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■オープニング本文 「隊長殿、攻撃は失敗したであります!」 その報を聞くと、男はぐっとこぶしをにぎり、歯をきしませながら、それでも何度か大きく息をして、気持ちを落ち着かせると、はっきりとした声で、こう命じた。 「生き残った者たちはひかせろ!」 伝令がテントからあわてて立ち去る。 男は、もう一度、こんどは誰の目がないことを確認するとテーブルを殴った。 血走った目で、地図をにらむ。 アヤカシの軍勢によって占拠された丘に、まっかな印がされている。 昨日、突然、ジルベリアの辺境にアヤカシの軍勢があらわれた。 近くに駐在していたジルベリアの軍が、それに対応することとなったが、戦いらしい戦いもないまま、アヤカシたちは平地から逃げだして、ひとつの丘に陣をしいた。 「人間相手ならば――」 囲んでしまえば、水源もなく、しかも補給の宛もない丘の上だ。あとは自滅するのを待てばいい。だが、敵がアヤカシであるのならば、その戦いの常道も通用はしない。 もとより攻城戦は、被害の多い戦いだ。 できれば強攻策をとりたくはない。 最初、隊長は、そう考えていた。 だが、丘の下から見ても一目で分かる、巨大な大筒のようなものをアヤカシが作っているのが、見えるようなってくると迷ってはいられなくなった。 付近の村や町が危険だ! 兵たちが、まず動揺した。 地元の者が多いのが災いしたのである。 故郷の村や町に危機が迫っているという不安が部下たちを浮き足だたせ、また、隊長もそんな下からの声を押さえきれず、中途半端な攻撃命令を出したものの、それが、やはりというべきか失敗したというわけである。 自分の力不足を嘆きながら、隊長は、 (やはり――奪回には、開拓者の力を借りるしかないか) と考えるしかなかった。 ● 大筒の丘(仮名)について 地元でも名前がついていないような、単なる丘陵です。そのために今回は仮に大筒の丘という名称を与えています。 ふだんは村人たちが暖炉や食事に使う薪をとりに行く場所で、木々の多い丘ですが、水源がないし、いまの時期は熊もよく見かけるので、できれば避けたい丘だと地元の人たちは言っています。 また、山頂まで土の道がありますが、現在は関所のようなものができていると攻め上った兵たちが報告をしています。ただ、探せば獣道もけっこうあるとの地元の声もあります。 丘の高さは20〜30m程度となっています。 |
■参加者一覧
北条氏祗(ia0573)
27歳・男・志
ファムニス・ピサレット(ib5896)
10歳・女・巫
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
雨傘 伝質郎(ib7543)
28歳・男・吟
藤本あかね(ic0070)
15歳・女・陰
コリナ(ic1272)
14歳・女・サ
九朗義経(ic1290)
17歳・女・ジ
武 飛奉(ic1337)
14歳・男・泰 |
■リプレイ本文 今朝の風はとりわけ冷たく、冬が足早にやってきている。 じきに、このあたりにも雪がふりだすのだろう。 朝だというのに、空は暗く、雲間からわずかに日の光が見える程度だ。 「それにして黒い雲ね」 藤本あかね(ic0070)が髪をかきあげながら、夏の間、親しんだ雲ではない、それを見つめ、ぶるりと体をふるわせた。天儀生まれはもちろん、寒さに慣れているはずのジルベリアの民ですらも、身を縮ませる、そんな朝であるのに、その異国の格好をした者は寒さを感じていないようであった。 「ジルベリアと言うたか、異国よの」 彼女――あえて、そう呼ぶが――は、からくりである。 名を九朗義経(ic1290)と言う。 「やる事は変わらぬが」 「そうね、まずは打ち合わせよ。さあ、行くわよ」 藤本が声をかける。この世間知らずの人形を放ってはおけない気がするのだ。 ● 兵たちの宿舎は、臨時の病院になっていた。 基地であるので兵の数だけベットがあるので困ることはないが、そこに周辺の医者やら薬師やらを呼びよせ、さらに心配してやってきた家族たちも入ってきている。 ごったがえしになった基地の中を、他人を蹴らないよう、ぶつからないように歩きながら、フランヴェル・ギーベリ(ib5897)とファムニス・ピサレット(ib5896)があちらこちらを歩いて回っていた。 