れすきゅー
マスター名:松原祥一
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 13人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2014/11/21 17:07



■オープニング本文

 石鏡国辺境。篠倉郡と言われた場所。
 前兆もなく、北方の森林から、アヤカシが溢れ出した。
 鬼を主戦力とし、その数は千とも二千とも言われているが、定かではない。

 辺境警備隊からの急報を受け、石鏡国の軍兵には緊急召集がかけられた。一週間以内には、反撃に打って出られるだろう。
 目下のところ、侵攻する敵勢力のなかに特別な上級アヤカシ等は目撃されていない。森を出たアヤカシの群れは数百毎の小軍団に分裂し、篠倉郡の各村に迫っているらしい。一気に石鏡の中央を目指すのでなく、分かれて村々を襲撃する姿勢から、奴らの目的は侵攻よりも破壊と捕食を重視する人狩りとも予想される。ともあれ、侵攻速度が遅いのは幸いな事であり、石鏡では多くの開拓者を募り、事態の早期解決に意欲を見せている。

 さて、冥越の死闘すら乗り越えた人類。ねんねでもあるまいし、今更、千や二千の敵でぎゃあぎゃあ騒いだりはしないが。
 まったく問題が無いことも無い。
 どうあっても、篠倉郡は助からない。
 今後の軍や開拓者の活躍の如何にかかわらず、ものの数日で田舎の村々が破壊されることだけは避ける手段がなかった。
 というのも、一日や二日で辺境の地に十分な軍勢を派遣するのは不可能だ。戦力の逐次投入が愚策だということは言うまでもないだろう。
 そして、いかに開拓者達が神出鬼没といえども、下調べも無い現状で紛争解決級の依頼を出すことは躊躇われる。人数も時間も足りないのは明白だ。無茶を承知で強行し、あたら有能の士を無駄死にさせる訳にはいかない。
 ゆえに、篠倉郡の壊滅はもはや既定事項だった。


 篠倉郡篠倉の町
 人口一千人。郡代官所のある篠倉唯一の町だが、村に毛が生えた程度という印象は拭えない。代官所の守備隊は数十に対し、敵主力一千ほどが迫っており、全滅必至。

 木下村(篠倉の東)
 人口五十人。御神木を祀る寒村。悪妖兵、妖鬼兵を中心とする敵三百が迫り、状況は絶望的。

 平村(木下村のさらに東)
 人口百人。戦の最中でものんびりした村。獄卒、単眼鬼など大鬼百体が迫り、まさに鎧袖一触。

 山下村(篠倉の北)
 人口十人。森に最も近く、前の戦で滅びた集落。小鬼豚鬼などの混成鬼兵団五百が陣取る廃村の片隅で、生き残りの村人がガタガタ震えている。


 四灯村(平村の北)
 人口二百人。篠倉郡の外れにある閉鎖的な村。吸血鬼、屍鬼など不死兵団二百がひたひたと接近中。


 石鏡の開拓者ギルドは、正規軍と歩調を合わせる形で敵軍撃退に動く。一も二もなく篠倉郡に急行すべきではという意見も出たが、既に敵は村々に迫っている。精霊門や龍を飛ばしても、郡の壊滅前にまとまった戦力を送ることは難しい。たまたま付近に居る開拓者に、住民の避難協力を要請するに留められた。


 たまたま近くに居た開拓者。
 君達のことである。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 柚乃(ia0638) / 相川・勝一(ia0675) / レヴェリー・ルナクロス(ia9985) / 猫宮 京香(ib0927) / 无(ib1198) / リンスガルト・ギーベリ(ib5184) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905) / Kyrie(ib5916) / クロウ・カルガギラ(ib6817) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459


