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■オープニング本文 「最近、妙な遊びが流行ってるそうですよ」 世はなべて事も無し。天地動乱の最中でも、開拓者ギルドでは係員が寝ぼけ眼で頬杖をつく。 「ほう、どんな女の子だ?」 「嫌だね、この人は」 手すきの開拓者が二人、だべっている。 「そっちの遊びとは違いますよ。開拓者の遊びです」 「やっぱり女だ」 「だから、違いますって」 過酷な戦いの合間、都に戻れば彼らもくつろぐ。普通の若者と変わらない。 「まさか男…」 「わざとですか? 開拓者になりきって遊ぶんですよ」 「そんなのは珍しくもなんとも無い」 子供が開拓者の真似をして、アヤカシ退治のごっこ遊び。日常的に目にする風景だ。 「それが、大の大人が遊んでるというから、珍しいじゃないですか」 「大人のごっこ遊びか…なるほど、けしからん」 「だ・か・ら〜」 さて、欠伸を連発する係員の手元には、一枚の依頼書が。 「俺の手番、錬力を消費して目の前のアヤカシにタイ捨剣を発動」 「扉の前に地縛霊をかけておきますね」 「ふふふ、天呼鳳凰拳を使わざるを得ないようだな」 ここは開拓の最前線、ではなく都の片隅のうらぶれた剣道場。 大アヤカシを初攻略した頃に開拓者志望の若者を見越して建てられた道場は、閑古鳥が鳴いていた。 入門者がわんさか押しかけてきたのは一時だけ。努力と鍛錬で志体が開花することは殆ど無い。見通しが甘かった事もあり、潰れかけた道場主は開き直った。 いくら厳しい修行を課しても覚醒しないならば、無駄な修行はしない。 ただ明日には開拓者に覚醒している自分を信じるのみ。いつ覚醒しても困らないように、日々開拓者になりきって脳内訓練に励むのだ。 この斬新?な鍛錬法は、開拓者になることを夢見ながら諦めかけていた一部の若者の心を掴み、道場はかつての熱気を取り戻した。 めでたし、めでたし。 「ちっともめでたくない話でしてね。大の大人が定職にも就かず毎日遊び呆けてるってんで、親御さん達が泣いてる始末」 息子や娘たちの方は、いつか自分が開拓者になったら両親も夢を諦めなかった己を誇りに思うはずと譲らない。実際、大人になってから覚醒する者も、存在することはする。だが普通は生まれつき、或いは幼少期に発現する場合が殆どである。 「夢から覚ましてほしいって依頼が来てるんですが、どうしたらいいものでしょうね」 係員もあまり乗り気ではない。放っておけばいいと思う。 それでも話したのは、息抜きも必要と思ってのことか。誰も死なない、誰も救わない。浮世離れしない依頼である。 「しかし、堅苦しい説教は性に合わんな」 「まあ、一緒に遊んであげるだけでもいいんじゃないですかね。開拓者というだけで、ちやほやされますよ」 ちなみに、開拓者の脳内訓練とは参加者が卓を囲み、開拓者になりきって会話しながら架空の依頼をこなすというものらしい。 「ほう、テーブルでトークしながら開拓者をロールプレイすると」 「…どっから突っ込めばいいのやら」 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 八十神 蔵人(ia1422) / ワイズ・ナルター(ib0991) / リィムナ・ピサレット(ib5201) |
■リプレイ本文 開拓者ギルド本部では、冥越奪還の大決断が下される。 迫りくる大アヤカシを次々に打ち破り、ついにここまで来た。全ては五年前、様々な要因が重なったのか、新人が激増した時期から始まった。長いようで短い五年間だった。おそらくは最も過酷な戦いになる。それでも、きっと開拓者達は遣り遂げてくれるに違いない。そう信じられる。 ただ、希望に満ちた現実とは裏腹に考える。 開拓者ギルドに並ぶ報告書は、そのほとんどが勝利と成功で彩られている。大きな合戦では幾度も危うい状況に陥るが、最後は勝利する。 上手く行きすぎだ。 開拓者の総数は約2万というから、閲覧可能な報告書は全体のごく一部である。公開されない報告書には何が書かれているのだろう。以前はギルドで頻繁に顔を見かけた者達の姿を最近みないのは、単に依頼を受けていないだけなのか。 考えたくはないが、もしかしたら全て嘘なのではと思うことがあった。 大アヤカシの連破は実は虚構で、現実を教えることで人々が恐慌に陥らないために用意された脚本だとしたら。 「ははは、まさかそんな馬鹿なことが…」 終末は突然訪れる。 梅雨の晴れ間、ようやく途切れた長雨に人々は空を見上げるが、差し込むはずの光が来ない。ぶ厚い雲の隙間から現れたのは黒々とした闇。それは陽光を遮るほどの大軍勢。 