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■オープニング本文 「俺は‥‥」 沈んだ目に、暗い川の流れが映る。 手にはぼろぼろになった花束。心も、またぼろぼろだ。 恋が終わり、死が手招きする。 他人から見れば失恋のひとつ、ふたつなど名誉ある戦傷くらいにしか思えないかもしれない。だが、若者にとっては恋のひとつがすべてなのだ。 それを無くしたということは、すべてを――そう、生のすべてを失ったも同然なのである。 ならば―― 男は橋の下に目をやった。 心は決まり、あとは行動に移すだけだ。 だが、その前に、気配を感じ、横を見ると、そばにふたつの白い姿があった。 白装束の者たちだ。 ひとりがにやりとした笑みを口元に浮かべる。 「ボクと契‥‥あれ?」 すでに人影はない。 「あれ?」 その時、橋の下からは水音がした。 「ああぁぁぁ、ボクの契約ぅぅぅぅがぁ!?」 すでに身を投げた男の姿は水の底に消えていた。 横にいた白い影があきれたようにため息をつき懐から香炉を取り出す。 そして、川に向かってそれを差し出すと、 「あんたに力をあげるよ!」 その手に持った香炉からは、黒い瘴気が流れ、その果たされなかった思いを暗い水面に誕生させた。それは漆黒の騎士と首のない馬。 「さあ、失恋の騎士よ、その恨みをはらしなさい!」 その夜、不気味な馬のいななきを人々は聞いたのだという。 ● 「ねぇねぇ知っている?」 「何を?」 「恋が成就するっていう木があるって噂!」 「ああ、知ってる、知ってる。友達の友達が彼とあそこでデートをして恋愛成就したんだって」 「すごい!」 「本当、うらやましいよね」 「いいなぁ! わたしも素敵な彼氏が欲しいな」 ● 森にある、その大樹は、いつからか恋人たちのデートスポットになっていた。 どんな理由で伝説が生まれたのかは分からないが、二人だけの世界に生きる恋人達にとっては、そんなことはどうでもいいことであった。 ただ、二人だけでいる。 そのための理由づけ程度の意味しかないのだ。 今晩も素敵な月がでる中、何組ものカップルたちが集まり、それぞれの愛をささやきあっている。 突然、馬のいななきが森に響き渡った。 恋人達が戸惑うまもなく、闇の奥底から憎悪とともに黒い異形が姿をあらわしたかと思うと首なき馬が再びいななき――不思議な話だが、しょせんはアヤカシのなせる業である――騎士が一刀のもとに男を叩き斬ると、恐れおののく女の髪を鷲づかみにした。 馬が駆け出し、片手で少女をひきずる騎士は、さらに黒の剣をひとふり、ふたふり。 たちまちあたりには血がばらまかれる。 生贄は捧げられた。 「我が友どもよ!」 アヤカシが叫ぶと、風が吹き、木々が揺れた。 空は一転かき曇り、雷鳴がとどろく。 そして、あたかも異界の門をくぐりぬけでもしたかのように、森の中に黒い影が揺れたかと思うと、それは黒い姿をした軍勢となった。 それは恋破れた者たちの怨念であった。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
氷海 威(ia1004)
23歳・男・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
鶯実(ia6377)
17歳・男・シ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
ラシュディア(ib0112)
23歳・男・騎
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
シーラ・シャトールノー(ib5285)
17歳・女・騎 |
