【翠砂】砂上の決戦
マスター名:まれのぞみ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/11 01:46



■オープニング本文

 水しぶきをあげ、オアシスに子供たちの声が響いている。
 雲ひとつない空は、目を疑うほどに青く、照りつける日差しは強烈で、吹き抜ける風すら生ぬるく感じるほどだ。こんな温度の下では、なにかするという気すらなくなってしまう。砂漠や南国と言う者がいるが、そうではない。かれらはやらないのではなく、できないのだ。
 そんな状態なのに、大きな声をあげて幼い者たちは遊んでいる。まるで体力の塊のようなそんな子供たちを横目に、大人たちは木陰に横たわって談笑し、あるいはうたた寝をしている。
 まったくもって平穏な景色であった。
 同じアル=カマルの別の場所では血なまぐさいが戦いがようやく一区切りついたばかりなのに、そんな事実さえ忘れさせてしまうような、そんな日常の風気であった。
 だが、ここが、そのアル=カマルの同じ空の下であることを忘れてはいけない。
 水を掛けあっていた、ひとりの子供の動きが止まった。
 不思議そうに他の子供たちも、少年の見る空を見上げる。
 遠雷の音がする。
 妙に甲高い奇妙な音もする。
 雲が来る。
 冷たい風が吹き、雨が降る。
 嵐が来る。
 巨大な積乱雲とともに巨大な髑髏がやってきた。
 まさに雲の中に、人間の頭の形をしたドクロがあるのだ。ジルベリアを知る者がいたのならば、それが城の形をした王冠をかぶったしゃれこうべであることに気がついたかもしれない。
 そして、その永遠の閉じられることのない口の門から、黒々とした雲のようなものが出てきた。それは母蜘蛛から放たれた子供の蜘蛛のような、小さなアヤカシであった。
 その頃には、大人たちも尋常でないことに気がつき、子供たちを泉から連れだし、あるいは、そんことすら忘れて、いちもくさんで逃げ出す者もいる。
 そして、破滅が訪れた。
 空から落ちてきた爆弾が炸裂、爆発。
 オアシスのあちらこちらで炎が燃え上がり、内部がずたずたにされると、そこへ空から舞い降りたあまたのアヤカシどもが襲撃を仕掛ける。もとより守る者などほとんどないオアシスに、多数のアヤカシが不意を突いて攻め込んできたのだ。勝ちなど、いやもはや戦いすらなかった。
 そこには、ただの虐殺だけがあった。
 ばらばらになって逆らう者はもちろん、逃げ出す者も背中から切り刻まれ、たとえオアシスから逃げ出すことができた者がいたとしても、そこには広大な砂漠が広がっているだけであった。
 かくしてオアシスは赤い血に染まり、首が、腕が、足が、ばらばらになってあたりに散乱した、この世の地獄にと一変し、その日、オアシスがまたひとつ滅んだのであった。

 ●

 一夜、友が酒瓶を携えてやってきた。
 幕の内へ呼び寄せ、あぐらをかきながら砂漠の部族長たちは杯をあげる。
 その昔、学舎で机を並べ、ともに学んだ仲である。
 気持ちのいい酒を呑みたいのだ。
 こんな晩には、戦いの喧噪も今宵ばかりは遠慮をしたい。
 だが、そんな気分であっても、やがて話は、かれらがいま直面している問題へと――つまり、つまらぬ話に――なった。かれらにとっての急務は最前線の戦いではない。
 最近、頻発するアヤカシのオアシスへの襲撃であった。
「我々が瘴気の森を破壊しようとするように、アヤカシもまたオアシスを破壊しようとする……」
 これが天儀の民であったのならば、そこに運命的なものを感じ、心惑わす者もいたかもしれない。
 だが、勇猛果敢で知られる砂漠の民である。
「だから、どうした? やられる前にやらぬば、俺たちがやられるだけだ。他の大陸の者たちとちがって、あれはわかりあえぬ連中だ!」
 乱暴な物言いだが、本質は突いている。
 アヤカシとひとは互いに相容れぬ存在である。
 互いの領域を守り共存することすら許されぬ相手であり、もしそれが許される時が来るとしたら、それはアヤカシか人間の存在が歴史になった時、つまりどちらかの存在の消滅した時でしかない。
「面倒なことだですね」
「どうやって戦う?」
 相方は肩をすくめ、これはもはや我らの手におえる戦いではないですよとつぶやくと、小さな声で彼の所見を述べた。
「開拓者ギルドに頭を下げて、空で戦える者を集めるより他にはないでしょう。どうせ、つぎに狙われるであろうオアシスはおおよその見当はついていますから――」


