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■オープニング本文 夜霧のロンドン。 セーヌ川沿いのガスライトの灯る公園に車が止まった。 「本当にここなんだろうな?」 「ああ、まちがいない」 ふたりの男が出てくると、警戒するようにあたりに目をやった。 黒い帽子にサングラス。 まるで、自分が誰であるのかを隠すようないでたちは裏ぐらい秘密を宿していることを我知らず、しかし如実にあらわしている。 「来よったの」 突然、霧が声を出した。 あたりに漂っていた霧が、集まったかと思うと、まるで人の顔のようになってにやにやと笑っている。 「撃つな!」 拳銃を取り出そうとする相棒の手を押さえた。 「ここで発砲をしてどうする。スコットランドヤードの犬どもに気づかれるぞ!」 「くっ‥‥」 「ほっほっ。総統の孫どもは短気じゃの」 「黙れ!」 「ほっほっ‥‥まあよい。わしとて、このような姿に身をやつしてはおるが、そなたたちと漫才をやりにきたわけではないからな」 「そうであってほしいものだな、英国魔術師協会の使者殿!」 「急かすな第三帝国の亡霊たちよ」 霧の指先に青白い火が灯り、投げ捨てるように動いたかと思うと、その炎は地面に落ちてアタッシュケースになった。 黒服の片割れが開ける。 「これが‥‥!?」 「そう邪神の小箱じゃよ」 「これがあれば世界を‥‥」 「なにが楽しくて世界などを‥‥おや別お客様のようじゃの――」 「別の!?」 残った黒服が拳銃を抜いて気配を読んだ。 ――奴らがいる!? 「だましたのか!?」 「なんのことじゃ? 誰もそれをおまえさんらにやるとは決めてはおらんぞ。そもそも協会の口座にはどこも金をふりこんで来ておらんのからの」 「くっ!?」 「なに、そのような物、ただでゆずってやるよ。わしらもその小箱の開け方がわからないのでな――それではせいぜい生命という代償を互いに支払いながら、それを奪い合うのだな。古代の地球にいた偉大なる神を目覚めさせる方法をな――」 そう言うと使者は、あらわれた時と同じように消えるように去っていた。 もはや去っていった者に用などない。 それに物は、現在、こちらの手の内にあるのだ。 黒服たちは霧の向こう側に浮かんだ複数の影を睨んだ。 「おまえたちは!?」 「あぁ、お馴染みの通りすがりの正義の味方だよ!」 ※このシナリオはミッドナイトサマーシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
樹邑 鴻(ia0483)
21歳・男・泰
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
朱麓(ia8390)
23歳・女・泰
ルエラ・ファールバルト(ia9645)
20歳・女・志
ザザ・デュブルデュー(ib0034)
26歳・女・騎
ルヴェル・ノール(ib0363)
30歳・男・魔
アッシュ・クライン(ib0456)
26歳・男・騎
伏見 笙善(ib1365)
22歳・男・志
剣橋深卯(ib3470)
22歳・女・巫 |
■リプレイ本文 「そっちに行った!」 霧の中で声がした。 たがいの姿をはっきりとは確認できないまま、ふたつの組織が未来を掛けて、現在という舞台に踊る。 「誰だ!?」 黒服の男が叫んだ。 霧の中に敵の姿を認めたのだ。 スーツ姿の何者かがいる。 影になっていて顔まではわからないが、スーツ姿でもわかる一目で抱きたいと思わせるような体つきだ。女が結んでいた髪をはらりとほどき、耳元のイヤリングをはじいた。 しじまに銀の音色が響くと、女の顔がみるみるうちに変わっていく。肩や背中が筋肉で盛り上がり、スーツが破れた。 「獣人か! ‥‥リリース!」 ささやき、祈り、銀の銃弾を込める。 「ゲルマン民族をなめるな!」 銃声が霧の中に響き、やがて静寂――そして、絶望。 