裏山の鬼退治
マスター名:松原祥一
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/23 20:27



■オープニング本文

 新たに発見された希儀に開拓者が乗り込み、大冒険が繰り広げられていた頃。
 世界を揺るがす大事件とは無関係に、天儀の人々の営みは続いている。
 これは、小さな町の小さな事件。


「女なんてものは、ねぇ」
 岡っ引の友三は言った。
「もの呼ばわりは止そうや、親分」
 湯気を立てる茶、とある町の番所である。
「でもねぇ、俺はちゃんと謝ったんですよ。それを、悪いと思ってないのに頭を下げられても、なんて言われちゃ立つ瀬がねえでしょう」
 友三は仕事熱心だが、愚痴が始まるとしつこい。この調子で、女房にも夜が明けるまで説教を続けたそうである。
「‥‥で、しまいにはあんたが許してくれない、と泣き出す始末でさ。女なんてものは、何を考えてるやら見当がつかねえ」
「近頃は女心と秋の空なんて言いますけど、昔は男心と秋の空と言いますね。お前さんの気遣いが足りない所はあったと思いますよ」
 友三は、三月前に妻のお悠と喧嘩別れしている。
 五歳になる一人息子の松太のことで、友三とお悠は揉めている。

「人の話をちっとも聞かない男なんでございますよ。いいえ、殴るの蹴るのとやられた訳ではございませんとも。ただね、とにかく話が長くて。こっちの話は聞かずで、聞いた振りはいたしますけど、自分の都合の良いことを延々と話すのでございます」
 お悠は開拓者ギルドを訪れていた。七年耐えたが、姑とも折り合いが悪く、大喧嘩の末にとうとう家を出たそうである。
「ほうほう。しかし、それでは、歴とした悪人というのでは無さそうで」
「稼業の方は程々に身を入れているようでございます。ひとさまの為には良くとも、亭主としては如何なものでございましょう」
 お悠は、元亭主を叩きのめしてほしいと来たのではない。息子に会いたい。だが自分から家を飛び出た以上は他人、一目と会わせられないと拒否された。友人や町役人などにも相談したが、無駄で、思いあまってギルドを訪れたのだ。
「気の毒とは思いますが、お引き受け致しかねます。やはり、難しい問題ですし、見ず知らずの他人が口を挟むような事では無いでしょう」
 開拓者は非常の手段である。禍根を残す恐れは大きい。友人親族や町役と相談し、相手と根気良く話していく以外には方法の無いことだと、職員はお悠を帰した。

「駄目だったのかい。可哀想にな」
 お悠は現在、友三の家の近くの貧乏長屋で暮らしている。近くに頼れる親戚がおらず、息子と離れたくない気持ちが強い。
「自分の子供に会えないなんて、情けないねぇ」
「‥‥ふーむ、どうしてもって話なら、俺が会わせてやろうか」
「え?」
「なあに。ちょうど旅に出ようと思ってたから、ちょうど良いわさ。裏山のお堂に連れてくから、じっくり話しねえ。そのまま俺は町を出るから、俺のせいにすればいいぜ」
「冗談じゃないよ」
 隣人の金吉は人の良い遊び人。ところが、お悠は知らなかったが、実は泥棒だった。お悠にほだされて、金吉は松太を友三の家から誘拐してしまう。金吉の手紙で、事実を知ったお悠。

「母ちゃんに会いてぇか?」
「うん」
 子供を抱き抱えて山道を登る金吉は、善い事をしたと気分が良かった。
「もうすぐだぜ。親に似ず、素直な坊やだね。おじさんが良い泥棒だから良かったが、悪い泥棒だったら大変だぜ」
 曇り空の下、廃寺へ急ぐ金吉。

 同じ頃、番所に血相を変えた男が駆けこんでいた。
「大変だ!!」
 のんきに柿を食っていた友三は腰を浮かす。
「親分、大変だ。裏山に鬼が現れやがった」
「何、そいつは確かか!?」
 柿を種ごとばりぼりと喉の奥に押し込み、十手と羽織りを掴む友三。
「斬られながら町まで逃げてきた行商人の、今際の台詞ですぜ。間違いのあろうはずがねえ」
「よし、場所を教えろ。俺は一足先に鬼の足取りを確かめる。お前は旦那の所に行って出張って貰え。そうだな、開拓者にも助勢を頼め。鬼を町に一歩も入れちゃならねえぞ」
 旦那とは友三の上司である同心のことだ。下っ引きの情報では鬼は四体。友三ひとりでは荷が重い。

