相棒をまもれ
マスター名:松原祥一
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/07/05 13:14



■オープニング本文

 開拓者ギルドから出た話だと言えば、かなり信憑性の高い情報として扱われる。
 実際問題、依頼に関するギルドの情報はだいたい正確だ。
 うっかり者の係員も居ないとは言わないし、右も左も分からない五里霧中の依頼も皆無ではないが、目利きの係員がしっかり下調べした依頼であれば、情報の確度は折り紙つきと言って良い。

 それでも、人は全知全能では無い。
 敵は開拓者に倒される為に出て来る訳でも無い。
 そもそも、人の情報力がアヤカシを凌駕していたなら、とっくの昔に人間は勝利を手にしているはずだ。

「こんな話、聞いてないぞ!?」
「何が楽勝な仕事だよ。帰ったら、係員の首を絞めてやる」
 簡単な哨戒任務のはずだった。
 立ち寄った村がアヤカシに占拠されていなければ。
 敵は少なくとも小隊規模だが、先の戦の残党だろうか。村に入った途端に奇襲され、衆寡敵せず、開拓者達は反撃する暇もないままに蹂躙されてしまう。
「‥‥あいつ、死んだかな?」
「生きてる訳無いでしょ」
 道すがら知り合った若い商人のあげた悲鳴が、耳から離れない。間一髪、囲みを抜けて近くの民家に立て篭もった自分達も、遠からず商人とあの世で再会しそうだ。
「戦えるか?」
「勿論‥‥と言いたいけど、いいのを貰っちゃったわ」
 どてっ腹に大きな穴があき、どくどくと赤い血が流れている。意識がまだあるのが不思議なほどだ。だが、むざむざとやられた訳でもない。こちらも手強いのを何体かは始末したが、開拓者達はいずれも瀕死の態だった。今この瞬間は、豚鬼相手でも勝てる気がしない。
「このまま籠城という訳にも」
「だが、打って出る体力は無い‥‥、どうする?」
 進退窮った開拓者達。
 ただ不幸中の幸いは、連れて来たそれぞれの相棒が無傷に近いことだ。
「こうなったら、こいつらだけが頼りだな」
「‥‥相棒に命を預けるしかない、ということか」
 脱出するにしろ、抗戦するにしろ、開拓者は満足に動けない。そして、おそらくこの村の状況はまだ誰も知らない。つまり救援は期待できない。頼れるのは己の相棒だけだ。
「頼んだぜ、相棒」

 開拓者の真剣な眼差しを受け止めて、相棒達の瞳にも決意が現れた。
『任せておけよ、相棒』
 大切な相棒を守るため、いま相棒達が立ちあがる。


 ここは石鏡国篠倉郡木下村。
 三位湖の北側、辺境の寒村に開拓者達が出向いたのは、先の戦の後処理である。
 春の五行戦にて、この一帯にはアヤカシ側による大規模な陽動作戦が行われた。森から溢れ出たアヤカシ軍はなんとか撃退され、敵は森の奥まで後退した。それを裏付けるように、二か月が過ぎたが周辺では小さなアヤカシ事件も確認されていない。
 事件は収束したように思われるが、石鏡国から、確認のための哨戒任務がギルドに届いた。篠倉郡の守備隊は、先の戦闘で大きな痛手を受けていたから、その代わりにという話である。
「このところバタバタしていたからな。田舎で、ちょっと羽根を伸ばしてこいよ」
 暢気に係員が開拓者を送り出したのは、下調べでも怪しい情報は無かったからだ。無論、アヤカシに出くわす恐れは想像したろうが、いきなり勝てそうもないタイミングで奇襲を受けるほど運が悪いとは、なかなか想像しない。まあ、敵も此方の都合に合わせて出張って来てる訳では無いので、今回は不幸な事故だろう。
 敵は約五十体のアヤカシ小隊。
 強力な個体はほとんど開拓者が刺し違えて倒している。
 残るは小鬼や豚鬼など、雑魚ばかりだが、現状、開拓者達はかすり傷一つで昇天しそうな深手なので、小鬼一匹でも脅威だ。
 開拓者が隠れ潜んでいるのは、ただの民家であり籠城は難しい。
 回復を待って反撃に転じるか、或いは篠倉の代官所に救援を求めるか‥‥ともかくも、血路を開いてこの場から脱出する必要があるだろう。


