続殴り込みだ!
マスター名:松原祥一
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/09/27 23:35



■オープニング本文

「越前屋徳兵衛に磔獄門、申し渡す」

「何か、言い残すことは無いか?」
「ございません。お世話をお掛け致します」
 一つの悪が滅んだ。
 開拓者蟻田菊を拉致監禁した罪により、越前屋は極刑に処された。
 蟻田を救出しようと開拓者の一団が越前屋に押し入ったことで悪事は露見し、判決は速やかに下された。
 と、世間ではそのようになっている。
 判決に残されていないが、越前屋の米の買い占めに関わる役人との不正を暴こうとして屋敷に潜入した蟻田が捕まり、越前屋から示談の賠償金を要求されたギルドが武力で蟻田を奪還した――それが真相だ。


 代官屋敷。
「越前屋はお取り潰しになり、この街には米問屋が無しということになってしまいましたので、ギルドの方で代わりの米問屋を手配させて頂きます」
「ほう、用意が良いことだ。それで、ギルドには幾らの金が入るのかな」
「御冗談を。今回の件でこの街の人々が迷惑を被っては、申し訳が立ちません。せめて、米の流通が滞らないよう手配りはさせて頂きませんと」
 下卑た笑みを浮かべる代官に、ギルド職員の口ぶりは淡々としていた。
「さすがは開拓者ギルド。それに引き換え、越前屋は‥‥もう少し出来る男と思っていたのだがな、わしの眼が曇っていたようだ」
「‥‥」
 代官は、越前屋から賄賂を受け取っていた同心を処罰したと話す。ギルドの調べでは、賄賂を受け取っていたのは代官自身か、それに近い幹部と思われるのだが――越前屋は潰れ、越前屋に負けて廃業した米問屋の人達も既にこの街には居ない。真相は闇の中だ。
「それにしても、ギルドに盾つくとは徳兵衛は憎き奴よ。開拓者がどれほど天儀を守って来たか、理解出来ぬ愚か者が多くて本当に困る」
 この代官は、武者修行の一環で一時ギルドに在籍していた。三十年も前の話らしいので、職員も初めて聞いた。
「越前屋の用心棒は、ギルドに不満を持つ浪人達だったそうですな」
「左様。放置していれば、どれほどの災いを起こしたか分からぬ不逞の輩。ギルドとしては都合の良い展開であったな?」
 含み笑いを洩らす代官から、ギルド職員は目を逸らした。
「開拓者が倒した悪党にも、悲しむ係累は居りましょう。それは当り前の事で御座います。少々強引な事も致しますので、恨みを買うのは仕方が御座いません」
「‥‥ふむ。中々に辛い所であるな。代官というのもな、そういう仕事なのだ。ギルドの苦労、分からなくは無いぞ」
 所で、と職員は話題を変えた。
「開拓者が押し入る前に、越前屋は家人、使用人を逃がしたと聞いておりますが」
「うむ。いくら責めても徳兵衛は口を割らなんだ。だが、手の者に探させて居る故、案ずるには及ばぬ」
 言いながら、代官は槍を手に取った。
「見つけたら、この儂自ら出向いて、謀叛人どもの息の根を止めてくれるわ。‥‥そこに居るな、曲者!」
 代官は槍を構えると、必殺の突きを繰り出した。衝撃で天井の板が割れて、瓦礫と共に小柄な人影が落ちて来た。
「いたた‥‥」
 誰あろう、天井裏に潜んでいた少女は蟻田菊だった。
「自分の悪事を棚にあげて、越前屋の悪口とは呆れて物が言えないわ。お前みたいな悪党のおかげで、あたしがどんな目に遭ったと思っ」
「黙れ、間抜けなシノビ風情が。儂は悪くないぞ、地獄で越前屋に聞いてみろ」
 槍を振り上げた代官の袖を、職員が掴む。
「お待ち下さい。まさか、ギルドの者に手をあげるおつもりで御座いますか」
「ん、ん〜‥‥冗談だ。小娘が悪党呼ばわりするので、すこし、脅しただけだ」
 渋々と槍をおろした代官は菊に笑いかける。
「命を拾ったばかりで、元気な娘じゃのう。若いというのは、良いものじゃな」
「気持ち悪っ」
 代官の気味悪さに身震いする菊。
 菊を連れて、職員は代官屋敷を辞した。
「絶対、賄賂を受け取っていたのはあの代官よ! このままギルドは、何もしないつもりなのっ!?」
「米問屋が潰れただけでも、街の人には結構な痛手なんですよ。今、代官の罪を問えば、無関係の人が苦しむことになります」
 職員の言葉に、菊は納得出来なかった。真直ぐな瞳に、職員は溜息をこぼす。
「‥‥しかし、あの代官。越前屋の残党を皆殺しにしかねない勢いでしたね。どうも、私の考えが甘かったようだ」
 職員は菊に、越前屋の家人が匿われている居場所を教えた。
「私が知っているという事は、早晩、代官の耳にも入る情報です。ギルドはこの件に関わりませんが、貴女がどうしょうと勝手だ」
「‥‥用済みの代官も消そうって言うの?」
 さすがに疑いの目を向ける菊。
「不服なら、私の首一つはおまけします。悪人でも人は人、そのくらいの覚悟は随分前に済ませています」
 開拓者は、その名の通り、森(魔の森)を切り拓くことを本懐とする。しかし、人の世に在る以上は、アヤカシだけを相手にはしていない。それなりの業を背負っている。
 代官を相手にするとしたら、シノビ一人の手には余る。ギルドに戻り、彼女は何人かに声をかけるのだった。
「越前屋さんは悪人だったけど、本人は罪を償ったわけだし、家族や使用人まで殺されるような話では無いと思う。ギルドの依頼では無いけど、助けたい。手伝ってくれないかな?」


