【翠砂】砂の底より
マスター名:まれのぞみ
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/27 23:14



■オープニング本文

 四方に広がる一面の砂。照りつける日差しに空気は揺れ、そこが砂の海か水の砂漠かと目を疑わせる。
 ここはアル=カマル。
 天空に浮かぶ、砂漠の大地である。
 いま、この地は戦乱のさなかにあった。
 前線ではアヤカシと人間が戦い、人間と人間がきなくさい冷戦を繰り広げている。まるで血の代償を血で購い、あるいは求めるようだと聞く。
 だが、ここは戦場の後方だ。
 血が流れることはない。
 すくなくとも彼は、そう信じていた。
 歩哨の男は首の汗を拭きながら、うらめしげに青い空をあおぐと、腰から革袋を取り出して、喉を潤した。
 そばに置かれた砂時計の砂は落ちきっていない。
 交代まで、まだしばらくある。
 ため息をつくと、同僚の頭が上下にこくりこくりとなっていた。
「こいつ!」
 その脇腹をこずく。
「い、いたっす。あ、あにきなにをするんですか!」
「なにって、お前、いま眠っていたろ」
「眠っていないッすよ。目を閉じていただけッす」
「寝てなくても、目を閉じてたら、なにも見えないだろ!?」
 ぎゃあぎゃあと騒いでいると同僚が声をあげた。
「あ、あれ?」
「どうした?」
 揺れる景色の中に、黒い影を見つけた。
「あれは、なんだ?」
 その黒い影の足下が盛り上がったかと思うと、砂の中をうごめくものが船へと向かってきた。ふたりは柵から乗り出して、それを目で追う。
「砂蛇か?」
 それにしては動きが速い――そう思った瞬間である。
 砂蛇が船にぶつかったかと思うと、轟音とともに爆発し、輸送艦は大きく揺れた。
「なにごとか!?」
 船橋で船長が叫んだ。
「状況を確認しろ!?」
「休んでいる奴を、たたき起こせ!」
 昼過ぎのけだるい空気が一変した。
 船内に緊張が走る。
 鍛えられた兵たちが、それぞれの場に就こうと考えた瞬間、二波がきた。
 もはや、ここまで。
 輸送船は大きく、傾いた。
「な、なんだ?」
 状況もわからぬまま、ふたりの兵は船の看板につかまりながら、遠く、揺れる陽炎の中に影を見た。
 ローブを身に纏った影は、やがて砂の中へと消えていった。

 ●

 そんなことがあってから、数日。
「被害は少なくないな」
 つまらなさそうに果物を食べながら部下たちの報告に耳を傾けていた。
 結局、輸送艦は砂漠の真ん中で航行不能となった。
 幸い、船といっても浮かんでいる場所が砂の上であったことと、輸送艦の特質上、食料と水だけは大量にあった為、部下は全員、近隣のオアシスに徒歩で避難することができたという。
「しばらくは使いものにならんがな」
 輸送するはずだったが品物が間違いなくなくなっているであろうと察しながらも、族長はその件はなかったこととして事後について語り合った。しかし、遭難した部下たちの多くに脱水症状があると聞いて、族長は天をあおぎ、精霊になにごとか恨みのごとをつぶやく。しかも船の修理費用は部族持ちだと知って、しばらく声を無くした。
 なんにしろ戦いこそ、男の武勲なのだ。
 それなのに、なぜ俺が――と、部族長同士の酒飲み比べに負けて、今回の補給の大役を賜った族長は、ぶつぶつとつぶやきながら、部下たちの声をついに聞くふりだけをするようになった。
「つまりアヤカシが補給部隊を攻撃しているってことだろ? そんなことができる人間がいるとは思えない以上、俺たちにどうしろって言うんだ? おい、面倒ごとは開拓者に回すって決まりだ。ギルドに行って、化け物がでたから退治して欲しい! と頼んでこい」
 部下に命じると、族長は横になった。
「事件が解決するまで、俺は寝る!?」



