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■オープニング本文 夢を見た。 かつて何度となくうなされ、しかしやがて忘れ去っていたはずの夢を、最近、また見るようになったのだ。 遠い日の忘れ得ぬ追憶でもある。 その時、彼と彼の兵たちは、炎に燃え、煙のたちこめた砦で戦っていた。 敵はアヤカシではない。 人間だ。 とある土地の支配をめぐっての、歴史上、幾度なく繰り返された戦いが、また歴史の一頁に、そして夢の一幕に演じられているのである。 その場に男――はいた。 螺旋の階段に転がるモノは味方であったモノも、敵であったモノもあり、こうなってしまえば同じ邪魔な障害でしかない。戦いが終われば、ふと人の心に戻り、悲哀のひとつも覚えるだろうが、いまのかれらは互いに血と戦いに飢えた獣でしかなかった。 かつての友であったものを踏み越え、親は子を、子は親を乗り越えて、ふたつのパワーがぶつかった。 昼前に始まった戦いは、だが夕暮れも近づく頃には大勢が判明するまでになっていた。 もとより勝機を見出したのだから始めた戦いなのだ。 計算に狂いがなければ――大抵はどこかに間違いがあるからこそ、敗者が存在するのだが――勝てる。 しかも、多勢に無勢。 男の率いる軍の優位は揺るぎないものとなっていた。 すでに戦いの勝利は眼前にあり、目の前にひけらかされた餌を追いかける馬のように部下たちが残った敵兵に向かって突き進んでいく。 広間に出た。 そこには、待つ者がいた。 小さな窓から差し込む夕日に、その姿が浮かび上がる。 全身を覆う鎧はすでに鮮血と泥で染まり、銀色であったはずの地は見えない。 長髪をふりみだし、爛々と燃えるようなまなざしで己の城と領土に踏み込んできたならず者どもを睨み付けている。 すでに疲労困憊だろう。 全身に激痛が走っていることだろう。 武器もぼろぼろだ。 しかし、折れた剣をなおもふりかざし、己の土地に侵攻してきた不埒者どもに土地の主人は挑みかかった。咆哮をあげて敵の一陣に飛び込むと、一斉に襲い掛かった兵たちのひとりを斬り、折れた剣を鈍器にして、鈍器にすらならなくなると投げつけ、最後には手でひきちぎり、首にかみつき、だが、抵抗もそれまでだった。 他の兵たちの剣先が、鎧の隙間から体につきささり、苦痛で動きがにぶったところに鈍器での一撃。それが致命傷となって、その土地の支配者は逝った。 それで現実は終わった。 しかし、夢はつづいた―― ● 化け物がいる。 何年もの前の戦いで死んだ領主が、その放棄された砦に戻ってきたというのだ。 それが夜な、夜な、青ざめた馬に乗り、屍となったかつての兵を率いて、付近の村々を襲い、そして妙齢の女たちをさらっていくという。 にわかには信じがたい話だが、ギルドに助けを求めに来た村人たちは、そう語る。 いななく馬の声におののかぬ者はないという。 |
■参加者一覧
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
シルフィール(ib1886)
20歳・女・サ
ジェーン・ドゥ(ib7955)
25歳・女・砂
鴉乃宮 千理(ib9782)
21歳・女・武
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
ジャン=バティスト(ic0356)
34歳・男・巫
黎威 雅白(ic0829)
20歳・男・シ |
■リプレイ本文 死者は未だ戦乱の夢を見ますか―― ジェーン・ドゥ(ib7955)は心の声に耳を傾けた。 (血に塗られた歴史は、幾度でも繰り返されるものです。たとえアヤカシが存在しようとも――であれば、貴方の戦争を終わらせましょう) 決意をして、丘の中腹に見える崩れた石の砦が見つめた。 ジルベリアだといっても鋭い夏の日差しは、天儀と同じ。 目を細めながら、木々の葉の揺れている。 「過去の災厄ね……情報あんがとな」 黎威とだけ名乗り、仲間たちに名前を呼ばせない黎威 雅白(ic0829)が、早くも村人から情報を集めて、あそこが例の砦だと伝えた。 はたして同じものを見たのだろうか。 仲間のつぶやきが聞こえる。 「死せる英傑はかつての栄華と血塗れの戦の夢を見る、か?」 鴉乃宮 千理(ib9782)だ。 「死した無念が瘴気を呼び込んだか? 