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■オープニング本文 開拓者は大アヤカシに勝てる。 ここ数年の戦いで、それは証明された。 若い諸君は、驚くに値しないと思うかもしれない。 否、である。 天儀に魔の森が発見されてから約九百年間、大アヤカシが倒されることは無かった。 これまで何万、何十万の英霊が挑み、なお不滅の存在だったのだ。 それは、もはや神々や自然災害に等しく、大アヤカシを倒すことは、空を断ち、月を割るかの如き大偉業なのである。 しかし。 一体の大アヤカシ相手に各国と開拓者ギルドが総力戦でやっと、が現状である。天儀にはまだまだ魔の森が存在する。つまり、大アヤカシもまた、多数存在するという事であり、万が一、一度に攻められたら、勝算は限りなく低い。 最悪の事態を避けるため、朝廷や国々、ギルドの首脳陣が命を削って奔走していることは、論を待たない。 攻められても居ないのに魔の森に侵攻し、意気揚々と安雲の都を訪れた篠倉代官、村山主税に、石鏡の高官達の反応は冷たかった。 「可及的速やかに、増援を送って頂きたい」 「のぼせあがるな。己が世界の中心だとでも思っているのかね? 魔の森は天儀各地に広がり、君のところよりも差し迫った土地は腐るほどあるのだよ」 もちろん、高官達も魔の森は倒したい。だからこそ、戦場を増やして貴重な戦力を分散させたくはなかった。 高官達も魔の森は倒したいが、戦力は有限。戦線は拡大したくないのが本音だ。 「‥‥大アヤカシを滅ぼせると判った今だからこそ、天儀は一つにならねばならない。己の事ばかり考えていては駄目なのだ。敢えて言えば、田舎の村の一つや二つ、大事の前では取るに足らないのだよ」 辺境を守るために兵力を割けば、それだけ攻撃も防御も薄くなる。人類側がアヤカシ側に戦力で勝っていると言い切れない現状では、守れるものと守れないものがあった。 「君は領民の安全を考えず、勝算の無い戦いを仕掛けた。代官失格だ、謹慎を命ずる」 独断専行を是とすれば、後に続く者が現れる。皆が勝手に戦って勝てるほど、アヤカシは甘い敵では無いと信じる高官達は、村山を処罰した。 ただし、村山を処断した所で、アヤカシが納得する訳ではない。 「まったく、面倒なことをしでかしてくれたのう」 篠倉郡に隣接する百夜(ももや)の街の代官、鐘森義明は都からの命令書を両手で丸め、握り潰した。内容は、百夜から兵百名を派遣し、篠倉郡を守れ、だった。 「困る。困るのう‥‥下手に戦って負ければ責任問題じゃ。勝てば深みにはまる‥‥地方都市の代官には、過ぎた任務だわい」 代々この町の代官を務める鐘森家の嫡男に生まれ、物堅く職務をこなしてきた義明はふってわいた災難に頭を抱える。村山を恨みもした。 ともあれ、命令には逆らえない。町を義弟に任せ、義明は篠倉に向った。 開拓者ギルド。 「おや、鐘森様? 珍しいですな、何の御用件で」 「実はな、拙者、しばらく篠倉代官代理を仰せつかってのう。それで、篠倉代官所は人手が足りておらぬゆえ、開拓者を頼みたいのじゃ」 小太りで恰幅の良い鐘森がそう言うと、係員は目を丸くした。 思い出すのは、篠倉代官の村山がギルドを訪れ、領内の森のアヤカシ退治を依頼した一件。かなりの戦果をあげたというので、直にお呼びがかかると思っていたが。 「‥‥それは、とんだことで」 「うむ。代官は謹慎中、同心四人のうち、三人が殉職という有り様での。猫の手も借りたいほど忙しいわい」 先の戦いで代官所の手勢に死傷者が出た事は係員も覚えている。 「なるほど。今度は鐘森様が、森のアヤカシ退治を依頼しに来られた訳ですか」 「まさか。我らが守るべきは領民の命じゃ。いたずらに魔の森に手を出して、滅びた街や村は枚挙に暇が無いこと、そちも良く存じておろう」 「ええ‥‥」 切り返されて係員は苦笑を禁じ得ない。何となれば、それは自分が村山に言った台詞である。篠倉に入った鐘森が最初にしたことは、森の入口に立ち入り禁止の看板を立てることだった。 村の防衛と、人手不足の代官所の手伝い、それが鐘森の出した依頼である。 おそらく、彼は何もしないつもりだ。『何か』を期待するならば、開拓者は己で道を切り開かなければならない。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 海神 江流(ia0800) / 礼野 真夢紀(ia1144) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 長谷部 円秀 (ib4529) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / オリヴィエ・フェイユ(ib9978) / 沙羅・ジョーンズ(ic0041) / 草薙 早矢(ic0072) / MU(ic0215) |
