天高く馬肥ゆる秋
マスター名:松原祥一
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/28 08:25



■オープニング本文

 秋晴れの空の下、収穫を終えた田んぼの稲藁を布団代わりに、四肢を投げ出して寝そべる猫獣人の少女と一頭の霊騎。
 くーくー。
 希儀の探索どこ吹く風、一人と一頭は大空と大地に抱かれて、すやすやと夢の中である。
 くー。
「んぅ、もうお昼かな? ‥‥ごはんごはん♪」
 少女は、持参した重箱を嬉しそうに開ける。
 無二の相棒との時間を愉しみに、手間をかけて作ったお弁当。
 もきゅもきゅ。
「美味しいね」
「‥‥」
 馬の返答は無いが、そこに会話が存在していた。
 肌をなでる涼しい風が心地よい、幸せな一時。
「あれ?」
 昼食を済ませ、のんびりと相棒の背中をさすっていた少女の、何気ない一言。
「柳ちゃん、少し太った?}
 首を傾げて、つぶらな瞳を少女に向ける馬(柳之介くん)。
「そっか。このところ、お留守番が多かったから。柳ちゃんも、でぶ馬さんになっちゃったか」
 びき。
「‥‥」
 不当な評価に、無言で抗議する馬。
 以下、馬の台詞が入るが、すべて少女の想像である。
(‥‥自分だって、増えてるくせに‥‥)
「にゃぁ!?」
 愛馬の不意打ちに、少女驚愕。
「増えてないもん」
(‥‥体重は嘘をつかないよ‥‥)
 先刻までの快晴が嘘のように、雲行きが怪しくなってきた。
「み、見てたの?」
 本当は穿いてくるつもりだったお気に入り。無念の溜め息を、まさかに目撃されていたのか。
 睨みあう人と馬。
 種族を越えた友情とは、かくも過酷なのか。
「あれー、どうかしたの?」
 戻ってきた娘達の様子が妙だった。行く時はあんなに楽しそうだったのに。
「‥‥義くん、あたし太ったかなぁ」
「んー、そんなこと無いんじゃない」
 義彦は細身の優男で、その種の悩みとは無縁に思える。納得のいかぬ少女は、重ねて問いかけてしまう。
「よく見てよ」
「別に、いつもと変わらないよ。十分可愛いと思うけど」
「そう? どの辺が可愛い?」
 彼の言葉に、少しだけ安心する娘。
「うーん。引きしまった胸とか、ふくよかなお腹とか‥‥」
「そうそう、引き締まった‥‥にゃぁぁぁっ!!!??」

 娘の名前は幸ヶ谷おえん。
 飛脚をなりわいとする16歳。
 霊騎の柳之介とは幼い頃からの相棒である。最近は慌ただしい世相を反映して飛龍を使い始め、柳之介は運動不足から体重が増加したようだ。
 おえんの方は、仕事の忙しさで不規則な生活が続き、それに食べ過ぎが重なった結果と思われる。
 このままでは、人馬の絆崩壊の危機。
 おえんは、霊騎と自分のダイエット作戦を決意。
 彼女は開拓者ギルドに赴き、一緒にダイエットに参加してくれる人の募集を頼んだ。おえんはダイエットの経験が無いようで、色々と教えてくれる先達や仲間が欲しいようである。わざわざギルドを頼ったのは、人のみならず相棒の体調管理も得意と思ってのことらしい。

「ははぁ‥‥なるほどね。なかなかに、難しいものですねぇ。でも希儀のこととか今は立て込んでいますし、この仕事は緊急性があるとも思えません。後回しで良いでしょう」
 おえんの依頼書は、優先順位の低い棚にしまわれた。
「そういう態度、良くないと思います」
 棚から依頼書を拾い上げたのは、係員見習いの女性。
「いや、まあ、その‥‥頼み事を全部引き受けられるわけではないし」
 しどろもどろに弁解する係員。
「えーと、その近くだけでも、ほら、大量発生した人喰鼠の駆除依頼とか、金貸しばかりを狙う連続強盗殺人事件の捜査協力要請とか、開拓者の助けを必要とする事件が沢山起きているわけでして」
「些事はどうでもいいです。体重より大事なことなんて、この世に存在しません」
 真顔で言いきられ、二の句が継げない係員であった。
「そ、そうですか。それなら、この件はお任せしようかな」


■参加者一覧
羽紫 雷(ib7311
19歳・男・吟
エルレーン(ib7455
18歳・女・志
奈々生(ib9660
13歳・女・サ
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓


■リプレイ本文

 しばらく寒い日が続いたが、今日はぽかぽかと日差しが心地良い。
 休みをくれと言ったら、飛脚の親方は目を見開いて驚いていた。
「‥‥なん、だと。希儀の開拓が山場で、只でさえ年末近くでクソ忙しいこの時期に、休日が欲しい? 君が一日休むことで、他の飛脚にどれほどの迷惑が出るか考えないのかね。社会人として、いや人としてのモラルを疑わざるを得ない」
 そんなこと言っても代休溜まってんですよ親方。というか一週間前に代休届け出しましたよね、私。え、破いて棄てた?
「休暇届けに、痩せたいから、などと理由を書いたのは、君が最初で最後だ」
 それほどでも‥‥えへへ。
「痩せたかったら、昼だけでなく夜も働け‥‥大丈夫だ、仮眠が一時間半もある。必ず痩せるぞ。いいかね、俺の若い頃は‥‥」
 それから一時間、親方の説教が続いた。
 内容は記憶に無い。
「‥‥これほど言っても、決心は変わらんか。分かった、だが戻ってきた時に、君の席は無いと覚悟しておくことだ」
 さあ、これで用意は整った。
 これから一週間、仕事のことは忘れよう。
 ほら、忘れた。


 くーくー、くーくーくー。

「待ち合わせの時間を忘れるとは、けしからんな」
 小春日和の草原、うたた寝する少女を見下ろす篠崎早矢(ic0072)。
「幸ヶ谷殿、開拓者ギルドから派遣された篠崎早矢だ。こら、起きないか!」
「にゃー、もう少し」
 毛布の端を握る早矢に抵抗して、毛布を己の体に巻き取るおえん。
「子供か!」

「おーい、来た来た」
 門の前で待っていたエルレーン(ib7455)は、依頼主を連れてきた早矢と奈々生(ib9660)に向って手を振る。
「よっこいしょ」
 毛布に巻かれたおえんを担いで来た奈々生は、家の前で彼女を降ろした。
「君が依頼人の幸ヶ谷おえんさんで間違い無いかな」
 執事服に身を包み、慇懃に依頼書の写しを提示する羽紫 雷(ib7311)。
「はいはーい、そうですよ」
「結構。それでは、今から俺達四人が君の手助けをする。まずは、目が覚める苦い珈琲を愉しみながら、作戦会議はどうかな?」
 コクコクと頷くと、執事さんと仲間達はテーブルやら椅子やらを運び出して、青空会議の場所作り。家の中は狭いし、外は秋晴れの良い天気だ。
「本格的だねー」
 オブザーバーとして座る義彦。珈琲に砂糖をだばだば入れ、美味そうに飲む。雷とエルレーンはおえんの動きに注意したが、彼女は濃い珈琲をそのまま飲んでいた。
「砂糖は入れないの?」
「いつもぶらっくで飲んでるよ」
 泰南部産の珈琲は、2年程前から天儀でも一般に流通している。まだまだ都などの大都市限定だが、おえんは仕事柄嗜む機会があったらしい。その際にコーヒーはブラックで飲むものだと教わったのだとか。
「‥‥ふーん。甘い物に目が無いって‥‥訳でも無いんだ」
「体重が増える原因は一つでは無いよ」
 おえんがダイエットの為に休暇を取ったと言うと、雷は良い顔をしなかった。
「減らすだけなら、食事を断てば済む話だ。だけど、ただ減らしただけじゃ、すぐに元に戻ってしまうよ」
 良く聞く話である。リバウンドという、ダイエット後の悪夢。いや、リバウンドとの戦いこそが、真のダイエットと言っても過言では無い。
「ほーほー」
 ダイエット初心者のおえんは、初めて聞く話を理解しているとは言い難い。
「ごめんね、俺医者だから医学的な方法しか教えられないけど‥‥なるべく分かりやすく、簡単な物を教えるつもりだ。‥‥さて、もう少しだけいいかな。基本的な事だから、聞いて損は無いと思うよ」
 笑顔で頷くおえん。義彦の方は黙々とメモを取っていた。
「体重は加減算。だから、良く言われるような、これを食べたら太るとか、あれを食べれば痩せるというのは、間違いだ。どんなものでも少量なら痩せるし、沢山食べたら太るよ」
「当たり前にゃー」
「‥‥それが出来てないから、‥‥お腹が出るんだよ‥‥」
 ぐさりっと言葉で刺すエルレーン。晩秋のこの時期に、ほっそりした腰を見せつけるおなかみせは、自信の表れか。
「一日に食べる量を減らすだけで良いってこと?」
「その通り。腹八分目というけれど、お腹一杯食べるより、少しお腹が空くぐらいの方が、健康にはいいとも言う。‥‥何かな?」
「むー」
 おえんは雷の講義に不満そうだ。
「ずっとご飯を我慢しなくちゃいけないんですか?」
「食生活を改善しても、元の食生活に戻れば、体は元に戻るよ。部屋の片づけと同じかな。大掃除をしても、毎日片付けなければ、また散らかるよね」
 ここで、それなら食事を八割に減らすと決意し、不断の継続があれば、結果は見るまでもない。
「難しそうにゃー」
 人は機械ではない。理性が勝利するなら、とっくに理想郷は実現している。
「ダイエットは一時に限らない。食生活を作り替えることだから、やっぱり難しいよね。色々と助言はするけど、一生のことだから効率だけでは選べないと思う。よく考えた方がいいね」
「はい先生!」
 本職?の雷は、実に心強い存在だ。エルレーンと早矢は目標とするに相応しいスタイルの持ち主。奈々生とは獣人同士、仲良くなれそうな気がする。

