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■オープニング本文 ●半年前―― 「これが、その壺か!」 男が歓声をあげ、旅の商人のさしだした壺を受け取った。 寒くなってきているせいだろうか、不思議な暖かさを感じる壺である。 「さいですな。手に入れた先で聞いた話では――もちろん、本当かどうかなんてわかりゃあしませんし、よくある売り言葉なんでっしゃろうが――まあ、この世にふたつとない品だそうですわ」 「まあ売る側はいつも、そういうものさ。しかし、あんたも不思議なひとだね」 「不思議といいますと?」 「だからさ売る側だったら、そういうことを言って売るもんじゃないのかね? いままできた商人どもは皆そうだったぞ! そういってわしから金を奪っていきおった」 目が爛々と燃え、深く、暗い心の奥底を浮かび上がらせる。それに気がついてか、商人は、こほんと咳をして、話をつづけた。 「ただ、気をつけなくてはならないことがありまして――」 「気をつけなくてはいけないこと?」 「はい、この壺は嫉妬するってことでございます。それで、いままで幾人もの持ち主に不幸な最期が訪れたと――まあ、そういう伝承ってだけで本当かどうかなんてわかりませんがね」 ●そして、その日―― 「お父様!」 春のうららかな午後、庄屋の娘であるお燐が父を呼ぶため、離れへと向かっていた。 磨かれた廊下を抜け、敷地の中に作られた池の小島に立つ蔵に向かう。まわりには桜がいまが盛りと咲き誇り池の中央の小島に向かって屋敷から橋がかけられている。 ひとを信じず、美のみを愛してきた父は、ふだん壺中天と名付けた蔵に籠もっていることが多い。 本人がいうに 「ひとは裏切るが、骨董品は裏切らない。裏切らないからこそ美は永遠の生命をもちつづけたのだ」 ということになる。 娘としては、ため息がでるより他はないが、父もすでに年だ。もはやその性格を改めるようなことはないのだろう。 「おとう――」 蔵の中に入って、お燐は言葉を失った。 所狭しとならべられた骨董品の前には、首をかっきられ、すでに事切れた男が横たわっていた。 父にちがいない。 そして、その指先には、みだれた血文字で壺という一文字だけが書かれていた。 何百という壺がお燐を見つめていた。 |
■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
美空(ia0225)
13歳・女・砂
水波(ia1360)
18歳・女・巫
雲母(ia6295)
20歳・女・陰
周十(ia8748)
25歳・男・志
ジルベール・ダリエ(ia9952)
27歳・男・志
ロック・J・グリフィス(ib0293)
25歳・男・騎
琉宇(ib1119)
12歳・男・吟 |
■リプレイ本文 なんだろう。 春の午後の、このぼんやりとした感覚は。 自分という形が崩れ、ただ季節とひとつなってしまったような透明な気持ち。まるで移ろう心が風となって、散る花と戯れるように、さまざまな思いが心の中で交錯しているはずなのに、なんの決断もできぬまま、ただ流されて時間と一体化していく。 障子から差し込んできていた日差しも、いつしかかげり、ふるえる大気の音を聞いた気がする――雨が近いのだろうか。 お通は、もはや泣くことすらなく、ただけだるげに柱によりかかっていた。 夫の葬儀に疲れたのだろうか。 着崩れた格好のまま、目から生気をなくしたまま、ただ外を見つづけている。 手鏡に映る自分のなんと――醜いものなのか。 肌に、顔に、髪にもはや隠すことのできない老いが見える。 「捨てられた――」 幾度となく繰り返されるつぶやきは亡夫に対する怨嗟の声。 鏡面に映る女の写し身が歓喜をあげる。 ● 「うわー、収集家垂涎の品揃いやなぁ。大したもんや」 という声がしたかと思うと、なにごとか猛烈にしゃべる者がいて、ふと我に帰ったかと思うと、あわてて蔵から出て行ってしまった。 それを橋の上でキセルを揺らしながら大笑する者がいる。ともにいる少女が、不思議そうにその顔を見上げるような仕草をしていた。 雲母(ia6295)が娘の手を引きながら蔵へとやってきたのだ。 「壺がいっぱいなのです!?」 蔵に入ると美空(ia0225)は、大きなかぶとを揺らしながら歓声をあげた。 「そうね、あのあたりの壺からどうかしら?」 すでにひと仕事を終えた水波(ia1360)が、もう一仕事。なにごとか唱え、一息つくと、にっこりと笑って美空をこっちにおいでなと誘った。周十(ia8748)も、いっしょについて壺を眺めていくと、花の模様の入った壺のならべられている一角につく。 