|
■オープニング本文 「これが、ご依頼の絵ですか?」 「はい」 壁には一枚の絵がある。 まっくろなキャンパスの中央にはさまざな原色の絵の具が叩きつけられるように塗りつけられ毒々しい渦が描かれているようにも見える。具体的には何かはわからず、抽象的には恐怖を描いているのではないという気がする。だが、なにかしら人を引きつけるモノはある。見つめているといつしか、その絵に飲み込まれ――おっと!? 「危なかった!」 「どうしました?」 「ええ、ちょっと不気味な絵だと思っているうちに、罠にはまりそうになったわ」 「罠?」 「こっちの話――深淵をのぞきこむ者は、その深淵もまたなんじを見つめていることを忘れてはいけない‥‥だったわね」 ギルドの職員は言葉をにごす。もともとは開拓者であったので勘働きはあるのだ。 不気味な絵だが、それ以上に奇妙なことがある。 この絵からアヤカシが出るのだという。 そして、その怪異の解決の依頼がギルドにきた。 由来は不明だが、いつの頃から、この屋敷にある絵がある。 そして、これも時期は不明だが、いつからかこの部屋で絵を見ている者たちがアヤカシに襲われるという事件があいついだ。幸い、まだ被害者はいないのだという。そして、気になるのは、どのような形態のアヤカシなのか不明なことだ。 「不明?」 「はい、遭遇したという人間はたくさんいるのですが、そのひとり、ひとりが見たというものがまるで違うんです。ヴァンパイやグリフォンに襲われたという者がいる一方で、ゾンビやゴースト、それならばわかるんですがメイド姿の少年を見たとか、幼女の騎士さまを見たとか、ひどいのになるとケーキだったりしたそうですよ」 「ケーキ? あ、わたしもケーキと紅茶がこの世もでもっとも怖くて、きらいだから!」 「はいはい、まんじゅう怖いですね。天儀のひとから聞いたことがありますよ」 ちりんと鈴を鳴らし、召使いを呼ぶ。 「それにしてもヘンね」 「なにがです?」 別の部屋へと移動する。 「あの部屋で怖いものを想像したはずなのにアヤカシは出てこなかったじゃない」 「そういえば? なにか鍵があるのかもしれませんね」 「どうせくだらない理由のような気がするけどね」 「勘ですか?」 「勘よ。それにしてもケーキにもなる正体不明の敵ね‥‥」 ふむと職員は頭をひねると、依頼人がはたと気がついた。 「それはつまり――とても弱いアヤカシを想像したら、とても弱いアヤカシが出てきて一発で解決じゃないのかしら?」 「あっ!?」 |
■参加者一覧
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
谷 松之助(ia7271)
10歳・男・志
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
トィミトイ(ib7096)
18歳・男・砂
ケイウス=アルカーム(ib7387)
23歳・男・吟
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
ホープ=マクトゥーム(ib7514)
20歳・男・砂 |
■リプレイ本文 なんという重い水なのだろうか。 それが漠然とした、だが明瞭な思いだった。 浮かんでいくとも、沈んでいくとも、流されていくとも、あるいは移ろいなどありはしない虚ろな時間の中、ただあるのみ。 (また――夢だ‥‥) そして、いつもの声がする。 (この世は心の思い描いた夢でしかないのですよ) まるで慈母のような、どこまでも優しく包み込むような声。 そして、あたりの暗闇がまるで巨大な幾つもの指先が閉じていくようにあたりから包まれ、小さな空間に帰って行く。それは生まれた場所。暖かく、心休まり、そしてすべてが許される――なんと心地よく、そして恐ろしい! 「やめろ‥‥!?」 はっとして気がつき、目を開けると黒髪の少年がいた。 いや、容姿が幼く見えるだけの大人の男であったか。 うとうととしていたらしい。 「竜哉(ia8037)殿、大丈夫ですか? かなりうなされていたようですが?」 「‥‥大丈夫だ」 むすりとした顔で、悪夢からの逃亡者は頷いた。 それがウソであることは本人が一番、認識している。 だが、目の前の仲間は額面通りに受け取ったのだろうか。あるいはわかっていて、あえてそう言ったのか、 「それは、よかった。