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■オープニング本文 テラスにひとり、貴婦人が佇んでいた。 とある静かな夕べのことで、できたばかりのアーマートーナメント会場をいちばん眺めのいい場所を独占して見つめている。 その女性は手近にあった椅子に腰を掛けると、目の前に広がる会場を見回しながらいろいろと思考を巡らせていた。 (まったく――) 彼女は小さくため息をつく。 新しく事を始めるとは想像していたよりも面倒なことだ。 いろいろと考えなくてはならならいことが、よくもというくらいつぎつぎと問題を解決したと思っても、次が出てくるのだ。 いまの段階で、この状態では――あら!? 雪だ。 空からはらはらと白いものが待ってきている。 ジルベリアの女なれば見馴れた風景ではあるが、その瞬間だけはいままで考えていたことも忘れて幼い頃のように驚きと、ときめきを覚える。もちろん、そのうち、うっとうしくなるのだが、それは彼女が大人だということであろう。 「まったく、だいの大人がこんな時間に、こんな場所で……風邪をひきますよ」 「ありがとう」 暖かな匂いがした。 とある理由から彼女の家に預かっている娘が、わざわざ茶と菓子を運んできてくれたのだ。どうやら使用人たちは年の瀬が迫っていて忙しいらしい。 カップをボールのように両手で持って、そこから手に暖をとり、口から喉へ腹へと暖かな液体を流し込む。 ケーキもある。 一口にする。 (あ、これはテンガさんのところの味ね) すぐに、どこの店のものかわかった。 残念なことに、この会場にはまだ専属のコックはいないのだ。 それに、なんだか今日はこのケーキも、おいしいのだが、なにかがもの足りない。 (そうか――) 以前、この屋敷を改装したさい、お菓子を焼いてくれたパティシエの味を思い出したのだ。 「どうしました?」 「うん、この前のケーキのことを思い出していたの。そうね住所はメモにとってあるし、今度、買ってきて貰おうかしら」 近所の友人に手紙を書こうと思った。 「いや――」 「今度は、どうしました?」 「うん、ちょっとね」 年上のはずの女性の瞳が、まるでイタズラを思いついた子供のように輝いている。 「クリスマスに料理コンテストでもやったらどうかと思ったのよ。ここの開幕セレモニーの余興には、いいでしょ? それに評判がいい人がいたら、ここのキッチンをまかせてみるってのはどうかしら?」 ジルベリア皇帝夫人は、その日の夕方、王立のアーマートーナメント会場の片隅で、そんなことを思いついたのであった。 |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
ユリア・ソル(ia9996)
21歳・女・泰
シーラ・シャトールノー(ib5285)
17歳・女・騎
ルース・エリコット(ic0005)
11歳・女・吟 |
■リプレイ本文 聖なる夜も近い、冬の数日間。 女たちが、ジルベリアで旅をして、買い物して、食事をした、そんな日々の記録である。 ●ルース・エリコット(ic0005) その1 白い、雪……のジルベリア、に行って……みたい、ですね。 きっかけは、友人とのおしゃべり。 そして、その格好の理由も友人とのおしゃべり。 ジルベリアは寒いのだと聞いて、おもいっきり厚着しての外出。 まるで現地の人達が雪だるまと呼ぶような、そんな格好だが、それでも砂漠の生まれの女にとってはジルベリアは、昼間でも寒い土地だ。 建物の影には、地元の人間が根雪だよと教えてくれたものが見える。 さわってみると、本当に冷たくて、すこし体がぶるり。 空気すらも冷たい街の中をさまよって市場を見つける。 アル=カマルのバザールを思い出させる空気はあるが、そこは見知らぬ土地柄、すこし、おっかなびっくり。 見た目相応な不安そうな表情で出店を見て回る。 志体持ちを止めることができる人間など、同じ志体持ちしかいないのだという当たり前のことすら忘れてしまうほどの緊張ぶりだ。異能の持ち主ではあっても、そこは女子。何歳になっても女の子は女の子なのだろう。 目には好奇心。 それでも心には冷静な計算と計画。 いらないものには目はくれても、手は出さず、自国アル=カマルの調味料を探す。 外国で自分の故郷の食材を探すのだ。 