初に言ったでしょ。昼も夜も一緒だって」
 ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)は頬を寄せ、彼女の吐息が触れるのにドギマギした。鴇ノ宮 風葉(ia0799)の方は、恋人と湯船に浸かった状況も逆の意味で心穏やかとは言いかねた。
「用心しなきゃ」
「鴇ちゃん‥‥」
 狭い風呂の中で風葉が体を密着させる。ネプはノボセそうになる自分を抑え、周辺への警戒を怠らない。
 ここは依頼を受けた村の中だが、二人には敵地にも等しい。

「風呂に入らなくても人間は死にませんけど‥‥割に合わない仕事を受けてしまったものです」
 トカキ=ウィンメルト(ib0323)は仲間達の異様な緊張に、溜息を洩らした。
「ふふふ、だからこそ開拓者は面白い。そう思いませんか?」
 悪戯っぽく笑うライオーネ・ハイアット(ib0245)に、トカキは憮然となる。
「他人の嗜好に口出しはしないですが――本来、可能性は常にあるもの。数限りない懸念を、一緒くたにするのも」
 無制限に警戒すれば疲労も激しい。
「駆け出しの若僧みたいか? こっちはでかいドジを踏んだ後なんでな、言いたい事は分かるけどよ、今回は勘弁してくれや」
 室内でも大斧を手放さない月酌 幻鬼(ia4931)。窓の側を離れず、常に外の気配を探るようだ。
「報告書は読んだ。貴公らを手玉に取るとは余程の相手だな」
 何気ない将門(ib1770)の台詞に、ライオーネと幻鬼は一瞬固まる。
「はっはっ、まったく教本に載せたい程のやられっぷりだったねぇ」
 高笑いする巴 渓(ia1334)。
「おっと。気を悪くしねえでくれよ。てめぇの間違いに正面から向き合える奴は少ねえ。俺は尊敬するぜ」
 百戦百勝は運があれば成る。不様に敗北し、なお立ち上がる者が真の勇者だ。再び割に合わない冒険を選んだ彼らは、得難い人だ。
「都会は怖ェだスなァ‥‥そったら強ェ豚鬼だけでねェ、村ン衆まで疑わねバァ生き残れねェだスか」
 武者修行気分で参加した赤鈴 大左衛門(ia9854)は、生き馬の目を抜く世の中を垣間見た思いがした。


 庄屋の義三は猟師の権太に開拓者の事を話している。
「今、挨拶に行ったのだけど、都の開拓者というのは違いますよ」
「へえ?」
 立ち居振る舞いに一分の隙も無い。茶を出しても飲まない。膳は取り換えた上でこちらが毒見するまで箸をつけない。凄みのある眼光が絶えず光り、義三は代官の前より恐ろしかったと話した。
「やはり、私らとは物が違う。いやいや、権太さんもこれで安心ですね。あの人達の手にかかれば、豚鬼なんぞ一捻りでございますとも」
 知らないとは恐ろしい。
 別の村で起きた一件を知る由も無い庄屋は、開拓者に全幅の信頼を置いたようだ。だから将門から、
「庄屋殿。現地に行く前に、二三調べたい事がある故、逗留する事になるかもしれぬ。面倒をかけるが、宜しく頼みたい」
 と言われてもその用心深さに感心し、村人への聞き込みに関しても承諾した。
「前の人達は豚鬼と聞いたらすぐ飛び出して、帰って来なかったでしょ。今度の人達はずっと強そうなのに、腰が据わっていなさる」
 まるで自分の事にように語る庄屋に権太は辟易したようだ。
「‥‥そうですかい。俺は鬼さえ斬ってくれたら、それで構わねえ」

