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■オープニング本文 「気になることがあるのよ」 システーマが突然、そんなことを言いだしたので俺は、またかと思って読みかけの本に逃避することにした。 「ねぇ、聞いているの?」 もちろん、聞いていない。 そもそも、聞きたくもない。 どうせ、面倒を持ち込んでくるか、面倒ごとが向こうからやってくるにちがいないんだ! システーマという都会育ちの娘が、この村に越してきてから一年。静かであったはずの村がどれほど騒々しくなったのかは説明するには何千字あっても足りないだろう。この傍若無人、俺様最高、後は野となれ山となれな人間暴風と知り合ってからというもの、俺に平安の日はないのだ。 なんにしろ嵐がきたら人間のできることは、それがすぎさるまで頭を低くして、さっさと去るのを祈るだけだ。 そんな風に、こいつとの付き合いに慣れた、ある日の一コマのことである。 君子危うきに近づかずと心に誓いつつ、書庫の奥から適当に抜き出したわけにわからない本に集中する。 「なになにカミは偉大だ? どういう意味だ? たしかに紙は偉大だよな、こんな意味のわからないものすら書物として後世に残せるんだから――って、おい!」 システーマが本を奪い取ると、サディスティックなまなざしで告げた。 「髪は偉大よね」 「お前は、男の将来をなんだと思っている!?」 「なんの話かな?」 ぜってぇ、親父の禿頭を思い浮かべているだろ。 しかし、そんな俺の心の声なぞ知るはずもなく、そもそも音声化した声ですらも無視にするにちがいない女が勝手に話しをつづけた。 「ねぇ、聞いてよ? 時々ヘンな奴を見るのよね」 俺はいま見ているし、お前も鏡の前のでいつも見ているだろ……とは、さすがに言えず、適当な返答をする。 「どんな奴だ?」 「ほら見なさい! 外にいるじゃない」 びしっと指さされ、しかたなく。いや、正直に告白すると俺は好奇心にかられて目をあげてしまった。 「あッ……」 目があった。 思わず、手をあげてはぁい。 黒いローブを頭からかぶった、いかにも怪しい奴が顔をさげる動作をして返礼。 うん、なにかヘンだ。 なにがヘンだがわからんが、なんだかヘンだ……って、思っている内に、謎のローブ野郎が優雅に去っていきやがった。 「お、おい!」 「なによ?」 「おいおい!」 「言葉をしゃべりなさい! 意思疎通ができないわ」 ……こいつに常識を言われるほど、俺は落ちぶれているのかよ。 「これから、どうするんだ?」 「決まっているじゃない! こんな、おもしろそうなことを放っておくわけないじゃないでしょ!」 システーマを机を叩き、その手を胸のあたりでぎゅっと握った。 やる気は十分。 知識は半分。 常識はそれ以下って、ところか。 なんにしろ、こうなったらシステーマのペースだ。 「なにか思い当たることはないのか?」 「そういえば、あいつに鍵を貸して欲しいって頼まれたことがあるわ」 「そういえばじゃない!」 「でも、その部屋の鍵がどうしても見つからなくて、開かずの部屋状態なのよね。時々、奇妙な音もするし、気になっているんだけどね」 「あからさまに、その部屋が怪しいだろ!?」 |
■参加者一覧
露羽(ia5413)
23歳・男・シ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
琉宇(ib1119)
12歳・男・吟
ライラ・コルセット(ib5401)
17歳・女・砲
嶽御前(ib7951)
16歳・女・巫 |
■リプレイ本文 はじめに、お断りにしておきたい。 というのはギルドからあがってくる冒険の記録というのはギルドの職員が書くのが通例である――っていうか、それが本来だろ!――のは皆さんも知ってのとおりだと思う。だが、今回は依頼人であるはずの俺が書くこととなった。 世の中には例外のない例外はないというが、なぜ市井の一市民である、俺のようなやつがこんなもん――おっと、失礼。大切な報告書を書いているかといえば、すべて彼女が悪い。まあ、理由はおいおい。 ただ、ひとつだけ言っておく! ギルド職員、喜んで賛同すんな! 仕事をさぼんな! ……これって開拓ギルドに告発する依頼を出せば、それはそれでそ一本の報告書になるんじゃないか? まあ、これ以上の愚痴は彼女に聞かれたら怖いからよそう。 ● さて、開拓者の皆さんがやってきのは、ある晴れた日のことであったと記憶している。。 まあ、冬も終わりジルベリアの人間には大望の春がやってきたわけで、雪解けのぬかるんだ道は春の兆しとして地元の人間としては歓迎なのだが、遠方からの来訪者にとってはうれしくない出迎えだろう。 だから俺の開拓者との出会いは、ぬかるみに足を取られ、転びかけた女性の柔らかな体を抱き上げた時にはじまった。春の日差しに、白いかんばせの頬が赤く染まり、輝く雪にも似た髪が揺らめくと、春の日差しが、冬の残り香に嫉妬するように一段と輝き、その微笑を宝石のようにきらめかせ、なんとも言えぬときめきを感じたのを覚えている。 綺麗な女性だった。 「巫女の嶽御前(ib7951)と申します。よろしくお願いします。それにして、話に聞いていたよりも、ずいぶん世界は広くなったものじゃの。なかなか面白い」 本当に世界は広い。 生まれて初めて修羅を見た。 修羅とはオーガだと聞いていたので、もっとがたいのいい存在を想像していただけに、こんなに美しい女性だったとは――眼福、眼福。 つづいて入ってきたのは、これまた妙齢の女性だろう。 握手であいさつをして建物に入って貰うと、 「なにをにやにやしているのよ!」 背中からおぶさってきたシステーマが、俺の目をその両手で隠してきた。あわてて、その両手を離そうとして、俺は彼女の手を握ったまま黙り込んでしまった。 「なによ?」 「あ、うん……?」 いまでもシステーマの手のひらを見ると、露羽(ia5413)さんの手が、女性にしてはごつかったことを思い出す。 ● その日から、開拓者の皆さんの仕事がはじまった。 ひとりは村へ、ひとりは館でといった具合に、とそれぞれが、その道の知恵を使って、まずは下調べとなったらしい。 屋敷の中をいろいろ歩き回りながら、なにごとか調べ始めたり、 「最初はみんな情報を集めるみたいだし、私も情報収集かなー?昔話見たいだし、面白いのが聞けるかも!!」 と叫んで、村へと向かっていった者もいた。 一日、買い物に出かけると、村では竜哉(ia8037)さんが老人たちに敬意をあらわしながら、それでも楽しそうにおしゃべりをしていた。 人生の先達と竜哉さんは謙譲していたが、相手はジルベリアの老人だ。 そしてジルベリアは武の国だ。 みずから戦う者を尊ぶ土地柄であるし、相手が騎士ともなれば田舎の保守的な老人たちが、自然、好意を持つのも当たり前だろう。 それにしても日常を供にすると開拓者も、やはり普通のひと――もちろん修羅もいたけど――であるし、その仕事もまた、そのあたりの人々と同じように、その大部分は地道なものなのだろう。 システーマなどは最初、開拓者とはどんな連中かと尋ねたとき、 「ぱぱっときて、一目見て事件の真相を言いあてて、それで解決するに違いないのよ!」 などと夢見ていたものだから、現実を目の当たりにして少々、お冠である。凡人としては、しばらくは彼女の好物でも作って、ご機嫌を取るしかない。 幸い、 「何が隠されているんでしょう……。ちょっとわくわくします♪」 シノビの露羽さんが、そんな風にしてシステーマを誘ってくれたので、たちまち機嫌を直して、彼女もまた秘密の小部屋の調査へ興味を向けてくれた。 「まずは付近の大工さんや建築士さんに見てもらって、どういう謂れのある建物と思われるのかを訊いてみよう! 何かヒントが見えるかもしれないよね?」 「いいわね、気に入ったわ!」 「物音というのも気になりますし、慎重に調べる必要がありそうです。ま、明るく楽しく、地下室を調べに行きましょう」 「その前にすることがありますよ」 大きな帽子をかぶった、どこか幼い顔――天儀の人間は皆そうなんだが――琉宇(ib1119)が声を挟んだ。 その後、どんなことがあったのか知らないが、しばらくするとシステーマは、この人物の事を俺に、 「探偵さんよ!」 と紹介するようになった。 言葉の意味はわからなかったが、彼には似合う言葉の音だなと思った。が、なんでも探偵の助手は、手記を残さないといけないとかなんとかで、俺がこうして報告書を書かなくてはならなくなったのだが…… ● さて、そんな翌朝。 朝食の準備をしていると、まず竜哉さんがやってきて、テーブルの上に放り出したまま、すっかり忘れていた、あの意味のわからない書物を手にした。 そして物憂げな表情をすると、 (やはり神教会……ね。やっぱ少し、複雑だな) とつぶやき、俺の両肩をつかみ、まるで勇気づけるように言った。 