■リプレイ本文 月はかげり、風が不気味な声で歌っている。 暗闇の中の道を行く。 疲れた為か、足どりは重く、されど背後より迫る死は歩みを止めることはない。 手、手、手―― あたりの暗闇からのびるすべてが人ではあらざるモノどもの指先となって、ふたりにまとわりつこうとする。 逝け、逝け、逝け!? それは呪詛にも似た思い。 あたりにあふれる羨望、妬み、嫉み。持たざる者が持つ者に持つ、故もなき怨嗟。 恋人たちは手に手をとりあい、伸びてくる手を振り払いながら、ただ逃げていた。もはやどこを走っているのかすらわからない。 ついに、ふたりの絆が切れた。 少女の手が少年から離れ、転んでしまうと、その背後にはアヤカシの手が伸びてきた。だが、恐怖で固まった少女の眼前でアヤカシは消滅した。 「恋人が集う様な普通の森に、何故突然アヤカシが‥‥神出鬼没で理不尽な存在だとは身に沁みて分かっているだが‥‥くそっ!」 突然、暗闇の中に顔が浮かび上がった。 厳しい表情をした男――氷海 威(ia1004)――が助けた男女に問うた。 「聞きたいことがある。‥‥ここは普段からアヤカシが発生するような場所なのか?」 そう言ってから、ふいに男は思い出しとばかりに、やさしげな目になった。 「開拓者だ。助けにきた」 ふたりは互いの顔を見つめ合い、やがて首を横にふった。 それは事実であったが、あるいは事実の表面を撫でただけの、ただ知らないというだけのことであったのかもしれない。日常などというものは水に浮かぶ泡の薄い膜のようなものであり、その下に流れる巨大で深い河のことなどわかりはしないのだ。 それは遠く離れた場所で観察するしかない。 そう「観察」するより他にないのである。 「来たね」 「こんどの開拓者たちはどんなものかしら?」 どこかで、ささやく声。 「そういえば、さきのやつらの活躍で、ボクらのアヤカシも、だいぶ弱まっているけど、いいのかい?」 「別にいいのよ! 必要なデータ取りは終わったんだから、あとはあの子が、どこまでできるか見ていてあげましょ? 万物は流転する。人もアヤカシも同様に。我々は、ただあるだけ――さあ、見ましょう。それが去りゆく者に対する生者のせめての手向けなんだから」 ● 「大丈夫ですか?」 玲璃(ia1114)が声をかける。 足を投げ出し、森の木にもたれかかるように倒れていた男がいたのだ。肩からざっくりと斬られ半身が血にまみれているが、男の目がわずかに動き、その口にはまだ息があることがわかる。 「‥‥まあ、どうにかなるかな?」 こんな状態だというのに、うっすらと瞼をあけ、まっさおになった顔で笑おうとする。 「すこし待っていてください」 玲璃の手は癒しの手。魔法の力が傷口を治療する。 「君のような美しい”女性”に看取られていくとは、あんがい望外な死に方だと思ったが、まだ時は来てないようだな。そうか、同業者か――ならば、ギルドは我々は全滅したと判断したわけか‥‥いい判断だ」 苦しそうな顔をしながらも男――その装備から騎士なのかと想像はつく――は、何事か訴えようとしている。それゆえ”彼”は男のまちがいを咎めようとは思わなかった。 「なんにしろ敵は数がいる」 やがて魔法が効いてきた。 声が安定したものとなってきた。 状況が語られる。 「――つまり、多大な犠牲をだしながらも敵の主力は撃破、またボスにも深手を負わせたのですね」 「正確には違うな。そう思いたいのだ。そうでなければ我々の犠牲が無為になるからな。兵としてはよくないが、いかんせん、この暗闇だ。どこまで正確な情報が手に入っているのか、こちらにもわからん」 それで―― 「どうした?」 玲璃には、ひとつ気になることがある。 ここにくるまでの間、瘴索結界「念」でアヤカシと思しき反応を確認していたのだが、想定していたより数が少なく心にひっかかっていたが、その謎は解決した。同時に、新たな謎が玲璃の心を占める。 「な、なんと申しますか、これは瘴気というより多くの何かの強い情念が集まっているような‥‥」 「そうか?」 「なにか気がつくことありませんでしたか?」 「いや、わからんが、情念持ちならばなんとなく、アヤカシの士気の高さは納得ができた気がしてな」 「士気が高い?」 胸から女の絵を取り出し、独り身の騎士は寂しげに笑うのであった。 「ああアヤカシに、そんなものがあるのか知らないがな。そうそう、誰も恨むことのできない憤りは、心の中のどこからきて、どこに行くのだろうな?」 ● 森の各所で剣戟の音が響いていた。 たとえば三笠 三四郎(ia0163)が豚のように太ったアヤカシども雄叫びをあげながら挑発しては、すこし広い場所に集め、大立ち回り。 一撃、二撃と小刻みに斬りつけ、間合いをとり、頃合いをはかると、足腰を回転させながら兼朱を左右に振りまわした。首が、腕が、胴体が吹き飛び、その場にいたアヤカシは一掃。さらに、その背後にいたアヤカシが一、二歩、足を進め、前のめりに倒れ込むと、その背中に手裏剣が突き刺さっていた。 