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■オープニング本文 開拓者とは何か? 大雑把に定義するならば、開拓者ギルドの構成員であり、朝廷と契約した志体持ちという言い方も出来よう。 が、そのような杓子定規な物言いには浪漫が無い。 例えば――世界を蝕む魔の森を切り拓いて人間の未来を掴む者、ぐらいは言ってのけたい。少なくとも、ご近所の村や町の剣や盾となりて大切な人々の笑顔を守る者、ではあって欲しい。 つまり、開拓者とは英雄(ヒーロー)の呼称であるべきだ。 とはいえ、開拓者全員が世界を救う勇者な訳は無い。ある者は鍬をとって荒れ地に田畑を開墾し、ある者は密命を帯びて要人を暗殺する。薄い本に身命を捧げる者も居れば、小さな恋に胸をときめかせる者も居る。 英雄の在り方は、多種多様である。 「殊更にあげつらうまでもなく、毎日ギルドに張り出される依頼の百花繚乱ぶりを見るだけでも開拓者の性癖‥‥もとい、性質が十人十色なのは言うに及ばない」 底冷えする安宿の二階で、女は足の霜焼けに露天の薬売りから激安で購入した軟膏を塗りたくる。薬が沁みるのか、痛痒いのか、先刻から眉間に皺を寄せて、ブツブツと止めどない愚痴が口から洩れでた。 「だったら、探索の助勢を開拓者に頼む事に、何を躊躇することがあるんだい?」 「開拓者には遺跡に関する報告義務がある。開拓者を頼れば真に自由な調査は行えないということだ」 女は探検家だった。前人未到の遺跡の発見に、生涯を懸けている。 「やれやれ。君こそ、現実は甘くないという事を、よーく理解して欲しいね」 探検家は苦虫を噛んだ表情で顔をあげた。目の前に突き付けられた請求書。 「歌くん。君の選択肢は二つだ」 有無歌(あるなし・うた)のやる気の無い探索依頼がギルドに出された。 無報酬、命の保証無し、目的は未発見の遺跡探索。集合場所は石鏡国篠倉郡山下村。 石鏡国の北部辺境、篠倉郡山下村。 「来ねぇな」 「‥‥そうだな」 森からアヤカシが攻めて来ると言われ、正月返上の忙しさで村の周りに堀を巡らし、柵を作った。砦というにはお粗末だが、山賊ならば眉を顰めて通り過ぎそうな防御施設が完成しても、鬼一匹現れない。 「焦るな。アヤカシは人とは考え方が違うでな。とにかく警戒を怠らん事だ」 村長の仁木源六は焦れる村人を宥めたが、納得できない者達は夜更けに集まって善後策を話し合った。 「このまま村に居ったらアヤカシに殺されるか、町に避難させられるかのどちらかだ」 「それなら、今のうちに村を出るべぇ」 村の防衛に乗り気でなかった者も少なくなく、彼らの頭には逃げ出す事があった。しかし、いざ村を捨てるとなれば殆どの者は全財産を失い、行くアテも無い。進むも留まるもままならない彼らの前に、一人の男が現れる。 「手前は、神成屋藤佐衛門(かんなりや・とうざえもん)と申します。口さがない連中からは、人買い藤佐などと呼ばれておりますが」 藤佐は口入屋稼業。普段は村々を渡り歩いて年季奉公の世話をしているらしい。 「時には、こうして戦が起きそうな所に出向いて、皆さんに新しい仕事と居場所のお世話をさせて頂いているという訳で。しがねえ禿げ鷹野郎でさ」 見るからに胡乱な男だが、こんなド田舎まで出向いて仕事の斡旋をしてくれる者などザラには居ない。藁にも縋りたい村人達には救いの神にも見えた。 「お代官。不浄な人買いを野放しにされるおつもりか?」 山下村を統括する篠倉の代官代理、鐘森義明は村長からの陳情を受け取るが、藤佐は予め代官所に届けを出していた。扱う契約も奴隷などで無く、法に則ったものだとして鐘森は放任する。 「若様、開拓者はもう呼ばないさ?」 鐘森家から付いてきた下女に問われ、眼鏡をかけて書類を整理していた鐘森は少し手を休めた。 「‥‥さてな。