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■オープニング本文 ●襲撃 開拓者ギルド総長、大伴定家の下には矢継ぎ早に報告が舞い込んでいた。 各地で小規模な襲撃、潜入破壊工作が展開され、各国の軍はそれらへの対処に忙殺され、援軍の出陣準備に手間取っている。各地のアヤカシも、どうやら、完全に攻め滅ぼすための行動を起こしているのではなく、人里や要人などを対象に、被害を最優先に動いているようだ。 「ううむ、こうも次々と……」 しっかりと守りを固めてこれらに備えれば、やがて遠からず沈静化は可能である。が、しかし、それでは身動きが取れなくなる。アヤカシは、少ない労力で大きな被害をチラつかせることで、こちらの行動を縛ろうとしているのである。 「急ぎこれらを沈静化させよ。我らに掛けられた鎖を断ち切るのじゃ」 生成姫がどのような策を張り巡らせているか、未だその全容は見えない。急がなくてはならない。 ●石鏡国 三位湖の北側、篠倉郡から届いた急報に、石鏡の高官達は慌てた。 「辺境の森から、アヤカシの軍勢が湧いて出たらしい」 「報告では、時期的に五行で進行中の生成姫の戦に呼応したものと鐘森は判断しておるらしい」 「ギルド総長から触れがあった件か‥‥しかし、小規模どころでは無いぞ?」 篠倉郡には、なかば魔の森化してアヤカシの支配下にある森が存在する。この森のアヤカシは活動的では無かったため、石鏡では戦線の拡大を憂慮して、余計な手出しは禁じ、監視のみに務めていたのだが。 「瘴魔の森から出現したアヤカシは、鬼系を中心とした統率の取れた集団で、侵攻を目的とした軍勢と思われます。その数は、約八百〜一千体。森から溢れた鬼軍は一端は森から一番近くの山下村を占拠しましたが、程なく森に戻っていったそうです。ですが現在も鬼の小隊が付近で哨戒活動を行っており、いつ再侵攻を行っても不思議は無い状況です」 篠倉郡から届けられる続報に、石鏡の高官達は戸惑いを覚えていたが、直にこれが各地で起きている襲撃と同種のものと認識した。 「規模は大きいが、敵の目的が陽動にあることは明らかなようだな」 「左様、一千の軍勢ならば緒戦で篠倉、百夜を壊滅させ、伊堂を狙う事も出来たはず。それをしないのは、此度は侵攻自体が目的では無いのだろう」 「だが、納得しかねる。生成姫の軍団が如何に強力とはいえ、まさか石鏡まで届いておったというのか?」 「それは考え難い。そもそもだ、一千もの軍ならば、こんな所で使わずに五行に投入するはずだ」 憶測に過ぎないが、おそらく瘴魔の森の軍勢は生成姫の旗下では無いのだろうと石鏡では判断した。だが、これはもっと恐ろしい事実を意味している。 「それでは、生成姫の戦を、別の大アヤカシが支援しているという事になるな」 大アヤカシは強大な存在だが、どちらかと言えば、これまでは桁外れの力ばかり注視されていたきらいはある。生成姫の手管には、それまでの大アヤカシと何か異質なものが感じられた。もしかすると、人が大アヤカシを倒す時代となり、アヤカシにも変化が現れたという事なのかもしれなかった。 「ともかくだ、陽動と考えるにしても、安心は出来まい」 「そうだな。おそらくは両天秤に構えていると見て良いだろう。軍勢は既に居るのだ。こちらに隙があれば、伊堂はおろか安雲まで狙ってくるは必定」 石鏡の高官達は対策を話し合ったが、即座に妙案は浮かばない。敵軍が現在森に居る以上、安易には攻められなかった。結局、基本的には安雲、及び伊堂で守りを固める他は無いと判断され、準備していた五行戦への援軍は中止せざるを得なくなる。 ●村を救え! 篠倉郡平村。平村は取り立てて特色の無い片田舎の農村で、篠倉郡に開拓者が訪れるようになった今も、村人は平凡で変わり映えのしない日常を過ごしていた。 しかし。 「皆の衆、聞いてくれ。いま代官所から使いが来て、森にアヤカシの軍勢が現れたから避難しろと言うて来た」 「そりゃ一大事だ。逃げるべぇ‥‥どこへ逃げるべぇか?」 困惑し、顔を見合わせる村人達。 山賊にすら存在を忘れられるほど地味な村で、事件らしい事件など起きた事が無いので頭が働かない。 「篠倉まで逃げろという話じゃが」 「あそこは遠すぎる。もう少し近い方がええ」 「それなら、とりあえず隣の木下村まで、荷物を抱えて逃げるべぇか?」 「あそこでは近過ぎるじゃろ。どうせ同じように避難せぇ言われとるわい」 村人達は話し合ったが、良い考えが浮かばず、今度役人が来た時に聞いてみようという事になった。 「平村の避難はどうなっている?」 篠倉の代官所では、村々に連絡を回して避難状況を確認していたが、平村から何も連絡が来ない。 「もしかしたら、平村の衆は呑気ですから避難するのを忘れとるのでは?」 「ばかか! もう一度使いを出せ!」 伝令が代官所を出発する前に、瘴魔の森から鬼の部隊が出撃し、平村の方角に移動中との連絡が届く。 「鬼の数は?」 「小鬼が四十、豚鬼が三十とのこと」 「ふむ。少ないな‥‥」 鐘森は現れたのが小規模の部隊と聞いてほっとしたが、それでも平村を潰すには十分な戦力だ。撃退したいが、百夜からの援軍はまだ到着しない。篠倉の兵は百名ほど。これを平村防衛にあてるのはさすがに躊躇した。 「代官代理。まさか、平村を見捨てるつもりではございますまいな?」 「か、開拓者を呼べ。百夜の援軍を待つ時間は無いが、開拓者ならば間に合うかもしれぬ」 こうして急遽、ギルドに村の救援要請が届けられる。 「悪鬼や大鬼でなく、小鬼と豚鬼が合わせて七十ですか。知っての通りの状況ですから、十分な人員を送れるとは約束できませんが、希望者を募ってみましょう」 小鬼や豚鬼は、一対一ならば新米の開拓者でも負けない相手だ。数が少しばかり多いが、こんな状況であるから係員は相手を選ばず声をかけた。 「五行の戦が大切ではありますが、後方が安定してこそ戦えるというものです。それに石鏡の陽動作戦は規模が大きいので、何とかしたい所ではあります。宜しければ、お力をお貸し下さい」 並行して、瘴魔の森の部隊に仕掛ける話も浮上しているが、先行して一当りしてくれる者が居た方が状況は有利になる。 さて、どうなるか。 |
■参加者一覧
音有・兵真(ia0221)
21歳・男・泰
夏葵(ia5394)
13歳・女・弓
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
オルテンシア(ib7193)
13歳・女・サ
セオドア=オーデン(ib9944)
15歳・男・魔
沙羅・ジョーンズ(ic0041)
23歳・女・砲
風見 春奈(ic0404)
14歳・女・吟
如月 終夜(ic0411)
15歳・男・砲
祀木 愁葉(ic0420)
11歳・女・武
ティナ・柊(ic0478)
20歳・女・騎 |