「馬に蹴られる前に、俺の手裏剣でも、味わっておいてください!」 鶯実(ia6377)が放ったのだ。 木の影から出てきて、塵に帰ろうとするアヤカシどもをあわれんだ目で見ている。 「俺は、こうなりたくないですね〜、絶対に」 それはなりたくないだろ。 なんだかんだで救うことのできた十数人ほどの人間たちも同じ気持ちだろう。 「さて帰り方なんだが、こちらで案内人を用意した。一応、ここにくるまでの各所に風鈴をかけておいたから、もしもの場合は、それを道しるべにして帰ってもらいたい」 森の中で風鈴の音がした。 「そういうことだ。玲璃の風鈴が頼りだな」 ラシュディア(ib0112)が救援した人々を森の外へと連れて行く。 「気をつけて帰れよ!」 去っていく面々に声をかけると、空には星があった。 やがて、あたりは静寂に訪れる。 さて―― 「初デートには、もってこいの宵だが――」 去っていく人々の後ろ姿を見ると、シノビは煙管を加えながら、苦笑するのだった。 「こっちです‥‥」 ラシュディアが耳をすましながら森の道を行く。 響く鈴が外への道しるべだ。 恋人たちは手をつなぎ、あるいは心配そうに時々、たがいの顔を見つめている。また、傷を気にしながらも武器を手に、無辜の人々を護ろうとする者もいる。 最後尾で悲鳴があがった。 「きゃあ!」 「大丈夫‥‥かい?」 木の根にでも足を取られたのか娘が転んだのだ。 あわてて連れもふりかえると、心配そうな声で手を伸ばす。 「はい!」 うなずき、さしだされた手に、すこしとまどった様子を見せ、やがて意を決して手をとった。そして、ありがとうと小さな声で言ってみせて、恥ずかしそうに顔をそむける。 いかにも物語に出てきそうな、恋する少女の態度だ。 「こっちかな?」 どことなく棒読みな口調と芝居じみた態度で、ふたりは森の奥へと向かった。 ざわざわ。 木立が揺れる。 「きゃあ!」 かわいい悲鳴をあげ、レティシア(ib4475)は華奢な腕にぎゅっとしがみつく。そして、ええっと――次の行動を考える風。 (「何をやってるのよ?」) 男装のため、髪をまとめたシーラ・シャトールノー(ib5285)は表情こそ普段どうり毅然としているが、心の中はひやひやもの。 いちゃいちゃは厳禁と別れたカップル達には伝えたが、おとりとなれば話は変わってくる――さあ、思う存分、いちゃついてくれ! という状況なのだが、どうもうまくいかない。 なんというかレティシアが、わざとらしいまでのいちゃつきようなのである。 (「‥‥大丈夫です。男女交際は百戦錬磨です」) 打ち合わせの時にはレティシアは、胸を張っていたが、どうも妙な感じを受ける。 さっきから袖をつかむつもりだったのにまちがって腕を組んだり、途中まで自分でリードしていたくせに、突然なにとはなしにシーラにリードを求めたり‥‥なんというか、あれだ! 耳年増が初めてデートをしていて、知識はあるけど、経験がないせいで力の入れ具合をわかっていない、そんな感じなのだ。 実は、レティシアのこんな言葉がつづいたのだが、それを聞きのがしていたのだ。 (「物語で勉強しました!」) さて、そんな即席のカップルが森の中にいる。 すっかり、はぐれてしまい――というシチュエーションで――それに、さきほどの自分の行動におもわず赤面して、懐から取り出した出したニブラ写本に顔をうずめて、ぶつぶつぶつ。恥ずかしさのあまり、自分で何をしているのかわかっていないかのような混乱ぶりだ。 「こまったな――」 そっと、その肩に手を伸ばし、体を近づけると、肩と肩であいさつ。 そして、くすりと笑ってシーラはレティシアの顔を正面から見つめた。 その時、風が吹いて、雲が去った。 まとめていた髪がほどけ、月光にどこかあどけなさの残りながらも凛々しいシーラの笑顔が見えた。 どきり。 レティシアの胸が大きく鳴った。 女であることがわかっているのに、胸が高鳴る。 (「えええええぇぇぇ!?」) 頭はもはや真っ白、 「あああああ‥‥あや、あや、アヤカシです!」 獲物が餌に釣れた。 アヤカシどもが四方から迫ってくる。 ゆりゆりしぃ、ゆりゆりしぃ―― 「なによ、この奇妙なうめき声!?」 「だまりなさいよ、この変態! テラ変態! ど変態!?」 ハイヒールのキックが、みごとにアヤカシの足と足の間に決まり、 「えッ!?」 「あッ!?」 