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■オープニング本文 むかしむかし、あるところに、 隣り合う二つの小国がありました。 国といっても、人口千人に満たないような、今でいうならば小さな町くらいの規模です。二つの国はとても貧しく、わずかな食糧や物資を巡って争いを繰り返していました。 あまりにも長い間いがみ合ってきたので、お互いの憎しみは深く絡み合い、もう自分達ではどうにもならなくなっていました。 「このままでは、二国とも滅びてしまうでしょう。姫、どうか私と一緒に平和の道を探して頂けませんか」 「王子、私も同じことを考えておりました。私達二人が力を合わせれば、二つの国を一つにすることが出来るかもしれませんわ」 二国の王子と王女は語り合い、二人は必ず結ばれるという伝説の木の下で誓いを立てることにしました。 二人が伝説の木の前に来ると、そこに王子と王女が居ました。 もう一組の二人も、争いを続ける国同士の王子と王女でした。 四人は運命的な出会いを果たし、王子達と王女達は、共に仲良く暮らしました。 ‥‥ ‥‥‥ ‥‥‥‥‥?? 開拓者ギルド。 最近乗馬と水泳を始めた見習い係員の女性が、破棄予定の依頼書を眺めています。 「この依頼のどこが、問題なんですか?」 彼女は指導役の係員に詰め寄りました。 「困っている人の頼みを聞くのが、開拓者ギルドの役割ですよね」 「あー‥‥ここの所を良く見てくれないか」 指摘された箇所に目を近付け、彼女は眉間に皺を寄せます。 「私が調べてみます」 「調査費はおりないぞ」 「自費で」 一週間後、再び開拓者ギルド。 「三位湖の北側、伊堂の先の篠倉(ささくら)郡に、木下という小さな村があります」 「知らないな」 「そうでしょうね。このあたりは理穴との国境地帯で、石鏡の中でも魔の森の浸食が激しい辺境区域なのですが‥‥」 田舎である。先日、新任の篠倉代官が魔の森化しつつある領域に開拓者を派遣して威力偵察を行ったので、少しは聞いたことのある者も居た。 「木下村には、伝説の木と呼ばれる御神木があるそうです。樹齢数百年と言われる古木ですが、この伝説の木の下で誓いを立てた二人は幸せを手に入れると‥‥」 「眉唾だな」 「俺の故郷にもあったな、そんな都市伝説」 「はい。ですが、この村の伝承は嘘ではありません。何でも、大昔に隣国の王子様と王子様が伝説の木の下で見つめあった瞬間、お互いを運命の相手だと悟ったのだそうです」 ‥‥ 「王子様と、王子様?」 「爾来、伝説の木の下で見つめあった同性同士は、必ず幸せを手に入れているのだそうですよ」 女性係員の顔がとても幸せそうです。 「ナニソレ」 「誰得だよ」 御神木の神通力は本物だ。まったくの赤の他人であっても、木の下で視線が交差した瞬間に強烈に惹かれあうらしい。 「村民たちは無用の混乱を避けるため、これまで御神木の秘密を何百年も守ってきたそうです。しかし、少し前にその存在に気付いた無頼の輩が村を襲い、伝説の木を占拠してしまいました」 「何のためにそんなことを?」 無法者たちは気に入った旅人を拉致し、伝説の木の神通力で虜にしている。 「‥‥つまり、無法者は同性愛者だったと?」 「言葉に気をつけなさい、死にたいのですか」 このあたりから、女性係員さんの目が怖いです。 「コホン、というわけで、皆さん。村の御神木を奪った凶悪犯を退治して来てね」 「ナニ良い笑顔でぬかしてんだよ!」 話を聞かされているのは、男性の開拓者のみ。 「人選に他意はありませんが」 「無茶苦茶だな。