【神代】辺境の死闘
マスター名:松原祥一
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 19人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/04/27 21:14



■開拓者活動絵巻
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癸 青龍






1

■オープニング本文

●襲撃
 開拓者ギルド総長、大伴定家の下には矢継ぎ早に報告が舞い込んでいた。
 各地で小規模な襲撃、潜入破壊工作が展開され、各国の軍はそれらへの対処に忙殺され、援軍の出陣準備に手間取っている。各地のアヤカシも、どうやら、完全に攻め滅ぼすための行動を起こしているのではなく、人里や要人などを対象に、被害を最優先に動いているようだ。
「ううむ、こうも次々と……」
 しっかりと守りを固めてこれらに備えれば、やがて遠からず沈静化は可能である。が、しかし、それでは身動きが取れなくなる。アヤカシは、少ない労力で大きな被害をチラつかせることで、こちらの行動を縛ろうとしているのである。
「急ぎこれらを沈静化させよ。我らに掛けられた鎖を断ち切るのじゃ」
 生成姫がどのような策を張り巡らせているか、未だその全容は見えない。急がなくてはならない。


●石鏡国
 三位湖の北側、篠倉郡から届いた急報に、石鏡の高官達は慌てた。
「辺境の森から、アヤカシの軍勢が湧いて出たらしい」
「報告では、時期的に五行で進行中の生成姫の戦に呼応したものと鐘森は判断しておるらしい」
「ギルド総長から触れがあった件か‥‥しかし、小規模どころでは無いぞ?」
 篠倉郡には、なかば魔の森化してアヤカシの支配下にある森が存在する。この森のアヤカシは活動的では無かったため、石鏡では戦線の拡大を憂慮して、余計な手出しは禁じ、監視のみに務めていたのだが。

「瘴魔の森から出現したアヤカシは、鬼系を中心とした統率の取れた集団で、侵攻を目的とした軍勢と思われます。その数は、約八百〜一千体。森から溢れた鬼軍は一端は森から一番近くの山下村を占拠しましたが、程なく森に戻っていったそうです。ですが現在も鬼の小隊が付近で哨戒活動を行っており、いつ再侵攻を行っても不思議は無い状況です」

 篠倉郡から届けられる続報に、石鏡の高官達は戸惑いを覚えていたが、直にこれが各地で起きている襲撃と同種のものと認識した。
「規模は大きいが、敵の目的が陽動にあることは明らかなようだな」
「左様、一千の軍勢ならば緒戦で篠倉、百夜を壊滅させ、伊堂を狙う事も出来たはず。それをしないのは、此度は侵攻自体が目的では無いのだろう」
「だが、納得しかねる。生成姫の軍団が如何に強力とはいえ、まさか石鏡まで届いておったというのか?」
「それは考え難い。そもそもだ、一千もの軍ならば、こんな所で使わずに五行に投入するはずだ」
 憶測に過ぎないが、おそらく瘴魔の森の軍勢は生成姫の旗下では無いのだろうと石鏡では判断した。だが、これはもっと恐ろしい事実を意味している。
「それでは、生成姫の戦を、別の大アヤカシが支援しているという事になるな」
 大アヤカシは強大な存在だが、どちらかと言えば、これまでは桁外れの力ばかり注視されていたきらいはある。生成姫の手管には、それまでの大アヤカシと何か異質なものが感じられた。もしかすると、人が大アヤカシを倒す時代となり、アヤカシにも変化が現れたという事なのかもしれなかった。
「ともかくだ、陽動と考えるにしても、安心は出来まい」
「そうだな。おそらくは両天秤に構えていると見て良いだろう。軍勢は既に居るのだ。こちらに隙があれば、伊堂はおろか安雲まで狙ってくるは必定」
 石鏡の高官達は対策を話し合ったが、即座に妙案は浮かばない。敵軍が現在森に居る以上、安易には攻められなかった。結局、基本的には安雲、及び伊堂で守りを固める他は無いと判断され、準備していた五行戦への援軍は中止せざるを得なくなる。

●辺境の死闘
 篠倉代官所。
「シノビの報告では、敵軍は森の浅い場所に陣を敷いておるそうだ」
「なぜ、森の奥に陣取らないのでしょう。その方が守り易そうに思いますが」
 鐘森義明を中心に、瘴魔の森に現れた敵軍対策が話し合われている。
「おそらく、いつでも出撃出来るように、じゃろう。あの森はかなり広い、奥に居ては迅速な部隊の運用は難しい」
「あるいは、誘っているのかもしれません」
 罠の可能性は否定できない。
「そうかもしれぬ。では根比べかの‥‥」
 まもなく百夜から援軍が到着するが、それでも兵力は敵が多い。敵軍の目的が本当に陽動ならば、五行で勝利すれば退く可能性もあり、鐘森は攻撃には消極的だった。
「わしはそれでも構わぬが、どうするかね?」
 ギルド総長からは五行戦に援軍を求められている。石鏡が援軍を送れないのは、あの森の敵軍のせいだ。
「大伴様からは、あの森の敵兵を速やかに排除せよと」
「ふーむ。ギルドが主力を引き受けると申すなら、戦わぬでもないが」
 急ぎ作戦が立てられた。
 まず、鐘森率いる百夜兵が森の前面に押し出して、敵軍を誘い出す。敵軍が釣り出されたら、隠れていた開拓者の部隊が敵の指揮官を強襲する。狙いは敵軍の殲滅ではなく、指令系統に打撃を与えて敵軍を後退させることだ。
「危険な作戦じゃな」
「鐘森殿と百夜の兵達にも相当な無理をお願いする事になりますが」
 百夜兵は上手く敵軍を釣り出せたら、踏ん張らずに敗走して良い事になっているが、上手に敗走するのは実の所、非常に難しい。潰走し、全滅する危険は高い。
「なんとかしよう。わしらより、開拓者の方が厳しかろう」
 作戦が首尾よく運んだとしても、敵司令官の周囲には直衛の屈強な兵が数十は居るだろう。そしてアヤカシの場合、弱い指揮官など有り得ない。少数の部隊で敵軍の指揮部隊を撃破するのは、至難の技だ。
「倒さずとも、角の一本でもへし折れば後退するやもしれぬ。じゃが、それでも並大抵のことでは無いぞ」
 だが、綿密な作戦を練る時間は無く、手を拱いていれば敵軍は村々を襲うかもしれない。鐘森とギルドは、この作戦を決行することにした。
 さて、どうなるか。