「今宵は人の命日ぞ。天も地も覆い尽くし、ひとしく闇の御手に還さん。かかる慶事に敗北の名を永遠に刻みたい者は我の前に現れよ」 口上をあげたのは、二十一面の巨大な鬼。二階建ての宿屋を踏み潰し、迎撃に出た飛空船は右腕から放たれた円月輪で真っ二つ。 「災難やで。不参加や言うとるのに、人手不足やなんやと駆り出されてしもた」 愚痴る八十神 蔵人(ia1422)の背後で、両断された飛空船が墜落炎上。敵はとりあえず10m級の鬼神と、鬼を主力とする二十万の敵軍先鋒軍団。 「きみ、先日四十尺の巨刀捜しに出かけたやろ。出番やで、はよ抜きなはれ」 「期待に応えられなくて残念だが、持てなかったよ」 傍らに立つ羅喉丸(ia0347)の愛想の無さに、蔵人は首を振る。 「もうええ、しゃあないわ。死のか」 この場の味方は二百人ほど。城や砦では無いので、あまり地の利は期待できないが、死力を尽くして四半時は稼ぎたい。敵の主力をそれだけ足止めすれば、先に逝った者達に合わせる顔もある。 「距離五十、敵軍の一斉射来ます!」 「まだ距離が…伏せて!」 支援部隊に加わったワイズ・ナルター(ib0991)を、鳥妖の群れが強襲する。 地鳴りを発して激突する両軍。蔵人の首が飛んだ。 「……え?」 審判役の青島という門下生が、しまったという顔をした。 「だから、お陀仏や。はいさよならや」 蔵人は判定に使った賽を置き、陽気な声で己の死亡を宣言した。 両軍の初激突で、最前線に立つ蔵人一人を狙った攻撃――鬼神の突撃一回、鳥妖の呪声など一千二百発、大鬼の長弓八百本。 判定がどうこうの次元ではない。 「塵も残らんで?」 「えーと、ソノ…こんなこともあろうかとって何か策が、究極奥義とか秘密道具でも」 汗びっしょりの青島。 「君な、わしらを何やと思うとるん?」 蔵人は落ち着いていたが、周りの空気が怪しい。 「青島が八十神様を殺したらしいぜ」 「有りえねえ」 「鬼畜かよ」 周りで観戦していた門下生がぼそぼそと言い合っている。別に訓練なのだから、負けることに不思議はない筈だが、そうでも無いらしい。 「正面から迎え撃った僕達にも、問題があったかもしれないですね」 「そうね、後方の支援が受けられるように下がるべきだったかも」 一緒に参加した菅原と岡本という門下生がしどろもどろで青島を擁護する。どうやら彼らは、開拓者様を緒戦で敗死させてしまった事に責任を感じているらしかった。 「どうしましょう。私が、もっと射程の長い魔法を選んでいればこんな事には」 ナルターまでクヨクヨと後悔している。 「……」 困り顔で隣を向くと、黙々と賽を振り続ける羅喉丸。真面目か。 「ええか、きみら。この際やから、言うとくけども」 「待って♪」 ため息まじりに話を続けようとした蔵人を、少女の腕が遮った。 「おお、開拓者八十神蔵人よ。死んでしまうとは何事だ♪」 仁王立ちのリィムナ・ピサレット(ib5201)。 「仕方が無い奴だね。蔵人にもう一度機会を与えよう、はい青島君続き♪」 無茶ぶりされ、青島が顔をあげる。 「え、続き?」 「あたしは、こんな所で中断されたくないの。そこ、よく考えてね♪」 ぞっとする笑顔。 「う、あ……八十神は目を覚ました」 青島が話し出したので、蔵人達は顔を見合わせた。 「八十神は大きな川の前に居る。武具は無くなり、代わりに白い着物を纏っている。近くに一艘の小舟が浮いていて、一人の老婆が手招きしていた」 はて? 「老婆は貴方に、六文を渡せば船で向う岸まで渡らせてやると言います。ど、どうしますか?」 どうやら死ななかったらしい。戸惑っているうちに菅原と岡本、そしてナルターもやってきた。羅喉丸はまださいころを振っている。 早朝、道場に早く来すぎた羅喉丸は朝稽古の前に雑巾がけする門下生に混じった。 「開拓者様にかような雑事など」 と門下生達は恐縮した。まあまあと気安く床を駆けた達人泰拳士に、後からやってきた師範は仰天した。道場の床はピカピカだ。 「困りますなぁ、開拓者様がそのような事をなされては」 露骨に不機嫌そうな師範。 「困りますか?」 「非常に。貴方は英雄ですぞ。開拓者は天儀の至宝だ。実際、貴方様のことを神のように思っている門下生も居るのですから」 イメージが壊れると師範は憤る。俺はいつ神様になったのかと羅喉丸は首を傾げた。 「お言葉だが、開拓者は様々な依頼を受ける。一人で活動もすれば、家事全般はこなす者が多い」 「存じております。ですが、我が道場は貴方様を賓客としてもてなしたいのです」 チヤホヤされてくれと懇願される。実直な拳士には、痒い話だ。 「きみら本気で開拓者になりたいんやろ? だったら客扱いせんと、わしらの現実を教えといた方がええんと違うの?」 