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■オープニング本文 「ここが祖母の家なのね」 少女は石造りの背の高い建物を見上げた。 春の風に金色の髪が揺れ、幼く、あどけなく、かわいらしいその顔には、それに不似合いなほど強い意志を秘めた青い瞳があった。 去年の冬、彼女の祖母が亡くなった。 両親はなく、祖母と首都で育った少女は家の事はもちろん、面倒なことも大抵はひとりでやることができるまで成長していた。 唯一の遺産相続人ということで、葬儀を取り仕切ったし、面倒な法律的な手続きも一人でやったのだ。 さて―― そうなると、残るは自分の身の振り方だ。 ノリは考えた。 誰かと結婚でもできればいいのだろうか相手がいないし、そんな年齢でもない。そもそもそんな気はまるでない。 ならば独り立ちするしかない。 幸い、遺産目録を作ってみると祖母の遺産は思っていたよりも多い。 どうやら祖母は以前、何かしらの組織の責任者をやっていたらしく、何らかの原因でその集まりが解散したさい、その関連の権利をすべて押さえていたらしい。その中には屋敷も入っているようだ。 「ええっと、どこにあるのかしら?」 地図を確認。 「故郷のそばね!」 かくて何年かぶりの帰郷となった。 そして、祖母の遺産と対面したのが冒頭の台詞になるのである。 村の外れの森であるにはちがいはないが、見回せば四方八方、森の中。 「なんで、こんなところに建っているのよ!?」 森の中にある静穏と安逸の空間。 都会育ちのうら若き乙女には、ただ退屈なだけの空間でしかない。たとえ、それが弾圧以前の宗教的な施設であったがゆえの理由であったとしても、彼女たちの世代には、まるでその知識がないのだ。 最近は盗賊の一団が暴れているらしい、この田舎には戻らずに、この屋敷は他人に貸して賃借料を取ろうかしらなどと考えていたノリの足が、ふと止まった。 「あら‥‥?」 膝をつき、地面に顔を寄せ、あたりの草むらを見回す。 (まだ新しい足跡? 数人分‥‥?) イヤな予感して、扉をまじまじと確認する。 鍵の差し込み口にはむりやりこじ開けたらしい、新しい傷がある。 もちろんノリの持った建物の鍵はまだ使っていない。 (ふむ‥‥) 勘が告げる。 「ああぁ、鍵を忘れちゃったや。もう面倒だし、こんな森の中はいやだし都会へ帰ろうかな」 ポケットを探るふりをして、わざと大声で叫ぶとノリは村へと戻っていった。 その時、扉がすこしだけ開いて、その後ろ姿を見つめる眼差しがあった。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
篠田 紅雪(ia0704)
21歳・女・サ
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
瑪瑙 嘉里(ia1703)
24歳・女・サ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
セフィール・アズブラウ(ib6196)
16歳・女・砲
巳(ib6432)
18歳・男・シ |
■リプレイ本文 「よぉ、アミーゴ。景気はどうだい? 俺の方はモチのロン、さっぱりサ!」 「はぁい、アミーゴ! たった、いま気分は最悪になったわよ」 ほおづえをつきながら、じと目で依頼主は喪越(ia1670)の顔をにらんだ。ちりじりの髪にアル=カマルの装束をどことなく思い出させる格好をした男だ、胸元では装飾品がきらきらと輝き、ちゃらちゃらとした音を鳴らしている。 「開拓者って聞いたから、もっと格好のいい騎士さまが来るかと思っていた、わたしがバカだったわね。もっといい男がくるかと思っていたわよ!?」 「なんだアミーゴ、ご機嫌斜めみたいだな!」 「話すだけならば、楽しそうなんだけどね、なにかしら? あなたの声を聞いていると子供が本当は怖いんだけど、怖いからこそ強がって威勢のいいことを言っているようにも聞こえるのよね‥‥まあ、いいわ! よろしく、お願い。わたしはレーン・ハイム。レーンとでも呼んで」 そんな少女の態度にフランヴェル・ギーベリ(ib5897)は目を輝かせている。 「幼く!あどけなく!かわいらしい依頼人の為に頑張るとしよう!」 「あどけ‥‥ない?」 吸いかけの煙管から口を離し、巳(ib6432)も、さすがに愕然となった。 