狩人募集中
マスター名:松原祥一
シナリオ形態: イベント
相棒
難易度: 難しい
参加人数: 23人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/30 11:50



■オープニング本文

 天高く馬肥ゆる秋。
 収穫の季節。出来の善し悪しはあれど、地の恵みに感謝し、人々の笑顔は多く、秋祭りなど賑やかな日々が続く。
「‥‥こんな所にまで、か」
 代官の村山主税は、村々の視察の帰り路で小鬼と思われるアヤカシどもの足跡を見つけた。村山の預かる一帯はいわゆる辺境で、魔の森に近い。山一つ隔てた森林は、なかばアヤカシの勢力圏と化し、遠からず魔の森と同化するように思われた。魔の森自体の成長は目に見えるほど速くは無いが、気づけば祖父の代の隣村が森に没していたりする。
「何か手を打たねばならぬなぁ」

 一週間後、開拓者ギルド。
「お代官様が自らお越しとは、何か大きな事件が?」
「そうではないが‥‥被害が起こる前に対処するのも、それがしの務めである」
 村山はアヤカシ退治だと言った。
「近くの森に、アヤカシが増えて困っている。開拓者には、森のアヤカシを倒せるだけ倒してもらいたい」
「なるほど。それで、どれほどのアヤカシが居るのでしょう?」
 害虫駆除さながらの依頼。問題はどんな敵が存在するかだが。
「分からん」
「調べて無いのですか?」
「外側を調べた所で大したことは分かるまい。といって、森の奥に潜入すれば、十中八九は還って来ない。その点、開拓者ならば問題なかろう」
 簡単に言ってくれるものだ。
 領内の森がアヤカシの手に落ちたのは、何十年も前のことらしい。二度ほど取り返そうとしたが撃退され、多くの人命を失った。そして先代の頃に森の奪還を諦めた。
「こちらから手を出さねば、さほどの被害は出ぬのだ。熊や虎のようなものでな」
 だが、放置すればいずれ、森にはアヤカシが満ち、溢れてくるは必定。代官は手を出したいが、彼の兵力では過去の敗戦と同じ結果となるのは見えている。
 代官に出来るのは森の監視であり、いつか村々が襲われた後に、まとまった兵力が差し向けられる事になるだろう。不憫なようだが、辺境に兵力を張り付けておく訳にもいかないので、重要拠点でないところの実情はそんなものだ。
 村山はそれに我慢できず、開拓者を派遣して敵の力を削ぐと共に、実態を探ろうというのである。あわよくば駆逐、それが叶わずとも敵の強大さが判明すれば、中央に進言しやすくなる。
「危険すぎませんか。不用意に手を出して、町や村が滅んでしまった例を知らない訳ではないでしょう?」
「座して死を待つよりも危険を冒して挑む方が好きでな」
「博打ですね」
「勝たせてもらいたい」
 職員はこの依頼を預かることにした。
 依頼人の意向はアヤカシ退治だが、情報収集などを含めた全般的なアヤカシ対策と考えて良いだろう。何か事件が起きた訳ではないので、これと言った目的は無い。逆に言えば、個々の能力に応じて目標を定め、出来ることをやればいいのだ。そう考えるならば、開拓者の腕試しにもなる。
 不謹慎なようだが、規模が大きく、また情報が曖昧である以上、下手に一つにまとまるよりも、個々の開拓者が己の裁量で最善を尽くした方が、返って最悪の結果を回避できることもある。
「何でもいいのですが、森について、情報は無いのですか」
 取っ掛りが欲しい。
「うむ。前任者から聞いた話なのだが――森の奥に沼があり、そこが最初にアヤカシが現れた場所らしい」
 当時はその沼がアヤカシの拠点になったらしい。昔と今では違うかもしれないが、沼に流れ込む小川があるので、川の流れに沿っていけば迷わず森の奥に入れる。
 アヤカシの勢力は数十年前の情報では鬼中心で数百以上。撃退されているので当時でも不確かな情報だ。付近の住民も森には近づかないので、現状は入ってみないと何とも分からない。

 思うほど人数が集まらなければ、森の外ではぐれ鬼を狩るだけでも言い訳は立つだろう。それなりに人数が揃ったならば、力量に応じて森に入るのも良い。大人数が集まるようならば、沼の主?と一戦交えて代官の度肝を抜いてやるのも悪くない。



■参加者一覧
/ 羅喉丸(ia0347) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 海神 江流(ia0800) / 礼野 真夢紀(ia1144) / バロン(ia6062) / アルネイス(ia6104) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 門・銀姫(ib0465) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / レイス(ib1763) / 朱華(ib1944) / 白藤(ib2527) / 寿々丸(ib3788) / 常磐(ib3792) / 紅雅(ib4326) / 一 千草(ib4564) / エルレーン(ib7455) / ラグナ・グラウシード(ib8459) / 春霞(ib9845) / 緋乃宮 白月(ib9855) / オリヴィエ・フェイユ(ib9978


■リプレイ本文

 魔の森とは何か?

