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■オープニング本文 「そ、そんな……」 塔の鐘の音とともにあらわれた来訪者の姿を見たとき、女は自分の目を疑わずにはいられなかった。 いや、その存在が扉を開けてあらわれたとき、まず疑わない者がいるとしたら、それは愚か者か、あるいは彼女のように、どこまでも悲しい人間であったろう。 後光の中に見えた男の顔と、女の高鳴る胸の鼓動。 わななく女と、そして、あの男の声がした。 「ただいま」 もはや疑うことすらできなかった。 力なく男の胸にすがりつく。 嗚咽が漏れる。 ああ―― 目に涙が浮かぶ。 あの日、枯れたとばかり思っていた哀しみの泉に、再び涙があふれる日がこようとは……あとはただ、泣いて、泣いて、ただひたすら泣いた。 いまは言葉はいらない。 この奇跡を涙を流した笑顔で祝おうではないか。 そう、あの日、亡くなったはずの夫が帰ってきたことに。 ● その日を境に異変が村を襲った。 死んだはずの者たちが、村に帰還するという出来事が多発したのである。 鐘の音とともに扉を叩く音がしたので開けたら、そこに立っていたのは永遠の別れをしたはずの親しい人間であった時、ひとはどのように行動するのだろうか。 泣いた者もいたし、驚きながらもしだいにそれを受け入れていった者もいる。もっと、死んでせいせいしたおやじが再び顔を見せたので問答無用で扉を閉じ、大げんかをした開拓者もいたそうだが、それは例外であろう。 なんにしろ時の忘却は神の恩寵であると、かつてジルベリアにいた神はのたまわったとも言うが、はじめはいぶしがっていた人間も、それがつづき、当たり前になった時、それでもかつてと同じ態度でいつづけることができるのだろうか。 それはジルベリアの僻地にある村のできごとであった。 |
■参加者一覧
葛城 深墨(ia0422)
21歳・男・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
設楽 万理(ia5443)
22歳・女・弓
デニム・ベルマン(ib0113)
19歳・男・騎
クラウス・サヴィオラ(ib0261)
21歳・男・騎
成田 光紀(ib1846)
19歳・男・陰
厳島あずさ(ic0244)
19歳・女・巫
国無(ic0472)
35歳・男・砲 |
■リプレイ本文 あの頃と変わらない―― 墓の前に立ったルオウ(ia2445)の頬を、あの日と同じまだ冷たい春の風がそよいだ。 花束のひとつもあった方がいいのだろうが、あいにく花はまだ雪の下で眠りの中にある。天儀ではすでに花が咲いているのに、ジルベリアのさらに辺境では、まだその季節は遠いのだ。 そもそも墓参りなどするつもりなどなかったのだから準備が不足しているのもいたしかたないだろう。 「顔を見せたぜ」 そうとだけ言うつもりだった。 たまたま近くに立ち寄る用事があったので、そのまま足を伸ばしたのは単なる偶然であるが、占い師などに言わせれば、宿命と運命が賽子をふりあった、その結果ということとなる。 「いいやつほど早く死ぬな――」 それならばいっしょにいて自分が生き残ったのは、きまぐれな運命の女神の悪戯だったのだろうか。 そして、きまぐれであるのならば、その運命の鎌がいつ自分にふりかかるかわからない。 「まだ、死なねぇけどな」 墓の前で、そう語りかけたルオウの頭には、とある女性の横顔が浮かんでいた。 鐘の音がした。 人の気配がしたので、ふと後ろを振り返ってルオウは愕然として、墓標に彫られている男の名前を口にしていた。 「……ポール?」 「やぁ――」 ぎこちない様子でポールが手をふって、あの日のようにあいさつを返す。だが、ポール自身も、自分でもなぜこうしているのか不思議な様子であった。 「噂は本当でしたね」 友と蘇った故人との再会を、墓のそばに木の影から見ていたデニム(ib0113)は、その姿を確認すると、あらぬ方を見上げながら不安の的中に心驚かせていた。 ● 見上げる天井に成田 光紀(ib1846)の口から漏れる白い煙がゆらゆらと昇っていくと、やがて目を血走らせながら成田は力説をした。 