「そ、そんなばかな!?」 体中から冷たい汗が流れる。 彼の腕を持ってすれば、けして外すことのない距離だ。それなのに、わずかに外れた銃弾は女の背後に立つガスライトに命中していた。 目の前の敵が銃弾を避けたとしか考えられない。 つまり、銃弾の動きを読み、それに反応した――ば、化け物――男の脳を駆け巡った最後の言葉は、果たして音声化したのだろうか。 あとには、ただは、その血のしたたる指をなめる水鏡 絵梨乃(ia0191)という霧に素肌を隠した少女が残っているだけであった。 「うん?」 銃声がしたのだ。 霧の向こう側では戦いがつづいているのだろう。 「困ったね‥‥」 樹邑 鴻(ia0483)は心の中で頭をかきながら建物の影に隠れた。 本来はフリーのトレジャーハンターである鴻がいわゆる第三帝国の亡霊と呼ばれる組織に協力する必然性はあまりないのだが、 (「俺は知を得たい。あんた等は力を得たい。その最終目的は違うが‥‥手段は同じだ。だろ?」) と第三帝国の亡霊にはったりをかまして近づいてみたものの、このままでは知を得るどころか、血を失って、人間共通の最終目的地に達しそうな雰囲気である。 鴻の視線の先にはアッシュ・クライン(ib0456)がいる。 暗い夜道で姿ははっきりとはわからないが、爛々とかがやく真っ赤な目が印象的だ。もっともなにやらの術の影響であるのかもしれない。なぜなら、信じられないことに口から火を吐くのだ。 その証拠に鴻の服の一部が真っ黒く、燃えた後がある。 「南無南無‥‥」 相手の名前は知らないが、もし知っていれば名前どうりに灰にされてしまうなとつぶやいたであろう男は、相手の姿を横目に確認しながら息を潜めていた。 (「さっさと行ってくれよ――」) 「きゃあ!?」 祈るように心の中でつぶやいたとき、背後から、何かがぶつかった。 反射的に振り返り、相手の口を押さえ、鴻は声を失った。 鴻の腕の中には、ひとりの少女がいた。 柔らかい体に黒い髪。そして、ウサギの耳。すこし涙で濡れたまなざしは、鴻を狙う敵と同じ色だが、なんともかわいらしい。若者はすこしどぎまぎとした態度で、少女に声をかけようとして、髪からするリンスのいい香りに頬を染めると黙り込んでしまった。 互いに黙り込んで――どこかで小言がした。 「きゃあ!?」 語尾にハートがついていそうな悲鳴を剣橋深卯(ib3470)があげた。 「こんな夜遅くに、どうしたんだい、お嬢さん?」 鴻が、にっこりと笑うと深卯も笑いながら応える。 「正義の味方の方ですが?」 「残念ながら‥‥現在はちがう――」 「え‥‥と――」 大好物のお菓子を親に取り上げられたくらいに残念そうな色を双眸に浮かべると、鴻の耳元になにごとかささやく。 「じゃあ、失礼しました!」 ごめんなさいと頭を深々と下げるとウサギ耳の少女は脱兎のごとく――いや兎なんだけどね――男のもとから離れ、道に出るとアッシュに助けを求めに行くのであった。 「なにをやっている! 敵を知っているのか!?」 突然、あらわれた乱入者に龍を憑依させた若者はうろんな目を向けた。 「ええっ‥‥とぉ――」 すこしあわあわとしたくせに、長い耳がぴぃんとのばすと、深卯は鴻のいる場所とは別のあらぬ方を指さしていた。 そこには人影がある。 屋根の上に腰掛け、煙草を吹かしながらルヴェル・ノール(ib0363)は眼下で拡がる戦闘という名前の舞踏会を眺めている。 「ほう、奴らもなかなかやる……さて、私も動くか……」 煙草の火を消し、新しい煙草を口に咥える。 立ち上がり、マッチで火をつけようとしたとき、ルヴェルは動いていた。 誰かがわざわざ煙草に猛火で火をつけようとしてくれたのだ。 (「なぜ!?」) 気づかれたと思ったときには遅かった、ルヴェルにとっての敵エージェント――アッシュが別の龍を呼ぶ。 その速度が格段に上がった。 「素早い!?」 先手を取られた。 アタッシュケースを街路に蹴り落とし、拳銃を手にする。 