■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
氷海 威(ia1004
23歳・男・陰
劫光(ia9510
22歳・男・陰
明王院 未楡(ib0349
34歳・女・サ
シータル・ラートリー(ib4533
13歳・女・サ
笹倉 靖(ib6125
23歳・男・巫
巳(ib6432
18歳・男・シ


■リプレイ本文

「ねぇねぇ、これはどうやって使うの?」
 大工道具を見つめる幼い子供の真摯な瞳は、好奇心とともに、それが宿命であることを受けているような、そんな輝きがあった。
 その頭を大きな手でなでながら父親は、みずから手にとって、その使い方を子供たちに伝授した。何事であれ、自分でやらねばならないのが、領地持ちといえども、田舎の小さなという二つの修飾語がつく時点で宿命でしかないのだ。
 自分でやれることは自分でやるしかない。
 それに――
 領主であり、子供たちの父親である男は思うのだ。
 いつか、この子供は世界へ旅立つのだ。
 やがて自分たちの手で作った船で池に乗り出していく息子たちにの成長した姿に、父は満足さとともに、どこかもの悲しそうな微笑を浮かべていた。

 ●

 そして、現在――
 過ぎ去った日々は振り返ってみれば遠い幻のように思えても、それの残した遺産は確かにいまここにある。
 昔取った杵柄とはよく言ったものであり、なにが幸いするかわかったものではない。
 幼い頃、父たちともに槌とのみを手に船を作った三笠 三四郎(ia0163)は今回の依頼では砂漠で船の艤装に勤しむこととなった。
 羅喉丸(ia0347)は工員たちとともにバリスタを船内に運び込み、船尾に取り付け、組み立てている。
「さて本番までに練習する時間があるかね?」
 煙管を加え、彼とともにバリスタを担当する巳(ib6432)は手書きの説明書を読みながら、バリスタの使い方を確認している。
 楽しげなしゃべり声がして、兄と妹がやってくる。
 肌の色が違うのはふたりが義理の兄妹だからだ。
 劫光(ia9510)は船の命綱を持ち込み、シータル・ラートリー(ib4533)は水の入った樽を運び込んでいる。
 これだけでも一仕事だが急がなくてはいけない。
 朝までの突貫作業なのだ。
 仕事はまだまだある。
 天儀とは形の違うノコギリが、天儀にはない木を切って、槌の音がドッグに響く。工員たちが眠気覚ましだという労働歌が響く。
 そんな音を聞きながら、工房の近くに張った幕の中では氷海 威(ia1004)と笹倉 靖(ib6125)が蝋燭のもと、あぐらをかきながら、依頼主たちから集めた情報を収集、解析し、船が狙われやすい位置や航路を割り出している。
 氷海が策を練る。
 笹倉は周囲の地図を頭にたたき込む。
「船の操縦は俺が引き受ける感じだね。船員さんいるのかな?」
「そちらもギルドの方で命知らず……もちろん戦闘には参加しない条件だが……船員を用意できたそうだ」
「そりゃあ、アヤカシ相手だから参加しないじゃなくて、できないの間違いだろ。まあ、手足になってくれる人間がいるってことは俺は航路を指示するって感じか」

