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■オープニング本文 街角を歩いていると鼻孔がぴくぴくと動いて、腹が鳴った。 「ほぉ、鍋か……」 まったく夕飯はどうしようかと考えながら歩いていたら、このような食欲を誘う匂いにありつくとは、運がいいのか、悪いのか――老騎士が足を止めた。 ジルベリア建築の粋を集めた帝都の、そんな片隅にみすぼらしくも、きたならしさはない異国の屋台が見える。ジルベリアの地にあってすら、もはやめずらしくはくなった天儀のものだ。 鍋と天儀の文字で書かれたのれんをくぐると、 「へい。らっしゃい!」 「うむ」 うなずいて長椅子に腰掛けた。 お品書きを手にとり、まずは――と酒を頼む。鍋には、米でできた酒があうと老人は考えている。そして、きょうは、その酒をなんの鍋でつつくことにしようか。 「この店のお奨めはなんだ?」 「なんでもお奨めですがね!」 むっとした返答だ。 「ああ、すまん。言い方が悪かったな。きょうは何が入荷したんだ?」 「それでしたら、きょうの昼間、森で狩ったといって猟師が鹿の肉を持ってきてくれましたから、それにしますかい?」 「ああ、それでいい」 「それで量はどうしやすか?」 「量?」 「はい――」 主人がは説明をする。 つまり量によって「値段」が違っているという当然の話だ。気になるのは、食べ残したのならば相応の対価を支払わねばならないということだろうか。 「罰ね……まあ、いい適当な量で作ってくれ」 さっそく料理人である主人が水のはった鍋に、乾燥させた茸でだしをとり――ジルベリアの人間には、その味がわからない者も多いが――ゆだってきたところで、赤い味噌と白い味噌をとかし、大量の野菜を投入。ぐつぐつとにだってきたところで、わざわざ手で客にまったといった仕草をしてみせて料理人は、鍋のふちについた灰汁を丁寧にとり、最後に薄紅色の肉を鍋に投入した。 「全部、食べて貰わなくてはこまりますよ」 最後に、ふたたび料理人が言った。 「なに、これくらい!」 酒はまわり、上機嫌。 ひとくち、ふたくち―― 舌を打ち、手はすすみ、腹は喜びの音をあげる。 だが天国と地獄は紙一重。 「うっ‥‥」 「どうしやした?」 「さすがに食い過ぎたようだ‥‥」 どれくらい食べたのだろうか。 酒はすでに数本、空けている。だが、鍋の方は最初の頃とはまるで量がかわったようには見えない。さすがに降参だ。げっぷをすると、腹をさすりながら老人は立ち上がった。 「お代はいくらだ?」 「お代でございますか? 食いきれなかったんだから、あんたの命でけっこうでございますな!」 突然、鍋が波だったかと思うと、汁が巨大な蛇となって凍てついた顔の老人の頭から食らいついた。 「お客さん‥‥食事ってのは食うか、食われるかの戦いなのですよ!」 感情のない目をしたまま、料理人という人形は首から上のなくなった騎士に向かって言葉を告げるのであった。 |
■参加者一覧
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
斬 大楼(ib0365)
29歳・男・泰
スミレ(ib2925)
14歳・男・吟
山階・澪(ib6137)
25歳・女・サ |