守備隊の隊長、隊員達から話を聞き、勇戦を讃え、交戦時の情報を入手をしている。 砦の攻略に役立てるつもりだ。 九朗も大筒の警戒、周辺の防護といった情報が欲しかったが、からくりの悲しさ、そこまで世知に長けていない。 だから、藤本が代わりに聞いてまわっていた。 そして、だいたいの情報と意見がでそろった。 それでは、作戦の評決をとろう、 「正面衝突作戦に一票、ほぼ全員それに行き着くんでしょうね……え、た、たりないじゃない!?」 隊長室のテーブルの前に集まった人数を数えなおして藤本は絶句した。 七人いるはずの開拓者の姿はそろっていなかったのである。 「丘の奪還をお手伝いいたいやす」 そんな藤本の声が聞こえてかどうかは知らぬが、雨傘 伝質郎(ib7543)が、へへへっという顔をしながら宿舎の食堂に顔をだしていた。 「あくまでお手伝いでやすので」 そんなことをつぶやいて、意気消沈した兵たちに声をかける。 (まずはこの兵隊さんたちゃァ、負け癖がついてなさっておいででやす。そこをなんとかいたしゃあしょう) そんなことを思いながら、なんやかんやと話をして兵たちを集めて、口八丁手八丁、講演を一席もうけ、さらにかれらの気分が高揚したところで、得意の歌をひとつ。 むろん、窓の外に見える丘に向かって指をさすことは忘れずに―― みよや!あの丘を〜♪ 我らが街を見守って幾年や〜 見守り続けたる母なる丘 だが、だがだが! 我らが母なる丘に取り付いたものがいる 取り戻せ!! 奪還!奪還!奪還! 我らの母なる丘を犯す 無礼なアヤカシに後悔と惨めな滅びを与えよう♪ 花咲く母なる丘を我らの手に取り戻すのだ〜♪ そんな調子で偶像の歌を使って兵達をのせて、雨傘は名前もない丘に母なる丘と命名し士気を煽る。 時と場所が違えば、さぞや扇動者か政治家として歴史に名前を残すことになったであろう技量を見せた男の姿はしかし、いつの間にか消えていた。 ● アヤカシを蹴散らして開拓者たちが、早くも関所まで攻め上ってきた。 北条氏祗(ia0573)が、剣をかまえながしながら門前でどうどうと宣言を行った。 「大筒とは物騒極まりなし。人々に被害が拡大する前に成敗する」 むろん、返答は無言の弓矢での反撃。 コリナ(ic1272)の剣先がそれらを払い落とし、落とし漏らしたものは藤本の作り出した壁にすべて止められた。 こんどは、こちらのターンだ。 「ふん……わからん敵勢にわからん大筒か、よい。踏み入ればわかる事だろう。小細工など弄していられるか。正面突破あるのみ」 武 飛奉(ic1337)が先陣をきって門に突っ込んでいく。そして、そのまま瞬脚で関の両脇にある崖の片側を駆け上ると、門の上に作られた足場に着地。 「アヤカシ風情が関を設けるだけでも十分だというのに、高所に足場を設けて矢を射ってくるとは、ずいぶん小賢しいな」 ぼきぼきと拳を慣らしながら、竜の姿をした亜人は腕を弓矢にしたアヤカシたちをたたきのめした。 「む。手を抜くとは言っていなかろう」 仲間達が、それにつづく。 コリナの可憐な剣さばきが敵を風と黒い土塊に帰し、巨大な蛇がアヤカシをその口でつかまえて腹に飲み込む。 正面で戦いを挑んでいる開拓者たちの剣戟が響く。 門の反対側に飛び降りた武が門のかんぬきを抜いた。 「開いたぞ!」 門が開く。 「邪魔するなら、断ち斬らせてもらいます」 コリナの剣がアヤカシを斬って、砦に殴り込みをかけた。 つづいて、フランヴェルが駆け込んでいく。 きょうの戦いでは常に最前線で戦っている。愛しい人の後ろ姿を見ながらファムニスが、鬼の姿をした式を操る藤本のそばで懐中時計――ド・マリニーの鎖を腕に巻き付けて、瘴気の流れを観測している、 そのおかげで、ここまで来る間、道の横の茂みからの敵の奇襲に先制を加えたり、哨戒をすり抜け、消耗を受けることなく関までくることができたのだ。 ● 武があたりを見回した。 さきほど戦っている、人影のようなまっくろなアヤカシが、すこし広まった場所にあいも変わらずたくさんいて、その中央には、例の大砲があった。 (射線さえ通れば放つ類のモノであろうか? 通常の大筒であればそう連射の利くモノではない。もし、通常でないのなら、それはアヤカシと言う事だろう。小賢しいものだ!