■参加者一覧
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
御剣・蓮(ia0928
24歳・女・巫
伊波 義虎(ia1060
22歳・男・サ
九竜・鋼介(ia2192
25歳・男・サ
椿 幻之条(ia3498
22歳・男・陰
アムルタート(ib6632
16歳・女・ジ
三条 忠義(ib9899
30歳・男・弓
マルガリータ・ナヴァラ(ib9900
20歳・女・魔


■リプレイ本文

 ざ、ざ、ざ‥‥。
「げっ」
 道端の切り株で休憩していた旅人は、息を飲んだ。
 近づく9人組の放つ雰囲気が尋常でない。服装も種族もバラバラな武装集団、おそらく開拓者か、開拓者くずれの無法者だろう。
「きゃっ」
 関わり合いになるまいと腰を浮かした旅人の眼前で、一人が倒れた。
「大丈夫でおじゃるか?」
 手を差し伸べた三条 忠義(ib9899)を、マルガリータ・ナヴァラ(ib9900)は涙目で睨み付ける。
「大丈夫な訳がありませんわ! 私の高貴な肌に傷がつきましたのよ!」
 転んだ拍子に打ったのだろう、膝小僧が少し赤い。
「これ以上は歩けません。馬車を用意なさい」
 倒れたまま、傲然と言い放つ。
「麿もたいがいだが、おぬしには及ばぬでおじゃるな」
「体力がねぇ開拓者なんざ、役立たずにも程があらァ。だだ捏ねるなら、置いてくぜ」
 鷲尾天斗(ia0371)は一瞥したが、歩みを止めない。
「相変わらず、幼子以外には冷たいですね。さあ、マルガリータ様」
 微笑を浮かべる御剣・蓮(ia0928)はエルフの魔術師の腕を掴むと、力を入れた風もなく、すっと立ち上がらせた。
「志体持ちでも、術師になるやつは最初は厳しいよ。でも辛抱してたら、体も出来てくるからね、あなたの頑張り次第よ」
 彼女の埃を払いつつ、椿 幻之条(ia3498)は優しい言葉をかける。
「そうそう♪ だから、強くなる前に死なないこと♪ 新米さんは、すぐ居なくなっちゃうんだよねー」
 アムルタート(ib6632)の笑顔に悪気は無い。思ったことがすぐ口に出る。
「馬車を調達している暇は無い。その様子じゃ、馬や龍に乗れっていうのも無理そうだな。俺の背で良ければ、貸してやらないことも無いが、どうする?」
 前に回った伊波 義虎(ia1060)が背中を示した。
「う〜〜」
 悪態をつきながら、侍におんぶされるマルガリータ。彼女の伝説の第一歩である。
「しかし仲間に迷惑をかけるのは感心しないな。罰としてマルガリータは丸刈りーだ」
 すまし顔でかます九竜・鋼介(ia2192)。周囲は凍りつくが、気にしない。義虎の胴丸が痛いというので、途中で鋼介が交替した。

