【不条理な祈り】前編
マスター名:まれのぞみ
シナリオ形態: シリーズ
EX :相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/17 00:18



■オープニング本文

 今日も声がする。
 声が――
 うっすらとまぶたが開き、青白い顔をした少女はベットに横たわったまま、窓の外から聞こえてくる楽しげな弟たちの声に今日も耳をそばだでてていた。
 鬼ごっこでもしているのだろうか。
「こっち、こっち!」
「待ってよ」
「いやよ!?」
 聞き慣れた声の他にも、知らない子供たちの笑い声がする。
「なんだとぉ!?」
「あぁぁ、怒ったぁ!?」
 本当に弟は子供だ。
 そう、子供だ……いや、それが本来の子供というものなのだろう。
 それなのに――
 弟と一歳しか違わない姉のまぶたに涙が浮かぶ。
(わたしは――)
 ベットの上に半身をもたげあげ、少女は力もなく自嘲の微笑を唇に浮かべようとして、突然、顔をゆがめ、吐血した。
 激しい咳を終えると、少女は血のべったりとついた手のひらを見た。
(結局――)
 自分という存在は、この屋敷という狭い世界しか知らずに朽ち果ててゆく宿命なのだろうか。
 なんという儚き運命。
 目の先には萎れた花の入った花瓶が目に入った。
「みんな……――」
 血塗れの唇から呪詛が漏れる。
 呪詛は言の葉、ことばは言霊、なればこそ――
「その夢をかなえましょうか?」
「誰!?」
 少女は、はっとして声のする方を見た。
 それは弟たちの声がしたのとは別の窓からであった。
 逆さまになった男が窓からのぞき込んでいる。
 黒髪のでっぷりとした男が、にやりと笑い――ずどーん。
「あら?」
 みごとに地面に落下した。
 あわてて窓辺にいくと、顔を押さえながら男が立ち上がろとしている。
「いたたた……すみませんなぁ……あたたた」
 怖さを狙っていたのだろうが、こうなってしまえばなおのこと滑稽であり、回復できないほどの喜劇となる。
 少女もすっかりあきれ、やがて声をあげて笑い出してしまった。
 いつ以来の笑顔なのだろうか。
「どこからきたのですか?」
 男は上を指さした。
「空から?」
「ああ、あっちでしかた、こっちでしたか……」
 あちらこちらを指さしながら、はたとなって男は懐から出した地図を開いて、
「ああしまった。この地図には天儀の高度と方位までは書いてなかったでーす!?」
 オーノーと叫びながら、頭をかきむしったり、もはや何をしににきたのかわからない。
「そういえば、あなたは?」
 そう言われて初めて、おおっと男は手を叩き、名刺を差し出すと、こういう者ですわと自己紹介をした。
「外国の商人さん?」
「外国? ああ、そうですな。ジルベリアの方には天儀のモノはそうなりますな」
 よっこらしょと窓をよじのぼると、幸せを売っていますといういかがわしい名刺を持ち歩く商人は、
「あなたには、これがよろしいでっしゃろうな」
 萎れていた花瓶の花を抜き取ると、そこへ妙なモノを置いた。
「卵?」
「はいな。あっしの売っているモノなんですが、この卵は……そうですなぁ、言ってしまえば夢の卵ですな」
「言っていて恥ずかしくありません?」
 すこし――と言いかけて、こほん。中年の男は、すこし顔を赤らめ、ぷいと横を向いて言葉をつづけた。
「さあ祈りしゃんさい。あんたの心の闇にある真の願いこそ花なればこそ、この花の卵をかえす生命の泉とならん――」
 卵の真ん中がかっかと開き、そこに赤い瞳が生まれた。
 そして、それに取って代わったように少女の目の色が消えた。
「そうだ、みんな病気で苦しめばいいんだ!?」