「楽観的だな。本当に大丈夫なのか‥‥」
 愛馬のために用意された厩舎で、早矢は溜息をこぼした。
「さあ? やってみないと分からないと思うけど」
 奈々生は自分の炎龍を厩舎の一角に繋いだ。厩舎は母屋より大きく、龍も安心して体を休めているようだ。
「そもそも、なぜ馬と人が一緒にいて太るんだ! 馬と飼い主、一緒に太るとか、笑えん冗談だ!」
「うんうん。風の噂じゃ、8時間くらい馬に乗ってたら、太ももとおしりが痛くなるくらい運動できるって聞いたよ」
「噂、だと?」
 早矢の眼光が尋常でない。奈々生は気づかない。
「ウソかホントかわからないけど、動かなくなってぷにったんなら、動けばいいんじゃないかなー」
 龍に餌を与えていた奈々生の両肩を、がっしと掴む早矢。
「嘘なものか! 走ればどんどん痩せる、馬が走ってるだけでも人も痩せる! 長距離乗るんだ! ダイエットに最適なのは乗馬だぞ! 仕事しろ!!」
「え」
 奈々生は地雷を踏んだ。
 早矢は弓馬の家に生まれ、幼い頃から弓と馬、特に馬術に傾倒したらしい。初日は基礎知識を覚えることが中心となり、早矢は出番が無かった。奈々生は彼女から乗馬の素晴らしさ、馬への愛をたっぷり聞かされる。
「‥‥馬、飼おうかな」
「馬はいいぞ! 私も必要にかられて龍を飼ってはいるが、馬の良さには敵わないな、騎龍の方は全く上達せん」

 翌日から、食餌療法と運動を実践する事になった。
 ダイエットの方は雷とエルレーンが、運動は早矢と奈々生がそれぞれサポートに付いた。
「という訳でお仕事お願いします、親方」
「‥‥‥‥君には、仕事をする資格が無い。だが、残念な事に仕事はある。飛空船関連の仕事が希儀関連に食われて、幾つか陸送に回ってきてる」
 飛脚の親方は不機嫌だったが、おえんに仕事をくれた。
「一人でやってるのかと思っていたが」
「初めはそう。あたしは柳ちゃんと一緒なら良かったから」
 馬に乗れれば満足なおえんと、猫の手も借りたい親方の思惑が一致し、仕事を回して貰うようになった。それが徐々に仕事優先になり、霊騎と疎遠になってしまった。
「皮肉なものだな‥‥等と言うと思ったか、この愚か者! 自分で選んだ結果ではないか、自業自得だ! あなたが馬鹿なのは良い、だが、相棒が哀れだ」
「うう」
 早矢の剣幕に、びくびくと脅えるおえん。主人の気持ちを察したように柳之介がスピードを上げた。並走していた早矢も後を追うが、
「む‥‥」
 早矢の愛馬よぞらは黒毛の小型馬。短足でどっしりした体格は、勇壮な騎馬よりもタフな農耕馬を連想させる。見掛け通りの頑健さが自慢だが、脚が遅い。
「何やってんの」
 炎龍で空から先行していた奈々生が、競争を始めた二頭の間に降りて来た。
「何でも無い。それより、何だ?」
「前方の林に小規模な蛇羽の群れが居るけど、どうする?」
 早矢は怒鳴った。蛇羽とは読んで字のごとく、羽根を持つ蛇であり、飛行して毒の牙を獲物に突き立てる小型のアヤカシだ。
「それを早く言わないか! よぞら!」
 主人の意を感じ、大地を全力で蹴り飛ばすよぞら。
「アヤカシが出た。あなたは戦えるか?」
「え、いつもは柳ちゃんに任せて逃げてるけど‥‥」
「賢明だな。少々遠回りになるが、向こうの山を抜けるぞ。遅れるなよ、はぐれたら置いていく」
 威勢の良い台詞の直後、高速走行が切れ、柳之介にぶっちぎられる。
「わぁ、待てよぞら」
 そして危険を感じたよぞらは、馬首をめぐらして回れ右。
「頼む、帰らないでくれ。とにかく前に進め、ほら、ニンジン!」
 弓の先にニンジンをくくりつけ、愛馬の鼻先に持っていく早矢。まるでコントのようだが、アヤカシは迫っている。意外と命懸けだ。