■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725
26歳・女・陰
酒々井 統真(ia0893
19歳・男・泰
黎乃壬弥(ia3249
38歳・男・志
慄罹(ia3634
31歳・男・志
无(ib1198
18歳・男・陰
レビィ・JS(ib2821
22歳・女・泰
サニーレイン=ハレサメ(ib5382
11歳・女・吟
リュート・グレイザー(ic0019
20歳・男・魔
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓
暁 久遠(ic0484
22歳・男・武


■リプレイ本文

 石鏡国篠倉代官所。
「戻らない?」
「はい」
 同心は守備隊の兵から名簿を受け取り、彼らの名と同伴する相棒に目を通す。
 葛切 カズラ(ia0725) 人妖の初雪
 酒々井 統真(ia0893) 人妖の雪白
 黎乃壬弥(ia3249) 鋼龍の定國
 慄罹(ia3634) 人妖の才維
 无(ib1198) 管狐のナイ
 サニーレイン(ib5382) 土偶のテツジン
 リュート・グレイザー(ic0019) からくりのシフォン
 篠崎早矢(ic0072) 戦馬の夜空
 暁 久遠(ic0484) 羽妖精の藍音
「腕利きだな。騒ぐことはあるまい」
 もしアヤカシに遭遇していたとしても、悠々と対処するはずの猛者。手練れの開拓者9名が、揃って満身創痍だと誰が想像する。

「ぐぼっ!!」
 先夜の雨で濡れた地面を、黎乃壬弥は滑った。
「帰ったらあの野郎、ふん縛って‥‥」
 壬弥を飛ばした豚鬼。いつもなら欠伸まじりに捻り潰す相手だが。
「ぶっ!」
 豚鬼の六角棒が顔にめり込む。死なないのが不思議だ。日頃の鍛錬が恨めしい。
「舐めた装備でやってきた俺も悪いが、最期が豚の餌とはついてねぇ」
 大いに不満だが、ここで果てたとしてもまずまずの人生か。
「うう、ぐすっ‥‥うえええっ‥‥もう、だめだ‥‥ここまで追い込まれた事なんかなかったのに!」
 血の海でのたうち回る篠崎早矢。
「暴れないで、血が止まらない」
 錯乱する早矢を抑えつけるシフォン。
 腹が裂け、傷は背骨まで達しているのか両足の感覚が無い。弓手も砕かれ、心が完全に折れている。
「気が滅入るわね。さっさと黙らせ‥‥楽にしてあげたら?」
 土間に蹲り、真言を唱えていた葛切 カズラが顔をあげた。
「笑えない。こんな村に聖域があるなんて」
 自力の脱出は絶望的か。カズラは前髪をかきあげ、立ち上がろうとして突っ伏した。
「不覚‥‥雑魚だと思って油断したわ」
 四肢に力が入らない。虚勢を張っているが、カズラの体も早矢と五十歩百歩。

