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■オープニング本文 「あ、おじさま!」 ゴーグル越しに男を見つけ、少女は声をあげた。 そしてゴーグルを脱ぐと、ヨロイの座席から半身を乗り出して騎士、エスティアは手をふった。眼下で準備をしていた技師たちが、まずそれに気がついてざわめきはじめると、あたりの騎士たちも足を止め、やがて男もそれと気が付いた。 やれやれと肩をすくめるような仕草をしてみせてから軽く手をふって返す。 「来てくれたんだ」 コックピットに座り直し、エスティアはうれしそうに胸元で両手を結んだ。 その男は、彼女にとって養父のような存在であった。 両親が戦争で亡くなってから、かれらの代わりとなって遠くから見守り、生活の支援をしてくれたのだ。 そんな彼女はいまや一介の騎士としてヨロイを扱う身となっている。 「そろそろ新型ヨロイのテストを始めますよ!」 チェックを終えた技師がエスティアに声をかけた。 ● 「あのヨロイは新型といったがなにがちがうのだ?」 無骨なヨロイには、背中からなにやらケーブルが伸びていて砦の中へとつながっている。まるで鎖で繋がれた捕囚の重騎士である。 白衣の責任者が、ケーブルを指さす。 「あの砦につながったケーブルから燃料をヨロイに供給することにより、戦闘中であってさえも常にヨロイの状態を最高にしつづけるものでございます」 「わけがわからんな。もっとわかりやすい例えで言ってみせろ」 「そうですな、こう言えばわかりがよろしいでしょうか? つまりヨロイにアヤカシの回復能力を疑似的に再現するものでございます」 男の目が見開いた。 「できるのか?」 「できる……というか、まあ、いまはできなくとも将来的には可能にしてみたい、まあ、そのためのテストでございます」 「なるほど確立の目処のたっていない技術ということか、テスト段階なのに無用に高価なだけのヨロイだのなんだのと宮廷では言われるわけだ」 「金食い虫なのは自覚しております。そもそも、これはヨロイ単体では意味をなさないのでございますし」 「どういうことだ? あれは見た目から言っても重騎士タイプの新型のヨロイのように見えるが?」 「もちろんあのヨロイ自体は装甲の厚い防御専用でございますが、それは本質的な問題ではありません。問題は、あのヨロイは砦による全面的なバックアップを受けているということでございます」 「全面的な?」 「さきほど言ったとおりこのヨロイ――あえてシステムと呼ばせてもらいますが、このシステムはヨロイを単体で戦闘に投入するのでなく、燃料や武器はもちろん、戦う者に地図を砦から敵や味方の情報を逐次流し、補給し、最適の戦闘状態を作りつづける、そういうシステムを作るための一里塚でございます」 「砦と一体化したヨロイではそもそも動ける範囲が限られるであろう?」 ヨロイから伸びるケーブルを再び指さす。 「理想を言えば、あのようなものは使わずにいたいのでございます。足の裏にヨロイ側の燃料補給口を作り、地面全体を供給源にできれば最高なのでございますが、現状では夢想の域でございますね。なんにしろ理想型としましては、無限の回復をするヨロイを倒すためには城塞の中枢部分を同時に制圧しないといけないものにしたいのでございます」 「砦を奪うために障害物を突破しなくてはいけないが、その障害物を排除するためには、まず砦を奪わなくてはいけないというわけか」 理論としておもしろいなと男は笑ったが、 「だが働かされる人間にしてみたら、たまったものではないな」 乗る者の顔が頭をよぎり、彼らしくもない言葉もこぼしていた。 ● 始動―― 男が来たからといって特別な催しをするでもなく、その日の試験が始まった。 今日は武器を使った試験だ。 何十もある検査項目を考えながらエスティアはヨロイを動かしはじめた。 「なに?」 ゴーグルに黒い滲みのようなものが見えた。 それはしだいに数をましゴーグルの視野を奪ったかと思うと、 突然流れ始めた文字の羅列にエスティアは愕然とし、同時に本能が、それを察した。 「どうした?」 ヨロイの動きが止まった。 予定にはない動きだ。 