「ふむ。開拓者らしい9人組が、な」
 城山柳漸は先行させた岡っ引の情報から、異変を察知する。
「越前屋の残党が、開拓者を雇ったのでしょうか?」
「在り得ぬとは言わぬが、腑に落ちぬ話だな。‥‥もしや、越前屋の一件に開拓者が関わっていたのではあるまいか」
 徳兵衛の悪事には悪徳開拓者の手引きがあり、先の一件は仲間割れではと代官が言うと、同心達に動揺が広がった。
「まさか」
「‥‥どの道にも、腐った輩はいるものよ。残念ではあるがな。もし越前屋の残党と手を組み、我らに刃を向けるなら、奴らの罪は明らか。我らも褌を締めて掛からねばなるまい」
 同心を言い含めた城山は腹心を呼び、指示を与えた。
 敵も海千山千なら、この仕事、簡単にはいかない。

「こ、殺すのか?」
 脂汗を浮かべ、勝三は開拓者を見上げる。
 勝三は岡っ引の見習い、いわゆる下っ引きの少年である。親分に同行した彼は手柄を焦り、庄屋の屋敷に近づき過ぎた。仲間が越前屋と交渉する間、辺りを警戒していた鋼介と幻之条は勝三に気づき、二人がかりで捕まえる。
「て、てめぇらみたいな悪党に、やられてたまるか」
 幻之条に荒縄で縛られた彼は虚勢を張る。
「どっちが悪党だか‥‥我聖にあらず、彼愚にあらず、共に凡人なり。俺達はただ、流血を止めたいだけさ」
 他には居ないと見て、鋼介は仲間の所に勝三を引きずっていく。
「誰それ?」
「代官の手下だ。ここを見張っていた」
「でかした。見ろ」
 動かぬ証拠を越前屋お咲に突き付ける天斗。
「この男が密偵なら、代官の本隊はそこまで来ています。もはや猶予はございません、裏帳簿を譲って頂けないでしょうか」
 物腰の柔らかな蓮に、お咲は思案するが。
「女将、茶番でござるぞ。帳簿の在り処を突き止めんとする小細工に相違無い」
 疑いの目を向けるのは、ここまで残った越前屋の用心棒。
「信じられねぇか? お前みてぇのは腹でも斬れば納得するんだろうが、そこまで義理はねえ。保険のつもりか知らねーが、代官は構わず襲ってくるぜ。もはやお前等が持っていても鼻紙の価値しか無ェ。だからコッチに渡してくれって言うのさ。そうすりゃ、アンタ達をここから逃がしてやる」
 天斗の口上に、鋭い視線を返すお咲。
「勝手な話ですね」
「信じろという方が無理でしょうが、貴方方の命が危ないのは事実。座して死を待つは奉公人の皆様やお子様が不憫でございます。ギルドの行いを水に流して頂けるとは思いませんが、どうか冷静なご判断を」
 あくまで丁重な態度の蓮。だが、お咲の表情は固い。
 帳簿が残っているかもと思えば、悪人は枕を高くして寝られない。その帳面を、開拓者に預けられるか。越前屋に押し入り、多数の用心棒と徳兵衛を殺傷した鷲尾天斗とその一党を、信じるのか。