蔵人が口をはさむ。 「それとも遊びなん? 憧れだけのファンなんかいな」 顔は笑っているが、冷めた目を向ける蔵人。 「遊びや憧れのどこが悪いのか。当道場は来る者は拒まない方針ですぞ」 開き直る師範。蔵人は、ちょっと複雑な気分で続ける。 「酒や麻薬に走るよりはマシや。せやけど、現実見せてやらんと酷やと思うで」 知らずに進んだ先がどん詰まりでは、なんとも哀れだ。こと志体に限れば、才能が無い者がどれほど努力しても、ほぼ間違いなく花は咲かない。この師範も一応は志体持ちで、蔵人の言葉に事実があることは知っている。 「むむぅ…」 「俺は、そうは思わん」 反論したのは羅喉丸だった。 「八十神殿の言うことは正論だろう。しかし、俺も昔は開拓者に憧れる子供だった。それを否定してしまえば、今の俺は居なくなる」 「キミがそれを言うんかい」 苦笑する蔵人。この二人は、育ちが正反対というほどに違う。蔵人は北面の有力氏族に生まれたが虚栄に背を向け、開拓者を選んだ。片田舎の寒村に生まれた羅喉丸は開拓者に憧れ、現実と理想の差に悩みながらも今も高みを目指している。相反する選択のはずが、同じ道を歩いているのは面白いが、今日はそれぞれの目線で門下生達に話をすることになっていた。 「ふーん、二人とも熱心だね」 一方、完全に気晴らし目的のリィムナ。 「それなら、あたしは訓練とやらを見学させてもらおうかな♪」 リィムナは開拓者としての講義は放り出し、脳内訓練に参加する気満々だ。開拓者とは何か、などと一席ぶつほど年も食っていないし、興味もない。羅喉丸達の話に耳を傾けていた門下生の首根っこを掴んで、訓練のやり方を聞き出す。 「私も、参加してもいいかしら?」 遠慮がちに卓に座ったナルター。 「いいけど、あっちの方は良いの?」 「私は助手みたいなものよ」 自嘲を浮かべる。 「本音をいうと、百戦錬磨の皆さんを前にして私が経験談を語るとか面映いわ」 ナルターはリィムナより先輩だが、戦歴は半分にも満たない。最前線よりも身近な依頼を受ける事が多く、最近は冒険よりも別の趣味の時間が長いのではと心配になるとかならないとか。 「決戦前に、何してるんだろーって気持ちもあるんですよ?」 「そんな考え方してると隙が出来るよ。冥越が何さ」 教本を一読したリィムナは、ちょいちょいと師範を手招きした。 「今回、神楽の包囲に参加したのは三柱の大アヤカシです」 「知らない名前だな」 武家の部屋住みで道場でも古参だという青島が、開拓者達に訓練の背景を説明した。 「えーと、訓練とはいえ開拓者でもない我々が、本物の大アヤカシと戦うのは恐れ多いですから、訓練用に架空のアヤカシを作りました」 真相は違うが、開拓者は特に疑問を感じなかった。 「こほん、まず三百万の鬼軍団を統率する二十一面鬼。倒した英霊を面に変えて、その力を取り込む鬼神です。次に三百万の鳥妖、幽鬼を率いる牛頭天王。配下の八王子は非常に強力で、疫病を撒き散らす難敵。最後に四百万の水妖を束ねる大元帥、雨と雷を自在に操る邪神トラロック」 設定に目新しさはない、どこぞの伝承から拝借したらしい邪神ばかり。能力はともかく、問題は現実の大アヤカシの軽く数十倍の兵力だろう。 「六国三侯の殆どが、アヤカシの手に落ちた設定ですから」 人もケモノも精霊も、大半が魔の森に没した世界。 「天儀が、希儀のように森に呑まれた世界か…」 一歩間違えば、そんな未来も有り得たのだろうか。もっとも、彼らが考えるほど現実は単純ではないのだが、一般人に教える事でも無い。 「関係ないよ。有象無象の雑兵、端武者がどんだけ集まろうが、あたしは負けないしっ♪ とはいえ、三下の相手は疲れるから、あんた達も参加してよ」 リィムナは拝み倒して羅喉丸と蔵人に訓練参加を頼んだ。 「アホらし、弾除けが欲しいだけかいな」 「気は進まんが、訓練の為と言うなら断るのも酷だな」 訓練に参加希望のリィムナとナルターはどちらも後衛職で、前衛職の二人が必要というのは一理ある話だったので、二人とも渋々承諾した。 「開拓者ギルドの格別の計らいで、本日は四人の開拓者様を我が道場をお迎えした。皆、よく勉強させてもらいなさい」 「「はいっ!!」」 門下生が揃った所で、あらためて師範から紹介される。きらっきらな瞳を向ける若者達…若干、若くない者も混じっているが気にしない。 「羅喉丸先生、ご無沙汰しております!」 「八十神先生、その節はお世話になりました!」 「リィムナ先生、また宜しくお願いします!」 「ナルター先生、新刊期待しています!」 挨拶の後、四人は人だかりに囲まれた。全く覚えの無い顔もあるが、神楽の都の住人ばかりだから、顔見知りも居る。