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■オープニング本文 「新大陸には行けぬだと?」 シャイロック・マネレンダは眉を顰めた。 新しく見つかった大陸に向けて商船――もちろん飛空挺だ――を持ちたいという案件で金を借りた男が、何ヶ月後に頭をかかえに来たのだ。 シャイロックという金貸しの妙な癖として個人に金を貸しているのではなく、仕事に金を出しているというところがある。 そもそもジルベリアのすべては皇帝のものであるが、その皇帝がすべての分野の面倒を見てくれるわけでもない。それが民間であるのならばなおさらのことだ。考えてみて欲しい。たとえばジルベリアの辺境の村の小さな酒場にまで金を出し、どのような酒を入れるかまでいちいち口を出す皇帝などは妄想か悪夢の類であろう。 シャイロックに言わせれば、そのようなことは下々の好きなようにさせてくれというところであり、現実には皇帝もそこまで目を配る余裕などはない。 「前金は払っておるはずだが?」 シャイロックは、さっそく飛空挺を作っている工場に顔を出した。 「いや、そういうことではないのですわ。たいていの部品だったら手で作れますし、ジルベリアの空を飛ぶ程度ならば時間さえいただければエンジンだって作ってみせまさぁ。ただね、雲を超えねばならないとなると、生半可なエンジンじゃいけませんしな、そこで遠くにある弟のとこの工場に頼んで作ってもらったんですが、そのエンジンがなくなってしまったんですわ」 「エンジンがない?」 本当にすまなさそうに技師が何度もぺこり、ぺこりとされると、怒るのもバカらしくなってくる。 「運んでくる途中で奪われたんですわ」 「空賊にか?」 当然の疑問だ。 「いえ運ぶのを頼んだ飛空挺のメンツに確認したところ魚にだそうですわ」 「魚‥‥?」 「飛空挺で運んできていたといったな?」 「はい」 「それがなぜ魚なのだ? 湖の側で事件に遭遇したのか?」 「いえ、それが空なんですわ。空を飛ぶ魚に襲われ、エンジンを奪われた‥‥と。ウソだったら、もっともましなウソをつくでしょうから何かがあったのは確かでしょうな」 「なんだ‥‥まあ百歩‥‥千歩‥‥万歩‥‥まあ何歩でもいい。それを許したとしてエンジンを奪っていく魚とはどのようなものなのだ? そもそも、魚のような姿をしていたとしても、空を飛ぶのならば鳥ではないのか?」 「鳥と魚のちがいなんて学者さんにまかせましょうや。この場で論議してもしかたないことですわ。問題なのは、我々はそのエンジンがなければ、ご依頼のレベルの飛空挺が作れない、依頼主は飛空挺が手に入らない。そして、シャイロックの旦那は大切な金を戻すことができない。誰にとっても災難ですわ」 「まったく災難だな。だが、なぜ奪われたのだ?」 「さぁ‥‥」 「どこで持ち去られたのだ?」 「ジェレゾ南西の山脈のあたりだったそうですわ。あっしも又聞きなんで、あいまいな返事になりますから、飛空挺乗りたちに確認してもらった方がよろしいでしょうな」 「そうだな。私もこういう件にはあいまいな返答しかできないひとりの凡夫であることには変わりないしな。専門家にまかせることにするか」 「ケチなあんたがめずらしい!」 「使うところと絞るところをわきまえているだけのつもりなんだがな。だから飛空挺の製造を、お前のところの工場でやるように、貿易商の彼と話をつけたんだしな。こういう場合は開拓者にまかせるべきだと思うのだよ」 |
■参加者一覧
煙巻(ia0007)
22歳・男・陰
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
鶯実(ia6377)
17歳・男・シ
アルクトゥルス(ib0016)
20歳・女・騎