 この庄屋を従えた風葉とネプが、他の村役人にも話して村内での情報収集の許可を取る。アヤカシ関連等は開拓者に一定の捜査権が認められている訳だが、筋を通した方が面倒は少ない。また今回は念を入れるつもりだったから、遺漏の無いように手順を踏んだ。
「これでよしっと」
 風華は滞在中、瘴索結界を何度もかけて村の全域の瘴気を探った。また相方のネプは村長が村人を集めると言ったのを断り、2人は一戸ずつ訪問して聞き込みを行う。
「あん? 俺達がてめぇらを疑ってるってのか」
 村人の中には、開拓者に疑いの目を向けられて苛立つ者も出て来る。庄屋に苦情を言っても始まらぬと見て、比較的話しやすい――疑惑の目を向けていない――渓や大左衛門に文句を言う者も居た。
「そっただ事ある訳ねェ。わしらァ、鬼退治に来ただス」
 お人好しの大左衛門は顔を真っ赤にして否定した。この事は赤杉から仲間らに文句が出た。渓も、警戒し過ぎは敵に逃げられる恐れがあると意見を出す。
「村人のことは、庄屋さんにお願いするしか無いでしょう。上手に聞き込みが出来るほど、私達は器用ではありません」
 済まなさそうにライオーネが言うと、渓は西瓜を取り出す。
「すこしはご機嫌も取らねえとな。陰殻の西瓜だ、甘いぞ」
 西瓜は経費で落ちました。

「さあて。今回も金満開拓者狙いかね?」
「誰の事よ‥‥それよりさっきのアレは何?」
 風華は口を尖らせる。庄屋と話している最中に渓は自慢げにフルートを見せびらかし、落としたのを大層だいじそうに拾ったりした。
「わざとらしいったら無かったわ!」
「悪かったな。そっちこそ、装備の質を一段落としてきたじゃねえか」
 一流の開拓者は装備も一流。歩く身代金と言っても過言ではなく、死んでも良いが装備は守れという冗談もある。
「あによ、文句ある。あんた、適材適所って言葉を知らないの?」
「む‥‥すまねえ、今のは俺が悪かった」
 渓は素直に謝った。最高の装備に慣れ過ぎていると周囲から浮く。常在戦場も悪くないが、仕事に応じて装備に心を配るのも大切だ。

 出発前。
「係員さぁ、浮かねェ顔だスな」
 確かめたい事があり、ギルドに顔を出した大左衛門。店先に居た係員は、魂が抜け出たような白い顔をしていた。
「夏バテだスか?」
「ああ‥‥、先日の件でちょっと‥‥皆さんには関係ない話ですよ」
 係員は水と薬を取り出して飲んだ。
「気を付けるだス」
 大左衛門は豚鬼に殺されたらしい開拓者の事を聞いた。予想通り、ギルドを通した依頼では無く、仕事の記録は無い。が、開拓者自体はギルドに登録していたので、どんな人物だったかは判る。
「三匹ほどの豚鬼にやられる人達では無かったようですね」
 同様に敗れた開拓者を調べたライオーネは大杉と作業を分担し、少なくとも正面から負けたとは考え難いとの結論に達する。
「問題は豚鬼の数です。例えば十匹二十匹なら、敗北が不自然では無くなる」
 三匹というのが或いは斥候か何かで、敵の本隊はもっと巨大なアカヤシ軍団だとすれば、どうか。人目を避けて荒れ地や林に戦力を集結させ、頃合を見計らって大規模な奇襲をかけるつもりだとすれば――知能の高い上級アヤカシを長とする軍団なら、無くも無い話か。
「仮定としてなら、敵は数十から‥‥数千数万、国崩しのレベルまで想定する事も出来ますわね」
「そんな」
 係員は生唾を飲み込む。あくまで仮定の話だ。
 確かめてみなくては分からない。

 起きてしまった事実は、時を遡れない人間に見る術は無い。
 代わりに、人間には想像力がある。
 パズルを繋ぎ合せるように、一つ一つ断片を探し集めていけば、そこに本来見えるはずの無い事実が浮かび上がってくる。確信と共に。