 木下村に立ち寄ったのは小休止を兼ねた巡回だった。春の戦でも、この辺までは鬼も来なかった。その後も特に変事は無く、無警戒な場所だ。
「村の人々は、御神木の加護だと信じているそうですよ」
「ほほぅ」
 篠倉郡を何度か訪れている无が、道中で知り合った若い商人に説明する。
「面白そうな話ですね。その神木は、どのくらい昔からあるのでしょう」
 考古学者のリュート・グレイザーが話に食い付いた。
「何でも数百年とか‥‥遺跡と関係あるんでしょうかね」
 无によれば、この篠倉には未発見の遺跡があるかもしれないという。
「村人から伝承を聞きたい所ですが、嫌われてそうですね」
 噂では、神木は開拓者が折ってしまったらしい。
「いやいや、開拓者のおかげで救われたのですし、そんなことは」
 春の戦で開拓者は奮戦した。討入りに参加し損ねた无は笑顔が引きつる。
 ぼやく无は、前を歩いていた酒々井 統真にぶつかった。突然立ち止まった統真は、左右に視線を巡らす。
「何か?」
「‥‥敵だ!!」
 いつのまに湧いたか、道の真ん中に三本角の赤い大鬼が立っていた。大鬼は電柱の如き巨大な槍を、怒号と共に投げ放つ。それを合図として建物の影から、水桶の中から、屋根の上から、一斉に敵が出現。
「あ‥あ‥‥」
「くっ、サニーレインと篠崎がやられた」
 慄罹は五尺棍を振り回して後衛の仲間に鬼達を近寄らせない。が、多勢に無勢。つかみで五十の鬼に、鳥妖が数十、開拓者を囲むように四体の大鬼。
「あー、忘れてたぜ。仲間に警告されてたんだよなぁ‥‥気をつけろって」
 根元から折られた木刀を見つめ、壬弥は自嘲を浮かべる。
 頼みの綱はカズラと統真。この面子では、頭一つ抜きん出た二人だが。
「ちっ‥‥火力が足りないわ」
 カズラは接近戦に難がある。広範囲系の術を準備して無かった事も災いし、数で封殺されていた。
「てめぇら、俺から離れるんじゃねえぜ!」
 一段違う本気装備に身を包み、攻守に優れた拳士である統真も、味方を庇いながらでは得意の攻勢に出られない。
「ごほ、ごほっ」
 頭上を旋回する以津真天から、断続的につむじ風が襲う。抵抗の弱い暁 久遠は毒を受けて膝が崩れる。
「面目ありません。解毒も出来ないとは」
「長居は無用か、全力で突破するぜ!」
 正面突破を図る統真。足元の影が広がり、以津真天から飛び降りた鬼の鉄鎚が迫る。

『開拓者の骸を、山と積みあげろ!』
 分隊を預かる古強者の豚鬼は声を荒げた。
 事態は彼の想像を超えていた。楽な任務の筈だった。こんな辺鄙な村に、あれほど強力な開拓者が潜んでいようとは。まさか、強大な指揮官達を目の前で討ち取られてしまうとは。
 災厄の運び手となるべき、禍々しくも輝かしい者共を。
 無論、開拓者達にも致命の打撃を与えはしたが、釣り合わぬ。
 奴らの死骸を高々と積み上げよ。
 それが、正当な報復。
 豚鬼は叫んだ。声で開拓者を殺さんばかりの殺気が籠っていた。
「こわいこわい」
 才維は、荒ぶる豚鬼を敵ブショーに見立ててあれこれ夢想した。虎猫に変じた人妖は、壁の小さな穴をくぐり抜ける。この家も無人。
「あれー?」
 猫の姿で首を傾げる。囲炉裏に残された椀を一舐め。
 ぬるい。慌てて逃げ出した姿が浮かぶ。しかし、何処へ?
 人妖は賢い。
 村人が遠くに逃げた可能性は初めに除外した。あれだけ鳥妖と以津真天が居て、逃げ切れる道理が無い。村の外でそんな大騒動があれば気付いた筈。
 おそらく、村人達は忽然と消えたのだ。そして制空権を敵が持つ以上、地に潜ったとしか考えられない。
「ズバリ、地下の隠し部屋!」
 平和な時代では無い。野盗やアヤカシ対策として、力の無い村に、そのような備えが用意されることはままある。
「なるほど」
 才維の推理に感心したナイは、皆が隠れた民家を捜索してみたが、地下室は見つからなかった。管狐の力は練力の消費が激しい。ナイは同行を諦め、才維は単独で村の捜索を行う。
「あっ」
 才維は通りに放置された商人の死体と目が合った。鬼は開拓者探しに夢中で商人を食う暇も無いらしい。それにしても村人の死体は‥‥才維は己の見落としに気付いた。