■リプレイ本文 石鏡国安雲。 「神宮の兵を動かすと? ‥‥しかし」 「分かっておる。相手はアヤカシ、予断を抱けない相手だと言うのだろう?」 「感傷では無いのですね?」 「すべては開拓者しだいだがな」 石鏡国の高官は、篠倉郡に派遣された開拓者が敵軍を後退せしめたならば、安雲神宮を守護する巫女部隊の一部を五行に派遣することを決定。 この事実は、危急の時ゆえ現場の開拓者までは伝わらなかった。 だから、裏でそんな事が話されていたと開拓者達が知ったのは、暫く後だ。 「小隊のみんなと同じ依頼を受けるのは、ひっさびさだっぜ」 オルテンシア(ib7193)の闘志は、両手に握る炎剣の輝きに似て。 「シアちゃん。昨日、みんなでお花見したの‥‥忘れてしまったのでしょうか?」 荷造りの手を休めて風見 春奈(ic0404)は小首を傾げる。 「忘れるわけないんだっぜ」 奮い立つ金髪の獣剣士。気合は十二分、言葉は不足気味。 「シアさんは、みんなと一緒に戦えるのが嬉しいのですよ。アキはその気持ち、よく分かるのです」 炎龍の背に鞍を乗せながら、無垢な笑顔を見せる祀木 愁葉(ic0420)。 「そうなのか? いつも一緒に居るのに、変な奴だな」 澄まし顔で愛銃を手入れする如月 終夜(ic0411)。だが、終夜がこの依頼を楽しみにしていたのを、仲間達は知っている。 「これから戦場へ赴くというのに、まるで遠足なのですよ‥‥ですが、それでこそ、我が小隊員なのです」 狐の面をつけた夏葵(ia5394)が現れると、出陣準備を整えた四人は彼女の前に集まった。 「他の方々とは、篠倉で合流する事になりました」 「俺達だけじゃないのか」 「よっくん‥‥私達だけで倒すのは難しいですよ」 春奈にたしなめられた終夜は、夏葵を見据える。 「分け前が減るんだぜ。なあ、姫さんなら小鬼の百匹くらい軽く倒せるだろ?」 己はどれほど強いのか。己が敬慕する存在は、どれほど高みに居るのか。確かめてみたいと思うのは当然だ。夏葵は微笑を向ける。 「春ねぇ様の言う通りですよ。倒せるか否かは問題になりません。これは多くの人命のかかった依頼、腕試しでは無いのです」 夏葵は仲間を見回し、表情を引き締める。 「皆様、準備は済みましたのですか?」 「勿論だっぜ」 「では九尾狐、出撃です」 篠倉の町で合流した開拓者一行。 「九尾狐か‥‥」 音有・兵真(ia0221)は共に戦う五人を眺める。 「何か、気になるか?」 兵真に声をかけたのは琥龍 蒼羅(ib0214)。数日後、渡鳥山脈の死闘において武名をあげる二人だが、今は目前の戦いに集中している。 「若いね。それに装備が良い。実に頼もしいよ」 長身巨躯が少なくない開拓者の中で、九尾狐の五人は全員小柄だ。外見的には子供と言っても差し支えない。 「若いな。戦場にも慣れておらぬと見ゆる。‥‥大丈夫かの?」 鐘森義明の第一印象は、兵真とは真逆。開拓者としては初陣に近い者も多かったので、鐘森の目利きもあながち間違いではない。 「貴殿から見れば私達が若輩なのは事実でしょうが、戦えぬ者は一人とて居りません。鐘森殿は開拓者を侮辱するおつもりか?」 「し、失言であった。許されよ」 これが初依頼のティナ・柊(ic0478)が毅然と言い返すと、鐘森は慌てて非礼を詫びた。それほどティナの態度は堂々としていた。 「何で、そんなに落ち付いてるの?」 ほぼ初陣の愁葉が親近感からティナに質問した。 「内緒ですよ。士道という騎士の嗜みです」 練力を使うが、本番に弱いヘタレも安心。ただし、いくら信頼されても結果が伴わなければ逆効果。己の背中を押す技である。 「戦場で足が竦まないおまじないでしょうか」 騎士は精神性を重んじる。一種の自己暗示だ。損得を度外視しても、正義を貫く人となるために。 「かっこいいの」 「虚勢です」 ティナの表情が曇った。平村に役人を派遣する話は断られる。