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■オープニング本文 「雨がふるふる、雨がふる」 雨音にあわせながら、雲の映る水たまりの上で少女たちがステップを踏みながら踊っていた。たのしげな笑い声は、こんなうっとおしい天気であっても心のなぐさみとなる。 ふいに、その声が途切れた。 なんともいえぬ空気があたりにはただよう。 ただ、雨音だけが世界に響く。 水たまりに、その姿が映った。 まるまるとした黒い影が空からのぞいたか思うと、真っ赤な目を爛々と燃やしながら化け物が街を見下ろしていたのだ。 悲鳴があがり、傘が空に舞い、子供たちが逃げ出したかと思うと、その後ろ姿を追うかのように、それが近づいてくる。 足音はない。 白いマントを翻しながら影が近づいてきている。 足音もなく、まるで凍った湖の上をすべってくるようにして、その巨体は街へと降り立った。 なんという得体のしれぬおぞましい姿だろうか。 鐘撞き塔ほどの巨大な白いマント。手も足も見えないが、だからこそ目立つ髪のない白い頭。できそこないの人形のような顔は、まるで落書きのようであり、正気などとうに失った亡霊のようにも見える。 「ズーボールテルテだ! ズーボールテルテだ!」 街中に悲鳴があがり、鐘が鳴る。 そして、ジルベリアの勇敢な騎士たちが――あらわれない。 「こういう時に限ってアーマーはないのか」 忌々しげに赴任してきたばかりの街の責任者は爪をかんでいた。 訓練のためアーマーは全機、街から遠く離れているのだ。 「まあ、あれは、毎年、この時期になるとあらわれては開拓者に倒されているアヤカシなんですけどね」 この街で生まれ育った兵士は気楽なものである。 どうせ、開拓者があらわれなくても、すこし街の中で暴れて帰るだけだと付け加える。 「解説せんでいいい!? 対策方法がわかっているなら、さっさと行動しろ」 「開拓者ギルドに話を持って行くにも、予算がありませんよ」 「予備費くらいあるだろ?」 「予備費? ああ‥‥宴会費用ですね!」 「そんな風に使っていたのか!?」 「ああ‥‥」 「書類に使途不明な金があると思ったが、そういうことか。いまは責めんが、あとできっちり関係者を調べないといけないか」 「な、なんですって!?」 「なんだって? 当たり前だろ。陛下から賜った金の無断使用だからな。公金の横領じゃないか? とりあえず、俺の持ち金がそこにあるから、それを持っていけ。足りなければ、これは手付け金で、あとで追加金を払うと言っておけ」 「あ‥‥はい」 無造作に渡された袋をのぞきこみ、兵士は息を呑んだ。 ギルドに依頼を出すには十分すぎるだけの金が入っていたのである。 「なんにしろ、あんな化け物にしょちゅう暴れられては、その被害が少しとあっても民が不安がってしまって街の発展にとってはマイナスになってしまうからな」 我知らず隊長は、再び爪をかんでいた。 |
■参加者一覧
黒鳶丸(ia0499)
30歳・男・サ
ロウザ(ia1065)
16歳・女・サ
ワーレンベルギア(ia8611)
18歳・女・陰
ハイネル(ia9965)
32歳・男・騎
サーシャ(ia9980)
16歳・女・騎
ザザ・デュブルデュー(ib0034)
26歳・女・騎
五十君 晴臣(ib1730)
21歳・男・陰
灰夢(ib3351)
17歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ぱしゃん!? 女の素足がみずたまりに踏み込むと、水の滴があたりに飛び散って、きらきらと光る虹があたりに生まれた。 幼女のように水と戯れながら、女が無邪気に笑っている。 その容姿は淑女といってもよく、もしもこの地方の衣装を身につけ、おしとやかにしていればさぞや多くの求婚者が列を為してきたであろう。 だが、この地にあっては異相であり、野生としかいいようがない風体は、彼女がここではない別の大陸の生まれであること如実に物語っている。 ふと、ロウザ(ia1065)は遊ぶのやめた。 空がかき曇った。 くんくんと鼻孔を動かすと表情がすこし切なげになったようにも見える。 雨が近づいているのだろう。 