後始末についての一考察
マスター名:まれのぞみ
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 不明
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/12/20 00:57



■オープニング本文

「賭けは私の勝ち」
 一冊の本を開くと、そこから浮かび上がってきた立体的な映像は、空の卵から生まれるアヤカシの姿を映し出していた。
「やれやれ、人間たちには期待したのですがね。あの乱入は予定外で、それで作戦を失敗したんでしょうかね?」
 ふだんは開拓者たちに苦杯を呑まされる、そのアヤカシも今回ばかりは開拓者の勝ちに賭けた以上、応援しないわけにはいかなかったようだ。
「あれには愚策をとるようにと指示をして、下駄をはかせたのに。でも……」
 映像に浮かび上がった鴉にも似た三本脚のアヤカシ。
 それの誕生を、
 大切そうに古い本をぎゅっと抱きしめ、それはどこか、うれしそうな笑顔になった。
 そして、視線に気がついて、表情をあらためる。
 こほんと、咳をひとつ、難題を一問。
「わかっている?」
「わかってますよ……忘年会の幹事をやればいいでしょ、はいはい……さて、いまからどこか、いい店をとれるかな? 天儀のあそこは……混んでるだろうし、そうするとどこにしようか――」
 ぶつぶつと、あまりにもアヤカシらしくもないことをつぶやいて、そのアヤカシは、ふと、画面の中の怪鳥を指さした。
「あ、それで、あれはどうするですか?」
「……?」
「あんなアヤカシを誕生させたのには、なにかの目的があったんでしょ?」
「……――」
 にっこり。
「それだけ?」
 にっこり。
「なんも考えずに、あんなものを誕生させたんですかぁぁぁっぁぁ」
「成功するなんて思っていなかったし、あの子は、ひとの言うことがなにも聞けないおバカさん」
 きりっとした顔で応えた。
「きりっ!? じゃないいいいいい」

 ●

 たとえ原因がどんなくだらないことであったとしても、事が起きてしまった以上、誰かがその結果の始末をつけなくてはならないものである。
 この場合、アヤカシが後始末などという面倒ごとを背負い込むわけがないので、人間たち、より正確に言えば開拓者におはちがまわってくるのが相場である。
 すでに開拓者ギルドが派遣した一行が、化け鳥のアヤカシと戦っていた。
「くそ、素早い!」
「見てくれはでけーくせしてるのにな!」
「化け鳥は、やはり鳥ということか!」
 大アヤカシかと思えるサイズの敵を前に、開拓者たちは雪の平原を戦いの舞台として選んでいた。
 たまたまアヤカシとの最適会敵ポイントがそこであったとことと、なによりも、その場所が住む人とてない荒野であったことがポイントとなった。
「これ以上の人的被害――開拓者をのぞく――は固く禁ずる!?」
 それが開拓者ギルド依頼の、第一優先事項であった。
 その三本脚の鴉としか見えない、巨大なアヤカシは優雅に空を飛ぶ。
 しかし、それは高々度にいたからそう見えたのであって、地上近くでの飛行は目を疑うほどの早さであった。
 そして、時に見せる早さは、
「なによ、このきーんという音は!」
 開拓者たちが、耳を押さえながらも、鼓膜を破ってしまいそうな音をたてたかと思うと、周囲の低い木々が倒れ、あたりの石や岩が動くほどであった。
「空間移動?」
「あるいは超スピードか!?」
 気がついたときには、アヤカシは開拓者たちの遙か彼方にあった。
「逃げるわ!」
「いや、こっちにきやがった!?」
 そして、身をひるがえし、アヤカシが後方の術者に向かって、つっこんでくると、三本の脚で、かれらを蹴散らし、空へ向かって上昇してゆく。
「空へ逃げるのか!」
「いや――!?」
 アヤカシの三本の脚の、なにもない空間が、まるで太陽のように輝いたかと思うと雷光のようなかがやきとともに、周囲は炎の中に消えた。

 かくして、その一帯は廃墟となった。

 そして、その閃光は遠くジルベリアの首都ジェレゾからも確認されたという。


■参加者一覧
北条氏祗(ia0573
27歳・男・志
クロウ・カルガギラ(ib6817
19歳・男・砂
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓
津田とも(ic0154
15歳・女・砲
スチール(ic0202
16歳・女・騎