じゃが、事件が起こらぬうちから呼ぶ事もあるまい」 鐘森は事無かれ主義の人。森のアヤカシに動きが無い以上、積極的に新たな手を打つ気にはなれなかった。何より、篠倉代官所の乏しい資金力では。 「金が無くたって、来る人は来るさ」 「無報酬でか‥‥ふむ、そんな物好きが居るかね?」 鐘森はあまり期待はかけずに、ギルドに無報酬で代官所の手伝いと山下村の防衛に関する人員を募集した。 篠倉郡篠倉の町。 理穴との国境は魔の森に塞がれて人の往来は無いに等しく、街道からも外れた石鏡国の北の辺境。人口八百人ほどの小さな町は、森のアヤカシが襲ってくるかもしれないと緊張していたが、気質が呑気なのか、住民達は今も普段と変わらぬ生活を続けていた。 近頃の話題は、スリの横行である。 「百夜の兵が大勢来たっていうのに、盗人が増えるなんてどうしたことだろう?」 「火事場泥棒という奴かな。それにしたって、まだボヤも起きちゃいないのに、早すぎやしないかい」 篠倉郡を守る為に、隣接する百夜の町から鐘森と兵百名が派遣されていた。兵と言っても衣食住は必要だから、町には見知らぬ商人やら何やらも多数入って来ている。当然、治安が低下しないよう鐘森も目を光らせている筈なのだが、スリや空き巣の類が急増していた。 「鐘森さんは、混乱期にはよくある事と高をくくっておられますが、そもそも不人気な御方ですから、内心は気が気でないはずだ」 「‥‥そんな話を、俺に聞かせてどうしようと言うのだ。五味」 代官所の同心、五味帯刀(ごみ・たてわき)は、篠倉代官村山主税の前で四方山話をしていた。本来なら謹慎中の村山に会う事は許されないし、話の内容も愉快ではない。 「お代官。代官所の連中はね、鐘森さんの事が気に入らないんだ。お題目はともかく、あの人の腹は見えてる。大人しく、下に立つ気は無いってことを承知して下さい」 「馬鹿な、鐘森殿と争う気か? 我らが闘うべきはアヤカシであろう」 今の代官所に、手勢と呼べるのは二十名も居ない。志体持ちは五味一人。百名の兵を率いる鐘森相手に戦など出来ないし、大義も無い。 「鐘森さんは頭の良いお人だ、そんな面倒を起こす前に、百夜に帰ってくれますよ。もしかしたら、くだんのスリだってあの人の手管かもしれませんぜ?」 「口が過ぎるぞ!!」 叱責されて、同心は首をすくめた。 「失言でした。ですが、揉め事が解決できなければ、あの人は統治能力を疑われてお役御免だ。お代官には一日も早く、復帰して頂きます」 「‥‥」 代官所の離れの謹慎部屋の会話は、その場に居た者以外の知る所では無い。しかし、火の無い所に煙は立たぬの譬えもあれば、謹慎中の村山が何者かと接触して復権を企んでいるという噂が流れた。ただの風聞、誰かが依頼を立てた訳ではないが、開拓者もその噂を耳にする。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 无(ib1198) / 沙羅・ジョーンズ(ic0041) / ビシュタ・ベリー(ic0289) |
■リプレイ本文 「ほっ!」 駿龍から飛び降りたビシュタ・ベリーは、尻餅をつきかけて往来で大股を開く。 「むぅ‥‥急に動くから危うく転びかけたぞ。躾がなってない、主人の顔が見てみたいな、ってあたしだ」 ビシュタは虚しい溜息を吐き、荷物からこぼれた銀の冠を拾い上げて頭に載せた。華美なティアラは埃っぽい辺境には不似合いだが、装備品は開拓者の商売道具。多少まわりから浮いたくらいではめげない。 「ここが篠倉(ささくら)? 侘びしさといかがわしさと長閑さに溢れた田舎ね」 町の人口は千名に満たないというから、大きな村か小さな町か微妙な所。彼女があたりを見回していると、5人の兵隊が近寄ってきた。 「その龍はお前のか?」 「‥‥」 武装した男というものは、どうしてこう横柄なのか。下手に出ろとまでは言わないが、せめて挨拶ぐらいは普通にしてほしい。 