しかしだ、賊よりも、その厄介な古木とやらを切ってしまう訳にはいかないのか? 依頼主と相談すべきだろう」 妥当な意見ですが、女性係員は舌打ちしました。 「お行儀の良い返事ね。開拓者は、もっとギラギラしてると思っていたのに」 「だから、依頼主は村長か? それとも篠倉の代官?」 「どちらでもありません」 係員は依頼人の存在をはぐらかそうとします。業を煮やして、一人の開拓者が依頼書を奪い取りました。 「依頼人は‥‥義憤に燃える匿名希望の義士、ジャスティン・クロス‥‥???」 この依頼の申請は、封書で送られてきていました。依頼金も同時に送られてきましたが、届け人は不明です。 「ちょっと待て」 依頼書によれば、伝説の木を占拠した賊達の頭目の名は、十文字正義。 「似てるな」 「アホか、どう考えても本人だ」 依頼人と討伐対象が同一人物。 「‥‥お前、俺達を売る気か?」 「とんでもない。ひどい誤解ですね。私が自分の足で調べて、依頼内容に嘘偽りが無いことは確認済みです。木下村の村長さんからも、大事な御神木を取り戻して欲しいとお願いされましたし」 「黙れ。自分の趣味のために、俺達を奈落に突き落とそうってのか。どんだけ腐っ」 ベキっ それまで笑顔で話していた女性係員の、持っていたペンがへし折れた音です。 「私だって、手頃なゴミ箱でもあれば、こんなことしていませんよ。三十過ぎて男を知らないなんて笑い話にもならないわ。せめて依頼ぐらい、自分の趣味で選んでもいいじゃないですか」 ぶっちゃけ過ぎの女性係員に、みなさんはドン引きです。 「‥‥嘘ですよ」 「何?」 「そうだったらいいなって、話を盛っちゃいました。伝説の木は只の古木、相手は自意識過剰な勘違い野郎でしょう」 皆さんから安堵の息がもれました。 「たちの悪い冗談だ」 「俺は最初から知ってた」 係員の顔は、嘘を言っているようには見えませんでした。 開拓者たちが出て行ったあと、彼女はひとり呟きます。 「開拓者らしく、新しい道を切り拓いて来て下さいね」 こうして、一枚の依頼書がギルドの壁に張られました。彼女は抵抗しましたが、勿論、女性も参加可能です。 木下村。村を見下ろす小高い丘の上には、見事なモミの古木。 その古木のそばに、出来たばかりの小屋があります。 「兄者、ギルドは乗って来るかな?」 外を見張っていた半裸の優男は、腰に銃を吊るしています。 「‥‥来る」 「どうかな、来ないかも」 「‥‥腰抜けに用は無い」 小屋の中央では筋骨隆々の大男が、街道で攫ってきた青年を組み敷いています。青年は大男をはねのけようとしていますが、その瞳は熱っぽく潤んでいます。 「魔力を借りるなんて邪道だと思っていたが、頭の固い連中々の目を覚まさせるには良い薬かもしれないな」 小屋には他に5、6人の男達が居て、それぞれに愛を語り合い、お楽しみ中です。優男は目の前の光景を、面白そうに眺めています。 「御神木の力は永遠じゃない。効力が切れて、元の生活に戻りたければ好きにすればいい。拒むのも受け入れるのも自由だ」 無法はここにあり。 あなたが勇者です。 |
■参加者一覧
真亡・雫(ia0432)
16歳・男・志
相川・勝一(ia0675)
12歳・男・サ
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
ピスケ(ib6123)
19歳・女・砲
ネシェルケティ(ib6677)
33歳・男・ジ
平野 等(ic0012)
20歳・男・泰 |
