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■オープニング本文 この頃、天儀に流行るもの〜♪ そんな出だし始まる都々逸が天儀の都にあるとかないとか、噂だけはまことしやかに流れてるのだが、最近、奇妙な存在を人々は見かけるようになったという。 ヤギの姿をしたなにかと、かぼちゃの姿をしたなにかであるとか、あるいはその両方であるとか、二体ではなくてもっと数が多かったとか、どこからが背ビレで、どこまでが尾ビレか、噂という魚の大きさは漠然としている。 ただわかることは、精霊か、アヤカシか、はたまたそれとは別の存在なのか、その正体は不明なれど顕れたということである。 そして、その姿は天儀から遠く離れたジルベリアの土地でも、その姿は確認されていた。 されてはいたのだが―― ● 静かな夜である。 月の光はさえざえと、吹く秋風に音もなく、村は大いなる眠りの中にあった。 村で一番遅くまでやっている酒屋の灯も落ち、もはや村に起きている者はない。動物たちも寝静まり、聞こえてくるのは声をひそめた夜の住民たちの息づかいと、森のフクロウの声のみであった。 そこへ突如、突風が吹いたか思うと、一転、空はかき曇り、まるでわき出したかのように雲がかき集まると、そこには三体の異形が姿があった、 ひとつは白いヤギ、ふたつは黒いヤギ。そして、あと一体はカボチャであった。それが、二本の足で立ち上がった姿をして、そろいもそろっておそろいのマントを翻しているのだ。 もし、その姿を見た者がいたのならば、まず目と正気を疑っただろう。 そして、そのかわいらしさと珍妙さ、そしてなによりも冗談としか見えない姿に思わず笑みを浮かべたであろう。 だが狂った冗談ほど恐ろしいものはない。 にわかに、それらが動いた。 手にした鎌が虚空を切ると、風が刃となって村を襲った。 家の屋根がとび、壁がめくれ、中にいた者達の体がばらばらとなった。 そして悲鳴とともに家々から飛び出てきた村人たちに向かって、待っていたとばかりに地獄からの使者が鎌をふるう。 あちらでもこちらでも首が飛び、血が吹き上がり、身体が裂かれ、中身がぶちまかれ、まさに地獄絵図。 もちろん、そんな騒ぎになれば唯ではすまない。 たまたま付近の魔の森を調査するために村に来ていた、駆け出しの開拓者たちが出てきて応戦した。 すると一体のヤギが前線に立って攻撃をはじめ、開拓者たちの攻撃をもう一体のヤギが身を呈してガードした。最後に、そんな傷ついた仲間をかぼちゃが魔法を使って癒す。 「アヤカシだかなんだかしらねぇが、コンビネーションなんて使うんじゃねぇぇぇぇ!?」 開拓者達の怨み節。 やがて、頃あいとばかりに、白と黒のやぎにも見えるなにかと、かぼちゃに似たなにかが一斉に鎌をふりあげると、 「えッ?」 月光に三つの影がひとつとなり、三体が同時に、幻の鎌をふるいあげたか思うと、それはひとつの巨大な輝きとなって村を叩き斬ると、地面に亀裂が走り、村がまっぷたつになった。その夜、その村は、その一撃によって壊滅したのであった。 |
■参加者一覧
リア・コーンウォール(ib2667)
20歳・女・騎
クレア・エルスハイマー(ib6652)
21歳・女・魔
ジェーン・ドゥ(ib7955)
25歳・女・砂
スノゥ=ルカーチ(ib8731)
27歳・女・弓
ネロ(ib9957)
11歳・男・弓
メイファ・アルテシア(ib9998)
20歳・女・魔 |