 人間達の事情など何も知らず、ひょっこりと裏山に現れた鬼が四匹。
 運悪く獲物を取り逃し、憤慨する鬼らの目に、お堂へ向う金吉と松太が映った。その場ですぐ襲っても良かったが、今度は行商人の時のようなヘマは起こすまいと、四匹は目配せしあうと、慎重に、金吉たちの後をつけ始めた。

「ふぅ、いきなり降ってきやがって」
 裏山に雨が降り始め、金吉と松太は廃寺のお堂に駆け込んだ。背後に迫る危険に、二人は気が付いていない。


■参加者一覧
小野 咬竜(ia0038
24歳・男・サ
深凪 悠里(ia5376
19歳・男・シ
ユリア・ソル(ia9996
21歳・女・泰
長谷部 円秀 (ib4529
24歳・男・泰
笹倉 靖(ib6125
23歳・男・巫
藤本あかね(ic0070
15歳・女・陰


■リプレイ本文

「ちょいと頼みがある」
 気安く引き受けたアヤカシ退治。頼まれ事は試され事というが、人の生き死にを頼まれ慣れした自分は、一体何に試されている。
「一足違いだ。相手の鬼は、どこかへ逃げちまった」
「無駄足か」
 ロングコートの下の武装の重みを感じつつ、深凪 悠里(ia5376)は踵を返した。確証の無い話を、何で引き受けたのだったか。
(悠里ちゃん、どこかに良いひとは居ないの)
(そうそう。早く結婚してね、若いうちに産んでおかなきゃ駄目よ)
「‥‥」
 俺が産める道理は無いが。
 年頃になれば大なり小なり意識する話だ。名のある武士や貴族と同じく、開拓者にも縁談話がよく転がり込んで来た。志体には遺伝的な側面があり、志体持ち同士の子供は、高い確率で志体持ちになると言われている。噂では、それを念頭に、子弟をギルドに送り出す家もあるらしい。
「子供か」
 近頃、ギルドの依頼から少し足が遠のいていた悠里が、手ぐすねひく有象無象の格好の的になったのも、無理からぬことだった。
 開拓者でありシノビである悠里にとって、家族や子供とは何であろう。
「‥‥やれやれ」
 くだらない事を考えてぼんやりしていたら、雨が降りだした。行商人から早道と聞いて山に入ったが、こうなると土地感が無いだけに道が怪しい。
「――旅の者だ。済まないが、少しの間邪魔をする」
 廃寺を見つけて入ると、先客がいた。若い男と小さな男の子の二人連れ。
「そんな隅っこに居ねぇで。姐さんみたいな別嬪と相席できたら、雨宿りも極楽だ」
「俺は男だ」
 整った風貌と華奢な体格から、間違われるのには慣れている。
「おっと、悪い事を言っちまったかい」
「構わない。‥‥二人は町の者だろうか。街道へ出る道を教えて欲しいのだが」
 最初は親子と思ったが、男の方は手甲、股引、脚絆、草鞋履きの旅姿なのに、男の子は薄手の着物に下駄と、服装に違和感があった。
「方向は俺も同じだな。兄さんが良かったら、街道まで道連れはどうだい?」
 男は金吉と名乗った。男の子は松太。
「お兄さんはどこの人?」
「都で開拓者をしている」
 三人が名乗り終えたところに、雨風と一緒に四人目が現れた。
「やあ、参りました。酷い雨ですね」
 全身ぬれ鼠の巨漢は、長谷部 円秀(ib4529)。陣羽織の下から鮮やかな龍の刺繍が覗き、鍛え上げられた肉体は服の上からもありありと感じられた。
「美人の次は武芸者とはね。その格好、兄さんも開拓者かい」
「ふむ‥‥御同業、という訳でもないようですが、皆さんは?」
「雨宿り仲間だ。円秀、しばらく」
 悠里が言うと、ああ、と円秀も頷いた。たしか昨年の今くらいに、同じ依頼に入ったことがあった。
「活躍は聞いてる」
「まだまだですよ」
 円秀ほどの手錬れはギルドにも多くは無いが、謙遜という風でもない。
「開拓者が二人ってのは只事じゃないぜ。何か事件でもあったのかい?」
 妥当な懸念だ。疑う金吉に、円秀は首を振った。
「偶然ですよ。見れば金吉さんは旅慣れたご様子、旅暮らしでは、そういう日もありますよね」
「ふーん、まぁそうか。ともあれ、こんなに強ぇ男が二人も居るのは心強ぇや。寺はボロいが、お城の中より安心だぞ、松太」
「うん、すごい」
 人懐こい少年は円秀に笑顔を向け、手拭いを渡した。
「円秀はどうして此処に?」
「依頼の帰りです。きみもそうでしょう」
 円秀は五日と開けず、ギルドの依頼をこなしている。まさに常在戦場な男だが、人品は柔和で殺伐としていない。職業柄、二人は互いの情報を交換し合う。時期的に、希儀の話などして、それを一般人の二人は面白がって聞いていた。

