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■オープニング本文 「――アレだね。開拓者というと、こっちの方も得意なんでしょうな?」 握った両手を振り上げ、振り下ろして見せる。 「御隠居さんも、人がお悪い。云うにゃ及ぶってもんだ」 「ふむ。なら、一つ頼むとしましょう」 その一言で気を良くした係員が、老人をギルドの奥へ案内する。 係員の説明を聞きながら、隠居の方はたまたま居合わせた開拓者らの様子を眺めている。 「私はこういう所に来るのは初めてでね。あれが開拓者かい?」 「左様。ですが一口に開拓者と申しましても、様々でございます。コレと形の決まったものではありませんので」 「ふーむ。面白いものですな‥‥ま、大凡は分かりましたよ」 係員から筆と紙を受け取り、隠居が自分で仕事の中身を書いていく。 依頼内容 新村開拓を手伝ってくれる開拓者の募集。 期間 一週間程度。 仕事内容 用水路開削工事の諸作業、または新村開拓計画への様々な助力。 依頼の目的 本工事は新村開拓計画の一環であり、現在は開拓の動脈というべき水の確保のため、新たな水路を開削中である。但し、開削工事は工期を大幅に遅れている。理由は開拓予定地の台地の土地が固く、難工事である上に、アヤカシの襲来など予期せぬ外部要因が重なった為である。 今回の臨時雇用は短期だが、優秀な開拓者の参加で現場に活力を取り戻すことを目的とする。 諸条件 今回の開拓事業はアヤカシの被害増加に伴い、増大する流民対策の一つとして開拓地の周辺の村々の代表が、領主の許可を得て計画されたものである。そのため、工事には、住む所を失った避難民が数多く参加している。工事に並行して開拓地では、新村作りの計画が話し合われ、実験的な畑作りも開始されている。水路開削だけでなく、現場では開拓の玄人としての開拓者の幅広い知識を必要とし‥‥。 「一寸待った」 すらすらと申し込み書を埋めていく老人を、係員が止める。 「書き損じましたか?」 「‥‥御隠居さん、開拓者に水路を掘らせるつもりですか」 「得意だって、さっき云ったじゃないですか」 「言ってない」 その後、一悶着あったが、開拓者が開拓して悪い道理も無い。しばらくして、新しい依頼書が張り出されたのだった。 ‥‥‥ここから先は補足。 上の依頼内容で不足の無い者は読み飛ばして欲しい。 「で、結局、何をすれば?」 依頼書を見ていた開拓者の一人が、係員に詰め寄る。 「そうですね。‥‥‥ツルハシ担いで、汗を流して来て下さい。大丈夫、報酬はきちんと払います」 事務的な回答は、まるで余計な事はするなと言わんばかり。 「俺達はいつから日雇い労働者になったよ」 「はっはっは‥‥冗談はさておき、目的は停滞気味の現場に喝を入れることですから、何か新しい工夫を期待されてるんでしょうね」 「面倒くせぇ話だぜ。例えば、どんな趣向ならお気に召すんだ?」 「さて‥‥作業が滞っている、つまり、人が円滑に動いていないわけですから、人を使うことに長けているなら、打って付けと申せましょうな」 人を動かせる人が物事を進められる。無論、リーダー的な役割は責任も大きいが。 「ガラじゃねえな。他には?」 「依頼の根本は新村開拓だそうですし、工事以外にも、村作りについてや、開拓農法への提案、育てる植物のことなど、開拓者の観点から助言してみるのも悪くないかもしれませんね」 様々な土地を廻る開拓者の見識は、高く評価される所だ。直接役に立たずとも、新しい村作りの議論は皆に活気を与えるだろう。 「そんな賢い頭の持ち合せはねえよ」 「‥‥聞けば、参加者にはアヤカシの被害を受けた方も多いとか。工期が遅れているとなれば気持ちも沈んでいるでしょう。楽しい歌や踊りを見せたり、美味しい食事を振る舞って、彼らの心を慰めてみるのも手ですな」 人間は責任や使命任だけで歩き続けられない。