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■オープニング本文 「はぁ‥‥」 それはほんのささやかな、おしゃべりから始まった。 パーティ会場の隅でのこと、見知った娘の憂鬱そうな表情に気がつきオルガは声をかけた。 「あら、どうしたの?」 「あら、お姉様。ごきげんよう」 ムースという名前の、ややふっくらとした貴族の少女はスカートの裾をちょこんともって、オルガにあいさつをした。 「ごきげんよう。どうしたのかしら? いつもはパーティで殿方と踊っているような闊達なあなたが壁の華、それも、そんなしょげた顔をして? 誰かいい方でもいたのしかしら?」 「そりゃあ、いましたけど‥‥」 「あらあら、そうとうの重症みたいね。どうかしら、気分転換にもなるでしょうし、話してくれないかしら?」 「そう申しましても‥‥」 左右を見まわすと、ムースは姉と慕う貴婦人の耳元にささやいた。怪訝そうだったオルガのまなざしもやがて氷解。 「あら!?」 オルガは、目を大きくすると、口元を上品に隠した。 目元だけが、たしかに微笑している。 「まだ若いんだから気にしなくてもいいのよ」 「それは、お姉さまのスタイルがいいからです!」 ムースは大声をあげた。 オルガは皇帝の側室であり、それはその美貌ゆえになれたのであろうと言うのである。 もっとも皇帝が愛したのは、それとは別のオルガの才能なのだが、それは二人だけの秘密であった。それゆえ、一般にはオルガはその美により皇帝の美姫となったというのがもっぱらの評判であった。 「それに‥‥」 「それに?」 「あの女性を見てください!」 ムースが促した先には、ひとつの固まりがあった。 数人の若い男たちに囲まれ、楽しげにおしゃべりに興じている女性がいる。細身の姿に華やかな色使いのドレスを身につけ、あでやかに笑っている。 声高に美人を主張するほどではないが、人なつっこい笑顔をして貴族たちと話している。 だが、冷たい笑顔だとオルガには思えた。 それにしても奇妙なドレスだ。薄らぐらい中で見ているせいか、白のようにも思える生地だが、揺れるローソクの炎に虹色に輝いているようにも見える。 ふむとオルガは目を細めた。 何か胸騒ぎがする。 「ええっと‥‥あの娘は?」 オルガの記憶にはない――いや、似ている顔は知っているが、まさか―― 「イーシャさんです」 「えッ!?」 オルガは声を呑んだ。 その、まさかが当たった。イーシャというのはジルベリアの社交界では豚姫と陰口を叩かれるほど、ふくよかな女性である。いや、あったはずなのである。それも、つい一ヶ月ほど前のパーティで見かけたときまでは――。 ● 「はぁ‥‥」 きょう、何度目のため息だろうか。 ムースはパーティもそこそこ退出をし、はや馬車の中にいた。 思い出すのはイーシャのことばかり。 彼女の姿の変身ぶりには驚いたが、それ以上に彼女に対して見せた態度が気になる。 以前は、同じような格好だねと互いを見て、笑いあったものなのだが、きょうは顔をあわせるなり、 「あいかわずのデブね! 醜い豚さん!?」 と蔑まれ、まるで冷たくあしらわれた。 「アイル通りのイライジャの客にならないのならば、近づかないでちょうだい!」 耳にその言葉が残る。 「アイル通りへ――」 自然、その言葉がムースの口から出ていた。 (イライジャ?‥‥あら?) 何かが目に止まった。 「ちょっと、止めなさい」 馬車の従者に命じ、アイル通りで馬車を止めさせた。 そして、夜の街に降りるとムースは息を呑んだ。 すでに人通りも絶えた街に、それでもなお煌々と明かりを灯した店がある。イライジャ。看板に、そう書かれた店の中へとムースの足が自然と向かった。 からん。 中に入ると、すでに客の姿はなく、店員の姿もない。 さほど広くはない店内にはあまたの鏡が立ち並び、ただ蝋燭が店のあちらこちらで燃え、まるで戦旗のように天井から吊されたあまたのドレスの浮かび上がらせている。 あたりに立ち並んだ鏡には、醜い己の姿が、さらにゆがんで映る。 見るも無惨な己の姿。 思わず目をそらすと、なにかがささやく。 (変わりたいか?) しばらく戸惑い、やがてうなずくと、声はドレスを手にとるようにとささやく。 手をのばしドレスを取る。 