■リプレイ本文

 風が吹く。
 冬の風だ。
 いやな風だ――と、スチール(ic0202)は思った。
 冬の――長い冬の、ジルベリアに吹く、その特有の風は、どこからか冷気と雪を運んできて、世界を氷の中に閉じ込めてしまう。
 寒い――
 皮膚にあたる甲冑の、その冷たさは氷にも勝り、吐く息の白さは雪の白さにも勝る。そして、その心は凍てつく大気にも勝った。
 じきに雪がくるのだろう。
 見上げた空は暗く、風もうなり声もあげている。
 雷鳴にまじって、聞こえるはずのないアヤカシの幻の声すら聞こえてくる。
 すでに、今回の任務の詳細は開拓者ギルドの担当から聞き及んでいる。
 そして、その無残な成果と、それでもなおつづけねばならない作戦であるということも聞いている。気が重くなると思った。
 あ――
 頬に雪があたった。
 遠くの空は暗く、じきに嵐がくるのだろう。
 冬の嵐が、戦いという嵐が――スチールがモットアンドベリーを覆う鎧を触ると、白い手に鎧から伝わる冷気が、じんじんと伝わってくる。それは、まるで自分の緊張のようでスチールは、わざとらしく明るい声で朋友に語りかけている。
 しかし、心の中はちがう。
 彼女の朋友、三体のうち、唯一空を飛べるのは、この甲龍のみである。というのが、彼女がモットアンドベリーをきょうの伴侶とした理由である。
(しかし龍三種類の中で一番遅い甲龍は今回はワーストチョイスだろう。いないんだから仕方ない――)
 そう思いながら、モットアンドベリーの目を見ると、それがどうしても批判がましく思えてきて、
「いや、お前が嫌いなわけじゃないぞ、今回は向いてないってだけで。なあ」
 ついつい、そんなことを言いながら、その顔をなでてやることとなった。
 あるいは、みずからが持つ心の揺らめきが見せている幻なのかもしれない。
 その横では、北条氏祗(ia0573)が大山祇神から降り、
「なに、戻ってくる」
 心配げにいな鳴く走龍に一時の別れだと約束すると、夜空をギルドの担当に手渡し、自分が搭乗する船を探していた。
 同じような飛空挺が、何隻も雪原に集められている。
 まるで空港でもあるかのようだ。
 人手のなさに借り出された厚着姿のギルドの職員たちが、右に左に駆け回り、技師たちがテントの中で開拓者の武器を磨いだり、あるいは飛行艇の最終確認をおこなったりしている。
 出発時間が近づいているが、いまもまだ集まってくる者もいる。
「やれやれ、ここの集合時間には間に合ったようだな」
 篠崎早矢(ic0072)が戦いの前だというに、戦馬の上で息を切らしているのは、ある用件の始末をつけての、あわてての参戦だったからである。いまから考えれば、あちら方面の部隊に同行すればよかった気もするが、いまさらどうでもいい話である。
「それにしても、たいした数だな――」
 ならぶ飛空挺の数、参戦する開拓者と、その朋友たち。
 そんな開拓者たちが、ギルドの借り上げた――ほぼ破壊されることが前提の金額であったという話である――飛空挺に乗り込んでいく。
 北条もまた、その船団の一隻に搭乗した。
「よく、いらっしゃなすったな」
 豪快な男が笑いかけてきた。
 飛空挺の船長だ。
 双子の弟も、別の船を指揮して、別の集合ポイントにいるというこの男は、北條の背中を叩いて、うまくやってくれと激励する。
 すでに何人かの開拓者たちが搭乗していた。
 ギルドもできうる限りのことはやったのだ。
 やってもなお、このような時に限って人手が足らず――依頼が多すぎるのだ!?――アヤカシによる多方面からの攻撃と、それによる本命の作戦の秘匿の可能性すらギルドの内部で論議されほどだという。たぶん、そのことを黒幕が聞いたのならば、それができたのならばと心底、嘆いたことであろう。しょせん現実などというものは、たがいの手の内も見えない、資源も、情報も非対称のゲームなのだ。
 ただ、ゲームと違うのはなんらかの決着をつけねば終わらないということである。
 そのための開拓者である。
 そして、いま、その開拓者たちを載せた龍が、飛空挺が、飛び立って行く。
 窓から外を見ると、地上がしだいに遠くなっていくのがわかった。
 地上では職員たちが手をふる姿が見え――だんだんと、小さな点となり、やがてそれらは白いジルベリアの大地に溶け込んでいった。