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
シヴェル・マクスウェル(ib6657)
27歳・女・ジ
神座亜紀(ib6736)
12歳・女・魔 |
■リプレイ本文 羅喉丸(ia0347)はテーブルの上の地図に磁石を載せ、動きを確認すると、それを懐に入れた。ついで荒縄の先に鉤爪をつける。さきほど食料を運んできた依頼人の部下の人間がタダで譲ってくれたものだ。買うつもりであったのだが、食料を括り付けるのに使っているものだから、たくさんあるからと言ってくれたのだ。 これ幸いにといただく。 なんにしろ、今回は長い仕事なのだ。 数日間、野山での生活となると準備はしっかりとしておかないといけない。 依頼人が、いくら気を利かせてくれて食料を用意してくれたとはいっても、用心に用心を重ねてもムダではない。 「これでいいかな?」 荷を袋に入れながら、荷物一覧にチェックを入れる。すでに何度もやっているために、すでに用紙はボロボロになっている。 「止利椋普に荷をくくりつけてきた」 煙巻(ia0007)が朋友たちを預けている小屋から戻ってきた。 いくら甲龍が輸送用に適してはいないとしても、個人の荷物を背負わせる程度はできるとのことである。 まったく旅慣れた仲間だ。 そして、今回は旅慣れていない仲間がひとりいる。 大きな帽子をかぶった、癖ひとつない長い黒髪の少女だ。 今回が初めての冒険らしいのだ。 「フランでいいよ、子猫ちゃん」 椅子に腰掛け、帽子の大きなつばを両手でにぎり、恐る恐るといった様子で神座亜紀(ib6736)は上目遣いで声をかけてきた女を見た。 えッ―― 黄金の眼差しの青い髪の女が神座のそばにいる。微笑みながらボクはと自己紹介をはじめると、まったく自然な態度で神座の横の席に座ると甘い御菓子を注文し、ふたりは言葉を交わした。 「できるわね」 ぴぃんときた。 ギルドの職員が、あわてて冒険者の記録を確認。 「あった、あった! フランヴェル・ギーベリ(ib5897)さんの記録‥‥称号は猛獣認定色猫ってなによ!?」 書類に目を通していた職員の目に彼女の称号が止まった。 「なにって‥‥そういうことじゃない?」 「そういうことって‥‥」 尻尾を隠した狼が森に迷い込んだうぶな女の子に声をかけている。 職員には、二人の関係がそう見えた。なんにしろ、じきに旅立つ開拓者たちを、別の意味で心配そうに見送るしかない職員であった。 そして、昨日は晴れていた空も、しだいにどんよりとした曇り空になってきた。 「人を標的として襲わずエンジンだけを奪い取ったということだから、アヤカシとは違う存在である可能性もあるな。出くわしたらすぐに戦闘とは言わず、暫く様子を伺った方がいいかも知れない」 「空飛ぶ魚ってどんなのだろう? すごく興味があるよ。精霊かもしれないって話だけど、精霊ってボク達にはわからない独特の言葉を話すのかな? これは研究のしがいがあるね!」 きらきらと目を輝かせている少女も、はや旅空の下。 はじめての冒険の第一歩を踏み出した若い娘の言葉を発端に謎の魚についての意見がかわされる。 だが、そんな開拓者たちの願望にも似た考察は、二日目には砕かれた。 ● 朝から雨が降る。 男を最初に見つけたのは、鶯実(ia6377)であったかアルクトゥルス(ib0016)であったか、いまとなってはわからないことである。 あるいは、ふたり同時だったのか、なんにしろ雨中の遭遇である。 望遠鏡を使うにもあたりの視界は悪く、気がついたときには傷を負った旅人が開拓者達のそばにいた。 「空飛ぶ魚に仲間がやられた!」 負傷した男が開口一番、開拓者達に訴えた。 「大丈夫ですか?」 応急手当の道具を取り出すフランヴェルに仲間たちの視線がに集中した。 「なに?」 