■リプレイ本文


 平村はとても小さな村だった。
 風が吹けば飛ぶような。
 そんな小さな村は、皇龍の頑鉄の背に乗る羅喉丸(ia0347)からみても、本来ならば通り過ぎるだけの場所だった。
 遥か遠く地上に映る、小さな通過点。
(様子を見に来たのは不幸だったか、幸いだったか)
 そんな事を、羅喉丸は思う。
 彼の目に映ったのは、北方から押し寄せるアヤカシの群れ。
 その数、およそ1000。
 そのうち、平村に向かっているのは大鬼100体。
(逃げた所で、批難はされないだろう)
 見なかったことにして。
 何も知らないふりをして。
 たった一人の開拓者が逃げたところで、誰に攻められるものでもなかった。
 けれどそんな行動をとる羅喉丸なら、そもそもこの場にいもしなかっただろう。
「頑鉄、無理をさせる。だが、わかってくれるな?」
 数々の戦場を共にした相棒は、低く唸り、羅喉丸に呼応する。
 頑鉄の意思は、羅喉丸と共にある。
 一人と一匹。
 ゆっくりと、だが確実に押し寄せるアヤカシに、どこまでのことが出来るのか。
「行くぞ」
 頑鉄は平村に一気に急降下し、羅喉丸は死地へ降り立つ。  
 

 柚乃(ia0638)は護衆空滅輪を展開していた。
 口の中で小さく呪を唱え、指先で印を結ぶ。
 瘴気で濁り始めていた空間が、すっと澄み渡っていくのがわかる。
(これで侵入を防げるはずなの)
 木下村には、既にいくつもの結界を形成している。
 この村が御神木として崇めている大樹の元に、村人達は避難していた。
 柚乃はその御神木を中心に、村の外側へ向かって結界を張って回っていた。
 彼女がこの地へ訪れていたのは、ほんの偶然。
 轟龍のヒムカが、柚乃にぴったりと寄り添う。
 柚乃は頷く。
 敵は、もう、すぐそこだった。



「これまた渋いねぇ」
 无(ib1198)は嵐龍の風天と共に篠倉郡の上空に辿りつき、呟く。
 彼の脳には、皆が生き残る算段が即座に描かれていた。
 
 ヒュン……ッ

 上空から飛来したアヤカシが放つ空撃を避け、无は一番絶望的状況に見える木下村へと降り立った。
 无が目的とする御神木もそこにある。
 人口50人ほどの村で大切に奉られていた神木は、アヤカシが押し寄せてくる今この時も澄んだ空気を放っていた。
 

「レヴェリーさん、何か大変な事になって……」
 相川・勝一(ia0675)がレヴェリー・ルナクロス(ia9985)に言った時には、レヴェリーは既に行動に移っていた。
「行くわよ、メサイア。奴等を蹴散らすわ……!」
 一瞬で起動したアーマーのメサイアに乗り込み、レヴェリーはアヤカシの群れに突撃していく。
「って、早いよ、突撃しすぎですよっ。あううっ、桔梗も覚悟を決めてください、僕達もいきますよっ」
 あわあわと慌てふためく勝一に、人妖の桔梗がわざとらしくため息をつく。
「やれやれ、終わったら酒をたんと奢って貰うからの。そうじゃな、天儀の酒も良いが、異国の香りも楽しみたいぞぇ」
「わかりましたっ、もう浴びるほど飲ませてあげますからっ、あー、レヴェリーさんまってー!
 おろおろしながら、勝一は突き進むレヴェリーに涙目で走り出す。


「数ばかり多い様じゃの」
 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)は篠倉郡の上空でにやりと笑う。
 相棒であり、リンスガルドを背に乗せる鷲獅鳥のILも同じ気持ちだろう。
【光翼天舞】小隊でアヤカシ狩りに来ていたのだ。
 1000やそこらのアヤカシでは物足りないぐらい。
「皆殺しだ♪」
 愛らしい姿とは裏腹に、思いっきり物騒なことをつぶやくのはリィムナ・ピサレット(ib5201)。
 幼いながらも幾多もの戦を経験してきている彼女にとっても、1000という数はもはや見慣れたもの。
 相棒の轟龍で、リィムナにチェン太と呼ばれているチェンタウロも、殺る気満々に炎を溜め込んでいる。
(あたいは今回も頑張るよ。じぃちゃん、見ててね)
 ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)は、甲竜のトントゥにしがみ付きながら、みんなについていく。
「我々と戦うことになるとは、不運な事です」
 Kyrie(ib5916)は神に祈る。
 自分らの為ではない。
 哀れな敵への鎮魂歌としてだ。
 4人はいつものように、そう、ちょっと散歩に行くかの気軽さで、アヤカシの群れへ飛来してゆく。
 