「では、くだんの開拓者ら以外に豚鬼の被害は出ていないのだな?」
 将門は庄屋に念を押す。
「はい、間違いありません」
 小さな村だから、村人に被害が出れば嫌でも庄屋の耳に届く。開拓者の聞き込みも、その事実を裏付けた。将門は隣村まで出向いて調べたが、同様だ。
「遺体は切り刻まれていたんだろう? なんで開拓者の死体だって分かったんだ?」
 幻鬼の疑問に、庄屋は遺留品を取り出す。お守りに根付け、切り裂かれた帽子など。遺体の側に落ちていたモノが物的証拠となり、身元の特定に結び付いたという。
 お守りの中には、お祓いを受けた紙と金色の髪が一筋。
「‥‥刀や鎧はどうした?」
 幻鬼は庄屋の答えに確かな手ごたえを感じた。

「私は、今回の敵は実は豚鬼では無いと見ているのですよ」
 トカキは遺体の発見者である樵の宗二郎に、自説を聞かせた。
「‥‥ま、俺の乏しい想像力ではこれくらいしか思い浮かばないですねぇ‥‥後は最悪の事態に陥ることを祈るのみですね」
 陥ってどうするトカキ。
「貴方は本当に豚鬼を見たのですか?」
「見ちゃ、いねぇよ」
 宗二郎の妻が竹細工の内職を持ち、彼は定期的に竹林に入るらしい。豚鬼の噂が出てからは控えていたが、開拓者に頼んだからもう大丈夫と聞いて、あの日竹林に向ったら、惨状が広がっていたらしい。
「見ていないのに、豚鬼の仕業と何故分かったんです?」
「だってお前ぇ、豚鬼退治に行った開拓者が、豚鬼が居る竹林で殺されてたんだから、豚鬼の仕業に決まってらぁな」
「所で、さっき宗二郎さんは良く竹を取りに行くと言いましたが、これまでにあそこで豚鬼を見たことは?」
「馬鹿言っちゃいけねえ。鬼の棲家で竹なんか取るかよ。見たこたねえさ」
 実際に豚鬼を見た人の話を聞こうと、開拓者達は他の村人にも同様の質問をした。
「あんたも豚鬼を見て無いの?」
「はいィ。村の外には出ませんので、お父の頃には出たいう話も聞いた記憶がございますが、近頃は盗賊や山賊の方が恐ろしゅうて」
 村の記録では8年程前に小鬼が出た事があるが、大きな被害が出る前に退治されている。年中アヤカシと会う開拓者から見れば、平和な村だ。
「おばさん、豚鬼のことは誰から聞いたんです?」
「へえ、権太が教えてくれました。豚鬼が現れたんで難儀しとるいうて」
「猟師の?」

「他の人の話だと、最初に豚鬼を見たのはあんたね?」
 風葉に問われ、猟師の権太は仏頂面で答えた。
「‥‥村の者がそう言うとるなら、そうかもしれねぇ」
 猟を生業とする権太は村人の誰より行動範囲が広い。だから、彼が第一発見者である事に疑問は無い。問題は、彼の他に豚鬼を見た者が居ない事だ。
 村人は最初のうち、権太が竹林で豚鬼を見たと言っても半信半疑だった。困ったのは樵の宗二郎くらいだ。
「豚鬼だと? それなら俺が見て来てやるよ。庄屋さん、もし豚鬼が居たら首の数だけ報酬を宜しくな」
 安請け合いした開拓者が仲間と共に出かけて、死体になるまでは。
「だから、あんたの話が重要なの。本当に三匹だったの?」
「間違いねえ」
 竹林で猪を探していた権太は、刀と槍を持った三匹の豚鬼を目撃し、逃げ帰って村人に知らせたのだと話した。権太の腕にはその時の刀傷があった。以来、権太は猟に出ていない。
「‥‥そう。あんたも大変ね」
 風葉に頭を下げ、とぼとぼと家に帰る権太。
「ネプくん、どうだった?」
「うん。権太さんの家には何も。隠し部屋のようなのも、無いみたい」
 恋人の言葉に頷く風葉。これで、村で調べられる事は大体調べた。
「あとは、現地ね」
 庄屋の義三の所に、開拓者から報告があった。事前調査が終わったので翌日竹林に向うと。


