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■オープニング本文 夕凪が湖上を揺らし、涼しげな風がそよぐと、その日の生業は終わりだ。 一日の仕事を終え、漁師は網を編んでいた手を止めた。 その手はぶあつく、ごつごつとしていて、いかにも働き者であることを無言で語る。 皺の深い顔を湖上に向ける。 ばあさんがメシを作って待っているだろう。 朝、ここでとった魚を今晩は、どんな料理にしてくれるのだろう。村人たちに料理人と呼ばれる妻と結婚できた自分は幸せ者だと老人は思った。 白い髪が湖上からやってき風にゆれ、生まれてこの方、人生の大半をすごしてきた湖の水面をふたたび見ようと目を上げたとき、漁夫の一生は突然の終わりを迎えた。 風が刃となった。 老人の首が飛び、血が飛び散る。 あたりの木々が、建物がつぎつぎと倒れていく。 湖の周囲は一瞬にして廃墟と化した、水は沸騰して、煮えたぎり、霧か蒸気か、あたりをましらに閉ざすと、湖の水面には何百、何千もの魚が浮かび上がり、湖もまたまたたく間に死のみ存在する場所になった。 そして、そこにただひとつだけ存在する。 巨大な光の十字よ。 紅く染まった血潮に立つ、戒めの十字架がただ墓標のごとく生まれては、林立していく。 これはなにか? 神の捨てられた土地で、神の罰などいまさらあるはずはない。人の仕業であろうずもない。この怪異の正体がアヤカシの他になんであろうか。 なればと、ことは開拓者たちの手にゆだねられることとなった。 |
■参加者一覧
緋桜丸(ia0026)
25歳・男・砂
鷲尾天斗(ia0371)
25歳・男・砂
奈々月纏(ia0456)
17歳・女・志
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟 |
■リプレイ本文 まだ明け切らぬ空は、しかし、しらじらとしてきてはいる。 だが、本来ならば聞こえるはずの鳥たちの声はなく、風の音ひとつない。 不気味な静けさの中にある朝だ。 山の峰の稜線から差してきた一条の光が、ゆっくりと日時計を刻むように延びてきて、やがて湖上に燦然と輝き、立ち並ぶ十字架を照らし始めた。 漆黒の闇に立ち並ぶ、十字架群。 近隣の村々の被害者の数とまったく同じという、いわくのある数字のそれらが縦横に、距離を測ったように湖上に立ち並んだ姿は、あたかも超現実であるかのような、奇妙な感覚に襲われる。 (だから、これは歌にはならない――) とケイウス=アルカーム(ib7387)は感じていた。 「おいおい、肩に力がはいっているぞ」 笑いながら友が肩を叩いてくる。 「今日の調子はどうだい? 腕は落ちて無いだろうな」 「楽器のかい? それとも――」 ともに楽器を奏でることもある友人の笹倉 靖(ib6125)は、もうひとつの方さと笑い、今日はともに武器を手にすることができてうれしいよと言った。 ケイウスも笑って応じかけ、ふと表情を曇らせた。 「あれの正体はなにか?」 そびえる十字架。 その正体を、まず探らねばならない。 「準備ができたよぉ!?」 血でも絵の具でもない、また別の何かによって真っ赤に染まった湖の岸辺から声が聞こえてきた。 ないだ渚に小舟が浮かんでいる。 カンタータ(ia0489)がか細い――といっても開拓者である以上、一般人の壮年男子よりも遙かに力はあるのだが――腕で小舟を三艘、湖上に浮かべたのだ。 「なんで二艘も?」 「保険は掛けておいた方がいいと思うなぁ」 ギルドに手配していたそれが、ようやく届いたのだ。 自分の容姿に、どことなくコンプレックスめいたものをもっている女は、そのローブの下で、にっこりと笑うのだった。 ● 風が吹き始めた。 船の舳先に片足をかけ、両手を組んだリィムナ・ピサレット(ib5201)の神衣の――黄泉と言う――裾が揺れている。 はたして、その変わり果てた風景は、神衣の名の通りの場所なのだろうか。 その世界の住人を崇拝する身にありながらも、まだその世界の住人でない少女には、それはわからなかった。