|
■オープニング本文 ジザン村はジルベリアの山間にある小さな村である。 小さな温泉と宿こそあるものの、ふだんは放牧や山の木を切るなどして村人たちは生計を立てている。その意味で言えばジザン村は、ただ一点をのぞいてジルベリアの典型的な山村であり、なによりも寒村であった。 だが、その一点が特徴的であったろう。 その証拠に、年の終わりと始まりが近づいた頃になると、今年も多くの者が、この村の温泉と、それを楽しみに集まってくる。 「あら、今年も――」 女が知った顔を見つけ、あいさつをした。 「おやおや、今年もあいましたな」 年に一度、この時期だけあう知人たちは、今年がどんな年であったかとしゃべりあい、やがてしみじみと来る年がどんなものかと思いをはせた。 なんにしろ幸多き年になれとは、誰でも思うことであり、たとえそれが蟻の穴に糸を通すほどの困難であっても願わずにはいられないというのが人間というものであった。 それだからこそかれらは年の初めに、この村に集まる。 各地にさまざまな占いや祭事があるのであるように、このジザンの村にも年に一度だけあらわれる巨大な姿をした巨人と開拓者たちが戦い、その年の吉凶を占うという祭事があるのだ。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
音有・兵真(ia0221)
21歳・男・泰
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
ザザ・デュブルデュー(ib0034)
26歳・女・騎
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
ラグナ・グラウシード(ib8459)
19歳・男・騎 |
■リプレイ本文 「いい湯でした」 髪をふきながら利穏(ia9760)が温泉から出てきた。 日がな一日、掃除をする時以外は使用可能だという温泉は、まだ夜明け前だというのに客が多い。利穏も思いの外、長湯ができずにせき立てられるように出てきた。 「あ、新年明けましておめでとうございます」 顔をあわせては風呂に来る客に新年に挨拶をする。 この中に、もしかしたら自分の過去を知る人間がいるかもしれない――そんなささやかな望みを心のどこかでは抱きながら利穏は声をかけ続ける。 月の綺麗な晩であった。 どうぞと書かれた看板の下には長椅子があって、茶と菓子が置かれている。 お茶を煎れ、一服。 祭事までは、まだ幾分か時間はある。 ガイド部屋のはずが、宴会部屋と張り紙の貼られた部屋からはあいかわらず声が聞こえてくる。はたしていつ眠ったのかギルドから派遣されたにぎやかなガイドたちは傍若無人だ。そう言えばギルドでツアーの客が集まったとき、ギルドの職員である彼女たちの名札には、誰がイタズラをしたのかガイドという文字に大きくペケがつけられ、介護される方と手書きでされていたのが印象的であった。 「さて――」 宿の外に出れば、身の引き締まるような寒さの中、祭りの準備が始まっている。 会場までつづく蝋燭の並べられた路傍には出店が立ち並び、売り子たちが準備にいそしんでいる。地元の子供たちだろう。気の早い子供たちがすでに何人かいるが、眠そうにしている子供と、きらきらと目を輝かせている子供が半々といったところだろう。 中央のテントでは、温泉に負けぬほどの湯気をあげながら、祭りの客に配る料理が作られている。 利穏が料理研究の為にのぞくと先客がいた。 風雅 哲心(ia0135)だ。 自分でも何か料理をしながら、時々、興味深そうに他人の鍋をのぞきこんでいる。 そこでは地元のおかみさんたちが数十人集まって、持ち寄ってきた燻製のラムベーコンを適当なサイズに切り、野菜からとっただし汁といっしょにチーズの溶けた鍋に投げ込んでいる。 しばらくすると、そこに麺を入れる。 あとは塩と香料で味付け。 かなり濃いめのスープのできあがりだ。 それに保存の利く硬いパン――スープに浸さなくては食べることができないだろう――がともに供されることとなる。 