なにかトラブルか――あたりの技師たちが騒ぎ始める。 その時、ヨロイが異様な音をたてながら再び動き出した。安堵の声があがりかけ、それが悲鳴に変わるのに時間は必要なかった。 何事もないかのようにヨロイが太刀を横に振り払い、あたりにいた人間をおかまいなしにふっとばしはじめたのだ。投げ捨てられた人形のように人間の体が宙を舞い、あたりに落下し、あるいは壁にぶつかり、あたりはまたたくまに血に染まった。 「なんだ?」 「反逆か?」 「事故? 事件?」 ヨロイがうなり声をあげた。 「まさか? 暴走!?」 「!?」 なにが起きたのか正確なところは誰にもわからなかった。 ただ、異様な何かが始まったというとこだけは察しがつく。 非常停止用のスイッチは効かない。 「かまわん! 操作パネルを壊せ!?」 ひとりの騎士が面倒だとばかりに剣を抜き、力任せに燃料補給をしている回路を叩き壊した。 「やっ――ばかな!?」 みるみるにちに制御板がもとに戻っていく。 「砦が自己修復しただと?」 「理論的にはヨロイに蓄えられたエネルギーで補助しあうことができればと考えておりましたが……しかし――これではまるで」 「アヤカシだな!」 冷静に男は言うと、全員に待避を命じた。 ● すわ反逆だ! と叫び、あわてる部下たちとは対照的に男は落ち着いたものであった。いや、十代でその座に就いてから戦いつづけてきた男にとって、今日程度の凶事は日常であるのだろう。それに、驚愕するだけで国を支配することができたのならば、それまでの人生で彼は何千という国を支配することが出来たであろうか。だが、彼の現実に支配する国はひとつでしかない。 いや、ひとつでもよい。 「……おもしろいな」 「はっ?」 血の継承があったとはいえ、なかば自らの力によってその王位を奪い取り、保持しつづける男の頭は冴えている。 「気がつかなかったか? まあよい……」 しばらく黙考し、 「これより、この砦は閉鎖する。いちばんに近くにいる騎士団を呼んで、この周囲を囲め! それと開拓者たちを招聘しろ。あれはただの暴走でも、ましてや、あの娘の反逆などではない。アヤカシの仕業なのだからな!」 カラドルフ大帝は勅令を発した。 |
■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
菫(ia5258)
20歳・女・サ
サーシャ(ia9980)
16歳・女・騎
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
巳(ib6432)
18歳・男・シ
ジェーン・ドゥ(ib7955)
25歳・女・砂 |
■リプレイ本文 ●皇帝 「シーラス卿、ただいま到着しました」 「近衛師団、持ち場につきました」 つぎつぎと入ってくる情報に無言でうなずき、男は待っていた。 天幕に陣取り、ことの成り行きを見守っている。彼のすることは、なにごとをなすかを決めることであり、決まってからできるのは、それがどのような推移でなすのなか、あるいはなさぬのかを見極め、そして再び決断することだけである。 皇帝とて、なんら全能でも、ましてや全知ではありはしない。 ただ人間なのだ。 だから何が待っているかわからぬ結末に対して、ただ待っていることしかできない。 あとは、いらだちと焦りとともにある孤独の監獄に入るしかない。 誰も変わってくれない、そして誰かに変わってくれとも頼むことのできない針の筵に座っているといってもいい。 (いや、皇帝とはそういう存在でなくてはならぬのだ。そうでないのならば!?) 男の心をよぎる過去の断片が集まり、束縛し、そして現在の彼を形作る。 外に出て新鮮な空気を吸おう。 柔らかい新雪を踏みながら天幕の外に出ると、眼下に砦が見える。 「まるで挑戦者を求めているようだな」 誰に向かってつぶやいているのか、白い息とともに言葉が漏れる。 軍が周囲を囲む砦の門前には黒いヨロイがいる。 雪もやみ、すっかり晴れ上がった空に、小さな花火があがった。 「はじまったか」 男は、ふたたび天幕に戻っていく。 「開拓者の皆様が砦に突入したとの連絡が入りました!」 遅れて報告がきた。 あとは待つだけだ。 