距離を開ければそう当たる物ではないだろうが、狙いを道に限定すればこの地形だ、当たる事もあるだろう) しかも、大砲との間にいる邪魔なアヤカシの数は多い。 なによりも、大砲の影からつぎつぎと生まれてきているのだ!? 「厳しい戦いになるかもしれませんね。……楽しみです」 コリナが剣をかまえなおす。 「な、なによ!」 藤本が、あっと声をあげると、大砲にみるみるうちに四本の脚がはえ、歯も生えた。ちょうど鼻のあたりが巨大な砲台になっている。 ド・マリニーが反応している。 「あれはアヤカシです!」 その化け物が、脚もとに転がっていた弾を食べはじめた。 あれで町や村を狙っているのか! 「大砲に近距離攻撃があるかもとは思ったけど、まさか、近距離攻撃そのものだったとわ!」 こうなれば、渾身の斬撃を大筒が消滅するまで叩き込むまでのことだ。 フランヴェルは梵露丸を飲み込んだ。 が、その前に邪魔が入った。 (先生!?) 一体のアヤカシが叫んだ。 のっそりとあらわれたのは巨人であった。 「こっちだ!」 と声をかけて、フランヴェルが相手をする。 敵の攻撃は盾で受け防御 「フッ、伊達に鍛えてはいない! お前達の攻撃ではボクの薄皮一枚傷つける事は出来ないぞ!」 反撃の秋水清光で斬る。 しかし、これでは決まらない。 「ならば!」 柳生無明剣で速攻撃破。 ゆっくりとしている時間はないのだ。 ● 開拓者たちが戦闘に入った頃、隊長の命令を破った兵達の一団が、開拓者たちと違った道で山昇りをしていた。 じきに砦が見えてくる。 アヤカシの哨戒兵が気がついて去って、別の一団がやってくると、林に隠れていた雨傘が――アフターサービスとして――見当違いの方向から怪の遠吠えを鳴らして、その注意をそらした。 「そいでやしてここからが本番だァ! 勇敢なあっしは茂みの中を丘の上へと忍び入り華彩歌辺りの木々に花を咲かせやす。兵隊さんがた〜 母なる丘が手招きしてやす〜!!」 ぱっと冬の木々に花を咲かせると、雨傘は本当にトンズラ――なお、その後、森の道で熊さんとばったり出会って、 「ひえ〜 お助けぇ」 と兵さんたちを探すことになったのは別の話。 なお、季節違いの狂い咲きに凶事の前触れと思った者も多かったという。 ● 人間の軍勢が横から攻め上ってきているという連絡が、アヤカシたちの本陣に届いた。 (ふむ……どちらが本命でしょうか? いや、これは僥倖――) 軍書より転じたアヤカシは、そう判断して作戦の続行を命じた。 「おっと、動くなよ」 軍人の姿をしたアヤカシ首に白刃の剣先が突きつけられる。 いつの間にか背後を獲られていた。 開拓者にも裏道を探し当てた者がいるらしい。 「丘を占拠したこと、後悔させてやろう」 北條だ。 「後悔はしませんよ」 しかし、奇襲を狙ったが、こうもうまくいくとは思っていなかった。 ● 残った開拓者が大砲のアヤカシと、その手下と戦っているところへ、柵を突き破って、ジルベリア兵たちが流れ込んできた。 そちら方面のアヤカシたちが、あわてて対抗しようとするが、数の暴力にはかなわず撤退。さほど広くもない砦の中は、すぐに混乱状態となっていた。 しかし、その撤退は擬態であったのかもしれない。 さほど広くない砦の庭で人間たち――開拓者すらも含まれる――が動けなくなったのを確認すると、一体のアヤカシが、あたりを見回すと、大砲のそばにあった砲弾を手にした。 そして、なんのためらいもく突撃をかけてく。 まずい! 兵たちの弓と剣がアヤカシを貫く。 しかし、脚は停まらない。 それどころ、さらにスピードをつけて兵たちに突っ込んだかと思うと、爆風があがった。 アヤカシは消え去り、人間たちが吹き飛ぶ。 「自爆だと!」 ジルベリアの兵たちの動きがにぶった。 「止まれ!」 しかし、後ろに声が届くよる前に、つぎつぎと、火薬と火を手に、手に特攻してくるアヤカシたちが突っ込んで、あちらこちらで爆発がおきる。 あっという間に砦の中は大混乱。 もとより隊長の命令など無視して出発した軍などに秩序など期待する方がムダである。指揮官のない無秩序の軍など、酔っぱらいたちのパレードと変わらない。 しかも、その騒ぎのせいで開拓者たちが大砲に近づくことができなくなってしまった。 「まさか、わざと!?」 北條がうめき声をあげる。 