 ●

「おいおい、風まで吹き出したぜ」
 船長が頭をかく。
 地上にいた時から、うすうす勘づいてはいたが空を飛ぶには最悪に近い環境だ。
 雲で視界が悪いばかりか、風まで強くなってきた。
 ここまで事故らしい事故ひとつ起きていないのは飛空挺乗りや開拓者達の腕が卓越しているからであろう。
(できれば飛びたくはないが、そうはいってられないか)
 飛空挺の操縦席から顔を出して、右に左に、光る灯火を見つけては、船員に命じ、互いの飛空挺の距離をとりあう。
 ぶつかってしまえば、ともに落下だ。
 それにしても暗く、深い雲だ――そう思うと、部下が声をあげた。
「なんだ?」
 下から報告がきたという。
 さきほどかれらが飛びだった場所を、例のアヤカシが襲ったのだというのだ。幸い、死者がでるほどではなかったらしいが、負傷者は多数あったらしい。
「ならば――」
 それを聞いた船員たちがうめく。
「ああ……近くにいる――」
 風が吹き、雪が舞い散る。
 九七式滑空機[は号]を駆る津田とも(ic0154)が、うっと身震いをした。と、そのせいで、ふと視線が動き、その影を見つけた。
 黒い雲間に、不自然なほどの漆黒がある。
 それが動いているのがわかった。
 手信号で近くにいた仲間に伝達する。
(あいつは、雲を利用し――)
 しかし、それを伝える終わる前に、前方で爆発が起こった。
「飛空挺がやられた!」
 敵の動きが速い!
 津田の[は号]が、急上昇をして、その場を離れる。
 あたりにいた開拓者達も戦闘状態に移った。
「来たか!」
 北條も剣をかまえ甲板に出た。
 腰には飛空挺から落ちないように、縄がくくりつけられていた。
「どこだ!?」
 雲間にアヤカシを探す。
 しかし、その間にも雪の舞う雲間に炎の花が幾つも咲き、つぎつぎと僚艦がやられていゆくのが見えた。
「くそーっ、あっちに出たと思えばもうこっちにいるぞ!」
 スチールがうめいて、モットアンドベリーに何度も、何度も、目的を変更してつたえる。
「モット、全速力であのポイントまで飛んでくれ!」
 歴戦の騎士すら翻弄する化け物である。黒幕に言わせれば共同作戦がとれないほど愚かであっても、狩猟者としての本能は本物なのだ。
「やはり相手のフィールドでは、こちらが不利だな」
 篠崎には策があった。
 より正しく言うのならば、ギルドが、とある開拓者の進言にしたがって隠し球を用意しているのである。
 しかし、それどころではなくなった。
 まずは、この危機をどうにか対処するしかない。
 夜空が星の見えぬ、夜の空を駆った。
 進化がすんだばかりだが、相手のスピードについていくのは無理であるようだ。ならば、空中での位置取りや方向転換に注意を払おう。
「あれは!?」
 船長が声がした。
 目の前に、飛空挺よりも大きな鴉の顔があらわれたか思うと、それは大きく羽をはばたかせた。その途端、黒い羽が飛んできたかと思うと、それは小型の鴉となって――こんな高々度を、ただの鴉が飛ぶわけがない!――襲ってきた。
「危ない!」
 前に出た篠崎の弓矢が、それらをつぎつぎに射貫く。
 しかし、いかに手に弓矢を二本、三本と持ち、放ってみたところで、矢の数以上に敵を貫くことはできない。ならば、化け鴉の何匹かは漏らすのも道理。
 スチールが、その残りに狙いをさだめるが騎士の悲しさ。遠距離での攻撃は苦手である。そこで策を講じた。爆連銃を持ち込み、相手の素早さ、こちらの技量のつたなさを連射で補う事にしたのだ。
 しかし、それでも落としきれない数の暴力である。
 その壁を通り抜けた敵が、北條の乗った船へとつき進んでいく。
「やられんぞ!」
 北條の刃が、それを屠る。
 同船した者たちの刃が、弓矢が、魔法がアヤカシを船に近づけまいと攻撃を加える。しかし、ついにその一体が船体に近づいたかと思うと、爆発が起きて、飛空挺が大きく揺れた。
「大丈夫だ!」
 船長が叫んだ。
 確かに、その船はじきに体勢を直すことに成功した。しかし、小型アヤカシの特攻をうまくいなせた船ばかりではないのだ。
 体勢を戻すことに成功はした、その瞬間、こんどは隣でさらに大きな爆発が起こった。なにごとかと見れば、僚船が爆発したのだ。
「おい、避けろ!」
「だ、だめです! 衝突します!?」
 回避運動がまにあわなかった。
 北條の乗った飛空挺に、火の弾となった飛空挺がぶつかってくる。
 大きな火の玉が、ひとつ、また天上に生まれた。
 そして、ふたつの火の玉は、まるで夜会の踊りのように、くるくるとまわりながら、永劫の奈落の底へと沈んでいった。
 船長が、船員が、開拓者が、その飛空挺から落ちていくのが目に入る。餌を追って、急降下するアヤカシもいる。
 夜空が落下する飛空挺を追うが、まにあわない
 篠崎の目に、デッキの柵に縄で身をくくりつけた幾人かの開拓者たちを見た。
「逃げろ!?」
 叫ぶしかない。
「モット、全速力であのポイントまで飛んでくれ!」
 スチールの命令は、もはや懇願の域にある。
「飛んでくれ!?」
 スチールの悲鳴に、銃声が重なった。
「えッ?」
 津田が放った数撃が、北條たちを死へと引き込もうとしていた、命綱を叩き斬ったのだ。
「跳べ!」
 そして、北條の体が、別の飛空挺の甲板に叩きつけられた。
 全身の痛感がわからなくなるほどの苦痛だ。
 しかし、この痛みこそが生きている証拠でもある。
「まだ、戦えるか?」
「ああ……」
 激しく咳き込みながら、それでもサムライは立ち上がった。
 そして、手荒だが、まちがいなく彼を救ってくれた命の恩人に手をふると、
「空戦の射撃は大好物なのよ」
[は号]が、飛空挺の横をすりぬけながら、そんな言葉を残していった。
 北條に向かって男が笑いかけてくる。
「あんたは――」
 そこには、死んだはずの船長の姿があった。
「そうか、兄の船に……――連戦になるが、大丈夫か?」
「バカにするな」
 北條の言葉に頷くと、親族を亡くした男が眼前の空を睨んだ。
「雲を抜けるぞ!」