 曰く、その森は瘴気で満ちていた。
 ゆえに、森は無限にアヤカシを生む。
 大気は毒、水は汚染され、土壌は腐り果て、アヤカシのみが生息する魔境。
 迷いこんだ生命は瞬く間に捕食され、森に吸収されてしまう。

「おかしな話だな」
「‥‥何が?」
「大気が毒だと言うなら、木は枯れるものだろう、普通。それなのに不毛の荒野でなく、なぜ魔の『森』なのかね?」
 周囲を警戒しながら、朱華は素朴な疑問を口にする。
 これから魔の森にはいる人の言葉にしては、暢気である。マイペースな人だと思う。
「答えは簡単だ。普通の動物や植物には毒でも、アヤカシには逆なんだ」
 質問に答えながら陰陽師の常磐は大地に手をつき、真言を唱える。
「これだけ瘴気が濃いと、瘴気回収しても早いな」
「アヤカシには、瘴気が栄養になるということか?」
 瘴気を糧に繁茂する負の森。筋は通っているようで、何となく違和感は残る。力の回復具合を確かめつつ、常盤は眉間に皺を寄せた。
「実を云えば、本当の処は分かっていないんだ。仮説は、色々あるようだけど」
 陰陽師は実感として、瘴気もただの力と見る。暴力的で危険な力ではあるが、瘴気自体に意思は無い。瘴気により生み出した式は必ずしも破壊的ではないし、瘴気が人体にとって完全な毒なら、瘴気回収や治癒符で練力や生命力が回復する理由が分からない。
 様々な陰陽術が開発されている現在でも、瘴気とは何か、は解明されているとは言えず、人の手は未だ真理に届かない。
「陰陽師だって、魔の森を調査する機会は滅多に無いしな。‥‥千草。後でその資料見せてくれ。寮にも報告したいし」
 瘴気回収でどれくらいの練力が回復したか、進行具合と合わせて常磐は調べ、それらも他の情報とともに一 千草が記録した。
「俺は常盤の秘書か? ――冗談だ」
 シノビの千草は最後尾で、巫女の紅雅と並んで歩いていた。ちなみに常盤は弓術師の白藤と共に中列、志士の朱華と陰陽師の寿々丸が前列という隊列である。
「いよいよ魔の森に挑みまする。寿々も、己の力の限り頑張りますぞっ!」
 翳りのない笑顔を見せる寿々丸。身の丈わずか四尺あまり、まだまだ子供と言って差し支えない少年だが、開拓者に年齢は関係無い。少年の実力を仲間たちは知っている。
「兄様の隣で戦える事は、嬉しいですなぁ」
「嬉しいのはいいですけど、陰陽師が前衛に立つことは無いかなぁ。やっぱり、私が代わった方が‥‥ね」
 天儀弓をいじりながら白藤が言うのを、常盤と千草が同時に遮った。
「駄目だ」
「駄目だな」
 森に入ってから、何度も繰り返された話題。
「注意するのはお前だろ。弓術師が前に出てどうする。いいか、余所は知らないが、俺達は魔の森の専門家だぞ。だいたい、寿々丸の氷龍は前にでないと使えないし」
「然り、然り! 常磐殿、一緒に頑張りましょうぞ!」
 味方不在。
「うぅ」
 白藤は頬を膨らます。
「ふ‥‥何だか、いいですねぇ」
 可愛いやり取りを後ろから眺め、微笑みをもらす紅雅。
 六人は気の置けない友人、身内同士らしい。これから向う場所で、この中の何人かが欠ける事になるかもしれないが、気負いは感じられない。

「あたしも、ご一緒させて頂けないでしょうか?」
 森の入口で、礼野 真夢紀は参加者と思しき人間に声をかけまくった。
「すみませんが、今回は身内だけですので」
 さくさくと森に入っていった六人組にはあっさり断られた。確かに、高い同胞意識は何が起こるか分からぬ魔の森では強力な武器であろう。
「同行者? ‥‥悪いことは言わない、他を当ってくれ。うちは腕試し兼憂さ晴らしってとこで、ぶっちゃけ調査する気も無いんだ」
 海神 江流はそう断ると、ずんずんと先に進む鴇ノ宮 風葉を追いかけた。
「わしに同道したいと? 無論、良いとも。おぬし、隠行の心得はあるだろうな。今回の任務は威力偵察のようだが、見ての通り、わしは隠密潜行で行くつもりだ」
 プラントメイルを着込んだ弓術士のバロンは、顔に泥を塗り、頭巾の上から草を結びつけ、その他細部まで装備を点検し、森林迷彩に余念が無かった。
「威力偵察?」
「魔の森に威力偵察など、特攻と大差は無いがな。‥‥とは申せ、悪くない面子が揃った。如何なる時も、生還の望みを捨てないことだな」
 一口に、同じ依頼に参加した仲間とは言うものの、手段も目的も異なっていた。開拓者といっても、十人十色なのだから、制限が無ければ考えが分かれるのも至極当然か。
「原則的な話が当て嵌まるならば、魔の森を構成する能力は、大アヤカシのみが有するらしいので、この森に繋がる魔の森の、おそらくはその最奥に棲むだろう根源を断てば、周辺地域の問題は一挙に解決するわけです。但し、少なく見積もっても数万のアヤカシ、多くの中級や上級を物ともせず驀進することが可能ならば、ですが」
 陰陽師の无は、背後の森を一瞥して溜息を洩らした。
「もちろん、攻略の糸口もない状況で、そんな大作戦を実行することは不可能です。腕利きの開拓者がざっと千人は欲しいところですし、下手打って全滅したら天儀はおしまいですからね。何と言うか、お代官さんの無茶ぶりにも困ったものですけど、興味本意で参加する私が言っても詮無いことですから、新しく覚えた術の実地試験といったところでしょうか」
「无さん、酔ってますね?」
 少女の指摘に、无は無言で頷く。
「酔わなければやってられません‥‥失礼、冗談です。あのお代官、お酒の趣味は悪くない人でした。折角、私達のために用意されたものを残すのは忍びなく‥‥」
 23名もの開拓者が集まり、しかも高名の勇士も少なからず居た事から、到着した彼らは代官から盛大な歓待を受けた。地酒が飲み放題という殺し文句に、无が抗えようか。
「私は、もう少しここで酔いを醒ましてから行きます」
 次に真夢紀が声をかけたのはエルレーン。
「私も‥‥森の調査、だから‥‥一緒してもいい、よ」
 おどおどと話すエルレーンは志士。巫女の連れとしては順当で、腕も立つ。顔を綻ばせる真夢紀だったが、途端に表情を強張らせたエルレーン。
「おい、今ここに貧乳女が居なかったか?」
 振り向いた少女に、そう尋ねたのはラグナ・グラウシード。
「‥‥ひ、貧乳?」
 胸に手をあてる真夢紀に、はっとするラグナ。
「お前の事では無いのだ小娘‥‥いや、うむ、失言を許してほしい、お嬢さん」
 大柄な肉体を小さく折り畳んで、非礼を謝罪するラグナ。
「いえ、気にしてませんから」
「有難う。実は私も参加者なのだが、この近くで知人に似た女性を見つけてね。エルレーンという女剣士なのだが、見なかったかな?」
 振り返ると、そこにエルレーンの姿は無い。視線を動かすと、近くの樹の陰に蹲ったエルレーンが居た。真夢紀の視線に気付くと、両手を合わせて拝んでいる。
「さあ‥‥良くわかりません」
「そうか。いや悪かった、あやつは私の仇敵なのだ。取り乱してしまい、本当に申し訳ない」
 ラグナがその場を離れると、エルレーンの姿も消えていた。
 本当に、様々な人が居るものだ。

