水面下の敵
マスター名:松原祥一
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/12/12 11:35



■オープニング本文

 船で移動中、不意に足音が聞こえる。
 甲板を見渡しても、誰も居ない。
 だが、足音は徐々に近づいて来る気がしてしょうがない。
 湖面に目を向けるが、人影は無い。
 しかし、ようく目を凝らすと、水面の下に、まるで鏡映しのように逆立ちした人影が歩いているのが見える。
 その人影は、まるで空気が足場になるとでもいうように、水面に足を向けて水中を歩行していた。
 水面の人影は黒い靄に覆われ、はっきりとした容姿は識別できない。ぼろを纏い、二つの赤い瞳だけが爛々と輝き、長い太刀を佩いていた。
 船員はアヤカシに違い無いと思い、大声で仲間を呼んだ。
 皆はいまや船に十分に近づいた水面下の人影に向って矢や槍を浴びせかけたが、一つとして当らない。まるで実体を持たぬ、水面の影の如く、
 神と精霊の名を叫ぶ船員達の前で、水面に写る亡者は太刀をぬき払い、船に斬りつけた。
 何という不条理だろう。太刀の一撃は船底に穴を開ける。
 このままでは船が沈没する。船員達は急いで水中に逃げ出したが、泳ぎの達者な船乗り達も、水面下を走る亡者には敵わなかった。皆、殺されたか、溺れ死に、唯一の生存者の報告を元に、開拓者ギルドにアヤカシ討伐の依頼が出された。

「このアヤカシは、幻覚や特殊な防御術を使っているか、或いは霧状化などしていて攻撃が通用しないのかもしれない。厄介なのはもし霧状化していた場合だが、相手の攻撃は通じて、こちらの攻撃だけ通じないなど有り得ない。少なくとも本体の核や、攻撃時の腕などには攻撃が通じるはずだ。いずれにしても、探りを入れながら戦う必要がある。水中対策は言うに及ばず、前衛は元より、サポート役の真価が問われる依頼と考えて良いだろう。十分な体制で臨んで欲しい。以上だ、諸君らの健闘を祈る」



■参加者一覧
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
エルレーン(ib7455
18歳・女・志
白葉(ic0065
15歳・女・サ
津田とも(ic0154
15歳・女・砲


■リプレイ本文

 湖面に影がうつる。
 季節は秋から冬へと移り、肌を刺す冷たい風に、水面の影はゆらゆらと揺れた。
「陽淵、ラル、ユウ――攻撃はこの三匹でいいのか」
 指折り数えた津田とも(ic0154)に、白葉(ic0065)は両手で掴んだ斧をぐいっと近付ける。
「‥‥私は、船で戦います」
 白葉の相棒のユウは戦闘に参加しない。
「わ、私も船に乗る‥‥けど、ラルも戦うからねっ」
 エルレーン(ib7455)のラルは、経験豊富な炎龍だ。定数ぎりぎりの今回の仕事、頼れる戦力は多いに越した事は無い。
「済まないな。心苦しいが、近接戦はエルレーンと白葉に頼むより無い」
 湖を見つめていた琥龍 蒼羅(ib0214)が振り返る。顔色が随分と悪い。蒼羅は希儀の戦いで負った傷が癒えないまま、この依頼に臨んでいた。
「俺は、陽淵の上から援護に回らせてもらうよ」
 自責の念を感じる蒼羅だが、表情は動かない。誤解されやすい男だ。
「気にするな。依頼を受けたのは希儀に行く前だったんだろ。それなら仕方ないさ。それに、敵はこの俺が仕留めてやるよ」
 津田はマスケット銃を掲げて笑う。
「頼もしいな」
 蒼羅達から見れば、津田は駆け出しのひよっこに過ぎない。しかし、期待は本物だ。彼女は遠距離を得意とする砲術士で、グライダー乗り。
 グライダーは派手な龍に比べれば地味な相棒だが、小回りが利く。空中静止、急反転など変幻自在の機動は、時に不可能を可能とするし、今回の仕事にうってつけである。
「それで、さっきから考えていたんだが、水面の裏側に立つ相手を、水の上から狙うのは難しい」
 水上からは敵の足しか狙えないし、攻撃の角度も限定される。無論、同じ事は敵にも言えるのだが。
「‥‥水の上に、誘き出せないでしょうか?」
 と言ったのは白葉。
「おいそれと、出て来てはくれないだろう。敵の能力は分からないが、水中に居ることと関係があるのかもしれない」
 憶測に過ぎないが、歴戦の志士である蒼羅の言は重い。
 敵の目的が単なる人狩りなら、途中で逃げる可能性が高い。勝機が薄いなら、安全策に徹するのも有りだ。依頼が失敗しても情報収集を優先する、それも時には賢明な判断である。或いは、危険を覚悟で踏み込むかだ。四人は判断が付きかね、ひとまず方針は保留にして、まず生き残りの猟師から詳しい話を聞く事にした。

