|
■オープニング本文 「しまった!?」 不意をつかれた。 敗残兵の後ろ姿ばかりを追っているつもりだったが、まだ伏兵を隠すだけの余裕があったか。裏をとられたのだ。 「こんな状況で、よくも頭が回るわね」 恋人でもある仲間が、長い髪をひるがえしながら振り返ると剣をかまえる。 この冬、南部で起きた反乱の生き残りが、この地の山岳地帯に居着いているから退治して欲しいという依頼がギルドに舞い込んだのがしばらく前。依頼の金額はそこそこだったのだが、どうやら先客があったらしく、かれらがその話に気がついたときには締め切りをすぎていた。それが、どこかの連中が失敗したらしく、再び依頼として出た時には、ふたりは小躍りした。 かれらほどの強者にかかれば、残党狩りなど楽な仕事に思えたのだ。実際、結婚式の足しになるだろうという軽い気持ちで受けたが、それが仇となったか。 「負け犬でも兵士ってわけだな」 騎士の口元にはまだ余裕の笑みがあった。 前と後ろをあわせても十には満たない数なのだ。ただの兵士ならば、ふたりの腕をもってすれば退治することは不可能ではないだろう。 ただの兵士ならば―― 突然、兵たちが剣や盾を捨てたかと思うと、それらが跳躍した。 「な、なによ!?」 苦痛の悲鳴があがった。 目を見開き、兵士の形をしたそれが首に噛みついてきたのだ。 目を血走らせ、獣のようなうめき声をあげ、幾人もの体が開拓者たちを押し倒したかと思うと、体中をひっかき鎧を壊し、衣服をはぎ、むさぼるように肌に食いついてくる。 「や、やめて!?」 悲痛に顔をゆがめ女が叫ぶと、男が振り返った。背後から兵たちが飛びかかってきて、男をも押し倒した。 血があがる。 ふたつの体から、まるで泉からあふれる水のように血があがり、それを受けると、さらに興奮したかのように人間の姿をしたそれらは肢体をあさり、むさぼり食らった。 それは尋常な様ではない。 いや、むしろそれは人とすら呼べないものであったろう。 腕を足を腹を、頭をたがいに奪いあうようにして四つん這いになりながら、それらはもはや声をだすことのない肉体を喰いあさるのであった。 ● 「――また、この依頼は失敗なのか‥‥」 こまったなという表情をして、ギルドの少女は金色の髪をかいた。 しばらく前に依頼できた敗残兵の処理という簡単な仕事が失敗に終わったのだ。こんどもまた野犬に喰われて死体が見つかったという報告がきている。よくも身元がわかったものだとは思うのだが、婚約の印が証拠となったらしい。 「おなかをすかせた野犬がいるみたいね」 どうやって言いつくろうおうかなと、まるで呪文かお祈りでもするようにつぶやいて、失敗がつづく依頼内容を再確認する。 依頼主は地方の小役人からであり、今年の春頃に起きた例の反乱騒ぎで生まれた敗残兵を退治して欲しいというものであった。 「よくいるんだよね、こういうの――」 お菓子を食べながらぱくつきながら、妙な節をつけて小唄をひとつ。 「うちのおやじの言うことにゃ〜♪ おやじの職業は食えれば兵士、食えなければ野党とのこった〜と♪」 戦に負け、ほうほうの体で南部から逃げてきた兵士という名前の暴れん坊が、そのまま山を住み処として山賊となったのだろうか。 「けっこう数がいるのかな?」 状況の詳細もわからずに依頼を出したのが悪いのだろうか。それとも、これだけ失敗がつづいているということは、自分が何か重要な見落としをしているのだろうか。まだ上司は何も言ってきていないが、もし、こんな状況がつづいたら給料に響いたりするのだろうか。もしかしたら減給? 「わたしの安給料ぉぉぉがぁぁ‥‥それじゃあ、わたしが不幸な少女『あ』じゃなぁぃぃぃ!?」 「なにを叫んでいるのよ!」 いきなり、頭をぼこり。 「お客さまがびっくりしているじゃないの!?」 ちいさな声で怒って、先輩がカウンター越に驚いたような表情をした客たちに頭を下げていた。 「まったく、なにを勝手に妄想して、暴走しているの! さっさと手配をしなさい」 「手配?」 「亡くなった開拓者たちの葬儀の手配。記録があるようならば親族への報告もしておきたいわね――もちろん費用はあちらに振っておいてね――それと、もちろん次こそ依頼を成功させなさい!」 |
■参加者一覧
檄征 令琳(ia0043)
23歳・男・陰
