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■オープニング本文 「さあ、第何回、アル=カマルで我慢大会の開始です!」 「どんどんぱふぱふ」 「このくそ暑いアル=カマルで、我慢大会が開かれるようになって、いったい何回目になったでしょうか?」 「何回目なんですか?」 「さて、何回目なんでしょ?」 「だから本当は、何回目かって聞いているんですよ!」 「さあ、競技の開始です」 「ごまかすなぁぁぁぁぁぁ!?」 ● というわけで、いきなりですが我慢大会の開始となります。 舞台はアル=カマルのとある泉、その横に作られた特別会場での開催となります。天儀とも、ましてはジルベリアの夏とも違った天から照りつける強い日差しのもと、特別舞台の上での天儀風の我慢大会をお楽しみください。 なお泉の方は整備されたビーチ状態になっていて、そちらで優雅に泳いだり、憩いながら、我慢大会に参加した仲間や参加者たちを見物したり、応援したりすることができます。 こちらでリゾート気分をご存分に堪能していただけることもできます。 |
■参加者一覧 / 礼野 真夢紀(ia1144) / 玄間 北斗(ib0342) / シルフィリア・オーク(ib0350) / リィムナ・ピサレット(ib5201) / フランヴェル・ギーベリ(ib5897) / レムリア・ミリア(ib6884) / 久喜 笙(ib9583) / 奏 みやつき(ic0952) / メーヴェ(ic1036) |
■リプレイ本文 夏である。 照りつける太陽、輝く泉に四方にどこまでも広がる砂の海と、紺碧の空。 アル=カマルの泉のビーチには、きょうも歓声があがっていた。 夏になってから、きょうまで晴天の日がつづいていて、毎日のように千客万来。 蒸し暑い天儀から脱出してきた者達も多く、そのあたりの需要には対アヤカシよりもめざといなどと陰口を叩かれる開拓者ギルドが、ジルベリア避暑地ツアーだとか、アル=カマル、リゾートビーチバカンスツアーなどというサービスを始めたのは別に驚くにはあたらないだろう。 「こっちは蒸し暑いっていうより、からっとした暑さですのね」 まだ小さなふくらみしかない胸元に「らいの まゆき」と書かれた名札を縫い付けた黒い水着姿をして、顔の何倍もあるような空気でふくらませたボールを持った礼野 真夢紀(ia1144)が、その泉を見回していた。 四方にあるはずの砂漠は、椰子の木々の林とアル=カマルの伝統的な建築物を模した何軒もの背の低いコテージに隠され、砂漠の砂と泉から流れ込んでくる水でビーチとプールがいくつも作られている。そして、あちこちに小さなステージもあって、そのどれかで今日、我慢大会があるのだろう。 それにしても見事なまでのリゾート地だ。 ギルドが無意味なまでに力を入れて――それだけの金があるのならば成功報酬を増やせよ、という苦情もあったとかいうきな臭い流言もあったが――造ったという噂が流されるのもよくわかる。 「あ、こんにちはですのシルフィリアさん!?」 背後をふりかえり、手をふると、それに応えるように、ひとりの女がしゃなりしゃなりと顕れた。 ヒールの高い靴を履き、色白の、きゅっとひきしまったお尻を右に左にとゆらし、ため息がでるほどのはちきれんばかりの飽満な胸元には輝く首飾り。 もとより首飾りとは、その胸元に視線をひきつける為の魅惑的なアイテムなのだが、その迫力のあるボリュームの前では、どちからがまず他人の目を奪うのかわかったものではない。シルフィリア・オーク(ib0350)が長い黒髪をかきあげると、夏の美姫は夏の妖花となった。 美という花が咲き、誘いの蜜を振りまくと、男たちが一夜のアバンチュール、一夏の恋を求め、花に吸い寄せられる蜂や蝶のように集まってくる。 振りまく妖艶とは、まこと彼女のことであり、あるギルド職員が書き記した称号は的を射ている。 むろん、嗜好などというものは人それぞれでもある。 そのそばでは、そんな誘いにのろうとしない者もいる。 いや、こちらはそもそも女なのだから、当然なのかも知れないが……。 すっかり鼻をのばし、目元をゆるめ、常の凛々しい開拓者としての姿しか知らぬ者が見たのならば、目が疑うか、見なかったことにするか、つまるところ尋常ではない様子なのである。 