火の華の咲く頃
マスター名:まれのぞみ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや難
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/08 01:12



■オープニング本文

 まだ冬の色濃いジルベリア。
 しかし、空気はすでに春のものであり、さえずる鳥たちの声もどこか明るく、朗らかであるかのように思える。あれほど積もっていた雪もすでに溶けはじめ、あとは眠気まなこの春が大きくあくびをしながら、しぶしぶながらもベットから起き上がってきて、春の花々に飾られたドレス姿であらわれるのを待つだけだ。
 そう、待つだけ――
「花を見たいのです」
 森の奥、崩れかかった屋敷で老婆が弱々しくつぶやく。
 その命の灯火は、いままさに消えようとしている。
 ベットに横たわる老婆の細い手を、脇の椅子の腰掛けた若い男の手がにぎりつづけている。まるで、病気の恋人を見舞う姿にも見える。
 旅の商人であるという。
 すでに幾日、幾月、こうしていたろうか。
 もはや彼女の魂が神の手にゆだねられるまで、数刻もないであろう。
 ならば、頃合いか。
「準備ができましたよ」
 男は言った。
 すでに顔をわずかに横に動かすだけでも至難の業だ。
 ようようと老婆が顔を声のした方に向けると、男は窓を開けた。
 ぱっと日差しが差し込んできて、開け放たれた窓に一面の花が咲いた。
「春とは、こういうものでしょうか?」
 もはや白くかすみ見えなくなった老婆の目には、鮮やかな色だけが映える。そして、確かに幻の花々を、春を見た。
 その実、現実の木々の枝には蝋燭が灯りながら咲き、赤々と燃える枝葉はあたりを炎に染めている。それは、この世にあるはずのない業火の花々ではあった。
 だが、死に行く者へのたしかなはなむけとなったであろう。
「萌えいずる春――燃えいずる春よ!」
 老婦人の目に涙が流れ、幼い頃、母親から教わった歌を唄いながら、気がついたときには、女の目は開かれたまま、声を失い――男は女のまぶたに手をやり優しく閉ざした。
 そして、なんと美しいのだろうと男の姿をしたモノは思った。
 満足して死んでいった人間の四肢のなんと美味なことか。
「あなたの心ととも――」
 若い男の姿をしていたアヤカシがその本性を見せたとき、女の体を永遠にこの地上から消え去り、館もまた、炎の中に消えていった。


●開拓者ギルドの募集欄より

 火消しのアルバイトを募集!?

 ジルベリア辺境にある村の周辺の森林地帯では、ただいま火災が多発しています。
 人手不足のため開拓者ギルドにも協力要請がきていますが、依頼をしてきた村はお金がないそうなので少人数の派遣となり、また報酬についても出来高払いならないかと言ってきています。
 興味のある方は、お近くの職員に声をかけてくださいね。


■参加者一覧
ライ・ネック(ib5781
27歳・女・シ
灯冥・律(ib6136
23歳・女・サ
嶽御前(ib7951
16歳・女・巫
カルフ(ib9316
23歳・女・魔