 ●

 明王院 未楡(ib0349)が、小袋から梅干しを出して口にいれた。
 目元がすこしあがって、額にしわが寄る。
「おぅおぅ酸っぱいね」
 彼女の小袋から巳も梅干しを取って、自分も口にする。
「こんないいものがあるのにアル=カマルの連中はかたくなだね」
 船員たちも砂漠の民らしく天儀の人間以上に水の使い方は心得ているし、小石を口にいれ、梅干し代わりにする知恵もあるが、それでも人間として最低限、呑まなくては生きていけないというラインもあるし、さらに普段どうりの行動をとろうとすれば、その量はさらに増える。
「余裕をもって水を船に乗せましたが……」
 シータルはすこし不安げだ。
 すでに水の入っていた樽がいくつか空となっている。
 それなりの余裕を持って載せたつもりだが、それでも減りの激しさは気分的にいいものではない。とりわけ、いまのような策は練ったが、策に敵がノルかどうかまではわからない状況ではなおさらだ。
「理想的な罠というのは、敵が来ることを確定させたうえで、敵が欲しいと思うタイミングに罠の上に、いかにもそれが自然であるように見せかけながら餌を置いて、敵の判断をにぶらせることができるものだが」
 兄は妹に、そう諭し、罠を張るということはまず自分の中の不安との戦いだと諭した、
 時間がたつ。
 不安が募る。
 仲間たちのいらだちも募る。
 特に作戦を考えた氷海と笹倉の不安は著しかったろう。
 だが、その辛抱も報われる時がきた。
「いたぞ!」
 瘴索結界「念」はこのような時、便利な魔法だ。敵の姿が見えなくとも――それが例え砂の下でさえも――気配がわかるのだ。
 開拓者たちは定位置につき、敵の攻撃に備える。
「うらやましいものですね」
 常に、遠くを自らの目で追っている船員たちは開拓者たちの技術と技に、心底、感心していた。
 だが、この戦いを勝ち抜くには、開拓者たちの力だけではダメだ。
「皆さんの力が必要なんです!」
 巫女が船員たちに力を貸してくださいと頭をさげた。
 その時、物見の船員が叫んだ。
「なにかが近づいてくるぞ!」
「くらいな!」
 砂の中を進んで船にぶっかってきた敵に開拓者の放った一撃が命中。
 爆破。
 衝撃で船が揺れる。
 敵は蛇か魚か爆弾か、砂の中を長細い影が近づいてくる。
 開拓者たちが迎撃する。
 遠くに杖を振り上げ、命じるかのような動作をするローブが見える。
「くらえ!」
 羅喉丸の放ったバリスタがアヤカシの左肩のあたりを吹き飛ばした。しかし、まだ絶命はしていない。苦痛など見せぬまま、怒ったようにアヤカシは杖を横にふると、ついには、砂漠の底に潜んでいたアヤカシたちが動いた。
「な、なんだあれは!?」
 船員が悲鳴をあげた。
 あたりの砂漠の砂の表面が急にざわめいたかと思うと、背びれを見せた大量の魚が泳いでいるように黒い影があたりに見え始めたのだ。
 むろん魚ではない。
 爆発するアヤカシの大軍だ!
「アヤカシの飽和攻撃か!」
 砂の上を船が右に左に曲がりながら、当たるまいとしていたが、こうなればそんな手ではいかない。
 氷海が笹倉の耳元にささやいた。
「逃げますよ」
「ああ!」
 笹倉の目には船の墓場――ととりあえず呼称した場所が映っていた。
 背後では仲間たちが、泳いでくる爆弾と戦っている。
 座礁したように横たわる船の影に入った。
 そのとたん、砂漠に座礁した船に雷撃がぶつかる。
 衝撃がきた。
 つぎつぎと爆発して、付近の船が炎上し、黒煙をあげる。
 逃げねば、こんどはこの船が爆発させられる。
「エンジンが焼けてもかまわん! 思いっきりまわせ!?」
 すさまじい機械音がする。
 黒煙がエンジン室からあがっている。
「やれるだけのことはやっても廃材利用でしたか!」
 改造の為に船の線まで引いた三笠が悔しがる。
 その時、ついに開拓者たちの防御の網をついて敵の一撃が船に衝突した。
 激しく揺れる。
「装甲半壊」
 甲板から乗り出して状況を観察。
 そして、この状況を待っていたように、眼前の鎮座した船の影から、アヤカシが顔をのぞかせた。むろん、ローブ姿のアヤカシの顔などは見えはしない。しかし、もしその顔を見ることができたのならば、さぞや満足げな表情をしていたであろう。だが、その余裕こそが陥穽であった。
「式の罠発動! 地縛霊!?」
 闇の手のようなものがた砂漠のあちらこちから出てきて、アヤカシにからみつき、地の底へと連れ去ろうとする。地縛霊という名前の式だ。
「あなたは罠にはまったのですよ」
 策士は微笑する。
 逃げると見せかけて、まるで迷路のようになった船の間を罠を仕掛けた空間まで誘い込んだのだ。
 誰かの放った攻撃が、そのアヤカシを撃ち抜いた。
「やったぁ!?」
 開拓者はもちろん、船員たちも歓声をあげた。
 こうして、船を沈め続けたアヤカシは滅んだ――と思ったのだ。ただ、明王院の顔だけが浮かない。
「どうしたんだい嬢ちゃん?」
 へらへらと笑いながら巳が仕事は終わったと言わんばかりの態度で煙管をふところから取り出すと、巫女は伏せ目がちにつぶやいた。
「巳さん。私は被害者たちから、ローブを身に纏った影が砂中に消えて行ったと聞いています。もしかしたら、実際に襲撃する強襲艇的なアヤカシと索敵、指揮を担当する人型アヤカシの二手に分かれているのではないでしょうか?」
 それでは!?
 巳は口がぽかりと開いて、煙管がことん。
 突然、船が左右に揺れた。
「な、なんだ?」
「地震?」
「違います!?」
 瘴索結界「念」を使った者たちにもわかった。
 気配は近い。
「船の底に影が!?」
「なんだと?」
 開拓者たちは船底をのぞきこむと、そこには砂の中であるのに、そこだけ一段と黒くなってきている。
「何かに、つかまれ!?」
 さらに砂漠が、大きくもりあがったかと思うと、まるで波間に遊ばれる木の葉のように船が揺れた。そして、その時、かれらは砂漠に潜んでいたアヤカシの潜砂艦、いや、アヤカシそのものの姿を垣間見た。
「砂漠の魔王!?」
 三笠がうめく。
 まさに魔王と呼ぶにふさわさい異形であった。
 巨大な魚の姿をしたアヤカシとでもいいだろうか。
 頭からのびた触手の先には、さきほど倒したアヤカシの死体がくくりつけられたままであった。
「あれが索敵、指揮を担当する人型アヤカシ! そして、あの魚みたいなものが、アヤカシの本体みたいですね――」