「おい、質問に答えろ」 「弱い犬ほど良く吠える‥‥なんて言葉があったかねぇ」 腰に手をあてて胸を張る褐色の肌のビシュタに、誰何した兵隊の顔が朱に染まった。 「貴様、こ、この俺が弱い犬だとぉ!」 「さあ? 独りごとだし‥‥えーと。それで、あんた達は誰様?」 腰の刀に手を伸ばした兵隊の間合いを潰すように、ビシュタは距離をつめた。刀を振るには近過ぎるが、彼女はナイフ使い。抜けば殺せる。 「うっ」 彼女の気に威圧されて兵隊は仰け反った。 「よせ」 たまらず刀を掴んだ腕を、同僚の兵隊が抑える。ここは天下の往来、先に抜けば、処罰は免れない。 「失礼した。我らは百夜から派遣された兵にて、篠倉の警備に就いている。お役目ゆえ、貴殿の姓名、所属、この町に立ちよった用件を伺いたい」 「あら、兵隊さんでしたか。こちらこそ、失礼致しました。あたしの名はビシュタ・ベリー、開拓者です。用件は、依頼の筋ですので詳しくは申せませんが、ご容赦下さいな」 途端に邪気の無い笑顔を浮かべるビシュタ。兵隊をからかって遊んでいたようには見えない。 「やはり、そうでしたか。鐘森様から話は伺っております。代官所までご案内致しましょう」 笑顔の効果もあり、慇懃な態度をとる兵隊達。刀を抜きかけた男はまだ微妙な眼つきだが、上司が呼んだ開拓者を相手に悶着は起こせないらしい。 「有難うございます」 そう答えたビシュタだが、はてと小首をかしげた。 この時期、篠倉郡からギルドに届いた依頼は二件。どちらも無償で、ボランティア同然である。もっと重大な案件が噴出していた事もあってか、参加者は少数。 (あたし‥‥どっちの依頼を受けたんだったかなぁ) 係員から話を聞いて、依頼を受けたのは間違いないが、どっちの依頼を受けた事になっていたのだったか、ビシュタはど忘れしていた。 「まぁいい。町を見回って人脈作りと考えていたし。エライ人と顔つなぎしといて損は無いかねぇ」 道が見えない時は、流れに任せるのも一興。流されるまま流れても、自分を見失わなければ、そこが己の立ち位置だ。 「物好きが二人になったようじゃな」 ビシュタが部屋に入ると、代官代理である鐘森義明はもう一人の開拓者から話を聞いている所だった。 「仲間が居てくれて嬉しいわ。砲科傭兵の沙羅・ジョーンズよ、よろしくね」 沙羅は笑顔で片手を差し出した。ビシュタも笑顔で握手する。 「さてさて、折角来てもらったのに、済まぬがの‥‥今、沙羅殿から五行の話を聞いて居ったのだ。先の戦が治まってまだ日も経たぬが、由々しき事態が出来したようじゃな」 石鏡の辺境ではまだ生成姫の話は伝わっておらず、何か都の方が騒がしいらしいという認識の所へ、開拓者が前線の第一報を持ち込んだのだった。 「ええ。いつもの事ですよ」 「そうかね。わしが言うのも何じゃが‥‥こんな所に居っても大丈夫なのかね?」 意外なほど率直に問われ、沙羅とビショタは顔を見合わせる。 「そうね。下手をすれば、一国どころの問題じゃないかもしれない戦いだけど、開拓者は五行だけを守ってる訳じゃない」 心外だと言わんばかり、沙羅は語気を強めた。 「勿論、大勢の仲間が戦っているし、アタシもこの後行くかもしれない。だけど、今現在、アタシの力を必要とする人を見捨てたりはしない」 沙羅の言葉は鐘森の期待した答えでは無かったが、彼は頷いた。 「それが開拓者というものかの」 鐘森は軍人だ。主君から命令を受ければ、己の意に反していても従う。開拓者はそれが国の大事であっても、思うままに選択する。二兎を追う判断も辞さない。惑わないのかと、そら恐ろしくなる生き様だ。 「皆が同じ方向を視ていては分からない事もございますし‥‥あながち、身近な所に騒ぎの種は埋まっているかもしれませんよ?」 ビシュタの言は根拠の無いはったりだが、思わせぶりなジプシーの言葉は妙に耳に残った。 「ふむ。