水波といっしょに美空も蔵にならべられた壺をさわりはじめた。 「たぶん、このどれか――」 水波がつぶやいた時、心目を使って探っていた風雅 哲心(ia0135)もまた確信をして目を見開いた。 「そこだ!?」 すると、美空が歓声をあげる。 「この壺は暖かいのです!?」 ● やれやれ。 くせのついた髪をかきながら、ジルベール(ia9952)は軽い自己嫌悪を覚えていた。さきほども、庄屋が遺産として残した壺の種類の多さとすばらしさについ、我を忘れて仲間にうんちくを語り始め、迷惑そうな顔をされたばかりなのだ。 「くわばらくわばら」 さわらぬ神にたたりなし。近づかぬ骨董に理性ありといことだろう。 「なんのこっちゃ?」 と、ひとりでつぶやきながら、お燐にさまざまな質問をしていた。 「水波さんが気にしていたんやけど、お燐さんのお父さんって左利きやったのか?」 右手をあげて、こっちの腕と説明しながら聞くとお燐は首を横にふる。 「嫉妬する壺か‥‥それが真実か眉唾かはわからんが、噂を作り出すくらいに、嫉妬という奴は恐ろしいと言うことだな‥‥物にしても、人にしても」 ロック・J・グリフィス(ib0293)は薔薇をもてあそびながら、ジルベールがまるで気に入った異性を口説くようなやりとりでお燐から情報を得て、それをメモ帳に書き留めているようすを眺めていた。 琉宇(ib1119)もまた、壺や謎の商人について調べた情報をならべてしばらく考え込んでいたが、 「あれ?」 奇妙な偶然に気がついた。 ● 蔵では怒声がしていた。 「壺は壊すなと言ったろ!」 「しかたないね!」 「雲母さん!」 母が娘を背中に隠しながら、後腐れなく、粉微塵に壺を壊さんとばかりに矢を射っていた。 「やめてよ!」 「べ、べつにあんたのためにやってやったんじゃないからね。壷か、私はこんな物にあまり興味はないが、こんな物に殺された人間は興味あったけど、あ、あんたがそんな人間になってほしくなかっただけだからね」 ぷいと顔をそむけた。 それにしても、みごとなほどの破壊ぶりだ。 蔵の中にあった壺の何割が土塊に戻ったのだろうか。 もっとも覇王さまに言わせれば不可抗力ということになろう。美空が暖かな壺――つまりアヤカシを探し当てたのだ。突然、壺の口から巨大な腕があらわれて愛娘をつれさらおうとしたとき開拓者たる母がどのような行動にでるであろうか? そんな親子の前にひとつの影が立ったかと思うと、 「やはりこいつか。だったら叩き壊すまでだな」 哲心が抜刀する、 「おっしゃあ!?」 応えるように周十もまた鍔に宝珠がはめ込まれた太刀を抜き、壺の化け物にいどみかかった。花の絵柄の壺に罅が入る。 「だから、ここで戦うな!」 出てしまったものはしかたないが、被害は最小限におさえるべきだろう。 「こっちへこい!」 志士がふたり、獅子が獲物を狩るがごとく壺を蔵の外へと追いやっていく。あの様子では助勢はいらないだろう。 「やれやれ、いっちゃったわね」 やんちゃな小僧を見送る年上の恋人のような態度で、水波は蔵の外を見た。 いつしか空は黒々とした雲に隠されていた。 「雨がくるのかしら?」 春雷が響いていた。 「きゃあ」 信じられないほど、かわいらしい悲鳴をあがったかと思うと、雲母が耳をふさいで縮こまっていた。そんな母の頭を娘が、よしよしとなでている。 「雲母さん、こわくないよ」 目をうるませながら、雷雨にトラウマのある母がうんうんとうなずいた。 さあっっと、細かい雨が降り始めた。 ● 「雨‥‥――」 お通はつぶやいていた。 声に応える者はない。 ただ手鏡だけが、奇妙な景色を浮かべながら揺れている。 お燐の声がした。 「お母さま、お客様です」 ● 橋の上では戦いがつづいていた。 「戦うってのは、楽しいことだな!?」 周十と風雅の刀が踊る。 壺の口から一本の巨大な片腕が飛び出ている化け物を想像してほしい。それが、このアヤカシだ。もっとも、その状況では目隠しをして殴っているようなものだ。 自分から当たろうともしないかぎり当たるようなものではなく、実際、敵としてこれほど弱いアヤカシと出会ったのはいついらい――いや、初めてだろうか。まるで、駆け出しの開拓者が度胸試しをするレベルかもしれないが‥‥いまや練習の相手にもならない。 「アヤカシ相手も飽きてきたな‥‥どっかにいい相手はいねェもんか!?」 周十は余裕である。 太刀が戦いの歓喜をあげながら、アヤカシに傷を与えていく。 雨が降り出す。 風が吹く。 桜は散りて、春はゆく―― 「なんの歌でっしゃろうか?」 ふすまが開いて客人がきた。 それまで戦いを眺めていた女はけだるげな、物憂いなまなざしで客人を見つめた。 