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■オープニング本文 最近、そのあたりでは人さらいが多発するようになった。 右手に森がつづく川沿いの道を被害者が行くと、いつの間にか周囲を盗賊たちに囲まれ、あっという間に捕まり、寄せてあった仲間の小舟にさらった人間を押し込めると、盗賊たちはそばの森に、船はそのまま川下へと消えていくのだという。 それが犯人たちの典型的な手口であった。 「すると――」 隊長の指先は地図上の川をくだりやがて湖にいきつく。 「ここになる!」 ぽんぽんと、その地図の上を叩いて、隊長の顔は浮かない。 「どうしたのですか?」 帝都から派遣されてきた騎士は首をひねった。 「……? ああ、そうか君は最近、ここに赴任してきたばかりだったな。この湖には行っていないかね?」 「あ、いえまだ行って事はありませんね。地図から察するにだいぶ大きな湖だなと思いますが?」 「そう大きいのさ。いやになるくらいにでかい。しかも、西と北の方は湿原になっていたりする上に、この地図には載っていないが南と東には小島も多くてな、地元ではよろずの島々と呼んでいるほどだ」 「よろず?」 「万(よろず)だ。あまりにも無人の小島が多くて、湖の周囲に住んでいる漁師たちですら全部の島を知らないといわれるほどだ。しかもアヤカシが出るという噂もある」 「それはまた面倒ですね」 「盗賊なりが隠れるには絶好の場所だよ」 「大変なのは承知の上です。この件に関しては帝都の方でも事は少々、面倒なことになっているんです。そもそも、ひとの売買の噂もあるだけでなく――」 そう言ってから、その声は小さくなった。 「まだ、この件は内密なのですが、さらわれた中に湖近くの別荘に遊びに来ていた、とある貴族の子弟もいらっしゃるのです。その方の親が、ご丁寧にも陛下とその周辺に苦況を日夜訴え続けておられるんですよ」 「それはさぞや陛下はお困りだろうね」 それは、どこのおばさんだろうねと隊長はふと思った。 世の中には、皇帝の威光を時に無視しながらも、だからといって処罰するには大人げがないとされる貴族のご婦人がたもいるわけである。 「つまるところ、ヒステリーでかつ、口うるさい年齢をめされた某婦人でございますね。だからこそこの問題は現状、宮廷では、かなり微妙な問題となっているのです」 「つまり帝都は暇で平和だと!」 帝都の騎士の訴えに、実も蓋もない返事をしたところで田舎の隊長殿は表情をあらためた。 「なんにしろ、その貴族の子弟以外にもさらわれた人間がいる以上、事は急を要するな。どうも力のない女、子供――つまり志体持ちでないということだが――ばかり狙う人でなしの連中らしいからな」 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ
煌星 珊瑚(ib7518)
20歳・女・陰
戸隠 菫(ib9794)
19歳・女・武
マルガリータ・ナヴァラ(ib9900)
20歳・女・魔 |
■リプレイ本文 天儀にはまだ夏が居座っているというのに、ここジルベリアの地には、一足早く秋の気配がある。 とりわけ湖沼地帯に来れば、その空気には、涼やかというよりも、もはや寒さすらあって、目には映る木々の葉は赤に黄にとわずかながら染まり始め、まるで来る季節の心待ちにしながら、鏡の前で季節の服をあわせている少女たちのようにも見える。 山から吹き下ろしてくる風が湖の水面を秋の小風がなでると、波が揺れ、水草が揺れ、いかつい顔をした漁師の銀色の髪を揺らした。 その手は黒く、ごつい。 働き者の手だ。 「教えていただけないかしら?」 声がした。 女がいる。 なんともまぶしい女である。黄金の髪のせいもあるが、首都の貴婦人たちの間で流行しているという髪型をして、服も値札がついているのではないかと思えるほどきらきらとしている。さぞや金がかかっていることだろう。近くの別荘の貴族だろうか。 なにを面倒なという目を漁師はしたが、マルガリータ・ナヴァラ(ib9900)という女の指先をちらりと見ると、すこし目元をゆるめた。 「なんじゃい?」 「すこし教えて欲しいことがあるんですの」 すこしつんとした態度だ。 「このあたりは見ての通り鄙びた土地ですわ。あなたさまのような方がいらっしゃるような土地ではございませんよ」 「しかし、景勝地なのでしょ?」 