昔、ジルベリアが統一される以前に、この村の近くに駐在した戦士たちが食べていた料理から発想を得たものだという。 かなり栄養の高そうなものだし、麺とパンをいっしょにとるというのも主食がかぶっているようで奇妙な感じだが、そうでもしないと生きていけない冬の厳しさと、まずしさの両親に育てられた料理ゆえなのだろう。 昔といえば、その頃から、その巨人はあらわれたのだろうか。 早朝、まだ陽もあがらぬうちに、昨晩から酒を呑みまくって一睡もせず、やけにハイテンションなガイド嬢達が眠っている客を起こす頃となった。 ● 音有・兵真(ia0221)が、ふうと汗をぬぐいながらスコップを雪に突き刺すと、雪作りの風よけの陣地は作り終わった。 「ありがたい、ありがたい」 ラグナ・グラウシード(ib8459)が陣地に駆け込み、まるで祈るように両手をさすりながら即席の石造りの暖炉にかじかんだ手をかざした。 「寒いからな」 琥龍 蒼羅(ib0214)が笑いながらスープの椀を手渡した。 全員に行き渡ったところで風雅手製のショウガのスープで体を温めながら、いま一度の作戦会議――事前に決まった出来事の再確認となった。 「巨人と戦った結果で吉凶を占うのか……。ならば、占いの結果が良いものになるように頑張るかね」 ザザ・デュブルデュー(ib0034)が、暖かなスープで体に中から暖まると、ほっと一息ついた。 ペケ(ia5365)が元気いっぱい、はーいと手をあげてまず発言。 「ルールのおさらいです。基本は鐘が七つ鳴り終る前に巨人をメリボッコに倒せば良いわけですねー。鐘の音の回数が少ないほど縁起が良くて七つ目の鐘が鳴り終わっても巨人が健康だったら大凶になってしまうと。……あ!?」 大きな目をぱちくり。 (もしも私らが負けたら大凶どころじゃないですねー。最凶? みたいな――) ついに気がついてしまった。 あわてて口に両手をあてて声をにごし、ごほごほとわざと咳をする。 さて、気を取り直してっと、 「要は出来るだけ早く倒せばみーんな幸せーって事ですよね」 おちこぼれのシノビが満面の笑みを浮かべた。 まるで他人を幸せにするような笑顔で、こんなかわいい娘が、人としての過ちを犯すわけがないといったところだろうか。その反対に、どれほどの闇を抱いているかわかったものではない陰陽師は、使わなくなったスコップを持ってきて、火の中から焼けた石を取りだした。真っ赤になった石は湯気をあげながら雪が溶かし、熱そうな表情で霧崎 灯華(ia1054)は獣の皮につつんだ。 そして、手に持って熱さを確認すると、うんとうなづいて焚き火から仲間の数だけ石を取り出し、獣の皮につつみ、お手製の懐炉を仲間に手渡した。 「これで暖はとれるだろう。指先がかじかんではいけないしね」 自分もふところにしまいながら霜崎は、 「お先に」 と言って、陣を出ていった。 事前に巨人の出てくる場所の確認をしていたし、なにやら策があるらしい。 あとは残った者たちで詳細な詰め。 「まずは、前衛同士が邪魔にならないようにお互いの位置取りを決める必要があるが、並べばすぐに決まるさ」 そこへスタッフが開拓者たちに、そろそろ出る頃合いですよと報告にきた。 「皆で話し合ったことだが、最初の鐘が鳴る前に倒してしまう事が目標だ。渾身の力を込めて攻撃させてもらうさ」 ● ジルベリアの冬である。 人間が住める場所である以上、酷寒とまでは言えないのであろうが、凍てつく寒さはひとしおで、夜明け前はなおのこと寒い。 会場のあちらこちらの焚き火に人が集い、くばられたスープとパンで体を温めながら、その時を待っている。 闇の中に隠れていた遠くの山脈がしだいに姿をあらわしはじめると、満天の夜空は、紫だった色に変わり、やがてそれが姿をあらわした。 陣地から開拓者たちが出てくる。 「さあ、始まりました!」 臨時のアナウンス席に座った女が叫んだ。 こんな仕事までしているのか開拓者ギルドのスタッフは実況席に座って、実況まではじめると、そこへ利穏が解説としてかつぎだされた。 「な、なんでボクが解説なんですか?」 