「お腹すいたーっ」
 山道を迂回して荷物を届け、家に戻ってきた時には深夜だった。
「遅かったねー、ご飯の用意出来てるよ」
 ほくほくとテーブルにつくおえんの前に、味噌汁が一杯。
「‥‥ごはんは?」
「時間的に、もはや夜食だ。食べた後は寝るだけ‥‥栄養を取る必要は無いってことだよね。夕食の食べ過ぎは肥満に直結する。ダイエットを目指すなら、絶対に止めようね」
 にこにこと説明する雷。涙目で買い置きのパンに手を伸ばすが、横からエルレーンの手が奪い取っていく。
「にゃー!?」
「悔しかったらやせるのぉ」
 エルレーンは、おえんのおなかのお肉をむぎゅーと摘んで笑う。
「ああーおいしいねぇ、やせたら食べられるのにねぇ」
 もぐもぐ。まさに鬼。救いの手を求め、おえんは義彦に顔を向けた。
「まだ始まったばかりじゃないか、一緒に頑張ろうよ」
「う、うん」
 それを横目で見つめるエルレーン。無言でパンを握りつぶす。
(‥‥妬ましい)
 口には出さないが、本心は「すてきなやさしいかれしがいるからいいじゃんか」であった。義彦は自分の不用意な発言を反省してか、おえんのダイエットに献身的だ。
(ふーん、だ‥‥私なんて、たとえやせてても、ひとりぼっちだもん)
 二人を残して外に出たエルレーンは、草原の奥の夜空を見つめる。
「あーあ‥‥かっこうよくて強くてやさしくて、私を抱きしめてくれるおとこのひとはどこにいるのかなぁ‥‥」
 結構、理想が高い。
「‥‥あ、でも、無職はダメなのっ」
 誰かの顔を頭に思い浮かべたのか、一言追加する。

「仕事が不規則なのは分かった。今の天儀の事情を鑑みれば、仕方の無い一面もあるが、睡眠不足や食事の偏りはダイエットの大敵だ」
「そうだね。単純に仕事を減らすというのも無責任な話だと思うし、外食は避けたいよね。お弁当を作るのが妥当な線かな」
 早矢と雷の意見に、おえんの表情が一瞬翳る。彼女は義彦を見ていた。
(‥‥あ)
 エルレーンは何となく理解した。
「毎日お弁当を作る時間は無いかなぁ」
「そうだね。中身は野菜中心がいいし、体重の事を考えたら野菜炒めとか、油ものは控えたい。休まず続けるのは、ちょっと大変かな」
 食餌療法が限界なら、運動して減らす他は無い。
「水泳はお薦めだよ。冬場は少し寒いけど、泳いでいる人って居るしね」
「甲冑来て小半時動いたら、5kg位痩せたって、ジルベリアの騎士さんが言ってたよ。身も守れるし、一石二鳥じゃないかな!」
「‥‥猫なのだから、ネズミを追いかけたらどうだ?」
 こと運動に関して、開拓者の意見などこんなものである。雷と奈々生と早矢の提案は、保留するという形で退けられた。
「お弁当は僕が作るよ。そうすれば、空いた時間で柳ちゃんと遊んだり出来るよね」
「義くん‥‥」
 それまで話を聞くばかりの義彦の提案に、雷は頷く。ダイエットは孤独な戦いだが、すぐ側でサポートする人間が居るに越した事は無い。
「その意気や良し! では猫の世話はあなたに任せよう。そして、あなたは馬の世話をもっと真剣にやれ! 可愛がるのは良いが、毎日ごちそうばかり食べさせたのでは、馬も太るのが当たり前だ。嫌がるだろうが、粗食に慣れさせろ。早死にさせたくなければな」
 早矢がおえんに、雷が義彦にそれぞれパートナーの食事について注意事項を教えて、開拓者達の仕事は終わった。後は本人達の努力次第である。
「はぁ‥‥」
 帰り路でもエルレーンは一人すねていた。期間中、おえんが義彦と一緒に食べようと思って作った御馳走の数々は彼女のお腹に消えた。
「乙女の体重には、好きな人への思いが詰まってるんだね。ちぇ‥‥羨ましいなぁ」
 この後、下を向いたエルレーンはぽっこりお腹さんと出遭うことになるのだが、天儀は今日も秋晴れだった。