だが、たとえ同じ風景であっても、それは悪しきものであろうという確信があった。 リィムナの鼻腔がかすかに動く。 「匂い――……ああ、そうか」 隣の小舟の舳先に腰掛けて、ふっと吐いた煙が男の唇から昇っている。 朝一番の煙草は、ゆらりゆらりと空に昇っていく、ぼんやりとしたような眼差しで見あげていたが、その徴候を見逃すことはない、 「風に乗って嫌ぁな匂いもしてきやがる……」 煙がそよぎはじめる、風が動きだす、 煙管に残った灰を落とし、笹倉は立ち上がった。 「風の動きが変わった」 なごりおしそうに口元から煙管を離した、その瞬間、鉄と木でできた煙管が形を失った。まっぷたつに割れた煙管を胸元に投げ入れて、叫んだ。 「気をつけろ!?」 仲間たちが一斉にかまえる。 なにかが起きたのか? それはわからない。 風だけが湖上に吹いている。 不気味なまでの静かな風。 と、風の音に耳を傾けていたケイウスがまず気がついた。 「風の音が違う!?」 それは繊細な音を聞き続けていた彼だからこそわかったことであったかもしれない。 そして、その驚き声に応じるように開拓者と自然に扮したアヤカシがともに躍動した。 風が荒れ狂い水面が激しく波立ち、白波の間にそれが見えた。 緋桜丸(ia0026)が叫んだ。 「やはり面できたか」 使った術で四方からの攻撃には、うすうす感じていたことだが、こういう形になるとは思っていなかった。 「……って、こいつ!?」 水の中から伸びてきた手を鷲尾天斗(ia0371)の魔槍の鎌が切り落とすと、ぽろりと水に消え、替わりに数倍の数の手が船に襲い掛かってきた。 風に首を狩られぬように背をかがめた奈々月纏(ia0456)の腰元から鋭い一閃が発し、刀が手首の森を切り落とす。 「これでもくらえ!?」 不破 颯(ib0495)があたりにばらまくように矢を放ち続ける。緋桜丸の銃声が轟き、鷲尾の鎌が水面を苅る。 それでも湖からは手が迫り、空からは目には見えない刃が襲い掛かってくる。 仲間たちが必死に戦う中、リィムナ全身で風の流れを感じながら、長い棒を片手に水の中をさぐり、時にはカンタータの放った蝶の群れのむざんに散っていく様子を参考に、右に左にと、口でも言うのももどかしく、右足を鳴らしては右に、左足を鳴らしては左にと船頭に指示をだして、風の扉を突き破ったのである。 ● あたりがしだいに静かになってきた。 静かになりすぎた。 霧もでてきて、どことなく不安。 そこで、つい声をあげた者がいる。 「さァって、ジャンジャンバリバリと行きましょォ――うっ……」 鷲尾の顔がみるみるうちにまっさおになった。あわてて笹倉が手を貸す。 「大丈夫か?」 瞳孔を確認して、脈をとる。 背後で女志士が両刀をふたたび握り直している。 周囲への警戒のレベルが一段とあがる。 「毒気?」 気がつくと霧は、いつしか毒々しい赤いものとなっていた。 「なんだこれは、おっ?」 霧がゆっくると、みなもに落ちると、炎となって燃え上がった。 毒気を帯びた霧には、発火する性質があるらしい。 「面倒な!」 緋桜丸は、友の容体を気にしながらも、ふむと顎に手をやりながらなにごとかひとしきりに考えると、こう言った。 「湖の上では手も足も出ない状態だ。船と船の操縦者を護ることをメインに考えよう」 座り込んでいた鷲尾も、頭をふりながらようやく立ち上がった。 「ああ、そうだな。俺も戦陣を発動して力を底上げするとするか……」 「それでは、みなさんこれを」 奈々月纏が手ぬぐいなどの布を仲間たちに渡した。 こう使うんですと、自分の口元を手ぬぐいで覆ってみせて、できるだけ毒を吸い込まないようにする作戦であるという。 不破が船の舵を握った。 手拭で鼻と口元を覆ったリィムナがひきつづき舟先に立ちつづけている、 水につけた棒が、その半ばで燃え上がり、あわてて捨てれば水面からはじゅっと炎の消える音。どうやら水の中まで燃え上がってはいない。つまり、油膜に火がついたような状況であるらしい。 (最悪の場合は下は水攻め、上からは火攻め) 黄金の髪をした軍師がそう考え、そうはさせないと口の中でつぶやいた。 