「できれば部隊を組みたいな」
 泰拳士の羅喉丸は今回、一番の手錬れ。どこまで行けるか分からない依頼、実力的にも妥当な人物の言葉に、同じ考えをもつ者が集まったのは自然な流れだったろう。
「一緒に行くのはフィン殿、春霞殿、白月殿の三人だったと思うが‥‥」
「えへへ、増えちゃったですね。あ、レイスはあたしの盾だから、よろしくですっ」
「よしなに」
 フィン・ファルストの傍らに立つレイスは礼儀正しく頭を下げた。
「袖すり合うも他生の縁なんだねー♪ 一人はこわいよー。よろしく頼むねー♪」
 平家琵琶を鳴らし、小気味良い音を響かせる門・銀姫。吟遊詩人の技は集団を利する所ではある。
「独りは寂しいですね。僕にも、その気持ちは分かります」
 緋乃宮 白月の言葉に、羅喉丸は腕を組んで考えた。羅喉丸は若いが古風な男で、安請け合いはしない方だが。
「‥‥受け皿はあった方がいい。それが筋かもな」
 参加者全員が明確な目的意識を持つ訳ではない。仲間を頼って来た者を誰も受け止めなければ、志は無駄になる。弱肉強食は世の理だとしても、他者を守り、背負っていくのも人の生き方だ。
「有難うございます」
 白月に声をかけて部隊に誘われた真夢紀は安堵の息を吐く。
「礼には及ばない。目の前で困ってる人が居れば、手を貸すのが侠だ。腕のいい巫女さんが居てくれるのは俺も心強いしな」
 にわか部隊は頭数も多くなり、羅喉丸たちは突入準備に少し時間がかかった。酔いが冷めた无も加えて8人。今回、最大の小隊となる。
「なんだか賑やかになりましたねっ。魔の森に入ると聞いて、少し心細かったけど、仲間が増えて私も嬉しいですっ!」
 春霞は屈託のない笑顔で、真夢紀の手を取る。
「こちらこそ」
 幼い巫女は微笑を返した。
 思い思いで参加した者が8人も居ると、普段の依頼と変わらぬ雰囲気を作る。しかし、今回はいつもとは違うのだ。
 事前調査はない。漠然と存在する最終目的は、おそらく達成不可能。好んで敵地に踏み込むからは、もし事故のような終わり方をしても恨み事は言えない。
 これより先は戦場。
 賢者も愚者も強者も弱者も区別されない。全ては肯定され、ゆえに何一つ思い通りにはならない。