避難指示と言っても、戦えない者を送れるタイミングでは無い。目端の利く者は森の監視と街の防衛に手一杯、人手は不足していた。 「役人が無理だって言うなら仕方ないぜ。俺達で村人を避難させる、そんで村の外で鬼どもを迎撃だ。他に手は無いんだろ?」 確認するように終夜が言う。 「机上の空論よ。戦いは始まる前に勝敗は決しているもの。そんな行き当りばったりで戦ったら、あたし達は揃って鬼達の夕食に並ぶことになるわね」 沙羅・ジョーンズ(ic0041)が反論する。 「何だと?」 終夜は目を吊り上げ、睨みあう二人。どちらも砲術士の傭兵で、気質は似ている。沙羅が居なければ、終夜が似たような事を言ったかもしれない。 「ちっ」 終夜は地図に目を落とした。ジレンマがある。 森から平村までの行程で、今から追いかけて敵部隊を攻撃する場合、戦場は限られている。大急ぎで周辺の地理を確認したが、有利な地形に誘い込むのは難しい。終夜は可能ならば有利な条件で奇襲をと考えていた。その条件に合う場所は一つしかない。 平村の直前、敵部隊が意識を前方に集中した時だ。 常日頃、クレバーな言動の多い終夜だが、この作戦を言いだせなかった。戦果と味方の損耗を抑える意味では申し分無いが、村は守り難い。 単刀直入に言えば、村を盾にすれば戦いやすく、村の盾になれば戦い難い。自明の理だが、大切な人達の命が掛かっている。 「肩に力が入ってるな」 兵真は緊張する少年の華奢な肩に手を置く。 「確かに一刻を争う事態だが‥‥最近この辺りに鬼の襲撃は無かったそうだ。向こうも様子見って感じだし、不慣れな土地を索敵しながら進んでるだろう」 「条件は五分と言うことか」 「蒼羅さん、こっちには腕利きが9人も居るんだ。七三で俺達の優勢さ。村人の避難に鬼の一掃、ついでに森の様子を見てくるくらい、この面子なら、訳ない仕事だと思っているんだがな」 事も無げに言い切る兵真。 「おお! 朝飯前だっぜ」 碧眼をキラキラと輝かせるオルテンシア。 「‥‥そうだな。兵は多きを益とするに在らざるなり、鬼に教えてやろう」 ベテラン二人の勝利を約束する発言で、作戦の大筋は決まる。沙羅も異論は挟まない。全体の意志決定に従うのも、傭兵の心得だ。 篠倉郡平村。 「村長の徳衛門でございます。何事でございましょうか?」 龍を駆り、最大戦速で平村に到着した9人は村長の屋敷に押しかける。当惑する徳衛門に、一行を代表して夏葵が話した。 「あたし達は篠倉の代官から派遣された開拓者なのです」 「盗賊の件ですな。良かった。忘れられたかと心配しておったのですよ」 夏葵の頭上に?マークが浮かんだ。様子を見守る村人達の間から安堵の息が洩れた。 「何じゃ、盗賊の件かい」 「えがったのう。開拓者が居れば安心だべ」 「既にお聞き及びと存じますが、盗賊が現れたのは昨年の八月の事でして‥‥」 「別件なのです」 徳衛門達の頭上にも?マークが浮かぶ。 閑話休題。 「それでは皆様は鬼が来ると伝えるためにわざわざ‥‥勿体無いことでございます。え、もうすぐそこまで来てる?」 「アヤカシはあたし達が撃退します。ですが、この村に残るのは危険なのです。急いで避難を」 村長は一つだけ尋ねた。 「所で、盗賊の件は調べて頂けるのでしょうか」 「この騒ぎが収まるまでは、難しいのです」 「そんな呑気な」 顔を見合わせる平村の面々。頭を抱えたい9人。 平村から代官所に陳情があった事はギルドの報告書にも残っているが、まさか鬼が迫る時にそれを心配されるとは思いもよらぬ。 「去年の盗賊‥‥そんなのとっくに逃げてるんだっぜ」 オルテンシアは地団駄を踏む。