心を癒し、休息する時間もまた重要である。 「ふん、自慢じゃないが人に気を使うのは苦手でよ」 「けっ」 横を向いた係員の頭を掴み、強引にこちらを向かせる開拓者。 「次だよ、次」 「工事現場は、何度かアヤカシに襲われています。安全面を考えれば、警備を固めてアヤカシの襲撃に備えるのも‥‥」 杞憂と云うなかれ。万が一に備える者は勇者である。 「それだな」 笑みを浮かべる開拓者。が、頭を振って係員から手を離す。 「だが、もっと俺向きの仕事があるんでね。今回は止めとくぜ」 地味な依頼である。 |
■参加者一覧
高倉八十八彦(ia0927)
13歳・男・志
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
和奏(ia8807)
17歳・男・志
物部 義護(ia9764)
24歳・男・志
赤鈴 大左衛門(ia9854)
18歳・男・志
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
テーゼ・アーデンハイト(ib2078)
21歳・男・弓
イクス・マギワークス(ib3887)
17歳・女・魔 |
■リプレイ本文 「――さびしい景色だね」 和奏(ia8807)の双眸に映るのは、一面の原野。 古い記録によれば、この場所で人が生活した事もあったらしい。けれど水不足で廃村となり、茫々とした荒野が残った。 なぜ水が無いのか? 答えは簡単、台地ゆえだ。 「井戸は?」 思いついたままを口にするテーゼ・アーデンハイト(ib2078)。 「飲み水なら、手に入らぬでもないが、田畑の分には足りん」 「それで川の水を引っ張ってくるんだねぇ」 納得して頷くテーゼ。 しかし、川は台地より低所を流れている。そのままで水は引けない。ゆえに、ここより高い上流で分岐を作り、こぼさず滞らせず、水を通す路を掘るのだ。 「云うほど簡単ではない。ここの土は固いし、治水の問題もある」 「おまけに反対しとる村もあるでな」 開拓者らを迎えた水路作りの工夫たちは、歯に衣着せぬ物言いで現状を説明してくれた。珍しいことだ。 「反対か。それは初耳だが、これまで川を利用していた村々には、嬉しくない工事ではありますな」 物部 義護(ia9764)は呟く。水争いに都合の良い正解は無いものだ。 「じゃけど領主の許しもでとるなら、とっとと水路を完成させて結果で示すしかないのう。助かるもんが居るから、わしらが呼ばれた訳じゃけぇ」 可憐な外見とは裏腹に、高倉八十八彦(ia0927)は独特な伝法口調で喋った。 「そうだな。ところで工夫頭、俺に土を柔らかくする思案があるのだが、一つ試して貰えぬだろうか」 ワラや刈り取った芝生、落ち葉等を分厚く敷き詰め、その上からたっぷり水をやり、乾かない程度に毎日水をやり続けると、数日で土が柔らかくなるという。 「ふむ?」 「拙宅の庭先に菜園を造る時に試した方法だが、中々有効であった」 「家庭菜園と水路掘りを同じと思召すか」 工夫頭は苦笑する。例外はあるが、前線で戦う開拓者の中で農業や工事に明るい者は多くない。とは云え、後々領主や奉行となり、治水に関わる者も居るだろうし、あながち無駄な経験でもない。 「それでは、具体的な工事の進捗状況を確認したいのですが」 ペンと手帳を持ち、メモを取るイクス・マギワークス(ib3887)。目の前の工夫達と比べ、自分達は水路工事に関しては素人同然という自覚がイクスの中にある。ならばこそ、物怖じせずやれる事をやろうとした。真面目なのだろう。 (開拓者を名乗っていますが、開拓の手伝いは未知の領域だったり――) 和奏は心中で呟く。坊ちゃん育ちの彼には特に未体験の話が多かったが、感嘆する風でも無く、工夫達の話を聞き流した。 