近年は開拓者関係の催しも急増していたので、一昔前では考えられないほど開拓者の露出度は高い。 詰まる所、彼らは蔵人が指摘したように開拓者のファンなのだ。 「握手して下さい。力を入れて貰ってもいいですか」 「折れるぞ?」 「本望です!」 向けられるのは、純粋な好意と尊敬。悪い気はしない。彼らは開拓者が守るべき人々でもある。少し重い。 「わしは、きみらの夢を壊すために来た」 講義の一番手は蔵人。 「ほんまの話、君ら、いまさら開拓者なんか止めといた方がええで」 開拓者ギルドに寄せられる依頼の大半は、極論すればアヤカシ退治か他人の厄介事の尻拭いである。勝てば官軍だが、人々からは騒動屋と胡散臭がられ、下手を打てば路傍の石ころのようにコロされる。堅い正業を持ち、地味でも人々の生活と直に繋がる仕事を選んだ方が良いに決まっていた。 「でも大勢の人を救えます。貴方は何千という命を救った英雄ですよ」 「命がけで他人を助ける開拓者の皆さんを、心から尊敬しています」 蔵人は百を超す依頼をこなしたつわものだ。突き放した物言いも、彼らには謙遜と映るらしい。 「あのな君ら、収入や貯蓄はあるん?」 面倒だが、とことん現実を教えていくしかないか。 「私の父は奉行所で勘定方の与力です」 なるほど、小ざっぱりしたぼんぼんだ。 「そら、君の親やろ。親父はんが辞めた後はどないする気や」 「その頃には私も開拓者として名を成した頃、父の後を継ぐかどこかの代官になるつもりです」 「わしの嫌いな生き方やね」 成れぬとは思わない。だが彼の家の用人や親戚がどれだけ苦労するか、何より民が迷惑を被るだろう。 「金の話は嫌かもしれんけど、君らが開拓者になったら準備金かかるで。具体的には武具を揃えたり、術技の習得やな」 開拓者の装備品はどれも宝珠技術を用いた逸品、専門技術の習得にも費えがかかる。 「地縛霊2万文、タイ捨7万文、天呼鳳凰拳は約13万文やな。覚えただけで終わりやないでぇ。技に磨きをかけ、強くするのにもっとかかるで。…で、君ら金あるん?」 田舎なら5万もあれば一家が一年暮らせる。一流の開拓者になるには、何百万文とかかる。 「開拓者の世界も所詮は金なんですか?」 悔し涙を浮かべる者が居た。 「名前は?」 「鈴木です。先生、金が無い奴は生きている価値が無いんですか」 「良く言うやろ、鈴木君。金がないのは首が無いのと同じやて。悲しいことやけど、世の中銭やねん」 銭は世界共通語である。半端ない説得力に、鈴木はがっくりと肩を落とした。 「お金が全てでは無いでしょう?」 傍で聞いていたナルターは、気の毒に思った。 「先日、とある結婚式でアヤカシと戦った。私はアヤカシ退治の依頼を受けることが少ないから緊張したけど、仲間のおかげで勝てたわ」 開拓者としては古参の部類に入るナルターだが、華々しい戦歴は持たない。高価な装備や上級技は無論重要だが、それらが無い開拓者が無価値でもないと彼女は言った。 「それに、前線に出ることだけが戦いでは無いでしょう。私達の装備品を作ってくれる人々がいます。その人達の多くは、志体を持たない職人や技術者よ。彼らが居なければ、私達は戦えません」 美味しい御飯を作ってくれる料理人、食材を運んでくれる車夫、大地が瘴気に蝕まれようとも土地に根を張り食物を育てる農家。支える人々がいるから戦える。 「職業に貴賎は無いと貴方は考えておられるのですか?」 「どうでしょう?」 天儀には身分制度があり、貴賎無しとは言えないが思想家は居る。ナルターは高潔な思想家では無いので、感覚で話しているに過ぎないが。 「八十神先生」 「なんや」 「木島と申します。先生は先程、金が大事だと申されましたが、先生は金のために依頼を受けているのですか?」 真面目そうな門下生だ。 「アホらし。金なんぞ石ころや。鼻っ紙と同じやで」 蔵人は金を大事にし愛蔵するが、固執はしない。 「ええか、金は道具や。道具は大事やけど、命まで賭けるもんやない」 「ならば先生は、何のために開拓者を続けておられるのですか」 それは門下生一同の眼目だろう。巨額の資金を投じ、己の命をかけてまで、開拓者稼業に身を置き続ける理由やいかに。 「決まっとる、自分の為や。楽しいから、面白いから続けとるだけやで」 「嘘でしょう。享楽に耽るだけなら、もっとマシな遊びが幾らでもありますよ。先生はきっと高い志をお持ちなのです」 本当に享楽が目的なら、それは危険中毒だ。そんな開拓者も実際に居るが、八十神はそれっぽくはない。 「ナルター先生は何の為に開拓者を?」 同じ質問を向けられたナルターは、戸惑う。何の為に? 元を辿れば家族が居らず、育ての親が魔術師だったからであろう。 