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
鷲尾天斗(ia0371
25歳・男・砂
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
バロン(ia6062
45歳・男・弓
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
罔象(ib5429
15歳・女・砲
エラト(ib5623
17歳・女・吟
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
ソレイユ・クラルテ(ib6793
18歳・女・巫
エルレーン(ib7455
18歳・女・志


■リプレイ本文

「トゥール……よろしくね」
 目を見て、掌で相棒の体を触れ、意志の疎通を確かめて――ソレイユ・クラルテ(ib6793)は、そっとつぶやいた。爬虫類の目にも似た龍のまなざしは、鋭く、しかし、飼い主である彼女にだけには、その瞳が微笑していることがわかった。
「暑い、暑い!?」
 集合地点となったオアシスに仲間たちが三々五々、集まってくる。
 市女笠と外套を纏い陽射し、砂嵐対策。ついでにギルドで女性だけよとウィンクされてて無料でくばられたアル=カマル特性の日焼け止め塗って、罔象(ib5429)が仲間達に随伴してたどり着いた。
「たどりつきましたね」
 はいと、同じ市女笠姿のエラト(ib5623)が水の入った袋を罔象に手渡す。彼女の顔が、すこし熱で赤くなっていることに気がついたのだ。
(しかたないですね……)
 異国生まれの吟遊詩人も、供に旅をしてきた鷲獅鳥の奏にもご苦労さまと水をやった。
 それから――
「状況はどうかしら?」
 吟遊詩人が砂漠の巫女に尋ねた。
 ソレイユは、ふと昨晩、この泉を去った者達の顔を思い出した。
 その若い家族は、ここから離れたオアシスから来たのだと言った。部族の多くを、アヤカシの群れに殺されながらも奇跡的に助かったのだと、言葉少なに語り、このオアシスもじきにアヤカシの嵐が来襲するだろうと言った。そして、夜のうちに、さらに遠くにあるオアシスへ逃げるのだといって去っていった。
 そんな話や、その他にも、ここに来るまでの間に砂漠の各地にいる遊牧民たちから集めた情報を簡潔に仲間に伝える。
「そうですか――」
 それらの情報を総合すれば、おのずからわかることはひとつ。
 状況は差し迫っている。
 龍や鷲獅鳥たちの様子がおかしい。
 空を見上げて、うなり声をあげている。
 なにか勘づいたのだろうか。
 紺碧の大空に、巨大な積乱雲が見えてきた。
 雷雨が、争乱の嵐が、このオアシスにやってくる。
「大丈夫よ」
 炎龍の頬をなでながら、子守歌のようにささやく言葉は、安心させているのか、自分を奮い立たせているのか、あるいはその両方なのか。
 情報のとうり、遠雷が聞こえてきた。
 砂漠に湿った風が吹いた。
 雨の匂いがする。
「雲から出るアヤカシはオアシス到達前に空で片づけます。雲の中のアヤカシ本体への攻撃をお願いします」
 仲間達が、最後の打ち合わせをしている。
 頬に雨粒があたった。
「さあ、行こう――」