「えっ、それでもう鬼の被害が出ているんですか!?」
 二階で荷を解いていた藤本あかね(ic0070)は、下っ引きの急報に驚いた。転がる勢いで階段を降りて来る。
「おいおいっ。この小せぇのが開拓者だって?」
 熊八は小柄な方だが、あかねは彼より頭一つ小さい少女。下っ引きの表情は露骨に曇った。
「すげぇのが泊まってるって話じゃなかったのかい」
「その人なら、半時前に発ったね。今居るのはこの人だけでね」
 小さな町だから、開拓者を受け入れるような宿は限られる。宿の主人の言葉に、熊八は渋面を作る。
「見掛けで判断しちゃいけねえって親分も言ってたっけ。急で悪いが、既に一人が殺られてる。鬼退治の助太刀、どうか手を貸しておくんなせえ」
 腰を低くして頭を下げる熊八に、あかねは躊躇した。
「鬼の対処はある程度できると思いますけど、その、新人ですし一人ではちょっと‥‥上役の人はどこに?」
「友三親分は、鬼の足取りを確かめに裏山へ向いやした。姉さんの助力が得られたら、同心の平岡様とあっしとで、鬼退治に向って頂くことになりやす」
 友三は、いけいけな岡っ引のようだ。敵はおそらく四体。数の上では五分だが戦力的には心許ない。
「他の開拓者は‥‥はあ、今から探していたら間に合わないですか、そうかもしれないですね」
 開拓者と言えど、依頼の外でアヤカシと戦う義務は無い。「私には関係ない事ですから」と言う自由はあるのだ。
「まさか断ろうなんて気じゃ?」
「ははは‥‥」

「むーん」
 長煙管を咥えた小野 咬竜(ia0038)は情けない声を洩らす。お悠から話を聞き、意気顕揚と乗り込んだまでは良かったが、番所はもぬけの空。
 火鉢が温かい。先刻まで人が居て、火を消す暇もなかったと見える。
「さては金吉め、しくじったか。こうも早く露見するとはの」
 咬竜は唸った。今から同心の屋敷に向っても、無駄だろう。
「竜が使えれば探すのも楽じゃが」
 傍らの相棒を見下ろす咬竜。
「手前は龍ではございませぬ。人です」
「ふふ、人妖は人かね。まあ、お前に乗るわけにもいかぬし‥‥走るか」
 通行人は仰天して道を空けた。
 巨大な斬竜刀を背負ったサムライが、疾く疾く出陣する様に、先刻の血相を変えた友三が重なる。町人達は知った、何か事件が起きたのだ。
「喧嘩ってのは片方から事情を聞いただけだと、もう一方が不利になるからどっちが悪いとは言えねぇけどよ、一つ言えることはさー」
 話を聞き終え、笹倉 靖(ib6125)はお悠に一言。
「子供を置いてきたお悠、アンタも悪いんじゃねぇの。なんで子供と共に家を出てやらなかったんだい」
「連れていくつもりでしたよ。だけど、お義母さんが松太を離さないものだから、どうしようも無いじゃないか」
 お悠は松太の事を何とかしようと同心の平岡に頼んだり、友三が懇意にする商家の隠居に頭を下げたり、開拓者ギルドにも頼みに行ったそうだ。
「ギルドに?」
「だから、あたしを尋ねて来られたのでしょう?」
 ユリア・ヴァル(ia9996)は靖と顔を見合わせた。
「私達は、開拓者だけど、誰かに頼まれて此処へ来た訳じゃないの。たまたま困っていた貴女を見掛けたから声を掛けた」
「さっきのお侍様もそんな事を言ってましたねぇ」
 都ならいざ知らず、広い天儀の片隅でそんな偶然。
「ともかくさ、今回の件で悪くない奴が誰かってのは、はっきりしてんぜ。子供に迷惑かけんなよ大人ども」
 靖に叱られた事で、動顛していたお悠の心が定まる。
「‥‥のせいだって言われりゃ、ぐぅの音も出ない。松太はあたしが取り返します」
「え? 一寸待って。そりゃ一度ちゃんと話し合ってみた方が良いとは思うけど、誘拐ってのは不味いわよ。ここは私達に任せて、ね。あなたは家で待ってて」
 お悠の知人の金吉が松太を誘拐し、それを彼女が取り戻せば、どうしても関連を疑われる。金吉がどんな手段を使ったかは知らないが、なるべく彼の仕業と悟られず、第三者の開拓者が山で迷子の松太を保護した、という筋書きが理想とユリア達は考える。
「見ず知らずのあんた達が、金吉さんと松太をどう説得するって言うんです?」
「‥‥」
 道理を説き、通じない時は腕ずくで。本来なら力を借りたい土地の同心や岡っ引の手を借りられない、そこが厄介だ。
「本気? これ以上拗れたらさ、町にも居られなくなるかもよ?」
「だからどうだってんです、松太があたしを待ってるんですよ」
 二人の開拓者は顔を見合わせた。天を仰いだユリアの頬を、雨粒が叩く。
「嵐が来るわ」