今のところ、森のアヤカシに動きは無いが、この機に乗じて仕掛けて来る事が無いとは言い切れぬか」 天儀は広く、魔の森も各国に点在している。五行と、石鏡北部では距離が離れ過ぎていて連動して攻めてくるようには思われないが、アヤカシの考えは分からない。 「というか、正直、五行だけでも手一杯よ。こっちまで攻められたりしたらお手上げだから、隙を見せないようにしたいものだわ」 沙羅の言葉に、尤もだと鐘森は手を打つ。 「アタシは、村と森の境界付近で見回りをするつもりよ」 「ならば七伏山が手頃じゃろう。五行の話を聞いた以上、わしも森の監視を強化せずばなるまい。目端が利く者を10人ほど同行させる故、お主も協力してほしい。念押しは無用と思うが‥‥」 「分かってるわ。もしアヤカシが森から出て来ても、戦闘は極力回避する」 傭兵経験が染み付いた沙羅は、どんな時も石橋を叩いて渡る。その点は鐘森と気脈の通じる所があった。開拓者として評価する場合、慎重さは美味しい所に飛び込まない残念な資質とも言えるが、彼女のような人材が居なければ直ぐ全滅するのも事実。 「だったら、あたしは街中で何か異常が起きていないか見廻ろうかしら。アヤカシの攻撃は、力押しだけとは限らないですから」 「それは助かる。兵達に巡回を強化させてはおるのだが、開拓者でなければ気づかぬアヤカシの兆しがあるやもしれぬ」 五行の一件を知らなかった鐘森が何故、街中の巡回を強化しているのか。それは篠倉で急増していたスリへの対策であり、ビシュタが乱暴な職務質問を受けたのもそこに由来しているのだった。 篠倉郡山下村。 「遺跡か、それとも町の探索か迷ったんですよ」 村長宅にお邪魔した陰陽師の无が、茶を啜りながらぼやくのを、羅喉丸は苦笑を浮かべて聞いた。 「それは、済まなかったかな。俺としては、无さんが居たから遺跡探しと決めていたがね」 「ほう」 歴戦の勇士である羅喉丸にそう言われて、无も悪い気はしない。照れ隠しに眼鏡を弄りつつ、表情を引き締めた。 「‥‥とは言え、この人数で森に分け入るのは些か無茶が過ぎますか」 无の視線は依頼主に向けられる。 有無歌。自称遺跡探検家。なぜ自称かと言えば、彼女はまだ遺跡を発見した事が無いから。とはいえ、未踏破の遺跡を発見出来る者など極少数、全体からみれば皆無に等しいので、その区切りで言ってしまっては殆ど全ての遺跡探検家が自称扱いになるが。 「信用できないって面だな」 「山師に付き合うのです。それも掛け値無しに命懸けで‥‥まずは、勝算があるのだという所を見せて頂きたいものですね」 依頼人相手に遠慮なく詰め寄る无。 「未発見の遺跡探索か」 不躾とは思うが、羅喉丸も目の前の女性が、偉業を為し得る傑物なのかどうかに興味はあった。この近くで重要な遺跡が発見されれば、遺跡保持の為に兵士が派遣されるだろうし、篠倉郡全体が発展する可能性も高い。何となれば、篠倉からも近い石鏡北部の主要都市の伊堂は、遺跡でもっている大都市だ。もし宝珠を大量に産出する遺跡であれば、その価値は金の鉱脈を遥かに凌ぐのである。 「信用できないのはお互い様だ。酔狂な依頼に参加する心意気は買うが、探検家が簡単にネタをばらすと思うのか?」 「‥‥」 「どうでも話を聞かせろと言うなら、帰ってくれて結構だ」 彼女の立場は理解できなくは無い。極端な話、彼女が知る遺跡に関する手掛かりを二人に教えてしまったら、その時点で二人にとって歌の存在は不要だ。 「分かりました。探検家の矜持は尊重しましょう。その上で提案ですが、まずこの周辺に遺跡関連の情報や伝承が残っていないか調査してみたいのですが、どうでしょう?」 既に調査済みならば、このまま目的地に向かってもいい。歌は思案顔になり、別の話を始めた。 「陰陽師に聞く。遺跡とは何だ?」 「言葉の意味を問われているなら、先人の遺した足跡ですが‥‥ああ、これはうっかりですね。