■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 鷹来 雪(ia0736) / 喜屋武(ia2651) / 不破 颯(ib0495) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / レイス(ib1763) / ライ・ネック(ib5781) / バロネーシュ・ロンコワ(ib6645) / エルレーン(ib7455) / 鏡珠 鈴芭(ib8135) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 草薙 早矢(ic0072) / 津田とも(ic0154) / スチール(ic0202) / 各務 銀次郎(ic0463) / 島野 夏帆(ic0468) / 柏木 皐月(ic0476) / 雪代 尚(ic0559


■リプレイ本文

 武骨な戦鉈は空を薙ぎ、島野夏帆の天地は逆転。
「死んだーーーっ」
 涙目で空を飛ぶ女シノビ。
「お‥ぉ‥、体がどこも千切れてない。私って、運いいなぁ」
 枝を抱き締め、夏帆は下を見た。彼女を張り手ですっ飛ばした大鬼が、味方の陣を切り裂いている。
「こりゃ、勝て無いねー」
 百夜軍の左翼に位置する夏帆達は、敵部隊の強襲を受けた。
「こっちの前衛は何をやってんだ! 大鬼隊は真ん中に居たはずだろ」
 スチールは一本角の大鬼の戦鎚を、腹這いに伏せて避ける。スチールの信条は回避要らずの受けだが、超重量級を躊躇わず貰えるほど非常識な強さはまだ無い。
「無理ですよー、とうッ!」
 樹から飛び降りさま、真下の大鬼に戦鉈を叩き付ける夏帆。
「やっ‥‥てない? えーと単眼鬼さんだっけ? 目大きいですね」
 手甲で鉈を弾いた大鬼隊の隊長は、無言で巨大な槍を振るった。数人の百夜兵を巻きこんで、派手に吹っ飛ぶ夏帆。意識はあったが、体が動かない。
「今度こそ、駄目‥かな。良い所一つも無しかぁ」
 大鬼とは大型の鬼種を大雑把に括った呼び名だが、その戦闘力は小鬼とは桁違いだ。概ね、小さな町なら単体で破壊しうる。一般兵は言うに及ばず、駆け出しの開拓者にどうにか出来る相手では無い。それが眼前に約三十体。
「夏帆! くそっ、まさか作戦が読まれていたのか?」
 推定一千のアヤカシ軍に対して、百夜軍は約五百。何かあると考えるなら、開拓者を潰しに来るのは定石だが、逆強襲されたような形だ。止めを刺そうと槍を振り上げる単眼鬼に、夏帆の表情が無くなる。あれは避けられない、諦めた。
「みんな! こわがらなくていいんだ‥‥きっと、私たちはやれるはずッ!」
 間一髪、エルレーンの盾が単眼鬼の長槍を防ぐ。
「はあっ」
 細身の志士は大鬼が槍を引くより速く、彼女の黒剣と鬼の手甲が嫌な音を立ててぶつかった。夏帆の攻撃は容易く捌いた大鬼が、体勢を崩した。エルレーンは追撃しかけて、足を止めた。斧槍を構えた二体の獄卒鬼の横槍に、面頬が割られた。
「思い出した」
 刃を掻い潜るのが精一杯な窮地で、エルレーンは呆けた。
「森に入った時も、こんな風だったっけ‥‥あの時は、あのバカも一緒だったけどさ」
 仲間と兵を守りながら戦うエルレーン。残念ながら女志士は大鬼達の良い玩具だった。気力を振り絞るが、手だれ一人で覆せる戦力差では無い。
「左翼、崩れていきます!」
「後退する時間すら稼げずか。小鬼どもに、いいようにやられ過ぎたな」
 百夜軍本隊の鐘森義明は崩壊を食い止めようと、声を張り上げた。
「援護じゃ。騎兵四十に、左翼に取りついた大鬼隊の横腹を突かせい」
「ですが本隊が手薄に‥‥」
 顔面蒼白の副官に、義明は力なく笑う。
「左翼が総崩れになれば、同じことと気づかぬか。急げよ! 今はこの一瞬が惜しい」
 鐘森の本隊と対峙する鬼兵三百、その後ろに敵軍の本陣はある。
 百夜軍は中央に本隊、左翼に開拓者部隊、右翼に傭兵を配置して数の不利を補っていたが、所詮は烏合の衆。攻勢の機を掴めないうちに脇腹に食いつかれた。
「大変ですっ!」
「今度は何じゃっ!?」
 戦場を回り込んだ犬鬼部隊が百夜軍の後方に現れた。そして、正面の鬼部隊がついに動きだす。