「捕まえたっ!」
 大地を震わす大音声。
「何だ!?」
 膝を折り、地面を眺めていた友三は反射的に十手を引き抜いた。
「鬼、じゃねえな‥‥いきなり何しやがる!」
「男のやる事なぞ、喧嘩以外にあるかね。この大馬鹿野郎!!」
 山を全力で登った咬竜の咆哮を食らい、友三は訳が分からない。咬竜はニヤリと笑った。
「そもそもだ、めおとで説教という了見がもうしみったれておる。家長だからとおのれの我を突き通したところで、内助の功を忘れて何とする!!」
 いきなり話を始めた咬竜。
「分からねぇ‥‥分からねぇが、むかつく野郎だ。話は番所で聞くぜ」
 友三は懐に手を入れ、何かを投げた。
 ジャッ
 岡っ引の手から放たれた縄付きの分銅を、咬竜は斬竜刀で受けた。
「聴け! 女の気持ちなど知れぬ、否さ人の気持ちなどそう易々と知れるものではない。だがならば、尚更説教などするは愚昧の所業也。何となれば説教とは己を上に据えて行うもの‥‥」
 友三は絶句して立ち尽くす。
 雨の中、必死で鬼の足跡を探し、お堂に辿り着いた岡っ引の苦労は、正体不明の男の説教で微塵に破壊された。
「そこに居るのは、小野咬竜か?」
 様子を窺っていた悠里と円秀がお堂から顔を出すと、友三はがっくりと首を垂れた。天魔に化かされている気分だ。
「おぬしら、何故そんな処に居るのじゃ」
「そっくりそのままお返ししますが‥‥その男は誰ですか」
「こやつは――――知らぬ」
「‥‥」
 お堂の前で何故に咬竜が口喧嘩を始めたか知らないが、悠里は静観する事にした。超越聴覚を使って外の話を聴きつつ、中の二人に注意を向ける。外が騒がしくなってから、金吉と松太の様子が明らかにおかしい。
「どうしよう、父ちゃんだ」
「お、落ち着きな、松坊。よ様子を見て、裏から逃げるんだぞ」
 小声で話しているが、地獄耳のおかげで丸聞こえな訳だが。
(察するに家出? いや、咬竜の話が本当なら夫婦喧嘩かな。中にこの二人が居ると気づいているのかな、はてさて‥‥)