乙女たちの悲鳴とアヤカシたちの絶望が響いたのは――うら若き淑女たちの将来の為に詳細を語ることはやめるとしよう。 ● 「俺は今女の子と暮らしていて、一日一回抱きしめる約束してたり愛してるとか言い合ったりそういう毎日を送ってるんだ羨ましいだろ!」 ラシュディアが叫んだ。 (「‥‥我ながら恥ずかし過ぎて、どうにかなりそうだが‥‥我慢だ」) 顔をまっかにしながら、森で見つけた黒騎士を挑発する。 助けた人々を森の外へ案内し、折り返してきたところでついに対面した、この怪異のボスだ。 (「時間を稼ぐか――」) 近くに仲間がいる気配がする。 挑発しながら傷ついているらしい敵をご案内。 「手伝います」 ちょうど遊撃隊として活躍していた三笠と合流。 「武天辺境のもののふがお相手します」 三笠が敵を挑発、攻撃する。 さらに助勢が来た。竜哉(ia8037)だ。 木の影からあらわれた男は、騎士を一目見るなり、依頼を受けた時より胸にわだかるものを吐き出した。 「結局お前らは、自分が心地良く在りたいだけじゃねえか。相手の気持ちを無視してな」 竜哉の言葉は鋭い。 「自分が相手の近くにいなければ不満なのか?」 もし相手に知能というものがあったのならば、その言葉にどれほど心がどよめき、あるいは心に傷を負わされただろうか。 それほどの‥‥その程度のメンタリティだったのだ。 だから死してもなお彼であり、彼であってモノのなれの果ては過ちを犯す。 「そこの馬と上の何か凄く黒い方。蹴る相手が違います。即刻浄化致します」 玲璃が告げると、傷だらけの騎士に最期が訪れた。 「そんなに好きだったなら、その娘の幸せを守る為に全力を尽くせば良かったんだ。その娘が不幸に出会っても支えられるよう、自分を磨けばよかったんだ」 竜哉の刃、言葉がひとつとなって騎士を斬り、ラシュディアの一矢が薄いところ――馬の後ろ足をつぶした! 亡霊馬がいななきながら倒れると、騎士が腰から落下した。 そこへ剣が襲いかかり、腕が吹き飛んだ。 「もらった!?」 「うまにけられてしになさい!?」 シーラの一撃が勝負を決した。 ● 「理不尽な輩でしたが、一途にひとつの恋だけに焦がれたその姿勢だけは評価してあげなくもないです‥‥よね」 まるで恋人に相づちを求めるように、ささやくとレティシアはシーラの胸に顔をうずめた。 「だから、恋人ごっとは、もういいのよ‥‥っていうか、顔を赤らめないでよ!?」 戦いも終わり、そんな冗談も出る開拓者を見る目があった。 「ああ、いい!」 目をハートにして、少女がきゃっきゃきゃきゃと騒いでいる。本来の目的である 観察はどうしたものか、すっかり鑑賞になっているのだ。 「君はいつもそうだ。あの手の台詞や行動をみると興奮をする。わけがわからないよ」 同僚があきれているが、聞く耳はもたず。 なにごとか記していた紙を読み直しながら、うっとり。 「『それを選択出来なかった者が、他人の絆を切るんじゃねえよ』、『自分が幸せで居ないと駄目? ならそれは恋じゃない、唯の所有欲だ』って素敵すぎるわ‥‥」 はぁとため息をつきながら、その目は半ば夢の世界。 「誰だ!?」 突然、気配がした。 「何をしている?」 氷海だ。 「ああ、見つかっちゃた!?」 おもしろい演劇を見ている途中に邪魔が入った、そんな声だ。 「気にしなくていいよ。ただ、ボクたちは君たちを観察していただけだから」 「観察!? まさか、このアヤカシどもは?」 いらえは――ない。 そして、無口になった二人は白いローブの下に、さらに不気味なローブをまとう。 氷海は屍人を操るということから己の知る別の存在を想定していたが、今回はちがうらしい。だが、同類ではあるのだろう。 「‥‥貴様等、何処から湧いた? 絶望から生まれたか‥‥ぬるい。より深い絶望に呑まれるがいい。一片残らず滅し尽くす!」 ● 白い影が舞う。 かがり火に浮かぶ紅と白。 玲璃は舞いを捧げていた。 亡くなった魂に捧げる祈りと鎮魂。 次に生まれてくる時には素敵な恋に巡り合えますようにと祈る事くらいはしてもいいでしょうとレティシアが鎮魂歌で送る 各位が、それぞれの態度で死者たちを送った。 ただ、怪しげな連中にまんまと逃げられた氷海だけの表情は冴えない。 「攻撃するふりをしながら、けったいな術で逃げやがって‥‥」 そんな言葉を耳にしながら鶯実は、かがり火にほのかに浮かぶ大樹を、あいかわず煙管を傾けて、ただ眺めているだけであった。 |