「ああ、金持ち連中にとってはそうなんでしょうな。しかし、嬢ちゃん、悪いことはいわんからそんな綺麗な格好でこのあたりをうろつくのはよしんしゃい」 「なにか問題でもありまして?」 「そりゃあ問題ばかりじじゃよ! 貧乏人ばかりの土地で、そんな格好をしていりゃあ、ほらほら、私を誘って、いやちがうかな? 私は高いお値段で売ることがぜひぜひ誘拐してくださいと言っているようなものじゃぞ」 ほんの少し、エルフの青い瞳が輝いた。 当たりを引いたとも言いたげなまなざしで、そんなわずかな変化をしかし老いた漁師は逃しはしなかった。ただ、言葉はどこまでも真意とはかけ離れている。 「このあたりは物騒という話を伺った事があるのですが、何かあるんですか?」 別の声が横からしてきた。 旅人だ。 大きな麦わら帽子のようなもので隠れていて顔はわからないが、ジルベリアの人間でないことは、その装束やアクセントからすぐにわかる。 「ああ、そうだな」 地元の漁師は、もうすぐ秋が近いからなと言った。 「秋がですか?」 旅人が首をひねる。 むりもない。 漁師は小さく笑って、もうすぐ寒くなって魚がとれなくなるせいだと言った。そうなれば、このような寒村では食う手段がなくなる。そうなった時、 「人はどうしたもんかな?」 日に焼けた顔の下で、老いた漁師の目がぎらりと、往年の輝きを灯した。 「日々の糧を得るためになにかをするでしょうね」 「それが人さらいだとしたらどうですかな?」 女たちは声を失い、漁師は小さく笑うと、あなた方ならば大丈夫でしょうが、気をつけなさい開拓者の方々と言うと立ち上がり、網を持って、その場を去っていった。 ● あたりを注意深く見回し、市女笠は、街道沿いの宿に入った。 店主に目配りして、階段を上り、一番奥の部屋へ向かう。 扉を叩き、なにごとか呟くと、扉が開いた。 中からは、すこし顔色の悪い羅喉丸(ia0347)があらわれ、さっさと入れと手招きする。 「鍛えているから、これくらはがまんはできるが平時まで空腹なのは気分がいいもんではないぞ」 「なにを言っているのですか? 開拓者として依頼を受ける。その時には、すでに非常時になっているんですよ――はい、おみやげです」 装備や髪を隠していた市女笠や外套を脱ぐと、長い髪を左右にふってライ・ネック(ib5781)は準備した隠れ家に戻ってきた。 ライから地元の魚料理を挟んだパンを受け取って、羅喉丸は女性陣が出払っているあいだに作っていた地図の完成を目指す。 地図上の道に×印を机加えていく。 「このあたりでもあったそうです」 「俺の得た情報だと、ここでも事件があったそうだ」 いくつもの点と点。 線でつなぐように円を描くと、湖上に幾つもの円が姿を顕し、その円と円の端々が重なる領域があった。 「座礁島だったかな?」 「あの隊長さんが言っていた、小島が集まっている場所ですね。地元の漁師さんたちの話をまとめると、岩礁地帯で地元の人間でもないと船を座礁させることが多いそうです」 そんな時、うれしそうな声が廊下から聞こえてきた。 「漁師さんに船を借りることができました!」 「こうなると、ありがたいが、すこし考えないといけないかな?」 ● 別荘の調査を終えて外へ出ると、木の幹から下りてきた栗鼠が、その肩にのって首にまとわりついてきて、もふもふとした尻尾が首のあたりにまとわりつかせてくる。すこしくすぐったそうな顔をすると、 「ここは外れね」 煌星 珊瑚(ib7518)は栗鼠を紙に戻した。 他に放った式神はどうだろうか。 その視線が自分のものとなる。 「あら!?」 すこし驚いた。 突然、視界いっぱいに白い鳥たちの姿が目に飛び込んできたのだ。右に左に式とともに飛ぶのは、地元の漁師たちが渡り鳥と呼んでいる鳥たちだ。 その群れから離れると、きらきらと水面がかがやいている。 目に映るは青い水と緑の森。 湖沿いを通る道は綺麗に整理され、その道中に点々と、家が数軒、身を寄せ合ったような小さな集落や別荘が見える。 風光明媚ではあるが、概して寂しい場所だ。 (やっぱり、人さらいには格好な場所ね。あそこなんて絶好のポイントかしら?) そのまま彼女の式は風に乗って、空高く舞い上がる。 地図上では怪しいとされた小島群が見えてくる。 そして予想は違わず、幾艘かの小舟が島から出入りしていた。 外れた予想もある。 