 ●

「いたたた……」
 アヤカシの衝突で甲板に体を打ち付けてしまった。
 ダメージはないが、近くにいた人影が見えない。
「どうしたの?」
 しかし、その連れはいた。
 シータルは兄の小妖精に尋ねると、彼女は心配げに船の外をのぞきこむ。
「おぉぉぃ!?」
 命綱が文字どうり、命綱となった。
 いまの攻撃で、劫光は甲板から放り出されたのだ。
「なにをやってるの?」
「落ちかかっているんだよ!」
 引っ張り上げろと叫びながら、船の外壁に自分で彫ったくぼみを離すまいと劫光は指先に力をこめる。その下の砂の海では、まるで落ちてくる獲物を待ち構える獣のように、小さなアヤカシがうようよとしている。
「せぇーの!」
 小妖精のかけ声とともに、義妹や船員たちの声がして綱が上がっていく。
「よかった……」
 見知った少女たちの姿を見て、思わず劫光は安堵の息をした。しかし、その時、船員の誰かが叫んだ。
「危ない!?」
「えぃ!?」
 劫光の背後からアヤカシが飛びかかってきて、その敵に向かってシータルが空になった樽を蹴ると、見事にぶつかった。アヤカシが爆発した。その風圧のせいでまた兄が――こんどは船内に向かって――吹き飛んだ。
「ちょ、ちょっとぉ!?」
 抱き合ったまま、甲板に倒れ込んでいた。
 しかし、そんなことをからかっている場合ではない。
 羅喉丸がバリスタ担当の相棒に問う。
「バリスタを撃てるか?」
「あ、あぁ」
 それを聞くと羅喉丸は巳の肩に手を置くと、頼むと呟いてにバリスタの席をゆずった。仲間とともに舟先へ立つ。
「ならばいくぞ! 手伝ってくれ」
「わかりました」
 巫女と泰拳士のふたりが咆哮を叫んだ。
「こっちだ!」
「こっちよ」
 開拓者の技がアヤカシを誘う。
「いや、あれは誘うじゃなくて釣ったって言った方がいいね」
 巳が大口を叩き、アヤカシが大きな口を開けて突っ込んでくる。
「外すんじゃねーぞ……」
 笹倉は小声でつぶやいたはずだが耳ざとく、聞かれていた。
「あんなでかい目標を外すわけねぇだろ!?」
 問題は一撃で殺れるかどうかだがねと心の中でつぶやき、
「これでもくらえ!?」
 バリスタから放たれた矢が、巨大な魚の目に突き刺さった。
 鮮血があがった。
 巨大な姿が船の前でのたうち回った。
 そして、開拓者たちが、船から飛び降り、砂漠の海獣に向かって襲いかかっいった。