(帰りてえ……のに、何で俺はこっちに向かってるんだか)
 クロウ・カルガギラ(ib6817)は全力で四灯村に向かっていた。
 叫び声が聞こえたのだ、誰か助けてと。
 男の声だった。
(今から走っても間に合うかわからないけどさ)
 むしろ距離を考えれば、救出は難しい。
 クロウは翔馬のプラティンに頼み、全力で走る。
 駄目だったとしても、見捨てれるわけがないのだった。


「ちょっとちょっと、みんな何のんびりしてるのーーーー!」
 エルレーン(ib7455)は叫ぶ。
 四灯村の住人は、アヤカシがもう直ぐそこまで迫っているというのに、のんびりのんびり、悠長にお散歩しているのである。
「何を騒いでおるのだ貧乳娘」
 ラグナ・グラウシード(ib8459)が宿屋からあくび交じりに顔を出す。
 たまたま、この四灯村に泊まっていたのだ。
 もちろん、愛するうさみたんも一緒だ。
「あ、いいところに! ちょっとこっち降りてきて」
「む? なんなのだ?」
 ラグナはいわれるままにうさみたんを背負ったまま、エルレーンの前に。
 次の瞬間、ラグナの顔面にエルレーンの拳が決まった。
「?!」
 何が起こったか、全員わからなかった。
 鼻血を流し、道端に倒れこむラグナ。
 完全に不意打ちだった。
「みんな! きいてほしいのっ、ほんとにアヤカシの軍団がきてるのっ!」
 エルレーンの言葉に、みな、息を飲む。
 四灯村の人々の目から、ほんわかとした空気が消え、恐怖が滲み出す。
「ほらみて、こんなに強い高レベル開拓者だってボコボコにされちゃうレベルのアヤカシなの! わかったら、お願いだからみんなみなみへ今すぐ逃げて! わたし、わかってもらえるまで彼を叩きのめすわ!」
 ボコボコボコボコッ!
「ふがうがが、何でわたしがぐはぁっ?!」
 エルレーンも突然の出来事でぱにくっているのか、ラグナを完膚なきまでにボコる拳の連打をやめやしない。
「だ、誰か、助けてーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
 アヤカシよりもエルレーンに命を奪われそうな、ラグナの絶叫が響き渡った。 
  


「青山骨を埋ずくべし。覚悟はとうに済ませてある」
 いつでも、どこでも。
 それが人々を守るためならば。
 羅喉丸はパァンと拳を鳴らす。
 彼が立つのは平村の北方。
 既に村人達にはアヤカシが来ることを伝えてある。
(頑鉄、彼らを頼む)
 相棒を護衛につけ、村人達を南方へ向かわせたのは半刻ほど前だ。
 村にすぐには侵入できぬよう、策も凝らした。
 あとは、羅喉丸がいつまで持ちこたえることが出来るか。
 羅喉丸の拳が唸る。
 鬼の軍勢の先頭、単眼鬼の顔面にめり込む。
 その名のとおりたった一つの目しか持たぬ単眼鬼の目を潰すのは、常套手段。
 4mもの巨体を持つ分、動きが大降りで緩慢な単眼鬼を捕らえるのは、羅喉丸にとっては造作もない。
 潰された目を押さえ、我武者羅に棍棒を振るう単眼鬼の向きを、羅喉丸はくるりと誘導させる。
 平村ではなく、今来た北方、即ち敵の軍勢へ。
 振り回す棍棒は2体の獄卒鬼へ命中し、怒りに震える2体が同じように棍棒を振り回す。
 羅喉丸はその二体の間をすり抜け、一体の足を払う。
 獄卒鬼はバランスを崩し、別の獄卒鬼に倒れ込む。
 100対1ならば、アヤカシの圧勝だっただろう。
 だがアヤカシの軍勢は、羅喉丸に一気に迫ることが出来ずにいた。
 巨体であれ、飛ぶことが出来ず、そして痛覚がある彼らは、羅喉丸が頑鉄と共に平村北方に敷き詰めた鱗撒菱に足をとられ、苦しんでいた。
 ビシビシビシッ。
 目視できぬ速さで、羅喉丸は鱗撒菱を抜けてきた鬼に拳を決める。
 100体のうち、単眼鬼の数が少ないのは幸運だった。
 罠をしき、瞳を潰しても、中級アヤカシである単眼鬼を数対相手取り続けるのは、流石の羅喉丸にも骨が折れる。
 一体、また一体。
 倒すたびに疲労がつのり、羅喉丸の顔に色濃い影を落とす。
 それでも羅喉丸は、確実にアヤカシを仕留めていく。
 村人達が逃げ切れる時間を稼ぐ為に。
 
 ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 単眼鬼が咆哮をあげる。
 空気がびりびりと振動し、鬼の持つ棍棒に瘴気が集まる。
 羅喉丸に振り下ろされたそれを、彼は即座に回避し、そして反撃に宝珠をはめた龍の顔が煌く。
 強靭な筋肉を持つ腹に、羅喉丸の拳が決まる。
 鋼鉄であっても、跳ね返すことが出来なかっただろう。
 くの字に折り曲がった単眼鬼の瞳は、羅喉丸の目の前に。
「終わりだ」
 短く呟き、羅喉丸はその瞳から光を消し去った。
 

「この世に在らざる存在よ、あるべき場所へ……魂よ、原初に還りなさい、なの!」
 柚乃の詠唱歌共に、彼女の歌声を聞いた悪妖兵や妖鬼兵が歪に動きを止める。
 ローレライの髪飾りが歌声と共に震え、音色を奏でる。
 悪妖兵達は数こそ多いものの、一体一体にさしたる攻撃力はない。
 柚乃の歌声に次々と瘴気へ還ってゆく。
 柚乃の横で、ヒムカが火を噴く。
 彼女の歌声を逃れた雑兵を余す事無く焼き払うかのように。
 ヒュンッ……!
 後方の妖鬼兵が柚乃めがけて、電撃を放った。
「!」
 ぎりぎりのところで柚乃は避けれなかった。
 体制を崩した柚乃に、アヤカシの群れが襲い来る。
 ヒムカが火球を吐き、着弾と共に弾け飛ぶ爆風は次々とアヤカシを燃やし尽くすが、間に合わない。
 妖鬼兵の武器が、柚乃に触れる―― まさに、その瞬間。

 キンッ……ッ!

 高い金属音が鳴り響く。
 鉄と鉄、刃と刃が交じり合う音だ。
 突風と共に、風天が舞い降りる。
「実に良くあうねぇ」
 柚乃が大きな紫の瞳を、さらに見開く。
 いままさに柚乃を貫こうとしていた妖鬼兵の刀を、无が魔刀「エペタム」で受け止めていた。
 无は上空から敵を減らすべく攻撃を繰り出していたのだが、柚乃を視認し、即座に地上へ飛び降りたのだ。
 ゴウッと、一際強く風天が翼をはためかす。
 押し寄せるアヤカシの軍団に、二本の竜巻がうねりを上げて突き当たり、次々と弾き飛ばしてゆく。
「御神木」
「そこに村人達を避難させたんだな? あれは村の最南だ。私ときみでここを持ちこたえればいい」
 逃げ遅れた村人から、无はアヤカシが北から攻めて来ている情報をつかんでいた。
 上空から見た視覚情報とも相違なかった。
 御神木が村の最南に位置していたのは不幸中の幸い。
 守り神たるその場所へ、自然と村人は逃げ集い、そしてそこは確かにアヤカシから一番遠いのだから。
(敵の数は、残り200ってとこかい? そそるねぇ)
 无はふっと不適に笑う。
 そこに絶望や恐怖は微塵もない。
 柚乃の結界強度は知らぬ中ではない无にとって信頼に足るものであり、そしてその相棒のヒムカも、自身の相棒風天も、確かな迎撃能力を備えているのだから。
 懐の中で、尾なし狐が身じろぎする。
 さっさとすべて始末しなさいとでも言うように。
 无は頷く。
 いつの間にかアヤカシ達の中央に、无が生み出した无の分身とも言うべき式が出現していた。
 アヤカシ蠢くいまこの場所でなら、陰陽師たる无に錬力切れはない。
 周囲に溢れる瘴気を錬力に変え、无は白面式鬼を次々と生み出してゆく。
 柚乃が節分豆を口に含み、再び歌を歌う。
 その歌の波動にあわせ、无と无の式は魔刀を繰り出した。