貴方は、そっちの人なのですか」 常に飄々とした无がちょっと慌てたので、羅喉丸は訝しむ。 「?」 「遺跡探検家には、大別して二種類居ます。宝に興味がある人と、遺跡自体に興味がある人です。彼女は後者‥‥つまり、考古学者なんですね」 无は困ったような顔つきで、歌を見据えた。 「学者‥‥无さんと似た者同士か」 「いえ、考古学者なんてものは狐狸妖怪と変わりませんから、同類扱いされるのはどうも‥‥妙な仕事とは思いましたが、考古学の人なら納得ですねぇ」 歌は无にキワモノ扱いされても聞き流した。 天儀世界において、考古学は明確な学問とは言い難い。 有り体に言って、古代の事など殆ど分かっていないからだ。遺跡の正体、遺跡を残した先人とは何なのか、そもそも天儀人の起源は‥‥お伽噺としての神話や伝承は真実と呼ぶには蒙昧すぎ、古代と現代を繋げる道標は喪われている。 「質問に答えていないぞ、陰陽師」 「ですね。遺跡とは何か‥‥はい、分かりません。情報が少なすぎます。問題が難し過ぎですよ、私のような若造が答えを持つと本気で思っていますか?」 「志の問題だ」 女探検家は胸を叩いた。 「困りましたねぇ」 森に入る準備で歌が中座すると、无はまた面倒事だと嘆息した。 「彼女は真剣なようだが?」 「ええ、一生を棒に振るのを寸毫も厭わぬ目でしたね。知っていますか、一部の考古学者は朝廷を目の敵にしているのですよ。朝廷は真実を隠していると言ってね」 天儀の歴史は朝廷が握っている。 これは比喩ではないと无は言った。朝廷の記した正史以外にまともな歴史書は存在しない。これはつい最近まで、各国の歴史さえ、朝廷の厳しい検閲の下にあった事を意味する。古代に想いを馳せる考古学者達が朝廷を憎悪するのは、無理からぬ事ではあるのだ。 「裏を返せば、十分な証拠も無いのにあれこれと妄想するのが考古学者という輩でして、まさに遺跡に口無しの性質の悪い詐欺師‥‥何を笑っているのですか?」 「‥‥いや、楽しそうだと思ってな」 侮辱だ、と无は声を荒げかけて、肩の力を抜いた。 「認めましょう、少し興奮しました。‥‥魔境なんですよ、遺跡の正体を探すというのは。我々がどこから来て、どこへ行くのかという人の幻想を刺激するんです」 現実は厳しい。彼女はお決まりの山師で、割に合わない只働きになるだけだと无は自嘲気味に口端を歪めた。 「しかし、行くのだろう?」 「当然でしょう。遺跡探しが無駄だとしても、あの森を調査する機会ですからね。足元を固めれば、何かしら進むはずだ」 篠倉の町。 「住民が八百で、百夜兵が百名ってことは、八人に一人は兵隊ってことだよ。なのに、スリが増えるだなんて、どう考えたって変じゃないのさ?」 町を警邏する兵隊から話を聞いたビシュタは、そんなふざけた話があるものかと思った。 「しかし、姐さん。事実なんだから、仕方がねぇんでさ」 鐘森の前では猫を被っていたが、すっかり素の口調に戻ったビシュタに、兵達も打ち解けたのか、会話はくだけた感じである。 「だからアヤカシの仕業だって言うのかい? 馬鹿だねぇ、お前達は。殺しなら別だけどね、アヤカシが人様の巾着なんぞ狙うワケが無いじゃないか」 ひとまず、ビシュタはアヤカシの可能性は棚上げした。 アヤカシは千変万化な存在だ。理由もなく、何でもアヤカシのせいにしてしまうと、思考がそれ以上進まない。 「大きな町なら、地元のスリの元締めが居るから、蛇の道は蛇で、目星くらいは付くもんだけど‥‥この町に、スリなんて居そうも無いよ」 「さすがは姐さん、何でもご存知だ」 ジプシーもスリも人の集まる場所を稼ぎ場とする。大きな声では言えないが、そういう副業を持つ者も居るようである。 「おだてても何も出ないよ。‥‥スリは外から来た可能性が高いね」 「その通り。ですから、あっしらは怪しい余所者を警戒していたんですが‥‥これが、さっぱりで」 悔しそうな兵の言葉に、ビシュタはふっと顔を逸らした。 