「開拓者になったのは成り行きのようなものね。どうして続けているかは、私にも良く分かりません」 「やはり、ナルター先生も天儀の為に尽くしておられるのですね」 「君らなぁ」 流しても良かったが、ツッコミを入れる蔵人。 「何でも自分らの理屈で考えたらアカンよ? 今回はたまたま交差したけど、ナルターはんとわしでは受ける依頼の気質が違うてるし、考えも違うてて当たり前やん?」 依頼選択の自由。開拓者の大きな特性だ。本当のところ、依頼を一度も受けていない開拓者は大勢いる。誰もが高い志を持ち、天儀の為にその身を捧げている訳ではない。むしろ、そんな高潔な開拓者は少数派だろう。 「それはおかしいですよ。だって、志体は天から与えられた贈り物でしょう? 力を持たない者を守るために、精霊様から下された大切な使命があるのに、自分勝手に行動していいはずが無いですよ」 有力な氏族の志体として生を受けたからには、人々を守り導く責務がある。蔵人が子供の頃に、さんざんに聞かされた話だ。貴族が義務を負う。いわば社会的責任。 「変やないよ。現に、わしらは大アヤカシに勝ったやろ」 その通りだ。木島は押し黙る。彼らの前に居るのは、本物の英雄なのである。 講義が長くなったので、一旦休憩が入る。 座学の次は、実技。道場の床に卓が並べられ、乱取り稽古ならぬ卓上冒険だ。 降りしきる雨は、嵐の訪れ。 季節柄、何ということのない大雨と思われたが、半月過ぎても止まない。不思議なことに雨雲は徐々に成長を続け、やがて神楽の都をすっぽりと包み込む巨大な低気圧に成長してしまう。低地でありながら、気圧がどんどん下がるので都の住民は高山病に似た症状さえ訴え始めていた。 「雨ふらしのアヤカシ…」 膝まで泥水に浸かりながら、ナルターは必死に両足を動かした。 戦況は良くないが、逃げ出しても明日が無い。羽妖精が耳元で警告を発したが、それさえ豪雨にかき消された。 「陸地が見えない。ここはもう、敵の陣地内というわけね…」 水流で傾く体を霊杖で支え、雑念を振り払うように呪を紡ぐ。首筋に食らいつく寸前で、半魚人の頭が破裂した。 「ぎゃぎゃっ!?」 光を目印に周辺の敵が集まってくる。火球は不味かったかもしれない。吹雪の方が…多分、生きている味方はもう居ないのだから。 「あはははははは♪」 哄笑を予告代わりに、水柱をあげて登場するリィムナ。真紅のグライダーから飛び降りたリィムナは、あたりを睥睨してにやりと笑った。 「まさに雑魚とはお前達のことよ♪ 瘴気から出直して来いっ♪」 リィムナは歌う。吟遊詩人の精霊歌は無量の雨を貫いた。魂を揺さぶる圧倒的な呪力、瞬く間に彼女は周辺のアヤカシを一掃。ローレライの加護を受けた少女は燐気を放ち、神々しさすら漂わせた。 「助かりましたわ」 「まだ早いよ。知ってると思うけど、大アヤカシの洞窟に乗り込んだ突撃隊の第一陣、第二陣は全滅! ギルド本部は弱腰だから、あたしは有志を募って勝手に第三陣を編成中って訳♪」 再集結ポイントを教え、マッキSIを掴んで再起動するリィムナ。 「ですが、それなら一度後退して反撃の機会を待つべきでは? 攻略の糸口もないまま攻め続けても…」 「洞窟に大アヤカシが居るんでしょ? なら近づいてぶん殴るだけだよ♪ 後退なんて、こっちが退いた分だけ敵が道を塞ぐだけだから」 彼女はどこまでも強気で、敗残兵を集めてもう一戦やらかす気らしかった。 一方その頃、戦場の反対側ではギルド本部侵攻を目的とする鬼の軍勢と、それを阻止すべく集まったギルドの精鋭が激しくぶつかり合っていた。 「じゃあ、金が無くても最初は下積みからて思うやろ? 確かに、わしらはそれで強うなったんやけど、今は時代が違うで?」 蔵人の講義の後半戦。 内容はシビアだが、語りが軽妙洒脱で実があると門下生の受けは良かった。 「ここに居るのは、ご通家ばかりやから言うまでも無い話やけどな。来年から仕事減りそうやで? 今頃、その年で開拓者になってもなあ…」 ギルドの大作戦自体は秘事と言っても、冥越との戦が進んでいることぐらいは分かる者には分かる。 「先生、それはつまり勝利が近いという事でしょうか?」 冥越の魔の森が焼け落ちれば、人類の勝利と思う者は少なくない。 「言えんよ。せやけど、いやその遊びで言うともう、えんでぃんぐ間近?」 高ぶった門下生達が一際大きな歓声をあげる。人類の勝利、千年を超えるアヤカシとの争いの終焉の、目撃者となれる歓喜。 「八十神先生の口から勝利宣言を聞けるなんて、今日はなんて好い日だ!」 「僕達は信じてました!」 「さよか、それなら記念に壺でも買うか? わしが珍しく真面目な話しよるのに、真面目に聞かんかい。