なに、待つことはなれているのだ――そう自分に言い聞かせながら、だが男の拳が小さく震えていた。 ●開拓者 「こっちよ!」 三笠 三四郎(ia0163)が大地を揺るがせるような大きな声をあげ、その巨体の注意を引く。咆哮という技である。 すでにヨロイとの戦いが開始されていた。 先ほどの花火から、すでに十分ほどたっているが、もう一班からの連絡はない。 しかし、やることをやるまでだ。 二つの班が互いに目的を達成させる。 それが前提の作戦なのだ。 もう一方のチームの動向が不安である。 不安ではあるが、やるしかないのだ。 頭を動かすこともなくヨロイが三笠の方へ移動する。まるで別の場所に目があるような不気味な動きだ。 「このあたりならばいいか?」 すでに事前の調査で砦内部の地図は頭に入っている。 「いいんじゃないかな?」 言いながら淑女が、うまいことヨロイを誘い込み、庭の木を利用して、その手にあった武器を落とすことに成功した。 「はじめるよ!」 周囲に被害がおよばぬように、中庭にまでヨロイを誘い込んだ。 ここならばヨロイも、そう簡単に逃げ出したりもしないだろう。 「試作機なので脚部の駆動部の作りは甘くなっています!」 三笠が仲間に確認するように叫んだ。 ならば策は決まった。 梢・飛鈴(ia0034)が腰を落とし、構える。 「どんな奴だって関節は弱いってのは基本だからナ」 (ガタイがデカイ分狙いやすいナ。中に誰もいなければじっくり遊んでやってもいいんダガ……まず骨法起承拳で行く!) 拳をふりあげ、足を進め、顔から、ずってんころり。 「ててて、なによコレ!?」 みごとに足には縄がからんでいた。 なんにしろ信仰する者はなくとも、あまたの世界にあまねくことなく存在するダイスの神、あるいは運命の女神と呼ばれる存在の采配は気まぐれである。 「ごめんな!」 サーシャ(ia9980)がすまないと言って横を駆けていく。 (まだまだ仕掛けができるまでには時間がかかるんでね――) 一漸、大剣テンペストをヨロイの膝にたたき込む。 三笠の三叉戟、毘沙門天が、さらに一撃を加え、琥龍 蒼羅(ib0214)がかまえる。 (見えた!) 斬竜刀、天墜があまりにも美しい軌道を描いて、すでにつぶれかけていたヨロイの傷をえぐり、片足を叩き斬った。 片足を失うと、ヨロイがよろけながら前方に倒れる。 「バランサーはたいしたことないな」 サーシャがヨロイと砦をつなぐケーブルを叩き斬った。 三笠があわてて掛けより、剣先をヨロイの装甲と装甲の間に突きつけ、できた隙間に梢が指をかけると装甲をはぎ取る。両腕に力を入れると、しだいに閉じられていた操縦席が開く。 「見えた!」 琥龍とサーシャが手を貸す。 騎士の上半身が見えた。 だいぶ衰弱しているが、まだ息をしている。 もうすこしだ。 「なに!?」 その途端、三笠は目を疑った。 騎士の下半身がまるでうごめく蛇のようなケーブルに埋もれていることに気がついたのだ。背筋に寒気が走る。生理的な嫌悪を感じながら剣を突きつけてコードを叩き切る。 (生きている!?) コードがうねっている。 その時、また別のコードも動いた。 開拓者たちが目を離したのをいいことに、叩きつぶしたはずのヨロイの足から、うねうねとコードが延びてきて、背後から、梢の背後から襲ってきたのだ。 まず細い足首に絡みつく。 「きゃあ!?」 かわいらしい悲鳴をあげて少女が逆さ吊りになる。 反射的に下半身に手がいくのは、まあ女の子だから。 「こんなんばっか!?」 そんな梢の悲鳴が響く頃、砦の内部へと向かったメンバーもまた悲鳴をあげていた。 まずは巳(ib6432)である。 「ちきしょう!?」」 太ももが見事に裂け、血があたりを染めている。 (まさか――) 上から格子が落ちてきたと同時に、下から槍と、横から矢が飛んでくるとは思わなかった。 (仕掛けはなかったはずだぜ?) 超越感覚を使ったり、事前に調べていた情報と違っている。 普段ならば、その後にはどうしてなのかという疑問が頭をよぎるのだが、いまはそれどころではない。 致命的な一撃だったのだ。 気分が悪くなってくる。 勘がにぶり、動きも悪い。 まったくもって今日はついてない。 「痛いでしょうが、動かないでください!」 