見つからなかったり、上等なものは見つけられなかったりはしても、偽物をつかまされることはないだろう。 まずはアル=カマルの調味料を探してみるつもりだ。可能ならば、実家でよく食べていた鳥や豆などの食材を探してみたいが、はたしてあるかどうか。 「あれ、この匂い、それ、に……」 彼女にとっては異国であっても地元の人間にとっては通常の景色を抜けると、彼女にとってはどことなく見馴れた、地元の人間にとっては逆に異国情緒のある一角にでる。 まだ少数だが、少数であるがゆえにアル=カマルからの移住者達が肩を並べて住んでいる場所だという。 店を見つけた。 「あ、あ、の……」 店主に話しかけようとするが、うまくできない。説明できても、七割程度の途中で、店主の顔を眺めたまま逃走。それでも戻ってきて、紙に調味料の種類と名前を書き、視線を顎の辺りに置いて差し出すと、ルースはようやく欲しがったものを手にすることができたのであった。 ●カンタータ(ia0489) その1 「テーブルビートとキャベツと……」 指を折りながら、欲しい野菜を数えて農家を回る。 そして、実はですねと――調理コンテストでボルシチを作りたいと切り出して、もしもよい成績が得られれば厨房の固定メニューに出来るかもしれない件も含めて説明して交渉をしてみる。 くみあげたばかりの井戸の水から白い湯気をあげるほどの冷気の中で土のついた野菜を洗っていた農家のおばさんが、カンタータの身なりから何事か気がついたのか、こんな依頼を出してきた。 「畑を荒らす猪を退治、ないしは追い払ってくれればおわけしてもいいんじゃが」 開拓者を何でも屋か、便利屋としか思っていない様子だ。 (まあ、近からずとも遠からずですけど) と心の中でため息をついてみせて、依頼を受けてみせる。 ただ―― 「それだったら、くず野菜を確保したいです〜」 「なんに使うんじゃな?」 「餌ですよ!」 むろん開拓者がやるには、それこそ朝飯前の仕事である。 夜見張りをして、朝飯前には終わった。 だが猪を追い払うことはできて野菜を手に入れることはできたが、気になることがあった。 「このボクが猪ごときを逃がした――」 ●ユリア・ヴァル(ia9996) その1 狩りはするのは久しぶりね♪ そんな気楽な気分で、森に行く。 腕はそうそう鈍ってないから心配はないと自分に言い聞かせ、弓を手にして猟に出たのだ。 雪のつもった深い森に気配はなく、隠れているのか、眠っているのか動物たちの息吹はない。以前だったら気がついたことも、寝起きが悪いのか、冬眠しているのか久々の狩人の腕は鈍っているのだ。 「お目当ては鹿・兎・鴨鳥。お肉が柔らくて煮込んでも焼いても美味しいのよね♪」 ひゅるーん。 木々の間を抜ける風の音。 「熊に遭遇したら開拓者として槍でお相手するわ」 すこし驚いたのか、自分に言い聞かせるように強がってみせて、森の奥まで進めば一面の積雪の広場。 「雪の上の足跡を探して生息場所を見つけて待ち伏せるわね」 残念、足跡はなし。 白い、白い、ひたすら白く広い野の原。 「望遠鏡で見て遠い獲物も見つけるわね」 しかし、動くものひとつない。 空振りだ。 場所を変えてみよう。 「鴨は水鳥だから水辺付近を探しましょ♪」 しーん。 「弓が基本だけど、アルムリープ効くかしら?」 ひゅる〜ん ……――見つからない。 見つからない、見つからない、見つからない!? 寒い。 淋しい。 むなしい…… 「森に入ってから、小ウサギ一匹、見つからないってどういうことよ!?」 こんな場所ではただ一人の友である風も、そんな問いには応えてはくれず。それどころか、まるでつれない返事のような風を吹き鳴らしたかと思うと、やがて吹雪という友人を連れてきた。 視界すら遮る大雪の中に声がこだまする。 「なんで、待っても、待っても獲物がいないのよ! 絶対に、悪意あるでしょ!?」 淑女はらしくもない悪態をつきながら吹き付ける雪の中、帰途につくのであった。 ――お母さん、大自然と運命の女神さまは恐ろしいものです。 ●ルース・エリコット その2 帝都での喧噪が昼間のバザールであるのならば、ここ喧噪はオアシスでのそれであるようにルースには思えた。 雪を脇にのかしただけので土の道は水がないのに凍っていて、転がりそうになりながら歩いていると、籠から逃げ出したにわとりをおやじが走って追っていた。 