■リプレイ本文 少年は廃墟の中にあった。 立ち上がる力もなく崩れた家の土台に腰を掛け、なにをするでもなく、なにをするかだけをぼんやりと思っている。 考えるだけの力も気力もない。 涙は尽き果て、ただ秋の夕暮れを眺めることしかできない。 いくら若い柔軟性のある精神だとはいえ、その印象を強烈すぎた。 月夜にあらわれた三体のアヤカシ。 二体のヤギとカボチャ頭の黒マントたちが、一夜にして村を破壊しつくした様子を少年は見ていた。いや、あの鮮烈な姿とともに見てしまった。 あれ以来、月を垣間見てさえも思い出す。 (怖い――) 我知らず膝を抱きかかえる。 暮れの空に浮かぶは、あの日からすこしだけ姿を変えた月。 あれから数日。 ようやく街から開拓者もやってきたと大人たちは言っている。 「あなたの苦しみを、私は想像するしかないので、勝手な物言いになるが……できる事なら望みを捨てないで欲しい」 あのような女性たちのことを開拓者だと言うのだろうか。 勇気づけるようにそう言って、抱きしめてくれた女性のことを少年は思い出す。暖かい抱擁だと思った。 しかし、彼の求めていた暖かな腕は彼女ではなく―― 「わっ!?」 「えっ!?」 突然、目の前で揺れた布に、母の死の悲劇がフラッシュバックしてしまい、思わず叫び声をあげてしまった。そして、ふと我に返ると、いつのまにか見知らぬ人物がいた。 「お母さん?」 「えッ」 顔を布で隠した女は、はっとして声をあげた。 「あ、ごめんなさい!」 すぐに自分の勘違いに気がつき、子供は見知らぬ女性に頭をさげた。 だが、布一枚へだてられて見えぬ顔が横にふられる。 「ごめんなさい。私、目が見えないの……」 夕暮れの風が、その布を揺らす。 「……えッ?」 「だから触れる事でしか人の顔や物を見る事ができない。触れても、いいのなら……見てもいいのなら、見せて欲しい」 その頬をさわった細い指先と、鈴の鳴るような声。 あとで知ったのだが開拓者ギルドから派遣されたスノゥ=ルカーチ(ib8731)という女性であった。しかし、少年にとってそれはどうでもいい情報だった。 ただ、彼は、あの夜、アヤカシの襲撃によって亡くなった母親の面影を見つけたのだ。 「俺が案内するよ!?」 ● 「話に聞くのと、目にするのとでは……さすが別物ね」 戦慄が走る。 ジェーン・ドゥ(ib7955)は、ランタンを掲げながら大地に刻まれた疵痕をのぞき込んでいた。 アヤカシが放った一撃の跡だという。 かつては家であったものと道だった場所を横切って、深さ数メートルほどの地割れが、数十メートルほどつづいている。 騎士である彼女の語彙を借りるのならば、その傷は魔法の力を借りねば完治することはないレベルの大ケガであるということになる。 (……まずいことになりました) この威力から想定する敵の力量はジェーンと同じか、それ以上だ。それが三体となれば勝てたとしても、こちらも無傷というわけにはいかないだろう。 ギルドから医療品や食料などといった荷を運んできた仲間たちの横顔が脳裏に浮かんだ。 ほぼ同量の力量を持った数人はいい。なんとかなるし、なんとかするだけの経験と知恵はあろう。問題は――素質はあっても経験が圧倒的に不足している者たちだ。 「恐怖の体験を語らせるのは酷だと思うけど……、何が起きたのか聞いてもいいかしら?」 メイファ・アルテシア(ib9998)が救助した村人たちに質問をしている。 ところは、鉄の病院と呼ばれる避難所で、 「美乳な上に、くびれた腰。それに張りのある尻をしたべっぴんのエルフのねえちゃん」 が魔法で作った建物だと言う。 メイファの目の前にも包帯を体中に巻かれた者たちがいる。 だが、その姿こそは痛々しいが、顔にはみじんもそんなそぶりを見せない。それどころか、これくらいたいしたことではないと老人たちが笑っていた。かつては若かき日のジルベリア皇帝とともに戦場を駆け巡ったこともあるなどとうそぶく彼らは、確かに自尊にふさわしい子細で正確な情報をメイファに提供した。 「いいよ、いいよ」 重いケガを体に負ってなお陽気に笑っているし、家族や子供、孫を失い心にも傷を負っているのに、それでもなおかれらの精神は闊達であり不屈であった。 たとえ、それがうわべだけのものであろうとも、 (それは、覚悟あってのことなのですね) 自分もまた、覚悟はできているのだろうか。 メイファは自分に問うことしかできなかった。 ● リア・コーンウォール(ib2667)を誰かが、呼び止めた。 「ネロ(ib9957)殿、どうしたのです?」 にゃんとふざけた声で答えて、黒猫の仮面をつけたお調子者といった態度だ。 (困ってる人がいるみたいだし、助けにいかないとだね。ボクはあんまり強くないけど……役に立てるように頑張る) そう言って仲間になった仮面の同僚はだが、口ぶりほど仲間に溶け込んでいないようにも見えた。口にこそしないが、野良猫のように用心深く、野良猫のように誇り高い少年だとリアは思っている。 「どうしたのですか?」 「すこし力を貸しておくれよ」 「力を?」 クレア・エルスハイマー(ib6652)は、さきほど心から配そうな顔で、ネロがまだ戻ってこないかと振り返っては、また倒れた建物を眺めては、声をかけている。 「大丈夫ですの?」 うめき声が返答だ。 まだ生きている! ランタンを片手に倒れた家の中をのぞきこめば、石の壁に下半身を挟まれて苦しげな表情の男の姿が見える。じゃまな廃材を魔法で吹き飛ばすことは簡単だが、それでは倒れた建物の下にいるけが人間が無事ではすまない。 気を失わせないように話かけたり、手作りのお菓子を与えてみたりしながら助っ人の到着を待つ。 「ここですか!」 ネロがリアを連れてきた。 すぐさま状況を理解して、リアは手に持った槍を倒れた建屋の適当な箇所に突き立て、石を間にはさむとテコの原理で持ち上げる。 「うぉぉぉ!」 さすがの開拓者でも一人では顔をまっかにするような荒技だ。 すこし隙間ができた。 すぐさまネロが、その小さな体を利用して、入り込んで、ケガ人をひっぱりだしてきた。 リアが診察する。 ざっとみたところ、ふとももから下をやられている。 重傷以上だ! 包帯等医療器具を使用……いや、この苦しげな表情ではそれすらも対処療法だ。ならば、レ・リカルで救命措置を行う。 「我は癒す絶望の心傷!」 一命はとりとめた。 ほっとする――間もない。 その時、鳴子笛の音がしたのだ。 「えっ!?」 「来襲!」 「アヤカシだ!?」 練力の無駄遣いは望むところではないが、しかたない。 「我は築く天界の防壁!」 呪文を唱えるとなにもなかった場所に鉄の壁ができた。 「ここにいてください」 ● 「こっち!」 その気配を感じたとき、スノゥの手を引っ張って早くも少年は駆けだしていた。 ふりかえればぼんやりとした明るさの中に黒い影が見える。 (あれが――) 心の眼は、確かにアヤカシを捕らえた。 胸にかけた笛を鳴らす。 「夢を見るには、まだ早いんだけど」 そう、つぶやいてみせてリアは東の空に昇った月をバックに立つ、黒いマントを翻した三匹の悪夢が姿をにらんだ。 ちらりと確認。 スノゥは、ずっとつきっきりの少年といて、近くの建屋に隠れた。 「隊長!?」 隣でネロが叫んだ。 ジェーンが、あちらの方角からやってくるのが見えると、その手が散開するようにと指示を送ってくる。ばらばらな状態で敵と遭遇したのは気に入らないが、最初から、大地をえぐるほどの攻撃を全員で受けなくてもすむと考えれば、けして悪い状態でもない。 幸い……なにが幸いするかわかったものではないが、いまや半壊し、遮るもののなくなったフィールドは、戦うには絶好の空間となっている。 「一撃必殺!?」 危険を承知で前方に出てクレアは呪文を唱えると、 「我解き放つ絶望の息吹!」 ジルベリアの冬が、アヤカシの周囲で吹き荒れた。 「どうだ!?」 吹雪が去ると、そこには凍てつく刃に切り刻まれたアヤカシどもの姿があった。 だが敵もさるもの。 すぐに、かぼちゃの顔をしたアヤカシの体が白いかがやくと、その傷がみるみるうちに消えていく。 「え、うそー!?」 すこしクレアが抗議をしたげな表情をした。 「回復魔法ですか?」 アヤカシも、あんな魔法を使うんですねとネロの眼はまん丸だ。 「ほとんど無傷になったじゃない!?」 「噂にたがわずですね」 オーラドライブ! 心に念じジェーンは廃屋から廃屋へと姿を隠しながら、アヤカシに近づいていた。つぎには攻撃を加えることができる距離に入れたか? すこし時間が欲しい―― 「私がお相手します」 あえて道の真ん中に立ち、リアが敵の注意をひく。 好戦的なのか、その姿を確認すると白ヤギが鎌を振り上げて襲ってきた。 「やろうぜ!」 