 ●

「また病人だって!?」
 医師はもっている匙を投げ捨てるように腕をふるい、入ってきた手伝いの娘の顔を見返した。
 すでに今日だけで十数人。
 ここ数日の総計となれば、けして大きくはない村は壊滅といっていい状況だ。
 惨い流行病だ。
 特徴がないのが特徴というか、かかった人間によって、さまざまな症状が出てきていて、この病気が彼の知識にはない疾病であることだけはわかる。しかも奇妙なのは、子供や老人のような体力のない者も、この病気では死んでいないということであった。
 普通の病だったのならば、すくなくとも弱い者から逝きそうなものなのに、その様子は見えない。
 まるで苦しむということが理由のようであり、
(あるいは呪いの類か?)
 胸騒ぎもする。
 首都の図書館で調べればなにかわかるかもしれないが、そこまで行くのも、また調査する時間も惜しい。
 なぜならば小さな病院はすでに満杯なのだ。
「それに――」
「それに?」
 医師の言葉に応じた女性の顔にも疲労と、そしてなにより病魔の影があるのが見て取れる。彼は女に家に戻って休むようにと命じた。
 これで、この病院で動けるのは自分ひとりになった。
「謎の病魔か……」
 ひとりになると机から紙とペンを取り出し手紙を書きはじめるのだった。
 その窓辺には季節には不似合いな真っ赤な花が咲いていた。



■参加者一覧
ヘラルディア(ia0397
18歳・女・巫
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
鈴木 透子(ia5664
13歳・女・陰
日御碕・かがり(ia9519
18歳・女・志
日御碕・神音(ib0037
18歳・女・吟
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918
15歳・男・騎
神座亜紀(ib6736
12歳・女・魔
ジェーン・ドゥ(ib7955
25歳・女・砂


■リプレイ本文

「古い記録を見せて欲しい……ですか?」
 青年は開拓者ギルドの紹介状と、依頼主からの嘆願書を受け取りながら図書館の職員は戸惑ったような声で応えていた。
 それは、雪がやみ、明るい日差しが雲間から覗いた午後のことであった。
 ギルドから事前の通告が来ていたためさすがに驚きはしなかったが、戸惑いはした。
 それは目の前にいる開拓者――鈴木 透子(ia5664)と神座亜紀(ib6736)の見た目のせいであったろう。ただですら幼く見える二人の容姿に、ここがジルベリアであるということも影響している。そもそもジルベリアの人間に比べて天儀の人間は見た目には若い。とうに成人し、それどころか十歳の子供のいる天儀の貴婦人がジルベリアのパーティで子供がどこにいるのかしらと尋ねたら、まじめな顔をして親の間違いではないかと尋ね返されたなどという笑い話すらあるほどなのだ。
 だが、いまはそのような事を言っている場合ではない。
「これを見てください」
 鈴木は別の書を差し出した。
 不審そうな目で受け取り、それを開いた途端、男の手がわなないた。
「これは、北面国感状!?」
 北面候王芹内禅之正が東和の戦いにおいて、その功、特に顕著であった者に対して直筆で感謝の意を書き綴ったものである。まさに家宝ものだといっていい。
 ジルベリアは尚武の民であり、図書館に勤める人間であっても以前は軍務に就いていた者も多い。ならば、その謝辞の意味することを察するのは安いことであった。そして、再び顔を上げたとき職員は、それが当然であるかのようにジルベリア風の敬礼をしていた。
 それは彼女たちの開拓者としての実力に対する彼なりの態度であった。
 こちらは、これでいい。
 鈴木は心の中で頷いた、
 問題は、役所でのやりとりか。
「死には至らない症状でも、もともと病を持っている人たちには危険です。それに今は冬です。体力の無い人が亡くなりやすい季節です」
 ジルベリアの役者で鈴木が訴えた言葉に、役人はすぐに応えてくれたが、その返答には鈴木は耳を疑ったことを思い出していた。