 遡ること数時間前。
 石鏡国篠倉郡山下。
 未明、鐘森義明が指揮する百夜軍五百が山下村に到着した。
「酷いな‥‥」
 村が健在だった頃を知る羅喉丸は、惨状に言葉を失う。この村で激しい戦闘はなかったはずだ。鬼が壊していったのだろう。
「分かりませんね。家を壊しても、腹が減るだけでしょうに。鬼とは、人を食らう生き物では無いのでしょうか」
 破壊の傷跡を調べ、眉を顰める魔術師のバロネーシュ・ロンコワ。
「訳が分からないから、アヤカシというのですよ」
 ライ・ネックは肩をすくめた。アヤカシという言葉には、良く分からない不思議なものという意味が含まれている。人とアヤカシの関わりは千年とも二千年とも言われるのだが、未だに謎の多い化け物だった。
「はっ、きっと中央の連中はアヤカシの事も知ってて黙ってるのさ。俺達、辺境に暮らす人間の気持ちなんて、どうせ分かりゃしないんだからな!」
 瓦礫を撤去していた兵士が、吐き捨てるように言った。
「辺境の辛さは分かるつもりですが、どうかお気持ちを静めて下さい。守るものの為に戦う貴方の崇高な志が、汚れてしまいますよ」
 バロネーシュの言葉に、兵士はハッとした。
「志体持ちのアンタらに、持たない者の心が分かる訳が無いんだ。適当なこと言ってんじゃねえよ。それよりだ」
 兵士は開拓者を見回す。
「こんな人数で、アンタら、勝てるのかよ?」
 声が少し上ずった。開拓者が強いのは知っていても、たった二十弱で一千の敵軍に勝てるのか。疑問は妥当だ。実のところ、開拓者達も不安に思っている。
「アヤカシが何だろうと、わたし達の敵なんだから! 五行で戦ってる皆のためにも、わたし達は勝たなきゃいけないのッ!」
 叫ぶように答えたのは柏木 皐月。それがぶかぶかの巫女服を着た子供だと気付いて、言い返そうとした兵士は言葉に詰まらせた。
「‥‥悪かったな。が、頑張れよ」
 兵士が立ち去ると、皐月はふっと緊張を解く。
「わたし達は絶対勝てるよね?」
 皐月の問いに、ライは首を振る。
「勝負は時の運と言います。この世に絶対など‥」
「意気ごみは素晴らしいですが、貴女のような方に強襲部隊が相応しい場所だとは思えないですね。巫女ならば、後方の支援部隊に参加されては如何でしょう」
 お節介と思いつつバロネーシュは忠告した。息子の子供の頃を思いだして老婆心が出たようだ。戦闘経験の浅い者に本陣強襲が荷が重いのは正論だが。
「はは‥‥手厳しいでござるな。拙者は雪代尚。此度が初陣にござる」
 皐月に代わって声をあげたのは若い志士だった。腰に佩くは見習いの刀。陣羽織姿がまだ頼りない優男だ。
「‥‥正直、足の震えは如何ともし難いでござるが、退くつもりは毛頭ござらぬよ。僭越ながら柏木殿も拙者と同じ想いにござろう?」
「は、はい!」
 真直ぐ見返す皐月に、バロネーシュは口元を歪める。
「初陣を選べる時代では無い、か。若者にそこまで思わせるのは気が引けますよ。先達として恰好をつけたいところだが」
 若者二人はバロネーシュに一礼し、立ち去った。
「同意してもいいですけど、私をおばさん仲間と認識してます? まだ二十代なんですけど」
 視線を感じて、ライは吐息をこぼす。微妙な年頃である。バロネーシュは答えず、彼女達も本陣に急いだ。すぐ軍議が始まる。百夜軍の隊長達に混じり、開拓者も参加するように言われていた。
「――昼前に仕掛けるだと? これだけの数で、準備も無しに勝てる相手かっ!」
 机に拳を打ち付ける篠崎早矢。
 場所は村長屋敷跡。仮の本陣として、鐘森は作戦会議を行った。
「おいオッサン、平村に開拓者を9人派遣したって聞いたぜ? せめて、そいつらが戻ってくるまで待てねぇのかよ」
 眼つきも口も悪い各務 銀次郎が、鐘森に詰め寄る。小鬼退治に出向いた小隊が合流すれば、大きな助けになるのは確実だが。
「やれやれ。急ぎ敵軍を撃退せよと言うたのは、ギルドの方じゃよ。となれば、いつ戻るか分からぬ戦力を、あてには出来まい」
 平村に侵攻した敵兵は派遣した小隊の約八倍。勝利を前提に考えても、一日二日はかかりきりで不思議は無い。五行戦の緊迫度を思えば座して待つ余裕は無く、そもそも、この場の開拓者の大半も、この戦いのあと五行国に取って返すつもりなのだ。
「だったら、俺達で迎えに行けばいいじゃねーか?」
「敵が黙っておると思おうか。上手く合流出来ぬ時は、時機を逸するしの。伝令は出しておる、後はあやつらの武運次第じゃな」
 不満はあったが、これ以上は無駄と銀次郎は口を噤む。彼と同じ思いは、少なからぬ開拓者が持っていた。敵司令官に突撃するには、集まった人数が心許なかったからだ。
「陰陽師は間に合わなかったか。18人‥‥ちと厳しいですな」
 そう呟いたのは喜屋武。八尺近い巨漢で、居るだけで周囲を圧倒するが、口を開けば折り目正しい青年である。
「まぁねー。どだい無茶な作戦だしぃ、局地戦だしねぇ。援軍は欲しいけど、五行で頑張った方が堅実なんだねぇ」
 不破 颯は皆が言い難い事をズバズバと言った。飄然とした物言いだが、事態の深刻さは理解している。二十名弱の、それも駆け出し同然が二割という戦力で、勝てる相手かどうか判断出来ない訳ではない。
「開拓者は受けた依頼を裏切らない。しかし、勝算の無い戦いから退くことも勇気ですね。皆さんが同意されるなら、撤退を云い出した者として不名誉は俺が甘んじて受けますが、如何か?」
 喜屋武は生真面目に言い、仲間達を眺めた。
 躊躇う者は居た。百夜軍の助けがあるとは言え、今の戦力で、大軍に突撃し、強力な司令官を撃退することは難しい。そして、何か妙案がある訳ではないのだ。
「ふ‥‥」
 頬を膨らませる鏡珠 鈴芭。
「ふざけたこと言わないでよね!」
 鈴芭は勢いよく飛び上がり、机の上に立って巨漢を睨みつけた。退屈な会議だと狐娘は寝ぼけ眼でごろごろしていたが、退却すると聞いて跳ね起きた。
「言っときますけど、ちょっと数が多いくらいで、鬼を前にして逃げ帰るような臆病者は、一人だって居ないんだからねっ」
 大見得を切る鈴芭。何人かは目を伏せたが、敢えて言うまい。
「と、当然だ!」
 鈴芭の剣幕に出るタイミングを失っていたラグナ・グラウシードが声を荒げる。
「ともかく、蛇だろうがバケモノの群れだろうが‥‥頭が砕ければ死ぬ、そうだろう?!」
 ラグナが見回すと、我も我もと仲間達は立ち上がった。
 結局、退却に賛成する者は皆無だった。
「そこまで言われては、無理に反対出来ません。及ばずながら、俺も微力を尽くすとしましょう」
 弱弱しく言って背中を丸めた喜屋武の手を、白野威 雪が握る。
「憎まれ役、御苦労さまです」
 雪の優しい眼差しに、巨漢はばつが悪そうに頭をかいた。帰ろうとする者が居ない事を、喜屋武は百も承知していた。
「お恥ずかしい」
「そうですね、おおよその人は気付いたと思いますけど。喜屋武様が言って下さったおかげで、空気が変わりました」
 情勢は厳しく、しかも本戦はここでなく五行の生成姫なのだ。歴戦の猛者でも、思考停止に陥ったとしても責められまい。だが、考える事を止めた者に未来は見えない。基本的な不信感を問い質す事も出来ない時、崩壊は始まる。
「それで、作戦通りに強襲するのは良いが、本当に敵の指揮部隊を本隊から引き離せるのかい? それが出来なきゃ、開拓者は敵陣で孤立するぞ」
 津田ともの念押しに、成り行きを見守っていた鐘森は大きく頷いた。
「されば、じゃ。こればかりはやってみなければ分からぬが、わしも無策で来た訳ではないぞ」
 鐘森は思案していた作戦をこの場で開拓者達に伝えた。
「ふーん、全員で突撃するだけだと思ってたけど、結構複雑なんだね」
「そこまでが戦じゃよ。此度は、仕掛けに回せる人員は無いのじゃろ。お主達には次の戦もあるしのう。手筈はわしに任せて貰うことになるが、良いな?」
 改めて聞かされると綱渡りな話で不安にもなったが、
「嫌と言ってもねぇ、敵の頭を叩くだけでも手が足りないしね」
「代わりの策も無い。作戦は全て鐘森さんにお任せ致す」
 天井を仰ぐ鈴芭と、頭を下げる喜屋武。
 依頼の要諦を確認し、するべき事が分かると皆の腹も据わった。
「勝敗は兵家の常じゃ。わしらも必死、敵も必死なら、戦場に上下は無い。ただ、恥じぬ戦をな」
 作戦の詳細が固まると、百夜兵も開拓者達も慌ただしく準備に取りかかる。
「はぅ」
 フィン・ファルストも忙しそうに百夜軍の移動を手伝いながら、思わず溜息が出た。
「フィンちゃん?」
 気遣うレイスに、つい愚痴がこぼれる。
「た、戦うのが怖いって訳じゃないよ。だけど‥‥し、初期か中期の内にこの森を作った奴を討てたら、て思ってたんだけど‥‥末期だよね、これ既に」
 瘴魔の森、そして背後の魔の森の全貌はいまだ不明だ。現状は討伐どころか逆に討伐される方に近い。この村や町の人々の日常を守れなかった思いが、フィンの胸を締めつけていた。
「何を悩んでいるかと思えば‥‥それは自惚れですよ、フィンちゃん。それに、末期かなんて、関わる人間の気持ち次第じゃないですか」
 物事には明確な終わりや始まりは無い。当事者達の思いが、事件を終わらせたり、始めたりする。レイスに励まされたフィンはこの村で会った亮介老人のことを思い出した。
「わしも、連れて行ってくれ!」
 篠倉の町を出発する彼女らに、亮介は縋り付いて同行を頼んだ。志体持ちでも無い老人を、連れてはいけない。村人達の手で引き剥がされ、老人は泣いた。
「頼む‥‥わしの村が、あそこには、わしらの村があるんじゃ‥‥」
 亮介は数十年前に瘴魔の森に埋もれた村の生き残りだ。彼の物語は末期どころでは無いが、彼だけは己の村の物語を終わりにしていない。
「ねぇ‥‥あたし達はまだまだこれからだと思っても、いいのかな」
「フィンちゃんがしたいように、ね。忘れたの、我が身は何時でも君の下に居るから」
 その時、慌ただしく伝令が駆けこんで来た。森を見張っていた兵達が、敵軍が動いたことを知らせて来たのである。