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)の目はすっかり血走って、暑さにやられたと思われてもしかたない。 ただ、彼女がやられているのは暑さではなく、お連れの女の子。 「やっぱり変態さんですね♪」 バスタオルで全身を隠した彼女の子猫ちゃん(未満)である、リィムナ・ピサレット(ib5201)のさげすさむような視線と、あざけるような声。それすらも、彼女には天上の福音だ。 いまにも跪いて、踏んでくださいといわんばかりである。 「変態さんは、我慢大会には出ないのですか?」 「なんで、くそ蒸し暑い天儀から脱出してきたのに、わざわざ暑い目にあわなくてはいけないのです。それよりもアバンチュールを、ぐへぐへ」 すっかりキャラクターが壊れてしまい、いまにも幼女に襲い掛からんばかりに、目を爛々と輝かせる淑女にリィムナは合掌して頭をさげる。 「お願い!」 「何度も騙されてるからね、その手は食わ……ぶぶっ!」 「これでも?」 と言って、こんどは色仕掛け。 タオルをはらりと落とすと、そこに見えたのは、まだ年端もいかぬ娘のあられもない姿。 顔や腕、足は日に焼け、黒くなっているのに、幼い胸やお腹の部分は白いままで、ちょうど礼野の身につけている水着と同じタイプの焼け跡は、その絶妙なコントラストになっていても、なんともいえぬロリっけを出しているところに、さらに祭と白文字が抜かれた赤い前掛けビキニをして、 「その下の黒猫褌はそのお尻にあるのは隠すためにある布ではなく、あきらに劣情を催させる完全なまでの紐♪」 ノリノリで自分で解説までして見せて、日焼け跡の残る未成熟な肢体をフランに見せ付け、 「ね、優勝したら……この恰好で何でもしてあげるよ……? だから出て♪」 という誘いは、いかなる心の障壁をも突き崩す。 何十もあったであろう心の壁を一撃で突き崩すと、さらには理性までもを完膚なきまでに破壊し尽くした。 その一瞬、フランヴェルの頭をよぎったものは一万字どころか十万字でも足りない十八禁なものであり、社会通念上、映像どころか文字にすることすら厭われるものであった。 「ふふ褌幼女! 出る!? 出る!? 出る!? 出て見せますよ!? 優勝してみせるさ!?」 喜び勇んで我慢大会に突撃していく、その姿を幼女は、くすくすと陰謀を成功せしめたアヤカシのような微笑を浮かべながら見送ったのは言うまでもない。 ● 「さあさあ、はじまりました。ここ、特設ステージでの我慢大会の開始です」 「ところで、何回目なんですか?」 「まあ、なにが悲しゅうて、こんな暑い場所で我慢大会をしなくてはいけないのでしょか?」 「だから質問に答えなさいよー!?」 そんな司会の声が会場に響くと、冷たい泉のプールに体をぷかぷかと浮かべ、浮き輪がわりのボールにつかまりながら、そんなステージを見ていた礼野はそこに見馴れた姿は見つけた。 「あれ、あっちの我慢大会にいるの……狸さん?」 ステージの上にゆるきゃら狸を発見!? 礼野もよく見知った、甚平を羽織った草履ばきのたれたれたぬきの着ぐるみだ。 「アル=カマルにも、ほんわかたれたぬきさんを広めようなのだぁ〜」 司会から声をかけられた、狸がそんなこと叫んで、会場の笑いをかっさらっている。 「玄ちゃんもやるわね」 日傘を、さきほど逆ナンしてきた好みのタイプの少年にもたせ、別の少年には大きな羽団扇をあおがせながら、シルフィリアも料理仲間の玄間 北斗(ib0342)を見つけた。 「うどん食べ放題があるみたいですから、うどんの味を調べにかな?」 「さすがに違うと思うわ」 艶やかな笑顔の大輪が咲いた。 「……終わった後で冷たい甘酒差し入れできるようにしておこうね」 「そうね、どこまで保つかはわからないけど――」 すこし心配げな視線を送る横では、リィムナが好奇心一杯でいまかいまかと競技の開始を待つ視線があった。 思いはさまざま、行為もさまざまである。 ステージの上に立ち、久喜 笙(ib9583)はぼんやりとした頭で、 (何故参加したのだろう) と、何度も頭の中で自問自答していた。 正直、なぜ自分がこんな場所に立って、見せ物同然にならなくてはならないのかと考えている。 