何であれ、アヤカシとなった今の姿は哀れなものよの」 ときに男に間違われると自嘲しながらみずからを紹介した背と髪の高い武僧は、だが編み笠を持ち上げる、その指の白さ、細さ、そして爪の手入れの具合はまちがいなく女性のものであった。 ● 「凡そ、人の上に立つ者には資格が必要だ」 と竜哉(ia8037)は言う。 もとより神教会に属する騎士なれば、その覚悟は個人としては当然のものであった。 「名前と、どういった為政を行っていたのか、領民の支持も含めてね」 酒場と宿を兼ねた小さな宿場で、主人が答えてくれる。 バァリィという名前の、かつての領主は粗にして野ではないが卑ではないという性格であったと応え、なんでそんなことを尋ねるのだと聞き返した。 「聞く理由かい? そうだね。裁くためとしておこうか」 質問をつづける。 「地図の作成において、他に入り込める場所があれば教えて欲しいな。こういうのは子供の方が詳しいかな?」 「さすがに危ない建物だから、近づけないようにさせている。たしかギルドに頼んだヤツがいなかったか?」 女が手を挙げる。 ジェーンがギルドを通して、古い時代の砦の見取り図を手配していたのだが、血で汚れた地図が送られてきたときには、さすがの彼女も最初は目を疑った。どうやら実際に当時の戦いに使われた地図をギルドは持ち出してきたらしい。 どこの誰が提供したのかが気になるところだ。 「そういえば――」 と、ジャン=バティスト(ic0356)が口を挟む。 「依頼資金を出した高貴な方というのは……戦いに勝った現領主、だろうか?」 饒舌になっていた主人の口が急に重くなって、ここは皇室の直轄領であるとのみ語った。 ● まだ陽は高い。 そんな中、汗を流しながら手の入っていない森の小道をゆく開拓者たちの前には、アヤカシよりも前に、やぶ蚊やらブヨやら、蛇やらヒルやらとよってくる。 「わざわざ夜を待つ意味は皆無じゃからの」 と誰が言って、昼間に出れば日の高いうちに砦につけるだろうということで出発となった。 「元領主の亡霊……いや、生ける屍か……迷惑かつ災難だよね。攫われた女性達は助け出したいな、生きていてくれればなんだけど」 戸隠 菫(ib9794)がわざわざ声を大きくしてしゃべったのは、だんだんと深く、暗くなっていく森の小道の雰囲気のせいであったろう。 道の周囲に馬の足跡が残っているか、茂みや木陰からの奇襲はないかと警戒しながら進むと黎威の耳が、なにかの足音、なにかの気配を感じた。 「誰かが――」 警告の言葉よりも早く、四方から矢が放たれ、どっと骨の兵たちが攻めてきた。 黎威が攻撃をいなすようにして避けては機を見ては不死者を足蹴にし飛び上がり、木の幹を蹴って強襲の蹴り! 蝶か蜂かという戦いぶりだ。 たがいに一暴れしたかと思うと、すでに敵の姿はない。 森に消えたのだ。 そして、消えてはあらわれる戦いが砦までつづいた。 「いやらしい戦い方ですね」 誰かがため息をつく。 敵も都合のいいように動いてはくれないものらしい。 すこし落ち着いたところで、戸隠が止血剤、包帯を手に誰かケガをしていないかなどと確認をとっていた。 ● (ふん、アヤカシ化した元領主ね。さて生前はどんな人物だったのかしら、傲慢か屑かそういった人種なら気分よく倒せるのだけどね) この依頼を受けると決めたときから、シルフィール(ib1886)は不機嫌でいた。なぜか、思い出したくもない顔を昨今、ふいに思い出すようになったのだ。 そばでユリア・ヴァル(ia9996)が胸元の呼子笛を手で遊びながら、分かれる班と最後の確認をとっていた。 「アヤカシに遭遇したら長いのを一回、娘を救出した時には短く一回、長く一回、アヤカシ発見時には駆け付けること」 ● ジェーンがカンテラをかかげる。 黒く焼けた石の壁が生々しい砦の中は蜘蛛の巣ひとつない。 日はまだあるが、山に傾きかけた太陽が落ちきるまでに娘たちを助け出し、さらにアヤカシを退治することができるだろうか。 じりじりと夕闇が背中から迫ってくる。 ジェーンはあたりに何度も目を配る。 壁の崩れた場所はどこか。そして、いつでも逃げることができるようにと手元の地図を更新する。 流れる汗は外の暑さのものか、心からくる寒さのものか。 しだい闇は目には見えぬ邪気をまとい、牙を向けようとしている。 さらには足跡が残っていないかと足下をじろじろと見るが、 「綺麗に掃除されていてい、足跡どころか、塵ひとつないなんて……」 「しかも、あちらこちら修繕してあるわ。まあ、大工仕事はうまくないってのはわかるけど」 さらわれた娘たちの名前を呼んでいたシルフィールが、そんなことを口に挟む。 