迫り来る黒い影
マスター名:まれのぞみ
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 易しい
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/17 21:20



■オープニング本文

 突然の悲鳴とともに、開拓者ギルドに怪異が発生した。
 そこに、敵があらわれたのだ。
 アヤカシと戦うための最前線であり、なおかつベースキャンプとなるべき場所で起こった化け物の襲来。万人に敵と認められる黒い姿を認めたとき、いくたの冒険をなしえ、引退した開拓者たちも顔を青ざめさせ、わななき、動くことすらかなわなかった。
 かさかさ――
 音、音、音。
 姿を見せることなく、しのびよる影。
 ときおり見せる、その姿を垣間見た者は、ただ泣き叫ぶのみ。
「黒い――敵」
 もはや猶予はなかった。
 対アヤカシ戦のためにに考えられた最悪時のプランの使用さえささやかれる。
 そして、それを証明するかのように、開拓者ギルドの台所は封鎖されることとなった。

 ●

「いや、そんなのが出た程度で台所と食堂を封鎖するのか!?」
 長が頭をかかえている。
「そもそも、あれが出てきた原因は掃除をしっかりしてないせいだろう! まあいい、今日の仕事は一部をのぞいて台所掃除にする」
 長の命に、一斉に非難があがった。
「面倒じゃん!?」
「台所の掃除なんて‥‥台所の掃除なんて‥‥家の台所だって掃除したこともないのよ!」
 そう言って涙目になる者までいる。
 こんな声もあった。
「あのような敵と戦いたくはない!」
「そういう仕事は契約外です。しっかりバイトを雇ってください!」
「つまり、開拓者にギルドの台所を大掃除まかせろと!」
 ギルドの長の怒声が響き、しばし、ギルドの職員たちとの間で押し問答となった。午前中に始まった話し合いは夕方を過ぎ、とっくにギルドの定時も越え午後、深夜のシフトの職員も顔を出す頃となり、やがて、誰かがつぶやいた。
「開拓者らしい方法で、お話ししようか?」
 なんにしろ職員のだれそれの声につづき、軍事は外交のひとつの手段であるという教訓が再確認され、交渉とは相手を屈服させた上でのものがいちばん効率がいいという事実が語られ、民主的な選挙の結果は必ずしも真実が勝つわけではないことが実証された。
 つまるところ、その件は開拓者たちにゆだねられることとなったのだ。
 ぼこぼこになり白旗をふった長の前で、ギルドの職員たちは歓声をあげ、あっけからんと言うのであった。
「あんな恐ろしい敵と戦いたくないわ!?」


■参加者一覧
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
水月(ia2566
10歳・女・吟
雲母(ia6295
20歳・女・陰
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
志姫(ib1520
15歳・女・弓
緋姫(ib4327
25歳・女・シ
シーラ・シャトールノー(ib5285
17歳・女・騎
セフィール・アズブラウ(ib6196
16歳・女・砲