■リプレイ本文

 一人が言ったのならば、それは意思であろうし、二人が言ったのならば、それは偶然であろう。しかし、三人が三人とも言ったのならばそれは必然か、あるいは運命の女神なる存在の戯れなのかもしれない。
 なんにしろ、
「消火の流れは仲間達と相談し決定した内容に従う」
 などと、それぞれの口調と語尾で、同時に同じ意味の言葉を吐いた者達は、間をおいて目をぱちくり。くすくすという背後から仲間たちの笑い声に誘われて、なんともいえぬ風な間の悪そうな顔をして無口になり、目をちらりとあわせると、また同時に三つの視線がぶつかってしまったものだから、もはや笑いをこらえて、こらえて、あとは周囲の笑い声につられて自分たちも笑いだすしかない。
 すでに晩春とはいえジルベリアの夜は寒く、酒場を兼ねた宿の暖炉にはまだ炎が燃えているのだが、それすらも揺らすほどの大きな空気の流れとなって、笑いが宿を包んだ。
 春はそこにあれども、冬の残滓は色濃い。
 自然、体の中から暖まる酒に皆の手がのびる。
 かくして、それを縁にして、ライ・ネック(ib5781)、灯冥・律(ib6136)、嶽御前(ib7951)、それにまわりにいた者たちも巻き込み、酒で暖と談をとり、歌と声は今宵をいつもとは異なるものとしている。自己紹介がすみ、事前の打ち合わせがやがてただの呑み会になるまで時間はかからなかった。そばのテーブルで酒を酌み交わしていた田舎の消防団たちも巻き込んでの、もはや宴会である。
 開拓者たちが、おのれのかつての冒険を語れば、村の者たちが自分のちょっとした冒険や軍役での出来事を語る。開拓者が日々の鍛錬を語れば、村の者たちも自分たちの苦労を語る。
 その苦労の原因であり、人手不足のため、町の守備隊長の責務に加えとともに消防団の団長までしている騎士の男など、
「訓練にちょうどいい」
 などと嘯いて、いかに厳しい訓練をしているかととうとうと語った。
「それって軍務よりも厳しいんじゃない?」
「かもしれんが、火災は怖いもんじゃぞ!」
「アヤカシにそうやってそなえているんですか?」
 そんな質問に団長は、にやりと笑うと、
「アヤカシが出てきたら、そりゃあ逃げろ! って命じるさ」
 叙勲した身でありながら、どうしようもない本音を口にした。
 酒のせいでこばれた本音か、やるべきことと、できないことがあるんだよと胸を張って述べている本気の本音なのか、どうもわからない。
「よくわからない現象は。『アヤカシの仕業です』と答えろ。全部だ! と教わってますが……いいんでしょうか?」
「そりゃあ、わしらの話だな。よくわからんことは、とりあえずアヤカシのせいだってことにして上に申請すれば、その話は真実はともかく開拓者ギルド行き。どうも、下々にはわからんが、それ用に、常に予算を用意しいるしいしな」
「とんでもない役人根性ね……」
 あきれたようにつぶやく嶽御前の頬が、ほんのりと赤くなっている。
「いやいや、綺麗な方々、それは違いますぞ。我らにできることと、できんことがあるのでな」
 その笑い声は、だがどこかさびしそうなものだと灯冥は杯をあおりながら思った。
「そのせいで給料が少ないんですけど!?」
 部下たちがぶうぶうと言って、給料を上げろなどと勝手気ままなことを言って、馬鹿者と上司に怒鳴られたりしている。
(世界は広し、されど人はどこにいっても人なのじゃな)
 御前もまた、くすりと笑いながら杯をあおると、その夜も、そのまま更けていく――かに見えた。しかし、その安逸は静夜を切り裂くような、突然の鐘の音によって終わった。
「こんな時間に?」
 御前の柳眉が動いた。
 あたりがざわめき、
「火事だと!?」
 いままさに酔いに飲み込まれようとしていた消防団の団長が、すくりと立ち上がったかと思うと、その目元の様子が変わっていた。もちろん、他の団員たちも同様だ。
 そして、背後を振り返ったかと思うと、開拓者たちに言う。
「言ったはずじゃ、それがアヤカシであるのならばどうしようもないが、そうでないのならば他人の手に借りる前にわしらでやるわ! こう見えても我らはジルベリアの民でな!」
 扉を開ける。
「おお!」
 東の空が燃えている。
 ほんのすこしだけ空間を切り抜いて、そこだけ時間を遅らせたかのように、赤々と夜の空を炎が夕焼けのように染めている。
 消防団が駆け出し、開拓者たちも、それにしたがった。
 なにぶん夜の森、しかも土地勘などあろうはずもない。こんな時はいかに開拓者といえども、ただの人間だ。開拓者でないと言っても地理と事情に詳しい地元の人間に従うのが良策だ。
 宿からしばらく行くと、赤々と燃える場所が見えた。
 すでに何人かが来ていて消火活動をしている。
 まだ小さな小屋が燃える程度の規模の火災だが、処置を間違えれば来て早々、開拓者失格のありがくもない烙印とともに開拓者ギルドに送り返されるかもしない。
 気を引き締めていこう。
 消防団員たちは木を切っては延焼を防ぎ、あるいはスコップで燃えさかる炎に土をかけるどなどして、日頃の訓練の成果を実践で示している。だが、あるべきはずのものが、ここにはない。
「近くに水源がないんです!」
 悲鳴にも似た訴えだ。
「わかった!」
 ライ・ネックが応と叫んで、体の中の気を練った。
 灯冥が言葉を呑む。
 突然、彼女の目の前に水の柱があらわれたかと思うと空に向かって大量の水を吹き上げる。あたかも掘り当てた源泉から、水がこんこんとわき出るように伸び上がった水柱は、やがてそれは地上に向かってふりそそぐ雨となった。
 突然の慈雨。
 それはまさに救いの雨となって森に降り注いだ。
「水遁の術」
 なーんてねとライが締めくくると火災は鎮火し、あたりからこの晩、一番の活躍を見せた天儀からの訪問者に喝采があがった。
「オーニンジュツデース」
「おおテンギのシンピ!?」
「褒めてくれるのはうれしんですが、わざわざ、あやしげななまりをつけないでください!」
 ライがあきれたような口調で同じ年頃の若者たちに言うと、相手も慣れたもの、それを待っていたとばかりにおしゃべりを開始。どうやらナンパであるらしいが、それからどうなったのやら。
 そんなわけで、そのまま場は解散となり、それぞれがベットの中へ。
 団長である老人が、たるんだ態度の若者たちを明日からどんな風に鍛え直してやろうとかと考えている頃、ベットに潜り込んだ灯冥は目をつぶりながら、心の中で、あの言葉を自分に語りかけるのであった。
(いまは武器に振り回されている身ですが、いつかはあなたが術を使ったように、使いこなします)