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
志藤 久遠(ia0597)
26歳・女・志
汐未(ia5357)
28歳・男・弓
日向 亮(ia7780)
28歳・男・弓
ハイネル(ia9965)
32歳・男・騎
フィーナ・ウェンカー(ib0389)
20歳・女・魔
櫻吏(ib0655)
25歳・男・シ |
■リプレイ本文 「敗残兵‥‥か。行き場がなくなるのはわかるがな‥‥」 日向 亮(ia7780)は空いた腹をさすりながら、ギルドに張り出された依頼を何度となく読み直していた。 あの反乱から、すでに何ヶ月がたったろうか。 すでに世間では、あの戦いすら記憶の隅に追いやられようとしている。いや、戦いの後に残る、より惨い現実から無意識の内に逃げ出しているのかもしれない。 「喟然、何時だって戦は終わった後にまで悪影響を残すもの。敗残兵とて、望んでその様な状況に身を置いた訳では無かろうが」 ハイネル(ia9965)もまた腕を組みながら、その依頼を見つめていた。 ジルベリアの北方。しかも極寒の地で生を受けた者にとって、周囲の環境がどれほどひとを支配するものなのかをいやといういうほど知っている。 たとえば――ちらりと横を見る。 腹をさすっていた日向が、食事ができましたよという声に大喜びをして、それが準備されたテーブルに向かったが、そのふくよかな体型は油物を好物とし、それを食べることができるという環境のおかげである。 そして、ハイネルのその気の様な凛とした雰囲気を常に纏っている姿もまた、半分は己が作り、残りの半分は人生という環境が作ったのだろう。 そして、あとひとり、その依頼書をながめている者がいた。 ギルドの制服を身につけた娘で、心配げにその依頼と、それを眺めていく者たちの顔を見ては不安げな表情をしている。この依頼の担当だ。 「ギルドの方ですか?」 呼びかける声に、ふりかえると、どきりとした。 さらさらとした髪の、にこやかな表情をした青年がいたのだ。 開拓者だろうか。 「は、はい?」 そんな惚けた表情の彼女に微笑をたたえた青年は白い花を渡す。 「えッ? えッ? えぇぇぇぇ!?」 「依頼の成否で貴方達の御給料も変わるのですか、これは失敗できませんね。成功したらどうです、食事でも?」 「えッ? あ、はい!?」 顔をまっかにして少女は、はいと叫んだ。 「ふふふ、冗談ですよ」 そんな彼女を、あいかわらずの笑顔で檄征 令琳(ia0043)はあざ笑った。 「恋人同士の開拓者ですか、相方を人質にでも取られたのですかね。なんにせよ、間抜けな人達です。戦場では自分の命が何よりも優先されるのに‥‥その花は、彼等の墓前にでも添えてください」 そんな彼の態度は、ねずみをいたぶる猫といった様である。 「ひどい人やな! そういう風なのは、あちらでしたらどうだい?」 すっかり落ち込んだギルドの娘を片目に見ながら、櫻吏(ib0655)がにやにやと笑いながら、仲間の集まる席を檄征に伝えた。 テーブルには、すでに依頼人とともに数人の開拓者が集まっている。 汐未(ia5357)は志藤 久遠(ia0597)に問う。 「単なる残党狩って割には二回も失敗、しかも受けた開拓者が戻ってきてないとかおかしくないか?」 「たしかに、二度の依頼失敗となると尋常ではありませんね」 「よっぽど数が多いか近くにアヤカシでも巣くってるんじゃないんのかね、その辺も用心していくとするかね」 「あるいは、敗残兵を追ううちに野良のアヤカシにでも遭遇してしまったのか、情報がないだけで志体持ちでも紛れていたのか‥‥。いずれにせよ、同じ轍は踏まぬように」 「志体も持たぬただの兵士相手に二度も失敗するとは奇怪ですね。死体は野犬に食われているとの事ですが‥‥何か引っかかりますね」 同じテーブルに座るフィーナ・ウェンカー(ib0389)の表情もさえない。その横では、柊沢 霞澄(ia0067)が足の高い椅子に腰掛け、足をぶらぶらさせながら、ちょこんとおすましで座っていた。 「さて、その残党が潜んでいる辺りの地図を見せていただいても宜しいですか?」 わざわざギルドまで出向いてくれた役人の前にあっても、檄征の慇懃無礼ぶりは変わらない。もっとも、日向をより丸々とさせ、開拓者としての逞しさをなくしたら、そっくりになりそうな役人は、そんなことには気がついてもいない様子である。 