「誰か、いますかー? 僕達は人間ですっ、いたら出てきてくださーいっ」
 勝一は廃墟と化した村で叫ぶ。
 アヤカシの群れはレヴェリーが即座に切り捨てていた。
 彼女いわく「口ほどにも無いわ」
 その言葉通り、レヴェリーの判断力行動力攻撃力は凄まじく、いくら数が多いとはいえ小鬼程度が立ち向かえるものではなかった。
 ただ、数の多さはそのまま力となるのもまた事実。
「くっ、起動時間が……っ」
 メサイアの動きが鈍くなる。
「まだよ、まだ終わらないわ!」
 レヴェリーはクッと意識を集中すると、メサイアが滑らかに動き出す。
 湯水のように流れていた練力が、効率的にメサイアに流れ込む。
「っと、出てきてほしいのはあなた方じゃありませーんっ!」
 チャキッと勝一が剣を構え、小鬼に向かい合う。
 逃げ遅れた村人を確認する勝一めがけて、小鬼が出てきたのだ。
 じりじりと後ずさりしながら、勝一は周囲を確認する。
 いるのは敵のみ。
(ならば!)
 勝一は思いっきり無銘大業物を振り回す。
 弧を描き遠心力を武器に、勝一は周囲の小鬼共を瞬時に切り殺す。
(村人は絶望的ですか?)
 小鬼しか出てこない現状に、勝一は焦りを覚える。
(逃げ延びてくれてればいいんです、でも、もしもまだ、この村にいるなら……)
「いたぞ、子供じゃ! それに老人もじゃ!」
 倒壊した家屋を覗き込んでいた桔梗が叫ぶ。
 勝一が駆け寄り隙間を覗き込むと、丁度箪笥と大黒柱が斜めに倒れこみ、子供と老人が逃げ延びる空間が出来ていた。
「おじいさん、動けますか? 助けにきましたっ」
「その出で立ちは開拓者か……? 助かったわい……」
 恐怖で声も出ない子供を抱きかかえ、老人は勝一に託す。
 子供一人がかろうじて出られる隙間から、老人は出ることが出来なかった。
 だからこそ、生き延びることが出来たともいえよう。
 この小さな隙間には小鬼も入りようが無い。
「レヴェリーさん、家屋を動かせますかっ」
 目視で見える範囲の小鬼をあらかた吹き飛ばしたレヴェリーに、勝一は尋ねる。
「壊すだけなら簡単だけど……悩んでる時間はなさそうね。やってみるわ」
 小鬼の雄たけびが聞こえる。
 再びこの場所に近づいてきているのだ。
「我が中から支えるでな、潰すでないぞ」
 高飛車な桔梗に苦笑しつつ、レヴェリーはメサイアを微調整しながらそっと倒壊した屋根を、そして大黒柱に手をかける。
 その瞬間、小鬼が現れた。
 一匹二匹ではない。
 先ほどの倍以上の小鬼の大群だ。
「勝一、思う存分突っ込むがいい。なに、多少の怪我ならわしが瞬時に治してやる」
「そんなむちゃくちゃですっ」
 いいながらも勝一は動けない子供と、レヴェリーをその背に庇うように、小鬼達に刀を構える。
(レヴェリーさんはともかく、この子を守りながら戦う? この数を?!)
 絶体絶命。
 だがそんな状況を打破する救世主が現れた。
 上空から小鬼達に向かって凄まじい数の矢が降り注いだのだ。
 そう、まるで雨のように。
「無茶しちゃ駄目ですよ〜」
 猫宮 京香(ib0927)が相棒である鷲獅鳥の千寿にまたがり、上空から弓を乱射しているのだ。
「京香さん?! なんでここにー?!」
「さぁ、なんででしょう〜? 空の旅を楽しんでいたら、何やら大変な所に出てしまいましたね〜」
 のんびり、のんびり。
 口調こそほんわかとしているが、その細い腕から繰り出される弓の乱射はとまることを知らない。
 レヴェリーと勝一に近づく小鬼達を次々と屠っていく。
 敵味方わけ隔てなく乱射しながらも、敵のど真ん中を狙っていれば味方に矢が降ることはまず無い。
「メサイアがいるってことはレヴェリーさんなのですね。千寿、二人を無理せず助けますよ〜」
 千寿が頷き、一気に小鬼たちの地上へ急降下し、鋭い嘴で小鬼を突き殺す。
 その間に、レヴェリーは大黒柱を倒れない絶妙な角度にずらしていた。
 廃屋の隙間が広がり、桔梗に支えられながら老人が外へ這い出す。
「勝一、二人を頼んだわよ!」
「あっ、レヴェリーさん、矢の中にまで突っ込んじゃ駄目ですよー!」
「わかってる! さぁ、私が相手よ、かかって来なさい!」
 前半は勝一に、後半は敵に。
 メサイアの青銅巨魁剣が小鬼の群れを豪快に薙ぎ払った。 
   