 ●

 何日かがすぎた。
 幸いと言っていいのかどうか、あれから大きな騒ぎのない毎日がつづいた。一度、小さな失火があったらしいが、それは消防団の管轄する場所でのことで、バケツ一杯の水で片が付いたような小さな事件であったという。
 そして契約もじきに終わる。
 こともなく終わるかと女達がなんとなく考えながら、今日ではすっかり慣れた森の道を行くと、御前の足が止まった。
「どうした?」
 しっと唇に指を当て、黙るようにと仲間に小声で言うと、しばらくなにごとか集中したかと思うと、茂みを指さした。
「あっち!」
「わかった!?」
 仲間達がまだ芽吹き始めたばかりの柔らかな草を越えると、森の中に小さな場があって、そこに、小さな子供めいた姿があった。
「子供……違う!?」
「火かしら?」
 まさに人のような姿をした小さな火の種が、より小さな炎を涙のようにあたりにまき散らし、大泣きをしているのだ。
「ままぁー!?」
「……えッ?」
 炎が泣いている。
 まさに、そう描写するしかない。
 たぶん、アヤカシである……たぶんだが……。
 あぜんとする開拓者たちの前で、あいつのせいで母親と離ればなれになってどうのこうのと早口と、癖が強すぎて聞き取りにくい言葉でぶつぶつとつぶやいていたが、ふと、なんの偶然か、はたまた運命のイタズラか、目があった。
 なんとも間の悪い瞬間。
 こほん。
 アヤカシは咳をひとつ。
 涙を拭いて、アヤカシらしく威厳のある格好をした……らしい。
「ふふふ人間どもよ、よくきたな!」
 いや、いまさらかっこをつけられても困るから。
 困り顔の開拓者だが、アヤカシの挑発めいた言葉が開始の合図となった。
 こうなったら戦うしかない。
 小さな子供をだいの大人がいさめるような罪悪感を覚えるが、相手は子供の姿に見えてもアヤカシだ。
 躊躇など無用。
 えいっと斬りかかり、二度、三度、剣で殴ると、アヤカシは爆散。
 火の粉があたりに散って、森に火がついた。
 草が燃え上がる。
 ならば!
 ライが水遁の術を使う。
 だが、今日の水流はこの前ほどの勢いはない。
「調子が悪い!」
 ライが舌打ちをする。
 火は消えない。
 その姿に灯冥の心に不安が心をよぎった。
(わたしの力で消しきれることができるのか?)
 だが、やるしかない。
 腰に力を落とし、上半身の力を抜くと、あとは体に勢いをつけて腕を振る。
(えッ――)
 自分でもわかる。
 なんとスムーズな動きなのだろう。
 まるで体の芯から剣先までがひとつとなって振り払うような感覚。剣が草原を一刀両断。舞い上がった草、燃え上がった炎が、空から振り落ちる水に消散し、風に散っていった。
 お見事と笑ってライが拍手をしてくれた。
 あまりにも会心な一撃であった。
 みずからの技のデキに呆然としていた灯冥は、やがて
「こう……だったよな」
 アヤカシを倒し、火を消し終えた後、何度も、何度も、剣をふりながら、その手応えを思い出そうとした。なにかつかむものがあったような、そんな気がしたのだ。
 そんな様子にライは、肩をすくめ、だが自分よりも経験の浅い後輩を優しく見守るのであった。

