花は散りて
マスター名:まれのぞみ
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/04/29 08:54



■オープニング本文

「美しい桜ですね」
「でしたね‥‥でしょ!」
 くすりと笑って女は、自分よりほんの一歳だけ年下の恋人の頭を軽くこついた。痛くもないのに、男――いや、まだ少年と呼んでもいい幼い容姿なのだが――が痛いですねと甘えた声で応える。
 それは、うららかな春の昼下がり、村に近い森の中でのできごとであった。 
 ふたりの眼前には、みごとな大樹がある。
 森の小道からいくぶんか離れた場所で、いまを盛りと花を咲かせている。いや、すでに盛りは過ぎたかのかもしれない――あたかも主君から寵愛を受けていた美姫にもいつか肌に老いの兆候があらわれるように、白い花に隠れて木の枝には、まだ幼い緑の葉がついていた。
 なんにしろ、この森にこれほど見事な桜の木があったのか――少年の見つけたきた大樹を前にして、村で生まれ育った娘は感慨すら覚えた。家にここへの地図を隠しておいたよといったたわいもないことを少年が言っている。
「あッ――」
 風が吹いて、花が散った。
 横切る花びらをつい目で追い――ふたりの視線がぶつかり、からみあい、両手を握ると、ふたりの姿はいつしか舞い散る花びらの中で、ひとつの姿となっていた。
 年上の少女の長い髪が風に揺れ、いつかくるとは知っていた日が来たことを、ふたりは知った。
 甘い記憶の断片は、一生の宝になるのか――
「い、痛い!? な、なに!?」
「花びらが‥‥血が吸われている――生き物――?」
 突然、ふたりは夢から現在に戻された。
 ふたりのまわりを、まるで舞うかのように花びらが、まるで蚊か蜂のように肌を刺したか思うと、花は白から赤へと染まりながら、ふたりは桜の繭にうずもれていった。
 悲鳴は、やがて森のしじまの中に消えていく。
 花は散りて、生命は散り、すべては塵へと帰って行く。
 来る日がきたのだ。
 風が吹いた。
 緑の若葉をつけつつある木から、まるで蝶が飛び立つように、花びらが風にのって村へと向かっていった。



■参加者一覧
京子(ia0348
28歳・女・陰
俳沢折々(ia0401
18歳・女・陰
御凪 祥(ia5285
23歳・男・志
汐未(ia5357
28歳・男・弓
周十(ia8748
25歳・男・志
滋藤 柾鷹(ia9130
27歳・男・サ
ヴェスターク・グレイス(ib0048
24歳・男・騎
オラース・カノーヴァ(ib0141
29歳・男・魔