「それから、アヤカシの事ですが」 工事の説明の後、ジークリンデ(ib0258)は数度遭ったというアヤカシの襲来に言及した。 「現れた方角や数など、覚えている事はどんな小さな事でも構いませんので教えて頂きたいのです」 アヤカシ退治は専門分野だけに、この話題は皆、真剣に耳を傾けた。予想した通り、襲撃に周期性や特筆すべき傾向は見られなかった。 「暫くは、わしらが巡回するで、安心してくれて構わん」 問題があるとすれば、依頼期間が終わった後だが、そこに関してはジークリンデに腹案があった。 「見張り塔と、防柵を設置いたしましょう」 小さな村々の場合、領主の武力や開拓者の派遣に頼る所が大きいのが常である。無い袖は振れない訳だが、少しでも自衛を、という想いはある。この辺り、とても難しい問題ではあるのだが。 「ふむぅ。じゃが予算がな」 「工事の現場は移動するし、開拓地全部となると広うござるぞ」 工夫達では手の余る問題なので、この件は開拓計画の発起人である村々の代表に知らせる事とした。 一通りの話を聞いた後、人足頭の八五郎という若い男が7人の開拓者を実際の作業現場に案内してくれた。 「はて? お一人、数が合いませぬが」 「一人は先に行ってやがるのよ」 巴 渓(ia1334)が苦笑まじりに云うと、八五郎は首を傾げた。 「解せませぬな。皆様のような方が居られれば、この八五郎が見落とす筈はございませぬ」 開拓者は目立つ。まだまだ珍しい異邦人、人品骨柄卑しからぬ志士、剛健無比なる闘士、魑魅魍魎を纏いし術者等々、一般人とは醸し出す空気が違う。ぶっちゃけ、着ている物が全然違うのだ。 「はっ、あそこで鍬を振るってる大男だよ」 巴が指差した先には甚平姿の巨漢。捻り鉢巻、草履ばきで全身汗と泥に塗れている。 「あの新入りが、何か?」 「赤鈴 大左衛門(ia9854)、俺と同じ志士です」 物部は事実を述べた。陣羽織に鎧姿の開拓者たちと、甚平を見比べて唸る八五郎。 「おおーぃ、遅かっただスな」 早くも人足に馴染んでいた赤杉が、仲間を見つけて手を振った。 「腕も立つ男なんだが、今回は格別だねぇ。苦労が無くていいさ」 土地の者と仲間の軋轢を心配していた巴にとって、赤杉は望外であった。 はぁ〜ァあ〜ァあ〜夜も明けぬうちから鍬握りゃ〜 いずれ掘りたる黄金餅〜 鎮守の神様見てござる〜、 やれドッコイショぉドッコイショ♪ 吐息と共に唄が出る。勢いよく振り下ろした鍬は固い土に吸い込まれ、テンポよく大地を掘り返していく。農夫に混じり、すっかり溶け込んだ赤杉は破顔一笑。 「開墾たァええだスな! 修行も大事だスが、こうして土の匂いを嗅いでると体が生き返るようだス!!」 「本当だねぇ。案外、それが開拓者の本分かもなぁ」 隣で鋤を握るテーゼは、ポンポンと己の腰を叩いた。 「やってみると、意外に難しいなぁ」 テーゼも体力には自信がある。頭脳労働よりはと勇んで始めたが、すぐ腰に来た。 「腰痛は癖になる。今日は休め」 「うん」 先達の意見にテーゼは素直に耳を貸し、鍬などの扱い方を教わる。一週間で玄人にはならないが、筋は良いようである。即興の仕事唄も作った。 ざっくざく掘れば〜♪ ざーざー流れる〜♪ 水路を掘るのが〜♪ おいらの仕事さ〜♪ 「なんで皆、歌うのかな。不思議」 陽気な二人とは対照的に、淡々と鍬を振る和奏。初めはテーゼと同様に、腰痛に悩まされて蹲る羽目になったが、見よう見まねでやり方を覚えると、それからは黙々と作業を続けた。 「どうだ調子は?」 「皆さん、元気が無いように見えました」 和奏は作業の間、周囲の人間を観察していた。彼はそういう者だ。 「唄ってても、身が入らない人が結構いたね」 「そうだスな」 全体的に、どことなく沈んでいる。作業を投げ出す程では無いが、やはり、活気が無いのは本当のようだ。 