「ハっ、ハっ‥‥」
 緑深い樹木の間を、和奏は全速力で駆けていた。
 鎧兜に身を固めながら森の中を疾走する膂力を有し、一流の技を持つ和奏が脇目をふらず逃げていた。
「あっ‥‥く!」
 兜に齧りつく小虫を、走りながら振り払う。
 ギチギ‥ち
 鉄喰蟲と呼ばれる小さなアヤカシは一般人でも駆除できる。単体ならば。
「とりあえず、入ってみますね」
 和奏は単独で行動した。特段の目的も無い彼は、他の集団より先行しがちで、何度も休憩を取り、仲間との位置関係を測っていたが、鉄喰蟲の群れに遭遇。一呼吸のうちに二、三匹を打ち落すが、衆寡敵せず。力一杯敗走した。
「そこから、離れろ!!」
 正面に強烈な殺気を感じ、言葉に従い横へ跳ぶ和奏。
「はーはっはっは!! 死ねっ!!!」
 紅蓮の大火が、一瞬前まで和奏が居た空間を舐め尽した。間髪いれず、そこへ和奏と江流の風の刃が襲いかかる。苛烈な十字砲火に群れの前部は消滅、統制を失った鉄喰蟲は瞬く間に制圧された。
「あたしの前に立った不運を恨むことね。有象無象が何百集まろうと、敵じゃないわ」
 森の一部を焼き払い、仁王立ちの風葉。劫火絢爛の二つ名は伊達ではない。
「助かりました。群れがちょっと大きくて、瞬風波を使う切っ掛けが無かったんで‥‥正直困ってました」
「礼はいいわ。あと少し遅かったら、焼いてたから」
 冗談か本気か分からない笑顔だ。
「そうそう。先に暴れてるのが居たから、顔見に来ただけだし。それにしても、一人でこんな所まで来るなんて、怖いもの知らずだな」
「そう? 自分では分からないですけど、言われてみれば‥‥あのまま虫に食われる最期もあったのかなぁ」
 実感の薄い言葉に、江流は少し気にかかった。
「‥‥あんたは、もう少し自分ってものを持った方がいい。森羅万象を向こうに回してふんぞり返るうちのお嬢みたいのも迷惑千万だが、振り返った時に後悔するぞ」
「おい」
「はい。有難うございます、気をつけます」
 瘴気回収で風葉が練力を回復させると、二人と一人は再び分かれた。
「まったく、雑魚ばかりね。でもギルドもたまには、面白い依頼出すじゃない? ‥‥暴れるわよ、あたしの気が済むまで!」
 騒ぎを聞きつけたらしい鬼を、斬撃符で両断する風葉。巻き添えを避け、少し離れて周囲を警戒する江流の口から溜息がこぼれた。
「ふん‥‥他人に説教とか、恥かしいったら無い」

「火を使う人が居るのですね」
 アルネイスが森に入ったのは、他の開拓者が全員出かけた後である。すでに森は異様な空気に包まれていた。侵入した異物を感知し、アヤカシやケモノが動きだしたのだ。
 所々で、樹木が焼き払われてぽっかりと開けた空間を見つけた。おそらく火炎獣、圧倒的な火力の残滓は雄弁に、術者を教えてくれる。
「無茶をしますね〜。山火事にでもなったら、大変ですのに」
 瘴気に満ちた森は燃え難いと言われるが、魔の森と対峙する地域は、人魔の緩衝地帯であるから、森が焼かれることは多い。ただ大アヤカシが健在であれば、一時的に森と瘴気を焼き払っても根本的な解決にはならない。生態系にダメージを与える分、逆効果と見る意見もあるが、魔の森の原理同様、分からない事の方が多いのが現状だ。どう対処するのが正しいのかはまだまだ検討を重ねる余地があった。
「皆さん、どこまで進んでいるのでしょう‥‥それにしても、私も考えが甘かったかもしれないですよ」
 アルネイスは単身で森の奥まで踏み込むつもりである。それ自体が無茶だが、彼女の目的はアルネイスが殿になる状況でなければ意味が無かった。

 先陣を切った和奏、風葉と江流が、武力に物を言わせて突き進んだことで、目を覚ました森。外縁を周回していた鬼達は仲間の絶叫と焼け焦げた匂いに、一様に目を吊り上げたことだろう。或る鬼は残忍な笑みを浮かべ、或る鬼は怒りに体を震わせ、侵入者を探し始めていた。
「始まったようだね」
「すみません、ボクが足手まといなばかりに‥‥からすさんにまで、ご迷惑をおかけしてしまいました」
 弓術師のからすと、オリヴィエ・フェイユは森の外にいた。オリヴィエは駆け出しのエルフの魔術師、これだけで察しのつく者も居ると思うが、彼は体が弱い。素質はともかく、体力は一般人の虚弱体質以下である。
「卑下することは無いよ、オリヴィエ殿。きみは強くなる、今はまだその準備だね」
「そう言われても。‥‥森への突破口を開くつもりでしたのに」
 からすは苦笑する。結論から言えば、そんな必要は無かっただけだ。
 まさか開拓者が攻めて来るとは思わなかったのか、森の外縁部は平穏そのものだった。アヤカシ達が待ち構えている事も無かったので、参加者達は思い思いの方法で森の中にわけ入っていった。
「暇だと言うなら、見廻りついでに四方山話でもするかい? きみは十分すぎるほど勇者だよ。私の開拓者としての初陣は、月見餅の売り子だったのさ。三年前の、ああ、季節はちょうど今頃だったかねえ‥‥」
 今でこそ血生臭い闘争に身を任せることも増えたが、新人の頃はご近所の平和を守るのが精一杯であった。
「それを言うなら、ボクの初陣は先日のごはん祭りということに、なりますね」
 からすも参加した収穫祭。余談だが、今回参加者の約半数がこの祭りに出ている。まだ慣れないオリヴィエにとって、今回顔見知りばかりでどれほど安心したものか。
「からすさんが言う昔の話は実感わかないですが、ボクも何年か経ったら、今日のことを思い出すことがあるのでしょうか」
「‥‥3年前を昔と言われると、なんだか年を取ったようで傷つくね。まあ、これから、きみはきみ自身の冒険を重ねていく、それは確実さ」
 ちなみに、からすの外見は13歳、オリヴィエの外見は14歳‥‥傍から見れば、かなり妙な会話である。