それでは、出かけますか」 にっこりと笑って谷 松之助(ia7271)が椅子から立ち上がり、竜哉もその背中を追っ て開拓者ギルドを後にした。 やがて依頼人の屋敷につく。 部屋に案内されると、いっしょにくっついてきたレティシア(ib4475)は、ちょこりと座っておすまし顔。だまっていればお人形さんのように、可憐な娘だが、その容姿にだまされてはいけない。こう見えても、歴戦のねーちゃんキックの使い手である。 猫かぶりをするのならば、かぶった猫は大きいほどいいとは言うが、まったくもって堂に入ったもので行儀よく主人に相対している。 「どのような経緯で絵を手に入れたんですか?」 竜哉がするつもりであった質問をしれっとした顔で言ってのける。 返答は、こうであった。 その昔、旅の商人から買ったとのことである。 (なんでも夢を現実化できるっていう噂の絵なんですが、まあウソでっしゃろうから、タダみたいなもんでいいですわ。ほな、よい夢を見せてあげてやってくださいな) 「旅の商人ですか?」 貴人が出してくれた酒の杯を自然な態度で忌避しながら谷は腕を組む。 「つまり初めから曰くありの絵だったわけか。描いた人間を調べたいが‥‥」 「商人の方は知らないと言っていたそうです。それに、絵に詳しい友だちに見せてもわかりませんわ」 「なんにしても商人の言っている言葉に矛盾もあるし、もろ怪しいですね‥‥と言っても、いまさら足取りを追うのは困難だし、今回の依頼は絵をどうにかするだけですけどね。あら、いらっしゃったみたい」 猫かぶり姫の声が終わらぬ内に、 「持ってきたぞ」 ギルドからの増援が追いついた。 ギルドから借りてきた大きな布で絵を覆う。 部屋の外へ出すことに異を唱える者もいたが、屋敷へ被害が出る可能性を鑑み、砂漠からの来訪者たちの手によって絵が近所の野原へ運び出された。 「出所も分からん絵を後生大事に飾る必要も無いだろう。第一この絵自体が化物である可能性もある」 トィミトイ(ib7096)が身も蓋もないことをつぶやく。 まったくもって正しいのだが、正しいからこそなされない正義というものが世の中にはある。正義は他者とともに己をも傷つける刃と嘯く者がいる所以である。 うろんな目で絵を見る。 その目元に特徴的な痣がある。その痣のせいなのか、あるいは、他人を寄せ付けようとしない空気をまとっているか‥‥いやその両方だろう。だから彼と袂を分かち――いや、これはいま語ることではない。なんにしろ、顔見知りであるケイウス=アルカーム(ib7387)とその連れであるホープ=マクトゥーム(ib7514)に手伝ってもらっている。 「‥‥こ、これ見て弱いアヤカシ想像しろとか無理だぁっ!!」 ケイウスは絶句。 (うーわぁ‥‥腕とか出てきそう) そう頭の片隅で思いながら、あわてて目をそらして、その場を足早に去る。 (あぶない、あぶない。絵に飲み込まれたらダメ!) 横では霧崎 灯華(ia1054)とエルレーン(ib7455)が絵を眺めていた。 「幻覚というか精神攻撃なのかしら?まあ、なんにしてもぶっ倒すだけだけど」 霧碕がしゃべっているなか、おどおどとした態度だったエルレーンは意を決したような顔をして絵を覗き込んだ。 (ただの絵、ただの絵――) 心の中でつぶやきながら見ていると、 「怖いのかしら?」 霧碕が、エルレーンの背中から声を掛けてきて、 「きゃあ!?」 ふっと耳に息を吹きかけてきたのだ。 惚けたような顔で背後を見ると、その顔がゆがんだ。 「ホントウノアナタヲミセナサイ! ウ・ソ・ツ・キ――」 口は顔よりも大きく、まなこよりしたたり落ちる血の涙は、あたりをひたしながら、霧崎であったモノはどろどろと溶け、血の粘土を目に見えぬ何ものかがこねあげたかように姿を作り替えると、やがてひとつの姿となった。 「‥‥ッ?!」 エルレーンは動揺に硬直する。 何故ならそのアヤカシの中には‥‥鏡に映したかのような自分の姿があったのである。 「サア、オドリマショウ!」 剣を持って己の姿を奪った幻が襲い掛かってくる。 スキル「炎魂縛武」で攻撃力を上げ、斬りかかり、迎え撃つ。 別の場所で悲鳴があがった。 「‥‥うわぁ‥‥やっぱり出た‥‥うぅ」 ホープの前にあらわれたのは、想像した通り亡父。 「うわわっ!?もういい加減にしてくださいーー!!成仏してなかったとかじゃないですよね‥‥あはは」 「なに、ひさしぶりに、お前がどれほど成長したのか見に来たのだ。楽しませてくれよ!」 