表情が厳しい。彼女は盗賊に遺恨がある。 「麻痺してるのかね。妙に落ち着いてるし、泣き叫びもしねえ」 「落ち着きがあるのも善し悪しよねぇ。この前も、十歳も年上に見られたんですよ」 春奈がしみじみと言った。 「春姉さまは大人だもの」 嬉しそうな愁葉。早く成長したい年頃か。 「聞いていた以上ですね。自分達で決断出来ないのなら、こちらで決めさせて頂くしかないでしょう。いつ鬼が現れても不思議は無いのですから」 こんな事もあるかとティナは鐘森から避難命令の書き付きを貰っていた。 「という訳で、今すぐ篠倉に行って頂くのです。申し訳ございませんが、護衛は付けて差し上げられません。自力で逃げて下さいませ」 にっこりと夏葵が微笑んだ後ろで、斥候の小鬼を蒼羅が一刀両断する。 「戦いは最初は肝心だ。後輩達に良い所を見せるか」 超越聴覚を使って見張っていた春奈が後方に下がると、入れ替わりに村の入口で休憩していた兵真が前に出た。 「突撃だっぜ」 二番槍を続こうとしたオルテンシアを走って来た春奈が抱き付くように体で止めた。 「シアちゃん、駄目」 少女の抗議は、七十匹の怒号にかき消される。 血に飢えた鬼集団の狂気は、目障りな開拓者の出現に爆発した。 「統制が取れてるのは、嘘じゃなかったな」 兵真を狙って、前方から数十の飛礫や手槍、矢が放たれた。オルテンシアなら、倒れぬまでも深手は覚悟する一斉射だ。 「いた‥‥くない。さて一掃するか」 数発食らったが、勢いをつけて敵陣に飛び込む兵真。彼を強敵と見て、前衛の豚鬼達は石を落して刀に手をかける。 「今です。九尾狐、突撃なのです!!」 夏葵の号令で五人は一丸となって駆け出す。蒼羅、沙羅、ティナも合わせて動いた。 前衛はオルテンシア、愁葉、ティナ。後衛は蒼羅、夏葵、沙羅、春奈、終夜。 蒼羅は後衛組の護衛だ。数の不利もあり、後衛も安全ではない。 「俺から離れるな!」 人数差は約八倍。単純計算で、一回斬る間に八回斬りかかられる。隘路に誘い込んで数匹ずつを相手するなら楽勝な相手だが、この依頼を選んだ時点でそんな好条件は期待できない。多少はあった戦場を選ぶ権利も村を助けるために放棄した。9人は今、格下の小鬼や豚鬼から、押し潰れそうな圧力を受けている。 戦場に澄んだ笛の音が響きわたる。 春奈は銀のフルートを一心不乱に吹き鳴らした。勇壮な音色は、仲間達に不屈の強さを与える。 「勇気百倍、暴れ回るんだっぜ」 オルテンシアは正面の小鬼に突進した。体ごとぶつかり、腕を半分切られた小鬼が仰向けに倒れる。踏み込んだ所を、横から突き出された槍に金髪を一房もっていかれた。豚鬼の蹴りを避けて下がると元の位置だ。 「闇雲に突っ込むな!」 双剣を大きく構えて後衛を守るティナ。その足元には三体の鬼の骸。同胞の仇を討つ気満々の鬼の前衛を向こうに回し、気を抜けば両腕をすっ飛ばされそうな恐怖に耐えて剣を振るい続ける。 「春奈!」 調子外れの高音に振り返った終夜は、春奈の後頭部を殴り付けた豚鬼と目が合う。 「散れ」 銃口を鼻面に向けた時には、再装填は終わっている。絶命した豚鬼の背中から、小刀を掴んだ小鬼が飛びかかってきた。 「まだかよ!? 長くはもたないぜ!」 小鬼を銃床で殴り倒す。愛銃が壊れないかと心が折れそうだが、鬼の小刀を胸に受けるよりはましだ。 「諦めるな!」 蒼羅は頭を血に染め、体を張って後衛を守っていた。守る事が主体なので、敵を撃破出来ないでいる。もっとも、彼が支えていなければ既に一人、二人は死んでいる。それは全滅と同義だ。 