降り出したら忙しくなる。用事は片付けてしまおう。 街の守備隊と避難の打ち合わせをしてきたワーレンベルギア(ia8611)が、人見知りの激しい娘の保護者兼情報収集係としてついていったザザ・デュブルデュー(ib0034)とともに戻ってきた。 「ズーボールテルテ‥‥。なにやら壮大なスケールを予感させますね。実際に大きいみたいですけど‥‥。その、大した被害も出ないようですし、毎年毎年出てくる風物詩のようなものなのでしょうか?」 「風物詩と言えば風物詩だね。例年のことなので知っている人間も多く、いろいろと調べがついた。簡単に言ってしまえば魔法などを使うわけでもないストロングタイプ。ただやみくもに力押してくるアヤカシらしい。ただ‥‥」 なにか気になることでもあるかのようなザザの口ぶりだ。 「なにか?」 「いや‥‥毎年、すこしづつ行動パターンが違う‥‥まさかね――」 「‥‥葉が湿気って嫌な時期やなぁ」 ふたりの会話は聞こえていたのだろうか。 城壁によりかかって空を見上げていた黒鳶丸(ia0499)が、そうつぶやくとくるりと煙管を回転させると懐にしまい込んだ。 「で、おもろい季節の風物詩もあったもんやな。願が叶えられへんかった照る照る坊主の怨霊ちっくなて言うとる場合ちゃうわな、毎年倒せてるんやったら今年も倒せなあかんやろっと――」 黒鳶丸の頬に雨粒が落ちてきた。 横で、感情のないまなざしで空を見上げた女がいる。 灰夢(ib3351)。 美しい女だ。 だが隣にいた黒鳶丸さえも、不思議と存在感を忘れてしまうほどに虚ろ。あたかも城壁にたたずむ幽霊を、ひとが見落とすのと同じように、その姿は存在しながらも、どこか浮き世のものとは思えぬものがあった。 感情のなさのせいかもしれない。 まるで鏡のように、その姿が目には映っている。 「どう見てもてるてるぼーずだな」 「てるてるてぼーずですね」 「ですよね―」 わいわいと仲間たちがしゃべっている。 なぜ、ああも語り合うことができるのか。 灰夢には不思議だった。 「噂どうりの姿ですね」 ワーレンベルギアがうきうきしたような声をあげる。 アヤカシといっても、目鼻など、子供がヘタなりに一生懸命、筆で描きましたという感じなのだ。それが、どんな物であるのかを知るのならば、自ずと童心が思い出されても不思議ではなかった。 ひとを前にした時とうって変わって、ワーレンベルギアの様子はきわめて自然なものに見えた。兵舎でのおどおどとした態度から想像もできないほどの堂々とした態度だ。まったく、人間とは不思議なものだなとザザは思わざるをえなかった。 「まあ、緊張しても別にいいことはないからね」 サーシャ(ia9980)は、ザザと灰夢の肩をぽんとたたき、さきに出て行った。そんな肩をただ見ただけで、灰夢の表情は変わることはなかった。 「さて開幕だ――」 壁によりかかりまぶたを閉じていたハイネル(ia9965)が目を開け、ザザが腰から抜刀して歩き出した。 「ろうざ おきい あやかし たおす! あやかし へなやつ! あめ だいすき てるてるぼーず?」 ロウザが雨の中を駆け出していく。 「あら?」 「なんとか間に合ったようですね」 傘を閉じながら五十君 晴臣(ib1730)がサーシャにあいさつをした。 「すこし調べることがあったので付近を見て回っていましたが、あの巨体が見えたので、あわてて戻ってきましたよ。まず、あれを片付けないといけませんね」 「何を調べたのやら?」 あらあらと笑いながらサーシャは、胸ほどの背丈の青年を見下ろした。 けして五十君も背が低いというわけではないが、サーシャが法外に背が高いだけなのだ。かわいいと呼ぶには大人すぎるかもしれない。 なんにしろメンバーがそろい、戦いが始まった。 街へ進入したアヤカシを決戦予定地にまず連れて行かないといけない。 ロウザが叫び、ズーボールテルテの気を引こうとした。 しかし、白い悪魔はロウザの方をちらりと見ようとさえしなかった。 「みみがとおいのかな?」 まあ、いろいろとやってみるつもりなのだ。 次の策を考えてみよう。 「ならば、この音ならばどうですか?」 黒鳶丸が動物の鳴き声のようであり、ハエの羽音にも聞こえブブゼラを鳴らした。 