「どう見ても将来は、遊郭を締める阿婆擦れおばさんと言ったところだろ!」 「口を慎みたまえ!」 フランは口をとがらせ、ぐっと拳をにぎりしめた。 「幼女、美少女は世界の宝なんだぞ!?」 「意味がわかんねぇし! それに自分の言葉に感動して涙を流すな!」 普段はへらへらしている巳も、さすがに本性をわずかに出してしまった。 「おっと――」 鋭利な刃は隠すものである。 巳は、あわてて場をつくるような、あいまいな笑顔を浮かべる。 あきれたように、そのやりとりを眺めていたレーンは、はたと思い出したという表情をすると瑪瑙 嘉里(ia1703)に古びた紙を手渡した。 「土地と建物の権利書やなんかの間に挟まっていたの。建物の見取り図に、どのような家具を配置するかってメモ書きしてあるから、おばあさまが引っ越しをした時のものだと思うわ」 「ありがとうございます。お屋敷のお掃除‥‥結構な大仕事ですねぇ」 図面を見ながら瑪瑙は微笑で応える。 それを見ながら依頼主は、開拓者たちとは悲しいまでに仮面のような微笑をする人達なのだと思った。 ● 森の小道を行く、ふたりの影がある。 篠田 紅雪(ia0704)と朝比奈 空(ia0086)だ。 言葉すくなく、涼やかな風の通り道を歩いている。 依頼人の心のつぶやきではないが、このふたりもよくわからない。 依頼を受けた理由すら、どのような気まぐれかわかりはしない篠田に心の内を語れと言ったところで、森を吹く風に、お前にはどのような意味があるのかと問うようなものだし、 「屋敷の掃除‥‥か、長い間放置されていたみたいですし何だか大変そうですね」 篠田の横顔を見ながら、くすりと笑ったりしている朝比奈もまた、依頼を受けた理由こそ瞭らかだが、出自すら不明の謎の多い女性である。 篠田の謎が風であるのならば、朝比奈の謎は宝玉であろう。 宝石を褒める時に使う、美しいという言葉とともに付け加えられる永遠の謎と呼ばれるのは、それは言葉も過去もないからこそ好きな解釈ができるということでもある。 人間とはひとつの事象に自分の見たいモノを見、見たくないモノは見えない、まことに都合のよい頭を持っている生き物なのだ。もちろん皮肉めいた言い方だが、それが人間としては正しい生き方なのであり、そのような図々しいとも言える精神的な図太さがなければ、ひとは自らの持つ心の――ある種の――闇に捕らわれ、墜ち、この世はアヤカシの世になっていたのかもしれない。 無知も時には善である。 そして、そんな娘が、ここにもいる。 「戦闘時の班分けはからす君とセフィール君と同じ班だね。愛らしいお嬢さん達と一緒に行動できるのは、とても嬉しいよ!」 三班に分かれた、ひとつの班では歓喜があがっている。 妄想癖があり、物事を自分の都合がいいように脳内変換してしまう為、どんな時も幸せそうなフランが、同行のメンバーの真ん中で、左右のふたりの肩をつかんでいる。 からす(ia6525)はセフィール・アズブラウ(ib6196)に耳打ちした。 「ほっておけ、あれはあれで幸せなのだ」 「はい」 と応えてから、セフィールは思い出したように呟いた。 「盗賊‥‥大きな鼠ですね、どれがそうかはシノビの方が詳しそうです」 鼻がむずむずする。 さすがにくしゃみはまずいと口ではなく、鼻を押さえると、くしゃみは一転、ごほごほという咳になる。 「煙草なんて吸っているからよ」 煙管をとりあげると瑪瑙の頭にはないはずの角が、確かに見えた。 「へいへい‥‥」 便宜的にいろはと呼んでいるが、三班に分かれての行動だ。 小班のリーダーであるに瑪瑙の言葉には渋々従う。 「へいへい、やりゃいいんだろやりゃあ‥‥」 「返事はひとこでいいのよ」 「おー、立派な建物だな。随分と古臭いけどよ」 聞こえないふり、聞こえないふり。 「ふぁ‥‥そんじゃ、俺は扉前で警護でもすっかな‥‥」 巳は瑪瑙の前から去った。 それから、しばらく時間がたった。 (あら?) からすは目を細めた。 いま彼女は、盗賊たちの仕掛けた罠を発見しては、それを解体し――猟師が小動物を狩るときに使うような簡単なものだ――自分の都合のいい場所に仕掛けなおしている。まさか盗賊も自分たちの仕掛けた罠に引っかかるとは思ってもいまいということである。 ちょうど、からすの視線の先に巳がいた。 そして、からすと同じようなことを建物の側で巳がやっているのがわかった。 (予定どうり。すると、あと一班も――いたか) 篠田と朝比奈の姿を屋敷の反対側の森に確認した。 