父が剣を抜き、襲いかかってくる。 「おかしいですよ!?」 開拓者として腕を磨いたのだ、一撃、二撃、かろうじてだが、父の刃を防ぎきる。 「なるほど正攻法では腕を上げたか! だが、これではどうだ?」 そう言うと、父であったモノは、突然、第三者に声をかけた。 「ああ、そこの若いの?酒をたしむのだな?」 「我であるか?」 谷が眉をひそめた。酒を苦手とする者を指定するあたり、さすがというか、やはり性質が悪い。 「そうそう年長者の言うことは聞くことだぞ!」 いつの間にか、手には酒の注がれた杯があって谷に押しつける。 手にとると、みるみるうちに杯は尽きぬ泉に早変わり。こんこんと酒があふれだしたと思うと、こぼれ、流れ、いつしか酒の川となり、池となり、なんにしろ谷は手足をばたつかせながら酒の湖でおぼれることなってしまった。 酒の中で溺死とあっては、二日酔いが怖いなどと思っていたうちはかわいいものであった。 そこへ小舟がやってきた。なんとかかんとか乗り込むと、その場には待ち人があった。にっこりと笑って美姫が酒の杯を谷に手渡し、徳利を傾けるのであった。 「いかがでありんすか?」 「ああ、いや‥‥」 なんという、いやがらせか。 さすがに心が折れかけたとたん、小舟が傾いた。 見れば岸辺でホープの父が、生前、砂漠の泉でやったように、その岸辺に膝をつき、ずずずっとやり、ごくごくごくと飲み干した! 酒豪の息子も、ただあぜんとして眺めているしかなかった。 みるみるうちに湖は泉となり、アルコール一滴ないもとの野原に戻った。 生前、父も酒豪ではあったが、さすがにここまで酒豪はなではなかった‥‥と信じたい。 「さあ酔いがまわってきたぞ!?」 父は顔をまっかにして、かかと笑う。 双剣を手をにぎると、生前はやったこともない技を繰り出した。 「酔えば、酔うほど強くなる!?」 酔っぱらったように足は右に左に手にした二本の刃もまた、右に左に、上に下に、踊り子の激しい舞踏にも似たような動き、まるで剣が鞭のようにホープに迫ってくる。 「ちょ、ちょっと!」 このような技はギルドでは習っていない。 防戦一方になって、ついに息子は悲鳴をあげた。 「邪道だ!?」 「邪道で結構!もはや正道にはしばられぬ身なのだ!」 「正道にしばられぬだと!?」 トィミトイは叫んだ。 だが、彼の見ているモノはホープとは別の存在だ。 「ジャウアド!?」 それはかつての頭領であり、そして袂を別けた人物であった。 「ひさしいな。あれから代わりはないか? それとも世間を見てすこしは大局で物事を見ることを覚えたか?」 「黙れ!」 「なんだ? せっかくの逢瀬だというのにあいかわらず、そんな事を言うのか。変わらんな」 「俺を裏切っておいて、よくもしゃあしゃあと」 「あの事を言っているのか?俺は裏切ったつもりはないが‥‥なんにしろ、あいかわらず、お前は自分の感情に振り回されているだけの子供だな。では逆に問おう?あの時、あれ以外の選択が我らにあったのか? 個人の気持ちでなく、我らが一族の立場で考えろ。それができぬのならば、いくら広い世界を見ようとも、貴様はまだ子供なのだ」 「子供だと? この俺が? 誰のせいでこうなったと思っている!」 「そうだ。確かに卵の殻を破れぬ雛をそのままにしておいたのは、俺の過ちだ。だから籠を壊して逃亡した成鳥のさらなる成鳥を待っておるのだ。なのに、お前はまだ、そうやって後から無理やり理屈をこねて、自分を正当化してるだけだ。お前自身その事を薄々分かっていても認めようとしていない。ここに――」 そう言ってジャウアドは自分の足下に拡がる砂漠を指した。 「お前が立っていない事が、何よりお前の醜さを表している!」 無言のままエルフのなかでもきわだって白いトィミトイの肌が紅潮し、握った拳から血がでるほどふるえていた―― ● 「ああ、皆さんいろいろですね」 えへへと笑って見せて、レティシアは胸元から取り出したメモに何か書き込んでいる。 そんな彼女に忍び寄る影があった。 ちょん、ちょん。 「なによ?」 ふりかえると、そこには懐かしい顔。 幼い頃に聞かされた、言う事聞かない悪い子を寝台の下や箪笥から現れてはさらっちゃう怪人のお話に出てきた彼が、はぁいと手をあげていたのだ。 「は、はーい」 はははは――。 そして、互いににっこりと笑って、 「しまっちゃう〜ぞぉ!?」 「きゃあ!?」 あの頃、夢の中で思い描いたおいかけっこの再現となった。 