■リプレイ本文 近在の者が瘴魔の森と呼ぶのは、その昔、篠倉郡を訪れた開拓者達が、 「あの森は瘴気が濃い」 と村人達に語っていたことに由来するらしい。 何十年も前の話である。 石鏡国篠倉郡、その北端に位置する山下村。 「おおっ‥‥戻ってきた。‥‥開拓者が、戻ってきたんじゃぁ」 再び辺境に辿り着いた羅喉丸を出迎えたのは、感嘆に咽ぶ1人の老人だった。 「この前のお仕事のときは、この村には立ち寄らなかったと、思うのですが‥‥?」 小首を傾げるエルレーン。 「‥‥そうだな。たぶん、俺達の受けた依頼の事じゃないのだろう」 感極まった老人は、しきりに話しかけてきたが、内容は意味不明だ。良く分からないなりに、羅喉丸は丁寧に老人の話に耳を傾けた。 「俺の故郷は、ここと似たりよったりの片田舎なんだ。開拓者なんて滅多に来ない。だから、何となく気持ちは分かるような気がするだけなんだが」 「そうかね、村に開拓者が来るのは四十年ぶりじゃな」 老人の後ろから現れた初老の男が、気難しそうな顔を向ける。 「わしが村長の仁木じゃ。お前さん達だけか? 二、三十人は来ると聞いとったんじゃがの」 村長の視線は羅喉丸、エルレーン、篠崎早矢、礼野 真夢紀の四人の間を往復した。 「ギルドからの開拓者は俺達を含めて13人です。前回ほど参加者が集まらなかったのは事実ですが‥‥」 篠倉代官所を手伝う者も居れば、独自に調査活動を始める者も居たから、山下村の防衛に回る人員は約半数ほど。標準的な依頼並の人数といえる。 「ふん。それでお前さんは、あの森に入ったのかね?」 頷く羅喉丸。エルレーンと真夢紀も手をあげる。 「はいはい。あたし達は川沿いに入りましたのです‥‥多分、森の真ん中くらいまでは、進んでいたと思いますですの」 真夢紀が思い出しながら言うと、はらはらと涙を流していた老人が彼女の方に近づいて、皺だらけの顔を寄せた。 「な、何ですの?」 思わず後ずさる少女。 「いま、川と言うたな。それでどうした? あそこで何を見たのじゃ?」 「えっと‥‥アヤカシが、鬼が沢山でて来ましたの。それに虫さんとか、獣さん‥‥あとは骨とか」 老人の真剣さに、真夢紀はどぎまぎしながら答える。あの時は大変だった。広い森の中で、四方から現れる敵には際限が無いように思えた。命は無いかもしれないと観念しかけたが、仲間の奮戦と村山達、そして僥倖に助けられたと思っている。 「そうか、そうか。良く戻って来たのう」 「わしも詳しい話が聞きたい。亮介も来い。開拓者を歓迎せねばのう」 亮介と呼ばれた老人は薄笑いを浮かべると、気が急くのか先頭を歩きだして、開拓者達を村長の館まで案内した。 「失礼ですが、あのお爺さんは、開拓者とどんな縁があるのでしょうか?」 早矢の問いに、村長は曖昧に答えた。 「亮介は山向こうの村の者じゃよ」 山下村の目の前に、七伏山がある。小さな丘を並べたような山の向う側は、瘴魔の森が広がるだけで、人家は無い。 篠倉郡篠倉の町。 郡代官所のある篠倉の町は、人口八百人ほど。村に毛が生えた程度の小さな町だ。三位湖を巡る街道からは外れていて、平時は行き交う者も少ない。理穴との国境に近く、大昔には交易路が通っていたらしいが、魔の森が理穴を覆い、石鏡北部もアヤカシの被害を受けるようになると、魔の森を越えてくる旅人や商人は居なくなり、顧みる者もいない辺境の片田舎と化した。 「上級アヤカシが目をつけるほどの何かが有りそうには見えんな。しかし、踏み躙られるだけの雑草を守るのは、騎士の務めだ」 巨漢の騎士ラグナ・グラウシードは、待ちうける激闘に想いを馳せ、武者ぶるいを堪えて代官所の古びた門を叩いた。 「そこは客人用の出入口だ。てめぇは、あっちの使用人用から入らないと駄目さ」 廊下を拭いていた下女が、雑巾を振り回して怒鳴る。 「無礼者、私を誰だと」 「開拓者だね。見間違える訳ねえさ」 ラグナがそのまま立ち去ろうとすると、雑巾が飛んで来た。 「私は、代官代理に頼まれて代官所の手伝いに来たのだぞ」 「だから、雇われ者の使用人でないのさ」 言われてみれば尤もか。ラグナは一端外に出て、使用人用の小さな戸を腰を屈めてくぐり直した。どうだと笑みを向けられ、下女は忍び笑いを洩らす。 「ラグナ殿。うちの者が、何か失礼をしなかったかな?」 代官の執務室で、鐘森義明と面会した。 「いいえ。若輩者ゆえ、早速ご指導を賜りました」 「うむ。実は大掃除の途中でのう。人手が少ないので、それがしの家の者を何名か呼んであるのじゃ」 成程、世間は年越しの時期か。開拓者稼業に盆も正月も無い輩は少なくないし、剣の道一筋のラグナも、あまり時節を気にする方では無い。