「本に書いてありましたが、何にしてもまずやる気、遣り甲斐を持続させる事が大切だとか。一日の目標を低く設定し、達成すれば褒める事で個々の存在を認め」 「小難しいねぇ。うーん、大筋はイクスや物部と同じ考えかい?」 「そう、かな」 巴に遮られても、和奏は眉一つ動かさない。良く云えば貴種の鷹揚さ、悪く云えばボンヤリしている。 「では作業効率の改善策が幾つかと、大きな所では褒賞制度の導入か。奇抜な案では無いが、大事なのは彼ら自身の手で水路を作ることだからな」 「道理じゃ。よそ者が掻き回しすぎたら逆効果じゃけん、わしら開拓者いうても、筋は守らないけん」 物部や高倉らの提案で、仲間達が持参した酒を褒賞用に振る舞った。気分高揚と親睦を兼ねているので、酒肴も用意して貰い、開拓者らも酒宴に参加した。また、イクスが中心になって工程表の見直しを行い、作業効率を考えた班分けを試す。 「皆様の話を聞いて工程表を作ってみたのですが、目を通して頂けますか」 イクスは日に何度も工夫や人足頭のもとを訪れた。仲間達も、紙の束や木札やらを両手に抱え、小走りに通り過ぎるイクスの姿をよく目撃した。工程管理を担当した彼女が忙しくなるのは自明であり、日頃クールな魔術師殿には似ず、非常に慌ただしかった。 「無理しなくていいのに」 「私は、無理はしていません。不慣れで教わる事が多いのは事実ですから、役立たずと思われても仕方はありませんが」 「いや、助かっている。俺やジークリンデ殿の手伝いまでさせてしまっているからな」 土壌改良や褒賞制度など、物部も案を考えるだけでは無いが、日数も人も足りないので、仲間に頼る所は大きい。 「どうして?」 お春は、これまでアヤカシに三度襲われ、親と夫と五人の子供を亡くした。憎悪でなく悲しみでなく、虚ろな瞳に問われ、和奏は詰まった。頭に浮かんだ二、三の答えは口から出る前に捨てた。 「暑い日が続くから、塩気を取ると良いそうな。物部さんが用意していた筈。それに何か精のつくものを食べれば、元気も出ると思う」 取り留めのない話をした。老女にも見えたが、まだ三十代だという。お春のように気力を無くした人に、出来る事は無いか。 「体ではなく、心が傷ついてしまうのですね。医者や僧侶の領分ですけれど」 ジークリンデの視線が高倉に絡んだ。 「巫女も」 「わしに任せろ、と安請け合いは出来んのう。まあ話を聞くぐらいじゃな」 溜息をつく心癒ノ志士。高倉は職能を生かした採集作業など思案していたが、この悩み相談に忙殺された。 ジークリンデの呼びかけで、アヤカシ対策として開拓地に見張り塔と防柵が作られる事になった。工事現場に簡単なものを作った他、村々の代表を説得し、人の手配や資材の確保の約束を取り付けた所で時間切れとなる。 「私も工事に参加したかったですのに」 「お嬢様が鍬を持つだスか?」 「まさか」 メテオストライクを叩き込む気満々。 「おっかねぇだスな」 危険といえば、アヤカシはこの間は現れなかった。頻繁に出るものでは無いそうだから、それも予想通りではある。付近の森では目撃情報もあるそうだが、開拓地からは少し遠く、森に入って討伐を行うのは明らかに準備不足なので近隣の領主に報告するに留めた。アヤカシの居そうな森や山は幾つもあるが、それを全て討伐するのは、現実的な話ではない。 「山や森は神聖なものだが、ケモノやアヤカシも棲み、人が暮らすには適せぬ場所でもある。だから人は開拓し、田畑を作るのだが、果たしてそれが良い事であるか、疑問に思う事もあるな」 石鏡の古族を遠祖に持つという物部は神妙な顔で森を視ていた。 「重たいな」 「ふ、爺臭いと云いたいのだろう」 自嘲気味に笑う志士。 ともあれ、開拓者たちの時間は矢のように過ぎ去る。依頼期間が終了し、帰還する開拓者達。やり残した事も多かったが、後は開拓者たちに頼む事となる。 やがて芽が出る。それはまた別の物語にて。 |