遠距離からのスナイプを得意とするが、位置を知られたスナイパーはスナイパーではない。純粋な戦闘となる。 能力でスピードをあげて逃げる。 (「あれを使う――!」) とっておきの手である。 突然、落下していたアタッシュケースがアッシュの目の前で消えた。 「な、なんだ?」 「こっちですよ」 「転移か!」 アッシュが発砲しながら逃げるルヴェルの後を追う。 逃げるのならば、その先に目的の物があるはずだ。 銃と炎が霧の夜空に交錯する。 その夜、その付近を担当する警察官が、周囲のざわめく音にすこし緊張した面持ちで、あたりをパトロールをしていた。アタッシュケースがアッシュの目の前で消えてから、すでに数分ほどたっている。 どさっという音とともに、警察官の目の前にアタッシュケースが落ちてきた。 (「な、なんだ‥‥」) 「あ、すみません」 忙しい夜だ。 ふりかえれば、そこに東洋人がいた。 「なん‥‥――」 口がふさがれ、サイレンサーつきの拳銃が火を噴いた。 「秘密は、知られてはいけないんですよ。それに、これはわたしの落とし物でね――」 伏見 笙善(ib1365)がいた。 死体に用事などない。 物となった人間を転がし、笙善はアタッシュケースを開けた。 「これが‥‥:」 笙善の目がらんらんとかがやく。 「本物かね? ちょっと見せてくれないか」 「おまえは‥‥」 見知った顔だ。 自分と同じ第三帝国への協力者のお宝泥棒であったろうか。 「こういうのは専門なんでね」 男がアタッシュケースを笙善から奪い取り、まじまじと中を確認する。 「へぇ‥‥おもしろそうな小箱だな。なんだろう古い言葉? 漢字、ラテン語、アラビア‥‥いろいろな言語で書かれているのか? 呪文? 謂われ? なんだろう? 調べてみないといけないな――」 ぶつぶつと言いながら考古学者の端くれは、おもしろいおもちゃを手に入れた子供が使い方を熱心なようすで調べるように霧の中に消えていった。 やがて、取り残された笙善は、ようやくことの大きさに気がつくのであった。 「ど、どろぼう〜!?」 「それでお宝を持って投降してきたわけ?」 絵梨乃はあきれたような顔で、片腕に深卯を連れた自称トレジャーハンターを見るしかなかった。 「いや、このお宝の正体を知りたいだけでね。そちらについた方がもっと早くわかると教わったんだよ――この娘に」 「信用できるひとだよ!」 ● 白い霧から声がする 「まったく、あの娘は‥‥」 事の発端である、あの箱をどこから持ってきた、あの老人だ。 ここはどこだ? 暗い闇でもなく、また白い霧の中でもない無色の空間。球体の水晶らしき物が空に浮かび、先ほどまでのロンドンでの二組織の争いを映し出している。 「なるほど飛空挺で日本に持っていくわけね」 会話までもが筒抜けだ。 「日本‥‥おお、あの博士か! しかし、やつの専門は日本の神ではなかったのか? 邪神とは荒魂のことなのかの?」 わからぬという表情で老人がうんうんとうなっていると、あとひとりの女が賽子を転がし、消えようとした。 「奇数だね‥‥行くところができたよ」 「朱麓(ia8390)、どこに行くのだ?」 「どこに行こうと、あたしの自由さね?」 「もちろん、そなたがどこに行こうが、どちらに協力しようがそれは魔術師の十戒により自由だが、どちらに協力しようが行って貰いたい場所があるのだよ」 ● 現在、雲海の上空に飛空挺がある。 天河 ふしぎ(ia1037)の流星号は、仲間と謎のアイテムを載せて日本へと向かっていた。かれらのエージェントが日本にいる、とある人物との接触を提案してきたのだ。 それが、邪神の卵なる物の扱いをどうするかわからなかったので、とりえず占いをした結果がそうであったということらしい。 当たるも八卦当たらぬも八卦。 誰が言い出したのか、まったく困ったものであるが、なんにしろ目的地のない旅は放浪でしかないので進路は日本と決まった。 