 ●

 雲の間から、生き残った飛空挺の艦隊――と呼ぶには、もはや怪しい数しか残ってないが――が飛び出てきた。
 そして、さらにアヤカシと、その部下たちがあらわれた。
 空にこうこうと輝く月があって、その巨大な鴉の姿がシルエットになった。
 北條は見忘れない。
 三本の脚を、目を、そして、過去の禍根の元凶を。
「ヤバそうな相手だな。こんな奴を野放しにしておいたら、どれだけの被害が出るか。引くわけにはいかねえぜ!」
 こちらの船に、最初から搭乗していたクロウ・カルガギラ(ib6817)が船長に逃げるように指示をだした。
「おい!」
「大丈夫、策はある。策はあるさ――」
 その時、ふわりと飛空挺に横付けした天馬があった。
「作戦の準備はすんだの?」
 篠崎だ。
「ああ」
 クロウがうなづく。
 そうしているうちに、津田やスチールたちも集まってきた。
 船内では、船長が別ポイントからの出発した艦艇を中心とした艦隊の再編を命じ、損傷を受けた艦の空域からの離脱を指示していたのだ。
「さて、準備はしましたぜ」
 船長が開拓者たちに声をかけた。
 開拓者たちの間でも、作戦の打ち合わせが終わった。
「やれるか?」
「やれなくては、やられるだけさ」
「シンプルな答えね」
「シンプルだから最高なのよ」
「ならば、あとは実行あるのみ」
 それぞれの持ち場に散る。
 ここでは、誰もがプロなのだ。
 チームワークがなかった、などという軟弱な言い訳が許されないミッションだ。
 それに、すでに罠は仕掛けた。
 あとは、アヤカシが釣れるかどうかだけだ。
「いや、追ってくる。追ってこさせるさ」
 まずは、あの渓谷にヤカシを誘いこもう。
 クロウの短銃が火を噴き――作戦が始まった。