「新たに粘泥十三! あと南の蟻塚は危険だから、誰も触れないでねー!」
「‥‥よし、東側の化蜘蛛と剣狼は無視する。正面の犬鬼どもを蹴散らして、囲みを突破するぞ」
 羅喉丸たちの部隊は、森に侵入して暫くすると、手荒い歓迎をうけることになった。先行する者達が十二分に派手な事と、彼らが大所帯であった事から、おっとり刀で迎撃に現れたアヤカシを一手に引き受ける形となったのである。
「活動範囲の広い鬼系はともかく、獣系や粘泥まで増えているとなると、あのお代官、意外と炯眼だったんですねぇ。この辺りは五年か十年で魔の森に没してしまいそうだ」
 瘴気回収を使いながら、地面を掘って土壌の汚染具合を確かめる无。
「森と言う形容から、よく土壌汚染と思われがちですが、大アヤカシの発する瘴気が土と大気のどちらにより浸透するかは判断の分かれる所でして‥‥」
「学者先生、まだ酔ってるの! 敵だよっ!!」
 春霞は自分の体より遥かに大きな斬竜刀で化猪の突進を受けとめた。
「うおりゃあぁぁぁ!」
 力で化猪を押し返し、巨大剣を振り下ろす。
 外した。
「っ!」
 汗で手が滑ったか。天墜は今の彼女には、分不相応なのだろう。竜も屠ると言われる超刀、その威力は絶大だが、攻撃はどうしても大振りにならざるを得ない。
 春霞はカウンター狙いだが、後衛守護を自任する春霞に突撃を避ける選択肢は無い。そして大剣が唯一の武器である以上、受けと攻撃を同時に行うことは不可能だ。
 蛇足ながら、これを可能とする技が現実にある。切り落としや合撃などがそれだが、一動作で受けと攻撃を同時に行う術。いわば合理主義の極限だが、引き換えに失敗すれば即死という論外なリスクがある。その原理は単純であり、この場においては春霞の目指したものも同様だった。
(このままじゃ、当らない。化猪の攻撃の機を見つけ、突進に合わせて天墜を決めるしかない!)
「どこを見ているのですか? あなたの相手は、こっちですよ!」
 女剣士を攻めあぐね、回り込もうとした化猪に咆哮を浴びせる春霞。
 相討ち狙いだ。
「レイスっ、お願いっ!」
 羅喉丸と並んで犬鬼の列を切り崩していたフィンは、咆哮に気づいて後ろを振り返ることなく相棒の名を呼んだ。
「フィンちゃん。僕に任せてっ」
 主人の背後を守っていたレイスは以心伝心、即座に練った気を解放し、レイスの姿は一瞬で掻き消える。
「いきますっ!」
 同時にいくつもの事が起きた。瞬間移動したレイスは春霞の大剣を掻い潜るように彼女の側面に現れ、咆哮にあてられて春霞に跳びかかった火兎を叩き伏せる。天墜が化猪の頭蓋にめり込み、猪の角に突かれた春霞の小柄な体が一回転した。
「‥‥やられた、の?」
「傷は浅いですよ、大丈夫です」
 倒れた春霞のそばで膝をついた真夢紀は神刀を媒介に、閃光を生みだす。閃癒に照らされた味方の傷が治癒していく。
「北側から敵の増援が近づいてるよー♪ 出口を塞がられたら、万事休すだ〜」
 周囲を警戒し、謳いあげて仲間に伝える銀姫。彼女の技は限定的なので、戦闘では専ら警戒と伝達役だった。
「あと少し。もうひと踏ん張りです」
 白月は戦場を動き回って接近する敵を撹乱した。白月・レイス・春霞が後衛に取り付かんとするアヤカシ達を抑える間に、前衛の羅喉丸とフィンに練力を回復した无も加わり、犬鬼部隊はついに潰走。好機を逃さず、8人は戦列の穴を突破し、開拓者部隊は窮地を脱する。

 好むと好まざるとに関わらず、人は役割を負う。
 例えば先刻の春霞も、回避を選べばもっと楽に化猪に勝つことができた。状況と立ち位置は、なかなか思い通りにはいかない。
 一方の部隊が衆目を集めたことで、朱華たち六人は結果的に、敵との遭遇を減らしていた。どちらも基本路線は戦いを避ける方針を取り、二つの部隊に大きな違いは無かったのだが、ちょっとした差で光と影に分かれたのである。
「僥倖、と言えますか。私達の方は、囲まれたら厳しいと思いますから」
 後方から聞こえる戦いの音に、紅雅は自嘲を口にする。前衛職主体の8人と比較して、彼ら6人は後衛職主体である。攻撃力は相当だが、囲まれた時には脆い。
「瘴気が濃くなって来ました。皆さん、警戒は十分に」
 代官の情報を元に、六人は川沿いに移動した。徐々に瘴気が濃くなるのが感じられる。空気に色が付く訳ではないし、血を吐いて倒れる事も無いが、何となく気分が悪いような、風景が澱んでいくような異質さを覚える。
「瘴気感染などは心配しなくていいのでしょうか」
「あれは大量の瘴気を直接浴びなければ、大丈夫だ。志体持ちは瘴気の抵抗力も高いから、魔の森で生活したって瘴気感染はしないだろ、多分」
 常盤は木の枝を折り、瘴気の汚染度合いを観察する。魔の森では植物もほぼアヤカシ化し、折った枝が霧散することもある。
「なんと。今宵は、お泊まりでござりまするか!?」
「寿々、冗談ではないぞ。こんな場所で野宿など自殺するようなものだ」
 軽口を叩きながら、心眼を開いて周囲を探る朱華。
「そうよ、寿々丸。お泊まりの道具は持って来ていないもの」
 白藤の台詞に脱力しつつ、寿々丸を睨む常磐。
「寿々は治療符を持って来なかった癖に、長期戦のつもりだったのか?」
「常盤殿、それは何度も謝ったではございませぬかぁ」
 弁解する寿々丸と、そっぽを向く常盤。子供の喧嘩である。
「まあまあ、二人とも。回復は私に任せてください。それに、人魂はとても役に立っているじゃないですか」
 仲裁に入る紅雅。実際、人魂のおかげでこれまで何度か戦闘を回避できていた。
 余談ではあるが、今回、寿々丸と无が人魂を使っていなければ、隠密性に難のある二部隊の結果はかなり違っていたと思われる。
「姉さん、ここから早く移動した方がいい‥‥」
 小休止の間、辺りを見回った千草の手には、白い骨と古びた手甲が握られていた。
「これは人骨‥‥ということは」
「代官が話していた古戦場か! まずいぞ」
 周りにはアヤカシが発生して不思議の無い瘴気。そして散乱するのは森の奪還叶わず、朽ち果てた勇士の屍。条件が揃っている。
「もう遅い‥‥何だかふらふらしたのが居ると思えば、それだったか。‥‥来るぞ」
 朱華が接近する群れを感知した。
 木々の間から顔を覗かせた狂骨の一体が、まず白藤に射抜かれて倒れた。
「姉さん、前に出ちゃダメだ。囲まれる前に撤退しよう‥‥」
「千草‥‥でも、彼らを集めてしまったのが私達なら、ここで逃げる訳にもいかないでしょう?」
 狂骨の類はあまり活動的でないことが知られている。だが、一度活性化した以上、六人が逃げ出せば、この群れは後続の羅喉丸たちに襲いかかるだろう。
「‥‥分かった」
 それはそれ、これはこれと言いたい千草だったが、おそらく姉は譲るまいと観念した。白藤を守るように彼女の前に立つ。
「だけど、姉さんは俺が守る。あまり、前にでないようにな」
 素早く印を結ぶと千草の周囲に風が生じて渦を巻き、真空の刃が狂骨たちを切り裂いた。
「仕方あるまい。兄さん、練力は残しておけよ」
「分かってますよ、はー君」
 回復担当であり、練力補給のあてが無い紅雅は先を見すえ、手を出さなかった。楽なようだが、タフでなければ務まらない役どころだ。
「逃げ隠れが出来なくなってきたって事は、そろそろ退き際ですね」