そして、いつも応えは (夏だからだろうな) ということであった。 「で、一つ聞きたいんだが。大会というからには、生き残った勝者には何がもらえるんだ?」 「名誉です」 メーヴェ(ic1036)の質問に、きりっと表情をあらためて言い切った司会を観客が、やんややんやとまくし立てる。 そんな会場の脇では、小麦色の肌をしたレムリア・ミリア(ib6884)が医療セットの中身を確認しながら、競技の開始を待っていた。 せっかくギルド一押し、この夏、流行の水着「クィーンビー」を準備して、まるで、その水着の為のモデルでもあるかのような態度で、颯爽と着こなしたというのに、このざまである。 (――こんな大会が開催されているとは知らなかったけど、多くの人が楽しめるなら悪くはないね。泉で涼みながらと言っても、観客だって体調を崩す人が居ないとは言えないし、大会の方は少々過激な内容もあるようだしね。怪我人や体調不良の方への対応ってどうなっているのかしら?) そんなことをチラシを見ながら、ギルドでつぶやいていたまでは記憶にあるのだが、その後は、あれよあれよの間にギルドの職員に捕まり、そのまま気がついたら医療チームとして登録されて、ここにいる。 レムリアのいる場所はステージの裏に通じる脇で、そこには塩を溶かした水や氷嚢が大量に用意されている。さらに奥には、医師や看護師も待ち構え、野戦病院のようになっている。 (最悪の場合には、競技を中断するから) と司会たちが打ち合わせの時に言っていたが、さてどのようになるのだろうか。 気持ちを落ち着かせながらも、白銀の髪をしたエルフは心配げな目で舞台の成り行きを見守っていた。 「それでは開始です!?」 ● 麗しの美姫たちの祭典となっていた。 肌の色の濃淡、きめこまさ、ボディのラインのさまざまなふくらみ、ひきしまり、まったくもって女の体とはなぜこうも、生まれついての美の極致なのだろうか。 だからこそ、そのボディをきわだたせるために、デザイナーたちが毎年のように、それを着飾る水着を作るのだろう。 そんな裏では、どんどんと素肌を隠す挑戦者たちがいる。 まちがいなく、いまこの瞬間、観客の視線はビーチのひとつで行われている水着のコンテストに向かっていることだろう。 だが、ステージの上でも戦いは始まっている。たぬきがドテラを着込み、さらに目の前には籠に入って、そそり立つ衣装の山に挑もうとしている。 久喜の額には汗が流れている。 真冬の雪山かというほど着込まされると、 (こんなのは神威人には不利だ……) 競技を始めて、すぐに獣人はみずからの選択の愚かさに気がついた。 しかし、負けたというのはしゃくだった。 だから競技をつづけた。 泥沼にはまったと言っていい。 それは奏 みやつき(ic0952)も同じだった。 (我慢大会かー。なんか面白そう) などという軽い気持ちで参加申し込みをしたのが間違いのもと。 開拓者ギルドが主催して、開拓者を集めていた。という点をよくよく考えるべきであったのである。 「ただの挑戦者はいりません! 開拓者か、開拓者か、開拓者はわたしたちのもとにいらっしゃい!」 などと司会のふたりが煽っていたのも、ただの人間では身の安全を保証できないということであったのだろう。 まず厚着を着込む段階で、脱落者続出。 何枚も着せられた上に、頭の上からもふもふのフードをかぶり、換気というものがまるでない、ぶ厚く、重い見馴れぬ衣装を着込めというのだ。 「これはなんだよ!」 「ジルベリアで冬山登山をしたり、冬期の野戦をする時に着る服装だと聞いています」 「ついでに伝統的な衣装で、軽量技術なんて概念のない時代のものですよー」 「この格好で雪の中での潜伏なら、負けないんだがな……」 メーヴェは衣装を手にしながら、それがどのようなものであるのかを思い出していた。 それはジルベリアでの真冬の行軍訓練のことだ。 猛吹雪の森の中で、夜戦を前提した戦闘訓練をした時に上司の命令で――上司の故郷であるジルベリアの極北の村でそこでさえも真冬に着るものであるらいい――着せられて、真夜中に何時間も、吹雪の中で潜伏しつづけた時と同じ格好なのだ。 