近頃ではジルベリアを真似て聖夜を祝う者も増えていたが、非モテ騎士には無関係だ。 「そうでしたか。それならば、私もお手伝い致しましょう」 カーディナルソードを竹箒に持ち替えて、代官所の門前を掃き清めるラグナ。 (何か違う‥‥まあ、良いか。こうしていると、騎士見習いの頃を思い出すな) 状況に流される男である。怪訝な顔で、門を通るフィン・ファルストとオリヴィエ・フェイユ。 「お手伝いって、言葉通りの意味だったの?」 「さあ。でも掃除ならボクにも出来そうだ。最近、体力が付いて来たんですよ」 黙々と掃除に勤しむラグナを、嬉しそうに眺めるオリヴィエ。彼の目には、人の嫌がる仕事を率先して引き受ける高潔な騎士、とでも映っているのだろう。 「ラグナ殿は書庫を調べたいと言われての。ついでに掃除までしてくれるとは、律儀な御仁じゃわい」 鐘森は手入れと整理のために、代官所の倉の中から埃をかぶった木箱を幾つも運び出していた。中には年代物の鎧櫃などもあるが、古い物の殆どは宝珠技術を用いていないので、使い物にはならないのだそうだ。 「人手不足って、そんなに深刻なんですか?」 代官代理が力仕事で汗をかく姿に、フィンは不安になった。 「まあな。篠倉の者から見れば、わしは村山を追い出した悪代官じゃからな」 森のアヤカシ退治は大戦果を収めたはずが、代官は謹慎。そして百夜から乗り込んできた鐘森は村山と正反対の命令を発したものだから、代官所の小者、足軽達にとって鐘森の印象は最悪だ。人手不足は嘘ではないが、ストライキ同然の状況らしい。間を取り持つ筈の同心の殆ども殉職していたから、篠倉代官所は機能不全に陥っていた。 「‥‥そういうことは、依頼の時に詳しく説明して欲しいですけど」 「代官所の人間関係の改善は、開拓者の仕事では無いじゃろ。余計な気は回さずとも良い。お主達が来てくれただけで、わしには都合が良いのじゃから」 代官所に残る村山の信望者達の頼みの綱は、言うまでもない。開拓者の存在だ。ギルドが鐘森の依頼を受け、フィン達が鐘森の指図で動くと知れば、彼らの心証に大きく影響するだろう。 「‥‥なんだか、責任を感じちゃいますねぇ」 鐘森のやり方を、フィンは好きになれない。とはいえ、その場で締めあげて木にぶら下げるほど腹も立たない。彼女自身が、村山の謹慎に責任を感じているからだ。 幾重に丘が連なる七伏山の山頂付近に、鴇ノ宮 風葉と海神 江流の二人の姿があった。風葉の目的は、森の奥にあるらしい沼に注ぐ小川の源流を確かめること。 「呆気なく、達成したわけだが」 「‥‥うーん」 地面に手をあてて瘴気回収を試した風葉は、舌打ちして立ち上がった。 「瘴気が全然無いわ。壊れてるんじゃないの、これ?」 雑木林の片隅の、小さな泉。滾々と湧き出る水は一筋に流れ落ち、小川は瘴魔の森まで続いている。 「やっぱり、見た目通りの清流か? 森に流れ込む川の水は、異常無しと」 羽根ペンで手帳に瘴気量と場所を記録する江流。瘴気の量を測る単位は無いが、回復する練力を目安として大雑把に数値化していた。 「うがー!! あたしの肉湧き血踊る大冒険はどこ行ったぁーー!?」 「それを言うなら血湧き肉踊るだがな」 ぶち切れる相方を眺める江流。付き合いが長いので、気持ちは伝わる。 「依頼主のお偉いさんが一人変わっただけで、前回とえらい違いだな。振り回される方の身にもなって欲しいもんだ」 二人が水質調査などと地味な調査を行っているのは、鐘森が森への立ち入りを禁止した為だ。立て看板の一つや二つ、恐れる二人ではないが、常に猪突猛進という訳ではないらしい。 「それにしても村の守りを固めるとか、森の外縁を巡回するとか、もう少し他のやり方でも、良かったんじゃないか?」 「あんた、馬鹿? そんなのはどっかの戦好きか、体力馬鹿に任せておけば良いのよ。まず敵を知らなきゃ、戦い様が無いじゃないのさ」 何気に核心をついている。 アヤカシが居るだけで、開拓者が戦うに十分な理由だ。しかし、魔の森を相手取るのは国と戦うようなもの。国盗り並の兵力を集めでもしない限り、何年何十年もかかってしまう。一人の開拓者が退治する量よりも、魔の森で新たに生まれるアヤカシが多ければ、永遠に決着はつかない。森を本気で相手にするつもりなら、敵を知り、己を知り、どう戦うか、どこまで戦うかを考える参謀の存在は、不可欠と言える。 「有象無象を叩き伏せるだけじゃないんだな」 「‥‥はは、あたしは猛獣か!」 先の調査では、川沿いに森の奥に進むほど瘴気は濃くなった。奥の方は、魔の森と大差ない。瘴気は特別に清浄な場所以外なら、どこにでも存在する。少量であれば生物に殆ど影響を与えないが、大量に集まればアヤカシを産み出し、或いは生物を汚染する。瘴気汚染は最終的には死かアヤカシ化のどちらかを引き起こす。