悲痛な叫び声をあげてフェルル=グライフ(ia4572)が癒しの術を使う。 傷に顔を近づけると金髪の少女の髪が巳の鼻のあたりでくすっぐたい。それに少女の仄かな香りに、すこしとまどいそうになる。別に女に慣れていないというわけではないし、なによりもこの苦痛だ。 ただ閃癒を使うだけだというのに――周囲に影響を与えるスキルなのだ――こんなに迫られては、いらぬ気分になってしまう。 どこかで冷静な自分がそんなこと考えている間に、フェルルの癒しが終わった。 「これでいいでしょう」 効果は迅速にして絶大。 もはや傷の痕しかなかった。 まるで何ヶ月も前にケガをしたかのような感覚だ。 「よし!」 あいかわらず見事なものだ。 そんな間、ジェーン・ドゥ(ib7955)達がふたりを守って戦っていた。 死者に憑いたアヤカシが襲ってきたのだ。。 「死んだ守備兵に憑いたというところでしょうか?」 すでに敵影はない。 砦の図面を頼りに進もう。 仕掛けこそ変わっているが、暗記できるほどのシンプルな作りの部屋の配置までは変わっていない。 目的の扉がある。 ジェーンが進み出た。 「素敵なもてなしがありそうね。でも、そんな家があったら――住みたくなどない!」 ジェーンは扉の錠に借りてきた鍵を差した。 ここまでくれば未知の罠のひとつやふたつ上等だ。どうせ罠があるのならば、罠をつぶすまでのこと。そう心が決まっている。 「跳んで!」 頭上からブロックが落ちてきた。 ひとつは回避した。 二つ目も、しかし、三つ目がジェーンの背中にぶつかった。 ひとつではなく、時間差で、何個も落ちてくるというのは、なかなか性格が悪い。 だが小細工な罠を使わなくてはいけないというのは、つまるところは後がないということであり、言い換えれば悪あがきでしかないのだ。 フェルルが再び、今度はジェーンに癒しのスキルを使う。 「ありがとう。しかし……」 「はい」 フェルルの見立てどうり動力庫には、何かがある、いやいるようであった。 「死体に憑いて襲ってくると思ったが、それもなしか」 誰となくつぶやく。 機械の音だけがする部屋は、妖しさに包まれているだけにさらに不気味である。 「念」を唱える。 フェルルの背中を雷が走った。 (見つけた!) 指さす先に、それがあった。 そこには巨大な赤い一つ目がフェルルたちを睨んでいた。 さらに機械の音が大きく鳴った。 「まずいな」 なにかの仕掛けが作動しようとしている。 「先制優位!?」 遠くの仲間に届くかわからない。 だが、一度、呼子笛を吹くとジェーンが多少の被害は覚悟のうえで走った。 矢が飛んでくる。 顔をわずかにそらすと空気を切る音が耳に残った。頬に血が流れる。だが、気になどするか! 剣をアヤカシの目玉につきたて、これで終わりだ! 「やった?」 「まだです!?」 ジェーンは周囲の機器を斬りつけ、それが回復しないことを確認すると、やっと二度、笛を吹いた。 「やったか!?」 巳が部屋の外へ飛び出て、窓を見つけると、こじ開け、空に向かって狼煙銃を放った。 青い空に火の花が咲いた。 「見えた!?」 誰かの歓声があがった 場面はふたたびヨロイを退治するメンツに移る。 再生をしようとうごめくケーブルを開拓者たちが蹴散らすそばで、ヨロイの上半身がもがいている。 騎士はまだ救い出していない。 「早く暴走を止めないと本当に棺桶になるわ!」 「助けることはできなかったか」 なんとか半身はヨロイの外に出すことができたが、下半身のあたりがまだケーブルに埋まっている。 暴れるヨロイの上半身を回避しながら救い出すのは困難だ。 なんにしろ、向こうが再生を終わらせる前に、こちらも終わらせなくてはいけない。戦力的には問題ないのは先ほどの戦闘でわかっている。 ならば、あとは時間との戦い。 騎士が衰弱しきっているのがわかる。 「いや、より悪化しているのか?」 「体力を奪っているんだね。ケーブルから再生するための燃料がこないから、騎士から奪うなんて、胸くそ悪いヨロイだよ!」 ヨロイ乗りが悪態をつきながら、一端、ヨロイから離れた。 「こんどこそ!」 ふたたび梢が骨法起承拳のかまえを見せた。 ヨロイがそれに対応した防御姿勢をとる。 