 ――いざ、戦地へ。

 ●

 叩きつけるような雨がきた。
 雷鳴が轟き、滝のような降雨で視界も狭い。
 突風にまかれそうになりながらも大空を行けば、雷光のたびに雲間に不気味なアヤカシどもの腹や背中がかいま見える。
 龍や鷲獅鳥たちが威嚇するような甲高い叫び声をあげると、有象無象の化け物は弦で鳴らしたような低いうめき声をあげる。
 互いに牽制しあうことしばし、殺意に満ちた赤き双眸が開拓者たちの眼前にあらわれた。
「ミストラル、まいるぞ!」
 白い髪と髭をふりみだし、バロン(ia6062)がアームクロスボウから矢を放つと、それを合図にして、アヤカシと開拓者たちの戦いが開始された。
 小さなアヤカシが群れとなって襲いかかってきた。
 全身を雨に濡らしながら、アルバルク(ib6635)は相棒のサザーにブレスでの攻撃補助をさせ、みずからはシャムシールで近づいてくるアヤカシを右に左にと、斬って、斬って、斬りまくる。
「蝉丸。」
 女の声がする。
 上空から勢いをつけて竜が、アヤカシたちの群れの土手っ腹に襲いかかり、敵を混乱させると、こんど漁師が魚を設置網に誘い込むように敵を誘導し、ひとかたまりにする。あとは味方を巻き込まぬようにと注意しながら、火炎獣を吹くと、あまたのアヤカシが燃えながら落下していった。
 開拓者たちの猛攻だ。
 みずからも、風雨にみずからの血を汗を流しながら攻め入る開拓者たちは、やがて、雲間にそれを見つけた。
「うわァい、デカいねェ〜♪」
 相棒の火之迦具土に跨り、感心のあまり鷲尾天斗(ia0371)は口笛を吹いた。
 雲の峰の最深部、あたかも黒と白の山脈の奥底にドクロの姿をしたアヤカシがいた。
 いや、情報には聞いていた以上の巨大さだ。
 まるで髑髏城とも飛行城とも見える。
「いやぁ……どう料理したもんかねえ?」
「焼肉にするってわけにはいかなじゃねぇか?」
 アルバルクがにやにやと笑った。
「そりゃあ骨は肉にできないな」
 軽口を叩く男たちを横目に、鈴木 透子(ia5664)は必死に目と頭を働かせる。まだ激しい雷雨での中で目を細めながら、遠目にそれを観察する。
(どういう仕組み? それに何で王冠?)
 興味もある。
(乗り物なのでしょうか? それともアヤカシ? 口から小さなアヤカシを吐き出していたみたいですが、鼻や耳や目などはどうなのでしょうか?)
「アレだったら目ェ瞑ってでも当てられるなァ。デカけりゃ怖がるとでも思ったかのか?阿呆ゥが」
 仲間と足並みを揃えると火之迦具土は炎龍突撃で空中に居る小アヤカシに突撃、主人の鷲尾は曲騎とファクタ・カトラスで蹴散らす。
 鈴木は襲いかかってくるアヤカシと交戦しながら、なおも見つめつづけた。
(人魂を目や口などから入れて中を探ってみます入れそうでしょうか? ――見つけた!)
 ついに入り口を発見。
「中から壊したほうが良いかもしれません!」
 ロングボウで小型のアヤカシたちを射落としながら、王冠をしたアヤカシのしゃれこうべをどのように破壊しようかと考えていた羅喉丸(ia0347)の耳にも、その言葉が届いた。
(そうか――)
 敵の数も減っている。
「ならば、やってみるか! 戦線に穴を開けられそうか?」
「ハァ? 他愛ねェ。鎧袖一触ってヤツですかァ! 悪いが突破させてもらうぜ!」
 そして、なにごとか異国の叫び声をあげ、剣をふりあげながら
「これが、ハイってやつよ!?」
 すっかりテンションがあがって突撃するが、それが仇となった。
 背後の雲間から、アヤカシが突然、あらわれたのだ。
「あぶない!?」
 すさまじい吹雪が襲い、アヤカシを一掃したかと思うと、火之迦具土にまたがった鷲尾の姿はまっしろ。ジークリンデ(ib0258)の放った魔法の一撃だ。
「興奮しすぎよ、すこしは頭を冷やしなさい!」
 鷲獅鳥クロムの背にまたがった美しき魔女が、雪にも負けない冷たい視線を熱い男に向けた。
「ハートはウォームに、ヘッドはクールに……だな。でもよ、いまので体が冷えちまったぜ! 体を温めてくれないかい?」
「たがいに生き残ったら考えはしましょう」
 あきれたように戦場でもくどかれるほどの美貌の女はため息をついて、口約束にもなっていない口約束をした。
「さあ、道は開けたぜ!?」
「協力、感謝する!」
 羅喉丸が叫び、騎乗した頑鉄の綱に力を込めると、
「いくぞ、頑鉄!?」
 応えるように叫ぶと、龍はアヤカシの城へ向かった。