人より瘴気への抵抗力が低い樹木があの濃さに抗えるとは思えない。森の最奥は人の住める場所ではあるまい。 「その割には、この辺にはアヤカシが出て来ないんだな」 片時も気を抜かず、周辺を警戒する江流。周りにアヤカシの気配は無い。手帳につけた瘴気の記録も、森の外縁部ではそれなりの数値を示したが、森から離れると急速に値は落ちた。おおむね普通の値で、泉の周辺に至っては基準値を大きく下回る。 「そうね‥‥変じゃないけど、ちょっと変かな」 風葉はおもむろに泉に両手を突っ込み、ざばざばと顔を洗う。 「おい」 「ううー、つめたっ。清い湧水の近くで瘴気が少ないのは、おかしくない‥‥と思うけど。魔の森並の瘴気が近くにあるのに、周辺に影響が現れて無いって考えると少し妙よね。作物の出来が悪くなるとか、よく聞く話じゃない?」 「さて、目の上の瘤かね」 鐘森の出した立ち入り禁止令を、堂々と無視したのは陰陽師の无だった。彼は森の内部調査の同行者を募ったが、興味を示す者は居ても、頭数が揃わない事と、鐘森と揉める事で仲間に迷惑をかけるという思いから、なかなか同志が集まらない。 「守りを固めるにしても、敵を知らなければうまく行かないでしょう。私はきみの行動に賛成ですが、まずは森の外観を把握しませんか」 長谷部 円秀は数少ない賛同者だった。 円秀は无が声をかけなければ、単独で森の外縁を一周するつもりだった。柔らかい物腰に似ず、生粋の武芸者であり、それだけの実力を秘めた豪の者だ。 「たった二人で、それも砲科の支援無しで偵察なんて正気を疑うわね。傭兵の沙羅・ジョーンズよ、宜しくね」 肩に背負った魔槍砲が目を引く砲術士の沙羅・ジョーンズが加わり、三人でひとまず森の外周を確かめることにした。 資料によれば、森の広さは直径約3km。小さな森ではない。中世の感覚では大都市がすっぽりと納まるほどの広大な空間だ。森はそれ自体が要害であり、中に数千のアヤカシが生息するならば、さながらアヤカシの都城と考えても差し支えない。 その瘴魔の森の北には、数十kmを超えて広大な魔の森がどこまでも続いている。事実上、石鏡の北の国境を封鎖しているその先は、理穴の魔の森だ。船や龍で上空から眺めれば、冥越滅亡後、一国を呑み込んでなお増殖している負の森の繁茂を実感することが出来る。天儀に喰い込むアヤカシの爪痕。いわば、その爪先の先端が眼前の森だった。 「森の北側は、そのまま魔の森に繋がっているのでしょうか?」 「古地図によれば、あの森と、魔の森は元々、離れていたそうよ」 「今は繋がっている可能性は否定できませんね」 三人は鐘森に内緒で資料を漁り、この一帯の地理について基礎的な情報を頭に叩き込んでから町を出た。 代官の大事な仕事の一つが、住民からの陳情を聞くことだ。 十二月、篠倉代官所に陳情に訪れる住民は門前に列を為していた。 「先年検められた酒税の件、村山様には再考を約束頂いたが、鐘森様に改めてお願い申し上げる」 「亡くなられた同心の藤村様に、木下村の井戸の件でご相談いたしておりましたが、どうなりますでしょうか」 「平村の徳衛門ですが、夏に現れた盗賊の件、その後探索は如何様に‥‥」 「先日、伺いました道祖神の修繕のことですが」 「‥‥」 片田舎と言えど、大小様々な問題は起こるもので、只でさえ忙しい年末に、新任の代官だった村山が謹慎中と来ては、鐘森は先代代官と村山の両方から引き継ぎを受けねばならず、まさに鬼のように忙しい。 「大変そうだな」 山下村から来た羅喉丸は、戦場さながらの代官所で忙しく立ち働くオリヴィエに声をかけた。 「そうですね。でも、誰かの為に働くのは苦にならないんです」 先の依頼では虚弱体質で真っ青な顔色をしていたオリヴィエだが、今は顔に赤みが差し、幸せそうに笑う。オリヴィエは手伝いの合間に地図を借り、町中を散策するつもりでいた。今のところそんな暇は無いが、住民達の生の声に耳を傾け、手伝いが出来るのは楽しいという。オリヴィエに頼んで、羅喉丸は鐘森と会う時間を作ってもらった。 「山下村に鳴子を設置し、柵と空堀を作りたいのだが、人手を回して貰えないだろうか。防衛用の設備があれば、アヤカシが攻めて来たときに兵士の損害も減ると思うのだが」 「ふむ。良い思案だが、そのくらいであれば村長に頼んで、村の人手を借りるのじゃな。わしから村長あてに一筆書いてやろう」 羅喉丸が退出すると、次にやって来たのは気品を漂わせたフィン。 「瘴魔の森の調査を認めて下さい」 「ならん。まだ時期尚早じゃ」 二人のこのやり取りは、初日から毎日続いていた。 「敵戦力が少ないなら、むしろ早めに戦力を集めて先んじて潰す、って手も取れます。