 ●

「ふむ、やはり人とは戦いとなると、やるものでありますな」
 双眼鏡をのぞき込み、戦いの推移を見守っていた黒い姿は戦いの終焉を見届けた。みずからの手駒であったアヤカシは敗れようとしているが、それも仕方あるまい。
 力なきモノは力あるモノに敗れるが、力あるモノも知恵ある力なきモノに敗れる。
 それにとっては、それが自明なことであり、今回もそうなったにしかすぎないからである。ならば敗者は敗者として勝者の今日の勝ちを褒め称えようではないか。
 ぴんとのびた髭に手をやりながらアヤカシは、すこし考え、決心した。
「引くであります」
 さしあたっては補給路が危険であることは人間たちに教えることができた。たぶん、学習をした彼らは、これからはそちらに注意深くなってくれるであろうし、用心深くなるであろう。そうなれば、前線へまわす兵の数にも影響が出てくるはずだし、あるいは輸送のスピードになにかしらの変化が見えるかもしれない。
 互いに資源は無限にあるわけではないのだ。
 時間もまた戦場では貴重な資源である以上、人間側の作戦スピードの低下は、時間という貴重な資源をアヤカシ側に与えることとなる。
 このメリットをどのように使って、次の作戦は次の次のその先にある目的の為の布石を打つことができるのか、あるいはできないのか。むろん上がどれほど戦略を練っているかはわからないし、あるいは逐次投入の愚を犯しているのかもしれないが、それは上が考えるべきことであり、己のような軍人はできる範囲で命令に従うまでである。
 そこまで考えたところで戦場では決着がついた。
「だめでございましたな……」
 アヤカシは首を横にふった。
「敗者とは常に勝者には拍手で、それを賞賛するものでありますぞ」
 巨大な音をたて、部下のアヤカシが倒れる姿を見ながら、その作戦を指揮していたアヤカシは拍手をしながら姿を消したのだった。

 ●

「やれやれ――」
 つかれたねとつぶやいて、ふところをまさぐると、どうもいまの戦いで火打ち石を落としてしまったようだ。すこし残念そうな表情となったが、煙管をくわえる友人の横顔を眺めるうちに、しだいにいたずらを思いついたように彼を目を細めた。
「ひぃ貸せよ、火!」
 巳は笹倉を呼び止める。
 なにを面倒なことをという表情をしながら煙管を加えた男は胸元をまさぐって火打ち石を探そうとするが、その前に巳が顔を近づけてきた。
「火が、ここにあるじゃねぇか」
 煙管のさきに、煙管のさきがあたり、かちかちと鉄のぶつかりあう音がする。
 砂漠に大きな月が浮かぶと、ふたりの姿が影となった。
 遠くでは仲間たちの声がする。
「同朋の命を支える補給の任に就く方々こそ、影の英雄なんですよ」
 そんな説得してはどうだろうかと、早くも次の冒険――こんどは砂漠の族長たちをどうやって教育しようかと話し合っていた。