自分では似合いもしないような可憐で、細身のドレス。 悲しい目をしながら鏡で見て、ムースは目を疑った。 自分の姿が変わっている。 そのドレスにふさわしい、か細く、美しい少女に生まれ変わっているのだ。 「何か、ご用ですか?」 「えッ?」 ムースの背後にいつの間にが人が立っていた。 「あ、ごめんなさい」 「いえ、謝られても‥‥うちは服屋なのですからお客さまがいらっしゃてもらえなくては、こまりますよ」 そう言って微笑する女の肌は白く、金色の髪に青い瞳。 なによりも印象的なのはその格好であった。 これほど似合う体型はない。そのような服装をしているのだ。 「服のおかげですよ」 「服の?」 「ええ」 そう言うと、女はムースの耳元に何事がささやいた。 ムースはドレスを手にして、ふらふらと店を出て行く。 ふふふふ―― 嘲笑。 店長を名乗っていた女の姿が一変した。 アヤカシである。 「さあ、イーシャとともに、この店のことを広めなさい。美しくなれる魔法のドレスのことをね。そして、人間の女はその欲望から、服に操られ、乗っ取られ、やがて美しいアヤカシの群れになるのよ」 鏡の中で、アヤカシは笑うのであった。 ● それから、しばらくたった。 ひさしぶりに宮廷に顔を出したところで、昔の上司に捕まり、いつもどうり無理無茶、面倒な宿題を押しつけられた皇帝側室は頭を悩ませながら廊下を歩いていると呼ぶ声がした。 ふりかえれば、かぼそい容姿の見知らぬ娘が立っている。 (それにしても、いくら宮廷とはいえパーティでもないのに派手なドレスだこと) 「お姉さま」 見慣れた、あのあいさつをする。 「‥‥ムース?」 「はい」 「どうしたの?」 「わたしはイーシャと同じように生まれ変わったんです!」 「生まれ変わった?」 「はい。たくさんの娘たちも生まれ変わっています。お姉さまの美貌ならば必要はないかもしれません! でも、どうしてもアイル通りのイライジャという店を紹介したくて――」 そう言うと招待状を手渡し、去っていった。 その姿にオルガはなぜか胸騒ぎをおぼえるのだっった。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
ヘラルディア(ia0397)
18歳・女・巫
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
霧崎 灯華(ia1054)
18歳・女・陰
ハイドランジア(ia8642)
21歳・女・弓
ワイズ・ナルター(ib0991)
30歳・女・魔
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
春風 たんぽぽ(ib6888)
16歳・女・魔 |
■リプレイ本文 「初依頼ですけど‥‥皆さんの足を引っ張らないように頑張りたいと思います」 どことなくあどけなさと幼さの残る女は希望と不安に満ちた表情で頭を下げた。これが、春風 たんぽぽ(ib6888)にとっての初めての依頼となるのだ。 「依頼解決がなにより一番。それと同時に、自分にとって何が不十分なのか確認したいと思っています」 「自分の力量を見誤らないことは大事なことね」 新人に、そんな言葉を贈った三笠 三四郎(ia0163)だが、その顔は浮かない。 「人を美しくするドレスですか‥‥これを人を強くする鎧に置き換えると、当然ながら反作用は確実にある訳で、人生を対価に修行して力を手に入れるのとは違って確実に歪が出てくる訳で‥‥アヤカシが好みそうな事なので警戒はしなくてはならないのでしょうね」 幼い頃から過酷なまでの鍛錬を日常としてきた末に、いまの能力を手に入れた者にとって易々と手に入る力など紛い物に思えるのだろう。 「あそこのことですね」 彼女の指さす先に、そのドレスを売る店があった。 情報どうり外観はごく普通の店だが、繁盛しているのだろう。見れば、さきほどから客がひっきりなしに出入りしている。 「さてっと――」 近くの喫茶店のテーブルの上にヘラルディア(ia0397)は周辺地図を拡げる。入り口を観察する場所の目処をつけ、並びに裏からの抜け道等を考察しておく。 あとは、件のドレスがどの様な物か‥‥ 「は、確認しなくてもいいわね」 流行とは枯れ野に放たれた火のようなもので、小さな火の粉が、あっというまに拡がってしまうことは天儀に限った話ではないらしい。 