ええか、若いと仕官の紹介あるやろうし、わしら現役で活躍しとるのは国とかにコネあるからええけど、仕事のない新米の開拓者なんぞ潰し利かんよ?」 呆れるように言ったが、すぐ挙手する者があり。 「ご懸念には及びません。我ら、万が一に八十神先生がたが敗れた折には、第二陣としてすぐさま護国の兵として立ち上がる所存」 「どアホ! わしらは負けんわい!!」 思わぬ反撃に、蔵人は卓を叩いた。 「されば、古人の言葉に一治一乱と申します。アヤカシが滅すれば世は全治となりましょうや。また、治に居て乱を忘れぬ者こそ真の士と存じます」 「そうですよ。私達は開拓者の志こそ大事と思えばこそ、日々の訓練に励んでいるんですから依頼が減って苦労しても、開拓者になりたいんです」 言うべきことは言った。 「君らみたいなアホには付ける薬がないわい。まあ遊ぶ分には構わんが、定収入もって親御さん養ってからにし?」 蔵人は手をひらひら動かして、檀上から下りた。 「北面が墜ちるとか、冗談でも案外に凹むもんやね」 ぼやきながら最前線を支える蔵人。両手に刀と槍を握り、十重二重に繰り出される敵の猛攻を凌いでいる。 「天護近衛隊の最期とか聞いたら、わし泣いてしまうかも。洒落にならんわ、ほんまに……」 「八十神殿、貴殿の役割を忘れるな」 肩を並べる羅喉丸。どっしりと構えた八極天陣は見た目に反して流水、敵の攻撃はおろか雨粒さえ当たらぬのではと錯覚する。 「いつもと同じやで? 引き付けて離さん、それだけの芸やけど」 物見に出たシノビの情報では、敵軍は開拓者ギルド本部を目指し、真っ直ぐ進撃中とのことだ。散発的な小部隊の攻勢でなく、万を超す軍団との正面衝突となれば、どう考えても自陣の壊乱は必至だ。 「大将首を狙うしかあるまい」 羅喉丸が言う。彼我の戦力差がありすぎた。幸いにと言おうか、鬼の大将は兵を己の背中で引っ張る古典的な前線指揮官らしい。とはいえ、先頭の一体を倒せばよいと考えるのは素人で、軍団の火力が一点に集中するこの陣形は恐ろしい破壊力がある。小部隊の特攻など鎧袖一触、一瞬で骨も残らない。 抜群の攻撃力でもあれば別だが、発想としては軍団と将を分断するのが正攻法だ。簡単に言えば横槍や挟撃など、正面以外から崩す手である。 「戦力的にそれが叶わんわしらは、飛空船と少数の支援部隊で一瞬の隙間を作って、強引に大将首を取るしか無い」 勝算は薄い。 「後退して、ギルド本部前に最終防衛線を敷くべきでは?」 「敵の狙いは鉄床戦術だ。鬼の歩兵が俺達の動きを誘導し、固まった所を上空の空系アヤカシが降り注ぐ。天地二方から同時に物量を押し込まれたら、俺達は一溜りも無いな」 合戦経験が豊富な羅喉丸の言に、新兵は唾を飲み込む。戦略的には必死と言えるが、一つ一つ大アヤカシの思惑を外していけば望みはあるという。 「覚えておけ。ほとんどの大アヤカシは、強敵であると同時に優秀な軍団統率者でもある。奴らは死を恐れない兵と、数百年の戦歴を持つつわものだ。俺達は、常に敵の予想を上回る事でしか奴らに勝つことは出来ない」 穿った言い方だが、過去何百年と勝てなかった大アヤカシに勝利したのは、戦術の外道をいく開拓者の存在あってこそとも言える。個々が桁外れで、そして自分勝手な彼らは、超越者である大アヤカシにとっても図り難い。それが天儀軍の主力だというのだから、予想もへったくれもなかったに違いない。 「それは危険な博打だったのでは?」 「今頃気が付いたんかい」 蔵人は笑った。彼は笑いながら、爆炎に飲み込まれた。 「開拓者としての心構えは、八十神殿が十分に語ってくれたと思う。なので俺は、自分の言葉で体験したことを諸君に伝えたい」 羅喉丸が壇上に上がると、一際大きな歓声が上がった。彼は、天儀に開拓者多しと言えど、屈指の戦歴を誇る猛者の一人である。中背で開拓者としては小兵の部類に入り、あまり大きい事を言わないので、彼を知らない者はそれほど貫禄がある男だとは思わないが、装備、技量、経験どれを取っても当代一流の開拓者だ。 「まず、アヤカシの脅威について語ろうと思う。幸い、俺は大アヤカシとの交戦経験がある。だから炎羅、氷羅、砂羅、瘴海、レジェフ、レジェフ、アザトッホニウス、天荒黒蝕、狂気について話をしよう」 大きな歓声と悲鳴が上がった。悲鳴をあげたのは、師範である。 「羅喉丸様、それは大変に素晴らしく、有り難い仰せですが、それでは七日七晩かかっても話が終わりません」 「いや、要点を掻い摘んで話すつもりだから、そこまでは…」 師範は首を振る。蔵人の時を思い出す。瞳を輝かせる門下生達を見る。うん、確かに七日でも終わらないかもしれないな。まあ、適当に誤魔化せば何とでもなる話だが、純真な目を向けられて適当にかわせる男では無い。 