 ●

 なぜ人とは、かくもいらだたしい存在なのだろうかと、それは思った。
 ただ、暴れたいだけなのに邪魔をし、ただ食べたいだけなのに抵抗をする。
 ニンゲンという餌が何を考えているのか、アヤカシにはまるでわからなかった。
 まったくもって腹立たしい。
 いまも暴れて……暴れたか?
 まあいい。
 腹立たしく、いらつくから目の前でムダな抵抗をしているニンゲンどもをいじめて遊ぼう。
 それにしても、ちくちくとムダな攻撃をくわえてくるものだ。
 かゆみこそすれ、痛くはない。
 それに、なにを考えているんだ!
 みずから山と山の間の――言葉が浮かばないが、まあいい――そこに、突っ込もうとしてるじゃないか!
 まったくいじめがいがない。
 しかし、あそこは、飛ぶにはおもしろそうは場所だ。
 ニンゲンを追い詰めながら、どうやって飛んでいこうか。

 ――もはや、そのアヤカシはなぜ自分がそれを追っているかということさえ、忘れていた。

 ●

 むろん、人にもアヤカシの考えなどわかるわけがない。
 剣山のような歯の並ぶ嘴を開け、いままさに迫り、食いかかってこんとする化け鴉と、その周囲を飛ぶ、小型の鴉のごと群れを向こうに回し、その前後、左右、上下と三次元に分散しては、さまざまに位置をとり、位置をかえ、攻撃を加える。
 ダメージは期待していない。
 決定的な機会、その時まで生命を、気力を、練力を温存しなくてはいけないのだ。
 それに、目的の谷はすぐ目の前だ。
「谷に突っ込むぞ!」
 すでに日が高くまで昇り、死を賭した追走劇は翌日までつづいていた。
 ここにくるまでの間に、アヤカシに破壊され、あるいは戦闘の不能となり、そもそもスピードにふり落とされたりしながら、もはや旗艦だけとなっていた。
 ただ一隻と、それを守る開拓者たちだけが最後の希望となって、絶望を、その終焉となる場所へと誘った。
 狭くて長い、山渓を飛空挺と、開拓者たちが全速力で逃げる。
 その後方を、悠々とアヤカシは飛翔する。
 風に乗り、まるでその風に乗っていることを楽しむかのごとく、悠然とした姿で、余裕たっぷりな様子で部下の鴉たちを時にけしかけては飛空挺を谷に追い詰めていく。
 袋小路むかって突っ込んでいく――アヤカシはそう考えたことだろう。だが、袋小路に追い詰められていたのは、実は自分であったのだ。
 その時、クロウ・カルガギラが口笛を吹くと、どこからか、馬のいななきが聞こえたかともうと、霊力にかがやいた白馬が天空からあらわれ、
「プラティン!」
 叫ぶやなや、クロウは飛空挺から飛び降りて、羽ない天馬にまたがって、空を駆け上っていった。
 それを確認すると、篠崎が牽制の矢を放ち、さらに一撃。
 注意をクロウからそらすことに成功した。
 そしてアヤカシが気がついた時には、その眼前にクロウの姿があった。
「やぁ! プレゼントだ!?」
 銃口から放たれた閃光弾が、アヤカシの鼻先に、まるで小さな太陽が生まれたようなすさまじいまでの閃光の花を、一瞬だけ咲かした。
 片目をつむる。
「じゃあ、もう一発、プレゼントだよ!」
 津田も閃光弾を開いている片目に向かって撃つと、アヤカシすら両目を閉ざさずにはいられなかった。
 そして、それこそが待っていた時の合図となった。
 馬がさらに駆け、谷の上方へ向かった。
 そして、上昇するとクロウは崖に突き出ていた木にかかっていた一本の縄を手にし、そして、力一杯、ひっぱった。
 ぱらぱら――
 はじめは谷間のどこかで小石が転がり出すような音がして、それがやがて谷間中に、響き渡ったか思うと、つぎつぎと、その音が重なり、重なり、しだいに巨大な音になったかと思うと、谷のあちこちから岩が転がってくる。