「竹林ァ荒れとるンは何ぞ訳有りだスか? 手入れすりゃ筍やら採れるだスに‥‥途中ン谷ァ崩れ易くて危ねェとか?」
 少し遠いというのも理由だし、途中の谷が整備されていなくても危ないのも事実。以前は山賊が出て、開拓者に退治して貰ったこともあるとか。
「ふぅ、たしかに、村の衆にはきつい道だスなァ」
 街道から外れた谷に立派な道を作る理由も無いので、山道に慣れた猟師や樵以外は通行する者も居ない。大左衛門は村人に聞いて、谷の上に登る細い山道を進んだ。


「おい! 人数が違うじゃねえか?」
 小声で子分を怒鳴りつけた猪兵衛は、見るからに不機嫌な面をしていた。
「そんな筈は‥‥村を出た時には、確かに9人居りました」
 頭の鈍い言い訳に、山賊の頭は舌打ちする。
「お頭、中止しましょう。こいつは良くねえ、悪い予感がしますぜ」
 年配の子分が臆病風に吹かれる。猪兵衛は刀に手をかけて、十人の子分らを睨み付けた。
「お前達には、足元を通るお宝が見えねえのか。連中の目は竹林の向う側よ、構わねえから岩を落として三途の川を渡らせてやりな!!」
 頭の命令は絶対だ。逆らえば、どうなるか骨身に沁みた子分達は岩を支える縄を切りにかかる。いかに開拓者が屈強でも、谷底を進む彼らの頭上に岩が降り注げばどうなるか。おそらく無事では済むまい。そこへ切りこめば、あの用心深い開拓者達相手にも勝機はあるか。
「やあァァ!!」
 転がるように駆け出した大左衛門は、縄を切ろうとした山賊に抜き打ちの一撃をあびせた。
「オオーいィ!! 岩だァ、敵は谷の上だスよォ!!」
 大声で仲間に急を知らせる大左衛門。息のあがった彼を、殺気満々の山賊が瞬く間に取り囲んだ。
「早く始末しろ!」
「そうはいかん」
 隼襲をかけた将門が飛び出して、山賊の一人を斬る。
「伏兵は警戒したが、途中の谷で奇襲か。単純な策だが、意外に気付かないものだな」
 敵が増えて山賊が浮足立った所で、大左衛門と将門は一度退く。この谷が敵の陣地なら、数で押されると苦しい。
 九人は合流し、山賊猪兵衛とその子分達は倒された。
「竹林が豚鬼の幻影を見せてるのかと考えてたんだけど」
「当たらずとも遠からず、だな。アヤカシ自体が、幻だった訳だが」
 開拓者は村に戻り、猪兵衛と子分達を尋問した。
 猪兵衛は以前、山賊退治にやってきた開拓者に手酷くやられた過去があり、仕返しの機会を狙っていたらしい。知り合いだった猟師の権太の娘を誘拐して豚鬼の噂を流させ、開拓者を誘き寄せて以前根城にしていた谷に罠をしかけ、奇襲して倒す、そういう筋書きらしい。
「おい、お前が俺の斧を盗んだのか!?」
 幻鬼は徹底的に猪兵衛らを締めあげたが、先日の盗人は彼らでは無いらしい。だが、一匹の小鬼の事は知っていた。
「へ、てめえが間抜け野郎か」
 開拓者を仕留める手口は、山賊仲間から聞いたものだと話した。言われてみると、猪兵衛の仕掛けは細部が雑な気もする。彼に教えたのは、喜平治という老盗賊らしい。詳しくは知らないようだ。猪兵衛のアジトからは、彼らが開拓者を殺して奪った装備品が発見される。
 ちなみに、鵜鵯田は最初から最後まで殆ど何もしていない。
「若い者が働いてくれるのでな、俺がやる事は何も無い。楽な仕事だったわ」
 小杉小兵衛が望んだような展開を満喫し、しっかり報酬を受け取って帰った。

 見事に依頼を完遂した開拓者は、庄屋の歓待を固辞して風の如く都へ戻る。
「さすがだねぇ。見事なものですよ」
 庄屋は最後まで粋な開拓者達だと、感嘆したらしい。