■リプレイ本文

 長髪を纏め、三角に畳んだスカーフで上から留める。
 そしてエプロンをつけ、シーラ・シャトールノー(ib5285)は戦闘姿となった。
 家事をやるのだが、ここまで素敵な状況だと、掃除などという生やさし言葉ではすまないだろう。これは掃除などではない。戦争だ!
(そう、これは生存の為の戦争だ――)
 水月(ia2566)は、ふと顔をあげた。
「なにかあったかい?」
 雲母(ia6295)に、水月はぶるぶると首を横にふった。
 でも――
(なんだろう?)
 視線のようなものを感じたのだ。
 仲間たちは気がついていないらしい。
 好き勝手に真実を言いあっている。
「台所を綺麗に使えないダメ職員は首にしてもいいんじゃないかね。まったく、最近の若者はなってないな‥‥」
 頭をかきながら、煙管を噛みながら雲母はやれやれと天上を仰ぎ見たし、
「なんということでしょう。ギルドが何時の間にか魔窟になっていたとは‥‥」
 ジークリンデ(ib0258)は唖然、緋姫(ib4327)は呆然となりながらため息を漏らしていた。
「全く、呆れるわね‥‥。よくこんなに放っておけたこと‥‥信じられないわ」
 ふふふ‥‥
「ど、どうしたの!?」
 あまりの出来事にショックのあまり我を忘れたのか。
 しかし、その心配は無用。
「やりがいがありそうですね!」
 予想以上の様子にとまどったが、すぐに事態は了解できたし、むしろ、ふつふつと気分が盛り上がってきた。
 志姫(ib1520)が拳をぎゅっとして目を輝かせている。
 無理難題を目の前にすると、怖じ気づく人間と、ふるいたつ人間がいるが、彼女は瞭かに後者であるらしい。
「なんにしろ、アレがでるというのは普段日ごろの行いの報いです。不衛生の印みたいなものですので」
 セフィール・アズブラウ(ib6196)は冷静に言い切る。
「まずは皆で手分けして掃除する所からだよな! んじゃあ俺は大きな物から運び出してくぜー」
 今回、唯一の男であるルオウ(ia2445)が、まず机を持ち上げた。
 まずはなんにしろ、床を見えるようにしなくてはいけない。
 それに、
「纏めて片付けてしまいましょうか」
 セフィールが提案して、掃除と一緒に別の案件も片付けることとした。
 まず、食堂の担当職員を呼び出した。
「しかしまぁ、ここまで汚く使えるものねぇ‥‥人として疑うな」
「な、なんだお? 厨房が汚いって? なにを言ってるお! 開拓者ギルドは開拓者を冒険や戦場に送るための場所だお! つまり戦場の汚さに開拓者を慣れさせるために、わざわざ汚くしてあるんだお! 親心だって思ってもらわないと困るお!」
 ドン!
「口から文句を垂れる前にサーを付けろ、無精者が」
 煙管咥えて民宿の女主人が睨み付ける。
「女性なのにサーだってお、マアムの方が――」
 ぼこ!
「なんだって?」
「サ、サー、な、なんでもないお」
 じぃ〜‥‥
 そんな駄目な大人を見る、真摯なまなざしがあった。
 心ある視野の広い大人であるのならば、その瞳の意味を察したであろう。だが、大人になり視野が広がるというのは、悪く言えば妄想も惨くなるということでもある。
「ああぁ‥‥幼女の軽蔑するような目が見ているお! ご褒美だお!」
「誰か、憲兵を連れてこい!」
 雲母が、不埒な職員を台所からたたき出した。
 なんにしろ掃除ついでに、ギルドの職員の再教育をしたりと、いろいろと面倒だ。
「道具などを出すのと仕舞うのは全員で行いましょう、そのほうが手早く済みますよ」
 セフィールはにっこり笑って、背後に隠した片手には愛銃を鈍く輝かせている。
 ギルド職員と、お話しをするには絶好の格好というわけである。
「これを持ってくれ!」
「このお皿の山を持っていって」
「箒で、このあたりを掃いてね‥‥だから、吐くじゃない!?」
 ギルドの職員を強制連行しての掃除は子供にやらせた方が何倍も楽ではないかと思える難事であった。そもそもギルドの職員になるだけのコネなり、能力のある連中なだけにプライドが高いのだからむべもない。
(あッ‥‥)
 雪うさぎの姿をした式がそれを発見した。
 床が見えるようになった頃、ついに、その姿が発見されると、ざわざわという声があがり、人垣が後退していく。
 そんな中、ひとりの女が前に進み出た。
「驚くことはありません。心の汚いモノの巣窟には彼らが好んで巣食うと聞き及びました。早急に退治します。その為の掃除人なのですから‥‥」
 熱弁をふるう美女の額にぺたり。
「‥‥――!?」
 顔が赤くなり、青くなり、やがて流れるような銀色の髪が面を隠した。
 沈黙、静寂、やがて笑い声――
「え?」
 かり出された職員たちは、その声にぞくりと背筋が寒くなるのを感じた。引退したとはいえ開拓者としての自分が脳内でささやいているのだ。
(やばい、にげろ!)
 ふふふ――雷光が落ちてきて虫は塵となった。
 むろん、自然の雷なわけがない。その姿を地上から抹消した女は笑った。笑って、笑って、吹っ切れたのか、ぶち切れたのかジークリンデは魔女となった。
「消えなさい!」
 指は天を指し示し、振り下ろした手は雷光の矢を放つ。
 一閃、虫は消え去った。
 髪が逆立ち、目はつりあがり、もとが美人であるだけにその表情はある種のすさまじさすらある。
(こんなのは、私ではありません!)
 ジークリンデは心の中で小さく否定するが、心の中のもうひとりの彼女が大きな声で主張するする。
(キル! キル! キル!?)
 雷光が嵐の夜のように台所で猛威を振るい、黒い影がまだ残った家具の影から、暴風雨のごとき破壊の手が休む間を狙って姿をみせようとしては、ぶすぶすと焼かれる。だが、敵も生き物としての意地があるのか、さらに仲間の死体を越えて突撃してくる敵に向かい、銃弾が飛ぶ。
「相手は素早い上に小さい、気をつけてください」
 一方的な銃撃戦は、やがて弾切れ!
 その隙をついて、黒い奴が飛びかかってきた。
 太ももに隠した予備の銃弾に詰め替え、そのまま横打ち。
(よく持った!)
 熱い拳銃にセフィールは軽く口づけし、さらに迫る敵に発砲を加える。
 さらに逃げようとする職員への警告に一発。
 どうやら督戦隊による始末‥‥もとい、監督も必要だ。
「こっちにこいよ!」
 咆哮を使って、挑発!
 強敵を一箇所に集める際、こちらに向かい飛んで来た強敵を、危ないと叫んで志姫が素手で叩き落した。
「大丈夫なのかよ?」
「手を洗えば良いから大丈夫」
 志姫は微笑み、ルオウはうえぇという表情をした。
 なんにしろ掃除やがて戦いとなり、戦いは始まった頃にはもはや泥沼であった。
 棚や流しからつぎつぎ顕れてきた黒い流れは、やがて集まり、かさかさと足音を鳴らし、あるいは羽音を鳴らしながら空を舞う。
 まるで壊れた瓶から水がこぼれるように、黒い放流が台所に満たされていく。
 シーラの箒で払おうとしていたうちはかわいいもので、緋姫の仕掛けた罠にかかったり、志姫の香から逃げたり、やがて氷弾と銃弾と、雷とが入り交じりながら、もはや掃除ではなく掃討が進んでいくと、やがて黒々した死体で一杯になった床を逃れてセカイの敵は壁に集まり、かさかさと動き、うごめきがら、こういう形にと集まった(ように見えた)。