「ごほん。大アヤカシとの戦闘に関しては、のちほど俺の報告書の写しを道場に寄贈しよう。報告書の客観的な視点から戦場を推察することは、開拓者として欠かせない資質でもある。そして報告書は、諸君ら後輩のために残されるものでもあるからだ」 アヤカシは単に超常の者というだけでなく、見た目では分からない個体差が激しい。上級や大アヤカシはそれぞれが固有の能力を有する場合も多く、先人の知恵が攻略の鍵となる。極端な言い方をすれば、大アヤカシなどは先に何百人と勇者が殺されなければ正体さえ掴めない。 「まさか。貴方ほどの達人なら、大アヤカシといえど戦えば勝てる相手でしょう」 「…拳が届けば、な。正直に言うが、相手が未知の大アヤカシならば俺は十中八九、触れる事も出来ないで負ける。生還しか考えない」 アヤカシの最も怖い所は、正体がないあやふやさだ。羅喉丸も口に出せないが、アヤカシの行動原理には未だ謎も多く、根源的な疑問を開拓者達は抱えていた。まるで虚無を相手にしていると思う事さえある。アヤカシとて心があり、生きているのに、奴らは生物では無い何かなのだ。 「…」 「先生?」 「済まん、俺も修行が足りないな。諸君らと同じ修行者だ、少しだけ先を歩いているかもしれないが、同じ大地に立っている」 大アヤカシに関しては、彼らが動く天災とも言うべき暴威の象徴である事を、誇張を交えず伝えようと努力する。 「諸君らの考えた大アヤカシを例にしてみよう。台風を操り、街を水没させる相手とどう戦えばいい?」 「先生、台風とは戦えねぇよ。本体を叩くんだ」 「ふむ、良い答えだが、台風が本体だったらどうする」 門下生は呆けた。全長数百里の台風自体が本体? そんなバカげた代物があるか。 「有り得ないと考えていたのでは、大アヤカシと戦うことは無理だ。諦めた方がいい。仮に核があるとして、それを探し出すまでに、どれほどの犠牲が出る。答えは教本にはない。誰も教えてくれない。間違い続けて探すしかない」 教本では、水害の邪神は洞窟の奥に隠れている事が判明していた。現実には、それを探り出すのに多くの犠牲が出るし、いざ洞窟にたどり着いたら蛻の殻かもしれない。 「良く言われる事だが、開拓者の前に道は無い。開拓者が歩いた跡が道になる」 敵は強いだけでなく正体不明で、開拓者は間違いを恐れず挑み続けるしか無い。これほど割に合わない仕事は無いだろう。 「ふーん。そういう考え方も、あるね♪」 さて、ここで最後の講師の登場だ。 「はぁ〜」 羅喉丸は深呼吸し、右腕に気を練り込む。五本の指には賽が握られ、滑らかな無駄の無い動作で腕ごと前方に押し出された。 「は、早すぎて羅喉丸様の腕が、見えない」 「風圧で、俺達まで押し流されてしまいそうだ」 まるで冗談のようだが、泰拳士は至って真剣にサイコロの高速振りを続けていた。何しろ、敵が何千と居るのにこの男は一回ずつ判定するつもりであったから、普通に振っていたのでは日が暮れる。 「くぅっ」 あまりの衝撃に、賽子が耐えられなかった。八百文の高級賽子が粉々である。 「まだだ!」 懐から、七千六百文の超高級賽子を取り出す羅喉丸。自前だよ。 目標秒速16回振りともなれば、もはや開拓者としての全身全霊で挑まねばならぬレベルであり、即ち間近で観客していた門下生が風圧ですっ飛んでも、何もおかしくはなかった。いや、笑う方が正解か。 「求道者とは聞いていたが、これほどとは」 「誰か賽の目見えとるん?」 「まあまあ、細かいことは気にしなくても」 激しい戦闘だった。賽は残らず粉砕され、息の根も止まったが、力尽きた達人に惜しみない拍手が贈られる。 「…結局、生き残れずで」 「いやいや、漢の戦いを見せて頂いた。ああ、砕けた賽は弁償させて下さい」 感動した師範が安請け合いし、値段を聞いて目が飛んだのは後日談。 「待ち草臥れたわ」 「すまん」 ようやく地獄で再会した一行。羅喉丸が体を張って時間を稼いだおかげで、青島君も先の展開を考える時間は十分に取れたはず。 「なんで、そっちに居るん?」 「サポート♪」 審判補佐という怪しい肩書で青島の背後に立つリィムナ。 「ひとまず、ここは先に進みましょう。羅喉丸さん、六文銭はお持ちかしら?」 「問題ない。三途の川か、古い慣習だな」 「き、君達は六文銭を渡そうとするが、老婆は首を振って受けとらない」 奪衣婆の言う事には、彼らはまだ仮死状態であるという。 「妙だな。即死のはずだが?」 「わしなんぞ、木端微塵やで」 「細かいことはいいのよ。あんた達は気が付くと、開拓者ギルドの中に居ました。おお、開拓者達よ、死にかけるとは何事だ♪」 リィムナの説明では、巫女達の秘儀が成功し、死にかけていた三人を含む前線で戦った開拓者達は全員蘇生したのだった。 