欧州での争奪戦から、はや数時間、眼下には草原が拡がっていて、その大地の隆起はやがて雄大なな山稜へと連なっている。 「あの山並みだと天山山脈かな? おや? 来たようだね」 入道雲の中に黒い飛空挺があった。 「追いつきましたね」 笙善が飛空挺で満足そうに腕を組んだ。 「あれが流星か。最速の船というが、場所によっては最適なアプローチ時間というものがあるのだよ‥‥さて、つぎはどうするべきか――」 銀色の髭をした船長のつぶやきに、別の船に乗るふしぎが応えたような形になる。 「そんな手があったのか!」 方向から考えて東から来たらしい。 「追ってくるかと思ったら、待っていたというわけか」 ふしぎは楽しそうに笑うと流星を雲の中に突っ込ませた。しかし、敵がついこない。雲中で巻くという、ふしぎの策に敵はのってこなかったのだ。 それに別の問題が発生した。 「正体不明の機影だと?」 その時、亡霊船のレーダーが影を捉えた。 「どういうことだ?」 すでに第三帝国の名前で、ここが戦闘空域であるとして、各国には通告してある。 「おかしいですね。我々に逆らおうという物好きな国があるのでしょうか?」 そもそも数がおかしい。 この付近の小国の保有する飛行機の数ではない。 中国、ロシアは沈黙をしている。 「では第七艦隊か?」 「旗艦空母は演習のためハワイ沖まで移動しています。そもそも、衛星からのデータでは到達可能範囲に米軍の基地ならびに艦隊の姿はありません」 「それでは? ‥‥まあ、いい。砲撃に行きます。乗せてもらった駄賃ぐらい働いて返さなくてはいけませんからね」 笙善が操縦室から出て行ったとき、オペレーターが叫んだ。 「見えました!?」 「抜ける!?」 ふしぎが叫びながら、照準を定めないまま発砲を行った。 これが牽制になれば――その思いとともに雲間を抜け、目を疑った。 「な、なに?」 「鳥?」 そこには何十匹もの翼を持った不気味な生物がいたのだ。 「こんな高度を飛び回る、あれほど巨大な鳥がいるか」 仲間の呻きどおり、この世にいるどのような鳥類とも異なった、それは――てけりり・てけりり――鳴き声までも、はたしてこの世界の物であるのかさえ不安にさせるものであった。 まるで流星を守るかのように、その生物たちがゆっくりとした羽ばたきで囲む。 「あの小箱のせいじゃないでしょうね?」 誰もが薄気味悪いものを見るようにアタッシュケースを見た。 「さあな。しかし、あちらさんが攻撃されているな」 たしかに帝国の船に何匹もの「鳥」と呼称する他にない生物が襲っている。砲撃がつづき、何匹かの生物が落下していくが敵も無傷でもないらしい。 「燃えているみたいだな」 亡霊たちの飛空挺が燃え上がった。 「燃えている箇所をを切り離せ!」 「しかし、まだ伏見さんが残っています」 「火薬庫を炎上させたいのか! くっ――かまわん。残った全員の生命を優先する。そして本艦は離脱する。なお、この件に関しての責任は私にあると諸君も覚えておいて欲しい。もう一度言う。この件に関する全責任は私にある」 「切り離し終了。本艦な、この空域を脱します――」 ● 欧州での争奪後ののち、卵は日本へと渡り、数日がたった―― ● 「ルエラぁ」 舌足らずな声がしたかと思うと赤マントのルエラ・ファールバルト(ia9645)の背中に小さな衝撃が生まれた。 「はい、なんですか?」 「ねえねえ、また手品を見せてよ」 「手品‥‥ああ、マラコーダですね」 「うん」 浴衣姿幼女の笑みに応えるようにウルズとつぶやくと、どこからともかく銃弾があらわれたかと思うとルエラの手にしたリボルバーに充填された。 幼女は大はしゃぎ。 ただ、背後から父親の怒った声。 「だめじゃないか!?」 「どうしたのパパ?」 「ルエラさんに能力を使わせちゃ」 「だって‥‥!?」 「だっても、あさってもない。ダメなものはダメなんだ。それに、祭りが始まってしまうぞ!」 「ああ、そうだ。