見れば店内にもイライジャ製の服の女たちばかりである。 もっとも着ているの美人ばかりではないので、すべてがすべてアヤカシドレスというわけではないのかもしれない。 なんにしろ、見事なほど衣服には種類がある。 ジルベリアの伝統的な衣装はもちろん、最新の流行をとりいれたもの、異国風にアレンジされた天儀の格好。それに早くもアル=カマル風の衣装があるのが、今年のトレンドなのだろうか。アヤカシではなく人間として生まれていれば、デザイナーとして大成したであろう有能さでる。 「顧客リストがあれば買った人もどうにかできるんだけど〜。アヤカシが帳簿つけてるわけ、ないよね‥‥」 ハイドランジア(ia8642)が嘆くと、霧崎 灯華(ia1054)がテーブルに、なにやら紙を投げ置いた。 「あれ‥‥それは?」 「顧客名簿の写し。それに、日々の店の売り上げの帳簿。それに借金の借り主宛に書いた返済計画‥‥って、まじめに生まれを間違えたわね」 霧崎が、やれやれと体を伸ばした。さきほどまで、ちょっとした変装をして店に潜入していたので肩がこっているのだ。 「え‥‥っと‥‥」 ハイドランジアは言葉につまって、ちょっと汗。 「アヤカシが、そんなものはつけないものだとって思っていたんだけど‥‥」 「アヤカシにもいろいろいるってことでしょ。ヘンなことをしなければ商売人としても成功したかもしれないのに、もったいない」 それに情報とともに別のモノも手に入れてきたようだ。 金のない町娘を演じ、手頃な値段で試しに買ったドレス――霧崎の趣味に合致した真紅ものだ――には瘴気はないという。 「この策にノってくるようだったら黒だと思っていたけどな‥‥あれ?」 ちょうど店から出てくる時に見た客だが―― 「美人になる為の変装じゃなくて、変身の類じゃない!」 話に聞いていたが、実際に目で見ると言葉もない。 店に入ったときには、たしかに大柄だった女が出てきた時にはナイスボディになって出てきたのだ。例えれば乳牛が競走馬になって帰ってきたくらいの変貌ぶりだ。 「聞き込みに行ってきます」 三笠が歩き出し、ヘラルディアがつづく。 店から出てきた客の後を追う。 そして、人通りがすくなったところで接触。 「すみません――」 わざとらしく、その肩に手をのばし、後ろから相手を呼び止める。 「なによ!」 目を血張らせながらの激しい罵声が返答である。、 美人のヒステリーは、もとが綺麗なだけでいっそう凄まじいものとなるが、今回のそれもまた同様であった 「ええ、わたくしも美しくなるのは興味が有りますので教えて頂けると幸いでしょうか?」 ヘラルディアがいかにも興味がありますという顔で問いかけるが、それに返事もせずアヤカシのドレスを身にまとった女は足早にその場を去っていった 「どうでした?」 ヘラルディアが今度は三笠に尋ねた。 「幻覚を見せるドレスなのかしら? 見た目は細くなっているけど、触ってみると体の異様な太さがわかるわ」 ● 「美人になる服?なにそれ欲しい。怪しくったってそんなの構わなくない?」 今度はハイドランジアが、いかにも行きずりの客という風体で入店してきた。ただですら狭いイライジャの店内は客でごったがえしていて、いまさら客が一人増えたところで誰も気にしない。 店員たちも忙しそうに駆け回り、声を掛けてくる様子もない。 存分に店内の調査ができる。 しかも、店の外で鏡弦をはじき、黒ということがわかっている。 だが、店内に入ったとたん、ハイドランジアは開拓者の前にまず女の子に戻っていた。 「でもやっぱりドレスは見たいよね!」 情報収集、情報収集と口の中で唱えているくせに、瞳はきらきらと輝く。 「興味が無いって言う方がおかしいし。見るだけでも。だけどどんなに可愛く見えても試着はしちゃだめっていうのもなんだかね。焦らされるって言うか‥‥衝動買いとかしないように気をつけないと! でも、これ、かわいい! あ、これもいいわ!?」 そうつぶやいたくせに、いつしか財布を取り出して中身と相談中。 かくして女は孤立した状態でアヤカシ、ムダヅカイとの巧妙な罠と戦うこととなったのである――もちろん実際に買ってみたところで経費で落ちましたけどね。 そんな店内に葛切 カズラ(ia0725)もいる。 (夢のある話よね〜〜。あからさまに裏が有りそうで仕込みがバレバレだけど) そう思いながらも、口外するのは別のこと。 「着るだけでそこまで変わるだなんて、着たい様な着せたい様な」 そんなことを言いながら、店員の人に噂のドレスについて尋ねてみたり、妙な性格変化が有ったとカマかけたりしてみて相手の反応をみてみる だが、大抵の店員は怪訝そうに眉をひそめるだけ。 入り口にはバイトの案内もあって、普通の店員も募集しているらしいのだ。 (外れかね?) そう思っていると、騒がしい店内に一段と大きな声が響いた。 仲間とは無関係という顔で、別のタイミングから店内に入ってきたリィムナ・ピサレット(ib5201)だ。 「うちの姉ちゃんすっげえ太ってるんですけど、スリムな美人になれるドレスとかありますかー? いい加減いきおくれになりそーなのに本人諦め切ってごろ寝して菓子食いながらオナラこきまくってて見るに堪えないんですー」 家族へのプレゼンだと言って、店員さんに懇願する。 もちろん、心の中では姉ちゃんに謝りながらである。 「太ったお姉さまの服をですか! それはいいことですわね。ただ‥‥そのような体型の方ですと一度、お越しいただけないとサイズがわかりかねますから、また今度、来ていただけませんか?」 こうなると、お目当てのアヤカシと出くわすのは、ちょうど富くじで、当たりを引くようなものである。そして、それはワイズ・ナルター(ib0991)が当てた。 (綺麗になれるという噂のドレスとはどんなものかしら? なんらかの事件性があるなら真摯に解決をするが、本当に綺麗になれるならお買い上げしようと思う) という、どこか半端な気持ちが仇となったのか、あるいはそれが幸いだったのか、なんにしろワルターに声をかけてきた女がいた。 「あなたのような美しい方が、どうなさいましたか?」 心地よい声だ。 思わず、財布に手がのびそうになる。 あぶない、あぶない。 (セールストークなどに惑わされないように自己認識をしっかり持たなくちゃ!) 心の中で自分に命じた。、 「噂をきいた」 と振って相手の出方を見る。 「噂と言いますと?」 店主が不思議そうに応じる。 「本当に綺麗になれる方法を――」 ちらり。 「あなたは、十分に美しいではありませんか?」 残念そうに主人は言うが、何か隠しているようにも見える。 (あと一押し?) ただ、それでも欲しいとか、なぜ欲しいかと言えば、自分も皇帝の后になりたいとか、故郷のとーちゃん、かーさんの為に金持ちと結婚しないと行けないとか、ないことないこと言って、なんとかかんとか相手の関心を買う。 「そうですか――」 店長も半ばあきれた様子で納得してくれた。 だが、そのとたんワルターの背中に冷たいものが流れた。 店長の視線が一変したような気がした。 (これは――) アヤカシの術であると、その本能が告げる。 強い意志を持たねば流される――気がつくとワルターは店の外に逃げ出していた。 ● 日が暮れ、街に静夜が降りてくる。 店が閉まり、店員たちが笑い声をあげながら帰途につく。 残りは店長であるアヤカシだけとなった。 「行ったようね」 その言葉を合図に、現場周辺で待機していた開拓者たちが動き始めた。 葛切は、お気に入りの式を黄昏の彼方より召還する気満々で準備をしているし、ハイドランジアは店の外から射掛けるために狙撃ポイントに向かっている。 「がんばってください!」 仲間に小さく声をかけ、ヘラルディアが店の裏側へと回った。 「ファイヤーボールは使わない! 使わない!?」 ワイズは自分に再度、言い聞かせる。 戦いの舞台は、あの狭い店内だ。炎の魔法など使ったら、敵といっしょに、こっちまで火傷をしてしまう。 さあ、突撃だ。 「綺麗になりたいっていう女の子の心を弄ぶ悪い奴! この美少女魔術師リィムナちゃんが、きっちりお仕置きしちゃうぞ!」 ● 「おねしょをしないようになるパジャマか‥‥」 客がおもしろいリクエストを残していった。 美しくなるといった欲望ではなく、もっともシンプルな願いであるが、意外と多い欲望なのかもしれない。このレベルの欲望ならば子供向けに売ることができるだろう。 バイトの娘たちを帰した後、アヤカシはしばらくどうやったらそのような品物を作ることができるのかとアイデアをふくらませ、紙にいくつかプランを書いていた。 