■リプレイ本文 石鏡辺境。外套なびかせ、奴らは冬の風と共にやってきた。 「ギルドの開拓者です。御神木の奪還依頼を受諾、参上しました。村長にお目通りを」 最年少ながら熟練の巫女、礼野 真夢紀(ia1144)が案内を請う。 「私が村長の空木です」 「早速ですが村長さん。その木ですけど、事が済んだら焼いちゃってもいいですか?」 魔槍砲に手をかけ、何気なく尋ねるピスケ(ib6123)。 「とんでもない。先祖から受け継いだ大切な御神木です。たとえ奪い返せなくても、傷を付ける事だけは、どうか」 「ああ、やっぱりそうですか。了解しました」 顔色を変えた村長に、ピスケは頷いた。どれほど奇妙でも、神木は村人の心の支えなのだろう。開拓者と言えど、村の宝を破壊する権利は無い。 「そういう事ですから、自重してくださいね」 「ふん。不愉快だけど、依頼だもの。勝手な事はしないわよ」 ネシェルケティ(ib6677)は不機嫌そうに鼻をならした。身長2mの豊満な巨漢の踊り子は無類の男色家。ネシェルは御神木を憎悪する所、甚だしい。 丘の周りには既に多数の村人が集まり、固唾をのんで見守る。 背中にプレッシャーを感じながら、丘を登る開拓者たち。 「やはり身を隠せる茂みは‥‥ないな。どうやって近づこう」 鞍馬 雪斗(ia5470)は伝説の木まで60m程の地点で立ち止まった。 味方は熟練の開拓者揃い。情報通りなら賊の制圧は難しくないが、問題が二つある。一つは人質になっている一般人。もう一つは神通力の真贋。 「俺みたいな半端者に、先陣なんてとてもとても。何かあるといけないですから、後ろで待機させてもらえませんかね」 平野 等(ic0012)は最初から腰が引けていた。卑屈な笑顔を浮かべて、一、二歩と後ずさる。 「こうしている間に、人質が何かされても困りますし、まずは僕と雫くんが囮になりますね。その間に救出と強襲お願いしますっ」 勇気を出し、一歩踏み出す相川・勝一(ia0675)。 「あの‥‥勝一くん、待って‥‥え? 神通力が本当にあるような気がしてきたんですけど‥‥」 勝一の相方、真亡・雫(ia0432)は躊躇した。村長や村人の態度、そして、この場の尋常ならざる空気‥‥少年の理性が激しく警鐘を鳴らす。 「大丈夫だよ、係員さんは嘘だって言ってたし。僕も何か嫌な予感はするけど、雫くん頑張ろうっ」 「待ってよ勝一くんっ!」 雫は今すぐ村長に確認したい衝動に駆られたが、勝一は先に進んでいく。所で、ここで二人の装備に言及しておく。雫は武者鎧の軍装でびしっと決めていたが、彼を依頼に誘った勝一はまるごととらさんだ。着ぐるみは防寒服の一種だが、動きが制限されるので実戦向きではない。交渉で相手を和ませようという腹なのか。 「ふっふっふ‥‥この変装で完璧だぜぇ! 伝説の木恐れるに足らずってなぁ」 赤いトサカを誇らしげに突き出す不破 颯(ib0495)。頭からつま先までまるごとこっこの弓術師。この姿で弓が引けるのだから驚きだが、要するに、開拓者は外見で判断するらしい伝説の木対策に着ぐるみを選んだのだ。 楓と共に後衛の双璧を為す真夢紀が、澄まし顔でまるごとはりねずみを被っている所を見ると、本気らしい。 雪斗とネシェルは女双璧、もとい女装癖。雫と勝一は女顔と、8人中6人が男なのに、外見で男と断言出来るのは楓と平野の二人のみ。但し、楓はこっこさんだ。 「どんだけカオスだよ。こちとらとっくに使い古しですけど、今更掘ったり掘られたりとかマジ勘弁ですって」 後方に下がった平野は武器を鞘に納め、早くも手帳と羽根ペンを取り出す。 基本戦術は、単純。 勝一と雫が正面から小屋に近づき、賊と交渉を始める。二人は可能ならば賊と人質を引き離し、彼らが注意を引きつけている間に、後衛組は回り込んで人質を確保、賊を制圧する。