あたりからは、そんな様子を笑う声がして、昼間からあおった酒の匂いをぷんぷんさせ、赤らんだ顔で客を接待する商い人がいる。 「あ、の…ア、ル=カマル……の調味料のあ……は……なん、でもない……です」 こちらはアルコールも入っていないのに、顔を真っ赤にして、客は困り顔。 そんな風にしていると、地元のおばあちゃんたちもやってきて、まわりを囲んだかと思うと、聞き取れないくらいのなまり声をかけてくる。 どこからやってきたんだい あらあらアル=カマルなんて遠くから来たね これなんてどうだい こっちの方がいいじゃないかい お茶はどうだい。 お菓子もあるよ。 「おじょうさん、この魚はどうだい?」 「こ、これ……おね、がいし……ます!」 ●シーラ・シャトールノー(ib5285) その1 「あんたも、タイミングが悪かったわね」 ミルク、バター、チーズ、豚といった食材を求めて牧場にやってきた。 主人が、その顔を認めると申し訳ない、売り切れだ、クリスマスだから先客がいたのだと用件を言い出す前に言われてしまった。 豚をのぞいた食材はあきらめよう。 「すみません――」 (家畜舎を見せてもらい、清潔に保たれている所から買うわ。清潔な所は、それだけ手入れも良いから上質なのよ) 得心のいく家畜舎もあって豚は手に入った。 だが、自分の店の方の仕入れはどうだったかしらと、繁忙期直前のパティシエは、ほんのすこしだけ日常を思い出すのだった。 ●カンタータ その2 雪はやんだ。 猟師から借りた捕獲用罠を手に森へと向かう。 調理のお守りだという、銀色スプーンを紐で首から提げているのは、よい食材に出会いたいという願掛けなのだろうか。 「狙うのは雌のイノシシですよー!」 雪道をたどって、昨日の畑のそばの森に入っていく。 「成熟した雄はお肉がかたくなると酪農の? 本で読みました〜」 人魂も駆使して、木の実や地下茎をかじった後、糞や樹木の傷等を確認して回り罠を設置する場所を決める。 「このあたりかな?」 農家から貰った古玉葱や根菜のあまりを撒いて、風下に離れて待機。 あとは、おのずからかかってくるまで待つまでだ。 ――きた! (見つけたわよ! 宿敵!) しかも、忘れもしない、昨日のがしてしまった片目の猪! 雌狙いの今日は外道の雄だが、背後には雌の姿が見える。 「ならば二匹を仕留めるチャンス!」 だが、昼間になってから見れば、昨夜、気がつかなかったことに気づいた。 猪のまわりに漂う気配は―― 「アヤカシ!?」 こうなると話が変わってくる。 罠にかかるのを待つなんて悠長な時ではない。 退路を制限するはずだった結界呪符でアヤカシと猪を閉じ込め、脅しのつもりだった雷閃が戦う為の武器となる。 森に季節外れの雷鳴が幾度か響き、静かになった時、そこにはもはや片目の猪の姿をしたアヤカシは消え去っていた。 「あら、こっちの雌は普通の生き物だったんだ!?」 さすがにアヤカシと開拓者の戦いに巻き込まれてしまった野生の動物こそ不幸であったろう。 「確保したしキチンと絞めて荒縄で固定して牽引でしょうか?」 皮袋などで受けながら血抜きもする。 「猪肉は血も食材として使えたような?」 ● ユリア・ヴァル その2 「次は市場よ!」 先日のからぶりは忘れて、今日は帝都でのショッピングを楽しむことにしよう。 あの日は不幸と踊ってしまっただけなのだ。 「市場では塩・胡椒・珈琲・味噌・お醤油を探そうと思ってるわ。香辛料はちょっとあるだけで味が豊かになるのよね♪」 手近な香辛料屋で少し買い物して良い品を扱ってる店がないかを聞く。 「こういう専門店は横の繋がりって結構重要なのよ」 などと知ったようなことを口にしながら、購入した香料を買い物袋に入れ、店主の話をメモにとる。 ギルドから渡された資金で懐は温かい。 依頼だとは言え好きなだけ散財できるのは開拓者冥利に尽きるということだろうか。 前日のうっぷんをはらすように、買って、食べて、おしゃべりして、仕事とは言いつつも、なかば以上は自分の楽しみだ。 (買うだけじゃ本当に良い品か分からないわよね♪ 味見をして納得のいく品を購入するわ♪) 理論武装は完璧、あとは行動あるのみ。 「珈琲は天儀でお店があったけど、似た仕入先あるかしら?」 