「これでは埒があかない。どうでしょう、例えばですな、開拓者の一人を質に置くというのは?」
 横で聞いていた庄屋の松次郎が提案した。人質とは分かり易い方法だ。約束の保障として古来より用いられてきた。特に敵対者同士の場合に有効だ。
「‥‥どうして、私を見るのかしら?」
 視線を感じるマルガリータ。
「ノブリス・オブリージュでおじゃる。人質といえば、高貴な人の務めと決まっているでおじゃる」
 重々しく頷く忠義。
「仲間を人質にはしねェ。帳面を渡すか、渡さねえか。聞きてぇのはそんだけだ。さァ、えら‥‥」
 松次郎を押しのけ、お咲に狂眼を向ける天斗の腹にアムルタートの雷神の籠手がめり込んだ。さしもの狂雄も悶絶する。
「この悪人面がこわがらせてごめんね? でもダイチョーは欲しいんだ〜。悪い代官に天誅するの」
 アムルタートの言葉に嘘は無い。お咲らもそう感じては居るが――享楽的な性格ゆえに信用を得にくいのは自覚するところ。気にせず、その場に合わせて動く。
「オーケーオケー♪ とりあえず、兄ロリは邪魔だから退いてて♪」
 不満たらたらの天斗を脇に追いやり、アムルタートと蓮は越前屋の説得を続けた。
「私達も仕事なんだ。今から逃げても、多分代官に追いつかれる」
 詰まる所、交渉の成否に関わらず仕事は決まっている。依頼を反故にしない限り、間違ってもお咲達を残して帰ることはない。
「危ないから、皆さんは屋敷の中に隠れといて? 私達は外で連中と戦うから、下手に動いちゃ駄目だよ。そうそう、皆さんを助けるって云い出したのは、このお菊ちゃんだから、詳しい話は中で聞いてね♪」
 なかば強引に蟻田菊を屋敷に放り込むと、8人は意識を代官の迎撃に切り替える。マルガリータは悩んだが、自ら人質を買って出た。彼女が武装を解除すると、松次郎と用心棒達がほっとするのが分かった。
「羨ましい、代わりたい」
 忠義は本気で言ったが、彼女の心意気を無駄にすまいと屋根に登る。
「話は通じたようだな。背後まで気にして戦うのは骨だからな」
 屋根の上に忠義が現れるのを見て、鋼介はやれやれと安堵した。
「通じたと申しますか、軒先をお借りすることには目を瞑って頂きました。あとは、私達の誠意をお見せするだけ、でございましょう」
「任せとけ! 面倒なのは嬉しくない方だから頼んじまったが、こっから先は俺の得意分野だぜ!」
 蓮の言葉に、快活な笑顔で拳を打ち合わせる義虎。

 天斗、義虎、鋼介は道が良く見える表門に陣取る。蓮、幻之条、アムルタートは越前屋達が隠れる母屋を囲むように立ち、近づく者を警戒した。ちなみに捕まえた下っ引きは縛り上げて納屋に転がしてある。