「‥‥危なかった。無報酬だし、小遣い稼ぎくらいはしてたかも」 「姐さん?」 「何でも無いよ。じゃあ、財布をすられた被害者は大勢居るのに、目撃者も出て来なければ、怪しい奴も居ないってのかい?」 目撃者が居ないのは、おそらく犯人は玄人だ。懐を奪っても気づかれない技量、志体持ちと考えて良いだろう。ただ、目的が分からない。それほどの腕があるなら、もっと大きな町で仕事をする筈だ。 「犯人は余所者か、これまで仕事をしなかったスリだね。そいつは怪しくない者で、志体持ち並の技量を持った玄人だよ」 「とんでもねぇ野郎だ。あっしらはどうすれば?」 「‥‥諦めな。田舎の捕吏には荷が重い事件さ」 凄腕の同心とか下町の名探偵、腕っこきの開拓者一味と言った粒の揃った連中でなければ、解決は難しい。ビシュタも根っこが見えない事件に軽々と首を突っ込む気は無かったので、冷たく突き放す。 「ちぇ、こんな事なら来るんじゃなかったぜ。戦も起きねぇし、遊ぶ場所も無いと来てる」 「命冥加な奴だな。殺されねぇで百夜に帰れたら、幾らでも遊べるじゃねえか」 もうすぐ春だ。このまま何事も無ければ、夏前には百夜兵は引き上げる事になるだろうという憶測が流れていた。無為に兵を駐屯させておくのは、出費が嵩むだけで有益とは言えない。 「道も状況も霧の中だ。こういうときは占いに頼るのさ」 座興代わりに、ビシュタは精霊占術を試した。精神を集中し、精霊力を高めるジプシーを、兵達は固唾をのんで見守る。 「はあっ!」 気合をいれて、棒から手を離した。 軽い音を立てて倒れた棒は、ビシュタの足元に転がる。 「棒倒しっすか」 「分かり易いだろ。これが精霊の導きだよ」 棒は彼女の方に倒れた。前方に倒れたら、森へ向う暗示というつもりだったが。 「道は後方にあり、近いうちに故郷に戻れるね」 「本当に分かり易い」 精霊占術の的中率は普通の占いと変わらない。ただ闇雲に精霊力を使っても、何が分かる訳ではない。逆に言えば、昨今話題の神代はそれだけ特別な力なのだろう。 山下村。 「君らは勇者か?」 沙羅は憮然としていた。 彼女の前には、森に入るという二人の開拓者と一人の探検家。 「アタシの仕事は説明したと思うけど、森の監視よ。生成姫の一件で大変な時期だもの、どれだけ警戒しても、用心しすぎということは無いわね。‥‥単刀直入に言えば、面倒事を増やされたくないわけ。例えば、不用意に森に入りこんで、アヤカシを引き連れて逃げ出してくる馬鹿なんて、有り得ないわよね」 「ええ、よく理解していますよ。私達三人は仲間です、同じ志を抱いた同志と言っても、決して言い過ぎではないでしょう。ですから、友好的な関係が築けない理由は皆無だと思いませんか?」 无はさも当然というように沙羅の前を通り過ぎようとしたが、砲術士は彼の前進を阻んだ。 「无、状況はこの前の時よりも悪いわ。アタシには君が魔の森に飛び込む自殺志願者と区別がつかないのだけど」 「確かに、不用意に瘴魔の森に挑む事は死を意味するな」 羅喉丸は腕を組み、二人のやり取りに相槌を打っている。死線をくぐりぬけた男だけに、現状を過大も過小もしない。 「つまり、君達は危険を承知で森に行くのね‥‥分かったわ、勇者の行動は止めない事になっているから。だけど、アタシはここを離れられないから支援は期待しないでね‥‥武運を祈るわ」 三人を見送った沙羅は、鐘森から借りた10名の兵に慌ただしく指示を飛ばす。 「今すぐ村長を呼んで来て。それから篠倉に急使を」 常に最悪に備える。無駄でも煙たがられても。村長の仁木は沙羅の要請に応えて、戦える村人を動員してくれた。老人の姿が目立つが、気にしない事にした。 「取り越し苦労ではないかね?」 「前回の事があるからね。あの連中は、やる気よ。後は、森の方にその気があるかだけど‥‥ともかく、待機していて。