ぶらりとカフェに入って主人の煎れた珈琲の香りを楽しみながら、目の前で豆を煎ってもらう。 レストランでは食事に舌鼓打ちしながら、調理人を呼んで料理を褒め、どこで手にいれたのかと美人局は鎌を掛ける。 「味噌と醤油は天儀食材の専門店があるといいわね」 「ならば開拓者ギルドのそばにできた料理店で、いっしょに売っていますよ」 などと情報を集めては対価にチョコを配って、そちらへ足を伸ばす。 自家製の秘蔵品などというものはありませんよと笑う、おかみの手料理を褒めながら天儀の食材も手に入れて、ユリアは満足な一日を終えるのであった。 ● シーラ・シャトールノー その2 「狙うものはチョコレート、バニラビーンズ、砂糖・樹糖、小麦粉、グレープシードオイル、オリーブオイル、ワイン、醤油――」 戦場――もとい市場に立ってシーラは手にしたメモを再読した。 それに加えてメモにはないが、さらに買い足したいものがある。 「チョコレートにバニラビーンズは欠かせないものだし、上質な小麦粉と植物油があればこそ作れるものもある!」 昨日は運がなかった。 しかし、今日は違う!? 今朝から、白蛇の夢で目を覚まし、茶をいれれば茶柱が立ったのだ。 この前の借りを返さんとばかりに勇んで市場を巡れば、目に入るもの、手にするもの、聞く話と望みに違わぬ物はない。 望みはすべてかない、手に入らない品はなかったのだ。 しかも、どれもが一級品となれば自分でも夢かと疑うほどだ。 それに一晩開けたら、こんな幸運も吹き飛んでしまうと、まるで少女のように考えながら眠りについた翌日、田舎へ買い出しにでる。 「ハーブ、林檎、小麦粉、酢、目についた野菜あれこれ」 そう考えて、さらに付け加える。 「ケーキ用の上等な小麦粉とは異なる一般的な小麦粉も欲しいし、酢は果汁酒ベースのものが各種あると嬉しいわね」 ――きまぐれな幸運の女神がほほえむ日もあるのである。 ●ルース・エリコット その3 「鍋……に、は……お野菜、が必須……な様で、すの……で」 農家に野菜を貰いにいったところ、野菜泥棒をつかまえて欲しいと頼まれた。 開拓者の本分であり、なにより交換条件であるので話にはのったが、それがまずかった。 夜、見張りにたつことになったのだ。 「――……」 砂漠の夜も寒いが、冬の夜の雪国とはさすがに比べることはできなかった。 「さむい――」 などと口にしている内は、まだよかった。 じきに言葉は歯の震えに代わり、寒さは痛さに代わる。眠気は死の誘いとなって、どこか遠くへルースを連れさらっていこうとする。 (ま、ま、まず……――) その時、月光に人影を見つけた。 あれを捕まえれば、この仕事は終わる! 「どろぼー!?」 むろん、ただの野菜泥棒が、無意識の殺気すらただよわせている開拓者にかなうはずもない。 なんの抵抗もなく捕まえることができた。 翌朝、農家が約束どうり野菜を準備してくれた。 無造作に籠に入れられた野菜にはぬれた土がついていて、さきほど地面から掘り返してきたところだという。 「こうすれば野菜がもつのよ」 と、ジルベリアの老婦人が笑っていた。 ただ―― 畑で育っている野菜は沢山あり迷ってしまう。暫く黙考した後、その中から大根と白菜、人参をいただいた。 さあ、手にいれたものを依頼人のもとへ届けよう。 ●食事会 「私は作るよりも食べる方が好き♪」 ユリアの正直な意見に依頼人はくすりと笑った。 「――と言うわけで、食材の調達はするから料理は任せたわよ♪」 「はい」 キッチンのシーラの笑い声がした。 (みな、疲れて帰ってくると思うから、余分に買い込んだ野菜と塩漬け肉にハーブを入れて水とワインで煮込んだ鍋を用意するわね。体が温まって疲れが軽くなれば、と思うわ) ということで、一番、最初に戻ってきて、そのままキッチンにこもっているのだ。 「これがおいしいのよ!」 と女主人が薦めるシーラ謹製のケーキにカンタータは手をつける。 フォークが幾層にもなった薄く焼きのパイ生地に軽い音をたてながら切り裂いていって、生クリームがカンタータの唇につく。 自分が思っている以上に、実は甘い物に目がないカンタータは満足顔。 おいしいものを食べている時のひとの顔ほど幸せそうなものはない。 「こんばんは」 扉を開けて、最後の客――ルースが顔をだした時、 「食事の準備ができたわよ」 という声がキッチンから聞こえてきた。 |