「俺はな、人が黄泉がえったなどと噂を尋ねて来てみれば、何ともいやはや……。天儀的に言えばこの手の珍奇な話はアヤカシ絡みだが、それだけではつまらんな!」 杯をあおる。 「本当に甦るなら、面白い物眺めて回るとでもしようか?」 すでに、幾杯の酒をあげたのだろうか。 「あらあらつれないのね」 国無(ic0472)が酌をして、さらに呑むようにうながす。 見た目から、お洒落である。銀の髪のその先にいくほど紫がかるように染め、化粧を欠かさない。まるで女のような男である。 それにしてもいかにも癖のありそうな二人組である。 ひとりはすでに語った通りだが、その相方もジルベリアの衣装をしているが、ある種のいかがわしさを漂わせている。 本当に勘のいい人間ならば、陰陽師のそれであることに気がついたかもしれない。 「それでは出かけてみるかね?」 「あらあら日が照ってきちゃった。雪の反射って、下からだから傘でふせぐのも大変なのよね。日焼けってお肌の天敵なんだけどな――」 しかたないと最後に付け加えて旅人が立ち上がると、煙をぷかぷかとさせながら成田も立ち上がった。 それでは、村におもしろいものを探しにいくとしよう。 それはそうと時間つぶしに――と前置きして、成田は、自分が村で見聞きした話を語り始めた。 ● 女がいる。 男がいた。 旅の途中で立ち寄ったその村で出会ったそんな二人が、やがてそこそこの関係になるのに若い男女のことなれば、それほどの時間を要しなかった。 しかし、別れはすぐにきた。 男が病で亡くなったのだ。 人の命の儚いことである。 別にそれはめずらしいことではない。 しかし、ひとつ心残りがある――と、女は言う。 「彼と私は債務者と債権者の関係だったんです!」 死者復活の噂は天からの福音だとのたまい、女はことの顛末を語った。 生前、男は女から金を、それもかなりの額を借りたのだという。 その時の口説き文句が、 「お願いします。お金貸してください。病気の妹がいるんです。命にかえても必ず返しますから!」 であったが、実はこれはウソであることが死後わかった。 彼に妹はしなかったし、病気であったのは彼本人であったのだ。 どうして、男が、そんなウソをついたのかはわからない。見栄があったのか、彼女に心配をかけまいとしたのか……いまさらながら、そんなことは彼女にとってはどうでもいいことであった。 彼女の生の対するロジックでは、 「命とは何か? 生きるとは何か? それは義務を果たすことなのではないでしょうか!?」 ということになり、それがゆえに彼が生きているということは、 「彼には債務がある!」 ということになるそうである。 あの日よりも、より逞しくなった――そういえば最近、実家から「戦いの衣装」を纏うことが許されたそうである――彼女が、村の近くに立ち寄ったため、なんとなく墓参りでもしようかと村に向かったことから、ことが動き始めた。 設楽 万理(ia5443)は、彼のあらわれたという家のそばで待ち伏せをしていた。 自分では忘れているが、かつての、あの日々のように―― ● 「あいかわず不殺の誓いは守れているのか?」 戸惑うルオウにポールが語りかけてきた。 半信半疑で言葉を交わしてみて、しだいに間違いないという確信が生まれる。そうなると嬉しくないはずはない。色々話したい事がある。思い出話をしたりとかしながらも、やはり気になって何で生きてるのかを聞いてみる。 「さあな。死んだときまでは記憶がある。そして、気がつくと生き返っていた。まるで……いや、なんとなく理由は想像がつくが、そうであるのならば、自分でも怖いな――」 ● 「黄泉がえり、か。たとえ、アヤカシの仕業だとしても面白い現象だよな」 葛城 深墨(ia0422)は道具を調えながら言った。 デニムも手伝いながら、仲間に聞いた話を披露した。 「あ、こういう人もいるみたいですよ――」 ● クラウス・サヴィオラ(ib0261)。 デニムと同じジルベリアの騎士の出である。 彼がこの村にやってきたのも、例の噂のせいである。 数年前に亡くなった父親の友人が「生きている」という報せがサヴィオラ家に入り、その父親の命により、真偽を確かめるべく村へやってきたのだ。 