「なんてね」 かわいらしい表情で、ぺろりと舌をだしてフェイント。 一回転すると、虹色の裾がふわりとなって、どこからともなく大きな弾をとりだして、えぃ! 爆音ともに焙烙玉がヨロイの眼前で破裂した。 攻撃力はさほどない。 だが、それでも土埃があがる程度の威力はある。 あたりが真っ白となって、ヨロイの視界が一瞬だがなくなった。 そして、それだけの時間があれば十分だ。 サーシャが仕掛けを手にする。 何かが煙の中で動いた。 ヨロイの視界が、それを認識した時にはすでに罠にはまっていた。 めきめきという音がして、半身だけが天井に持ち上がる。ヨロイの視線が動き、己を体にかかった太い縄を確認する。そして、地面では縄の端を肩にかけ、顔を真っ赤にしたサーシャの姿があった。三笠が、それに手を貸す。 ヨロイの上半身がさらに持ち上がると、下半身とつながっていたケーブルが音をたてながら、ぶちぶちと断ち切れていく。しかし、梃子の原理を応用し、しかも開拓者がとはいえ女だけの力ではこれが限界だ。 二人が叫んだ。 「あとは、まかしたよ!?」 まかされた! 琥龍がまぶたを閉じ、心に念ずる。 (揺るがなき境地、澄み渡る水の如く……) 剣が秋水のかまえとなる。 「抜刀両断、ただ……断ち斬るのみ!」 かっと琥龍の瞳がかっと開き、一閃、アヤカシの瞼が永遠の闇の中へと閉じられたのである。 ●騎士 うっすらと瞼が開いた。 「あ……――」 あわてて起きようとする女に、男は横になっているようにと優しい声で諭す。公人としての彼しか知らぬ者が見れば、まず自分の耳と目を疑い、そして知ってはいけない秘密に出会ったことを心の底から呪い、逃げ出したかもしれない。 それほどまで優しい表情で、本当に親しげな、それこそ身内にしか見せぬ、そんな笑顔であった。 これが、彼女にとってのおじさまであった。 男の目が、再び鋭くなって、ちらりと脇を見た。 天幕の影に気配を感じたのだ。 (衛兵どもは何をしている) 剣に指先がいく。 「どうしました?」 「いや、なんでもない」 男は心配しないようにと女にもう一度いい、さぁお眠りとつぶやいて毛布をかけた。 「待って……ください」 「どうした?」 男の手を、女の手が弱々しく握る。 互いに、なんの言葉もなかった。 男は女の横に腰掛け、手を握ったまま、眠りにつくのを待つのであった。 はたして、男は気がついているのだろうか、 (あの男も、また人間ってこった) くくくという笑い声ともに、その人間の気配は闇の中へと消えていった。 ●技師 「――ただ作った人間は……どうなるかを考えると同情の念を禁じ得ません」 誰だったろうか。 この前のヨロイの騒ぎの時、そうつぶやいていた凛々しい女性のな開拓者がいた。 そんな事を思い出したのは、かわいらしい封筒に入った綺麗な文字の手紙を貰ったからであった。内容は、昨日のヨロイ暴走の件で世話になったことに対する礼であった。さぞや、たくさんの人々に送ったのだろう。 (ご苦労さま) お礼の手紙を読み終わると、すがすがしい気持ちになった。 なにか一区切りついた気がしたのだ。 ヨロイ暴走の件についてはアヤカシが原因とされ、騎士は不問ながらもしばらく某貴族の預かり――つまりケガが完治するまで静養せよということである――となった。しかし、計画の責任者は違う。 開拓者の言葉ではないが、 「アヤカシの再生能力を擬似的に再現、ですか?アヤカシの力を真似る発想の時点で、このシステムにはアヤカシが巣食う土台ができていたのかもしれませんね」 という声が宮廷でも大きく、またもとより多額の開発費に批判も多かったこともあって、責任をとって辞任の運びとなったのである。つまるところで体裁のいい追放である。 もちろん計画は凍結となった。ただきな臭い噂では、データは皇帝本人が回収したということだったが、いささか眉唾な話ではある。だが、どうでもいいことだ。 「さて――」 無職となったが、それもまた人生。 「なに命を奪われなかったんだ! 生きていれば、どうにかなる。いや、どうにかしてみせるさ!」 なんにしろ、ひとつの終わりとは、ひとつの始まりの序曲にしかすぎない。 だが、それを語るのはここではない。それは、また別の誰かが出会うはずの、別の物語なのである。 |