 さすがに死ぬな。
 襤褸くず同然の壬弥。頑丈な肉体も、もはや降参寸前。
 彼だけ逃げ遅れてしまったが、仲間に脱出の機会を与える時間を稼いだと信じたい。そもそも、何で壬弥だけ逃げ遅れたのだろう。
「定國っ!!」
 鬼達に嬲られ、納屋の壁に倒れた壬弥は血反吐を撒き散らす。呼ぶのは、その巨体故に、仲間と同じ民家に隠れるのを彼が諦めた相棒の名。
「たまにゃぁお前の本気て奴も見せてみろ」
 応えるように、背後の納屋が鳴動した。
 壬弥をいたぶった鬼達の眼前で、茅葺きの屋根を突き破り、血の色にも似た暗赤色の主が姿を現す。鋼龍、定國である。
「掻き乱せ」
 叫び声で答える定國。納屋を破壊し、のっそりと敵に近づいた。雄叫びをあげて竜に立ち向かう豚鬼。小鬼達は背中を向けて逃げていく。
「ふーい。後はのんびり任せて休ませて貰うか」
 壬弥は目を閉じた。それっきり、動かない。
「――この声は定國殿か」
 皆に薬を配っていた藍音は、久遠の前で膝を折る。
「主、我は行かねばなりませぬ」
「気を、つけ‥‥」
 以津真天の毒を浴び過ぎた久遠。
「お労しや、我がお傍におりながら。剣を我が身に突き立ててお詫び申し上げる所存なれど、今だけはご容赦を」
 掲げるは獣剣「スニュルティル」。
「囮が必要だもんね、僕も出るよ!」
 勢いよく立ち上がったのは、初雪。何故か異常にテンションが高い。
 初雪は虫の息のカズラをちらっと見た。初雪の背後では、雪白とシフォンが懸命にカズラの命を繋いでいる。
「なかなか面倒な状況だけど、逆に考えるんだ!」
 拳を固める初雪。
「カズラさん、息をしてない?」
「僕たちの時代が来た!」
 絆値を確かめたくなる会話である。
 閑話休題。
「はぁはぁ」
 人工呼吸やら人妖達の神風恩寵でカズラは息を吹き返した。全快には程遠く、止血程度だが、どうにか容態は安定。
「ごめん。ボクも戦わなきゃいけないから、これ以上は練力を割けないんだ」
「助かったわ」
 カズラは大人しく横になり、僅かでも体力を戻そうと梅干を齧る。
「おい。まだ練力残ってんだろ。も少し俺に寄こせ」
 体の調子を確かめ、雪白に抗議する統真。
「やれやれ。回復したら、戦うつもりだろう統真?」
「当り前ぇだ」
 武人としての務めは果たさねば。
「負け犬は大人しく寝てな」
 雪白に背中から蹴られ、声もなく悶絶する。
「ちっ、油断してただけだ!」
「油断してなきゃ勝てた? そういうの、負け惜しみだよね」
 統真は反論しかけて言葉を飲み込む。
「違‥わねぇか。わりぃ、雪白、手間かけるが頼む」
 雪白はほっとした。浅ましさも、命の瀬戸際では大事だ。潔い者はあっさり死ぬ。そして統真は生死の境を抜け、己だけでなく村と仲間の為に雪白に託した。仕えるに足る主だ。