「くっ‥‥」 砲術士に群がる鬼を、蒼羅の放った衝撃波が吹き飛ばした。開拓者は初陣に近い者も含めて獅子奮迅の踏ん張りを見せているが、沙羅の動きが悪い。 「考え過ぎだな」 敵陣を往復してきた兵真が、後衛の守りに加わる。 「偉そうなことを言っておきながら面目無いわね」 沙羅には不調の自覚がある。無理をせず、連携を重視し、常に効率的な行動を心がける彼女だが、この場ではお荷物だった。色々と考え過ぎて、行動が後手後手に回るのだ。 対策は分かっている。背中は仲間に任せ、何も考えず目の前に集中すれば良い。初めて組んだ仲間に全てを預ける‥‥それは賢明ではない。故に彼女には出来ない。と書くと、開拓者の過半数は愚か者のようにも聞こえる‥‥否定はしない。が、その前のめりの姿勢が風になり、嵐になり、現在の快進撃が生まれたのではないか。でなければ、千年近く勝てなかった大アヤカシに何故勝てよう。 ともあれ、この特殊な戦場。九尾狐という隊員同士が親密な小隊と肩を並べ、考える暇の無い乱戦という舞台では、沙羅は力を発揮出来なかった。 「アタシのことは見捨てなさい!」 「そんな訳にいくかーっ!」 オルテンシアは咆哮を放つ。乱戦では自殺行為。若獅子の如く勇ましいオルテンシアだが、実力は駆け出しに尻尾が生えた程度である。 「‥‥潮時かな」 兵真の顔から余裕が消える。 「見つけたのですよ!」 夏葵は戦いに加わらず、蒼羅に守られて弓の弦を弾き続けていた。 鏡弦。アクティブソナーのように、音でアヤカシを感知する術。乱戦中は普通、意味がない。水面に一斉に投げられた数十の小石の大小を音だけで判別するようなものだ。 が、不調の沙羅を叩かんとする敵部隊の動きと、オルテンシアの咆哮の揺さぶりが、集団全体を操る指揮官を、識別しやすくした。 「辰巳の方位、距離三!」 夏葵の指示で小隊員が道を拓き、蒼羅が迅雷の如く疾る。斬竜刀の突進を小鬼や豚鬼が止められるものではない。 「赤小鬼‥‥お前か」 逃げようとした所を巨剣を背中に受け、小鬼の指揮役は地面に縫い付けられる。 「武装で肌の色を誤魔化したか。それにしても、気づいて居ればもっと早く倒せたものを‥‥俺の慢心か」 開拓者達は無策で包囲されたのではない。指揮官を狙った作戦は、どう見ても小鬼と豚鬼だけで、あてが外れた。そして指揮を取る鬼は複数居た。仮に小隊長と分隊長だとして、一度で小隊長を狙えなければ厳しい。 「反撃です」 どうやら正解だったらしい。統制の乱れた敵部隊、特に豚鬼と小鬼の足並みの乱れに、9人は残った力を全て出し切る。 「勝った」 膝から崩れ落ちたティナ。 開拓者側は重傷者も出していない。敵は撃破した。完勝である。 「アタシが不甲斐ないばかりに、済まなかった」 「気にするなよ戦友」 沙羅が顔をあげた所に、終夜は一言付け足した。 「自分が危ない癖に、俺達に声かけてたろ。お節介も程々にしないと早死にするぜ、おばさん」 「おばさん?」 彼女は今回の面子で最年長。お節介で口喧しいと来ては、その呼称は至極当然。 「終夜は女心が分からないですの」 嘆息する愁葉。そこへ、残敵を掃討していた兵真が百夜兵を連れて戻って来た。 「和んでいる所を悪いが、篠倉から急報だ。森に仕掛ける事になったらしい。もう一戦いけるか?」 「言うに及ばずっだっぜ」 ぶっ倒れていたオルテンシアが跳び起きる。 「やっと体が温まってきた所なのですよ」 「ふむ、汚名は返上しないと」 「‥‥根は断たねばな」 森の死闘において、9名の援軍は大きな意味を持った。流れは二百名の石鏡兵にまで繋がるのだが、それは別の物語にて。 |