「生きてるのは嬉しい筈なのに、どうにも落ち着かない。親父も同じ気持ちみたいだ……早くこの眼で真偽を確かめないと」 せかす気持ちと、開拓者としての当然の不安――奇妙なことがあったら、まずはアヤカシの存在を疑え――が心の中で葛藤する間に村についた。 まだ家族の残る、故人の家へ向かう。 雪深い土地だと、いつものことながら自分の国のことを、騎士はいまさらながらのように思った。父の友人が亡くなったのも、雪下ろし時の転落事故だという。ジルベリアのような雪国の宿命のようなものであり、毎年、いったい何人の人間が死んでいるのだろうか。本人も、その時になるまで、まさかと思っているのだろう。人生はむなしいものだ。諸行無常なのだと、いつか出会った天儀の僧が言っていた。 扉が開いた時、、 「あなたは――」 心構えができていたにもかかわらずクラウスの口に、その言葉が昇ってしまった。 クラウスも子供の頃可愛がってもらった男の笑みは、あの日のままであった。 「止まっていた家族の時計が再び、動きはじめたようです」 すでに髪の白い、かつての未亡人は涙ながらに語り、笑顔の子供たちもまじえての食事会となった。 食事の合間にかわした会話からは男の記憶は明瞭なものであることがわかった。 なにげに問いかけた質問――むろん、わざと間違えたものもある――には的確な返答をし、間違えた箇所には訂正をする。 クラウスの知る限りの情報では齟齬はない。 そして、一点、気になる情報もあった。 男は死ぬ直前まで覚えていて、死んだと思った――そして、気がつくと家の前にいたのだと言っていた。そして、自分の縫合した傷跡を鏡で見て、驚いていたと子供たちが笑いながらに語っていた。 外も暗くなってきた。 父に朗報を届けることができますとあいさつをして、家を辞す。 「もし、アヤカシの仕業だったとして……。あの人を再び失うことを、あの家族は受け入れられるもんかな?」 生き返りにはアヤカシが関係している可能性が高いと確信しながら、同時にクラウスの心にはいましがたの暖かな団欒姿があった。 ● 「お前!?」 死者が生者に驚きの声をあげた。 突然あらわれた設楽の姿に、かつての恋人は驚いたような顔をした。 まったく、あの日のままの笑顔だ。 なぜ、こうも私の心をかきみだすのだ。 そして、なぜ正常な判断をみださせるのだ! 「ここであったが百年目! かなりの大金を貸し付けていたんだ、あの世に持ち逃げされたと憤ったものだがまさか回収できる機会が巡ってくるとはな!? 「まあ、まてまて、話せばわかる!?」 「わかるか! このウソツキ、さあ借金を返してもらおうか! こうしてあいまみえることができたのが幸い、開拓者の取立てから逃れられると思うな!」 「……――わかった」 「おい、バカ! やめろ!? やめ……――」 暖かな抱擁であった。 あの日と変わらない、同じ肌のふれあい、鼻孔に踊るたがいの体臭の香り、ただ違うのは土の匂いがすることだけであった―― ● 居眠毛玉護比売命などというご大層な名前を持つ、もふらさまの胴体にうずまり、顔の頬をゆるめきった顔で、もふもふとして巫女、厳島あずさ(ic0244)が、 「なんですか?」 突然、きりっと表情をあらためたのは、待ち人が来たからである。 「わたくしが趣味でやっているとでも思っているのですか!? わたくしは寒さをしのぐために、もふらさまが神聖なる神の使いだということはわかっていながらも、あなたさまが来るまでの間、しかたなくこうして暖をとっていたのです!?」 しかたなくという部分をやけに強調する。 というか、そんなことをわざわざ説明する必要はない。 ただし葛城も、言葉の一部は肯定したかった。 ただですら雪景色だというのに、いる場所が人気のない墓場だと気分が滅入るものである。 「やっぱり、土葬の風習なんだろうか? いや、火葬だったら黄泉がえっても骨しか残ってないし。まあ、土葬にしたって腐ってるはずだけれど……」 「さきほど、ひとを使って墓をあばいてもらいました」 すっかり、いつものおすまし顔に戻って、お仕事モード。 厳島が、家族と本人に同意をとりつけ墓を掘り返して貰ったという。 そして、その結果は黒。 「死体……もちろん腐敗したものがありました」 言葉少なめに事実だけを告げる。 