「――‥‥つまり、騎士くずれか反乱に乗じて一山あてようとした戦士くずれなのかまではわかりませんが、敗残兵がそのまま山賊になって、山道を使っていた商人たちに迷惑をかけていたというわけですね」 志藤が役人の話をまとめた。 ● 「何とも血腥い御話に御座いますな。此方が敗残兵とならぬよう、せいぜい用心して参りましょうかィ。二の舞ならぬ三の舞など、御免被りましょうや」 ひとりごつ商人がいる。 ひとり旅なのか、背中に荷物を背負い、山賊が出るという評判のために人気のとだえた山道をとぼとぼと行く。 櫻吏だ。 すでに場所は森深い、山の中。 山賊が出るともっぱらの噂の場所となっている。 日はまだ高いが、こんな時間でも出るときは出るというなんともあいまいな情報を役人からはもらっている。 それに、別の理由からも、この時間を薦められた。 「あの情報は本当でございましょうか――?」 それは誰もが気にしていたことでもある。 がさがさと雑木が揺れた。 櫻吏は心の中では身構えながら、囮らしくわざと――もちろん迫真の演技だ――おどろいたふりをして敵を誘う。 離れた場所で、その様子を仲間たちが緊張して眺めている。 雑木が揺れ、ひとつの影が飛び出てきた。 来た! 「お、お助けを!?」 「うゎぁ‥‥! えッ? お助け?」 櫻吏は出てくるなり、剣を投げ捨て、地面に頭をへばりつけた男を見て、少々、戸惑わざるを得なかった。 いろいろな対応策は考えていたつもりだが、 (あまりにも、意外な開幕でございますな) くくっと心の中で笑ってみた。 罠ではないかと疑いながら、山賊たちの猿芝居をしばらく楽しんでみるのも悪くはないだろう。 後方の窪地に隠れ残りの開拓者たちは、商人に化けたシノビのやりとりを息を潜めながら眺めている。 「志体も持たぬただの兵士相手に二度も失敗していたと聴いていた割には、少々、意外でしたわね」 フィーナが首をかしげると、汐未とハイネルがそれぞれの意見を述べた。。 「いや、わからねぇぞ。これは罠かもしれん」 「意外な形ではじめて、こちらを油断させるか‥‥いい策だな」 「あれが‥‥策でしょうか? 策にしては必死すぎますわよ」 魔女の緑の瞳がかがやく。 ふたたび雑木ががさがさと鳴った。 そして、こんどは一団の山賊があらわれた、 いや、山賊であった者たちと呼んだ方がよいであろう。 「残った兵達がまだ人であれば良いのですが‥‥残念ですが彼らは既に‥‥」 柊沢は哀れむような眼差しを、かつてひとであった者たちに向けた。 天儀では食屍鬼と名付けられようが、あるいはジルベリアの地ではグールと呼ばれようが、それがアヤカシであることに変わりない。 ぼろぼとなった鎧や服であった端切れをまとい、肌には浅い、深い、さまざまな傷跡が見え、ひどいものとなると深く、倦み、くさった傷跡のまわりを蛆が動いているものさえある。そして、なによりも目をひいたのは、まるで生気のないその目であったろう。 「やべぇな」 囮の櫻吏は、とりあえず残った人間を連れて作戦どうり後退をはじめた。 アヤカシが、それに引っ張られる。 仲間もまた動く。 「化け物!」 前に出た志藤が間合いを詰め、一閃。 頭上から振り下ろした一刀がグールの頭を砕く。 「やったか?」 頭が割れ、そこから血ばかりではなく、どろりとしたものが出てくるが、まるで応えた様子はない。ふらりと立ち上がろうとして、足をすべらせ、そのまま倒れ込んだままとなった。 「一体目!?」 「慚愧、痛覚が無いのか!」 ハイネルの刃がグールの頬を殴ると、生きた死体は、そのまま背後の木にぶつかった。骨が折れる音もしたはずなのだが、それでもがさごさと動いている。 「困ったものね――」 頭巾の下でため息ひとつ。 これが、不死の軍隊の恐ろしいところだ。 「いやになるものでございますな」 いやらしくも櫻吏の放った手裏剣が、グールの目に突き刺さった。 人間ならば――いや、たとえどんな動物であっても、その攻撃を受けたのならば、まちがいなく攻撃の手がゆるめられたであろう。しかし、やはり敵はアヤカシだ。 まるで痛みなどないかのように、その足取がにぶることはなかった。 なおも数体が近づいてくる。 「武芸の類は得意ではないが‥‥やるしかないな!」 すこし指先がふるえる。 ひざもがたつく。