先手を打てれば、常の大アヤカシ相手の戦より戦力も少なくて済みますし‥‥アヤカシが溢れ出るような状態で真っ先に襲われるのは、森に近い村や町の人たちですから、見捨てるような選択肢を取るのは、嫌なんです」 強情なフィンに、鐘森は溜息をつく。 「ような、では無い。見捨てていたのじゃ。その気があれば、森の側に高い城壁を築き、王都の精兵を千名と派遣しておる。守るとはそういう事じゃ」 アヤカシは食糧も睡眠も必要としない。つまり、アヤカシは兵站を無視する訳で、辺境を守るために兵力を分散させる意義を薄くしている。しかも、魔の森は敵の姿を隠すと共に、森の内部ではアヤカシの力が増すことが分かっている。裏を返せば、森に攻め入るよりも、溢れる敵を倒した方が戦いやすく、兵と開拓者の損耗を抑えられる訳だ。勝つ為にはそうした方策も必要とする考え方を、フィンは全く気に入らなかった。 「お主の言うように、勝てる見込みが無いとは言わぬ。だが、それは博打じゃな。一つの村を守るために、多くの開拓者が犠牲になるかもしれぬ」 「それを承知で参加した開拓者なら、悔いは残しません」 敵地、それも魔の森で戦うからには、どれほど万全を期そうとも犬死、無駄死には避けられない。それを覚悟の上と言われれば、鐘森も武士として些か感じる所はあった。 「ふーむ。‥‥元より、それがしも捨石になる覚悟で代理を引き受けたがの、近頃の開拓者に似ず不惜身命な心がけでござる」 ちなみに士道の効果中である。おかげでフィンの命知らずも五割増しに見える。 「お主の覚悟を疑う訳では無いが、国士には相応しき死地があるもの。わしの生命だけで済む事では無い故、今回だけは自重して頂きたい」 責任を取れないことは許可しない、という鐘森の信条に、士道に訴えたフィンもそれ以上は追及しなかった。これが村山なら、己の腹一つで済まない事も許可しただろう。ゆえに、彼は謹慎中なのだが。 数日後、看板に但し書きが添えられる事になる。 落命し、装具を失いても後悔しない。その覚悟のある者の通行を禁止しないとする条文である。当たり前の事にも思えるが、ギルドの依頼で開拓者が理不尽な死を迎えることはそれほど多くない。勝ち目の無い話は受けないし、事前に調査も行うからだ。開拓者がほいほいと魔の森に入り、死んで貰っては困るのである。だから、この件はギルドの係員が難色を示すのだが、それはまた後日の話だ。 フィンが退出した後、戸の陰から、おずおずとエルレーンが顔を出した。 「お主も、何か具申に来たのかね?」 「‥‥たたかうのは、私たち開拓者が。けれども、それまでに‥‥ぶじでにげる方法を、考えておいたっていいはずだよ」 おどおどした様子のエルレーンを中に招き入れ、鐘森は女戦士の話を聞いた。エルレーンは万が一、森からアヤカシが攻めてきた時の為に、今から避難計画を立てておくことの必要性を鐘森に説いた。 「それは、良き所に気が付いたの。わしも、いずれ村長達と相談せねばと思うていた所じゃが、開拓者から言いだしてくれるとは頼もしい」 鐘森は最悪、篠倉郡を諦めることも考えていた。鐘森の語る所では、人口千人に満たぬ篠倉には、近隣の村々の住民を収納する余剰が無い。だから、篠倉郡に隣接する百夜の町に篠倉郡の住民を避難させる計画だ。 「‥‥村の人々が、嫌がりそう、なの」 自分が言いだした事ながら不安になるエルレーン。 「反発は必至じゃな。わしも、本音ではやりたくない。何事も無く、無事に済めばと思うが、そういう訳にも参らぬわい」 「アヤカシ、出ないわねー」 円秀の三歩後ろを歩く沙羅。拳に布を巻いただけの泰拳士とは対照的に、砲術士の彼女は傍目に分かる重武装で、手持ち無沙汰な様子。十分に警戒しながら、森の外周を歩き始めて半刻あまり、小鬼一匹現れない。 「‥‥」 「聞いてた話と違う。あ、それとも森の中に入らないと出て来ないのかしら」 「結論を出すには早すぎますね。そんなに早く分かってしまっては、何年も調査を続ける研究者の立場がありません」 无はこまめに瘴気を回収し、濃度を調べる。客観的な情報が得られるので、沙羅や円秀には分からない瘴気の差を知る事が出来た。 「こうして見ているだけでは、普通の森と変わらないですね」 森を見つめる円秀。魔の森では植物も奇奇怪怪な様相をしている。小一時間ほど歩いたが、外からは、ただの広い森にしか見えない。 「このあたりまで来ると、瘴気の量が少し増えますね。ただ、魔の森が近いですから、その影響と言ってしまえば、それまでですが」 无はちょっと考え込む。森の奥では、もっと瘴気が濃かった。今、森に入れば、どれほどの人外魔境だろうと思う。いずれにしても、魔の森の影響は、この森の内部に色濃く表れているようだ。 「ちょっと、入ってみますか」 「私も同じことを考えていたところです」 期せずして意気投合した二人だったが、 「反対よ。