 ●

「終わりです」
 その首もとに無銘ながらも、主人の手によくなじんだ剣の先が突きつけられる。
 敗者の股間のあたりがじんわりと濡れているのは、その恐怖の表れだろう。
 さげずむような目でジェーン・ドゥ(ib7955)は、さっさと去るようにと告げた。
 あうあうとまるで声にも返事にもなっていなことを漏らしながら、生き残りの連中は一目さんで逃げ出していった。
 ただの盗賊など開拓者の敵ではないが、
「ここにくるまでに何度目の襲撃だったでしょうか?」
 ジェーンが演技を終えましたという表情で肩の力を抜く。
 見えないお友達にご帰還いただくと、鴇ノ宮 風葉(ia0799)は、やれやれという表情をしながら大きな帽子で顔を隠した。
(伝染病、ね……運搬なら運搬屋に、治療なら医者に頼めばいーのに)
 と公言してやまなかったが、こうなると認識を改めなくてはならない。
「村人たちがみんな病気だということは、ふだんこのあたりを見回っていた兵隊さんたちもいなくなったんでしょうね。だから、ああいう輩も跋扈しやすいってこと……って、痛い! 痛い!?」
 ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)が、そんなことを言ったものだから、鴇ノ宮がむっとした顔になって、問答無用でその頭をぐりぐりとやった。
「なんで、あんたがそんな賢こそうなことを言うのよ! ネプのくせに!?」
 なんにしろ皆が希望した物資は無事に村まで運ぶことができたのであろう。
 丘の下に、雪に埋もれた依頼の村が見えてきた。

 ●

 雪のつもった村は、静寂の中にある。
 子供のいない街には生気がないというが、子供どころか、大人、老人、それどころか小さな動物の姿ひとつ見えない村は、まるですべてが息絶えた、止まった時間の中に取り残されたような感覚に襲われる。
 まるで魔の森の廃墟だ――と誰かがつぶやいた。
 その張り詰めた空気は魔の森に飲み込まれ、放棄された村を思い出させる。
 だが、人が集えば、いやでも生気があふれるということであろう。ふだんは感じないのに、今日ばかりは村、唯一の病院の盛況さすら活気のように感じられる。
 ドアを叩く。
「あら?」
「いないのかしら?」
「誰かの家に診察に行ったのかね?」
 何度か叩くと、ようやく髪はぼさぼさ、目の下にじゃクマを作った男が顔を出した。一目で、彼が働きづめであった医師であることがわかる。
「巫女を従事致しますヘラルディア(ia0397)と申します」
 一礼して、
「開拓者ギルドの依頼により参上いたしました」
 にっこりお笑って、待っていました――と言いかけた途端、男は安心したような表情になって、そのままヘラルディアに倒れかかってきた。
 あわてて日御碕・かがり(ia9519)が手を貸す。
「大丈夫……寝ちゃったみたい」
 ヘラルディアが首を横にふり、しっと唇に指をあてた。
 空いていたソファーに医師を寝かせお腹を冷やさないように毛布をかぶせると、にわかじたてのナースたちは白衣に着替えて戦場へと向かった。
 そもそも医療行為などというものは生やさしいものではない。
 患者の世話といっても、それはさまざま。
 薬をあげたり、包帯をしてあげたり、時には患者の話を聞いてあげたりするだけならばともかく、胃の中の物をぶちまけることもあるし、尿を出すし、糞もする。それらの処理を仕事のひとつだ。彼女たちも開拓者なれば血はもちろん、普通の人間ならば目を背けたくなるような醜怪な肉のかたまりになった人間の処置すら抵抗の程度はともかくできはするが、さすがに他人の下の世話はできはしても気分のいいものではない。
 これでは戦場の最前線にいるのと変わりない。
 つぎつぎと状況は変化し、現在はヘラルディアが癒し手となって術をかけて回っていた。
 解毒は効かないが、解術の法は効くことはわかる。むろん体力を回復させているだけなので一時的なものかもしれないが、しないよりはましだろう。
「何か欲しいものはありますか?」
 かがりは姉と供にベットを回りながら御用聞き。
 なんだかんだで時間がたった。
 一通り終わる頃には、普段とは違う疲労感で、へとへとになってしまう。すこし休憩と戻ってきて、同時にふたりのお腹が同時に鳴って、顔を見合わせながら、ちょっと赤面。
「そろそろ料理の準備しなくてはならないかな?」
「いったい何人分?」
「何を言っているの? 何十人よ……――って、えッ!?」
 患者の名簿に目を通していたかがりが、あっと叫んで目をあげた。
 そして、そのことに、はたと気づいたふたりから血の気が引いていく。
 村人たちの食事の量のことだ。
 状況を考えれば作る人間は自分たちしかいない。
 もちろん馬車には食料も載せてあるが、それは材料であり食事そのものではない。当たり前の話だが、誰かが作らねばメシはない。
 忙しさにかまけて、すっかり頭から抜けていた。
「手伝ってもらえるよね?」
 かわいらしい声をだして姉に呼びかけ、横を見ると、そこにはもはやその姿はなかった。
「って、逃げないでよ!?」