何が起きても対処出来るように」 現在、山下村を守る志体持ちは、沙羅一人。一通りの指示を終えた彼女は、愛用の銃砲を入念に整備し始めた。 「沙羅さんと言うたの。どうして一緒に行かなかったんじゃ?」 話しかけてきたのは鎧を着込んだ老人。確か、何十年も前に瘴魔の森に呑み込まれた村の出身で、名前は亮介だ。 「この村を守ろうと思うておるなら、余計な事じゃぞ。開拓者なら、仲間を守ってやれ。最終的にわしらの仇を討ってくれれば良いんじゃ」 「アタシは、対処しているだけよ」 銃を手入れしながら、亮介に答える。 「対処か」 「そう。色々とやりたい事もあるけれど、思い通りにはならないわ。だから最大の効果を考えて、対処する。それだけよ」 老人は鼻を鳴らした。 「あれこれ考えても、上手く行くとは限らんじゃろ」 「そうね。仕方ないわ、自分で考えて対処した事なら誰も恨めない」 腰に帯剣を巻き、懐中時計で時刻を確かめる。 「戦士じゃな。嘘でない所を見届けたいが、老いぼれには時間が無いでなぁ‥‥残念じゃのう」 亮介は村を奪ったアヤカシへの復讐を糧に生きてきた男だ。志体持ちでもないのに、意気軒昂。 「沙羅殿。村から避難すると申している村人達が‥‥」 百夜兵が、20人ほどの村人が村を出ようとしていると報せて来た。 「首謀者は?」 「神成屋です。奴め、どこで嗅ぎつけたのか村に来ておりまして」 人買い藤佐は、揺れ動く村人らを焚きつけて脱出を促したようだ。沙羅の行動が藤佐の思惑に嵌った恰好だが、女子供も居るのだから無視も出来ない。 「四人‥‥いえ、五人護衛を付けて」 「ですが、それでは村の守りが」 「鐘森殿に援軍を頼んでいるから、大丈夫よ。と言っても、村人が混乱すると困るから、避難の動きが拡大しないよう村長にお願いしてくるわ」 亮介は沙羅に同行した。 「忙しそうね」 「ビシュタ! 早いわね」 「そのための駿龍だよ」 龍で先行したビシュタは、鐘森が増援を率いてまもなく到着する事を伝えた。 「残念ながら、あたしの占いは外れかねぇ」 「小娘みたいに兵隊をからかって遊んでるだけで、帰るつもりだったの?」 「心外だねぇ、あたしはこれでも生娘なんだよ。お前さんと違って、実際に若いんだ」 軽口を飛ばし合う二人に、村長と亮介は目を細めた。森が注目されて以降、あまり村に良い知らせは届かないが、開拓者は何かを届けてくれている。 瘴魔の森外縁部。 「森に入る以上、目的地くらいは聞かせてほしいが?」 「‥‥館だ」 歌は森の地図を持っていた。但し、瘴魔の森がその名で呼ばれる前の情報を元にした地図らしく、アヤカシに関する有効な情報は無い。 「おお、これが例の沼ですか。ふむふむ、村山さんの話の通りなんですねぇ」 地図には、小川の先に沼が書かれていた。沼はほぼ森の最奥に在り、その先は小さな崖が書かれている。 「崖の上は現在の魔の森ですね。ちょっとした断層になっているようです。少し調べてみたのですが、この森がアヤカシに奪われたのは、ちょうど魔の森が急成長した時期のようですから、当時は上の森から零れ落ちるように、アヤカシが溢れて来たのかもしれないですね」 歌の言う館は、沼よりも少し手前、西側の森の中にちょっとした開けた場所があり、そこに屋敷が建てられているようだ。 「‥‥ふむ」 羅喉丸も无も気づくが、そこは以前に数十名で森に押し込んだ時の最終到達点より奥だった。あの時、開拓者達の感触としては森の真ん中あたりまで進んでいた。問題の館はそれと沼の中間程の距離、森の西側に在る。 「行けそうですか?」 「無理だ。アヤカシ達が引っ越しでもしてない限りはな」 少なく見積もっても、ざっと五、六百のアヤカシをかわして進む事になるだろう。 「ですね。歌さん。無念でしょうが、私達に今すぐこの場所に行く力はありません。異論が無ければ今回は森の内部の状況を確認し、対策を立てて再挑戦という事で如何ですか?」 