 ――バカ!

「下等生物がいい度胸!」
 かくしてそれの退治は、なぜか同等のケンカとなり、戦いとなり、戦争となり、やがて厨房は阿鼻叫喚の場となった。
 このような状況であるから、掃除をしたくなかったのよね‥‥などというため息が受付の職員たちから聞こえる。本人たちの立場から言えば、掃除をしなかったのではなく、できなかったのかもしれないが、いまさらどうでもいい。
 かさかさ。
 受付で悲鳴があがった。
 破壊音がして、建物が揺れた。
「なにがあった?」
 外の水場で、家具や調理器具を、かり出した――雲母から叱られていたのを口添えしてあげた縁だ――ギルドの職員たちと供に水洗をしていた緋姫は眉をひそめた。
 額の汗をふきながら、緋姫は外からギルドの建屋を眺めた。
 たしか、裏口から台所から出てきたときに黒いやつがあっちにこっちに走っていく姿を垣間見た気がするが‥‥そう言えば、シーラが、
(掃除をする上で邪魔になるものは手分けして全て運び出すわね。その過程で受付や執務室へアレが多少散ると思うけれど、そちらで何とかなさいな。こちらは本隊の殲滅だけで手一杯よ)
 そうつぶやいて、くすっと笑っていたが‥‥ふたたび爆音を耳にした。
(パビェーダブリンガー!?)
「ま、まさかね‥‥」
 たしか聞こえてきたのは、騎士スキルの高位技であったはずだ。
 牛刀割鶏という言葉もあるが、あれを倒すのに、そのようなスキルを使う必要だとは思えないし‥‥そもそも、その技が炸裂したさいの被害が頭をよぎった。
 別の音がする。
「アーマーの駆動音ですね」
「しかも数体?」
 職員たちは聞き慣れている音らしい。
 そして、目の前を
「聞かなかったことにしましょう」
 緋姫は目と耳と心に棚を作ることにした。
 唐突にギルドでは戦争が始まっているようだが、このさい気のせいということとして。