ド・マリニーを数珠のように腕に絡ませ、瘴気反応を調べていた鴉乃宮が瘴気の反応を見つけた。 シャッタが降りた。 ● 僧は、消えていくアヤカシにも祈りを捧げると扉を開けた。 瘴気の先に待っていたのは、いかにも護衛然としたアヤカシであったのだ。そして、それらを倒すと、その先で待っていたのはゴシックなメイド姿をした娘たちであった。 すぐにモップや箒を持って抵抗しようとしたので、洗脳をされていることがすぐにわかったが、 「はっ!?」 六根清浄ですぐに正気に戻る。 さしだされた水筒で喉を潤し、一息ついたところで娘は自分たちはさらわれた後、ここで召使いとして使われていると語った。 ただ、問題は、 「数があわないわね」 村人から聞いた人数には足りないのだ。 「あ、それでしたら――」 彼女たちは別々に監禁されているらしいと応えた。 その時、誰かの警告がした。 「敵襲です!」 廊下から鎧の音が近づいてくるのがわかった。 「とりあえずは、この娘たちを安全な場所まで連れて行きましょう」 ● 竜哉が砦のまわりの地面の様子を探っていると、不自然に押しつぶされた草から、馬らしき足跡を見つけた。追っていくとかつて厩として使われていた場所に出る。 砦の中へとつづいている階段も見つかり、ユリアが舞踏に使うような美しい装いの扇をふると、それは術になる。 瘴索結界でアヤカシの位置を把握したのだ。 「この先にいます」 砦の中を進む。 何度かの襲撃や罠に対応しながら、なんとか階段の前にたどりつく頃には、崩れた壁の向こうには夏の夜空が見えていた。 足は階段へと向かう。 長い階段を昇ると、やがて広い場に出た。 壁と屋根はとうに崩れはて、残るは石畳みと、ひとつの椅子のみ。 すでに月が昇っている。 まるで舞台のようだと、ユリアは思った。 手に持つ扇が、自然と震えている。 椅子に腰をかけ、ひとりの偉丈夫が開拓者たちを待っていたのだ。 漆黒の鎧を身につけた領主の目は赤い。 「まず問いたいね。あんたは何故蘇ったか?」と。 騎士がかつての騎士に問う。 「誇り高く戦いたかったのか。或いは、敗北に納得できなかったか。そしてその為に、己の領民を犠牲にしても良いと思ったのか」 「否!」 と亡者は叫ぶ。 「戦いを! ただ修羅の道を!?」 腰から黒の剣を抜き放つと、それはまがまがしいオーラーを放ちながら、突風となった。 崩れた壁に手をかけ、なんとかころげ落ちずにすんだ。 「オンボロ砦に元領主か……大人しく死んでりゃ良いのにアヤカシなんかになりやがって」 舌打ちをして、黎威はポケットから取り出した呼子笛を吹いた。 ● 夜空に笛の長い音が鳴り響く。 敵発見の報である。 だが、娘たちを安全な場所まで連れ帰り、砦に戻ってきた班は、すぐにははせ参じることはできないようであった。 かれらもまた戦いのまっただなかにいたのだ。 わきあがってくる魍魎の群れと戦っている。 夜はアヤカシの時であるらしい。 砦に近づくことすらできないでいる。 「あそこです!」 誰かが、笛の音に気がつき、崩れた砦の一角を指さした。 月を影に、戦う仲間の姿が見える。 あそこに向かえばいいのだ。 しかし、それを前にたちはだかる敵の数。 指呼の先の、なんと遠いことだろうか。 ● 戦いが始まっていた。 無理に前に出るなという参謀の声が飛び、開拓者たちはそれぞれの持ち場につく。 戸隠は騎士の姿をしたアヤカシの背後にまわり、椅子のそばにきたとき、その姿を目にした。 椅子のもとに、美しいドレスを見につけた娘が転がっていたのだ。 いつもならば奇異に感じたところだが、頭の回転のほとんどが戦いに集中している中でのふいのできごとだ。 まず助けねば――という思考が先にきた。 ついで、最優先で避難させる。 「護衛いるよね?」 他の仲間に目で質問を投げかけ、了承と目で返される。 近くにいた黎威とともに、うまくその場を去ると、そのまま廊下の闇に消えた。 むろん、その機を作るために残ったふたりが、さらに一段の猛攻を加え、戦いはさらに激しいものとなっていた。 ユリアがアクセラレートの叫びとともに、素早さを強化して槍をふりまわしながら、アヤカシの首に横槍を叩きつける。 人間ならば脳震盪を起こして、そのまま倒れたであろう一撃も、アヤカシには手負いの傷を負わせる程度のものであった。 さらに竜哉のグラムが追い打ちを掛け、傷を拡げるが、それもつかの間、傷がみるみるうちに癒えていく。 