「七伏山を迂回し、西側から小鬼と豚鬼の部隊がこの村に迫っています。同様に東側からもケモノを引き連れた犬鬼の部隊が進軍中とのこと」
 瘴魔の森と山下村を隔てる七伏山は、名前通り、複数の小さな丘が連なった山である。低い山だから、越えられぬ事は無いはずだが、敵は先鋒隊を二つに分けて来た。
「ふーむ? 敵の本陣は動いておらぬのか。七伏に陣を移すかと思うたが、やはり森の方が良いのかのう。あやつらの考えは今一つ読めぬ」
 鐘森は渋面を作る。戦略は敵を知らねば無意味。例えば誰でも死にたくない気持ちを持っている。戦場ではこの恐怖を制御しなければ戦えない。故に顔も知らぬ相手の心理が読めるのだが、アヤカシには時にそれが通用しない。アヤカシも恐怖は感じるが、その感じ方は人とはだいぶ違うようである。
「何故この村を本陣にしたのかと不思議でしたが、初めから山をくれてやるつもりでしたか」
 早矢が驚く。一般に布陣は高所が有利とされている。
「指揮官を探す手間が省けるでな。敵が罠を仕掛けておるやもしれぬしの」
「なるほど」
 森の入口に布陣する敵軍を攻撃しようとすれば、普通はあの山に布陣する。もし、それを見越して植物アヤカシなど仕掛けられていたら、確かに面倒だ。
「軍略はな、任せておけ。わしは敵を知らぬが、敵も鐘森義明を知る訳ではないでの」
 ここ数十年、近隣で大きな戦は無かった。互いに初見の筈である。
「事無かれ主義の御仁が、随分と張り切っているのですね」
 納得しかねる顔でフィンは鐘森を見た。数か月前、森の調査を進言するため篠倉代官所を日参したフィンを、時機尚早だと追い返したのは鐘森である。あの時に調査していれば、この事態は避けられたのではないか。詮無き事だが、完全には割り切れない。
「仕掛けられた戦じゃからの。奴らは陽動かもしれん、だが事が終われば素直に退くとは限らぬじゃろ」
 篠倉、百夜を蹂躙する兵力を有する敵軍が、人類の仇敵たるアヤカシが、戦わずに退く確証は無い。一戦が不可避ならば、戦場を選べる内が有利か。
「でも、負けたら」
「わしらが失敗しても敵の手の内を一枚二枚剥けば、伊堂は落ちぬ。五行のことは、済まぬと思うがな」
 敗れた時はこの男、腹を召す気か。誰かが責任を取るべき事態ではある。
「議は無用かと」
 眉間に皺を寄せて早矢は言葉を切った。
「これは辺境の局地戦などではありません。大局に至る分水嶺です」
 改めて言うほどの事でも無いが、多数の人間の生死に関わる事が大局に影響しないなどという事は有り得ない。
「難しい事は良く分かりませんが、私達は一所懸命に戦うだけではないかと」
「そうね」
「そうじゃな」
 鐘森は考えた末に、西側を突破することにした。小鬼や豚鬼はさほど怖い相手ではないし、数的にも優勢だ。挟撃される前に一気に蹴散らせば、かなり展開を有利に出来る。