作戦の粗は、各人のスキルと力技でカバーする事になる。 「様子が変ですね」 手帳を取りだす真夢紀。 「そんな訳あるかぁ。だって、着ぐるみ着てるから平気だってぇ」 目を凝らす颯。樹に近づいた二人が、途中で立ち止まっている。 「‥‥見つめ合ってますね」 「‥‥そうだな」 仲間達はやきもきするが、声を掛けたり近づけば、作戦は台無し。焦燥する彼らが見守るうちに、小屋の戸が開いた。出て来たのは、中年の頭の禿げた小男。腰に剣を吊るしているから、賊の一味か。 「どうなされた。外は寒いでしょう、中で休憩されては如何かな」 優しい声だ。 二人はコクコクと頷き、手を繋いで小屋の中へ入っていった。 「‥‥演技でしょうか?」 「‥‥言うまでもねぇ。歳は若いが奴らも手錬れ。すぐ合図があるぜぇ」 小屋の裏側に回り込む開拓者達。 10分が経過した。 「‥‥合図、無いですね」 「‥‥馬鹿なぁ、着ぐるみが効かないだとぉっ」 陣羽織をはおった鶏の着ぐるみが、地面に手をついて震えている。 「茶番ね。私の出番かしら」 やおら立ち上がったのはネシェル。 「私を呼ぶ声がした。そして私にそれを為せと精霊が囁いた。本能と煩悩は濁点二つしか違わない」 さながら舞台にあがる踊り子のように、ネシェルは歩きだす。 「おお、あんたが居たなぁっ。行ってくれるのか!?」 「マイノリティの定めとはいえ。何か妙にこう、何というか。そう。これは‥‥匂いがするのよね」 仲間に手を振り、堂々と伝説の木の近づくネシェル。 「私の場合、何とでもなるんだけど‥‥出し惜しみする理由も無いか」 軽くステップを踏んだネシェルの姿が視界から消えた。 「今度は神隠しかよー」 「よく見て下さい。彼は移動していませんよ」 慌てた平野に、ピスケはネシェルの幻術を教える。 「あー、ジプシーの術か。良いなぁ、悪いことに使えそうだよね」 仲間達はすぐにネシェルの姿を再認識したが、遠くから事態を見守る村人達には消えたようにしか見えないだろう。 「‥‥そう、不愉快、なのよ。これは。偽らざる」 伝説の木の正面に立ったネシェルは大きく片足をあげ、大地の邪気を祓うように力強く踏みしめた。 「‥‥待て、あの馬鹿!」 「ふんっ!!」 四股を踏んだネシェルのぶちかましが、古木を揺らす。枝に残っていた雪が降り落とされ、雪をかぶったネシェルは乱暴に小屋の戸を叩いた。 「寒くて敵わないわ。中に入れて頂戴」 「友よ、歓迎しよう」 ネシェルの姿が小屋に消えた。 「今度は大丈夫でしょうか」 「あれが駄目なら、俺達に打つ手は無ぇ」 20分が経過した。 「‥‥あれ?」 更に10分が過ぎたが、3人は帰らない。 残る5人は生きた心地がしない。 「やっぱり、焼いちゃいましょう」 「却下です」 ピスケの案を切り捨てる真夢紀。 「あくまで目的は一般人の救出と神木の奪還‥‥交渉で済むなら戦う理由は無いんだけど。‥‥こうなったら、強行策しか無いかな」 精霊の短剣を抜く雪斗。 「攻めるって言っても、近寄れば皆ご休憩ですよ?」 中で何が起きているのか、平野は大いに興味があった。 「目を合せなければ、いい。足元を見ながらでも‥‥戦える」 女装で統一する事で、敵との不適切な関係を防ぐ。その上で、仲間同士のトラブルを避ける為に、徹底して視線を下に向ける。 「それで行くしかねぇか。心配要らねぇ、こんな事もあろうかと、ちゃんと雌鶏の着てきたしぃ」 雄鶏に比べてトサカが小さいのだと説明する楓。どこまでも楽天的な楓に、仲間達は多少落ち着きを取り戻した。 雪斗、楓、ピスケの三名が前衛。真夢紀と平野が後衛。