じゃあねルエラぁ!」 博士の娘はばいばいと手をふって研究所を出て行った。 「すまない」 博士が頭を下げる。 「いえ、別にいいんですよ」 「しかし、能力を使うことは君の――」 博士は言葉を切り、ルエラが話を切り出した。 「そういえば、あれはどうなりましたか?」 「組織から預けられた小箱の件ですか? 意外と早く調べはつきましたよ、箱に書かれた文字は参考になりましたし、なによりも祭りが近いので神社に頼まれていた調べ物があったのですが、それにヒントがありましたよ」 「ヒントが?」 邪神は日本の神とは違うようだが―― 「九頸龍。それが神社に祭られている一柱なのですが、私はこれまで、それは八岐大蛇の別名ではないかと考えていたのです」 「そうなのですか?」 赤い髪をしたルエラには、よくわからない土地の神話だ。適当に頷くより他にない。 「どうもそれは間違っていたようでしてね、太平洋の各地――かつてムー大陸があったという与太話のある範囲とも重なるんですがね、そのあたりの島々の古い神話に同じような音の古代の神がいるようのです」 「同じような音――クト――」 ルエラの唇が知らないはずの、その名前を告げようとしたとき、自分でもわからぬまま体が博士をかばうように動いた。 突然、空間に裂け目が生まれた。 「こんなもので侵入を阻止しようって甘いな‥‥」 長い髪を揺らしながら、何もなかったはずの場所から女があらわれた。 「何者!?」 「ザザ・デュブルデュー(ib0034)!」 そのあとを帝国の亡霊たちがつづく。 ロンドンの生き残りの姿もある。 研究場内にサイレンが響いた。 ルエラの銃声が響き、ザザの剣が空間ごと物を叩ききる。 逃げる者と追う者。 その間にルヴェルたち、別の一班は例の物を探した。 いやスパイの情報から位置は把握している。 「雑魚は相手にするな」 亡霊にとっての敵組織の低級エージェントが応戦するが、そのようなもの歯牙にもかけるほどのことではない。 ザザの一撃で道が切り開かれる。 敵の後を追う。 邪神の卵が隠された部屋へ逃げ込んだルエラと博士は息を呑んだ。 つづいて入ってきた帝国の兵たちもまた、亡霊と名乗ろうとも人間である以上、同じ態度となった。 そこは、すでに凄惨な殺戮現場となっていたのである。 死屍累々のかつて人間であった物が転がる部屋。白かった床は血で染まり、壁には血を引きずった手のひらの模様で彩られている。そして、つけっぱなしらのラジオから幼子を寝かしつけるような穏やかなクラッシック音楽が流れている。 「バカな‥‥お前――」 ルヴェルが生き返った死者を見つけたように目を見開く。 「なにを死人を見るような目で見ているんですか?」 その場にいたであろう十数人もの職員を血祭りにあげ、女の首を持ち上げ、そこから流れる血でのどを潤す化け物こそ、飛空挺の爆発に巻き込まれたはずの笙善であったのだ。 「怪鳥の襲来によって殉職したと聞いているが?」 ザザが用心しながら、つぶやく。 「ミーが異能を使って東の基地に飛空挺を出させたことをお忘れですか? それに、あの怪鳥、いやあの大いなる神の眷属を操っていたのがミーだとしたどうしますか?」 「なんだと?」 「そうです。あなたがたはよい操り人形でしたよ――戦いという復活のための詠唱を行っていただき、大いなる神の復活のための重要な鍵を探し当ててくれたのですからね。ようやく、この卵が孵化すべき揺籃の場所がわかりましたし――さて方法を教えて貰いましょうか、この人間の脳からね――」 笙善の手が伸び、博士の顔をつかむと口をふさぎ、指先を両目に突っ込む。 「わかりました。ああ、そうだ。かつての仲間だ。いいことを教えておきましょう。津波には気をつけてくださいね」 「なにを言って――」 そこに言葉と行動が割り込んできた。 「こいつを渡すわけにはいかない。「風龍」、降・臨!」 アッシュが窓を突き破り、狼が伸びていた笙善の腕を切り落とした。 