けして初めての戦いではないが、やはり恐ろしくないといえばウソになる。 「こういう場合は――」 どうやら痛感がないようなのは仲間の攻撃のようすから想像がつく。 ならば矢を射るのならば、こうするしかないだろう。 ふだんは斜め上にかまえる弓を、きょうは水平にかまえる。 きっと目の前に近づくアヤカシをにらむ。 弓のきしむ音がして、日向の手から矢が放たれた。 アヤカシのどてっぱらに矢がつきささり、背後のアヤカシとともにその個体が、ふっとんだ。 弓矢も使いようによっては、このようにも使える。 突然、弓矢がささりながらも立ち上がろうとしたアヤカシが、まるで雷にあたってでもしたかのような痙攣を起こして、こんどこそ二度目の死へと誘われていった。 「ふふふ。アヤカシだろうが人間だろうが、はむかう相手には容赦しませんよ」 サンダーの魔法を使った黒衣の魔女が、そんなことを言いながら、あでやかな微笑をたたえていた。もとより、弱っている敵を優先的に攻撃していき、各個撃破していく作戦なのだ。 「まあ、あまり気持ちのいいものではありませんしね」 檄征が呪符を放つと、アヤカシたちの動きがぎこちないものとなった。 「そのまま屠られてくださいな」 力のみ求める男にとって、それは興味すら抱くことのできない敵であったのだろう。口調こそ軽いが、真意は冷酷なものである。 「みなさん、のっていますわね」 白衣の巫女がため息ひとつ。 あきれたのか、あるは緊張と疲労のせいなのだろうか。 もとより強靱とはいいがたい体質なのだが、どうやら戦いも見通しがたったことに安堵のため息が漏れてしまったのだ。 (楽勝みたいですね。応急手当の道具や薬も用意してきましたが必要がないみたいで、すこしほっとして、でもどこかで悔しいですね) それほどまでにアヤカシと開拓者たちの腕はちがうのだ。 少女は最後に祈るのであった。 「迷い出る事のないよう‥‥安らかに‥‥」 「よっしゃあ!?」 少女の祈りが終わると同時に汐未の放った一撃が、最後の一体を砕いた。 「いっちょうあがり! 正気とは思えない早さだったがな――」 そして、汐未は最後に残った山賊に向かって怒鳴った。 「過去二回開拓者を退けた実力は認めるが何時までもそれが続くわけではないだろう、そろそろ投降したらどうだ?」 「も、もちろんです。もちろんでございます。旦那、あっしは、すべてを失ってしまったんですよ。もう役所でもなんでもいいんでつきだしてくだせぇ!」 ● 「あんな敵でも、志体持ちの開拓者が二度も失敗するような依頼だったんだよな。何か訳があるに違いないんだろうな?」 駄菓子を食べながら、反省会となる。 「わからんな!?」 まんじゅうをぱくつきながら汐未も頭をかかえる。 つまり、今回の敵の強さが二度も失敗するには直結しないのだ。 「わからんのですか?」 くくくと笑う声がする。 「わかるのかよ!」 「はいな。あの男を役人のところに突き出すときに確認しましたわ」 「遠回りな言い方をするな」 「迂遠無用、簡単に言ってくれ」 先に答えを聞いていたのであろう。志藤が口を挟む。 「つまり、私たちが強すぎたのだ。汐未殿」 「なんじゃぁ、そりゃあ!?」 「実際、そうなんですよ」 アヤカシについて調査をした柊沢が説明を受け持つ。 「食屍鬼は、それほど強いアヤカシではありません。むしろ、ひとの頭を持った山賊が知恵を働かせた方がより恐ろしかったでしょう。しかし、そんな敵が、なにかの理由で憑かれ、アヤカシになってしまった」 「あの男も、なんでかわからんかったって言ってましたわ」 「アヤカシは森から来る――」 魔の森と呼ばれるそばに生を受けた青年は息を呑んだ。 環境がひとを作るのならば、今回もまた森がアヤカシを作ったのだろうか。 「なんにしろ、よかったではないですか。ケガもすることなく――柊沢さんの閃癒が活躍する場面もありませんでしたし――終わってよかったではないですか。失敗した、前の連中とは違って我々の方がすぐれていた。そういうことにしておきましょう――」 亡きふたりの開拓者に花を供えた男は、あいかわらず仲間の前では口が悪い。 「僥倖、やはり運がよかったのだろうな」 騎士の言葉に、黒の魔女は目を閉じて、賢者の言葉を紡ぐのであった。 「たとえどんな環境にあっても、己の最善を尽くし、運命を味方にする者こそ、本当の力を出し得る者たちなのですよ」 |