「生きていれば、知り合いの子に何か土産でm……」 開拓者の頑健な体でなければ死んでいたに違いない地獄を生き残ったジルベリアの男が、その時と同じ言葉をつぶやいたが、今度はあの時とは逆の結果となった。 世界が逆転した。 (あれ?) 意識が遠くなっていく。 (どうしたんだろう――) 体が思うように動かない、音が遠くに聞こえる。 視野がしだいに狭まってくる。 横顔が見える。 ああ、その匂いの――それは、もはや遠い記憶であり、夢であった。 「……――」 男の唇が、遠きあの日の娘の名前の形に動いた。 それっきりだった。 「おい、倒れたぞ!」 周囲があわただしくなった。 レムリアもあわててかけより、男の服を脱がせる。 一枚、二枚――あっというまにジルベリア人の上半身は裸にされる。本来は白いはずの肌が、いまは真っ赤だ。 胸に耳をあてる。 「心の臓は動いている。脈もある。瞳孔は――」 光に反応する。 「医療班、この人を裏へ連れて行って!」 レムリアが声をあげると、スタッフに担がれてメーヴェは退場となった。 なお、この後、メーヴェがビキニの女性の素足に膝枕されながら扇子を仰いで貰ったという世間の多くの男性諸兄の羨望を受けることは間違いのない幸運に巡り合わせたのは、別の話。なお、さらにその後、そうとうの間、この件を知った友人たちからことある毎に煽られたのもまた、別の話である―― ● 司会たちの声が頭に響く。 「コ・ロ・シ・テ・ア・ゲ・ル」 もちろん口には、そんなことは言ってはなのだが、熱湯に入ったように熱い――もはや暑いではない!――こたつに入ると、早くも、幻聴が聞こえてきた。 そして、挑戦者の目の前にさしだされた鍋――マグマのようにぐつぐつと煮えた、真っ赤なと呼ぶことさえもおぞましい「なにか」が運ばれてきた。 「な、なんやこれは!?」 料理人すらも目を見張った。 「もちろん、うどんですよ!」 「ジルベリアの極北に真冬に食べるという体をうんとあったかくする滋養スープをもとに、アル=カマル産のスパイスをいっぱい、それを天儀のうどん職人の方にとっても、とってもからくなるように作ってもらった、特注のうどんです!?」 「うっ……」 フランヴェルは、一口食べて地獄を知った。二口目にスープをすすっては死と生を隔てる川を渡り、三口目にうどんを食べ終えたときには――天国を見ていた。 視界がせばまり、遠方のプールの一角が魚眼レンズのように急に手近に見えた。 幼女たちがいる。 リィムナともうひとり黒い水着の幼女が、かき氷の列に並びながら、きゃっきゃうふうふと幼女らしく戯れ、なんのシロップをかけようとかとか、どのサイズにしようかしらとおしゃべりしている。 フランヴェルの感覚はやめちゃくちゃになっている。 遠くの音まで聞こえるようになってきた――気がする。 「なんか、すごいことになっているね」 「そうだね」 かわいいわねと店員に言われながら手渡されたフラップをほおばる。 「うぅぅ」 「頭がいたーい!?」 「ずきずきしますわ」 見せびらかすようにして、まずは自分のものを食べ合うと、気になるのは相手の手にあるもの。 「どんな味?」 「こんな味!」 「じゃあ、わたしのも」と―― 互いのフラップを食べ合いっこしながら、ふたりの幼女たちは笑いあう。 「ふふふふ、うどん、うどん……かき氷……」 うわごとのようにつぶやくとフランヴェルは自分が食べているものがいつの間にか冷たく感じてくる。舌の上のうどんが、いまでは氷のようにシャーベット状になった氷のように思えてきて、口の中で、溶けていく感覚がしてくる。 目の前の幼女たちが、あーんとやりあっているのが――自分に向かっている姿に見えてきて――ぱららいそ! ぱららいそが見える!? うわごとのようにつぶやくと、フランヴェルは競技から脱落した。 ステージから飛び降り、人々の間をふらふらとした足取りで抜けると、リィムナと礼野が待っていた。 「ああ、きみたちは天使なんだね、わかっているよ」 手をわなわなとふるわせ、足取りも怪しい女が近づいてくる。 「ぜんぜん、わかってないですね」 リィムナが、あいかわらずあざけるように応じる。 「リィムナさん……会話になっていないですよ」 突然のことに、頬に暑さを理由としない汗がたらり。 「幼女が好きじゃぁぁぁっぁ!?」 