「肉体はここにあれども、記憶をもったニンゲンはいる……か」 葛城は眉をひそめると、巫女の祈りにも似たひとりごとが聞こえてきた。 「根の国底の国を熟知したるイザナギノミコト、何卒哀れな霊魂を救いたまえ」 と―― 。 ● また鐘が鳴った。 歩いていたデニムの横に、ふいに人影あらわれたかと思うと、そばの家の扉を叩いた。そして、おきまりの再会である。 デニムとルオウもすっかり慣れたものだ。 不定期に鳴る鐘と、その音ともにあらわれる故人たちの、そんな姿を横目に見ながら目的地へ向かう。 もとより怪異とは親和性の高い、開拓者である。 そういうものがあるとなれば、あると納得して、さてどのように対応するかが仕事なだけある。 複数の情報を総合すると村の中心にある尖塔の鐘が怪しいということとなった。 昔からある鐘らしい。 らしいというのはすでに謂われも不明になっているのである。国無が神父がいるのではないかと言っていたが、残念なことにジルベリアには宗教はない。国の政策で禁止されているのである。隠れて信仰する者もいるだろうか、それは地下に潜っているので正確にはわからない。 尖塔の鐘もかっては宗教的な意味があったのだろうが、いまではあっても困るものでもない程度の理由で残っているにしかすぎない。 ● 「そうね、もしアヤカシが原因なら目的は人の負の感情やその肉でしょ? たとえば旦那さんが帰ってきた奥さんの話。旦那が本物じゃない限り、日を過ごす毎に違和感は高まっていくはずだわ」 国無の言葉に、成田はだからどうしたという表情をして見せる。 たまたま人の難事に出会ったのならば、助けてやることはやぶさかではないが、彼の行動の指針が真実を見たいだけというものであり、そもそもが村人たちが真実なるものをどう受け止めるのかが気になっているだけにすぎないのだ。 その意味でいえば、国無し以上の風来坊であるのかもしれない。 現実だの理だ等と講釈を垂れる気もないが、ありふれた話ではつまらんものだと嘲笑する。 ならば―― 「ねえ、もし違和感を持った人物が餌として、次々に取り換わられていったのならばどうかしら?」 「どういうことだ?」 「フフ、もう村のほとんどがアヤカシだったりしてってね」 それはぞっとしない話であった。 ● 「待っていたぞ」 「ポール……」 塔の前にひとりの男がいた。 「この扉の向こうにはいかせるわけにはいかない。わかっているだろ?」 「ああ……」 言葉はいらなかった。 仲間たちが瘴気についても調べた結果は知っている。蘇った者たち、それがアヤカシであることはわかっている。 「あらあら、大変な場所に出会わせちゃったしら?」 通りすがりの傘が空に舞い上がったと思うと、宝珠式短銃、皇帝が火を噴き、螺旋弾が乗る。 「不死者にはこっちのほうが効くんじゃない?」 ポールの体がのけぞった。 そこへルオウが胸へ向かって突っ込む。 (倒さないといけないなら自分の手で――覚悟完了!?) 目はそらさない。 人への不殺になるかもしれない。 過去の自分を裏切ることになるかもしれない。 しかし、それでも―― 「安心しろ、俺は人ではないのだからな」 ポールは笑っていた。 消えていく。 男の姿をした瘴気が遺言を残して消えていく。 「扉の鍵を探せ――そして、あの鐘を壊してくれ……――」 ● 鐘が鳴った。 諸行無常と鳴った。 葛城は女の姿をした夕闇迫った空に式を放つ。 この現象の大本がアヤカシだと判明した以上、そのまま戦うのは難しいと判断し、ギルドへ報告するのだ。 むろん、式を放ったのには意味がある。 「つまらぬものだな――」 煙管をぽんとやって成田は立ち上がった。 一緒にいた傘の男はすでに村を去っている。 また鐘が鳴っていた。 さぞやにぎやかな夜がやってくるのだろう。 厳島はもふらにまたがり、諭し、すかし、全力で逃げるのですと言っている。 騎士たちは武器の手入れをしている。 設楽は心残りのありそうな顔をしながらまずは宿を出て行った。 はたして自分たちは生き残ることができるのか。 彼等にもまだそれはわからなかった。 鐘が再度、鳴った。 それは、開拓者たちの村の外へ向かっての夜の逃避行の始まりであった。 |