さて、取り残された仲間の袖を誰かがひっぱる。 「ねぇねぇ、おねんちゃん?」 「なに?」 いつの間にか、小さな女の子がケイウスの脇にいた。残念ながら(?)ケイウスの弱点ではない。 「あの人達、野原の真ん中で何をやっているの?」 開拓者たちを指さしている。 裸の王様を指摘するのは、常に世間的なる恐ろしいモノを知らない子供である。 「ああ、ダメでしょ‥‥目をあわせちゃダメよ!」 惨い言葉を伸して母親らしき女性が少女の手を取って、足早にその場を去っていった、 「さて‥‥」 こほん。 「き、気を取り直してっ!」 とりあえず、いま必要なのは勇気だろうか。 武勇の曲を奏でる。 「黙れ!」 トィミトイが幻に向かって怒鳴った。 「お、今の効いてるかも!」 どうやら効果はエルレーンにもあった。 「これで!」 決める――叫ぶと、エルレーンの刃が己の影に突き刺さり、ついに敵は消滅した。 だが千消えていくアヤカシは、実にぞっとするような、醜く、薄汚い笑みを浮かべていった。それは心の闇――‥‥竜哉は闇の中にいた。 「‥‥――」 いまさら言葉はない。 あるいはわかりきっていたことなのだ。 (こうなることがですが?) それは夢のつづきあった。 竜哉のイメージは黒い手。 山のように巨大な手がドームのようになって天上を包んでいく。 人が対抗するには、あまりにも強大な壁に、竜哉はただ歯ぎしりするしかなかった。 戦う手段はあるが、はたしてどこまで通用するか。 アヤカシと戦う手立てはしっている、軍隊とも戦う策も思いつく。しかし、天や大地と戦うにはどうしたらいいのか? やがて世界は巨大な、揺りかごという名前の監獄になる。 そしては、それは竜哉にとっては「繋がれる」ということと同義語であった。 (人は大地に繋がれることなく、生きることはできないのですよ開拓者?) それは問う。 そして、応える――だが、俺はいやだ。 いまの自分にはそれはまだ打ち勝つことがかなわぬ存在かもしれない。だが、足掻くことはできる。閉じようとする天から射してくる最後の光にそれでも手を伸ばす。 その時、伸びてきた手が彼をつかんだ――ここは? はっとして気がつくと、目の前で霧崎が笑っている。 「まあ、戦いになれた者の勤めさね。他人が目の前で墜ちていくのを見ているのは気分のいいものではないしね」 「それで、お前の敵は?」 「あれさ」 あきれたといわんばかりの視線の先には、可憐な少女がいる。 白い剣を胸に抱き、ただ恐れるような表情をした黒いドレスの少女だ。目を疑うばかりの可憐さは、竜哉の前にいる少女と瓜二つでありながら、なにもかもが違う。ひとの容姿は、ただの素材にしかすぎない。それがどのような見えるかは、その化粧であり服装などによって違ってくる。 が―― 「こら、見比べない!」 霧碕が叫んだ。 なんにしろ、後日、可憐でおとなしい霧碕という存在を聞き知った友人たちは声をそろえ、 「なに、それ怖い」 と口走っていたそうである。 「剣を持ちな!」 同じ顔の幻の首に白い女が剣先を突きつける。 「戦いはわかっているね、あたし?」 ゆっくりと立ち上がり、剣を抜いた。 白と黒の自分の戦い。 腕は互角。 「はははぁ、そうでなくちゃ!?」 笑いながら白き死神が剣を振るい、泣きながら黒き天使がそれに応じる。同じ力量であれば、千日手となるか、一瞬で勝負がつくかである。 (ならば――) 守りはない。 一気に攻め立てる。 だが、相手もそれはわかっている。 自分の考えることくらい―― 「わかる!」 のだ。 だが、同じ姿と同じ能力を持っていても、コピーは必ずしも同じ経験を積んでいるわけではない。だから、霧碕が誘うように戦っていたことに彼女が気がついたとき、勝負はついていた。 「もらった!」 剣が霧碕の腕と胸の間を貫いた。 「うぅ‥‥」 しばらくの間、下に向けた顔をあげたとき、死神が死を告げる。 「なんてね、残念――」 霧碕の策に影は気がついた。 一瞬のうちに、自分の立ち位置と確認した。 背後の絵を見て、剣は捨て、真後ろにステップ。 「あぶない!」 絵と仲間をかばうように両手を拡げ、開拓者の放った術の直撃をくらった。 「なんて‥‥ことを‥‥」 もうひとりの霧崎は涙を流し、そして消えた。 その涙は、はたして誰に対したモノだったろうか。 なんにしろ、最後に残ったのは黒い瘴気をあげて崩れていく絵であったモノであった。 「最初から、こうしておけばよかったのか‥‥――」 |