「世の中の大抵のことは男が悪い! どっちが正しいの悪いの、あれこれ理屈をつけても、結局は格好をつけたいだけなんだから。男なんて単純よ」
 廃寺を目指す道すがら、男性不満をお悠にぶちまけるユリア。
「男が理屈っぽいってのは良いけどさ、悪いと決めつけるのはどうよ?」
 こんな所来るんじゃなかった感満々の靖、しかし立場的に友三をフォローせざるを得ない。お悠は二人に付いていくのがやっとで、会話には殆ど加わらない。
「それに今回の件で一番悪いのは、金吉の野郎じゃないか」
「金吉も男よ。良かれと思って暴走するのが男。考えているようで、自己保身ばかりで何も考えていないのよね」
 売り言葉に買い言葉。
「それを言うならユリアの話だって、好き嫌いで決めつける女の論理そのもの‥‥」
「なんですって!」
 しまったと後悔したがもう遅い。靖の心は、降りしきる晩秋の雨に似て物悲しく沈んでいく。
「ユリアさんは、旦那は居ないのかい」
「えっ、婚約者なら居るわよ」
 お悠に問われ、恋人と人生をかけて決闘の最中だと話すユリア。
「あたしはお見合いでございましてね。まあ一目惚れだったんですけど、見合いの席で義母さんに、こんな女に岡っ引の女房が務まるはずが無いと言われましてねぇ。7年経っても亭主の気持ちも分からずで、義母さんが正しかったんでございますねぇ」
「‥‥」
 もはや余計な事は口にすまいと無言の靖。夫婦喧嘩は犬も食わぬ、まさに至言であると体感中だ。
「実は自信がない人みたいだから、日頃から「ありがとう」とか「頼りになるわ」とかおだてておいた方が良いわよ。馬鹿な男の手綱を握るのも女の務めなんだから」
 そして本気で離縁したいなら、手に職を付けるべきだと話すユリア。
「息子のことはどうするんだ?」
「同心を味方につけるしか無いわね。はた迷惑な事が起きないように、私も因果を含めてあげてもいいわ」
 グングニルを高く掲げるユリア。神槍をそんな事に使っていいのか。
 三人はお堂に近づくが、何やら騒がしい。
 でかい刀を振り回すサムライが、子供を小脇に抱えてこっちに走って来た。

「「松太ああぁぁっーーーーーーーー!!」」

 お堂の裏から逃げ出した二人、ところが咬竜は金吉を蹴飛ばして松太を掻っ攫った。呆気にとられたのは友三。鬼が潜んでいると思ったお堂から開拓者が出て来たと思ったら、家で寝ているはずの我が子が現れ、目の前で攫われたのだ。
「おう、お悠か。済まぬがこの子はやれぬぞ。ぬしらを見ていて不憫になったゆえ、この俺が貰うことにした」
 呵々大笑する咬竜。引きつるユリアと靖。
「ほんと、男って馬鹿ね」
「‥‥」
 槍を構えるユリアに、精霊の加護を与える靖。
「ちぃっ」
 突破力に自信のある咬竜だが、松太を抱えたままでは斬竜刀をまともに振るえない。そしてユリアは紛れもなく強敵だ。アクセラレートと瞬脚で逃げ場を奪われ、円秀も彼女に加勢したので、サムライは強かに打ち倒されて地面に伏した。

「はあ、なるほど‥‥養育権を争って、話がつかないまま子供だけ盗み出してきたと。個人のことにどれだけ首をつっこめばいいか難しいけど、へっ? 熊八さんの上司がこの子の父親? やっかいなことに巻き込まれたわねえ」
 同心らと共に到着したあかねは、子供を抱き締める元夫婦と、縄をかけられた咬竜の姿を交互に見て、深々と溜息をつく。
「詳しい話を聞ける‥‥状況でも無いと。しょうがない、熊八さん。三人にも縄をかけちゃって」
「へっ?」
「だって事件の当事者として話を聞かなくちゃいけないでしょ、騒ぎの原因はそういうことみたいですし。離れないよう、三人一緒に縄をかけちゃってくださいな」
 肩をすくめるあかねに、熊八はもっともだと頷く。
「そういうことなら‥‥やい友三、神妙にお縄を頂戴しな」
「おいおい」
 捕縄を手に持つ熊八、友三とお悠は離れようとするが、松太が二人の手を離さない。
「ふ‥‥子はかすがいってな」
「お前さんの思惑通りかい。ところで一つ聞きたい事があるんだが」
 同心が咬竜に質問した。
「鬼はどこだ?」

 さて、四匹の鬼は強そうなのが二人お堂に入ったのでしばらく様子を見ていたが、咬竜が吠えたのに驚いて退散してしまった。この事は夫婦喧嘩は鬼も食わぬと町の人の評判になり、同心も本腰を入れて仲裁に入らざるを得なくなる。友三とお悠は、松太も交えて、もう一度じっくりと話し合うことになったそうである。