「行くんだ、夜空」
 恐慌から落ち着いた早矢は傍を離れない戦馬に命じる。
「お前は戦馬に進化した直後だが、貴重な飛翔戦力になるはずだ。誰か、私の代わりに夜空の背に乗ってくれる者は居ないか?」
 早矢の負傷は深刻だ。現状では手の施しようが無い。
「私には囮程の意味も無いが、そうだな、餌として軒下に吊るして貰えば‥‥こ、声を張り上げて鬼どもの目を引き付けようか」
 声が上ずった。割り切れるほど達観はしていない。
「見事な御覚悟」
 同調するのは、古風な藍音一人。他の仲間はどん引きだ。
「亡き兄が夢枕に立ったもので、不幸中の幸いですが包帯と薬草には余裕があります。どうか最後まで諦めないで下さい」
 武僧として放ってもおけず、久遠が説得する。
「気休めは無用。私は若輩者だ、恐怖で平常心を失ったと言われても仕方無い。だが、足手まといは嫌だ。武門の端くれとして、それだけは御免被る」
 結果は問わず、ただ仲間の重荷にならなかったと思えば気持ち安らかに眠れる。武士の胸の内に、久遠は困惑した。承服できないが、解らないとは言えない。
「うっうっ‥‥しからば、御免!」
 嗚咽を漏らした早矢は、衝動的に舌を噛んで自害する。
 ひひーん
「あ痛ッ!」
 夜空に髪を強く引っ張られ、早矢の自殺は未遂。血と涙で塗れた顔を舐め回す。
「こら夜空、止めろ。お前まで、私を嬲るのか」
「何で分からないの?」
 素早く早矢を征したシフォン。
「生きて欲しいからだよ」
 口に包帯を捻じ込まれたので、早矢の返事は言葉にならない。そのまま包帯で簀巻きにされ、夜空の背に括りつけられる。
「うーうー」
「聞こえないけど‥‥肉の盾ね。本望でしょ?」
 シフォンは夜空に乗って戦うことにした。実質二人乗りになり、機動力は落ちるが、危ない主人を残しておく方が夜空のパフォーマンスは減る。
「相変わらず、無茶するなぁ」
「うるさい。リュートは戦えないんだから、黙ってて。‥‥でないと、心配で私も戦えないんだから」
 シフォンに叱られ、リュートは怪訝な表情を浮かべたが、柔らかく微笑した。
「何よ?」
 遺跡で発見したからくり。彼女が人形でなく、家族で良かったと感じる。妹みたいな存在と思っているが、いつか、みたいでは無くなるのかもしれない。
「‥‥相棒との距離感て、色々ですよね」
 壁際にへたり込む无は、早矢やリュートの相棒との親密さを冷めた目で眺めていた。ナイと无の関係も家族に近いが。无に言わせれば、
「人語を解する存在と生活を共にすれば、家族で当り前」
 なのだが、他人のそうした繋がりを見ていると、思う所もあった。
「ナイ。君は何を思って私の傍に居るのでしょうね」
「‥‥」
 管狐は瞳を瞬かせた。哲学的すぎたか。
「‥‥」
 未だ眠り続けるサニーレインとテツジンの絆は、部外者には甚だ推し量り難い。テツジンは人並に思考し、人語も喋るが、何となれば彼?は土偶である。素焼きの顔に表情は無い。穏やかで紳士的な態度も、心が読み難いとも言える。謂われの無い反感をもたれた事、少なくは無い。
「私も、一緒に戦おう」
 立ちあがるテツジン。
 意識が戻らないサニーレインを一瞥し、テツジンはギガントシールドを掴んだ。
「敵はすぐ集結する。君達だけでは、囮としても戦力不足だ」
「いいの?」
 昏睡状態の主人を残して、彼は戦えるのか。
「問題ない。私は彼女を守る。その為に、前線に立つのだ」
 テツジンの意志は揺ぎ無い。十人十色の相棒達、どこかに偏りを持ちながら、己の心情に従う彼らは、それぞれに人間的だった。