「きさま‥‥」 「油断大敵! さて小箱をかえして貰おう」 「誰にも我が悲願を邪魔はさせぬ!?」 顔を真っ青に、体中の残った血を集めたかのように目を赤くしながら笙善は消えていった。 ルエラが、すでに息のなくなった博士のそばに寄り添い、あとは互いに敵を確認しあいながらも開戦のきっかけを探す状態へと一変した。 緊張はしかし、ふしぎの声によって沈静化する。 「今は、僕達が争ってる時じゃないんだっ!」 「かつがれたのが気に入らないし、盗まれたからには奪い返さないといけないな」 「しかし、やつがどこに?」 「津波って言っていましたが――」 音楽の流れていたラジオが緊急速報に変わった。。 「南太平洋上で津波発生――」 「つまり、あいつの目的地は南太平洋にあるんですよ」 耳をぴーんと立てながら魔法少女は師匠の言葉を告げるのであった。 「ああ、そんな顔をしないでください。方法はあります。ちょうど太平洋上にいる第七艦隊が情報を持っているとのことです!」 ● そうと決まれば早い。 実際、この世界でもっとも早い流星の足を持ってすれば、地球の裏側につくのもあっという間だ。 「おや、早いおつきだったな」 「朱麓さんか、こんにちは!」 ふしぎと絵梨乃が知り合いを意外な場所に見つけた。 「神の賽によってな。それよりも、あいさつは後だ。見てみな」 作戦ルームに拡げられた海図を指さし、のぞいたふしぎが首をひねる。 「太平洋到達不能極のそばに丸印‥‥島がある!?」 古い時代の言葉の名残である。まだ、ひとの手が長くなかった頃、ひとの手の届かぬ、陸地よりもっとも遠い場所につけられた名前、それが到達不能極である。 「そのまさかさ。島が浮上しつつあるね。しかも軍事衛星の写真では建物もある」 形容不能な異形なる建物の写真がコンピューター画面に映し出された。 「なんだよこれ!?」 アッシュが叫んだ。 「あんたたちの方が詳しいと思うがね」 「やつの言っていた、邪神の神殿?」 「そうじゃないかというのがあたしの考え」 「――夢見るままに待ちいたり――」 ルエラの唇が我知らず動いていた。 「おや、その一節を知っているのかい?」 いや記憶にはない。 しかし、知っている―― ルエラはただ沈黙で応えるしかなかった。 ● 異形なる建造物が拡がる都市がある。 長き時、海の奥深く眠った神の墓標はいま再臨し、その時を待っている。かつて地上を支配した世界の中心が、ふたたび世界の中心であろうとする時を。 中央の建物にひとりの男がいる。 「おお! 大いなる神よ、あなたが海という揺りかごから目覚められる時が来たのだ!」 残った腕を高々と上げ笙善は己の神に祈った。 その偉大なることを、その異形なることを、その絶対なることを褒め称え、忠実かつ、哀れなる信徒に力添えのあらんことを 空には鏡がある。 そこには、二隻の飛空挺が映っていた。 「さあ、生け贄になってもらいましょう」 「困ったな」 ふしぎは飛空挺の中にあって腕を組んでいた。 ドーム状になった都市への中央部への進入を前にした扉にいる。 別の飛空挺の中ではザザが過去をさかのぼって、どのようにここを突破しているか調べている。 「そ、そんな‥‥」 ザザが目を見開いた。 「過去視の結果はどうだった?」 「生贄を捧げていました――」 隠されたスイッチ程度の物を想定していたザザとって、笙善がともにやってきた信徒を神への生贄として殺した様子を垣間見たのはショックではあった。しかし、それが扉を開ける鍵となる。 (「それを可能にするには――」) 暗い野望が身をもたげかける。だが、この時、笙善とって合理的であった判断が、それゆえに徒となった。 都市そのものが生物でもあるかのように、周囲から巨大な触手があらわれたか思うと、まず黒の飛空挺をつかみ地面にたたきつけた。 強いショックが全身を打ち、各所が寸断、あるいは爆発する。 「脱出しろ!」 艦長の判断は早い。 回復した者、動ける者に撤退を命じる。 