幾つかの小島の分散している可能性は仲間から指摘する声があったが、中には引っ越しをするように道具類を載せて、島から島へと渡っているものもあるのだ。どうやら定期的にねぐらとする島を変えているのかもしれない。 なんにしろ強襲するポイントは決定した。 「――見つけたよ」 ● はずんだ声がする。 「ねえ、この格好で十分にジルベリアの普通の人に見えるよね?」 まわりの女たちに尋ねる娘の容貌は、金色の髪に碧い瞳。 「ええ、もちろん!?」 流行の服飾のチェックは万全、準備した服は万端、ついでに懐はプライスレス。いろいろと経費はかかったが、どうせ費用は依頼人持ち。 ジルベリアの貴族の娘――ギルドで確認したところ、これが今年の流行だそうだ――の格好をして、マルガリータのお目にもかかった、けっこうなお値段の借り衣装代は、請求書の明細に目を白黒させる隊長殿の顔が思い浮かぶが、それはまた別の話。 その典型的とも言えるジルベリア人の風貌をしながらも、名は戸隠 菫(ib9794)という。その生い立ちのせいだが、彼女がジルベリアの地にやってきたのは今回が初めてだという。 「目立つなって言われたものね!」 だったら、これだけ派手にしてみれば釣りやすくなるというわけだ。 テーブルでは仲間たちが、海賊を釣るための準備をつづけている。 「あたしの読みだと、このあたりだね」 式神を通して実際に見た風景を頭に思い浮かべながら、自分がひとさらいであったのならば、どこで襲撃をするかを考えながら、煌星は地図上を指さした。 「なるほど、そこならば島々からも適当な距離もあるし、一時的に隠れたりする場所も近くにある。なによりも村と村から距離のある、人通りのない道だ。襲撃するには絶好の場所だな」 ● 馬車が行く。 夕暮れが近づく。 あかね色に染まる湖を戸隠は馬車の中から眺めていた。 彼女にとってはルーツとも呼ぶべき土地である。しかし、これまで生きていた育ちの故郷とは別大陸ということもあって似ていながらも、どこか違う。 ささいな違いだからこそ、よけいに気になる。 故郷とは異郷にあり思うもの。 しかし、異郷が故郷であり故郷が異郷である時、どこを夢見ればいいのだろうか。 (あら?) 小舟が港もないのに着岸しようとしていた。 その時、がたりという音がして、馬がいななく声がした。 (きた――!?) 戸隠は緊張をときほぐすように、大きく息をひとつした。 突然、馬車が止まったかと思うと、覆面をした数人が荒々しく、だが慣れた手で馬車の扉を開け、戸隠の腕を捕るとむりやり馬車の外へ連れ出すと、剣を見せつけながら、おとなしくするようにとなまりの強いジルベリアの言葉で命じた。 その数、十人余。 ただの女性ならば抵抗など無意味な人数であった。 だが彼女は開拓者である。 ただの人間には相手もかなわぬアヤカシと、対等以上に戦える志体持ち。それが開拓者であり、その志体を持った人間に、持たぬ人間がいどむなど、たとえこれだけの頭数をそろえたところで無意味の類義語であったろう。 (あまり手入れをしてない剣ね。なまくらじゃない!) 心では、そんなことを考える余裕はあったが、すでに馬車は御者が道に倒れている――気を失っているだけのようだが―― (手練れすぎるな) 心には、そう思いながら、 「きゃあ!?」 かわいらしい悲鳴をあげてみせる。 彼女とて、もちろん経験ある開拓者であれば、軽くいなせることができるだろうが、おとりはおとりらしく、しばらくは囚われの姫君を演じてみせるのもいいだろう。 どうせめったにできぬ体験だ。 楽しまねば損というものである。 そばに待機していた小舟に押し込められしまった。 心配そうな顔をしてみせながら空を見上げれば仲間の式が化けた鳥がいる。 しばらくたつ。 あたりはすでに暗くなってきて、空には星がひとつ、ふたつと見えてきた。 風と波と櫂をこぐ音だけが響くさみしい夕べだ。 突然、こんどは小舟が衝撃を受けた。 葦の中からあらわれた小舟がぶつかってきたのだ。 「ん、なんだ?」 いぶしがる海賊に、いままでおとなしくしていたが戸隠が殴りかかり、体勢を失ったその男の背中を、小舟に乗り込んできた煌星が足蹴りにしていた。 「あ、ごめんな」 ほんとうに一瞬のことで、なにが起きたわからぬまま、無意識の内に水面から顔を出した、海賊の目の前には、にっこりと笑う開拓者たちの姿があった。 「さあ、お話しをしようか?」 