■リプレイ本文 夕闇の近づくジルベリアの街並み。 空に星はなく、家々の閉じた窓の隙間から明かりがこぼれ、街灯に灯された石畳みの街に空から雪が降りてきている。 冬のジルベリアは、いつもながらわびしい。 「ああ、そういえばもう鍋の恋しい季節でした」 山階・澪(ib6137)の物憂いまなざしで、その文字を指でなぞる。 張り出された依頼の文字を目では追いながらも、自分の言葉にいつしか心ははや故郷に戻っていたのだ。 子供の頃、家族とのつつきあった暖かな鍋が思い出される。湯気に浮かぶ家族の笑顔。そうだ、友達はどうしているのだろうか。こんな晩、親族はどうしているのか? 望郷の思い忘れがたく候―― 開拓者という職業の異邦人の心を記憶、追憶、思い、といった名前の断片が万華鏡のように、ぱっと拡がり、なんとも言えぬ絵を描き出す。 こんな寒い冬の夜は、心寂しも格段である。 ふふ―― 我知らず両肩を抱くと、突然、背後で歓喜があがった。 「タダでご飯が食べれるってラッキー!」 スミレ(ib2925)だ。 同じ依頼を見たのだろう。 大柄な「男」だ。 「まったく……」 山階は、その姿にすこしくすりとなった。 筋肉隆々の男がおねぇのような体をひねっていたのを笑ったのではない。 その筋肉までもがわかるほどに男の衣装が薄く、真冬のジルベリアには、あまりにもふさわしくないように見えたからである。 しかしジルベリアの冬は、逆説的な意味ではあるが暖かいともいえる。 すくなくとも中途半端な暖かさなどないため、寒さに対しては徹底的な対策を練っているのだ。とりわけ公共の場ではその傾向が強い。だからギルドの中など、いまだ夏の格好をしている職員までいる。 「だれだ、温度をこんなに上げた奴は! 経費削減するから温度計を見て火の調整をしろって言ったろ!」 「意味わかんなぁい!」 「だれだよ! 温度計は壊しておけっていったろ!」 「カゼひいちゃうじゃない!」 「経費削減したければ、あんたの給料をまずさげなさいよ!」 「そうだ、そうだ!」 ギルドの主人と部下たちの心温まるやりとりが、身を焦が乱戦になるのは時間の問題だろうが、とりあえずこれは聞き流しておこう。 「まったくよくやるわねぇ」 頬に手をあて、スミレは、ほぉっと息をつく。 恋をした少女が、相手を思って、ひとりため息をつく、そんな仕草だ。 がたいのいい男がしてもギャグにしかならないようにも見えるが、身をかがめてやる仕草は、なぜか女らしさがある。 そういえば天儀には女形という女性を専門に演じる男の役者がいる。舞台の上でのそのさまはまさに女性であり、それだからこそ役者の芸だと言えた。そこまではいかなくとも、つまるところ男らしさ、女らしさというものは常識という偏見のコレクションなのであるし世間でいう子供らしさなるものも、またある種の偏見なのである。 ちょうど、いま外から戻ってきた少年など、その典型であろう。 「はっへるったっ♪ むんっふねったっ♪ みんにっしめっとっ♪」 適当に節をつけ、鼻歌を唄いながら平野 譲治(ia5226)が上機嫌な顔で戻ってきた。 額には汗を浮かべ、体のあちらこちらに雪がついていて、 扉越しに子供達が三々五々で、散っていく姿が見えるとこをみると、どうやら雪合戦でもやってきたらしい。この姿だけを見れば年齢相応の子供だろう。だが、こう見えても平野は腕のたつ開拓者なのであり、同年代の少年少女たちなどから想像もつかないほどの多くのモノを見、経験をしている。 だからギルドの出した依頼に応じたのだ。 「お、そろったか! ちょうどいいや! なんだかんだで運動になったしな!」 ちょっと体を動かすつもりで外に出たら、同じくらい年齢の子供達とばったりでくわして、そのままなりゆきで雪合戦となってしまったそうである。 経過はともかく結果は同じだから、まあいいやとは彼らしい態度なのかもしれない。 「いい具合にお腹がすいたな。お腹も減りすぎたら毒なりしねっ!」 おなかをさすりながら、今回の依頼の参加者の顔ぶれを数える。 ギルドの職員がうれしそうな顔で書類をさしだした。 「じゃあ、この契約書にサインをして冒険をしてみようよ!」 ● 「へい、らっしゃい!」 のれんをくぐると、客はいなかった。 「お店で出している品の一覧、みたいなものってなかったなりっ!? その料金も一緒についてくると嬉しいなりよっ!」 