 ところで、無警戒状態から臨戦態勢に移行すると、どうなるだろう。
 侵入者への十分な情報が無いので、まず付近の戦力が順次動きだし、次に騒ぎの中心に兵力が殺到する。陽動作戦があれば、見事に引っかかる状況だ。
 相手が統制が取れた軍団ならば、そう単純ではないし、騒ぎが小さければ全体に波及するまで時間がかかる。
 威力偵察で最悪の事態は敵を薙ぎ倒しながら奥まで進んだら、急に取り囲まれてしまうことだ。例えば、現在の風葉と江流のような。
「うみがみー。喉渇いた。お茶」
「波美を連れて来てる訳じゃないし、んな気の利いたもんはない。水でも飲んどけ」
 だだを捏ねる風葉に、江流は岩清水をパスする。
「言われてみれば、‥‥居ないじゃん。なんで連れて来ないのよ?」
「あのな、ここがどこだと思って‥‥っ!!」
 周囲の樹木に、奇形が目立ち始めた。先刻も誤って足斬草を踏み抜きそうになり、よくよく見れば一面が蠢くアヤカシ草地だった。すでに半分以上、魔の森に足を突っ込んでいるのだった。
「伏せろっ!!」
 江流が風葉を押し倒した。抗議の声をあげる前に、目を見開く風葉。枝葉と風を切り裂き、頭上から矢の雨が降り注いだ。
「鬼の弓兵? ‥‥大きい部隊だな。退くぞ、風葉」
「何でよ、雑魚も強敵も十把一絡げじゃない。まだ暴れ足りないわよ」
 不満をたれる風葉、江流は背中に刺さった矢を抜いて顔をしかめた。
「数が多い。それに部隊を率いてきたってことは、二人じゃ囲まれたら抜け出せない。‥‥一緒に死ぬか?」
「‥‥いや」
 一度舌打ちした風葉は、勢いよく立ち上がる。
「あーあ、折角面白くなってきたとこなのに、もう終わり? これじゃ、逆に欲求不満になるじゃないの!」
 振り上げた腕の先、樹上の鬼面鳥の首がぽとりと落ちた。

 二人が鬼部隊を振り切れたのは、鬼達の目的が後続の開拓者部隊にあったからだろう。この時、開拓者の大半はアヤカシの広範囲な包囲陣の中にいた。示し合せた訳ではないのだが、侵入者を打ち倒さんと、四方から鬼の集団が殺到していたのである。元来、包囲戦は知略の限りを尽くした戦い方であるが、敵地侵入という状況では自然と嵌る。しかし、包囲の輪の中に居る者が、この事実に気づくことは難しい。
「‥‥やっと移動してくれたか。だが、この動きはおそらく‥‥」
 泥の中に半分体を埋めて身を潜めていたバロンは、前方の鬼達が移動するのを見て情勢を悟っていた。バロンは徹底して隠密性を重視したのでまだ森の奥まで入り込んでおらず、鬼達は隠れている弓術師の横を通過したので、彼は大包囲の外に位置した。
「前進するか、退くか、難しい所だな」
 アヤカシの関心は仲間に集中しているので、今なら進むも退くも自在。前進して魔の森に肉薄する、或いは姿を現して仲間の救援に駆けつける‥‥不可能ではない。
「‥‥ふう」
 バロンは体の姿勢を変え、煙管を咥える。当然、火はつけない。目を閉じて、弓の弦を弾いた。鏡弦の術。魔の森内ではほぼ無意味だが、バロンの位置ではまだ有効だった。鬼達は射程外に出たと判断し、その場を離れる。