「始まりましたね。急がないと」
 ライ・ネックは草むらに隠れ、進撃する鬼の部隊をやり過ごす。開拓者達は強襲部隊として鐘森の本隊とは距離を取った。しかし、まだ敵は前衛の二部隊を動かしたのみ。森の入口では数百の鬼部隊が待機し、狙うべき指揮官はその更に奥、屈強な直衛隊に守られている。つまり、この状況ではまだ突撃しても指揮官に辿り着けないばかりか、全滅する公算が高い。鐘森が敵軍を引き剥がすのを信じて待つしかなかった。
「畜生、分かっちゃいるが、見てるだけってのはじれってえな」
 藪の中でどす黒い表情を浮かべる銀次郎。
「これでは自分達は、ただの遊兵でござるぞ。少しぐらいなら、力を貸しても良いのではござるまいか?」
 幼馴染みの雪代尚が言うと、銀次郎は表情を改めた。
「‥‥動くなよ尚。この戦は端から勝ち負けじゃねえんだ。あそこで戦ってる兵隊さんはなぁ、俺達の為に死んでくれるんだぜ? だから力は溜めとけ、な」
 18人の開拓者の大半は隠密能力が低かった。シノビのライと鈴芭が斥候と伝令として索敵および本隊との連絡を担当し、他の者は周囲を警戒しつつ、じっと息を潜めている。空を見上げれば人面鳥や鬼蝙蝠など飛行型のアヤカシが多数、戦場に現れ始めていた。
「敵の斥候だねぇ。弓の距離まで降りてくれないし、あいつら、鳥にしては頭がいいんだよね」
「鵺や以津真天は居ないようだな」
「しぃー、黙ってて。見つかったらおしまいだよ」
 不破、篠崎、津田の三名は強襲部隊の長距離支援要員。鈴芭の先導で援護射撃に適した場所を探していたが、なかなか良い場所が無い。
「二つ頭の居所は、掴んでいるのか?」
「余計な心配よ。どの道、敵の中央部隊を退かさないと狙えないんだから、動き出したら臨機応変に、ね」
 森の入口を、鬼(オーガ)を中心とした約三百の部隊が封鎖している。敵の中軍であり、目指す二面四臂の大鬼は、その後方で全軍の指揮を取っていると思われる。思われる、とはまだ今日は姿を見ていないからだ。標的の確認はライの仕事。その情報を全体に行き届かせるのは鈴芭の仕事であり、共に扇の要と言うべき最重要任務だ。
「失敗したら、明日からシノビだと顔をあげて言えない」
 秘術で己を姿を隠しながら、敵陣に単身で潜入するライ。もし敵に感知に優れた者が居たり、たまたま運が悪ければそれまでだ。常人ならば不安で押し潰されるが、ライも手だれ。普段通りの動きで森を進む。