ただ、彼は残るという。 「最後に煙草をもらえないかな? どうもケガをしたようでな」 横腹が血で真っ赤に塗れ、骨が皮膚から突き出ている。 ルヴェルは煙草に火をつけて渡すと、その部屋を出た。 「さて、つぎはどうするかな――」 男は目を閉じ、閃光の中にその生涯を閉じた。 「沈黙――」 流星号に移動を終えたルヴェルが、それを確認を終えた。 「振り返るな!?」 ふしぎの声が揺れている。 生贄の血を捧げられ、巨大な門は開いた。 流星がくぐり抜ける。 「ここは!?」 ルエラは、その風景を一目見て、どきりとした。 知らぬはずなのに、懐かしい場所だ。 「体がおぼえている?」 ルエラを形作る体にはいくらか邪神の物が入っているという。 (「ならば――」) ここが失われた記憶の風景の一部なのだろうか。 「見て、あそこ!」 誰かが指さした。 「あいつ!」 建物の屋上に笙善の姿を見つけた。 のばした片手には卵がある。 周囲の空気が圧縮したようにゆがみ、虹のような輝きがあたりに拡がる。 「地上で重力異常!?」 卵が割れた。 「くる!」 飛空挺がショックで吹き飛ばされ、不時着した。 「みんな動けるか? 飛空挺は?」 「まだ‥‥動きはする」 「戦闘は無理のようだな」 見上げれば、街の中央に異形なる神が降臨した。 小山ほどの巨大な図体の上には蛸にも似た丸い頭をもち、そこから伸びた舌にも似た触手が幾本も揺れている。 こうなったら手遅れ―― 赤の魔術師が宣言した。 「さあ、化け物退治の時間だよ!?」 「こっちの方が戦いを楽しめそうだ!?」 イヤリングが揺れた。 絵梨乃が長い髪を揺らしながら走ったか思うと、それは戦うための姿へと変わっていく。これだけ巨大な相手だ外すはずはない。野獣が神に挑む。 「愚か者が!」 その姿を笙善が嘲る。 「よぉ!」 突然、その前に男があらわれた。 「と、盗賊!」 「盗賊じゃねぇ! 俺はトレジャーハンターだ!」 鴻が笙善を正面から殴った。 一発しか入っているように見えただろう。しかし、実際はあまりのスピードで目には見えなかっただけで数発が決まっている。 「ば、かなっ!?神の加護を受け、楽園に至るはずの我らの意思が‥‥こんなところでっ!! 認めん、認めんぞ!!」 そして、その恨み言が、邪悪な信徒の遺言となった。 建物から落下していく信徒の額を一撃の銃弾が貫いたのだ。 「どこから撃ったのかね? ‥‥さて、ご本尊の方は、どうなるかね?」 さきほどまでかつて偽りの仲間が立っていた場所で鴻は戦いの推移に目をやった。 「なんだ、あれ‥‥」 「スティージュ、顕現」 ルエラの髪がまっかに燃え、打ち出した一撃が空間を喰った。あたかも邪神が降臨した時の重力の異常の反対である。 「まさか――」 「あれが、邪神の力だよ」 「わぉ!?」 「何を驚いているんだい?」 「突然、目の前のあらわれたら誰だって驚くだろ」 魔女は笑いながら、体に刻まれた封印を解放する。 「焔に想像すは猛々しき翼!出でよ、我が精霊!」 燃えさかる炎の姿をした竜があらわれて朱麓を乗せ、空へと駆けていった。 眼下を見れば、ザザの剣が、やはり次元ごと神を切り裂いている。 また別の場所では深卯があっちへ行ったり、こっちへ行ったり、 「何をしているのかしら? あら?」 アッシュの体が光っている。 五体の龍を憑依させたのだ。 「やるぜ!」 瞳を黄金に輝かせるとアッシュはすさまじいスピードで邪神にぶつかっていった。それは、純粋な力。黄金の槍。神を包む魔法の力など気にもせぬ、あまりある力であった。 「やるわね!」 爆発するような破壊に朱麓は素直に感心した。 しかし、問題はこれから。 まだめざめたばかりの――いってしまえば半覚醒であり、本来の力の何十分の一でしかない状態だとしても人間が簡単に相手をできるような存在ではない。巨体をふるわせたか思うと、その生物は体を腕を伸ばし、触手をうねらせながら暴れた。