「目的と手段をはき違えてはいないつもりですよ」 剣をまじえながら――北条の剣伎は、そのアヤカシの体を捉えているが、さすがに一撃では倒しきれない――アヤカシは応じる。 開拓者も、まず兵達をどうにかしなくてならなくなった。 九朗義経が名乗り出た。 (兵の士気は落ちて居る。であれば見せ付けねば為らん、士気も上がろう。この九朗がそれをするのだ) 心の中で、自分にいいきかせ、自分の名の元になった人間がかつてしたであろう態度で、混乱した兵たちに告げる。 遠く届かぬ声が、やがて兵達の心を捉えるには、しばらく時間がかかった。 だか、それが可能になった。 「この九朗が前に出る、往くぞ!」 ● そして、大砲の姿をアヤカシが開拓者と人間たちの数の暴力の前に倒れた。 しかし、最後に空に向かってまるで咆哮のように、なにかを打ち上げたとき、それまでの苦労が徒労に終わった。 「えッ?」 空に暗黒の太陽が生まれたのだ。 「おおぅ! 生まれますぞ!?」 軍人の姿をしたアヤカシを目を見開く。 多くの犠牲を払い、かの大筒のアヤカシも滅んだが、最優先事項とされた命令だけは達成することができた。 生まれ。 生まれるのだ。 世界よ、平伏せよ、されど見よ! 空の王妃の誕生を。 暗黒の太陽という卵より生まれる破壊の雛をの産声を。 漆黒に罅が入り、雷鳴のごとき音とともに声が、耳をつきさし、心臓すらやぶる鳴き声がしたかと思うと、傷つき倒れていた兵達がいっせいに口から血を吐いて、絶命した。 「どうしたのだ?」 九朗が首をひねる。 「心の臓をやられたのよ!」 藤村が空を見上げると、そこには三本の脚をもった異形の大鳥が生まれていた。 「何ぞ!?」 「あれは?」 額から流れる血が目にはいった。 薄目になりながら、コリナも空を見上げる。 息が切れ、上下に揺れる肩からも流れ出た血が腕をつたい、剣先にまで落ちていく。 剣を握り続ける戦いつづけるつもりだが、握力もなくなってきているのがわかる。 そして、大砲の影から出てきたアヤカシの残兵どもが二重、三重の囲いを作って彼女を取り囲んでいる。 「厳しい戦いになるかもしれませんね。……楽しみです」 もう一度、あの言葉を自分に言い聞かせ、女は最期の戦いを決意した。 だが、その瞬間、あたりにいた有象無象のアヤカシたちが、いっせいに手にしていたモノを落とした。 「なにをやった!?」 北條が怒鳴る。 「目的を達したまでですよ。なぜ大砲を撃たなかったと思いませんか? そもそも時間稼ぎ、そのものが目的であったとしたら? ああ見えても、あの大砲は卵の孵卵器だったのですよ。そして、目的を達した以上――我らは――最後のお勤めをはたすまででございます」 まぶたを閉じ、その生の最後に剣をまじえた人間に対して敬礼をすると、その名も無きアヤカシは、アヤカシたちはみずから瘴気となった。そして、漆黒の羽が羽ばたき、地上に向かって一陣のすさまじい風を吹かせたかと思うと、瘴気はみるみるうちに天に昇り、鴉の姿をしたアヤカシに喰われるのであった。 ● 「大丈夫ですか」 「ええ……」 ファムニスに肩をあずけながらフランヴェルは剣を杖にして立っているのが精一杯だった。 周囲を見回す。 荒廃したあたりには兵たちがおりかさなるようにして倒れている。 こんな場所にこなければ―― 彼女のことを気にしながらも、ファムニスが、かすかに息のある者たちを見つけて駆けていった。だが、どれほどの人数を救うことができるのだろうか。 フランヴェルが見上げた空には、まだあの姿がある。 (投文札でいけるかな?) まだ力の残っている仲間たちが、最後の戦いを覚悟して睨んでいる。 やがて、あきでもしたのか、あるいは別の理由でもあるのか、空を飛ぶアヤカシは、にやりと笑ったか思うと、どこへともなく去っていった。 「慈悲だとでもいうのかしら?」 「いや、いつでも倒せるとでも思ったのだろう」 「あるいは、他のアヤカシを食べたから腹が一杯だったのかもしれませんね」 それは、からくりなりのユーモアだったのかしれない。しかし、それに対して、笑い声ひとつあがらなかった。そして、藤本にも突っ込む元気はなかった。 いつしか、空から白いものが降ってきていた。 かくて、男が母なる丘と呼び、女が勇士の丘と名付けようとしていた丘は、死者の丘となり、永く慰霊と、そして教訓を刻むこととなったのである。 |