がたりという音がした。 「あの子たち帰ったんじゃないのかしら?」 机から立ち、アヤカシは音のした方へと向かった。 そこには開拓者たちが待ち構えていた。 (味方が‥‥オール後衛なので、ある程度時間を稼げば勝てるのでしょうけど‥‥厳しい事になり――) 三笠の深紅の刃がきらりと光り、アヤカシの頭上に向かって振り下ろした。 ● (どうせ服全部が雑魚アヤカシとかで一斉に襲ってくるんでしょうけど、猫人形に悲恋姫のせて一気に殲滅するわ〜♪) 謎の仮面の紳士が店の外にいた。 (黄泉より這い出る者で止めのおいしい所を頂くか、誰かに譲るかはその場のノリに任せましょ♪) 「ドレスで人の心を弄ぶなんて‥‥私は、許したくないですし、許す気もあり‥‥あれ?」 仲間の様子がおかしい。 突入のタイミングだ。 「お嬢さん方、何かお困りかね?」 「‥‥アヤカシさんが息をしていないんです!?」 「はッ?」 すっかり混乱して、アヤカシにまでさんづけする少女の指指す先には、いままさに消えていこうとするアヤカシの死骸があった。 三笠の会心の一撃がすべてを決めのだ。 もとより、この手のアヤカシの肉体は脆弱なもので、それを補うために魔法を使用したり、罠を仕掛けたり――この店の鏡とは、そのための仕掛けであったのだろうか――あるいは霧崎が想像したようにドレスのアヤカシを使役したり、使い魔を召還したのかもしれない。だが、それももはや夢想の彼方の物語となってしまった。 ● 「終わった後、ドレスってどうなっちゃうのかなあ? 消えちゃうのかな? それともただの服になるのかな。色々と、気になるよね――」 ハイドランジアが鏡弦をもう一度、掻き鳴らした。 ドレスはやはりアヤカシの能力で作られてものだった。 残念だけど処分するしかない。 ワイズもは店内に残った普通のドレスをチェックしていた。いいドレスが残っている。そして、店内に三笠の姿がある。 ウフフフ―― 「三笠さん、これなんてお似合いかもしれませんわよ」 「‥‥私にドレス‥‥まあ、似合わないでしょうけど‥‥」 「それは、どうかしら?」 三笠の腰を優しく取り、ワイズは彼女を鏡の前でつれて行く。 そして背後から抱きつくようにして、黒いドレスを三笠に似合うがどうか見せた。 「きれい――」 三笠の耳元につぶやきながら、ワイズはカーテンを締める。 その後、どのような結末になったかは二人だけの秘密である。 ● 「依頼が解決した後は‥‥ささやかですが、皆さんとゆっくりお話がしたいです」 などと春風がひとりごとを言ったのが、運の尽き。 仕事が一段落した段階で依頼人である皇帝側室との食事会に招かれることとなった。 左右の手足が同時に出るくらい春風は緊張しているが、仲間たちは、このような相手であっても自然に対応している。志体もちである以上、どのような階級とも付き合いが発生するのである。 「――これも昨今における帝国要人に仕掛ける不穏な企みの一環なのでしょうか? ならば何度浮かび上がろうとも、その都度事項を断ち切らねばなりませんね。こう切りが無い状況なのですがどこかで攻勢に転ずる糸口を見つけられたら宜しいでしょうね」 「機会という名前の風は時に激しく、時に優しく吹きます。そして、その風を受ける帆の向きと舵取りを間違えさえしなければ、逆風もやがて順風に変わる時が来ます。そうするのが、陛下や我々の役割であり、その災いの中心がアヤカシである以上、最後の希望は、あなたがた開拓者たちなのです」 そんな話をしながらも、やはり女ばかりだと話の中心はドレスになる。 「あたしだったら、真紅のドレスが欲しいわね」 「あらあら、せっかくイライジャの店で買った、真紅の服があるじゃない。お気に入りだから買ったんでしょ? それくら経費で落としてあげるから、それを持って帰ったらどうかしら?」 「それだったら、もっと高いのを買ってくるんだったわ!?」 「そうそう、カオス・キャットとか名乗る者が、不満解消をするみたいにアヤカシ憑きのドレスばかりを襲っているそうね。その正体は誰なのか調べたほうかいいかしら?」 オルガがちらりと霧崎の顔を見た。 素知らぬ顔でさらりと返答。 「仮面スーツ男か。一度手合わせしたいものね」 「誰も男とは言っていませんけどね、その血塗れ都市伝説についてね」 |