そして、作戦が開始された。 ● 「長い間放置されてた屋敷だ。どんな危険があるか分かりゃしねぇ」 喪越は人魂で小鳥を創り、空へと放った。 鳥が翼をはばたかせ頭上でまわりながら主人の命を待つ。 「まずは脱衣所から――いやだなー! 毎日暮らす上で大事な場所ってだけで、何も期待してませんYo、ナニも。HAHAHA!」 背後から刺す殺意にも似た微笑に喪越の背中にも、顔にも冷たい汗がだらだらと流れる。 「もちろん冗談だと信じているわよ」 瑪瑙が肩に載せられたが、その手は冷たく、もちろん微笑の奥底にあるものは、翌日には食卓に載せられる豚を見ているような眼差しだ。 (HAHAHA! 本当に戦場は地獄だぜ!) 口の軽さを自ら呪った。 やがて、鳥が戻ってきた。 情報は確保。 まぬけそうな盗賊たちが十人程度といったところか。アヤカシの気配はなく、盗賊に志体持ちもいるようにも見えない。 「それに、罠を仕掛けたから大丈夫――とか言っているな」 「甘ちゃんだね」 瑪瑙から返してもらった煙管を巳は懐にしまう。戦闘中に煙草を吸うのはさすがにまずいだろう――他人の視線的に。 「HAHAHA! 術を使うのももったいないがやるしかんないヨ!」 喪越が建物の中にも立ち、大きな声で叫んだ。 「HI! 引っ越し屋DEATH!?」 セフィールの隠れた場所にも聞こえるほどだ。 「これで出てこないようならば全員寝ているか、盗賊たちが特殊な訓練を受けたレベルの戦闘集団ということになるけど‥‥」 吉が出るか、凶となるか。 「誰だ!?」 「獲物か!?」 「出会え! 出会え!?」 盗賊たちが屋敷の正面扉から出てきた。 こて、どた、ばた。 みごとに罠にかかる。 そこへ森からの攻撃。 「ごめんくださーい!天儀ハウスキーパー協会の方から来ましたー!」 フランの大声――がして、盗賊たちがえっという顔をすると、そこへ銃弾が飛ぶ。 あわてふためくところへ、倒れた盗賊を踏みつけ、乗り越え、巳が短刀の峰で脛と手首重視で短刀で攻撃。瑪瑙もまた敵に対し初めは峰打ち。失神させられたらそれで良しという気持ちで殴っていった。 ただの人間と志体もち。 戦いになるまでもなく、盗賊たちは、あっというまに劣勢。 逃げだそうと、攻められた方向とは別の方角へ逃走しようとする者たちがいる。そして、そこには、ふたつの影が突っ込んできた。 「どちらが獲物か、その身で思い知るがいい」 篠原と朝比奈が技と術で強襲だ。 かくして盗賊にいいところなどまるでなく、一網打尽となったのである。 ● 「いっちょ上がり、だな」 ぱんぱんと手を叩くと、縄でしばられた盗賊たちは、ひとつの部屋に閉じ込められることとなった。ここならば逃げ出そうにも、志体持ちの門番がいる廊下に通じる扉と窓を突破するしかない。そして、それは不可能の同義語であった。 「動かないでください、矢も痛いですがこれも痛いですよ」 メイド姿の女が、スカート下の白い太ももから抜き出した銃を盗賊たちの額に突きつけると、固まっているとも、笑っているとも言い切れない、冷たい顔が逆光に映える。 さあ、盗賊たちとの「お話し合い」の時間だ。 「さっさと吐いちまったほうがいいぜぇ? 変な目に合う前によ」 巳が煙管の火種をぽとりと落とす。盗賊は、もう涙声。 「もう、すべて話しましたよ。金がなくってしかたなく盗賊を始めたら、意外と金になったので、そのままずるずると‥‥って、痛い! 痛い! 熱い! だから、俺たちの裏には誰もいやせんよ!」 「これぐらいで音を上げるような、覚悟も根性ねえなら賊なんかやってんな。さっさと足洗って真っ当に生きろ」 つまらんそうに巳が言い、それを興味もないよな顔で篠田が見ている。 「もう、やだ――」 「帰る‥‥」 「これを呑みなよ」 「えッ?」 「あなたたちにも、あなたたちなりの事情があるのだろうしね」 もはや精神的、肉体的にボロボロになった彼らには葡萄酒を振舞い、罪を償った後は全うに生きる事をフランベールは盗賊たちに勧める。 「あ、姉御‥‥」 涙を流す盗賊たちに救いの手。 肉体的に痛めつけ、精神的に追い詰め、そこに救いの手をさしのべる。それは犯罪者を籠絡する典型的な手立てでもある。 「姐さんと呼ばせてください!」 年上のおやじたちが叫ぶ。 「いや、ボクそんな年齢じゃないから!」 フランの困った顔に、からすの頭にアイデアが浮かんだ。 つんつう。 「なに?」 