「やれやれ。任せておけと言っておきながら、小鬼を押し切れぬか」
 百夜軍本隊は七伏山の西側で敵軍と衝突。小鬼と豚鬼、仲間を見捨てて逃げる程の臆病者と愚鈍な肥満鬼と思いきや、水際立った健闘を見せられた。指揮を得意とする数体の赤小鬼と、意外に連携上手な豚鬼達の息の合った部隊運用に、劣勢とは言わないものの百夜軍の突撃は止まる。
「士気の差でしょうか」
 強襲部隊の救護班として仲間の後を付いていく白野威雪と柏木皐月は、遠くで、必死に戦列を支えている百夜兵を見つめた。
「百夜の皆様は自分達が敵を誘い出す囮と承知しています。この地を守る為に命懸けとは言いましても、撤退を前提にした戦いでは攻めに勢いがありません」
「でも、敵も陽動作戦という話だよね?」
 皐月には、条件は変わらないような気がしたが。
「‥‥おそらくですが、小鬼や豚鬼にそこまでの知恵はありません。彼らは多分、この戦いの目的も知らされていないでしょう」
 百夜兵に本来の目的を伏せる案も出ていたが、鐘森が嫌った。身内を騙す気遅れもあるし、作戦の複雑さを考えると判断が難しい。
「みんな怖いのに、逃げたりしないんだ‥‥すごいな」
 足が竦む皐月。彼女の防具と言えば、お仕着せと思しき巫女袴に見習いの靴。無意識に家内安全のお守りを握り締める姿は、痛々しくもある。
「皐月様も凄いですよ」
 雪は、己が初陣の頃を思い出していた。大草城の攻防戦。右も左も分からないひよっこだった。あれから、もう四年近く経った。あの頃の仲間には、ギルドを去った者も居る‥‥そう言えば羅喉丸もあの戦に参加していた。
「生き延びて、皐月様がご立派になられる所をどうか私にも見せて下さい。無事に、皆で戻りましょう」
 巫女たちは祈る武運を。結末は運否天賦、頼みとするのは己の手足。
「臆するなッ!」
 エルレーンは百夜軍の先頭で剣を振るった。志士は、一振り毎に小鬼を始末していく。彼女ほどの剛の者になれば、小鬼のなまくら刀は当っても大した傷にはならない。一騎で押されかかった戦線を押し戻した。
「強いなぁ。でも輝く鉄兜をかぶってたら、もっと恰好良いのに‥‥」
 女志士と共に百夜軍の前線を支えるスチール。鋼鉄フェチの女騎士はエルレーンほどは動けないが、鎧や盾で受ける戦いで鬼の猛攻に耐えた。
「二人とも、飛ばし過ぎですよー」
 夏帆がエルレーン達の背後に現れた。
「伝令か?」
「はーい。鐘森さんから。先は長いのじゃ、そろそろ下がれ‥‥っだそうですー」
 殺戮の現場に似合わない明るい声で告げ、夏帆の姿は掻き消えた。
「しかし‥‥」
「後は俺達に任せろ」
「ああ、開拓者ばかりに手柄はやれんさ」
 二人が切り拓いた突破口に、百夜兵が突撃していく。傷薬を渡して敬礼する小隊長に、後を託してエルレーン達は左翼に下がる。
 改めて確かめると、二人とも結構な傷を負っていた。強固な鎧に鍛え上げた肉体、中身まで鋼では無い。殴られれば痛いし、刺されれば血が出る人間だ。ふらついた所に、たまたま突き出された刃が鎧の隙間に入れば深手も負う。そんな偶然と思うなかれ。数百、数千の者が入り乱れる戦場では万に一つは日常茶飯事。己だけには不運が来ないと思うのは傲慢だ。