「おッ、こっちに気がついたようだな」 「好都合、さらに興味をもって貰おう」 ハイネルが攻撃を加えて、ズーボールテルテの気を引こうとする。 「こっちだ!」 ザザも石を投げ、街の中へと敵を誘う。 すでに戦闘空域は決まっている。 ワーレンベルギアの手配により、すでに無人になっている一帯だ。それに、すでに前回のズーボールテルテ襲撃のさい破壊された一帯でもある。 市民に言わせれば、整地ついで、またひと暴れさせておいて欲しいそうだ。 襲撃に慣れた街というものなんだが、建物もよく見れば石造りよりも、増築が簡単な木造が多い。 「この街にとって、あれはアヤカシという名前の天災なのでしょう。だから、それと都合をあわせた文化ができている。常識や習慣というのは、それがある地域の特性から生まれるものですからね」 あちらこちらの土地に飛ばされているという隊長殿は達観したように、現状の部下たちの行動を是認しているようでもあった。そういえば、こう苦言を呈した仲間がいた。 「勧告、死なない程度に記憶をなくしてくれたら〜等という者が居るのだ。一度、徹底的に調べておけ。色々と、問題が出てくるかも知れん。後で、要らぬ火の粉を被りたくないならな」 「そうですか。それは、よかったと思いますよ」 「よかった?」 「もちろん、私も騎士の身の上。自分の身程度は守れるように努力はしましょう。ただ徴兵したかれらの憎しみが私個人に向いているのはいい傾向です。これが陛下や国にいかない限り、それは私の仕事の何割かは果たしていることになるのですからね。それに――なにか言いたげですね」 「それに、街の軍隊の質? 徴兵ならあんなものだろう」 別の仲間の言葉に隊長はうなづいた。 「そういうことです。もとより帳簿のごまかしは気がついていましたよ。時には、こうやって綱を締める必要もありますから、ああ言ったんですが‥‥なんにしろ、現状ではアーマーが出張っているのはこちらのとりかえしようのないミスです。申し訳ありませんが、アヤカシについてはよろしくお願いします」 戦いの前だというのに、そんな風に兵舎で仲間に頭をたれた騎士のことを思い出した青髪の娘が、くすりと笑うと、天に向けて指を伸ばし、 「えぃ!」 と振り下ろすと、暗雲が渦巻き、遠雷がしたかと思うとアヤカシに向かって雷を落とした。 「まあ、これだけで決まると思っていないけどね」 「そうだな!」 サーシャが、その身丈ほどの巨大――かなり大柄な男よりも大きな!――な大剣をふるったかと思うと、それだけで風が巻き起こり、そのまま重さにまかせた一撃となる。 「さあ、ここで止まって貰いますよ」 五十君の呪縛符がズーボールテルテを捉える。 「まあ、あの体には微々たるものでしょうけどね」 「朔月――」 灰夢は弓矢を射る。 「ダメージは通るも、微々たるもの」 たんたんと状況をつぶやき、つぎの状況へと移る。 ズーボールテルテが腕をふるった。 ハイネルが身を固め、その殴りを受けた。 「意外! 思ったほどダメージは‥‥こなかったな」 それにしても白い鎧を身につけた自分を狙ってくるとは思わなかった。アヤカシには頭脳がないのか――そう考えて、無意味なことだと悟った。アヤカシの考えが完全にわかるのならば、それは人間ではなくアヤカシである。 そして、同じ人間だと言って、他人の行動がわかるものではない。 ロウザは、おもしろものを見つけたとばかり、倒れた尖塔を駆け上っていった。 「なにをやられるんですか? まあ、こっちはこっちでやれることをやるまでだけですけどね」 黒鳶丸の剣が剣気を載せて、アヤカシへの一撃となる。 (思ったよりも、もろいのか?) ハイネルもまた、剣気の追撃を加える。 「いけぇ!」 ザザは足下をふんばり、バットを振るように剣を回転させたかと思うと、剣先から球状になったオーラを発した。 閃光! ふたたび雷鳴とともに空から一閃がふりそそぐ。 アヤカシの白い姿が、鮮やかな二色の原色でかがやいた。 目くらまし―― その隙にサーシャが移動してズーボールテルテの死角に入った。 「さて、もうすこし呪縛符を補強してみるかな」 五十君の術が白いスカートにも似た、アヤカシの足下を凍てつかせた。 動きが止まる。 