「かわいいから」 ギルド職員は断言した。 「歴戦の開拓者だからって言えないんですか!」 ふだんはおどおどとしたところのある利穏だが、このノリには、こう返すしかない。 「このさい経験は意味はないと思っている」 きりっと表情をしてみせたものの、この女性がどこまで本気なのかわかったものではない。なんにしろ、その息が酒臭いのは確かだ。 「さて始まりました!」 だが、頭は正常にまわっているのか、かつての開拓者は淀みなくアナウンスをつづけた。 朝日に浮かび上がる、その巨像は、まるで蜃気楼のように見える。 「速く倒した方が良い結果になる……か。ならば、最初の鐘までに終わらせるぐらいの心構えで行くとしよう」 琥龍がまず前に出ようとすると、待ったという声が上がり、 「速攻勝負だ、まずは俺から行く。……轟け、迅竜の咆哮。砕き爆ぜろ―――アイシスケイラル!」 風雅がまず小手調べとばかりに手をかざした。 氷の槍や矢が、雨あられとなってふりそそぐと、巨人がその鈍重そうな体からは、意外なほど素早く腕を動かし、風を巻き起こしてそれを払おうとした。 だが、その風すらも切り裂いて何本かが巨人に突き刺さり、巨体はうめきながらよろめき、あたりで歓声があがった。 つづいて琥龍が巨人の目の前に立ちはだかり、目にも止まらぬ早さで抜刀、紅葉のような輝きを放ちながら、巨人の顔を叩き斬った。 「でかいから遅い、何てことはないからな。素早いのだって居るさ」 さらに音有が構えをとった。 「あれは泰練気法ですね。破軍ですが――」 利穏が解説をするが、奇妙な違和感をおぼえる。 (なんだろう?) そんな他人の思いをよそに音有が丹前に力を集中する。 体中の力みが抜け、まるで糸が切れた操り人形のように、その肩は軽い。だが、こいうい時にこそ泰拳士の内部では力が満ちあふれ、その時を待っているのだ。 「さて此処で一発、力み過ぎると通るものも通らないからな」 見つけた! 「そこだっ」 巨人のどてっぱらに一発をくわえた。 「わかった! 破軍を重ねがけしている!?」 「あれは二、三回ってもんじゃないわね。五、六回? いや、それ以上かしら。無理をするわね」 現役の開拓者とかつての開拓者はともに解説席で息を呑んだ。 音有はまるでそうすることが当たり前のように力みを抜くと自然体に移り、巨人の隙へ拳が触れるように極神点穴で攻撃。 「効いたな!? だが、タフだ! でも――倒す!?」 巨人が開拓者たちを睨んだ。 そして、それが隙となった。 「温泉と酒が待ってるし、さっさと祭事を片づけるわよ」 まるで予想もしなった方角から声がしたかと思うと、霧崎が姿をあらわし、なにやら術を唱える。 みるみるうちに、その顔から生気が抜けていく。 血の契約により、その黄昏より召還した化け物に生命を削り与えているのだ。 が―― 「そこは地の底から這い出てきた触手にからみとられ、あられもない姿になって、もだえながら命を吸われるものでしょ! せっかくの綺麗な娘なんだから☆○△!?」 「そもそも、黄泉より這い出る者で召還された何かが、どんな姿なんてわかったものじゃないでしょ!? それにどうな風に生命を捧げているんですか?」 利穏はあきれ顔。 「首輪のついた触手に、美少女が戯れている姿が心の目で見えています」 「まじめな顔で言われても邪な心眼の見る妄想は、腐った発言にしかなりませんよ!?」 「それが私の生きる道だから!」 「そのまま甘い夢で塗り固められた地獄への一本道をお進みください」 にっこり笑って死刑宣告。 「あぁぁ、かわいい男の子にこんな風に扱われて、お姉さんは……とっても……幸せ」 うっとりとした顔をしたダメアナウンサーは放っておいて戦いに戻ろう。 とりあえず、そんなうら若き乙女の皮を被った、おっさんの叫びに、 「乙女に対するその仕打ち、月夜の晩だけだとは思わないでよ!」 こちらもこちらで、自分でも信じていないであろうことを涙目になりながら陰陽師が抗議の声を上げていた。。 「女の涙は目に浮かぶイヤリング。それはナチュラルかアンティークか?」 