■リプレイ本文

「いくら斬っても湧いてくんな、アヤカシってのはよ!」
 周十(ia8748)の青く輝く剣先がアヤカシを切り裂き、御凪 祥(ia5285)の紅色の槍が水面に浮かぶ桜の花びらを攪乱するように、空に浮かぶアヤカシを屠っていく。
「風に舞う花弁の美しさは春の興だが‥‥血を吸うとなれば話は別。これ以上の被害を与えぬようにせねばな」
 当たれば落ちるような敵だが、数が多すぎる。
 しかも技を使おうにも、彼らの得意とする技は、このような場にはふさわしくない。むしろ火に集まってくる蛾にも似たこのアヤカシの群れを退治するには、滋藤 柾鷹(ia9130)の技こそがふさわしい。
「至知雄壮の藤‥‥秘心烈火の如く、闇を切り裂く刃とならん!」
 剣を横にかまえながら、みずからを軸にすると剣先が周囲の敵をなぎ払い、一撃で、あたりのアヤカシが霧散した。
「あらかた片付いたか?」
「たぶんな。それよりも、村人たちは逃げることができたのか!?」
 背後の仲間に呼びかける。
「苦労しているようね。刀よりもハエたたきを用意してきた方がよかったのではないかい?」
 すっかり安全になった場所に腰を掛け、京子(ia0348)が太ももに腕をのせ、頬杖をしながら、にやにやと滋藤のたくましい背中をながめていた。
「そんなことは聞いていない。どうなったのかと聞いているんだ!」
「大丈夫だよ。ほら、聞こえないかな?」
 遠くで、俳沢折々(ia0401)が点呼をとっている声がした。
「ひい、ふう、みのよの――」
 口調がどこかリズミカルになるのが彼女のクセなのだろう。俳沢は仲間が救った村人たちを数えると、
「これだけの花弁が何もないところから発生する可能性は低いし、大きな木について心当たりがないかな?」
 と尋ねたりしながら、村人たちの気分を落ち着かせている。
 彼女に言わせれば
(一番こわいのは村人がぱにっくになっちゃうことだから、まずは落ち着かせたいなと!)
 ということになる。
 事情聴取と負傷者がいないかといった確認も終わり、とりあえずはオラース・カノーヴァ(ib0141)が隙間に目張りなどをして花びらが進入できないようにした屋敷に隠れてもらうことにする。
 吸血花もさすがに入りこむ隙間のない家の中にまでは来ないようなのだ。
 なんにしろ、村のこの一角は、たまたま敵の密集が薄かったために、このように村人たちを集めて安全な場所に避難させることができたが、村の中すべてがこのようにうまくいっているわけではない。
 別の一角では、蜂の大群に追われようなさまで汐未(ia5357)が松明をふりまわしながら、寄るアヤカシを焼いては、転がる骸を踏み越えながら走っていた。
 オラースが体中に犠牲者の血を塗りたぐり、血を欲するアヤカシの注意をいくらか引きつけてはくれているが、死体に配慮をする余裕は残念ながらない。
「救援にきた開拓者だ、もう大丈夫だから安心してくれ、人がいる家はでてこなくていいから大声で返事をしてくれ」
 大声で叫び汐未は必死で村を回った。
 弱々しい声が、ところどころの家から聞こえる。
 入り口の戸はぴしゃりと締め切られ、格子窓にも木の戸が降り、隙間には服飾やら藁やら、はては土か糞かわからないものでふさがれてアヤカシが入ってこないようにしながら、息を潜め、弱々しい声で救いを求めているのがわかる。
「心労がかなり蓄積しているようだな。この状況は‥‥やはり緊急を要するか。一刻も早く解決せねば、まだ被害が拡がってしまう‥‥!」
 ヴェスターク・グレイス(ib0048)が腕組みをすると、いつしか仲間が集い、作戦を練っている場面となっていた。
「村人たちを助けていたとき、あのアヤカシについて、いろいろと観察したり考えたりしていたんだけどね――」
 そう切り出したのは俳沢で、仲間たちが彼女の報告を拝聴したり、自分が見聞した事案を語ったりする。
「血を吸う花弁‥‥か。なかなかに面倒な相手だったな。花弁である以上は本体となる木が森の中にあるのだろう。そこを断たぬ事には終わらんだろうな」
「森を調べるか‥‥そういえば、村に向っている間、木々の生え方や間隔も確認してきたんだ――」
 汐未はそばに落ちていた紙に、簡単な地図を描いた。
「たぶん、この辺の木に上れば周囲観察がしやすそうだ、探索よろしくな」
「わかった。俺がその木に上って様子を見ることにしよう」
 御凪がその役を受ける。
「後は何かないか?」
 その手の作業は決して得意というわけではない騎士が、それでも自分ができることを意識しながら周囲に見落としはないかと尋ねた。
「あと、村人たちに森の地図がないかをあたってみよう」
 滋藤が思い出したように言う。
「そうだな――」
 仲間たちが、つぎつぎに村に来るまで調べたことや、村についてから調査したことを報告する。
 そんな会話がつづく横で、京子はアヤカシの死体を手に載せながら、まるで子供が初めて見た生き物を見るようなまなざしで観察していた
「花弁が舞遊び人を襲う、と‥‥。植物形のアヤカシの話は聞きますが、まこと種類の多きこと。これは、相見えるのが、楽しみでございますねぇ」
 そうつぶやくと、アヤカシなる花びらは掌の上の雪のように消えていった。
「さて‥‥いかなアヤカシの現れるものやら」