アタシ達の任務は、生きて情報を持ち帰ることだわ」 沙羅が猛反発する。 砲兵として戦場を巡った沙羅と、拳士として高みを目指す円秀や、研究に一命を捧げる无では姿勢が異なる。 「何も無理に突出しようと言っているのではありませんよ。ちょっと見るだけです、危険だと判断したらすぐに撤退しますから」 「その通りです」 頷き合う円秀と无。 「ここは敵地よ。危険と判断した時には死んでるわ。アタシ達の都合に合わせて、敵は現れてくれない。最悪を想定して、最大限の貢献を目指すべきね」 円秀や无は求道者だ。挑戦し、結果的にそれが無駄死でも後悔しない。沙羅はたとえ道から外れても生き残りたい。傭兵は兵の本質を無駄死にと知るが、それ故に価値ある死を望む。 「まさか、手に届くところに真実があるのに、君は指を咥えてこのまま戻れというのですか」 「鬼の10体くらいでしたら、何とか出来ると思いますが」 「しつこい男どもね。無理しない、深追いしない、支援の無い所に飛びこまない、常識よ」 三人は揉めに揉めたが、折衷案として、山下村に滞在中の開拓者達に後詰を頼んだ上で、先日のアヤカシ退治の時にも、アヤカシが殆ど出てこなかった森の入口付近を確認することで話はまとまった。 「お隣の郡に避難、ですか。ほう‥‥それは難しい問題ですねぇ」 山下村で村人から聞き取り調査をしていた真夢紀は、エルレーンから鐘森が考える避難計画を聞き、ぽんと手を打った。森を立ち入り禁止にした事と辻褄の合う話だ。 「実は、山下村の人達は、あまり避難に乗り気では無いのですよ」 真夢紀は、ちょうど村長との交渉用に手製の避難袋を作っている所だ。 「万が一の時の避難場所を決めて置く事と、その時とっても大事な物と当座の生活に必要な物を子供でも持てそうな袋に入れて家に常備しておく事をお勧めしますですの」 そう村人に説いた真夢紀。 村人は、避難に賛成する者と反対する者に真っ二つに分かれていた。賛成派は若者が中心で、特に幼子を抱える母親などだ。反対派は老人が多く、村長など村の有力者も含まれている。 「避難じゃと!? また逃げろというか‥‥嫌じゃ、この村で死んだ方が良い」 反対派の急先鋒は亮介老人。彼は森に呑まれて数十年前に破棄された山向こうの村の出身らしい。村を取り戻す日を夢見て、七伏山から森を眺めてばかりいるそうだ。 小さな村だから、代官が避難計画を考えているという噂が瞬く間に広がり、ちょっとした騒動になった。 「亮介の言う事は感情的に聞こえるじゃろうが、気持ちは分かって欲しい。避難するのは良いが、戻って来れるあてはあるのかね?」 村長の仁木は、心情的には反対派だが間に立って話をした。 一週間ほど村を開ける、と言う話ならば何と言う事は無い。だが、一月となれば経済的に打撃を受ける。それが数か月、半年となれば立て直すのも苦労だし、村は廃れるかもしれない。先祖代々の土地と田畑は住民の全財産と言って良いものだ。 「どうか落ち付いてくれ。今すぐ村を出ろという話じゃないさ。村長には話したが、鐘森殿は村の防衛のことを考えている。俺達も、この村を守るために出来るだけの事はするつもりだ。その上で、万が一の時の事も考えておいて欲しい」 「この男の言う事は本当だ」 羅喉丸が説得に回り、村長も激する村人を宥めた。思ったより大事になり、恐縮するエルレーンは羅喉丸に礼を言う。 「助かりました」 「‥‥お互いに、嫌な事だからと目を背ける訳にはいかないな。俺も前回参加した身として、知らぬ顔はできなかったんだ」 羅喉丸は柵と堀作りを始めていた。鐘森の書状と、村を捨てたくないという村人自身の気持ちから、二十人以上の村人が参加し、村をあげての大工事になる。 「有り難い、村長殿のおかげです」 「わしらの村の事じゃからな。‥‥避難にせよ、戦うにせよだ。村の者は、見捨てられはしないかと脅えておる。こんな小さな村の事より、国を守る方が大事じゃからな」 卑下する風でなく、仁木は淡々と語った。確かに、片田舎の村を守るよりも、都を守ったり、大アヤカシの陰謀を阻止する方が多くの民を救える。そこに議論の余地は無いし、出来もしない大言壮語は吐けない。羅喉丸は沈黙し、ただ働いた。 「鍛錬など久方ぶりじゃのう、腕が鳴るわい」 「爺さん、そりゃ折れとるんじゃないか」 村を守るには自分達が力を付ける事も必要だと、エルレーンは村人に訓練を行うことにした。しかし、集まったのは何故か年寄りばかり。代官所で見たような骨董品の鎧に身を包み、最年少でも六十を超えるご老体9名が開拓者の前に並んでいる。 「田舎の方では、高齢化が進んでいるというのは本当だったんですね」 「早矢さん、それ冗談に聞こえないから」 辺境の過疎化の実態は脇におくとして、この村には若者が少ない。