「なに?」 「しばらく前に酒場で見かけた吟遊詩人の歌っていた一節を思い出しただけだ。女とは涙すらも装飾品にするものなんですねと――その男は帽子の下の顔が泣いていたよ」 「なんだかな!」 男ってバカねといった顔をしてみせてペケは奔刃術でいきなり駆け出し、突撃した。 巨人の体を利用して真上に三角跳。空中で錐もみ反転して忍拳に気力を思いっきり込めて、顔面パンチ! 「どうだー!?」 ぐらりと巨人の体がふたたびよろめいた。 (あら?) なにか下の方がすうすうする気がする。 (まあ気のせい、気のせい。戦いに集中しなくっちゃ) ふふふ―― ザザの長い髪が揺れる。 (それにしても、この寒さ、まあ、ジルベリアの冬とはこういうものだからな。集中できて良い) 故郷の大地で戦えることをいまは喜びとしよう。 「単に占いだけじゃない、あたし達の今後の運勢もこの結果で表されると考えようか。なおさら気が引き締まるかな。 オーラの力がナイトソードに満ちあふれていく。 「逝け! グレイヴソード!?」 ザザの放った剣先からオーラが放たれ、巨人に直撃した。 「さあ、終わらせようか!」 ラグナは得物であるグレートソードを振り上げ、戦いに挑む。 だが、その重さにとまどっているのか、最初の一撃は外れてしまい、ラグナは舌打ちをした。 「動くなよ? そうすれば、早々とお前を終わらせてやれるからな!」 鐘が鳴った。 「ひとつ目か――」 ザザが空を仰ぎ見ると、ふたたび氷の矢が巨人を襲っていた。 (つぎは、あれをやるか) その術を使った男は心を決めた。 そして、その目の前では「何か」が巨人と戦い、泰拳士が拳を巨体にたたき込んでいた。そして、その時がきた。 「…一刀、両断ッ!」 琥龍は気合いを込めた白梅香をぶつけた。 感触はあった。 「抜刀両断、ただ……断ち斬るのみ」 琥龍は背後をふりかえることもなく天墜を、あるべき場所に戻した。 巨体は風の中に消えていき――そこへ追撃の一発。 「やったぞぉ!?」 完全に巨人が消え去ると、ラルクが剣を高々とあげ、勝利を宣言した。 観衆から歓声があがる。 「え、いまの?」 ペケの肩に手を置き、琥龍は首を横にふった。 「いい、真実とは心の中にあるものだ。別に俺が倒したのはめぐりあわせにしかすぎん。これは、俺たちの勝利なんだからな」 その言葉に、朝日にきらめく雪のようにペケはその大きな目をきらきらと輝かせ、 「そうですね! やったー! 全員の勝利ですー!」 万歳と両手をあげてはしゃいだ。 はらり―― 「あ☆っ!?」 好事魔多し。 ぶらぶらとなっていた褌が風に流されて……。 あたりからあがっていた万雷の拍手がとたん途絶えると、冬の朝の静けさが、ほんの一瞬だけ訪れ、そして――……。 ● 湯気がゆたう。 主催者の取り計らいで、離れにある湯を使わせて貰うこととなった。 祭事の後、温泉につかりながらラグナは結果についてふと心の中でひとりごちる。 結果は上々…… (くっくっく…幸先がいい、と思うべきかな? この分なら、きっと私にも遅い春が来るに違いないッッ!!) 拳をぐっとやってみせてラグナは空をあおぎ見た。 (どっちにしても、精進、精進だ。剣の道においても、……恋愛においても――) そんなよくわからないことをつぶやきながら長い間温泉に入っていたので―― 「おい、だれかいるか!?」 「ラグナがのぼせたぞ!」 「水ですか?」 「コップはいい! 手桶にもいっぱいの水と雪をもってこい!」 「面倒だ! そのまま雪の中に放り出せ」 「カゼをひいちゃいます!?」 岩のあちらがわでは、男風呂が騒がしくなっている。 だが、こちらの女の園は静かなものだ。 「片付けた後は風邪とか引かない様に温泉でゆっくり暖まって、酒と食事ね」 霧崎は癒しの泉に身をひたし、ご機嫌である。 ちょうど仲間たちは宴会の新年を祝う宴会の準備だといって出て行った。残ったのは、彼女ひとりだ。生まれたままの体を湯に浸しながら、女は持ち込んだ酒の杯を高々とあげ、新しい年に幸あらんことを祈るのであった。 「今年も面白い事多いといいわねー」 |