「手数が足りないか!」 「まだこないの!?」 いらだつような声に、誰かが応じる。 「待った?」 「十分ほどね」 「こちらも、少々、手荒な歓迎を受けていたのですよ」 疲労混じりのため息がする。 「待たせたわね」 シルフィールはサムライらしく先陣をきって飛び出した。 「ふん、アヤカシ化した元領主ね。さて生前はどんな人物だったのかしら?」 アヤカシが一気に眼前に迫る。 顔が目に入る。 その真紅のまなざしを見る――見入る――魅入られる――あぁぁっ――なにかが心をさする。優しく、愛おしく。 若い身空でありながら元貴族夫人となった女の孤独な心を包み込む、暖かな眼差し。貴族として生まれ育ちながら、運命のいたずらによって反逆者を夫とし、それを裏切った女は男、それも年上の男というものを忌み嫌ってさえいた。 それなのに――胸が高鳴る。 この男が、この人ならば、この方ならば――腕がだらりとなって、得物が落ちる。その音が、仲間たちの声が遠くに聞こえる虫の音のようだ。そんなのはどうだっていい。ただ、そうこの体を、心を、うずく身をさしだし―― 「相手の眼を見てはならん!」 烈風拳の叫びととも横からの衝撃が来て、そのまま転がると、さらに別の術が働いたのがわかった。 はっと正気に戻って、状況を理解する。 「いくら再婚といっても、アヤカシの花嫁になるのはごめんだわ」 自嘲するようにつぶやくと女は剣を握り直した。 (もぉ怒ったわ! まったく大人しく死んでいればいいものを、どんな怨嗟を残したのか知らないけれどアヤカシになるなんて見下げた奴ね!) ● 「大丈夫?」 背中の娘に声をかけながら戸隠は砦の中を全力で駆けていた。 ただの人間ならば困難にちがいないことも、開拓者ならば可能だ。 (仲間が砦の中へ掃討しに行った後に避難させている女性達が襲われてもなんだもの。2人いれば良いと思うけど、他に居なければあたしがついていくよ。決着がつくまでは、ある程度の広さがあって接近するのに気づきやすい場所で待機して貰おう) というつもりだ。 近づいてくる亡者は烈風撃で吹き飛ばし、いい場所はないかと探して回ると、背後で姫様が目を覚ました。 「あら、目がさめたようね」 「あなたは? 温かい……」 ぎゅっと背後から冷たい体が抱きついてきた。 「ちょ、ちょっと」 戸隠の首に娘のとがった牙が迫っていた―― ● いななきが聞こえたかと思うと、宙に炎が幾つも浮かんで、そこには馬の姿をした蒼い炎があらわれた。 アヤカシが騎乗すると背後には亡者の軍が湧いた。 「突撃!?」 一声、地面が揺れた。 「散開しろ!?」 開拓者が広間に拡がる。 ジェーン・ドゥが戦陣「砂狼」により先手を取ると、 「狙い撃ちます!?」 騎士のこみかみに一撃を放ち、さらに馬のこみかみを撃つ。 兜がはじき、馬の片目を射貫く。 すこし動きがにぶったかと思うと、その姿がゆがんだ。 疾駆する姿のまま騎馬と騎士の姿が長くのびたように見えた。 空間そのものがゆがんでいるのだ。 「力の歪みです」 拳銃が音がして、さらに匕首が馬の足を止める。 「まずは馬からじゃ。その次に人型を相手しようぞ」 できるだけ散開しながら、魍魎を蹴散らし、時を見ながら暴れ馬の足を壊すために竜哉は携帯しているナイフ、ダガー、手裏剣とばらまく。 シルフィールは両長巻「笹野葉」をふるう。 剣としても使える槍は、今宵は槍としてアヤカシ兵を塵へと帰していた。 やがて敵の数は減り、もはや領主とその騎馬のみとなった。 ユリアの剣が馬を塵に帰した。 「戦いに敗れて悔しいのはわかるとしても、数年越しに復活して、やることが女を攫うっていうのは情けないわね。今度こそ永久に眠りなさい。騎士とは人々を守る存在であって、傷つける存在ではないわ」 最後に聖堂騎士剣がけりをつけた。 「すまなかったね。卿は十分戦った」 ● 「終わった――?」 声がした。 顔を隠した戸隠が背後からあらわれたのだ。 その口元が開くと――黎威がやれやれとつづいてあらわれて、戸隠が言おうとしたことを先に言った。 「あの娘さんはアヤカシになっていたぞ」 だから殺すしかなかったと、その娘が死体になっても連れて帰るつもりであり、可能性がある限り自分が大怪我しようとどんな状況でも諦めないつもりでいた男は、淋しげな声でみずからの所行を告げた。 ● すべて終わった後、鴉乃宮とジャンがそれぞれの流儀で祈りを捧げると、それが亡き騎士への弔歌となった。 後日、この地に石碑が建ったという。 |