「来たでおじゃる」
 忠義は目を細めた。収穫を待つ田んぼのあぜ道を、馬に乗った代官が悠々と進む。その後ろに数十名の捕り方が続いた。太陽は西に大きく傾き、夕暮れの涼しい風が開拓者と代官の双方を撫でていく。
「何しに来たん? お探しの物は俺達が持っているからサッサと尻尾巻いてお家に帰りなァ」
 門の前に立ち、大声で挑発する天斗。仲間達は面頬や鬼面、能面で顔を隠しているが、天斗は素顔を晒していた。
「あっ」
 先の一件で顔を覚えていた同心が声をあげる。
「妙な事を申しておるが、我らは役目で参ったのだ。庄屋松次郎、越前屋一党を匿いしこと、既に明白。大人しく出て来い」
 代官の口上に、鋼介が反応した。
「不正を働いた越前屋本人は既に罪を問われ処された‥‥なら、これ以上越前屋に罪は無いはずだが‥‥越前屋の家族に生きていられては困ることでも有るのか?」
「貴様らは何者か? 越前屋お咲、番頭、並びに用心棒共には、共犯の疑いあり。徳兵衛が口を割らずとも、罪を逃れられるものではないぞ」
 事実上の連座である。刑罰が当人だけでなく、縁者や関係者にも及ぶという考え方は、中世まで日本にも存在した。天儀においては、まちまちであるが、そんな因習を嫌う開拓者は多い。
「反乱を企てた訳でも無し、あの程度の罪で一族郎党に罪科を及ぼそうとは酷い言いがかり。後ろ暗いところがあると、言っているようなものだな」
「顔を隠した曲者が、言うことか。開拓者もおるようだが、いずれ越前屋の一味であろう、神妙に縛につけ。かかれっ!」
 代官の声に、控えていた同心らが前に出る。天斗たちは揃って後退し、門に殺到した捕り方の一人が叫び声をあげた。
「間抜けが罠を踏ん付けたようね。逃げも隠れもしないが、踏み込む前に地縛霊にやられる覚悟は済ませておくんだね」
 幻之条の啖呵に、最前列の捕り方が浮足立つ。実際に仕掛けた罠は数か所、そのくらいは同心達も推測するが、勢いを殺すには十分。いったん下がった三人が攻撃に転じ、門の前で立ち止まった同心二人を秒殺する。
「安心しナ、峰打ちだ」
 という天斗だが、彼の霊剣は両刃なので峰は無い。合掌。
「こやつ! 押し込め!」
「ここから先は一歩も通さないぜ!」
 仲間を倒され怒り心頭の捕り方に、義虎は咆哮を叩きつけた。
「面白い」
 開拓者の手際を見た代官は馬を降り、槍を一閃。門の横の板塀が粉砕される。

 簡素な板塀を斧で破壊した同心に鬼面の巫女が飛び掛かる。全力で振り下ろされた斧は、一瞬前まで彼女の居た空間を薙いだ。蓮は軽装だ、直撃すれば只では済むまい。
「‥‥くっ」
 考えていたら死ぬ。無心で踏み込んだ。同心の腕を取り、振り払う力を利用して相手を倒す。突然、肩に槍の穂先が食い込む。背中に目は無い、乱戦で全てに気を配るのは不可能だ。運が悪ければ倒れる。敵も味方も等しく、己の武運を信じる他に活路は無い。
「あは♪君たちの相手は私らだよ?」
 巫女に槍を叩き付けた同心は、白猫の面に横腹を強かに殴られた。さほど広くない庄屋の敷地内は、小柄で無手のアムルタートに有利な戦場だ。
 塀を壊して侵入した8人の同心は、蓮とアムルタートに足止めされ、さらに幻之条の呪術と忠義の弓を受けることになる。

「奴ら、本気で代官と戦っているぞ」
 屋敷内から外を窺う用心棒達には、開拓者の考えが理解できない。哄笑をあげて代官に挑む男は先日、用心棒達の仲間を多数その手にかけた。
「越前屋を潰して、今度は代官。逆らう者は皆、打ち倒すのが開拓者の流儀ですか」
 徳兵衛の娘はマルガリータに冷たい目を向ける。
「違いますわ。私達は依頼主の意向に沿って効果的な方法を選ぶだけ」
 開拓者は依頼の成功を第一に行動する。そして開拓者にとって、武力を選択するのに躊躇はない。己の命を顧みない場合、最も効率的な手段だ。
「綺麗事ではございませんの」
 体力も無く、生殺与奪も握られた状況で、偉そうなマルガリータに、お光は何も言い返せない。