 その時、御前がいなくなっていることに仲間たちは気がつかなかった。

 ●

「さて、これで片がつきました」
 炭となった木を見上げながら、それは一仕事を終えた満足そうな顔となっていた。
 まったくもって自分はなんてことをしでかしたのかと思い、頭をかいた。
 すこしゆっくりとしていきたいところだが、先ほど、近くで剣戟の音がしたから、なにかしらの戦いがあったのだろう。
 そうなれば、その者だかモノだかは知らないが、あたりに注意を払っているに違いないだろう。
「開拓者の方々ではないことを祈っておきましょう。なんにしろ、そんな怖い方々がいらっしゃらないうちに――」
「怖い方々がどうしましたか?」
「あ、見つかっちゃいました?」
 ほんのすこし、どきりとした様子で肩を上下させながら、それは振り返ると、そこには人間の女がいた。嶽御前である。すぐに彼女が開拓者であろうことは察したのだろう、それは隠す必要もないとばかりにあいさつを返した。
「ええっと、わたくしは、あなた方のいうアヤカシで……ええっと名刺は……ああ、申し訳ありません。ちょうど名刺はきらしてしまっているようで、わたくしエイギョウタロウと申します」
「ウソをつくならば、もっとうまいウソをつくものだと思っていたが、アヤカシとはチエナシ、ノウナシの異名だったのか? わたしの知っているとアヤカシどもとは違うの。本当に、世界は広いものじゃな」
「ああ、アヤカシ全般の名誉の為に言っておきますが、こんなことをするのは私達だけだと思いますよ。思うなぁ、そうだったらいいなぁ……」
「なにをしていたんのじょ?」
「いやぁ、ちょっと仕事の後始末をするのを忘れてしまいましてね、上司に後始末をしてこいとどやしつかれた訳ですよ」
「上司どやしつけらたとは……なんとも世界は広いものじゃな。アヤカシにも、そんな世知辛い束縛があるとはな」
「ついでいってしまいますと、こんなミスをしちゃって、わたしの給料の裁定にも響くんんですよ……」
「給料?」
 アヤカシの口から漏れた意外な単語に、それはなんじゃと尋ねかけると、それが隙となった。頭をかきながら、商人の姿に身をやつしたアヤカシは姿を消したのだった。
「世界は広し、されども世間は狭し。機会がありまたら、また」
 そんな言葉を残して、風のように、それは立ち去っていった。