 ●

 翌日――
「あったぞ!?」
 滋藤の歓声が目覚めの、あいさつとなった。
 まだ眠いまなこをこすりながら、興奮した男を見ると、手には手書きの地図――昨晩、汐未が描いた物ではない――があった。
「滋藤、なんだそれは?」
「村人の少年が描いたという森の地図だそうだ。母親からもらったよ」
「なにか謂われでもあるのか?」
 ヴェスタークには何かひっかかるものがあった。
「なんでも、その行方不明になっている少年は森でみごとな桜を見つけたと言っていたというんだ」
「桜――」
 全員の表情がいっせいにこわばった。
「しかも、村の長老たちはそろって森のそのような場所に桜の木などありはしなかったと言っている」
 机の上に拡げた地図を全員がのぞき込んだ。特に汐未はまじまじと眺め、自分の描いた地図と比べると、ああだこうだと頭を悩ませると、ようやくわかったという顔になって御凪に昨晩の指示を訂正した。
「ありましたよ。まるで紅白の雲が森の上空にただよっているような場所がね」
 汐未の指定した木から下りてきた御凪が仲間たちに報告をすると、それは京子の情報とも一致した。
「私の人魂も確認したわ。地図に載っていた場所だし、花弁の密度が高い場所に、その木はあると思うからほぼ正解じゃないかしら? はたして雨が降る場所なのか雪が舞う場所か――」
 血の雨がしたたり、死が誘う森の中へ開拓者たちは足を踏み入れる。
 傍目にはダルマのような格好になっているのは京子なりの用心である。血を吸う花びらの特徴については、それまでの経験から一枚だけならば吸血能力しかないことがわかってきている。
「ただ、問題はあの数だな‥‥」
 昨日、おとりとなってその一群に追われ、鼻や口に入り込んできた花弁のせいで窒息しかけた魔術師はとほとほ参りましたという顔で、ぽつりとつぶやいた。
 その言葉を背後から意味ありげに京子は聞いていた。
 突然、横から京子をのぞき込む眠たそうなまなざし。
「京子君、その態度はよくないと、思うわたしは女の子」
「‥‥何をむりやり韻を踏んでるの?」
「うう‥‥クセよクセ。こんなときに神様のいじわるぅ」
「急いでるのでしょ?」
 あきれたように京子が先に歩き出す。
「ああ、待ってよ!」
 てとてと駆け寄ってくると、俳沢は背後から京子にしがみつき、目元を細め、まるでいままでの女とはまるで別人の表情になった。
「別にアヤカシをどうかしたいとは思ってないんでしょ?」
「な、なにを言っているの?」
 心を見透かされたようで、どきりとする。
「なんか態度が味方に紛れた悪党みたいでね」
「だれが悪党よ!」
「冗談よ、わたしには、まだまだ余裕あり。字余り。心に迷いがあると命取りになるという、まあ開拓者の先輩としてのアドバイスだと思って」
 そのとたん、表情はふたたび一転、こんどは幼女のような笑顔でえへっと笑うと俳沢は先を歩く仲間たちのもとへと駆けていった。
「‥‥――わたしはアヤカシを憎んでいない‥‥か」
 小さく笑うと京子もまた、仲間を追って駆けだしていくと声があがった。
「花弁の発生源を叩きにいくよ。れっつごー!」