 ●

 鈴木は蝉丸から降り、周囲に気を配りながらフードをとると、足下には小さな水たまりができた。ふと、気がついて振り返ると、そこまでつづく濡れた足跡は彼女と、その連れのものしかない。つまり、ここから飛び立っていったアヤカシは、一体たりとも戻ってはきていないことを意味していた。
「幽霊の類でなければの話だがな」
 羅喉丸がやってきた。
 近づいてみれば、巨大な城のようなもので、正直、ここまで大きいとは意外であった。
「どうしようかしら?」
 ジークリンデの龍も入り口のあたりで飛翔しているが、
「……とりあえず外で待っていてくれ」
 そう言って、去って貰った。
「どうして?」
「勘だな」
「分散しましたね」
「しかたない――手勢が少ないのは仕様だ」
 あまたの赤い輝きが、その奥の暗闇で光った。
「敵の数が多いのもですね」
「そして、そんなことも気にしないやつもいるさ」
 ふたりの背後から、ハイテンションな叫び声をあげて鷲尾が突っ込んできた。

 ●

「どうしました?」
 ジークリンデが仲間たちの元へ戻るとバロンが、ふむと髭に手をあてながら、なにごと気がついたように騎乗で考え込んでいた。
 敵の動きが奇妙なのだという。
 さきほどの戦闘で多大な被害を受けたアヤカシたちは深い雲間を利用して、背後に後退。その後は、いやがらせ程度の少数を派遣してくるが、一撃で倒せる程度の敵である。
 時間を稼ぎをながら、本隊自体は兵力の再編でもしているのだろうか。
「なにかわかったのかしら?」
「そうかもしれんし、そうでないかもしれん」
「なんだよ、それ?」
「現状、消息不明のアヤカシたちの居場所でもわかったのかしら?」
 白銀の魔女の問いに、白銀の戦術研究家は謎かけをするような言葉遣いで応える。
「どうしたのかもしれんし、どうしなかったのかもしれん」
「なにを言ってるやら?」
 魔女は首を横にふった。
 そして、気分転換。
「ああ……びしょ濡れね」
 水もしたたる美人とはよく言ったもので、両手で濡れた髪をかき上げる仕草は、なんとも艶めかしい。
「あのアヤカシのお城みたいな中にいた方がよかったかしら? 地面もまるで濡れていなかったし――」
「なんと言いおった!?」
「濡れちゃうって……」
「そうではない、あのデカ物の中がじゃ!」
「まるで濡れていなかった、って。それが、どうしたの?」
「それがヘンなのじゃよ!?」

 ●

 水面に雨の跡。
 点、点、点、円、円、円――
 落ちる雨粒、ひろがる水の輪。
 ひろがって、ひろがって、やがて泉にへと消えていく。
 はかなく、はかなく、それは、あたりに響き渡る美しい言葉も似た、夢の後先。祈りの言葉。精霊への賛美の響き。。
 即興のリュートの調べが、それに重なり、雨に煙るオアシスに響き渡る。
 捧げる言葉は、どの宗派のものかわからないし、あるいは、彼女だけが知るものなのかもしれない。それに、不思議なことにその祈りの言葉は、あたかも呪術にも聞こえ、罔象の放つ一撃、一撃は確実にアヤカシを仕留めている。
「みごとなものですね」
 最初より手薄となる場所にまわる心づもりであった吟遊詩人は、砲術士の孤軍奮闘を心の底から褒め称えた。
 まったく尽きぬほどのアヤカシの群れである。
 エラトとて歴戦の強者でこそあれ、これほどの数のアヤカシを相手に、これほど少数の味方だけで戦線をささえなくてはならなくなったことなど、これまでほとんど記憶にない。
 あるいは忘れたくて、忘れているだけかもしれないが、そんなことはいま思い出す必要もない。
「しまった!」
 砲術の弾とて百発百中ではないし、なによりも前後左右から襲ってくる複数の敵を同時に落とすほど器用な武器ではない。
 砲撃の隙をついて、彼女たちに突然、巨大化したアヤカシの拳が振り落ちようとしたとき、ふたりの背後から影が飛び出したかと思うと、そのアヤカシを爪で引き裂いて、雄叫び声をあげた。
 相方のパートナーの瓢だ。
「ありがとう!」
 思わず首を抱きしめてあげて、主人は感謝をあらわしてた。
(そうでしたね――)
 エラトの背後では奏がアヤカシの首を、その顎の力で噛み砕いていた。
(いて当たり前だったから忘れかけていました)
 戦っているのは、なにも彼女たちだけではない、朋友のかれらもいるではないか。それに、天の底が割れたような雨空、この空の上では開拓者の仲間たちもまた血を流し奮戦をしている。
(あら?)
 その姿をエラトの紫色の目が捉えた。
「覚悟しなさい」
 その場にいる友たちに告げる。
「少々……いいえ、たくさんのお客さんがいらっしゃったようよ」
 雲間に見えた、あまたのアヤカシがいままさに、彼女たちの陣取るオアシスに攻めかかってこようとしていた。
 うなり声をあげる鷲獅子の背を優しくさすりながら、エラトたちは、その時をいまは待つしかなかった。