からすがフランヴェルの裾をひっぱり、視線を引きつけると、にぱーと満面の笑顔を浮かべた。 「よかったね、フランお・ば・ち・ゃ・ん!?」 「や、やめてぇぇぇっぇぇぇ!! でも、なんてご褒美なんだ――」 あどけない童女の一言にフランは不幸と幸せをかみしめがなら真っ白になっていった。 「少女は恐ろしいね」 「無垢であるがゆえの純粋なまでの残酷さか‥‥」 「からす様はそのような年齢だとはけして思えないのですが‥‥まあ、さきほどの件には大変、腹をたてていたようですが」 セフィールはため息をついていた。 ● 「ここまで広いと、やり甲斐もあるというもの」 その声に、開拓者たちの視線が発言した男の顔に集中した。 言葉にはせず、ただ何事だという態度で篠田は仲間たちの顔を見返した。 「ほら、あれよ! 馬子にも衣装」 「意味がぜんぜんちがうと思いますが‥‥さて、此処からが本番です。日が暮れる前には終わらせます」 思ったより拷問‥‥もとい「お話し合い」で時間を食った。あとから来た村の役人に盗賊を預け、さて仕事を再開。 まず、素早く動き全部屋の窓や扉を開けて風を通す。 手慣れた動作でセフィールは、てきぱき。 盗賊たちが住みついてからも開かれることのなかったであろう木の窓が悲鳴のような音をあげながら、何年かぶりに本来の役割の一端を果たし始める。 綿埃の積もる部屋に、かび臭さのある廊下に、明るい日差しと、さわやかな風が入り込んでくる。 「みごとな埃の山ね」 やりがいがあるわとつぶやいては朝比奈もまた、箒とモップを両手に掃除を始めた。 しばらくモップを手に廊下を走り、細かいところは箒で掃き、最後はぞうきん作業。もうじき午後も半ばになる頃だ。暑さすら覚える日差しに、額に流れる汗を腕でぬぐいながらの大仕事。 「あら?」 廊下の隅に、おかしなくぼみを見つけた。 「開かない‥‥か。ここの扉が、壊れているわよ!」 朝比奈が力仕事よと男を呼んだ。 「HAHAHA! この仕事が終わったらな!」 瑪瑙から箒を手渡された喪越が天井を掃いていた。 「蜘蛛の巣を取って下さいまし。あ、でも‥‥蜘蛛は可哀想なので‥‥できれば外へ逃がしてやって下さいますか‥‥?」 しょぼんと見上げる瑪瑙には、さきほどまでの力強さはみじんもないのが、すこしおかしい。 「これでよし! さてどこが壊れているって? ま、ジルベリアの古い建物なんて、個人的な好奇心も湧いちまうんだけどね。寺や神社に近いものらしいし、面白ぇ意匠を見つけられそうだな。本場の職人じゃねぇが、俺で良ければ修繕は喜んで。これでも手先は器用なんだ。ただ直すのもアレだ、芸術を爆発させてやろう!」 「やめなさい!」 「っていうか‥‥こいつ鍵が壊れているYO! 開かないんだZE!」 そんな声が廊下から聞こえる。 外では巳が窓を拭いている‥‥ふりをしていた。 「窓拭き頼みます。皆でやれば早く終わって早く帰れますからね」 にっこりと笑って命の恩人に仕事を押しつけられたので、足で適当に雑巾がけをしてりしながらの時間つぶし中。もちろん、やる気などなし。隙あらば屋根に寝転がり空を眺めてのんびりするつもりだ。 煙管をふかしながら、こんどは箒はきのふり。 「そんじゃ、こっからここまで掃ーいたっと! あー、今日もいい天気だ‥‥」 「おお! やってるわね?」 「なんだ?」 「盗賊も捕まったみたいだから、御菓子とお茶を持ってきてやったのよ。感謝しなさい」 唐突な訪問客は、件の依頼人レーンだった。 「だからね、調理部屋に案内しなさいよ」 「からすが何かやっているんじゃないかな?」 そのころ、からすは盗賊たちも使っていた食堂で作業をしていた。まずは調理器具や食器が壊れていないかを確認。破損物は纏めて処分。刃物は洗って磨き上げ、布類は洗濯の為に纏める――そんな作業を終え、ふぅと息をつくと、あと一仕事。 鍋に水を張り、昆布とみりんに醤油を少々。 湯だったら、火を止め、小さな皿にとり、ずっ。 「すこし味が濃いかな?」 「よろしいですか?」 「どうぞ」 そこへ掃除のめどがついたらしく、セフィールもやってきて菓子の準備を始めた。 さらに依頼人もやってくる。 「ご苦労さま! はい手料理。何を作っているの?」 「早い引っ越し祝いだが」 「そろえたのは寿司の折詰、打ってきた蕎麦。飲み物にはお茶と甘露梅酒を提供。それにセフィールの御菓子。如何かな?」 「ええ、ごちそうになるわ。さあ、みんなを呼ばなくちゃ!」 |