「終わりだ!」
 砲角大鬼は、満身創痍の開拓者に止めを刺さんと両腕を高く掲げた。それまで十分に力を高めた砲角は、9人を貫き尽くすだけの角を空中に生み出そうとしていた。
「間に合わん!」
「‥‥ッ!?」
 仲間の仇を討つ確信から、哄笑をあげていた砲角の顔が歪む。次の刹那、届かない筈の刃が届き、肥満の大鬼は崩れ落ちた。
 砲角の角は、空中の瘴気を集めて作りだされる。
 あの時、砲角が驚愕したのは、空中に集めるべき瘴気が無かったせいだ。この村は神社など聖域に近い清浄さが保たれ、だからカズラの瘴気回収も失敗した。
 木下村とは、たぶん御神木の下にある村の意だろう。
 御神木には本物の神通力があり、それが神社と同様に瘴気を祓っている。そのような村で、地下室を作るとすれば。
 村を見下ろす丘の上、樹齢数百年も頷ける見事な古木が、倒れていた。
「いそがないと!」
 丘を登った才維は背後が気にかかり、姿を隠す余裕も無い。登る途中で舞い上がる定國を見た。
「誰かいませんかーっ! おれ、おれ、助けに来たよーっ」
 焦燥から、自然と声が出た。浅慮という他は無いが、当人は必死。
「誰だ?」
 答えがあった。飛び上がるほど驚いた才維は、古木の傍にあった小屋に入る。
 床の一部が剥がれ、弓を構えた青年が顔を出していた。
「おれ、サイだよ。助けにきたんだー」
 男は捲し立てる才維の言葉に耳を傾けたが、やがて頷いた。
「分かった。俺は村長の甥で弥五郎。村の生き残りは皆、ここに隠れてる」
「たすける」
「‥‥いや。だが頼みがある。俺達がここで隠れている事を、町に知らせて助けを呼んで欲しい」
 地下室には、60人程が避難しているが、志体持ちは居ないという。才維は絶句した。それだけの村人と、今から一緒に脱出するのはさすがに難しい。
「おれ、がんばって戦うから。りーしーも。だから、鬼をたおしてみんな守るから」
「出来るのか? 君達は希望だ」
 弥五郎は真剣だ。開拓者が無事脱出すれば、敵も撤退するかもしれない。だが全滅すれば、この村の惨劇は町まで伝わらない。
「う、う」
 英雄ならば、即答する。
 言葉に詰まる才維。
「‥‥ぜ、ぜったい、戻ってくるから」
「頼んだぞ」

 人妖は小さい。
 初雪の視点では、豚鬼は7、8m級の巨大鬼にも映った。
「怖‥‥くない! ふっふっふ! 上級に進化した僕の戦闘力は駆け出し開拓者に匹敵する! そして、ユーノから借りたこいつの出番だ!!」
 天を衝く獣騎槍「トルネード」。本来は馬や龍向けの騎兵槍。人間換算するなら10m級の超武装、人妖ってすごい。
「瘴翼!」
 漆黒の翼を生やした初雪は文字通り、一本の槍と化して豚鬼の列に突撃した。
「やってやるぜだね!」
「初雪殿! 突出しすぎです!」
 藍音は舌打ちして初雪の後を追った。初雪の言葉が正しければ、駆け出し開拓者と同等の戦闘力で、この包囲を抜けるのは至難だ。
「ガオォォォォンッ!」
 飛行する二体から数十m遅れ、テツジンが咆哮しながら現れる。土偶の足の遅さは如何ともし難いが、鬼の方が寄って来た。
「我、鉄仁十八号。
 気高く戦い死んだ十七人の兄と、彼らより継いだ此の名に懸けて、我が主を護らん」
 長大な角兜をぶちかますテツジン。正面の豚鬼に深手を与えた。
「損傷率、約二割‥‥外装、硬質化開始」
 だが、囲まれてタコ殴りでは無傷は望めない。
 一方、村の上空では定國を中心に、鳥妖との空中戦が続いていた。
 人面鳥の呪言、以津真天の毒旋風を食らっても、定國は揺らがない。敵の波状攻撃には自ら鎧を強化し、傷も宙空待鋼で治す。歴戦の鋼龍は不沈艦か。
「この龍は後回しだ」
 とでも云うように、鳥妖らは地上に目を移す。追い駆けっこは得意でない定國はちょっと困った。
「さて‥‥我が主を傷つけて、ただで済むなんて思ってはいないよね? ちょっと、色んな意味で手加減は出来そうもない」
 瘴翼を展開した雪白は、降下する鳥妖の前に立ちはだかる。
「‥‥ん、ここは通行止め、だよ」
 同じく夜空に騎乗したシフォン。
「怖いのか?」
 同乗する半ミイラの早矢はシフォンの様子が気になった。
「ううん。ただ、馬とか乗ったの初めてだから、勝手が」
 目を見開く早矢。
「私が悪かった、降ろして‥‥いや、代わっ」
「また舌噛むよ!」
 馬上でもたつきながら、青銅巨魁剣を引き抜くシフォン。鳥妖は新手に反応した。龍よりは柔らかそうで、ニンジンならぬ早矢をぶら下げられては堪らない。