その上で、働ける者は防衛工事に取られていたし、戦うより逃げる事を考える者も少なくなく、結果的に年寄りばかりが訓練に志願した。 「前回の戦では死に損なったからの。此度こそは、死に花を咲かせねばな」 「まだまだ若い者に遅れは取らぬわい」 ちなみに、全員が非志体持ちである。とりあえず、具足をつけたままでは歩行が困難だったので脱いでもらった。 「ふふふ、情けない有り様ではないか、貧乳女」 山下村を訪れたラグナは、老人達に槍を教えるエルレーンを見て笑う。 「年寄りの冷や水隊か? なるほど、お前には丁度良い」 「何しに来たのっ。‥‥もおっ! へんたいおばかさんなんかしんぢゃえっ、ばかばかッ!」 ちょっとからかったら面罵され、ラグナの顔が朱に染まる。 「私は変態ではない!!」 客観的に言って、巨漢の騎士が兎のヌイグルミを背負い、四六時中話しかける姿は変態のそれであり、百歩譲っても変人だが、本人に自覚は無い。 「まあいい。貴様の相手などしておれん、私は鐘森殿の遣いで来たのだ」 肩をいからせて立ち去るラグナ。歯軋りするエルレーンに、亮介が。 「彼氏か?」 と聞いた。 「ち‥‥」 「血?」 「ちがーーーーう!!!」 その後、エルレーンは大荒れにあれた。死にかけの老人達は猛訓練により、一時は三途の河を渡りかけ、飛んで来た真夢紀の治療で何とか事無きを得る。 「馬鹿女にも困ったものだ‥‥いや、済まない。こっちの話だ」 ラグナは村を守るフィンと早矢に話があった。 「鐘森殿の用件というのは、いざという時の伝令だ」 開拓者が居る時は良いが、ギルドの本分は長期の警備では無いので、開拓者を常駐させるのは難しい。そこで開拓者が不在の際の村との連絡方法が重要となる。 「同じ郡の村と町、走っても数時間とかかる訳ではないがな、緊急時は別だろう」 「往復半日もあれば、村は壊滅しちゃいますか」 フィンも伝令の必要性は考えていた。龍かグライダーでもあれば一番だが、この村には志体持ちが居ない。 「部隊を常駐させる訳にはいかないのか?」 「それも考えてはいる。だが、百夜の兵とて百名足らずだ。他の村の防衛も考えれば、分散させることを危惧する声も強い」 ラグナは百夜兵の訓練にも参加していた。兵の質はそこそこ。隊長と小隊長数名は志体持ちだった。やる事が多すぎて、肝心の文献調査が手付かずだが、嘆いてばかりもいられない。 「兵達は馬は遣うのか? 時間があれば、私も訓練に参加したい所だが、今はこの村を離れる訳にもいかないからな」 早矢は疲労の色が濃い。彼女は不眠不休で見張りを続けていた。村には見張り台のようなものは無かったので、防衛施設作りの一環として、土蔵の上に板を組んで貰い、簡易的な見張り所にしたてている。 「小隊長達は騎馬だが、兵達は足軽の軽装兵だな。貴殿は弓も使うのだろう? そちらの方が有り難いだろうな」 「弓馬は私の血肉だ」 訓練の話はおいおい考えるとして、緊急時の伝令としてはやはり志体持ちが適役。鐘森は己の手勢か、生き残りの同心のどちらかを山下村に常駐させるつもりで、防衛役の開拓者達に意見を求めていた。 「そういえば、同心が一人居たんだよね‥‥」 前回も参加したフィンだが、顔が浮かばない。一応、居た事は居たらしいのだが。 「五味帯刀という男だ。持病の癪で寝込んでいて、代官所に顔を出さん」 恐らくはサボりであろう。村山への義理だてか、他の理由かは判らない。彼以外の同心は近在の地役人だったが、五味は都から左遷された男らしい。 「許せん男だな。問題児よりは、鐘森殿の手勢の方がましじゃないか」 「だろうな。あと村の事で何かあれば、伝えておくが?」 「村というか‥‥馬だな。相棒の出撃許可を頂きたいと、伝えておいてくれ」 「承知した。必ず伝えよう」 鐘森は早矢の進言を容れた。さすがに今回は間に合わないが、次回に繋がる話だ。 「あたし達の調査は終わってるから、協力するのは吝かじゃないわ。てゆーか、連れていけって感じよね」 情報交換がてら、知人の早矢に会いに山下村に立ち寄った風葉は、无達が森に入る話を聞いて、支援役を快諾した。 「代官と揉めるのは、得策とは言えないな。森の外で鬼と遭遇して、仕方なく入り込んでしまった、言い訳はそんな所かな?」 根がまじめな江流は、自然と後始末を先に考えてしまう自分が少し嫌だった。幼馴染みの暴走を止める己の立ち位置を、最近は見つめ直している。 羅喉丸とエルレーン、早矢は村の防衛に留まる。救護役として真夢紀が森の入口に待機し、支援役はフィン、風葉、江流である。 「‥‥静かですね」 瘴魔の森に入った円秀の第一印象は、静寂。 「魔の森では通常の生物は殆ど見られない。それは瘴気の影響というより、アヤカシ達が餌として食い尽してしまうからだと言われています。死んだアヤカシは瘴気に還りますから、生態系が維持できない。