 ひとつ、ふたつ――たちまちのうち、空から降り注ぐ岩の雨となって、巨大なアヤカシの背中に、羽に、頭に、ふりそそぐと、
 あたりにいた鴉たちは一掃された。
「いまだ、片翼を狙え!」
 クロウの戦陣「龍撃震」のスキルが先触れとなり、津田の銃が、篠崎の矢が、スチールの爆連銃が火を噴き、一斉になかば白い土煙に隠れかけた、黒い影に向かって攻撃を加えた。
 アヤカシが声をあげる。
 悲鳴――である。
 まるで人間の子供の泣き声にも似た、不気味な悲鳴をあげ、アヤカシが苦しむ。
「しゃらくせぇ!」
 苦しみのあまり、もがくと、その巨体が徒となって、周囲にいた、部下のアヤカシたちは消え去っていた。
 開拓者の反撃がきいている。
「降りるぞ」
 乱射、バーストアローで矢の攻撃面積を増やしてバラまいて命中率をあげる作戦を繰り返してきた弓術士は夜空に命じ、地上に降り立った。
 篠崎は弓矢をかまえなおす。
 天空の馬上もよいが、このように両の脚を土につけ狙うのは、また格別だ。
 もはや、地上から届く位置までアヤカシは降りてきている。
 片目を閉じ、狙いをつける。
 もはや、敵は飛ぶことすら苦しいようである。
「飛べぬ鴉など!?」
 篠崎の一撃が、ついに片方の翼から飛ぶ力を奪い取った。
「やるな!」
 津田も狙いをつけると、アヤカシの片目から輝きを永遠に奪い取った。。
 こうなると、もはや巨体な体は、巨大であるがゆえに人間どもの的でしかない。圧倒的なまでに不利だ。
 もはやアヤカシの本能はひとつの命令しか発していなかった。
(――逃げろ!)
 ここから、一気に逃げる方法はわかっている。
「瞬間移動か!」
 爆連銃をリロードしながらスチールが舌打ちをした。
 アヤカシの体が、しだいにぼんやりとしはじめている。
 瞬間移動しようとしてるのだ。
 あと、一撃、あと一撃、強烈な一撃さえあれば――
 翼狙いが成功し、相手の動きが鈍った。
 クロウは、刀に持ち替え、すれ違いざまに斬りつけ、一撃離脱。残った羽にふかぶかと傷がつき、ジャンプの邪魔となった。
「まかせたぞ!」
「まかされた!」
 飛空挺がアヤカシに突っ込んでいく。
「突っ込ませろ!?」
 船首に陣取り、北条は船長に向かって叫んだ。
 墜落していった、飛空挺の双子の船長であった兄の弔い合戦でもある。
「これで決める!」
 北条氏祗。
 この男、北条二刀流なる流派の創始者。
 愛刀、神刀北条氏祗を携え、腕力と手数による斬撃を繰り出すことを技とする。北条二刀流は絞の構え。つまり、左右の武器を交差させた型から成り、一に交差を解く際に斬り、二に通常の二天の構えとなる。斬り裂くより叩き斬るに近い戦い方で、破壊力により短時間で相手を仕留める事を美学とする――そして、その刃が、因縁を結んだ大鴉の身を滅ぼしたのであった。

 ●

 クリスの谷。
 大鴉の姿をした異形が討伐された後、いつの頃か、その名前もなかった山渓の谷間は、そんな名前で呼ばれるようになっていた。
 吟遊詩人たちの歌を信じるのならば、こういう経緯になる。
 いかにも人当たりのようさそうな砂迅騎がやってきたのは、アヤカシと開拓者たちが戦う、ほんの数日前のことであったという。
 不思議なかがやきを発する白馬にまたがった男が、付近の人々に、ここが戦場になるから一時、去るようにと説得してまわったという。
 その後、どのようにやったのか地元の者達は皆、首をひねったというが、谷の一番、狭い場所に、岩を集め罠を仕掛けたのだという。
 それが、いまやアヤカシの墓場として、登山者たちの名所となっている例の場所であるという。
 春になったら、旅にでも出かけてみたらいかがだろうか。