その姿はまさに地上に這い上がってきた地震であり、地上に降りてきた台風であった。つまり、まったくの暴力なのである。 周囲の建物が跡形もなくふきとび、当然のようにそれに挑んでいったか弱き者たちもまた吹き飛んでいた。 ルエラの体が飛んだ。 空中で体勢を整えた絵梨乃が手をのばすが届かない。 「どうやって止めればいい?」 朱麓はすこし躊躇した。 (「あとすこし、ほんの一瞬だけ止めることは可能か? できるのならば、我が弟子が仕掛けを発動できるのじゃが」) 老人の声がした。 あたりで魔法の力が増大しているのがわかる。 ならば――朱麓は火竜から飛び降りると、黒曜石の剣をつきたてた。 触手が目の前を遮ろうとした。 「化け物め!」 どこからかの砲撃が邪神の目に直撃した。 それにとってはひとの目に小さなゴミが入ったような物でしかないだろう。しかし、それが隙をうんだ。 目をかばうように触手が動いた。 いただき! 剣が邪神の頭上に突き刺さったかと思うと、みるみるうちに凍っていく。むろん、これだけ巨大な魔力の固まりにとっては、これもまた人間が蚊に刺された程度の被害しかないであろう。 だが、人間が蚊に刺されてしばらくどうなるか。 それだけの時間があればよい。 周囲の変化。魔力がふくらみ、そして縮んでくる。 しばらく氷を溶かすように暴れていた化け物だが、さすがにそれには気がついたようだ。その場から逃げようとしたが、動かない。 「‥‥――!?」 赤い髪の娘の手が神に向かって差しのばしているのを見つけたのだろう。 邪神は娘に向かっていく。 元に戻ろうとしているのか。 しかし、それを待つルエラの目には憎悪。そして最後に残った記憶にもまた、ただ邪神に対する憎悪しかなかった。 (「おまえは、わたしの――」) そして、ルエラの時間もまた神とともに久遠の眠りに入っていった。 ● 「封印は完成したよ!」 街中に巨大な封印を張ったウサギ少女が、耳を立てて作戦の成功を宣言した。 都市がぐらりと揺れた。 「振り返るな!?」 「流星号まで走れ!」 敵も味方もない。 もはや、かれらに残された脱出手段は、あの飛空挺しかないのだ。あたりの建物が崩れていく。地は揺れ、道が壊れ、最後の日の街にやってきたようだ。 水底の神殿は、ふたたび眠りにつこうとしているのだ。 「これはまずいかな」 飛空挺の整備は終わっている。 「ぎりぎりまで待つよ。ぼくは‥‥信じている――から」 ふしぎは両手を組んで、少女のように祈ろうとして、はっとした。飛空挺に向かって建物が倒れてこようとしているのだ。そして、仲間も同時に見つけた。 飛空挺が逃げるのは簡単だ。 しかし、仲間が―― 「えッ‥‥消えた?」 突然、建物と仲間が消えた。 次の瞬間、飛空挺内に仲間たちがあらわれた。 「助ける義理は無いのだがな。まあサービスだね」 全員を引き連れて空間転移をしたザザが笑う。 「ははは‥‥――」 「‥‥急げ、一時的に消えただけだ」 ルヴェルが叫んだ。 「みんな僕に力を貸してくれ。エーテルバレットフルチャージ‥‥闇を貫け希望の光り!」 ● そして、いろいろあった冒険は終わった。 「中々楽しかったよ、機会があったら酒でも奢らせてもらおう」 ザザの言葉がきっかけとなって、旅の仲間は別れていった。 「そうだね。争うことを止めた相手に興味はない。ボクたちも失礼する」 「これ、もう要らないですよね?こちらで回収しておきます。皆様、お疲れ様でした」 そう言うとちゃかりと小箱を回収して霧散していった魔女もいる。 「困った時には電話を一本。報酬次第で何でもやるぜ?」 鴻もまた去り際に名刺を残した。 そして、その場を離れようとしたとたん、携帯が鳴った。 「なにをやっているんだよ‥‥」 すぐに背後で朱麓が携帯を鳴らしているのがわかった。 「報酬次第ではどんな仕事でもやるんでしょ?」 「仕事?」 振り返った魔女は危険な微笑を浮かべた。 「あんな遺跡があれだけだと思っているの?」 |