「ストーップ!!」
 大きく跳び退いたエルレーンは黒鳥剣を鞘に戻し、片手を突きだした。
「むっ‥‥何の真似だ? 今更、命乞いなど認めぬぞ」
 森の中で仇敵を発見し、激しく剣戟を交えたラグナ。言うことは尊大だが、実のところ、エルレーンの方が優勢であった。
「もう、そうじゃないのッ! 気づかない? 何か‥‥変?」
「私は変ではない!!」
 馬鹿にされたと感じたラグナは大剣を眼前に構え、体内のオーラを爆発させる。
「騎士の名と誇りにかけて、貴様を‥‥うあああっ!?」
 突然、斧が飛来した。大剣の腹で受けた形になり、衝撃で頭を強打されたラグナは訳もわからず二、三歩後ずさる。
 茂みから、巨大な鬼が姿を見せた。体長は3mを超える。凶暴な面相に、残忍な笑みを張りつかせ、緩慢とも思える動きで大斧を放り投げた。
「うぉぉぉッッ!!」
 大剣を構え直し、辛うじて大斧を弾くラグナ。
「大鬼、獄卒の類か!」
 騎士は目を見開く。大鬼は一体ではなかった。後ろから、更に四体。合わせて五体の大鬼が、二匹の獲物を見下ろしていた。
「已むを得ぬ、勝負は一時預けるぞ!!」
「え? ‥‥うん、そうだね」
 一瞬、虚脱していたエルレーンはラグナの声に我にかえった。少し数が多いんじゃないかとは思うが、彼らは森に喧嘩を売ったのだから、敵を選べようはずもない。

 戦いは数だよ、と偉い人も言っていた。
 数は手数も意味する。こちらが一手動かす間に、相手が三手動かすならば、一つ一つの駒がどれほど強くても勝敗は明らかだ。
 古戦場を脱出した朱華ら6名は、側面から接近する鬼部隊の圧力に押されるように羅喉丸たち8名と合流を果たした。ほどなく風葉と江流も、この大集団に逃げ込んで来る。撤退を始めた彼らは、孤軍奮闘して死にかけの和奏を救出。この期に至り、開拓者らは自分達が囲まれていることを知った。
「この結界が移動可能なら、良かったんですけどねぇ」
 无の張った征暗の隠形が、一時的に開拓者らの潜む場所を鬼達に見つけ難くしていた。本人は浮かぬ顔だが、この状況では有用な術である。
「現状を整理しよう。北からは風葉達が見た鬼の弓兵隊。こいつらは魔の森から出て来た精兵と思った方がいいな。東からは狼や猪を連れた犬鬼集団。正直、手強くは無いが、数が多い。そして和奏の話では、俺達の退路である南から、豚鬼と小鬼の集団が迫って来ているらしい」
 羅喉丸が情報をまとめると、千草がメモに書き込みながら言った。
「豚鬼と小鬼は、どこから現れたんだ?」
「もしかしたら、森の外周に生息していた鬼達が集まったのでは無いでしょうか?」
 真夢紀が言うと、何人かが頷いた。外周はほとんど素通りだったが、小鬼の姿を見かけては居た。話し合いの間も、真夢紀と紅雅は仲間の傷を癒す。真夢紀は用意した飲み物や食べ物を仲間に配った。
「ありがとうっ。お腹が減っては、戦ができないですよねっ」
 嬉しそうに干飯を受け取る春霞。
「うーん。まあ普通は南か、西だよね」
「寿々は鬼が居らぬ西が、良いと思いますぞ!!」
 フィンの二択に、真っ先に寿々丸が反応した。
「馬鹿。罠かもしれないだろ。誰か、西の方を調べてた人は居ないの?」
「‥‥多分、エルレーンさんとラグナさん」
 常磐の問いに、おそらく一番いい加減な経路を進んでいた和奏が答える。
「惜しい人達を亡くしましたね〜♪」
「まだ分からないでしょう‥‥きっと生きている」
 戦死者を惜しんで一曲歌おうとした銀姫は、白藤に止められた。現在、彼らは鬼の大集団の真只中におり、狭い結界内で肩を寄せ合って潜伏している状況である。
「‥‥」
 南の鬼集団を突破するのが最も容易く思える。だが、ここで難しいのは、西にもしエルレーン達が居るなら、同様の窮状に陥っている可能性だ。救助に向う選択肢がある一方、部隊全体を危険に晒す恐れもある。
 そして外周のからすとオリヴィエは除外するとして、他に位置が分からないのはバロンとアルネイスだ。
「お二人とも手錬れです。森の中で誰も姿を見ていませんし、すでに脱出したのでは無いでしょうか」
 レイスは、ありそうな意見を述べた。おそらく、仲間を気遣うフィンを思っての発言だろう。
「はぁ‥‥ここからだと、木が邪魔で、月が見えませんね。今夜くらいは、まんまるのお月様が綺麗なんですよ」
 白月は仲間達とくっ付きながら、空を見上げる。まもなく、陽が沈む。闇が森を覆えば、脱出は至難となる。アヤカシは概して夜に強く、地の利は彼らにあるのだから。
「僕は皆さんの決めたことに従います。難しいことは、苦手なんです」
 泰然自若の白月。
「はい、あたしは北が良いと思うわ。だって、面白そうじゃない?」
「こいつの意見は無視してくださいね」
 手をあげた風葉を一蹴する江流。
「勇気と無謀は違うか」
 仲間達の意見にじっと耳を傾けていた羅喉丸。