 ●

 掃除した台所の床は、もはや山のような死体によって、まっくろになっている。
 歩くだけで、その死体によって転がってしまいそうだ。
 すでに表情ひとつ変えなくなったジークリンデの冷たい視線の先で、生き残った、それらはつい集まり、ひとつの巨大な姿に合体した。
「おいおい、どんだけでかいのか知らないけど、まあなんとかなんだろ‥‥じゃあ、なかったじゃないかよ」
「アヤカシみたいなものだからね」
 冷静な外野の声。
「わかっていたなら、自分たちでどうにかしろよ! お前らだって元は開拓者だろ!」
「だってぇ‥‥」
「ねぇ」
「別に危険手当でないしぃ」
 まったくもって勝手なものだ。
「流石に刀で斬るのは気が引けるからな」
 新調した木刀を持参。
 そして、いきなり唐竹割で思いっきりぶん殴った。
「手応えがない!」
 ルオウが舌打ちすると、その黒い影は分裂して、その一撃を回避した。
 そして、ルオウの背後で再び合体した。
「こいつ!」
「虫の集まりなだけです!」
 再び雷鳴が轟いた。
 だが、何匹かが死体となっただけで本体は現存する。
「火で焼くといいと思うよ!」
 外野が恐ろしいことを、さらりと言ってのける。
「いくら厨房でも、あんなでかいものを焼くような火は使うなよ」
 助けにならない援軍は無視して、
(火がダメならば!)
 水月が氷柱を使う。
 見事にヒット!
 敵が凍り付く。
「いただき!」
 再度、唐竹割!

 ●

「また、やり直しね」
 シーラはモップをかかえ、すっかり死骸の山のできた台所を見返した。
「心配は、ご無用!」
 そう言うとジークリンデがゴミの山とともに、もうひとつの山も一纏めにして、ララド=メ・デリタで消滅処分した。
「終わったみたいだな」
 髪をまとめあげた緋姫が、職員たちを引き連れて外の水場から戻ってきた。
 セフィールが、まだ職員達の教育をつづけている。
「掃除はこまめに行えば少ない手間で済みます、順番で台所担当を決めてやるといいでしょう。それになにより、綺麗な方が食事も美味しいはずですよ」

 ●

「ごくろうさま」
 なんだかんだあった後でギルドが用意してくれた風呂で、汗と埃を洗い落とし、綺麗になった食堂に戻ってくると、柑橘類の風味のするシーラの手作りの御菓子を志姫が人数分に切って、皿に別けているところだった。
「おいしいですよ!」
 すでに試食したのか志姫が本当においしかったという表情になる。
 なんにしろ、疲れた体に、この甘さは癒しとなる。
 ほどよく煎られた茶の香りを楽しみ、やがてころよくぬるまった湯が喉から胃に落ちた。
 安堵の息が漏れ、あわただしかった今日という日のことを思い出し、やがて誰となくつぶやいていた。
「お疲れさまでした」

 ●

「驚異は去った。しかし、倒した敵が最後だとは思えない。第二、第三の――いや、対策は考えてある。長の給与を減らして、それで常用の開拓者を掃除人として雇うのだ。これは幹部会の賛成多数によって決まった――」
 扉を叩く音がして、記録を書いていた人物は立ち上がると、部屋を後にした。
 その後、雲母のありがたいうお話しを最後に聞くこととなったことを記しておきたい。

 そして――かさかさ――‥‥