 ●

 己の生存本能の確かさを心の中で褒め称えながら、日御碕・神音(ib0037)は病院から逃げだし――もとい、病院に来ることのできない患者の所へ向かうことにした。
(これもかわいい妹の為なんですよ〜! 寒中の厳しさを耐えるのは姉だけでいいんですの〜! それに、姉妹とは一番近い他人なの。この困難を越えて見せなさいなの〜! あなたならばできるの〜!? お姉ちゃんは、あなたを遠くで見守っていますもの〜!)
 などと意味不明なことを考えながら、ぎゅっと拳と握り、粉雪の舞う空を見上げなが
「病院に来てない具合の悪い人もいるかもなのです〜」
 これで自己弁護は完璧。
「そんな人がいないか村を見て回るのも良いかもしれないのですよ〜。小さい声も些細な言葉も聞き逃さないのです〜、私はこれでも地獄耳なのですよ〜えっへん♪」
 などと言って家々をまわっている内に仲間と合流。
 しばらく情報を集め、日が暮れてきたので帰途につく。
「何をやってるの?」
 聞き取り調査を終えた鴇ノ宮が何事か考え込むようにして雪の道を歩いてくると、ジェーンが村の家々の雪下ろしをしているのを見かけた。積もった雪は危険なのだジェーンは応えたが、その前に質問をした方が自分に腹を立ててしまった。
 我ながらつまらない質問をしたものだとつぶやいて、雪を蹴り上げる。
「あれ?」
 ちょうど蹴った雪の下に花があった。
「もう花がある」
「こんな季節に?」
 ジルベリアの血をひく女も首をかしげた。
「雪から覗く赤い花ね……」
 鴇ノ宮は、何事か考え込むような仕草をした。
 そこへ薪を割っていたネプが、なになにと顔を出す。
「この綺麗な花、ここにあったんだ! 病院で見かけてから探していたんだ。綺麗ですし、鴇ちゃんにプレゼントしたいのです!」
「こんな危険そうなモノを押しつける気? ミイラ取りがミイラになるまでに、何とかしないといけないのよ!」
 それに――と小声になる。
(あたしとネプくんが倒れるのだけは、メンドくさいから勘弁してほしいし)
「僕がどうしたって?」
 かっと鴇ノ宮の頬がまっかになった。
「だからネプのくせに生意気なのよ!?」
「ひゃたい! ひゃたい!?」
 ほっぺたをひっぱったりして、じゃれつく恋人たちををジェーンと日御碕は微笑ましそうに眺めているのだった。