「僭越ではあるが、今すぐ兵を集めることを具申する」
 森を脱出したバロンは、その足で探索を情勢を見守る村山主税を訪れた。
 開拓者の電撃侵攻に刺激されて、森が活性化したこと、そして数百と思える鬼の集団が溢れだす恐れがあることを説明した。
「由々しき事態だが、おぬしの招いたことだ。取るべき道は知っておるはず」
「言うに及ばず」
 村山は既に集められるだけの手勢を率いていた。万全とは言い難いが、不測の事態に対応する覚悟はあった。
「応援が来るまで、村を守ることは出来そうだな。わしも手を貸す」
「いや、我らは今から森に討ち入る所存」
「なんと」
 バロンは絶句した。
「我らの預かる村々を守るためと申せ、命懸けで戦っている開拓者達を見捨てられようか。あの森で命を落とせし先人達もそれを望まぬはず。及ばずながら、後詰つかまつる」
 代官は開拓者に賭けた以上は、全額を張る気だ。
「‥‥森の中は危険だ、わしが案内しよう」
 代官の兵を先導するバロンに、外縁を監視していたからす達も合流。
「結局、森に入ることになるとはね。世の中、ままならないものだよ」
 からすは、オリヴィエには外に残り、万が一の時は一足先に帰還するよう頼んだ。しかし。
「ボクも残って戦います」
「時には臆病さも必要だよ」
 客観的に見て、新米で虚弱なオリヴィエにこのレベルの集団戦は荷が重すぎる。
「ボクが非力である事は重々承知しています。ですが、諦めてしまったら前へ進めないでしょう?」
 意外に頑固だった。からすは肩をすくめ、オリヴィエの手を取る。
「はぁ、生き急ぐ若者はどうして減らないのかね。それなら、死にに行こうか」

 生きて情報を持ち帰るために。
 羅喉丸は部隊を南に向けた。だが、それだけでは不十分。追いかけてくる敵を押し止めるしんがりが、必要だ。
「残るのは、俺一人で良かったんだが」
「あによ。あたしは部隊とは無関係よ。ただ、暴れたいだけなの」
「偶然向いてる方向が同じだけ、だそうだ」
「う〜ん、ここまで来たら全員で生還したい、かな」
 しんがり前衛は羅喉丸、風葉、江流、フィン。
「良いですね〜、盛り上がってきましたよ〜♪」
「そうだ、帰るついでに警備隊の村に寄ってみましょうか」
 後衛は銀姫と无。
「フィンちゃん、まず自分の身を守ってくださいね」
「終わったら、皆さんでお月見もいいですね」
 後衛の守りはレイスと白月。
 戦力差的に、敵は全方位に近いので開拓者らは円陣に近い隊列を組む。正面から迎撃すれば一瞬で詰むので、後退しながらの防戦となる。他にも残るなら俺も私もという声はあがっていたが、これ以上人員を割くと南側の突破も不可能になる。
「脱出は任せろ。だが、無茶をする」
「開拓者が無茶をしないことがあったか。‥‥現実は厳しいな」
 朱華たちの脱出部隊と、しんがり隊はほぼ同時に飛び出した。敵は少なく見積もって十倍か。それぞれ、残った力を全て出し切る。死力を尽くした。

 死神が戦死者の列に加える名前を数え始めた頃、バロンの先導で代官の兵が森に登場する。挟撃された形の豚鬼と小鬼の混成集団は、大混乱に陥る。南の鬼集団は粘りを見せることなく壊乱。余力を残した朱華たちは代官と合流すると、来た道を引き返した。
 数の上では依然として鬼側が圧倒的に優勢だったのだが、アヤカシの大包囲は偶発的な産物だっただけに、終焉も早かった。人間側の予想外の反撃に混乱した鬼の主力(北側の弓兵隊)が、最初から自分達を誘い出す罠だったのだと誤認して後退した。精兵だけに知能が高かったが、それが災いした格好だ。
 開拓者側に追撃の余裕はなく、また追撃したら再び包囲に飛び込む形になるのは目に見えていたので、満身創痍のしんがりを回収した後、転進して東の犬鬼集団を攻撃。
「アルネイス! ラグナ!」
 この時に、それまで西で戦っていた三人が部隊の前に現れた。
「誰も私に近づかないでください」
 アルネイスは残る練力で悲恋姫を連発し、厄介な獣の群れを止めるのに貢献した。アルネイスは森の最奥を目指したのだが、徐々に張り出してきた東の鬼達に圧迫される形で大きく西側に移動し、そこでエルレーン達と合流していた。彼女が多数の地縛霊の罠を仕掛けたことで、三人は大鬼の手から逃げられた。
「予定とは変わりましたけれど、アヤカシを減らすことはできました」
 開拓者の無事を確認した代官は躊躇なく手勢を撤収させた。
 鬼側の追撃は散発的なもので、開拓者らは無事に森を抜け出す。
「まさか、奴らに勝てる日が来ようとはな。これも開拓者の武運でござるか」
「‥‥御免なさい、全員で帰ってこれなかった」
 フィンは暗い顔。あれほどのアヤカシ勢との激突、代官の手勢に犠牲が出ていた。
「武家の習いでござれば、フィン殿が気に病むことではない」
 代官は開拓者ひとりひとりの労をねぎらい、感謝の言葉を口にして去った。森のアヤカシに打撃を与えたのは確かだが、代官の仕事はこれからだ。態勢が整えば、再び開拓者が呼ばれることになるかもしれない。