彼女の手から放たれた光る蝶たちが、船の前方の飛んでいき、すこしでも水の中のようすがわかるようにと輝く。 蒸気を直に吸わない様にしてリィムナはあいかわらず、(自称)10フィート棒で水中や霧の中をさぐりさぐりしながら船頭に指示を出す。 五感も駆使しながらの難事だ。 さきほどから、どれほどの時間を緊張と集中の中にいるのだろうか。 額には汗を流し、目もすでに血走り、精神的にはだいぶつらい状態であった。 (あっ――) なにが起きたのか、わからなかった。 折れた棒を交換しようと立ち上がったリィムナは、気がつくと倒れ、そのまま横になってしまっていた。気疲れと、周囲のあまりの熱さが原因だろうか。 「あるいは毒か?」 とりあえず笹倉が解毒を行う。 これで、じきに気がつくであろうが、それまでは舵を握る不破に運命が託された。 カンタータの放った蝶たちを目印にし、燃えさかる炎と、どこからともなく迫ってくる毒の恐怖と戦いながら、船を進める。 ここでアヤカシに襲われたら、最悪だ。 笹倉がさきほど壊れたものとは別の煙管をとりだすと、流れ出した煙が出口を――指し示してくれるわけもなく、炎にまかれ風が乱気流状態になっている。 いやになる暑さ……いや、熱さだ。 と、その時、周囲を見張っていたケイウスの声が赤い霧の中に響く。 「あそこ、何かあるみたいだ」 ● ようようの体で霧を抜けたとき、開拓者を待っていたのは異変であった。 「あ、太陽が……」 空にあった太陽を、巨大な黒い何かが覆いかくすと、太陽はリング状に輝きだした。ある種の日食めいたものだが、アヤカシのしわざである以上、幻惑であろう。幻聴も聞こえてくる。 ああ、聖なるかな、聖なるかな―― 歌声だ。 天から聞こえる歌は滅びを預言し、暗黒の太陽の門を抜け、天空から舞い降りてくる、あまたのナニモノカであった。 背中から翼をはやし、手に手に――二本とはかぎらない――世界中のありとあらゆる武具をかまえている。その異形なる頭は、人のものも、牛のものも、馬も、鳥もと、この世のに存在する、ありとあらゆる生物のそれであり、なかにはもふらの頭すらあった。 「目と頭を疑いたくなるな」 緋桜丸が愛銃に弾をこめなおしながら上空を睨んだ。 「どの程度役立つかわからないが、ここは俺の出番……かな?」 愛銃を空に向かって放つ。 一撃必中、一体のそれが瘴気に返る――やはりアヤカシ!? 鋭い声を発しながら、白い翼をもった暗殺者たちが襲い掛かってきた。 「緋桜丸!ヘマすんなよ!」 応!? 「手下や雑魚敵は容赦なく斬捨てるのみ!?」 二人の砂迅騎が踊った。 戦ったのではない、まさに踊るがごとき躍動で、銃弾が、魔槍砲の砲撃が天空で破裂し――或る者曰く――汚い花火とともにアヤカシどもが爆散していく。 しかし、面で襲ってくる敵だ。 堤に開いた蟻の一穴のようなもので、つぎつぎと数だけはいるアヤカシが小舟に向かって迫ってくる。 「じゃまだ!?」 目をこらし、一匹、一匹に向けて不破のガトリングボウが放たれる。露払いを行うつもりであったが、これでは梅雨の終わりの大雨だ。 その網をくぐり抜け、さらに迫ってくる敵は、奈々月の二つ刀が切り裂く。 斬って、斬って、切り捨てて、もはや最後の砦といってよい。 死角や陰からの攻撃にはとくに注意を払う。 「漏れた相手は確実に仕留めていく!」 メガネをみずから流した血でぬらし、戦い続ける。 いやになる数だ――その思考が――わずかに隙をうんだ。 ほんの一瞬、まばたきの間すらなかったろう。 だが、それすれも命取り。 「えッ――」 前と横にいた敵に気をとられ、背後からの攻撃に気がついたときには、もはや回避も、防御もする余裕すらなかった。 目の前がまっしろになりかけた時、今度は水の中からぬっとあらわれた龍が、アヤカシを頭から喰らうようにして凍てつく息を吐く。 「大丈夫?」 カンタータの放った氷龍だ。 「ようやく数も減ったきたようね」 氷龍の息で凍った水面を鏡にして上空を見ると、リィムナは音楽を奏でた。 