「俺も上で祈りを捧げてきたばかりだ。たとえ隠れていようとも、いまは弾圧され、辛いだろうが、がんばってくれ」 「は、はぁ……」 このひとは何を言っているのだろうと思っていると、システーマがやってきて肩に手を置いて、にやりと笑った。 「フラグが立ったわね!」 「フラグ?」 「流行らしいじゃない?」 なにを言おうとしているのか、わからんぞ。 ぜってーに立ってない。 俺の全存在を賭けて断言する。 そんなフラグは立っていないから! 「まったく……」 ぶつぶつ言いながら、人数分のスープの入った皿を、ふだんは二人で使っている、どでかいテーブルに載せると、いったい何十年ぶりかは知らないが、そこが昨晩と同様、本来の役割を果たす。 温室で育てた野菜に油をかけ、塩、香料で味をつける。ちょっとしたサラダだ。あとは、できたてのいい匂いのするパンを適当なサイズに切ってバケットに入れ、近くの農場からもらってきた牛乳の入った壺をテーブルの上に。 これでお客さまに出す朝飯はそろった。 さてと、一息つこうとして手近にあったマイカップを取ろうとすると、そのカップを探偵くんが奪っていった。 俺のカップをとるな。 呑むな。 そして、システーマも受け取って、まわし呑みするな。 「おっはよう! あら、どうしたの? 目に隈まで作って、昨晩はなにしたのよ?」 「一晩くらい睡眠不足だよ」 あくびをしながら琉宇はシステーマに応えると、眠そうな目をこすりながら強がるようなことを言っている。 「慣れているけどね」 そんなことをしている内に、一同がそろい、食事も終わった。 そして、探偵さんはおもむろに床に拡げた楽器からひとつを取り上げ、仲間たちに質問をした。 「この音、何だろう。わかる人、いないかな」 「音じゃないな」 よく、わからん。 俺がそんな様子を眺めながらテーブルの上の籠からリンゴを取り出し、皮を服の袖で拭き、口にしようとした。 ちなにみ、俺は、皮と実の間の、あのすっぱさが好きだ。 「ふぅん、リンゴを皮ごとかじって食べるんだ。僕は皮を剥くから、剥いた皮を……」 突然、得意のギャグを言い損ねたような表情となって探偵の君は、 「どうしたんだ?」 「残った実はどうなるの?」 「そりゃあ、残っているな」 「ずっと置きっぱなしだったら?」 「腐る」 「そう腐る。でも、それが腐らないモノだったら?」 リンゴをかじりながら、あわてて大きな帽子をかぶりなおすと少年探偵は足早に食堂を出て行った。 ● その日の昼前。 開拓者の皆さんに、どんな料理を作ろうかと考えていると、突然、呼び出されて、箒を押しつけられた。 「いまから掃除をはじめるわよ」 しかたなしについていくと、地下への階段を下り、あの部屋の前では開拓者の皆さんがそろって、打ち合わせをしていた。 すでに彼らの間では、なにごとか決まっているらしく、 「気休めとは思いますが」 そう言って御前がなにかしらで濡れた布を手渡してくれた。マスク代わりにしてくれと言う。 全員がマスクをつけると、御前さんの体がかすかに光りだし、やがてその輝きは四方へと拡散していった。 「いまのは?」 「瘴索結界「念」で部屋の中だけでなく、外からも何かしらの敵がこないか警戒したのじゃ。やはり、中にはアヤカシが二体おるな」 「そうですね、、まず扉の前でライラさんに空砲を一発放ってもらうよ」 「了解! 琉宇ちゃんに空砲を鳴らして欲しいって言われたから、中で思いっきりならすわよー」 ゴーグルが印象的な赤毛のおかっぱ頭の開拓者――ライラ・コルセット(ib5401)さんという名前だそうだ――がぴかぴかに磨かれた二丁拳銃を取り出し、 (よろしくね) と言って、口づけると扉に向かって、空砲を一発。 瞼を閉じていた帽子の君が目を開けた。 「そこそこの広さのある部屋みたいですね。あ、不思議そうな顔をされますね。残響から部屋の大きさや形、壁の材質を知る手掛かりになるんですよ。こう見えても音楽堂の設計依頼も受けたことがあって、天儀に建っているよ」 「本当に世界は広く、世間は狭いものじゃな」 嶽御前さんが上品な微笑を浮かべたのは、いつか、どこかで、その建物を見たことがあるからなのかもしれない。 「音については得意なんだ。そういえば、この建物も――こほん。さぞやいい音楽を奏でるだろうね」 「そうだったろうな。そして、いつの日にも――」 竜我さんが、あいかわらず意味深なことをつぶやいている。 