「††骸−Geist−屠††、私の愛する駿龍よ、我等の仲間に私の歌声を届けよう」
 駿龍の††骸−Geist−屠††は歌うように泣き、kyrieに答える。
 kyrieの黒髪が上空の吹き荒ぶ風になびく。
「敵集団、3時のおやつの方向に、雷雲鬼5、いや、6体迫ってるよ!」
 望遠鏡を覗き込んで周囲をくまなくチェックしていたルゥミが叫ぶ。
 稲妻を伴い、雷雲に乗って雷雲鬼は篠倉軍に迫っていた。
「ごっそり減らしてやるよ」
 リィムナが呪本「外道祈祷書」を片手に呪歌を歌う。
 紫色の髪を彩るローレライの髪飾りが揺れ、歌声は呪いのように雷雲鬼の精神を蝕んだ。
 
 ぐぁああああああああああああああああああ!

 咆哮をあげ、雷雲鬼が雷撃を放つ。
 苦しげな呻き声にも似たそれは、狙いが定まらない。
 大気を震わせジグザグに迸りながらリィムナを、そしてその直線状にいたリンスガルドに襲い来る!
「温い攻撃じゃな。天の稲妻のほうがまだ手ごたえがあるわい」
 リンスガルドは命ずるまでも無くするりと避けたILを撫でて褒め、歌を止めないリィムナも、当然のことながらチェンタウロが寸ででかわす。
 かわしながら溜めに溜め込んだ炎を一気に吐き出した。
 巨大な火球は雷雲鬼の放つ雷撃よりも激しく、怒号を鳴らしながら大気を燃やし、雷雲鬼に被弾した。
 断末魔の叫びは破裂した火球の爆発音にかき消された。
「この程度では肩慣らしにすらならぬぞぇ」
 リンスガルドが軽く舌なめずりをし、残る雷雲鬼に突っ込んでいく。
「12時の方向からも天狗の集団飛来! これはあたいが出るんだよ」
 リンスガルドとリィムナが雷雲鬼の相手をしている横を通り抜け、ルゥミは単身天狗集団へと向かう。
 空を覆う黒い羽に、ルゥミは頷く。
(じいちゃん、あたい、毎日練習してるんだ。こんなときのことだって、ちゃんとだよ)
 ルゥミは望遠鏡をしまい、火炎弓「煉獄」を構える。
 背中のルゥミがいま何をしているのかを察し、トントゥはバランスを維持する。
 きりきりと引き絞った弓から、手を離す。
 瘴気満ちる空間をものともせず、弓は三連続で天狗を撃ち落す。
 一定距離を保ちながらルゥミに、天狗共はどうにか接近を試みるも、トントゥがそれを許さない。
 速度こそ駿竜に劣るものの、硬質化させた皮膚は天狗の攻撃に被弾しようともびくともせず、ルゥミの攻撃を決して阻害しない。
「これほどまでに殺戮の嬌声を空に抱かれながら聞くことになるとは、実に光栄。そう、更なる喜びと狂気の花弁は地上に求めるとしましょうか」
 ルゥミのトントゥのかすり傷を瞬時にに癒しながら、kyrieは地上の敵にも攻撃をと促す。
 地上にも敵は溢れているのだ。
 上空の敵よりもむしろ地上のほうが危険ですらある。
「大丈夫だよ、そっちもばっちりだから!」
 ルゥミが弓から魔砲「スパークボム」に持ち替えて、地上に撃ち放つ。
 天の裁きのように一直線に地上に迸る光は、鉄甲鬼数十匹を瞬時に吹っ飛ばした。
「紫の瘴気が大気を舞い、さながら薔薇の花弁のよう。実に美しい」
 大空にまで届くアヤカシの叫びに、kyrieの心は歓喜にうち震える。
「まだまだこんなんじゃ物足りないからね。一方的に殺すんだよ♪」
 雷雲鬼をリンスガルドと共に屠ったリィムナが、嬉々として地上に向きを変える。
「やれやれ、我が小隊とあたってしまうとは、ほんに運のないアヤカシ共じゃのぅ」
 くすくすと笑い、リンスガルドも後に続く。
 地上が別の意味で焦土と化したのは言うまでもないことだった。
   