神に捧げる歌、そして、アヤカシを滅ぼす、彼女の詩! 「受けろ鏖殺交響曲……ジェノサイドシンフォニー!」 敵の多数を葬ると、門のように穴が開いた。 あそこが、敵の本拠地だろうか。 目的のアヤカシまであと少し、ここまで来て邪魔はさせない。 「ここは通してもらうよ!」 ● やがてたどりついた場所は、まさに死のよどんだような場所であった。 風は止まり、真っ赤な水面には幾千もの魚の死体が浮き上がっている。ただ不思議なのは、そんな場所であるのに腐臭がしてこないのだ。 凍てついた空間、絶対的なまでの静寂。 薄暗い空には、天のカーテンがきらめき、揺れている。 はたして、時間というものすらあるのかさえ不安になってくる。まさに、そんな場所であった。 そんななか、燦然とかがやく十字架のひとつに船で近づいた時、緋桜丸はふと思った。 (地に足がつけばこちらにも少しは分があるかな――) 突然、奇跡が起きた。 かれらの前にまるで以前からあったような地面があらわれたのである。まるで御影石ででききた石舞台である。 ここに乗るべきか――仲間たちが意見を交換しあった。 そんな中、 (敵は術師系かもしれないので、接近時は範囲攻撃等に注意しよう――) 緋桜丸が考えた時、ふたたび奇跡が起こった。 石畳みの中央に、ふいに黒いローブ姿の何者かがあらわれたのである。 このような場所に、ただ人がいるはずもない。 ならば見敵必戦! 「突っ込み過ぎんなよ、鷲尾」 「お前こそな!」 あいかわらず砂迅騎が先陣をきって上陸する。 背後からは上陸とともに援護の魔法が飛ぶ。 氷龍が吠え、陰陽師の手にある黒色の銃が火を噴く。しかし、銃声は突風――音のない――に消された。 「魔法か?」 「ならば!?」 不破は息を整え、心を無にすると、それが見えた。 「これで!」 一矢が、魔法の障壁のほころびに突き刺さり、風の壁を月涙が突き破る。 これで障害はなくなったか? (取り巻きいるならそいつ等も可能な限り多く巻き込み、魂よ原初に還れの連発!) 少女が魔法の準備をしようとすると、それに応じるように、アヤカシの足もとも破れた黒衣がうねりながら先導の仲間達に襲い掛かってきた。 「邪魔はさせません!?」 奈々月の刃が炎となって迫ってきた敵を半壊させ、巫女の詩が残党を一掃した。 ここまでやってきた開拓者たちにとっては、意外とも言ってよいほどのくみしやすい敵であった。 「さぁ、いくよ!」 友に護られ、精霊を使役する歌を奏でる。 守ってもらわなくては危険でつかえない技だが、そうもいってられない。 暴れた精霊がすべてをの邪魔者を排除すると、残るは一体! 「貴様が何処の何であろォが関係ェ無ェ! ただその首置いてけェェ!!」 止めの一撃だとばかり、鷲尾が必殺の合成技を砲撃してみせる。 あとは煙立つのみ。 「アヤカシだっけなァ!? 首は無理だから跡形もなく吹き飛び塵となり、空に水面に浮いて漂えェ!!!」 しかし、なにかがそこに残っていた。 「終わりにしようぜ!」 まだ消えぬ土煙に向かって、最後の一撃が打ち込まれると、なにか金属が割れるような音がして戦いは終わった。 ● 目的を達成し、仲間たちの無事に安堵しながらも、ケイウスは考えるのであった。 「こんな事ができるなんて、一体どんなアヤカシだったのだろう――」と。 ● 「願望発生機でしたか? 壊れてしまいましたね」 「そうね」 「そうね……って、あれは我々の願望を成就させるものじゃなかったのですか?」 「願望は願望。アヤカシのものも、ひとのものもまた同価値――すくなくとも私にとっては――それに、あの程度のもので、かの夢が成就するのならばどのアヤカシも苦労はしない」 司書は、そう言って人間の歴史を記した古代の分厚い本を閉じた。 そして、それをもとあった場所に戻すべく、広大な図書館の闇に、不吉な言葉を残して消えてくのであった。 「だから、さまざな手段を試すしかない」 「トライアンドエラーですか、はいはい。まったく、我々はどこから来て、そしてどこへ行くんでしょうね――アヤカシは、ひとは――そして、世界は――」 |