 ●

「はーい」
 ナース姿の戦友に、激戦のねぎらいよと言ってヘラルディアはカップを渡す。
「チョコレートですか?」
 鼻をくんかくんか。
「疲れたときにはいいでしょ!」
 疲れた体に甘い物が溶け込んでいくように気持ちがいい。
「確かに、おいしいね」
 そんな妹の手からカップを奪うと、姉が一気に飲み干した。
「あぁぁぁぁ!?」
「暖かくて、おいしいかったわ。やっぱり外は寒かったのよね」
「どこに行っていたんですか!?」
 面倒を他人に押しつけて! と妹が叫ぶが、ここは姉としては心を鬼にして聞き流すべきだろう。それに、いろいろいと調べてきてわかったことがある。
「かがりちゃんも歌って、そして踊りましょ!」
 あまりにも唐突な行動に、ちいちゃな悲鳴をあげた妹の手をとり、姉は器用にも音楽を奏ではじめた。
 病だからと落ち込んでいたら、さらに気分が落ち込んでしまう。
 ならば彼女なりの元気を分け与えるしかない。
 幸い、彼女には音がある。
 奏でる楽器がある。
 家々を訪問してきた間も機会を見て演奏したが、どの家でも喜ばれた。
 音を楽しむと書いて音楽ならば――このみ、あいし、ねがい、そして望む。そんな意味の込められた楽という文字はどんな思いを音に託したのだろうか。
 やがて、にぎやかな音と声に誘われて患者達が集まりだした。
 楽しそうに笑っている子供たちがいる。
 声をあわせて歌おうとする若者がいる。
 苦しそうな表情で、でも笑っている老人もいる。
 それぞれが、苦しくとも生きていこうとしているのだとヘラルディアは思った。
「あら、その花はどうしたの?」
 ニコニコとしたネプの脇で鴇ノ宮が赤い花を手にして立っている。
「結局、こいつがうるさいから……」
 怒っているのかなんなのか顔を真っ赤にして聞いてもいないことを言い換えしてきた。しかし、問題はそういうことではない。
「術視で視たのよ。そしたらね、その花は――」

 ●

 暖炉の上の薬缶から白い湯気があがり、その横では小さな鍋がことこと。
「そろそろかな?」
 疲れたなとつぶやくと、目元をマッサージしながら神座は立ち上がり、鍋に近づいた。蓋を取って、ぺろりと味見。
「うん、これくらいだな」
 椀によそって、鈴木に休もうよと誘う。
「疲れたときは甘い物が一番♪」
 感謝状に感動した職員たちが用意してれくた本格的なお汁粉を食べながら、互いの情報を交換。
「ほうれんそう、ほうれんそうと♪ あッ!?」
「どうしたの?」
 神座があわててテーブルに戻り書を開いた。
「ホウレンソウで思い出したんだけど、呪いの項目で、昔も今回と同じように人が動けなくなる件があったの――原因は病気じゃなから飛ばしていたけど、もしかしたら!」
「どこで?」
「うんと、あの村じゃなくて別の場所……地図で言うと――」
 地図を開き、その名前を指で追っていくうちに、神座の顔がみるみるうちに真っ青になっていった。
「どうしたの?」
 鈴木ものぞき込む。
(わたし、間違っていないよね……)
 ささやきとも、自答ともとれる長髪の少女の言葉の意味を解し、鈴木も沈黙した。
 ふたりの指さす先は同じ場所。
 かつての村の名前には大きくバッテンがつけられ、その村はすでに放棄されたことがわかった。あわてて本棚をあさると記録が見つかった。
 要旨はこうである。
 ある年、村に見慣れぬ赤い花が咲いた。そして、それと時を同じくして村人たちが、一人、また一人と動けなくなり、ほとんどの村人たちが動けなくなった頃、それを見計らったようにアヤカシどもが村を襲ったのだという。


 ●

 一通りの調査は終わった。
 まだ病人たちの世話をしないといけない仲間は残して、一足先に資料を鈴木たちの待つ図書館に持っていこう。
 ジェーンは馬にまたがった。
(雲行きは怪しいが……)
 故郷の空を見上げながらジェーンは雪の降る可能性は半々かと見積もった。
 突然、馬の足が止まった。
「どうし……あれは!?」
 影があった。
 本当の影である。
 地上に姿はないのに、雲間から差す光に照らされ、影が雪の上で踊っている。どこから聞こえる音楽に合わせるように踊ると、あたりにはまるで季節を忘れたかのように赤い花々が咲き始めた。
 ジェーンが剣を抜く。
 怪異――アヤカシの仕業としか思えない。
 あわや戦闘と思えたとき、音もなく白い物が舞い始めたかと思うと、風の音があたりに響いた。雪が舞い始め、それはすぐに吹雪へと一変した。
 そして、その手招きするような姿は吹雪の中に忽然と消えたのだった。
 ジェーンの見つめる先には、すでに赤い花に包まれた屋敷があった。
「やはり、あそこが災疫の中心ですか――」
 それは事前の情報から得られていた推論と一致するものであった。