 ●

 そして、はや戦いの最中となる。
「おもしろいな――」
 ヴェスタークのヘルムが揺れる。
 鉄仮面の下では、どのような顔がどのような表情で笑っているのだろうか。
 なんにしろ、騎士である男にとって、樹木という本陣を守るように、まるで木の眼前に拡がる花びらが一陣の軍勢にも見えたのだ。
 あるいは、かつて参戦した戦いのことが頭をよぎったのだろうか。
 風が吹いた。
 花びらが散ったかと思うと、花びらが一斉に開拓者たちに襲いかかってきた。
 戦いの火ぶたがきられた。
「まとめて面倒みてやるよ」
 季節どおりの花吹雪に対抗して、オラースは季節外れの吹雪を、精霊剣の力で呼び出した。それでも足りないと判断した汐未は、まとわりつく花弁は松明で焼き払いつつバーストアローで花弁を吹き飛ばす!
「多少痛いのはかんべんな」
 まきぞえでも食らったのか、痛そうな顔の仲間にウィンク。
「本体を見つけたから、火輪の術で攻撃!」
 事前に練った策どおり、俳沢もまた炎を操る式たちを召喚し、火の輪を放つ。
 これらの炎により、花びらが燃え、空が時間はずれの灼熱の夕刻となった。
「あなたも火ばかり使って、危ないわね」
 くすくすと京子は笑っている。
「さぁ‥‥愉しませて頂くと致しましょう。舞散る花の如く、儚く大気に溶け消える、その姿を‥‥ねぇ」
 桜に向かって、巨大な人首にも似た岩石が落ちてきたかと思うと、何本もの幹がすさまじい音を立てながら折れていった。
 ひるんだのか、花びらの動きがにぶくなった。
「花の散り際は確かに美しいかもしれん。だが、周りの命を散らすのは捨て置けんっ」
 板金鎧の重騎士が、その機会を逃すまいと崩れかかった花弁の軍勢に向かって、騎馬のように突っ込んでゆく。
「おっしゃぁ!?」
 陣形が完全に崩れた。
 ヴェスタークの背後につづいてきた、周十が跳躍したかと思うと、持つ刃が燃え上がるような紅にかがやき、あたかも紅葉が散るように燐光が舞う。
「紅蓮紅葉!?」
 駆けだした周十が渾身の力を込めて一撃を放った。
 木に深い傷がつき、桜が散る。
 紅葉が舞う。
 新緑に萌えた桜の大樹がふるえた。
 勝機!
 後衛の援護を信じて突っ込んできた御凪が、大樹のふところにもぐり込んだ。
「風に舞う花弁に惑わされるなかれ、死への誘い断ちて帰すべし」
 あまりにも美しい攻撃であったろう。
 あるいは、桜の大樹に捧げられた、槍の剣舞かとも思える一撃が、大樹に大きな穴を開けた。樹液が、まるで血のように桜から流れだし、その巨躯が揺れた。
 大木の揺れる様は、うめいているようにも見える。
 汐未は大きく息を吐きながら、弓に矢をつがえた。
 照準をあわせ、時を待つ。
 しだいに揺れがおさまり、桜はもとの状態に戻ろうとした。
 なにもせねば暮春の若葉をたたえた桜だ。
 風がやんだ。
 春の盛りの風情こそないが、憩いを求めひとが集まるような風情の夏の桜木だ。
「だが、死を振りまくのに風情は感じないんでな」
 大樹に矢が突き刺さると怪異は終演を迎えるのであった。

 ●

「これは、ふつうの桜なのだな?」
 まわりに確認をとってでもいるのか、そんなことをつぶやいてヴェスタークは村の墓地にあった桜を見上げた。
「この桜に誓って、被害に遭った方々の冥福を祈ろう」
 アヤカシを退治すると、そこには抱き合ったまま死んでいた男女の死体があることを発見した。互いをかばうように抱き合って亡くなったふたりをひとつの墓に納めると、滋藤が穴に土をかけた。 
 周十が森の奥から手向けの花をつんできて、できたばかりの墓前に飾った。
「アヤカシじゃなェ、本当の花だ」
 あいかわらずの物言いだが、そのまなざしは優しい。
 以前よりも、いっそう仲良くなったような女たちがふたり、なにごとか楽しそうにしゃべりながら、近くに流れていた水をくんできて新しくできた墓にかけていた。



 後日、ギルドにあがった報告書には、こんな句の書かれた短冊が添えられていた。

 紅葉狩りならぬ桜狩りであったと友と語りあいし宵

 桜花燃えて 熱る頬や 徂春かな

 アヤカシを 倒した後の 岩清水