「サイ、お手柄だ」
 丘を駆け降り、乱戦を突破してきた才維から事情を聞き、慄罹は人妖の頭を撫でる。
「脱出だ」
「生存者を見捨てるんですか?」
 納得できないリュート。
「こいつは村人自身の願いだぜ。それに、俺らって枷つけたまま戦ってるあいつらの事も考えねぇとな」
 相棒達は瀕死の彼らを守るため、無茶な戦いをやっている。その想いに応えねば、もう相棒とは呼べない。
「来い、例え死すともこの場は譲らん」
 テツジンの損傷率は八割に達した。敢えて攻撃を受けるのも壁役の仕事。無敵すぎると定國のように敵に嫌われる。
「行かせんぞ、以津真天っ」
 接近する巨鳥に狙いを定める。が、以津真天は毒旋風の間合いより近づかない。乱戦で鬼の数を半数に減らしたが、味方も限界が近かった。
 ギェェェェッ
 民家を脱出した八人を見つけ、人面鳥が奇声を発した。
「走れ!」
 壬弥を担ぎ、先頭を駆ける統真。サニーレインはカズラの背中だ。陰陽師ながら、動ける中で彼女の体力は統真に次ぐ。無防備と言って良い彼らに、残った鬼と鳥妖が殺到する。
「くっ」
 むしゃぶりつく小鬼。避けようとして、无の足がもつれた。
 数を減らしたとは言え、鬼達はここで開拓者の首級をあげようと必死。直衛のナイは鬼を倒すよりも、群がる敵に囲まれないよう先導するだけで精一杯。
「来るぞっ」
 9人の列に以津真天が接近する。毒を纏った怪鳥、抵抗力が落ちた今は最悪の相手である。
「うわー」
 鋼龍に乗り込んだ才維が進路を塞ぐ。が、その動きを読んでいた毒妖は迂回。シフォンと夜空も駆け付けたが、空中で敵を止めるには数が足りない。民家を盾にして側面に回りこんだ以津真天が、開拓者達を射線に捉えた。
「今ですっ」
「応ッ!」
 路地を挟み、ようやく標的を捉えたテツジン。膝をつき、突き出された彼の拳が唸りを上げる。
 ロケットパンチだ。
「墜ちろ」

 横殴りの衝撃、民家に墜落する以津真天。翼をやられたのか飛び立てない。
「――撤退する」
 シフォンが拾った腕をはめたテツジンは、残りの人面鳥や鬼が開拓者に群がるのを見て止めを断念。狂ったように毒を吐き出す以津真天を無視し、開拓者と相棒達は命の限り逃げた。
 村を出て、やっとアヤカシを振り切った時には半数の開拓者が心肺停止状態。囮の初雪らと合流した彼らは、全員で命を繋ぎながら追撃をかわす。定國が一足先に篠倉まで飛び、代官所の救援により生還を果たした。
「テツジン‥?」
「さあ、帰ろうサニー‥‥もう、大丈夫だ」
 サニーレインが目を覚ました時、テツジンは荷車の上。
「‥‥見直した、のですよ。ちょっと、だけ」
「それはどうも…光栄だよ、お嬢さん」
 今回は依頼内容に不備があったとして、修理や回復、装備の補充等はギルドが責任を持つらしい。それならばとまだ動ける者は村の救援に同行し、生き残った十数名を救出した。