「構わない」 意を決し、三人は森に入った。 歌は、戦いは得意で無いというので、彼女を真ん中にし、先頭を羅喉丸、後ろを无が進む。死ぬ気は無かったが、三人とも覚悟はしていた。 「最悪だ」 肩に刺さった矢を抜きながら、精根尽き果てた沙羅は夜空を見上げた。 前触れもなく、瘴魔の森の縁から数百を超えるアヤカシが溢れた。鬼系を中心に、まず飛び出してきたのは小鬼と豚鬼が合わせて約二百。続いてケモノを従えた犬鬼約百五十、その後ろから弓や槍で武装した鬼兵三百が現れた所までは確認できた。 「‥‥これと戦うの? こんなのあたしの専門外だよ!」 斥候に同行していたビシュタは報告より先に悲鳴をあげた。 「抗戦を?」 「言うに及ばず。撤退でござる」 鐘森は即座に山下村の放棄を決断。百夜兵は村人の腕を掴むようにして逃げ出した。森から現れたアヤカシ軍は七伏山の手前で二つに分かれ、両側を迂回して山下村に進軍したが、鬼の部隊に包囲される前に、村人と鐘森達は村を脱出。 「信じられない‥‥生きてる」 どこをどう走ったものか、ビシュタは避難民を抱えて篠倉の町まで走っていた。何故か、鬼軍の追撃は消極的で、あれだけの数に襲われたというのに、村人の死傷者は驚くほど少なかった。偵察の話では、アヤカシ勢は山下村を一時占拠した後、再び森に戻っていったらしい。しかし、アヤカシ側も森の外に偵察を出し始めたので、鐘森達も容易に近づくことは出来なくなった。 「どういう事だ! 森の中で何があった!?」 鐘森が、慌ただしく篠倉の防衛と避難の指示を出している時に、羅喉丸達が帰還した。生還は絶望視されていたので、仲間達は喜んだが、それよりも疑問が勝った。 「待ってくれ。俺達にも何が何だか‥‥」 三人とも混乱していたが、情報を整理すると以下のような話になった。 森に入って暫くは、不気味なほど静かだった。瘴気は濃いのにアヤカシは出て来ない。当惑しながら、三人は森の中程まで進んだらしい。それでもアヤカシが現れないので、歌が館を目指すと云い出した。森の状況を不自然とは感じていたが、結局、三人は森の西側に入り込んだらしい。 異変はその直後から起きたらしい。森の中が騒がしくなった。アヤカシに発見されたのかと三人は用心したが、そうでは無かった。 「時間的には、アヤカシが森から溢れてきた頃か?」 「そうらしい」 歌が懐中時計を取り出す。針は止まっていた。異変に気づき逃げる途中で、壊してしまったらしい。その時刻と、沙羅達の記憶が一致した。 「では、お主達が森に入った事と、アヤカシの襲撃は無関係だとでも言うのか? 責任逃れを申しておるのではあるまいな」 「大勢の人間の命に関わることだ。嘘など言えぬ」 「騙すつもりなら、もう少し巧く話を作ります」 三人は急に森が騒がしくなったので動きが取れず、思いの外、脱出に手間取ったと話した。 「ふうむ‥‥俄かには信じ難いが、お主達の話が本当ならば、アヤカシの襲撃は偶然起きたのか」 「決めつけるのは早計だな」 と言ったのは、歌である。 「何か根拠があるかね」 「私達の学問では、結果が原因で、原因が結果なんて事は良くある。一つの側面ばかり見ていたのでは、全体像は見えてこない」 まだ具足を解いていなかった鐘森は、判じ物か、と眉間に皺を寄せた。鐘森の横顔を見て、彼がこの場に居る理由を思い出す羅喉丸。 「‥‥繋がっているのか?」 「繋がり‥‥まさか、生成姫のことを言っているのではあるまいな」 腰の重い鐘森が、森の監視を強化し、迅速に兵を動かしたのは沙羅から五行の一件を聞いていたせいだ。遠く離れた場所とは言え、人に伝わった話がアヤカシに伝わっていないと考えて良いものか。襲撃は偶然ではなく、或いは少数の侵入者に対応したものでもなく、生成姫の一件を聞いて人が備えたように、森の奥深くの何者かも、動いたのだとしたら。 |