ぐっと拳をにぎり力説。 「最近は、そういう客が多くてねこまっちゃまいますよ」 そう言って、板前が手書きのお品書きを取り出した。 「やったなり!」 もう一度、拳をぐっとにぎり、なぜか涙目。 「そんなことで泣かなくてもいいのよ」 酒場の女にでもなったらお似合いな態度で少年を諭し、スミレもお品書きに目を通す。 「まずお酒を頼んで……あら、どの銘柄にしようかしら? なかなか通な酒があるわね」 「へい、鍋にあう酒はなにかって考え、あっしの舌で選んだものですから、うちの鍋にあうことは請け合いですぜ!」 「そうなんだ、なににしようかしら?」 「お品書きにある一品づつ! 全部ね」 「えッ!?」 スミレは目を見張った。 タダで飲み食いできるからと喜んで受けた依頼だが、山階はそれ以上であったようだ。 「ちょっと、ちょっとお酒も入ってないのに、なんでそんなに飛ばすのよ」 「こういうのは最初が肝心。それにお酒が入ったら、せっかくの味がわからなくなるじゃない!」 「だから、なんでそんなどや顔できりっとするのよ! ああん、もおー」 傍目には普段からおひつを茶碗代わりに食事をしているように見える体格のスミレだが、そんなに食べれる性質ではない。 さすがに板前が助け船を出してくれた。 「そんなに欲しいんだったら、小鍋立てでいかがですか?」 「小鍋立て?」 山階の語彙にはない料理だ。 「へい、こんな小さめな鍋にいれた料理でしてね、ほらそこに一人前って書いてある品があるでしょ? それがそうなんですわ。まあ本来は、訳ありの男女が差し向かい食べるもんだって、えらい文士の先生ががおっしゃっていますが、まあそのヘンは気にしなくてもいいじゃないでしょうか」 「ふぅん、そうなんだ。だったら、あたしは美容にいいものがいいけどどんな鍋がお奨めかしら?」 「それじゃあ、豚バラの鍋などいかがですか? コラーゲンたっぷりですぜ」 一人前の土鍋に水と酒、それに乾燥させた草を入れ出汁をとり、豚肉と白菜を入れて煮立たせる。 「はい、いっちょうあがり。他には、この豚バラを銀杏切りにした大根といっしょに煮て、最後に塩をひとふり」 ふむふむと山階はメモに走り書き。 「あとは豚肉と茸を適当に放り込んで、いやあっしが言ってはいけないかもしれないんでしょうが、家でもできるような簡単な鍋でね、ほれこれに蕎麦のつゆで煮立てるんですわ」 「あら、簡単!」 「ね、そうでしょ」 それに―― 「冬には、これでしょな、やっぱり」 小松菜を酒と水で煮立て、やはり豚肉を投入。そして、丁寧に灰汁をすくい、最後に大根おろしを鍋いっぱいに散らして、さあ完成! 「外の雪を眺めがら、鍋でも雪をお楽しみくださいな」 酒といっしょに出されたら、あとは飲めや喰えやとならざるをえない。 仲間同士で食べ合いこしながら、しばらく至福の時を楽しむ。 味よし、値段も手頃で悪くはない。 やがて腹ごなしも終わりといった態度で平野が、さらに料理の追加した。 「噂を聞いたんだが……闇鍋とかいう料理があると聞いたいたんだけど?」 その単語に板前の目から輝きが消えた。 ● 「これがそうです」 「タダの大きな鍋じゃない?」 「……というか具が何も入っていませんね?」 「なにを煮るのかしら?」 「それは――」 ランプが消えた。 暗くなったところで料理人がなにやら鍋に放り込んでいる音がする。そして、再びランプが灯った時、鍋には蓋がされていた。 「何を入れたんですか?」 平野の頭上にはてなのマーク。 「それが内緒だから闇鍋なんですわ。まあ、食べてからのお楽しみですね」 そんなことをしゃべっているうちに、早くも煮えたようだ。 蓋をとり、えいやっと箸を伸ばす。 「まず、これは……馬肉かしら?」 当たりだ。 