「じゃあまず、偶像の歌で扉に興味を持たせて誘導してみよう」 楽器を手にすると、なにやら曲を奏で始めた。 「そして施錠のまま重力の爆音で先制攻撃」 どかーんとい音がして、耳鳴りが惨い。 「ここのタイミングで露羽さんに錠を開けてもらえたらって思うんだ」 「了解した!」 露羽さんが手慣れた様子で――もちろん時間はあったのだ。事前に十二分に準備はしていたのだろう――開かずの扉を開けた。 「あれは、なによ?」 部屋の中から、煙のようなものがあふれてきたかと思うと、開拓者たちの目つきが一段と険しいものとなった。 「後ろにおれ」 あの修羅嬢の表情も硬い。 ただ、この後の戦いが始まる前に記しておきたいことがある。 それは、正直、開拓者たちの行動を逐一、描写することはできないということだ。 俺の目には、その行動のひとつ、ひとつが、あまりにも早すぎたうえに、かれらがどのような術を使ったのか――技名を叫んでいるのならば別だ――などということはまるでわからなかった。 しかも、それぞれが同時に何人も動くものだから、目で追いきれもしなかった。。 なんにしろ、その声はまず覚えている。 「このアヤカシは一体……!? ともかく、やっつけてしまいますよ!」 竜我さんが剣を振ると、煙か雲のような何かが確かに奇妙にゆがみ、そこへ喝と叫んだ露羽さんが手裏剣を投擲ののち、敵に接近。ライラ嬢の二丁拳銃が火を噴く。 「なんなの?」 「わかんないの? アヤカシとの戦いでしょ!?」 「俺には霧だか、部屋の埃だかが揺らめいているようにしか見えないし、そこに剣を――って、竜我さん、なんで剣を落とすんですか!?」 「黙ってなさい!!」 口を押さえつけられ、俺はもごもごとなっている間の、ほんとうに、あっという間のできごとだった。 再び、あの轟音。 「重力の爆音です」 さらになぜか竜我さんの体が浮いたかと思うと、まるで叩きつけられるようにして、岩向きだしの壁に衝突。 「念力ということかしら?」 「そうじゃな」 依頼人のぶしつけな問いに応えながら、御前の体が淡く輝くと、竜我さんの傷が消えていくのが、ここからでもわかった。 「よっしゃー!やってやるわよー!」 露羽がいつの間にか、部屋の奥にすこしだけ残った煙のアヤカシ(?)に斬りかかり、失敗したという表情になる。 竜我さんは立ち上がろうとして、足下の崩れた床にひっかかって、すってっんころり。 最後には、ライラさんまで拳銃を発砲しようとして、カチ。 「……って、こんなおいしいシーンでジャムるんじゃないわよ!」 あれ? 「ここまで敵味方関係なく失敗するとは、まったくもって、とんでもない神に好かれたものじゃな」 「笑いの神だからしかたないよ」 あきれたように御前がこみかみを押さえると、部屋の中では床に転がっていた床から壁やらの破片が嵐の中の木の葉のように開拓者たちにぶつかっていた。 いまらさ驚く気力もないし、そんなことはあったにしろ、最後には竜我さんが、かっこよく決めてくれた。 「この技、聖堂騎士剣も、元々は神教会の技術。対人にはあまり役には立たない……当たり前だな」 いや、そんなあぶなかっしい刃物をふりまわしたら、その重さと勢いだけで人間はケガをしてしまうと思うんですが? そんな目で見ていた俺に、部屋から出てきた騎士が声をかけてくれた。 「神教会は人を相手にした戦闘技術ではなく、あくまで人を守る為にこの技を作り上げたんだから。その志だけでも、引き継ぎたいものだ」 「あ、はい……」 なんでこの人はこんなことを言うんだ? 「なにを惚けているのよ! やっぱり、あんたそっちの趣味あるんじゃない?」 「ない!?」 ● 結局、昼食が戦勝会となった。 昼間から、酒が振る舞われ、倉庫に入れてあった材料はすべて解放。俺はただひたすら料理だけを作っている。 宴会場となった食堂では歌えや踊れやの大騒ぎ。 さまざまな声がする。 そういえば、後から聞いたことだが、こんなやりとりがあったらしい。 「ところでこの地下室、これからどうするんですか? 使わないのも勿体無い気もしますけれど……」 「決めてないわよ。あんな中途半端な場所は、とりあえずは物置に使うとして……ねえ、なにかいい案ない? そういうのってギルドに依頼を出せばなにか考えてくれるものなの?」 なんにしろ、そんな声を遠くに危機ながら、俺はひとつだけ確信したことがある。 あの人の言っていたジルベリアにいた神という存在は、笑いを司っていた存在に違いないと! |