 ●

「本当に、数は力でございますな――芸がなくて、まことに申し訳ございませんが」
 椅子に腰掛けながらつぶやいたアヤカシは、立ち上がって振り返ると、
「さて、どのようにお考えでございますかな? お客さまがた」
 部屋に入ってきた開拓者たちにおじぎをした。
 そこは、あのドクロの奥である。
「オアシスに対する無差別の攻撃といい、戦略的には正しいな。だが、力なき者を一方的に蹂躙するなど許すわけにはいかない」
「ええ人間から見たら、まるで正義などございませんよ。そして、我らには我らの――まあ、立場の違いをお察しくださいませ、我らは互いに決して釣り合うことのない天秤の対の皿に載った存在なのですからな」
 ぴんと伸びた髭に指をやりながら、人間の姿をしたアヤカシが来訪者たちに問うた。
 天儀、いやアル=カマルにおいていすら異様な姿である。
 いや、体の作りこそは人間のそれだが着ているものが見慣れぬのだ。強いているのならばジルベリアの礼服が似ているだろうか。黒づくめの服の肩や胸には銀や金の刺繍が施され、胸には赤い布で飾られた黄金のメダルが何枚も吊されている。
「お前が、ここのボスか?」
「そう言ったらいかがなさいますか?」
「斬る!」
「正確には違うのですが……まあ、よろしい。このアヤカシ要塞を預かっている身である以上、私がこの場のキングでありますから、その願いをお聞きしましょう!」
「それならば、あなたをここで倒せば、この戦いとも言えぬ殺戮を止めることができるのですか?」
「そう……なりますな。あれらはしょせん、狼……いやいや老いた犬に率いられた羊の群れですからな。ああ、ひとつ、いいことを教えましょうか? わたしは……まあ、アヤカシとしても虚弱な体質でしてな。あなたがたのような強そうな方の攻撃など、一撃でくらえば、そのまま、地に消え去るか、天に召されるかしかないのでございますな」
「は、はぁ……」
 こんなアヤカシもたまにはいる。どこまで惚けているのか、本気なのかわからないことを言うのだ。そして、もちろんそんな言葉にどれほどの真実があるかなど考えることすら無意味だ。
「今こそ修練の成果を見せる時」
 真偽は、この拳が決める。
「この一瞬に我が全てを」
 つぎの行動など、互いになかった。
 それは、刹那。
 アヤカシの腹を羅喉丸の拳がつらぬいていた。
「では、おさらばでございます!?」
 にやりと笑いながらアヤカシは塵となって消えていくと、その後には羅喉丸の手の中に、人の形をした紙が一枚あっただけであった。
「あれは分身かなにかだったのでしょうか?」
「さあな?」
 紙はなにかの書物の一節である。
「代わり身だったのかしら?」
「あるいは本物ではあったとしても、その分体に過ぎなかったか――ふふ」
「どうしたのですか?」
 羅喉丸の手にあった紙切れを渡され、鈴木も一読して小さく笑った。
 それは開拓者としての技術を学んでいた時代に、手習いでそらで読めるまでに教え込まれた、軍略の一節であったのだ。
「まるで口うるさい教師みたいだったわけですね」
 その時、アヤカシの要塞がぐらぐらと揺れたかと思うと、ゆっくりと落下をはじめた。
「鷲尾殿が、ここの心臓部をやったか!?」
「こっちです」
 ここに来るまでの道筋を完璧に頭にいれていた鈴木が羅喉丸の手を引くと、ふたりは落下するアヤカシの城から脱出をした、