「‥‥生きてるか?」
「ようやく体が温まってきたぜ」
 表門の近くでは、鋼介と義虎が同心10人、いや3人倒して7人と対峙していた。背中を合わせ、荒い息をつく二人。実力では一段も二段も上手だが、殺せないので簡単に倒せない。手数が違うから、避けきれない。
「ところで気になってたんだが、あんたの双剣‥‥峰打ち出来るのか?」
「‥‥頑張ればな」
 義虎は兄貴分と違い、斬撃を浅く加減している。そのために空振りが増え、余計に疲労していた。二人を囲む捕り方は戦いながら間合いを保っている。斬り殺さないで、一気に囲みを抜けるのは難しく、手傷ばかり増えていく。
「中の方は、大丈夫かな?」
 義虎は屋敷内が気になっていた。越前屋一党がもし暴発し、或いは用心棒が裏切るような事があれば、最悪の事態だ。とはいえ、警戒する余裕は無い。不意に雨戸が鳴った。
「若い頃を思い出すのう」
 城山は十文字槍を巧みに操り、天斗の剣を受け流す。代官の姿は豪華な大鎧に兜、陣羽織と捕り物に稀な合戦装束。統一感は無いが逸品揃いなのは元開拓者らしさか。
「三下が、粘ってんじゃねェ!」
 守りの構えを取る代官。天斗は練力を使って威力を上げるが、重装備を抜けきれない。罵声を浴びせつつ、天斗は相手の余力を冷静に計っていた。城山も時折、鋭い槍を放ちながら戦況を伺っている。
「うぉぉぉぉっっ!!」
 戦場の誰もが驚いた。屋敷の戸を打ち破って、三名の用心棒が乱戦に雪崩れ込んできたのだ。
「わっ」
 用心棒はアムルタートの脇をすり抜け、同心に斬りかかる。後の二名は鋼介と義虎を囲む同心の列に突っ込んだ。
「ギルドに遺恨を持つ我らが、開拓者に命を助けられては恥辱の極み」
「恨みは忘れぬが、借りは作らん」
 戦況は先日の殴り込みに似るが中身は逆だ。
「うろたえるな、たかが痩せ浪人三匹!」
 奇しくも徳兵衛と同じ台詞を吐き、城山は間合いを取ろうとした。
「逃がすかよォ!」
 ここが正念場、天斗は残る練力の大半を消費し、北面一刀流奥義を解き放つ。神速の牙が鉄甲の隙間を穿つ。
「がはっ!」
 代官の体が地面に転がる。悠然と近づく天斗。
「お代官!」
「城山様ぁ」
 戦っていた者達が、倒れた代官に殺到した。向ってきた一人を斬り伏せ、天斗は上司を守ろうとする同心らを睨みつけた。
「所詮この世は弱肉強食。好きな方を選びな。今後ツマラねェイチャモンつけたら‥‥分るよなァ」
「‥‥退、け」
 虫の息の代官の言葉に、動ける負傷者を連れて撤退する捕り方。
「あそこまでやって、逃がしても良かったのですか?」
「‥‥いいとこに入った。町まではもたねぇよ」
 自身もぼろぼろだが、治療は拒む天斗。
「嫁見つけても変わりませんね」
 蓮は無惨な有り様となりはてた庄屋屋敷を見回すと、まだ息のある者を探して癒しの術を施した。
「何も聞かない、何も言わない。此処から先は何もしない。それじゃあね」
 慌ただしく撤退準備を行う開拓者と越前屋一党。最後に一瞥した幻之条に、番頭が無言で台帳を差し出した。
「不要のゴミです」
「そう」
 事件は大事にならず、揉み消された。塵芥も足しになったようである。