「会――」 弓師は射た 「さきほどよりはまし。でも、たいしたダメージじゃない」 ズーボールテルテの目が、ぎょろりと睨んだようになった。 子供の落書きが睨み込むのだ。恐れるべきか、笑うべきなのか、まったく、たちの悪い冗談である。 しかし、力は本物である。 こぶしが尖塔を砕く。 直撃は回避したものの、ロウザは飛び散った石の破片をもろ食らった。 すこし、くらりときた。 「いいねぇ!」 頭をふり、切れた唇をなめるとロウザは、ぺっと血を吐いた。 「こっちの番だよ!」 しかし、戦うことが楽しくてしかたないとばかりロウザは崩壊した塔の残骸に向かって蹴りを入れ、三段蹴り、ズーボールテルテの頭すら越えた高さまで飛び上がった。 「大・車・りぃぃぃん!?」 ロウザはアヤカシの頭上から激烈な一撃をくわえた。 ズーボールテルテの頭が砕け、中身があらわになる。 「虚ろ‥‥」 灰夢もまた、その中を遠景として見た。 「中身はなしだな!」 アヤカシの視界であるスカートの下まで来たサーシャはアヤカシの正体を見た。幽霊の正体見たり枯れ尾花。たとえれば白いシーツが、空をふわふわと浮かんでいる状態なのだ。 「シーツのアヤカシなのかね?」 すべての鍵はそろった。 「そろそろ終わりかね。といっても、俺がこれの精一杯だ。アヤカシ野郎、受け止めやがれ!」 黒鳶丸が再度、剣気を使った。 「奴の体力の半分は削ったか‥‥いや、やはりそれ以上のダメージだと見た! ならば、一気に決めるぞ!?」 ハイネルが叫ぶと、剣先にオーラが集まる。 ザザも剣の柄をに強く握りなおすと殴りかかった。 「これで決める!?」 ハイネルの放った光弾がアヤカシにぶつかり、同じ場所にザザが剣をたたき込んだ。 「まだ浅かったか――!?」 ザザは目を細め、背後に飛んだ。 落雷だ。 雷を召還したワーレンベルギアは、つぎの行動のためをはじめる。 「ロウザさん元気だけど、血も流しているし治療符を準備しなきゃ」 「私も治療符を用意しないといけないかな」 予感がする―― 五十君も、ふたたびズーボールテルテを凍らせた。しかし、こんどはさきほどの氷の上をさらに成長させている。そう、その氷山をサーシャは駆け上り、アヤカシの腹あたりまで駆けあがってくると、太刀を振り上げた。 「スタンアタック!?」 致命的な一撃とはなったが、 「削りきれなかったか」 まだふわふわと浮く巨大な布には微弱な生命の波動がある。 「あ――」 矢がつきささった。 風のない空にあがっていたタコが、糸が切れでもしたかのようにズーボールテルテと呼ばれたアヤカシは落下した。 「状況終了――」 遠目に戦いの終わりを確認した。 ふたたび指先に握った矢を、矢筒に戻し、灰夢はその場を去った。 後には悲鳴が戦場に響いているだけあった。 「だぁぁぁぁ、もっとあばれたかったよぉうううう!」 ● 「――やはり、作戦がまずかったですね」 街からすこし外れた森に人影があった。 ローブを羽織り、フードを深々とかぶっていて、その素顔は見ることはできない。陰陽師なのだろうか。 「まだまだ研究の余地はあるということでしょうか――」 「なんの研究だい?」 男の背中に冷たい剣先が当たった。肝もさぞや冷えたことだろう。それに、剣を突きつけたザザの声もまた冷たい。 「何かあると思って来てみたが‥‥あんたが、操っていたのか?」 「まさかアヤカシを操れるなど、人間に過ぎた野望は持っておりませんよ。それに、あれはこの森の奥にある廃屋に原因があるんではないかと愚考しますたが、はてさて――」 「なにをやっているんだ?」 「単なる観察ですよ」 「観察だって!?」 すこし隙ができた。 すぐさま体をはずしてローブの男はやれやれと肩をすくめた。 「いやいや機会がありましたら――まあ、ないかもしれませんが、それは神のみぞ知ること――再会いたしましょう」 「神だって‥‥?」 ジルベリアではありえない単語をつぶやいて、そのマントの男は早々にその場を立ち去っていくのであった。 「アヤカシ‥‥ではないようでしたが?」 五十君は釈然としないのものを感じ、ザザの顔を見た。 「その屋敷の始末をして帰ればいいのか?」 ザザもまた、本来の計画を実行するかどうか迷うのであった。 |