故にアヤカシ達が息を潜めてしまうと、まさに死んだ森のようになる訳ですが‥‥本当に静かですね」 例によって蘊蓄をたれる无だが、彼も首を捻っていた。 前回も森の入口あたりでは敵と遭遇していない。さっさと奥に行ってしまったので、こんなものだったかなという程度の違和感だが。 「この前は、この小川沿いに進んだのね?」 「ええ。広い森ですから、迷わないためには良い目印でしょう。大体、森の真ん中を流れているようですし、村山さんの話では森の奥、小川の先に沼があるそうです」 无は奥に行きたかったが、後ろから撃たれそうなので止めた。 「報告書にも書かれていますが、撤退する時に南側、このあたりから小鬼と豚鬼がわいて出ましてね。二百体は居たでしょうか。後ろからも襲われてましたし、とても相手は出来ないので撹乱して突っ切ったのですが、もしかするとこの周辺のどこかに彼らの拠点があるかもしれないですね」 小川から離れない範囲で百mほどを見て回ったが、アヤカシは現れなかった。鬼などの足跡は見つけたが、拠点を捜索するにはもっと人数を集め、捜索範囲を広げる必要があるだろう。 「瘴気があるのにアヤカシが居ない。なんとも妙な感じですねぇ」 无は腑に落ちぬ、という表情を浮かべる。考えられる事として、撤退したか、もう少し奥に移動したか、たまたま遭わないだけか。森が広いだけに、判断がつかない。 「もし逃げたのなら、ここにはもうアヤカシは居ないのですか」 「それは無いですね。アヤカシは瘴気が産むもの。これだけの濃さと広さがあれば、小さなアヤカシであれば年間に何百体と生まれますから」 統計を取った訳ではないので憶測に過ぎないが、魔の森は存在するだけで人の脅威となる。共存出来るものではなかった。 「無尽蔵なんですね」 「そうですね。魔の森はアヤカシの国、この森はさしずめ都市だと思って下さい。アヤカシから見れば、人間だって無尽蔵に生まれているんじゃないですかね」 こんな話がある。 新米開拓者が森でアヤカシと遭遇した。久しぶりだな、と声をかけられた。後で、そのアヤカシは彼の祖父が倒し損ねた鬼だと判った。彼もその鬼を倒せなかったので、もしかしたら今度は孫が声を掛けられるのだろうか。 「大アヤカシを倒してしまえば、終わるのでしょう?」 「‥‥森が消える訳ではありませんが、瘴気が撒き散らされなくなれば、魔の森は成長しませんし、新たに生まれるアヤカシも激減するでしょうね。そうなれば、いずれ消し去れるはずです」 数万の敵を一人で倒すことは無理かもしれない。だが、大アヤカシを倒す事が出来れば、後に生まれる数万以上の敵を倒した事になるのだ。 「倒しましょう、必ず」 円秀は森の奥を見据えた。その先に何があるのか、されど、今の三人は引き返す他は無い。 「あたしも付いていけば良かった。そしたら、敵に会うまで戻りはしなかったのに」 肩をすくめて戻って来た无に、最も落胆したのは風葉だ。 「勘弁してくれよ。前は弓やら、武器を持っていたのが居たろ。ああいうのは、学習能力が高いって証拠だ。前回のようにはいかないぞ」 「対策はしてきたわよ。あー、むしゃくしゃするわね!」 開拓者達は帰還する。森への侵入は、江流の考えた言い訳で口裏を合わせて報告した。鐘森は渋い顔をしたが、アヤカシと交戦していないというので今回は不問とされる。 都へ戻る前に、最後に篠倉の町を散策したオリヴィエ。ラグナも誘ったが、 「すまんが、せめてどんな文献があるのか、一通りチェックしたいのでな。というかだ、誘うならば女は居らんのか少年」 文献と格闘しつつ、己のことを棚にあげる騎士。 小さな町なので、回ろうと思えばすぐに一周できた。 「見回りかい? せいがでるねぇ」 代官所の手伝いをしていたせいか、時々、町の人から声をかけられる。 「鐘森様はどうなのかね? 兵隊さんはおっかなくて、良く分からないんだけど、やっぱり戦になるのかな」 「大丈夫ですよ。鐘森様も色々と考えてらっしゃいますし、開拓者も頑張っていますから」 不安を抱える住民と話していると、不意に袖をひかれた。 振り返ると、同年代くらいの少女が立っている。町の人だろうか。身なりが小奇麗で、商家の娘風である。 「あんた、開拓者なんですって」 「そうですけど?」 「ふーん、あたしと結婚する気ない?」 え。 少女は続きを言いかけたが、後ろから娘を呼ぶ女中の声が聞こえる。 「うー、無理よね。ごめんなさい、忘れて」 声をかける間もなく、少女は女中の方に走り去ってしまった。 呆然とするオリヴィエに、帰り支度を終えたラグナが声をかける。 「どうかしたのか、道端で固まったりして」 「いえ、どうしたんでしょう‥‥良く分からないんです」 事情を聞いたラグナは目を丸くし、帰り路で口をきいてくれなかった。 つづく |