 
「さぁ、みんな、しっかりつかまって。ラル、急いで、でもみんなを落とさないように気をつけるのよ」
 轟龍のラルに村人を数人乗せて、エルレーンはラルを南へ飛び立たせる。
 その隣にはもはや誰だか判別つかないレベルにまで顔面破壊されたラグナが、鼻血と涙を流しながら、自らの相棒である空龍のレギに村人を乗せる。
(事情はわかった、わかったんだ。だがなぜこんな目に)
 そんな事を思いつつも、そこはそれ、開拓者。
 村人の安全を最優先し、エルレーンへの苦情はぐっと心の中にしまいこむ。
 馬に乗れるものは馬に、元気な若者は徒歩で。
 竜に最初に乗せるのはご老人と子供達だ。
 安全地帯が南方向なのはもう判っている。
 そこまで出来るだけ早く移動させる為にラグナとエルレーンは次々と竜で村人を運び続ける。
 南の避難地点では、クロウが待機していた。
 バダドサイトで索敵の出来るクロウは、まかり間違って南へアヤカシが来た時の為に備える。
(まさか、ラグナさんの叫びだったとはな)
 おびえる子供達をあやしながら、クロウは思う。
 四灯村に来ることになった助けを求める男の叫び声。
 あれは、エルレーンにボコられたラグナの悲鳴だったのだ。
(ま、無事だったんだから良かったけどね)
 もしも村人がアヤカシに襲われてしまっていたなら、恐らく助からなかっただろう。
 だから開拓者であるラグナの悲鳴だったのは実に喜ばしいことなのだが……。
「これで、全員か?」
 最後の村人を避難場所に連れてきたラグナが確認する。
「ひーふーみー……200人。ばっちりそろってるね」
 エルレーンが人数を数え、それぞれ村人達にも互いの顔を確認させる。
「ならば」
「行くか」
「だね」
 三人、頷く。
 村人達がどこへと聞けば、
「「「アヤカシのところへ!」」」
 三人、相棒に乗って北へ飛び立った。