「やはり、まるで心はここにはなしですね」 薔薇の装飾が目をひく男がそう言うと、お燐が客に不安そうに尋ねた。 「お母さまがなにか‥‥」 「壺の経歴を調べていたら、おもしろいことに気がついたんだよ。まるで、符号があったような偶然をね」 琉宇が本当にうれしそうに語り出す。 「おもしろいこと?」 騎士は首をひねる。 「あの商人は壺を売ったと言ったろ。ところが商人がこの家で売ったのは壺だけではなかったとしたら?」 「他にも売るもんがあったと? まあ、商人さかいいろんなもんを持っていてもおかしくはなかったろうな」 己を顧みてジルベールは苦笑。 そんな様子に興味もなさそうに女は手鏡を手にすると外を見た。 ここから見ればアヤカシと人の活劇も、遠い景色の中に溶け込み、白墨の絵に描かれた一枚の絵にように見える。障子の隙間という額縁の中に閉じ込められた絵だ―― 「それで商人は他に何を売ったんだ?」 騎士が吟遊詩人に問う。 ロックの問いに琉宇は目を細めて笑った。 「おもしろいことに壺を買った家では、その親族の誰かが手鏡を買っていたんですよ。それも縁起でもない、ひとを呪い殺すっていう手鏡でしてね」 そのとたん、女が立ち上がろうとした。 「おっと――」 アヤカシ退治はもちろん、ひとを捕縛する手はずもジルベールは事前に決めていた。ケガをしないように、しかし足をかけて動きを牽制。 ロックの槍が手鏡を貫いた。 手鏡から黒い煙からあがったような気がした。 あれが瘴気だったのだろうか。 そのとたん糸が切れた人形のようにお通は倒れた。 「お母さま‥‥――」 お燐は声をのむ。 水波がつぶやいた言葉を思い出された。 「容疑者はお通さん。升八さんに苦労をさせられていますし情念はありそう」 なんにしろ―― 「右利きの人間がいまわの際に左手で字を書くのもおかしな話だったからな。手鏡のアヤカシが壺のアヤカシに犯人を押しつけたというわけですかね」 「こっちの勝負がついたようやな。そして、あっちも――」 障子を開け、ジルベールが外へ身をのりだした。 「おっしゃあ!?」 「もらった!?」 志士たちの太刀が壺をたたき割ったとき、雨がやみ、雲が割れた。 蔵の方からも声があがった。 「もう、アヤカシの気配はないわね。あら、虹ね」 差し込んでくる日差しに輝く虹に水波が目を細めると、自慢げに母親に語りかける子供の声が聞こえてきた。 「不思議な事件でありましたが、美空には最初からわかっていことなのでありますよ」 ● 「けっきょく商人は何者だったのかね?」 知り合いの商人を思い浮かべながら、該当者はいないだろうなと内心に不安をかかえながらジルベールは食事を口にした。 「わかりませんでした。ただアヤカシを売り歩く商人ですか――」 応える声があるがはたして彼の耳に、その言葉がどこまで届いたか。 はや、皿の裏の銘を見たり、茶碗の焼き具合を褒めたりと、その夜、お燐がお礼だといって開いてくれた宴には、故人の所有した骨董品の皿や酒杯がならび、骨董マニアのジルベールにとっては夢のような一夜であったのだ。 「アヤカシの鏡がお通さんを操っていたわけか。そして、それとは別に、ときたま壺のアヤカシがひとの血肉を欲したというわけかな?」 わかったようでいてなにか煮え切らないという表情で風雅は杯をあおる。 「あれは、ほれ操られたお通さんのしでかしたことやろ」 御猪口をまじまじと見ながら弓使いが、どうでもいいことのように言う。 「わからんな」 「手鏡のアヤカシが罪を壺のアヤカシに押しつけようとしたという説はどうかしら?」 「うんなバカな」 酒気をおびた笑いが起きた。 「ままならぬは人の世ばかりなり――ですかね」 吟遊詩人が思い出したように歌の一節を唄い、そのまま苦笑して、ふたたび節をつけて新たな句をつけてみせた。 「ままならぬは人の世ばかりなり。ならぬはアヤカシの世もまた同じ。されば、どこに逃げるが幸いか――」 「そうね壺の中はどうかしら? ちょっと調べたんだけど壺中天って、太古の物語で壺の中に仙境を発見したというものだったのよのね。升八さんは、あの蔵にどんな仙境を見ていたのでしょうね」 男たちに水波は酒を注ぐ。 「なんにしろ、ひとに嫉妬するはひとだったわけか」 ロックは受けた酒をあおる。 はや、子供は夢の中。 母は静かに微笑しながら、その頭をなでてやっていた。 最後に、みなが今回の件についてそんな風に語っているなかで、誰とは言わぬが、こうつぶやいた者がいた。 「――ってことは、真に恐ろしきはアヤカシにすら救いを求めようとした人の心、ってか。これなら化け物相手のほうが気が楽だぜ」 |