突撃してくるようなそぶりを見せたフランヴェルに向かって、 「夜の子守歌……あれ?」 とリィムナがやりかけた途端、眼前で、ばたりと倒れた。 つんつんとやってみても、ぴくりとも動かない。 「フランさん大じょ……」 さすがに冗談ではなくなってきた。 リィムナの表情が変わり、目に涙が浮かんだ。 礼野も介抱しようと、その女のそばに近づく。 その時、きゃあ!? ぎゅっと抱きついてきた。 まだ幼いふたりの体を女は堪能……ぱらりと幼女の褌がはずれ――ついでに巻き込まれた黒い水着の幼女の小さなちぶさもあらわになって―― !!!!!????? 周囲の視線がかたまる。 空気がかたまる。 時間もついでにかたまった。 「あっ、ごめん……」 しかし、返答は不要、慈悲は無用。 ふふふふ…… 「覚悟は、いいかな?」 「覚悟は、いいですね?」 幼女たちが死を告げた。 「歯ぁ食いしばれー!」 「歯を食いしばってください!」 巫女たちの腕がストレートが炸裂した。 「わざとじゃないんだ♪ あぎゃああ!」 その日、マウントしながら殴る幼女たちの下で、砂漠の空に血の雨と虹を作った女がいたそうな。 ちゃんちゃん。 ● 「休憩と言う概念は無いのか、この大会!」 ステージの上で文句があがる。 「ギブアップしていただければ、休憩はいくらでもありますよ」 「おまえらはアヤカシか!?」 「アヤカシよりは優しいつもりですよ」 その返答とは裏腹に舞台上の挑戦者には、まちがいなく司会の二人が、アヤカシよりも恐ろしく、おぞましいものに見えていたことであろう。 なんにしろ、我慢大会もすでに佳境に入ろうとしていた。 「つぎは……なにをやるんだっけ、か?」 すでに頭がぼーとしていて考えることもままならない。 さきほど大声をあげていた男が、それっきり黙り込んだなと思って横を見ると、倒れた男の体を医療チームがあわてて回収していく。 もはや、この頃になると、それぞれの「なにか」が壊れつつあった。 猫舌だからと嘆きながら、うどんを食べ終えた奏がふうふうと舌をさましているが、はたしてさめているのかどうか。 「水……」 ぽつりとつぶやいた、その時には奏の目のようすはおかしいものとなっていた。 「なんか頭がぼーっとしてきたような……」 頭のようすもおかしい。 「あれ、今日涼みに来たんだよな……あれ?」 記憶のようすまでおかしくなってきた。 「み、み、水……水……いや、氷……氷だ!?」 プールの脇には、かき氷のためにジルベリアの万年雪を削って運んできたものが、雪の山のようになっている。 そのままふらりふらりと歩き出した奏は、その後、真夏の真昼にアル=カマルの雪山で遭難するという、前代未聞の珍事を起こすことになるのであった。 ● 「ああ、あっちがプールか……」 言葉は伝達の為の道具にしかすぎない。というのが、久喜の本来の思考である。 しかし、言葉を使うということは代替行為でもある。 早い話が、それを言葉にすることで気持ちのもやもやをはっきりさせる働きもあるのである。 だから、もはや原型をとどめないまでに着ぶくれた久喜が、こんな言葉をぶつぶつと言いだしたのは、それが策というには漠然としていたものであったからかもしれない。 「……そうだ、あっちにいけば涼しいんじゃないかな? 風がこっちに吹けば……」 などという願いは、司会の告げる現実につぶされる。 「きょうは無風ですね」 「本当にイヤになるくらいに、太陽がさんさんと照りつけていますね」 それでも、特に不利ではないが近くに水場があるんだからちょっと位風がこっちに吹けと思考がぶれる。 「何故耐えるのか、分からん」 本音が漏れる。 つぎの競技は鬼ごっこだったろうか。 そうだ―― (早駆で逃げれば逃げられるだろうと少しでも涼しげな場所を探しふらふらする戦いなんて真っ平ごめんです! 汚い、流石シノビ汚い) 自分の中で、そんな風に完結した。 玄間も同じだ。 こちらは、まだしっかりと考えるだけの余力はある。 (鬼ごっこでは、“奔刃術”を織り交ぜ、コミカルな仕草で如何にもすぐ捉まりそうなの、不思議と鬼に捕まらない、ミステリアスな面を演出してみせる) その時、ふたりの心はひとつになった。 (さあ、つぎの種目の宣言を――!?) 