おいしい、おいしいとばくつくスミレだが、馬肉には美容効果などあるのだろうか。 「つぎにこれ! 茸かしら?」 「おいらは大根だな」 そんな横で、口数の少ない男は顔が真っ青になったり、まっかになったり。 どうやら、とんでもないものを引き当ててしまったらしい。 「あああ、唐辛子を当てちまったようだな」 「ひどいわね、それが鍋の食材?」 「これが闇鍋の醍醐味ですわ」 「だからどや顔……」 「こんなものなのなのか」 用心はしていたが、これならば安心と山階は思った。 だが、はじめはそんなクイズ感覚ではじまった鍋との戦いであったが、本当に辛い罠は最初は甘いものである。 しだいに鍋の姿をしたアヤカシが牙をむく。 ボディーブローのように開拓者たちの体力を奪っていく。食べているはずなのに、体力が減っていくような感じだ。 たんなる食い過ぎなんですけどね。 「ちょっと失礼――」 屋台の外へ出て山階は体を伸ばしながら休息をとりながら、懐から梅干しを取り出し、口にいれる。 「すこし、お腹にきたものね。そろそろ頃合いかな?」 鬼腕で腹を筋骨隆々にして、腹を鍛え直す。 本番は、これからである。 「あら意外とボリュームがあるのね」 すこし恥ずかしそうな顔で、スミレがげっぷとなった。 なかば (これをどうぞ!) 仲間に梅干しを手渡し、さあ本番だ。 箸が進み、食が進む。 「おい、鍋の料理が増えたぞ!」 しかしアヤカシも負けまいと鍋の量を増やす。 「お客さん、気のせいですよ」 「気のせいなわけあるか!」 むろん、そんな苦情は受け付けられない。 「むむむむ……」 「お客さん、なにがむむむですか?」 「こうなったら――」 式を放ち、治癒符で体力を回復し、 「にははっ!兎っ♪鳥っ♪」 兎や鳥の姿をした人魂を召還。 「さあ、こいや!」 いっしょになって食事という戦いを続投だ! なんだかんだで宴もたけなわとなってきた。 だいぶ焦燥しきった顔になり、もはや開拓者たちの箸もなかなかに進まない。 だが火から落とした鍋もまた弱っている。 具も、あと数点になっている。 開拓者の勝利(?)は、もはや疑いはなかった。 最初こそ不調であったが、そのあとは山階のペースであった。箸は最後まで動きを止めることはなく、ひとりでほぼ鍋の半分は食してしまったのだ。 「これで終わりっと!」 完食した。 「か、勝った――」 もはや鍋に具は残ってはいなかった。 誰となく万歳といって、その晩の食事は終わった。 なお匿名の記録によると宴会の後、ひとりあたり数キロ増えたという記録がギルドには残っている。 ● ギルドへ報告がもたらされた。 山階が提出された料理名や材料、味などを記載した手帳を清書して詳細な報告書にまとめたのだ。そして、目を引いたのは、こんな一文であったろう。 「見た目に反して一品一品がかなりの満腹感が得られる不思議な鍋料理なので、よほどの大食漢ぞろいでない限りギルドの宴会に使うのには向かないと思われます。個人的には別の鍋屋で宴会を行う事をお勧めします」 「了解!」 後日、ギルドの忘年会が開かれた。 事前の情報から作戦が練られ、平野にならい朝、昼と飯を抜いて、腹をすかせた職員達は、餓鬼の群となって屋台を強襲した。 まさに食事という暴力の襲撃だったとアヤカシの呪縛から解放された板前は証言する。 かくて忘年会という名前のイナゴの襲来により、海と山と野のあらゆる食材は食べ尽くされ、飲み尽くされ、さらには本性をあらわしたアヤカシに向かってすら、 「あれ、食べれるかな?」 涎を垂らしながら、本気で言っていた元開拓者たちが何人もいたという。 なんにしろアヤカシは酒のツマのように屠られ、その後も、食い足りないとばかりにあちらこちらの店を渡り歩いたはらぺこの集団は、しばらく街中の飯屋という飯屋から出入りを禁止されたそうである。 |