「安須神宮に伝わる秘伝の妙薬がなんたらかんたら、陰陽寮が隠してた太古の秘法がなんたらかんたらで、全員全快ね♪」 「突っ込み所がありすぎて困るわ」 「まだまだ♪ 天儀最後の決戦なんでしょ、だったら朝廷もギルドも万商店も、隠してたもん曝け出して全面的に協力するよね。従って、開拓者と相棒全員は最高の籤甲品装備で全身を包み、装備・スキルの強化は上限まで。各種回復剤も使い放題となるはず♪」 訓練の用紙を掴むと、開拓者達の装備も書き換えられていた。強化に関しては三十段、五十段ともはや見るも恐ろしい数値が並び、ちら見したリィムナの用紙に至っては九十九乗と、意味すら不明な言葉が躍っていた。 「イカサマやろ?」 青島の首に細い指を這わせるリィムナ。 「合意の上だよ♪」 この後の狂宴に、報告に足る出来事はない。かくして、八周目の天儀世界は開拓者達の活躍により救われたのだった。 「訓練なんだから勝てばいいってことは無い」 羅喉丸は不満で、蔵人も同様だ。ナルターも、ちょっと強引かなとは思った。 「あんた達が勝手に負けてるのが悪い♪」 ここで二人は気づく。リィムナは水神戦をやっていた筈で、途中でナルターをこちらに回して明らかに不利な筈だと。 「勿論、大アヤカシは打ち取ったよ♪ あたしがアヤカシなんかに負ける訳がないんだから」 胸を張るリィムナ。羅喉丸と蔵人は不審に思うが、タネを明かせばなんということは無い。リィムナは、中級以下のアヤカシの攻撃を全て無傷と判断していた。 「詐欺や」 「失礼な、歴戦の開拓者であるこのあたしが、データを監修してあげたんだよ♪」 零は何万倍しても零である。すなわちリィムナの卓では上級と大アヤカシ以外は削るだけの壁であり、何時間で削り切るかという問題でしかなかった。 「アヤカシの数値高過ぎ。特に大アヤカシ」 訓練用のアヤカシのデータを一読したリィムナは師範に直談判。 「いい? アヤカシは今まで死ぬ為にいた様なモブを除き、只の一人も開拓者を殺せてないの」 資料編纂を担当した青島にも詰め寄る。 「大アヤカシなんて開拓者が毎回捨て身で突っ込んでるのに、重体にしか出来ないヘタレ揃い。それに引き換え、あたしの黄泉より這い出る者は隷役併用でほんの1、2人を除き、全ての開拓者を瞬殺可能。従って戦闘力はあたしが上、数値調整するね♪」 大アヤカシの戦闘力が一人のベテラン開拓者未満では、勝利して当然である。 「そ、そうなのですか?」 「嘘に決まっとるやん。報告書読んでも分かるやろ」 そもそも大アヤカシには体長数十mの怪獣も居るのだ。転がっただけで、開拓者がバキバキ死ぬ。無論、そんな事はリィムナも百も承知だ。 「彼女の言葉は、一面の事実かもしれません」 ナルターが言った。総数約2万の開拓者、直接の知り合いなど数百も居ない。ならば仮に半数が死のうとも、近しい者が含まれなければ他人事だ。ナルターは久々にギルドを訪れて、知人が居なくて寂しく思う事がある。 一方でリィムナは幼いながら三年足らずで一流の開拓者に上り詰め、アヤカシの天敵と謳われる才媛だ。勝気で超強気な彼女は、一将功成りて万骨枯る。およそ、その体現者と言えば言い過ぎか。 「僕も、貴方や彼女のように成れるでしょうか?」 羅喉丸は尋ねられて。 「なれるさ。それだけの鍛錬を続けて、武運があればな」 最後に羅喉丸は己が日々続けている鍛錬と、依頼を受けているペースを包み隠さず話した。彼はこの五年間、殆ど数日とあけずに依頼を受けている。中には、瞬間移動でもしたのかと首を捻るスケジュールもある。 「何で、まだ生きてるんですか?」 「難しい質問だな」 それこそ、武運としか言い様がないだろう。これが訓練だったら、十や二十は死んでいる。 「私達も、過酷な修行を続ければ強くなれますか?」 「勘違いしないことだ。命がけの修行を続ければ死ぬ」 自明の話だ。風の噂に、命がけの修行を数年も続ければ、才能の無い者でも志体に目覚める事があると聞く。しかし、そのような鍛錬法を導入する組織は無い。命がけの修行を数年続ければ死ぬからだ。奇跡的に生き残っても五体満足は望めず、志体に目覚めた所で一流の戦士にはなれない。 「戦いは非常と心得ろ。訓練のように楽しいものではない。真剣勝負は敵を蹂躙するか蹂躙されるかだ。そもそも、対等に近い者同士は争わないからな。人もアヤカシも、弱い者しか襲わない。開拓者を除いての話だが」 それゆえに開拓者は賽の目を狂わせる。 願わくば、1人でもいいから、かつての自分のような明日の開拓者を目指す者の力になることを。そう思って一礼し、羅喉丸は壇上を下りた。 |