「アヤカシが船を斬りつけた時、太刀筋と実際の傷に妙な点が無かったか?」
 蒼羅の質問に、壮年の猟師は困惑気味に首をふった。
「横に居た弥蔵のやつが、危ねぇって叫んで‥‥それで俺は握ってた銛を落っことしてよ。あいつが刀を振り上げたのがちらっと見えた‥‥太刀筋とか、どこを斬られたかなんて分からねぇ」
 猟師はその時の光景を思い出し、ガタガタと小刻みに震えた。
「どういうこと?」
「シノビに空蝉という幻術がある。見えているのが幻影なら、攻撃が素通したのも道理だと思ってな」
 敵が斬り、実際に船底が斬られた。そこに間違いは無いようだが、猟師の証言からはどちらとも断定し難い。留意して戦うより無いようだ。
「敵は水中に居たと聞きましたが、体の一部でも、水面から上に出てきたことは無かったのですか?」
 白葉は淡々と質問する。
「ああ? ‥‥あー‥‥無い? いやあ、無かった! 俺は必死に泳いだんだ。後ろから仲間の悲鳴が聞こえて、すぐ後ろから弟の悲鳴もよ‥‥駄目だと思った時に足がついたんだ。走って、それから後ろを見たけど、あいつはもう居なかった」
「‥‥なるほど。あいつは水からは出ない‥‥猟師さんは、そう思った訳ですね」
 アヤカシの生態は、個々で違い過ぎるほど違う。故に確証は無いが、白葉には、敵が水から出ないことには利便性以上の理由があるように思えた。

 猟師から小舟を一艘貸して貰い、開拓者達は作戦を練った。
「まずは攻撃しながら、良く観察する。やられなければ、彼らが見えなかったものに気づけるかもしれない」
 猟師たちは敵の怪異に圧倒され、為す術もなくやられてしまったが、開拓者ならばむざと倒されはしない‥‥はずだ。
「どうせ、敵はまた小舟を狙ってくるんだろ。船がやられちまったらおじゃんだ。先に仕掛けて、いいんだよな?」
 砲術家の家に生まれたという津田は、好戦的だ。家名をあげ、己の技術を実践により磨き上げる、その事に身命を賭している。
「‥‥構わないかと」
 グライダー上の津田を、水中からは斬れない。逃げられる恐れもあり、撃ち落される可能性も忘れていないが、敵の出方を探るには良い方法だ。
「‥‥きついけど、いろいろ試すしか、無いんだッ! がんばってもらうよぅ、ラル‥‥いっしょにアヤカシを倒そう!」
 炎龍に笑顔を向け、エルレーンは左腕のベイルを振り回す。彼女は、この盾で敵アヤカシの攻撃を受けとめる気だ。それは水中の肉弾戦を辞さない、という事だ。
「‥‥船の方は、私達に任せてください」
 白葉は霊斧をしっかりと握り締めた。
 冷静に考えて、状況は結構厳しい。万全の態勢とは云えないが、それこそ、開拓者の名に恥じぬというべきか。
 方針が定まると、エルレーンと白葉は小舟をゆっくりと湖の中へ進める。エルレーンの方が器用だったので、彼女が漕いだ。

 ドーーーーンッ!!