笑顔とは裏腹に、それは、世にもうつくしい残酷なお話し合いであったのは言うまでもない。 ● 空に月が傾き、小舟が音もなく岸に着岸する。 「山――」 「……川」 ふえる声で男は合言葉を口にすると、応じるように木々の間にかがり火が灯って仲間が顔を出した。 「どうした?」 「ああ、ちょっとドジって水に落ちたんだ。おかげで寒くて、寒くてな」 「しかたねーな。最近は涼しくなったからな。さっさとあがってこい。火にあたれ。酒もあるぞ」 「お、おう」 こうばった笑い顔をしながら仲間に、気がついてくれと心の中で叫ぶ。だが、それは届かぬ声である。 「お、美人じゃねぇか!」 かがり火をあげて、おびえた顔をしてみせる女に仲間が心を奪われる。 この女の本性を知っている身からすれば、美人局以外の何者でもない。 災厄はこれだけではないのだ。 あ―― 水の音がした。 「えッ?」 仲間が、背後の気配を感じたときには遅かった。 アヤカシのごとき技で隠れた敵に仲間がはがいじめにされ、そのまま口を押さえられ声を出せなくなったと、男の腹に一撃が打ち込まれた。 仲間が気を失った。 水面には歩いた跡である波紋だけが、点々と残っているだけだった。 天儀のシノビの仕業だ!? 「さて、あなたも――」 それは美しい顔をした女のささやく、死の宣告にも等しかった。 ● 「遅いな、どうしたんだ?」 「肉がこげちまうぞ」 戻ってきた仲間を迎えにいったきり帰ってこない。 「ほっておけ、どうせまたさらってきた女の品評会でもやってんだろ」 「ちげぇねぇ」 仲間たちは酒をかわしながら、今年の収穫――つまりひとさらいだ――の豊作であったことを心から喜んでいた。 「これで、今年の冬はかぁちゃんをひもじいめにあわせなくてすむぞ」 小屋にさらわれた娘たちがいる。 もっとも、捕まったといっても手荒くすることはない。むしろ大切なお客様という扱いである。そもそも、かれらの先々代の頭がみずからが、 「商品に手をだすんじゃねぇ!?」 と口酸っぱく言っていたからである。 自分の商品の価値をわざわざ落とすような商売人はいないのである。 そして、商品の価値を落とさないようにしているからこそ、かれらの商品は長年の間、高値で売買され、貧しい村々の冬の重要な収入源となっているのだった。 「お、おい!」 「な、なんだよ」 どこかで音がした。 「雷?」 「渡り鳥がいる、この季節にか? 雨もふってないのに!」 「でもよ、お前も聞いたろ、ほら……」 「おい、あっちの島には、こんど結婚するスミスたちがいるんだろ。ひょっとしてアヤカシじゃあ……」 湖に出るのだという。 「おい、怖いことを言うなよ」 「なにが怖いんだ?」 突然、聞き慣れる声がした。 そこには見知らぬ男の姿があった。 目を爛々とかがやかせていて、いきり立った仲間が、何事でもないようにひとひねりされる。 「ひぃ」 「な、なにもんだ」 「お前らに名乗るような名はない!」 月光をバックに男が叫んだ。 そして、つぎつぎとつっかっていく海賊たちをひねっては突き飛ばし、突き飛ばしては払いのけ、それでも手が暇だといわんばかりに、拳を鳴らしながら近づいてくる。そして、その背後を見れば、巨大な蛇が赤い舌をちらちらとのぞかせながら付き従っている。 自然、悪人たちの足は後ずさり。 あるい股間をぬらしながら、へなへなと腰を抜かすもの者もいる。 「ば、ば、ばけもだのだぁぁっぁぁ!!」 誰かが叫んだ。 その時、ばさばさという音がして湖で羽を休めていた鳥たちが、一斉に羽音をたてて飛び上がった。一羽が飛び立てば、二羽、三羽――その数は、幾十、幾百の鳥の群となり、夜には希な大音響となる。 異常な事態に動転した海賊たちとって、それは致命傷となった。 「アヤカシに、囲まれているぅぅぅぅ」 悲鳴があがると、それが合図となった。 緊張の糸が切れ、どっと崩れ、あとは四散、霧散。 もはや後に残ったのは、月を影に飛ぶ鳥たちと、秋の風の音のみであった。 ● ギルドからの報告。 いくつかの小島に別々に捕らえられていた被害者は全員、無事に保護しました。海賊たちもある程度の数は捕縛し、依頼人の騎士に渡したとのよし。 戦闘は起こらなかった模様。ただし、開拓者の姿を見ただけで逃げ出していった海賊たちの理由は不明だそうです。 後日、依頼人が経費交渉の為、ギルドに再訪するとの申し出があり。特記事項として記す。 |