 梅は咲いたか、桜はまだかいな。
 端唄を口ずさむ不破。
 春は桜梅桃李という。咲く時期が違う花々が、開拓者達の眼前で咲き乱れていた。
「これも、森の瘴気の影響でしょうか」
 バロネーシュは手頃な梅の枝を折る。妖気は感じない、普通の樹だ。
「この前、この辺りの古地図を見せて貰った。そこに咲村という村が書かれていた」
 森を調査していた羅喉丸。彼もこの場所は初めてだ。瘴魔の森の南東のはずれ、七伏山からの小川が流れ込む森の入口とはかなり距離がある。
「花咲き村か。村人が居なくなっても、花は残ったのだな」
 色取り取りの花びらが舞う様に、目を細める喜屋武。
「いいねぇ、花見で一杯と行きたいとこだねぇ」
「敵を誘い出して頂いた機会、無駄にするおつもりですか」
 白野威に引っ張られ、後ろ髪を引かれながら村跡の花園を出る不破。
「急いで! 本隊が、もうもたないっ」
 伝令に奔走する鈴芭が、足音を隠す余裕もなく飛び込んで来る。百夜軍の左翼は潰走し、アヤカシの中軍が鐘森の本隊を攻撃中だ。
「何だかんだで作戦通り‥‥鐘森さんがここまでやるとは」
 フィンは鐘森の意外な手腕に驚いた。いつ破綻してもおかしくない作戦だった。
 強襲部隊は、森の広さと自分達が小勢である事を逆手に取り、戦場を大きく迂回して森の外れに侵入していた。鐘森は左翼部隊に開拓者風の奇抜な装備を与え、あたかも開拓者がそこに居るように見せた。エルレーン達の奮戦で、敵軍はそれを信じ、虎の子の大鬼隊と中軍を投入。一千の敵勢の内、二面四臂の大鬼を守るのはもはや直衛隊三十のみだ。
「まだ敵が多いが、今更、関係ないな」
 大剣を高く掲げるラグナ。突撃の機会は一度だけだ。百夜軍を追撃中の敵の部隊が戻れば、万に一つも勝ち目は無くなる。
「今が千載一遇、狙うは大鬼の首唯一つだ!」
 百夜軍の援護に回った三名を除いた十五名が、一斉に森から現れた。上空の人面鳥と、本陣最後尾の鉄甲鬼がほぼ同時に奇襲に気づくが、時すでに遅し。
「篠崎早矢、推参!」
 森の端に隠れていた早矢は被っていた布を剥ぎ取り、後方の鎧鬼の列に十人張の矢を浴びせかける。
「奴か!」
 体長5m、傍らの鉄甲鬼が子供に思えるほどの大鬼が振り向いた。二面四臂、見間違えようの無いその姿。二面鬼が開拓者に向けて長弓を引く。その弓の長大なこと、四本の腕をすべて使い、限界を超えて弦を引き絞った。
「あれは、まずい――撃たせるな!」
「無理だ。まだ遠い、射程が違いすぎるっ」
 喜屋武は咄嗟に方盾を正面に構え、仲間達の前に出ようとがむしゃらに突進した。開拓者を狙っていた大鬼の照準が、一際大きな巨漢を捉えた。
 轟ッ
 剛弓一閃、槍の如き巨矢は方盾を貫通し、鮮血が迸った。
「喜屋武殿!!」
「止まるな!」
 倒れた喜屋武が叫ぶ。
「合戦の前哨戦だ。俺は大丈夫、先に行って下さい。すぐに勢いよく突撃しますから」
「承知。死んだかと思ったでござるよ」
 銀次郎と連れ立って敵に突っ込む尚。喜屋武は立ち上がりかけて、下半身が崩れた。危なかった。雪が加護結界を懸けてくれなければ、意識も無かったろう。
「あんな無茶な撃ち方、連射は利かないと見ました」
「同感だねぇ」
 仲間達の前に出る早矢と不破。あの大砲を撃たせては駄目だ。鎧鬼も弓持ち、悔しいが射撃戦では不利だろう。出し惜しみは出来ない。
「露払いは任せなぁ」
 不破の腕から大輪の花が咲く。
「さあ拝みやがれー、乱れ矢狂い咲き〜!」
 至近距離の乱射。味方を気にしなくて良いから最大効率で撃てるが、返礼は覚悟しなければいけない。鬼達も退かなかった、鉄甲鬼達が開拓者達の前に出ようと位置を変える。それを助けようと鎧鬼の一斉射が前衛に降り注いだ。
「直衛の名に恥じない猛者とお見受けしました。足を止めての撃ち合いは下策ですが、受けて頂きましょう」
 肩を撃ち抜かれたバロネーシュは、杖の先から発した吹雪を正面の敵列に叩き付ける。本当は前衛に守られた戦いをするつもりだったバロネーシュ、逆に喜屋武を守る立ち位置に。不本意ではあるが、まさか銀次郎や尚を盾にする訳にもいかぬ。
「いくぜ、気合入れろよ? 尚」
 矢を受けた尚に肩を貸した銀次郎は、鉄甲鬼の一体を顎で示した。後衛の鎧鬼は数も多く、狙うのは難しい。前衛の鉄甲鬼を一体でも足止めすれば。
「はは、任せろでござるよ。銀」
 新兵二人で鉄甲鬼が討てるか、等とは考えない。やらねば勝てない。いや、前衛の彼らが死ぬ気で支えなければ、隣や後ろに居る仲間が死ぬのだ。
「なぁに、皆の力を合わせればうまく行かないことなんてないでござる」
 ふらつく足で、暢気な事を言う尚。
 鉄甲鬼は二人を全く警戒していなかった。雑魚よりも、難敵が脇をすり抜けて己が将を害されることを警戒する。
「ぐぅっ」
 膝をつく尚。鉄甲鬼の斬撃は腰の入ったもので無かった。だから辛うじて立っていられたが、時間の問題だ。
「オラ、余所見してっと‥‥死ぬぜ?」
 火遁を発する銀次郎。うるさそうに首を向けた鉄甲鬼に、尚が炎を纏わせた刀を斬りつける。
「やった」
 鎧に亀裂を入れ、浅く切り裂いた。致命傷には遠いが、怒らせるには十分な傷。二人の死期が早まった。
「援護したいとこだけど、二体一のお前達はましな方だ。自力で何とかしな」
 矢盾の後ろに隠れ、鉄甲鬼を片っ端から撃っていく津田。突撃に加わろうと思ったが、火力だけが取り柄と思い直した津田は、矢盾一枚を命綱に、一人で射撃戦を続けた。
「轟龍は効くだろ? 時代遅れの弓なんか‥‥うひゃっ」
 なかば器械的に弾を込め狙いを定めての狙撃を繰り返したが、あっという間に矢盾はボロボロ。首筋を掠めた矢を見つめ、津田は腰からバヨネットを抜いた。
「着剣!」
 矢盾から飛び出した津田を狙い撃とうとした鎧鬼の首がポトリと落ちた。空中に描かれた黒線はライの暗器だが、名乗りをあげたのは鈴芭。
「鎧鬼さん、あなたのお相手はこっち!」
 シノビの技で前衛をすり抜けた二人は後衛の鎧鬼を撹乱する。鈴芭の忍刀が閃き、ライの鋼線が踊る。瞬く間に数体を斬り伏せるが、敵も精鋭。鎧鬼は剣を抜き放ち、二人は囲まれる。
 最も二面鬼に肉薄したのはフィンとレイス。互いの背中を守って戦う二人を、鉄甲鬼が五体がかりで押し止めた。
「ごめんレイス、付き合わせて悪い」
 正面に立ち、三体の大鬼を相手に一歩も引かぬフィンは鬼神。女騎士の体からオーラが陽炎の如く立ち上り、騎士剣グラムが激しい輝きを発している。
「たはは、これはちょっと大変な状況ですけどねぇ‥‥いつもの事じゃないですか?」
「ひどっ」
 一方、二体の大鬼の斬撃を涼しい顔で避けながら肩をすくめるレイス。
 この二人こそ、まさに刺客。援護が可能な鎧鬼達は二人を撃ち、二面鬼も弓の狙いを定めた。