 水面に大きな水柱が立つ。
「ラルゥッッーーー!!」
 全長4m半の炎龍が、湖の上で翼を激しくばたつかせている。龍には、さすがに水面ゼロ距離をホバリングしながら戦う器用さは無い。敵の攻撃の瞬間、エルレーンの掛け声で急降下したラルは、派手な水しぶきをあげて湖面に衝突した。
 湖面は波打ち、小舟は激しく翻弄された。舳先に立つエルレーンは振り落とされまいと懸命に踏ん張っている。
「はは‥‥あのお姉さん、大技を使うねぇ。俺は近接だとすぐ死にかねないんだよ」
 宙船号で湖を滑空する津田。後方を振り返りつつ、素早くマスケット銃に次弾を装填する。初弾は外した。只でさえ水中の敵は狙い難い。しかも仲間と入り乱れて近接戦ともなれば、狙撃は名手でも至難だ。
「どうする、俺?」
 多少の危険を冒しても、もう少し近づくべきか。宙船号を旋回させながら、津田は珍しく悩んだ。
(さすがに‥‥これでは‥‥)
 霊斧を掴んで水中に身を投じた白葉は、呼吸器を咥えて敵と炎龍の格闘を注視する。
 水上から見れば、ラルが勝手に溺れかかっているようにしか見えない。龍は泳ぎが得意ではないので、それも完全な間違いとは言えないが、ラルは水中を攪拌するように後ろ脚で強力なキックを何度も放っていた。
(‥‥馬鹿な‥‥)
 白葉は、水面の裏側に立つ亡霊のような敵を、ラルの大きなかぎ爪が引き裂くのを見た。しかし、まるで手応えが無い。敵は健在、ゆらゆらと水中を漂っている。
「‥‥まるで、水面に映る影‥‥影に実体は無いです。では、本体は‥‥うっ」
 瞳を見開く白葉。目から火が出た。
 後頭部に鈍い衝撃。痛みを我慢して振り向けば、白く膨れ上がった貌が。
「土左衛門だと」
 湖面に浮かび上がった5、6体の土左衛門が、白葉とエルレーンを襲っている。陽淵に跨る蒼羅は、歯噛みした。服装から、漁船の元船員と判る。ならば、ここは漁船が襲われた場所なのだ。道連れを使うのは、アヤカシの常とう手段ではないか。
 開拓者が対アヤカシの専門家なら、アヤカシは人狩りの玄人。獣が獲物を狩る術を知るように、人狩りの手管は、知恵や強さの別なく備わっている。
「笑えない油断だ」
 蒼羅の放った雷鳴剣と、陽淵の風焔刃が、白葉に覆い被さる二体の土左衛門を薙ぎ払った。蒼羅の心眼が土左衛門の反応に気づくのが一瞬遅ければ、白葉は水中に引き摺りこまれていた。
「‥‥太刀です!」
 水面に顔を出した白葉が叫ぶ。
 彼女は見た。龍に踏み躙られた水面の影は、太刀を握る腕の先から瞬時に再生されたことを。
「どぉりゃーーー!!」
 舳先にしがみつくエルレーンは、鉄の鎖を敵の太刀に向って投げつける。水中の敵はそれを余裕で避けるが。
「避ける理由が、あるってことさ」
 グライダーで接近する津田の銃口が火を吹いた。クルマルスの弾丸は、小船をよじ登る土左衛門の頭を粉砕した。
「無念だったろ。せめて、安らかに眠りな」
 船乗りへの鎮魂歌代わりに、津田は続けざまに銃口を吹き鳴らす。
「良く見れば、平たいですね。‥‥まさか、水面の影を垂直に立ててる?」
 乱戦で敵を覆う黒い靄は散らされ、水面の白葉には敵の姿が良く見えていた。体を持たない太刀のアヤカシが、水中に影を立てて実体に似せているのか。非常識な。
「これが本当の太刀魚‥‥」
 無表情で冗談をかます白葉は、負傷も気にせず重い斧を両手でふり回し、猛然と敵を攻撃していた。地の利は敵に在り、力量も及ばないが、全く怯まない。
「勇敢だ。死ぬぜ」
 津田は銃をおろす。白葉と敵が近過ぎた。エルレーンは頑張り過ぎて溺れたラルに鎖をひっかけて助けている。その間に敵は小船から少しずつ離れていた。白葉を潰して、そのまま逃げるつもりか。
「義を見てせざるは勇無きなり、か」
 湖面すれすれを飛ぶ陽淵から、水中に飛び込む蒼羅。衝撃で傷口が開きそうだが、体を丸め、気力で耐える。仲間の窮地に剣を振るわずして、何の志士だ。
 強敵の出現に、アヤカシは太刀を突きあげる(傍目には下段)。水面の裏側で、両者は一瞬、混じり合った。鞘を走った魔刀が、蒼羅を貫かんとした妖刀と交差する。

 寒いと思ったら、いつの間にか、湖に雪が降りはじめていた。音も無く、深々と振る雪は湖面に融けて水面の影も消え失せる。折れた太刀もまた、霞のように水中に溶けた。
「‥‥勝ったな」
 蒼羅の体は、水面に横たわるように浮き上がった。重傷の身で無茶をしたので、肉体が悲鳴をあげる。志体持ちといえど、人間だ。
「こ、小船が沈む〜」
 エルレーンも悲鳴があげる。どこか穴が開いたのか、船に水が溜まり始める。エルレーンは持ち込んだ鎖と網と油を捨てて、必死に船を漕いだ。助けられた白葉はぐったりして、船べりに倒れて動かないが、両手でまだ斧を握っている。
「グライダーで引っ張ってやったらどうだ?」
「うーん」
 水面から龍に拾われた蒼羅の言葉に、津田は頭をかいた。宙船号はホバリングがまだ出来ない。空中静止が可能なら、超低速飛行はその応用だ。小船を曳航し、多少は助けられるだろう。
「何とか勝てたが、俺達は精進しないとな」
「‥‥そうだな」
 ずぶ濡れの3人と1人は、漁村で温かな食事を振る舞われた。村人達は全員が、4人の話を聞きたがり、涙を流して手を握る者も居た。
 翌朝、村を出る4人は湖に漁に出掛ける村人達に手を振られて、都へ還っていく。