「あ、人数の減り方が予想以上に早かったので――判定のダイスを振ったら三分の一の確率でファンブルが出たんですけど……――追いかけっこは中止となりました」 「は……い?」 「だから、もう次は決勝の焼き鉄板の上での焼き土下座大会です!」 「司会者……きたない」 「キタナさで、ニンジャさんに勝っちゃいました。てへ、ぺろ☆」 「てへじゃねぇぇよぉぉぉぉぉ」 ● 「さあ決勝の時間となってまいりました!?」 日もだいぶかげり、影も長くなってきた。 太陽が西の砂漠に落ちるまでには、まだ時間があるだろうが、すでに空には夕刻の気配が感じられる。プールに隣接した宿泊施設もあわただしくなってきた。 チャックインの客への対応や夕食の下準備も、いまが佳境だろう。 また、泊まらずに帰り支度をはじめる者たちも多い。 精霊門が開くのは深夜だから、それまでにバザールのぞいたり、観光をしたり地元の料理を食べたりするのだろうか。 「そんなありきたりなバカンスなんていりません!」 司会が残った観客を煽る。 「狸と忍ですって」 「だましあいが見物ですね」 「タヌキとニンジャの欺し愛……――!?」 司会のひとりが、ぽっと頬を赤らめる。 「いや、そんなボケをかましてくれなくてもいいから」 そんな、おバカな掛け合いをしていると、久喜が弱々しく手をあげて提案をする。 「戦いは降ります、自分は戦いません、じゃんけんでもいいですか?」 「鉄板の上に体をつけての体じゃんけん大会ですね、わかります」 「わかってないじゃないか!?」 「ああ、なんか勘違いしちゃってるな、がまん大会ってのは戦うものじゃないのよ、やるものなの」 そう言うなり、尻を蹴って、ふたりの挑戦者を鉄板の上に落とすと、強制的に最後のがまんくらべが始まった。 「鬼、アヤカシー!?」 「開拓者ギルドはアヤカシを滅ぼすためには、アヤカシにもなる覚悟があるんです!?」 「ぜんぜん、やっていることと言っていることがバラバラだろ! ってか、まるでみゃくりゃくがないだろ!」 「夏ですから!」 「理由になってねぇよ!?」 体力のある、たぬきが大声で抗議の声をあげ、シノビはすでに意気消沈。 「夏バカと言う奴ですね、皆さん」 「踊るバカに見るバカ、同じバカならば踊りなさい!?」 「はぁぃな」 体力があるというのが、ここまできたら勝負などそっちのけ。 もう自棄だ。 たぬきの格好をした、たぬきは――あれ?――たぬき踊りをしたり芸をみせたりと、観客たちに笑いを提供していたかと思うと、突然、最後にばたりと倒れた。 一方、もはや動く体力すら残っていなかったシノビは、ただ呆然としたまま立ちすくみ――この段階で気を失っていた可能性もあるのだが――それを眺めているだけであった。 しかし、勝負は勝負。 観客から笑いをとった方が勝ちではない。 「心頭滅却すればの勝利です!?」 司会者が勝利の宣告をあげた、その瞬間だ。 久喜もまた、顔から倒れれこんでいった。 「両者リングアウトだぁぁぁぁ!?」 「あのう……この場合は……」 「最後まで立っていた方が勝者です!」 ● 「ううっ……」 うっすらと玄間が目を開けると、そこには黒髪の少女の顔があった。青いまなざしは心配げな色彩を帯び、夕闇の中に青い双子の月のように見える。 「狸さん、大丈夫ですか?」 巫女が心配げにいいながら、頭においてあった濡れタオルを取ってくれた。 手を借りて半身を起こすと、雪の中に入れて冷やしておいたと言われて、甘酒を手渡された。 喉に落ちる。 甘酒とは、こんなに冷たく、甘いものだったろうか―― 玄間が、終わったのだという安堵のため息をつくと、ようやくあたりに注意がいくようになった。 もはや泉のプールにもステージにも、すでに人影もまばらだ。 宿泊施設のコテージには灯がついている。 椰子の林に大きな太陽が落ちていく。 夕暮れの風が吹きはじめた。 一番星を見つけた。 きっと今晩は満天の夜空になるのだろう。 シルフィリアが昼間、ナンパした少年たちとともに、 「ごはんに行くわよ!」 と手をふっている。 「お料理が待っていますわ。それに、砂漠の夜はこんどは本当に寒いですし、さぁ、行きましょう!」 礼野が手をさしだす。 うなづき、玄間がその白く――でも、いつのまにか夏の記憶を刻んだ――小さな手をとった。 夏の日の夕暮れの出来事であった。 |