ちゃんちゃん、ばらばら。 槍と鎌が火花を散らしながら、一撃、二撃とぶつかりあう。 「やるじゃないか――!?」 烈火の槍使いはアヤカシの腕を素直に褒め称えた。ジェーンが恐れたように、リアほどの強者とも互角に戦えるだけの力量を持ったアヤカシたちなのだ。 黒ヤギとカボチャが、ぎろりとにらむとネロが、ぶるりと体をふるわせた。 「なにやってんのよ!?」 かぼちゃ頭に雷撃が命中する。 「悪いけど、貴様たち魔の好きにさせる気はないの」 怒ったような顔をしてメイファが登場だ。 村人たちや軽いけが人たちは村の反対側に避難させたてきたので、すこし遅参となったのである。しかも、彼女には心苦しいことがある。皇帝に仕えたこともある重傷人の戦士たちは本人たちの希望もあって、鉄の病院に残してきたのだ。 それは覚悟であった。 誰の? 誰だっていい! 「そんなこと、させない!」 ぎゅっとこぶしをにぎって、メイファはさらに黒ヤギにもサンダーをお見舞い。そして、腰に手をあてて、ふんとメイファはあごをしゃくってみせた。 「さあ、かかってきなさいよ! ここから先には絶対に行かせないから!?」 ● 鼓動がする。 スノゥの胸の中では、息づかいとともに心臓の音がしている。 少年をかかえるようにしながら、廃屋の中で息を潜めながら隠れ、そして待っているのだ。 要救護者の近くでの戦闘にならぬよう極力注意する事! 事前に心に決めていたのに、なんとも皮肉な話である。 幸いとはいっていいものか、すでに廃墟だらけの村では、キャンディを使わずともアヤカシを広い場所に誘導できたとも言えるかもしれない。 世の中、なにが幸いするかわからない。 「ええっと――」 「もうすこし右。そう、そこに手をやると窓の場所がわかりやすいよ」 外の状況を確認するために窓を探そうとすると、少年が小声で指示をくれる。 「右手、こぶし二個分の先!」 弓をかまえ、矢をつがえると心の眼がアヤカシを捉えた! (隊長?) 気配を感じた。 地面を蹴って、近づいてくる音を聞いた。 倒れた建物と、建物の間をかけて、ひとつの影がふいにアヤカシたちの前にあらわれた。 金の長い髪が揺れ、手には剣をふりあげる。 三匹が大地を切り刻むべく、一列にならぼうとしている。 あの一撃だ! 「やらせません!」 ジェーンが三体の間にむりやりわりこんだ。 そして、パンプキンヘッドに向かって無銘の刃をたたき込もうとすると、その攻撃を邪魔するように黒ヤギが動こうとした。 「させません!?」 それに対する人間たちの対策は、アヤカシにとっては意外な方向からの一矢であった。 スノゥの放った強射「朔月」が、月を背景に飛び、白ヤギをかばおうとした黒ヤギの片目に突きささった。 ふたつの悲鳴があがった。 まさにヤギの、だがヤギとだけは言い切れないまがしいまでの音をその口らしきものから発しながら、目から矢をひきぬくと、黒ヤギの眼球がころりと落ち、そこにはその体と同じ色の空虚な空間だけが残っていた。 「わたしが相手よね?」 さらに、もう一匹の白ヤギに向かっては、リアの渾身の一撃! ガードブレイクの大技が決まる。 これを好機とクレア、メイファの吹雪魔法と雷撃魔法の二重奏が決まり、さらにネロの放った矢がプレゼントに贈られた。 白ヤギが鳴き、黒ヤギがうめき、かぼちゃがなにか天に向かって叫んだ。 怒ったか!? 開拓者たちは、さらなる戦闘の激化にそなえてやはり散開しながら、それにそなえた。 しかし、それは威嚇であった。 距離ができたことを確認すると、アヤカシは霧になったかと思うと、まるで互いをかばいあうようにして逃げていった。 「あの森に――」 その消えた先には瘴気の森の影が不気味に存在していた。 ● 「その後のこと!」 仮面の猫が語る。 「亡くなった人のお墓を作ってね、バラバラだから何人いるか分からないけど、みんな集めて、穴を掘って、そこにみんなを埋めて、手を合わせたんだ」 「……おやすみ」 ってね。 空には、大きな月があった。 その日、村はひさしぶりの心から休まることのできる夜を得ることができたのであった。 |