視線が交わらないよう相談し、5人は小屋へ向けて前進した。 「突入!」 小屋の戸が開く。それを待っていたピスケは閃光練弾を放つ。小屋の中で強力なフラッシュが炸裂した。 「‥‥えっ?」 閃光と同時に踏み込んだ楓は信じられないものを見た。 眼前に、女性が立っていた。 きわきわのミニスカを穿いたむちむちの巨女である。胸に南瓜を仕込み、頭部には金髪のカツラ、女装した十文字正義その人だ。 「‥‥待っていたぞ、諸君」 「くはっ」 視線を外せたのは奇跡に等しい。 「超ミニは無いぜー!」 「ふ、何を言うかと思えば。ミニスカは気合で穿くものだ」 必死に放った楓の月涙は、室内の障害物を避けて正義の右足に突き刺さる。しかし、そこまでだ。強引に首を曲げた楓の視線が、室内に踏み込んだ雪斗と交差する。 「‥‥なんで?」 「ごめんなー。不可抗力ってやつさぁ。だけど、あんたで良かった」 二人とも視線が切れない。 「物好きだな‥‥誰にでも言う癖に。それとも自分が‥‥女みたいだから?」 雪斗は精神力を総動員して抵抗した。しかし、彼ほどの魔術師でも抗えない程、この神通力は強い。 「俺も女装ぐらいするぜぇ。性別か‥‥なんでそんなもの気にしてたんだろうなぁ」 楓はレンチボーンを捨て、雪斗の腕を取った。優しく引き寄せる。 「‥‥愛している。俺のものになってくれ」 「‥‥嫌いじゃない」 耳元で囁くこっこさんを、赤面した雪斗は上目遣いに見つめた。 「大丈夫、力を抜いて。天国へ行かせてあげるわ」 「‥‥くっ‥‥あなたは、裏切ったのですか!?」 ピスケは眼鏡を捨て、魔槍砲を杖代わりに歯を食い縛る。彼女の前に立つのはネシェルケティ。 「あんたの為よ。それに依頼人と、村の為かしらね」 女性嫌いのネシェルが、慈愛に満ちた瞳をピスケに向ける。吸い込まれそうだ。 「あなたを信じたい。――あなたをあの日の夏と比べるならば、あなたはより輝かしく、そして慎ましい。吹きすさぶ恋の風は夏の華を激しく震わせ、夏の逢瀬とともに瞬く間に過ぎていく‥‥」 「あら、詩人なのね。好ましいわ、これは本心よ」 あっと言う間に前衛全滅。 「うぎゃぁぁぁっっ」 平野は一度は逃げたが、彼1人では妙案も無く。好奇心猫を殺すのたとえ通り、報告書の取材のために小屋の中を覗いているうちに、うっかり目を合せ、取りこまれた。 真夢紀は逃げずに踏ん張った。 「何が目的ですか?」 下を向いて目を閉じた彼女は、正義と交渉。自分の意志で小屋に留まった。 半日後。 すっかり状況に慣れた雫と勝一は恋人同士のようにじゃれ合っている。 「ぁ、ぁれ‥‥? 何か‥‥キミの瞳、凄く綺麗だ」 鎧を脱いで、勝一のとらさんの中にもぐり込む雫。 「あっ‥‥雫くん、くすぐったいよ」 「ふふ、外は寒いけど、こうするときっと暖かいよ」 二人とも小柄で華奢な体格だが、さすがに着ぐるみに二人はきつい。着れているとは言い難いが、はだけた胸を勝一に密着させて、くすくすと笑う雫。 「ああ、雫くん、実は僕も君のことが気になってて‥‥嬉しいよっ」 勝一の方も、満更ではない。抵抗が無くなってきたようである。 「あらあら、‥‥そんな所にまで‥‥ほうほう」 二人の様子を食い入るように見つめる真夢紀。記録係が書けない事を書き残すのが自分の使命と、彼女は筆を走らせる。正義がたまに、神通力が効いた真夢紀を足にくっつけたまま歩いてたりするのは御愛嬌だ。 「‥‥これは魅了の一種。恋人達を結び付けるという愛の精霊‥‥まさかね」 雪斗の視線の先には、彼の膝を枕に寝そべった楓の顔がある。 「愛の精霊かぁ。本物の伝説の木がありなら、十分ありだと思うねぇ」 二人は取りとめの無い会話を続ける。