 無論、刺客は別に居る。
 一拍遅れて走り出し、仲間が開いた道を縫うように駆けた男達。気付いた鉄甲鬼を二人がかりで瞬殺し、二面鬼の眼前に立ったのは羅喉丸とラグナ。
 好機が何度も訪れるわけがなく、次の瞬間には敵の攻撃によって地に伏しているのが戦場だ。将の窮地を救おうと大返しに駆けつけた勇者、或いは上空から急降下する影、予期せぬ伏兵さえ乱戦では不思議とは言えぬ。
「ここには人の思い出が、営みがあった、返してもらうぞ」
「戦いに勝手な理由を付けるな、人間」
 瞬脚で一気に間合いを詰めた羅喉丸。二面鬼と目が合った。大弓を二手で操り、既に大刀を抜いている。
「待て待てぃ、そやつは前座! 貴様を倒す男はここに居るぞ!」
 ラグナは己を指差し、不敵な笑みを浮かべた。兎のぬいぐるみに死闘の場に背負ってくるような残念騎士だが、実は挑発の達人。そもそも、大乱戦の中で敵将を前にして悠長に挑発かます所が、尋常ではない。
「馬鹿か」
 二面鬼の片方の面がラグナを追った。羅喉丸にはそれで十分。
 刹那、莫大な気が練り上げられる。
 泰練気法・弐式三連
「むむっ」
 二面鬼は小さな人の体から、立ち昇る九頭竜を見た。極限まで鍛え上げた人の拳には、大鬼すら絶命を免れない。
「‥‥恐ろしいな、これが大妖を討ち取った人の力というものか」
 手応えはあった。目を見張る二面鬼のガードした腕が一本力なく垂れ下がり、敵将は後ろに跳ぶ。
「逃さん!」
 羅喉丸は気を限界まで研ぎ澄ました。大技を使い、体勢が崩れていた筈の彼の体がコマ落としのように動いた。時が止まる錯覚、二面鬼が離れる前に、再び、羅喉丸の両腕が泰練気法・弐の構えを取る。
「むぅぅ!」
 二度の猛攻に、膝から崩れる二面鬼。羅喉丸の驚愕はそれ以上、これで倒れないのか。敵将はたまらず距離を取ったが、そこにはオーラを爆発させたラグナが居る。
「ふははは、私は有言実行の男‥‥何!」
 一歩踏み出したラグナを、三体の鉄甲鬼が阻んだ。
「ご無事ですか!」
「ここは我らにお任せを!」
 大鬼達は将を救うため、戦っていた相手を放り出した。後ろを見れば、こちらも銀次郎、尚、鈴芭、とも、バロネーシュが倒れている。
「逃げろ!」
 喜屋武は起き上がり、倒れた仲間達を体を張って守る。
「ううん。わたしも弱いけど、頑張るから‥‥」
 皐月は傷だらけの喜屋武に癒しの風をあてる。ちなみに、雪が何度も閃癒を使っていなければ、仲間の多くは死体だ。
『大将を守れぇ!』
 鎧鬼達も己の体を盾にして開拓者に立ち塞がった。ラグナと羅喉丸が鬼の壁を蹴散らした時には、二面鬼はもう射程外だった。
「面目ねえ。俺達がもっとしっかり戦えてれば」
「それは違う」
 全身ズタボロで詫びる銀次郎に、羅喉丸は首を振る。彼だって銀次郎達と同じ頃に、大鬼は止められない。悔やめば切りはないが、誰かのせいには出来ない。強いて言えば戦力不足、数の問題だ。最後の一手が足りなかった。
「中軍と合流される前に後退すべきだと思うが」
 喜屋武が物思いを中断させる。二人の巫女の尽力で仲間達の傷は見た目ほど酷くないが、気力や練力は回復しない。
「‥‥」
 作戦は失敗だ。選択肢としてはこのまま脱出するか、または百夜軍の脱出を助けるかの二択。
「友軍の皆様と一緒に戻りましょう」
 雪の発言に、皐月はぶんぶんと激しく同意した。
「まあ、ちょうど帰り路だからな。ついでに助けてやらん事も無いぞ」
 素気ない風に言うラグナ。
「‥‥ツンデレかい?」
「デレなど無い!」
 楓の突っ込みに憤激するラグナ。
 おかげで気の重い突撃が、少しだけ紛れた。上空で旋回し、突撃体勢を整えていた人面鳥達に捕捉される寸前に、十五名は前方の鬼軍に向けて駆け出す。
「何だ?」
 突撃前に、敵軍に動揺が走った。
「犬鬼の方だ。何が起こった?」
 壊乱寸前の百夜軍に栓をしていた犬鬼部隊が、酷く混乱している。
「あれは」
 陽光に輝く斬竜刀。援軍であった。
 小鬼討伐に出ていた9名は、報せを聞いて森に急行。背後からいきなり攻撃される形になった犬鬼部隊は大混乱。冷静に考えれば、増えたのはたった9人と気付いた筈だが、本陣を強襲された直後で指揮系統が回復していない状況では無理な相談だろう。開拓者の波状攻撃を恐れた小鬼豚鬼隊が勝手に戦列を離れると、二面鬼も全軍に退却を指示するしか無かった。
「体が動かん、誰か教えてくれ‥‥俺の鎧は無事か」
 力尽きて倒れていたスチールは、友軍の鬨の声を聞きながら気絶した。剣は折れ、最後は石を投げつけてまで奮戦した。
「勝ったのかー‥‥あーあ、コートが台無しだよぉ、弁償してくれるかな。‥‥お腹すいたなぁ」
 左翼のしんがりを務めた夏帆は、豚鬼と刺し違えて倒れていた。臭かった。余談だが、壊れた装備の補填と開拓者の回復は戦勝の褒賞として石鏡国が請け負った。
「‥‥」
 エルレーンは大鬼の槍に串刺しにされている所を発見された。さすがに命は無いものと思われたが、辛うじて息があった。
「何人失った?」
「遺体が見つからぬ者もおりますが、おそらく百余名が還らぬかと」
「2割か。あの世で詫びねばな」
 鐘森は深手を負い、一時は重体に陥ったが一命を取り留める。敵軍は瘴魔の森の奥まで後退し、入口付近には小鬼一匹居なくなった。この戦果をもって、石鏡は誠忠第一たる安須神宮の巫女兵を五行に急派。巫女達は支援兵として激戦に疲労した友軍を助けたという事である。戦場に、死闘を乗り越えた開拓者たちの姿もあった事は、言うまでもない。