「くっ、ここまで迫っていたとはな!」
 ラグナが四灯村北方のアヤカシに舌を打つ。
「ぎりぎりだったね。ここを守り抜かなくちゃ」
「やるしかないんだな、くっそ」
 エルレーンとクロウ、ラグナの眼前に広がるのは、吸血鬼と屍鬼などを中心とするアヤカシの軍団だ。
 クロウはエルレーンとラグナから離れ、アヤカシの軍団の横にプラティンをつけ、銃を放つ。
 アヤカシの軍団は一斉に彼に注目した。 
(南に行かせないようにしないと……確か東にも別の村が点在していたよな)
 クロウは二度、三度、銃弾をアヤカシの集団に打ち込むと、彼らの進路を西に逸らすべく、誘導する。
 向きを変えたアヤカシの集団に、エルレーンが桜色の燐光を纏わせながら、黒鳥剣で切り込んでいく。
「馬鹿者、突っ込んでいくなこの貧乳娘!」
「ちょっと挑発なら私じゃなく敵にしなさいよー!」
 そんな軽口をいいながら、目は真剣そのもの。
 切り込んでいくエルレーンを守るように、ラグナは彼女の背後に回ろうとする屍鬼を気合を放って吹き飛ばす。
 無論、クロウと同じ進行方向へアヤカシが向かうよう、計算しながらだ。
(ありがたいね)
 クロウはプラティンを西へ走らせながら、頷く。
 何の打合わせもなくとも、開拓者同士通じ合うものがある。
 くるりと、クロウがプラティンの馬首を返せば、エルレーンとラグナは即座に戦闘から離脱した。
(既に死んでる奴らに、この銃で引導を渡してやる)
 宝珠銃「ネルガル」。
 狙った相手を冥府に導くと言われる銃だ。
 黒光りする銃身を、クロウはアヤカシに狙いを定める。
 放たれた閃光に、アヤカシ達が呻き声を上げて目を覆った。
 だが敵も木偶ではない。
 吸血鬼の瞳が怪しく光った。
 クロウではなく、エルレーンを見つめる。
「何よ、そんな風にねめつけたって、屈しないんだからね!」
 きんっ!
 エルレーンの黒鳥剣が吸血鬼を貫く。
(いまの、魅了だよな。通じないのかよ、すっげ)
 エルレーンの抵抗力に、クロウは素直に感心する。
「……っと、お前さんの相手はこっちだ」
 ラグナが別の吸血鬼を相手取る。
 一匹、また一匹と瘴気に還っていく戦場で、ラグナとエルレーン、そしてクロウは最後の一匹まで残らず戦い続けた。



 篠倉郡の残骸が散らばる。
 すべてが廃墟と化したわけではなかった。
 助けれた命と、取りこぼした命。
 すべてを救うことは神の所業で、開拓者達に出来る事ではなかった。
 精一杯の努力。
 彼らがいなければ、救われる命は一つとしてなかった。
 それどころか、1000匹ものアヤカシを倒し、残っていた村人のうち、過半数を大幅に超えるかなりの数を助けられたのだ。
 これが大成功でなくてなんだというのだろう?
 だが助けられた村人達が、恐怖と大切な人を失った悲しみから立ち直るには、しばしの時間が必要だった。
 无は立ち上がる。
(皆で生きて朝を迎える事はかなわなかったが)
 無駄だったわけじゃない。
 それは、助かった人々が肩を抱き合い、無事を喜ぶ姿を見れば当然のこと。
「どれ、後片付けをしようかね。風天」
 風天が頷く。
 紙一重で命を救われた村人達に、すべての片づけを任せるのは酷というもの。
 无は風天と共に、瓦礫の撤去に乗り出す。
「俺も手伝うよ。なに、アヤカシに比べりゃ片付けなんてどうって事ないだろ」
 クロウも瓦礫の撤去をはじめると、気位の高いプラティンも手伝いだす。
 彼女のプライドは、自身の真っ白な毛並みと金色の鬣が汚れる事よりも、頑張りぬいた主人を誇りに思っていた。 
「……何をへこんでいるんだ、貧乳娘」
 ラグナがエルレーンを煽る。
 だがエルレーンは答えない。
 助けれなかった命が、重くのしかかっているのだ。
 それはエルレーンのせいでも、ほかの開拓者のせいでもなく、もともと絶望的な状況で誰一人死なさずに済むはずがないのだ。
「良く周りを見ろ」
 ぐいっと、ラグナが俯くエルレーンの顔をつかんで上に向ける。
 その目線が、つい先ほど助けた村人達を捕らえた。
「助けられただろうが」
「でもっ……!」
「私もお前も最善を尽くした、違うか?」
「でもっ!」
「でももなにもない。これが現実だ。泣く時間があったら、私たちも復興手伝いだ」
 がしがしとエルレーンの頭を乱暴に撫でて、瓦礫の撤去を促す。
「……ラグナの癖にっ」
 黒い瞳に浮かんだ涙を片手でぬぐい、エルレーンはラグナについていく。
「レヴェリーさん……」
「メサイアなら瓦礫の撤去に向いているわ」
 勝一の肩をぽんぽんと叩き、レヴェリーは辛うじて残っていた練力を振り絞り、メサイアを起動する。

 篠倉郡の戦いは、こうして、幕を閉じた。

(代筆:霜月零)