神通力の効力は数分だが、切れたと認識した時には視線を合わせているので、なかなか抜け出せない。 「すまない‥‥自分の居場所は、此処じゃないと思うんだ‥‥」 「さっきは俺のものになってくれなんて、言っちゃったけどさ。俺はあんたが幸せなら、それでいいと思ってるんだぜ」 己よりも相手を思いやる。そうした気持ちは心地よいものだが、はまるのが怖い二人だった。 「こんな下らない事をしてる理由は何?」 「‥‥愛ゆえにかな」 ネシェルケティの下に組み敷かれた正義の相方の砲術士は自嘲気味に笑った。 「最初から考えていた企みでは無いのでな。説明し難い」 「質問を変えるわ。それで、どうするつもりなの?」 こんな事をずっと続けられる訳が無い。開拓者の世界は広い。探せば両刀部隊くらい作れるだろうし、そもそも伝説の木を焼けば良いのだ。 「お前達が、俺達を捕まえて終わりにするんだ」 「嘘ね」 「嘘じゃない。神通力は愛を知る者には効かない。だから、じきにお前達にも効かなくなる。俺達を捕まえて、御神木の扱いはギルドと村で話し合うんだな」 ネシェルは目を見開く。それが目的なのか。だから、この時期なのか。 「俺達は伝説の木を探していた。兄者のためにな」 「兄って、あの女のこと?」 一度でも愛を交わした者は知るが、正義は女性だ。体は女性だが、漢の心を持った正義の苦悩が、伝説の木を求めた。これが誤算で、女性嫌いのネシェルに神通力は発動した。いい加減な御神木である。 屈辱を味わったが、正義に敵意は無い。愛情を感じようと、危害を加える者なら戦える。その上、正義達は捕まるつもりだという。どうしたものかと思っているうちに、5人が突っ込んで来たので、とりあえず騒ぎを収束させた。 「俺達は逃げも隠れもしない。それだけの罪は犯してきたからな」 事件はこのまま解決するかに見えた。 「あはははは、これが愛? おっかしーの! 誰かに奪われる前に俺だけの物にするけど構いませんよね? この場で永遠に俺だけの物になってくださいよ」 平野が突然、暴れ出した。 彼は愛を知らず、自分の中に溢れた大量の感情に恐怖した。 「違う‥‥ごめん、そんなつもりじゃないんだよ。あれ、俺‥‥誰?」 時間が許せば、平野も落ち着いただろう。実際、彼は理性で自分を抑えようとしていた。 「‥‥」 平野の暴発で小屋から逃げたピスケは、その場に蹲る。 「大丈夫か?」 「‥‥すみません。何も仰らないで下さい。これほどとは思いませんでした。ついでに記憶と記録も残さないで頂けるとありがたいですが難しいですか無理ですね。そうですね、ではもう神通力は十分にわかりましたし、これ以上犠牲者も出したくないですので跡形もなく灰も残さずこんがりじっくり焼きましょう」 衝動的にピスケは撃った。それは、老木の命脈を断つに十分な威力があった。 「幻想は夢のまま‥‥現実とは違うんだ 貫け雷帝! 先ずは‥‥君達の幻夢をぶち壊す!」 「‥‥うっがあああああああ!!!!」 雪斗の雷撃が、楓の乱れ撃ちが、賊を再起不能に打ちのめす。これは正当な八つ当たりである。 「「‥‥」」 勝一と雫はしばらく距離感に苦しんだ。その後、手を繋ぐ二人の姿が何度か目撃されたそうだ。真夢紀は年末に某所で臨時会報を出すようである。仲間達が、その原稿を燃やそうと付け狙っている。実は平野も記録を残している事を、彼らはまだ知らない。 ピスケとネシェルは村長に土下座した。 「神木の存在が知られた時に、覚悟はしていました」 村長は深く悲しんだが、許してくれた。 彼らは木下村の運命を変えたのだが、それに気づく者はまだ居ない。 |