 ●

 雨が降り続く。
 赤く、赤く、赤く、泉もまた鮮血に染まっている。
 メガネも血で濡れ、罔象は茫然自失となりかけながらも、魔槍砲にしがみついて立っている。
 もはや力も付き掛け、足が震えている。
 彼女の目の前にいる駿龍もケガを負い、体中から血を流しながら、それでも不屈の意志で立ちはだかっている。
 あたかも姫を守護するる騎士のようにアヤカシと戦っているのだ。
 だが多勢に無勢。
 すでに勝敗は決しているのかもしれない。
 他にいたはずの仲間との連絡も、もはやついていない。
 まだかすかにオアシスのどこかでリュートの音がするから、その開拓者もまだ生きてはいるのだろうが、それもあとどれほど保つのだろうか。
 遠くなりかけた意識が、目の前の様子をまるで他人事のように映しだしている。
 あるいは死んでゆくという、人生でたった一度の瞬間を自分は心のどこかで楽しんでいるのだろうか。わかりはしない。混濁とした意識は、ただあるがままを受け入れているだけであった。
 その時、オアシスの外で轟音がした。
 地面が揺れるほどの衝撃は、まるで、なにか巨大な物体が落ちたかのようで、もはや立っていることが精一杯であった罔象は転がってしまった。
 万事休す。
 だが、アヤカシたちの様子が、ひとめでわかるほど動揺をはじめたかと思うと、かれらではない別の誰かが鬨の声をあげた。
「えッ……?」
 羽を拡げて、降りてくる精霊の姿を罔象の網膜が捉えた。。
 ああ――
(迎えに来たんだ……)
 力もなく、だが無意識の内に罔象は空に向かって手を伸ばした。
「だいじょうぶ?! ……今、てつだうからッ!」
 誰かが、その手を取った。
 精霊――ちがう、人間の声が!
「……やっぱり向こうも、弱い者をねらってくる! そうはさせるもんか……たたきおとしてやるッ、アヤカシッ!」
 力を込めて罔象を引き上げると、その胸に彼女を抱き、エルレーン(ib7455)が駆る。ラルがその翼を羽ばたかせながら、咆哮ととも灼熱の炎を吐いてあたりの黒いアヤカシを焼き焦がす。
「このオアシスは……護ってみせるッ!」
 さらに、その炎に別の炎が加わり、さらにアヤカシどもが炎上した。
「大丈夫ですか!?」
 トゥールの炎が眼前のアヤカシを焼き尽くしたのだ。
「おう、さっさと終わらせて楽しく一杯引っ掛けようじゃねえの」
「アルバルクさん!」
 仲間たちが集まる。
「いくぜ! 戦陣、砂狼!?」
「ほぉ、砂狼か。たしか砂漠を駆ける群狼をヒントに作られた戦術だったかな?」


 ●

「どこへ行かれるんですか?」
「他のオアシスへ」
 この戦いでアヤカシに襲われてしまった他のオアシスをまわり、犠牲になった遺体の供養をするのだという。そんな応えに、エラトは西瓜を手渡すことで応えた。
「……はい!」
「ありがとう」
 すこし驚いたような顔をした鈴木は、やがてにっこりと笑って西瓜を受け取って、一口食べると、
「おいしい」
 そう言い終えると、駿龍にまたがってオアシスを後にした。
 戦いも終わり、あともまた集まったときと同様に三々五々。
 その後アヤカシ再発生を防ぐため精霊の聖歌でオアシス周辺の瘴気を浄化する者がおり、アヤカシ達の後始末や後片付けを手伝う者もあり、あるいは酒を呑みながら、互いの健闘と自分の活躍を手振り身振りをまじえて語り合う者たちもいる。
 嵐は去り、砂漠に涼しい風が吹いている。
 勝利で終わった戦いの疲労は、なんと心地よいものなのだろうか。
 戦闘後、エルレーンとラルはオアシスにて休息するうちに、いつの間にか眠り込む。ラルも静かにたたずみ、ともに安らう。
 暮れてゆく太陽が、さえぎるものとてない砂漠に巨大な虹の輪を作り、開拓者たちにささやかな贈り物を贈った、そんな夕暮れのことであった。