「フランさんに普通の対応ができるなんて‥‥」 「明日も雨か!?」 「意外そうな目で見るな!?」 なんにしろフランをはじめ、開拓者たちが安心であることお察したのか彼は、いろいろとしゃべってくれた。旅人の情報をまとめると、こうなる。 旅人は野暮用があって近隣の村へ行くこととなり、開拓者だったという友人とともに湖に向かって山道を歩いていたところで空飛ぶ魚と遭遇。彼にはわからないが開拓者の友人がなにやら術を使い瘴気を感じ取ったと叫んだということだ。その後、戦闘となったらしいが、その間に逃げ出したので結果はわからないのだという。 「たぶん、やられたと思う――」 というのが旅人の弁であった。 「アヤカシは確定なのか‥‥」 「あるいは我々が考えているモノとは別の存在なのかね?」 旅人が襲われたという山の方角を見るのだった。 ● 山岳地帯に入ると、みぞれまじりの雨はやがて雪になった。そして、雪が季節外れの吹雪になるには、それほど時間を要しなかった。 吹き付ける風は容赦なく、遮るものとてないごつごつとした山道を、たがいに飛ばされないようにロープで体を結んだ開拓者たちが行く。 調べながらといったところで、まず身の安全が第一だ。 言葉の消えた空間。 風の音だけがする世界。 ただあたりは白一色に染め上げられ、周囲にいるはずの仲間の姿も見えない。 まるで砂嵐に巻き込まれてしまった時のようだとシヴェル・マクスウェル(ib6657)は思った。 ただ、この寒さはなんだ。 厚着をするように仲間に言われて、持ってきているだけの服を着込んだが、まだ震えが止まらない。これが、凍えるということなのか。 吹雪の向こうに、拡がる砂丘が見える――えッ!? 眠りかけたのか、あぶない、あぶない。 顔を両手で叩いて、目を覚まように頭をふりながらあたりを見回す。 雪で隠れがちだが、道中では初めて見る生態に感心しつつ、空中で動くものに注意を払う。 「ふむ、あれは普通の鳥かな?」 雲間に黒い影が見えた。 「なんだ魚か‥‥魚!?」 はっとしてシヴェルは、吹雪の中を見返した。 (見失った?) 「あとすこし行けば避難小屋があるぞ!」 仲間の声がする。 ふきつける風に声がとぎれとぎれになって、誰の声ともわからないが、昨日の旅人も泊まったという山小屋が前の方では見えてきたらしい。 ごつごつとした岩場の道を行く開拓者たちの、すぐそばを、ゆったりと泳ぐようにして巨大な魚影は湖へと方向を変えると、吹雪の中に消えていった。 ● 翌日、雪は雨へと代わり、開拓者たちは幸いにも山を降りることできた。 森へと入る。 しかし、あいも変わらずの雨模様。 さすがに開拓者達も嫌気がさしてきたのか、調査もそこそこ、その日は早いキャンプ設営と食事となった。 カンタータ(ia0489)は作りかけの料理を玉じゃくしですくうと、あたりに人がいないことを確認して、ぺろり。 うん。 満足げな笑顔を浮かべて、 「ごはんができましたよー!」 設営を終えた仲間を呼んだ。 今日は、くじ引きで決まった料理当番の日。 しばらく保存食中心のつまらない食事がつづいたので、ここで気分転換。体力をつけるためにもジルベリアの伝統的な料理でもある深紅色のスープを作ってみた。 こうも雨がつづいては、いくら体力が資本の開拓者でもまいってしまう。 雨は体から熱を奪い、自然と体力を消耗させるものなのだ。 なんにしろ今日の捜索では大きな成果はなかったが、明日には目的の湖に到着できる距離にいる。旅人の証言はあるし、昨日の魚影もある。湖では、もしかしたら、戦いがあるかもしれない。休日を挟む余裕はないが、今日ばかりは普段よりも睡眠をとって明日に備えよう。 そして、夜は更ける。 「おや?」 煙巻はまだ暗い空を見上げた。 いつしか森の木々の隙間から、雲間からのぞく青い月の姿があった。 「やんだ? いや、また小康状態ってだけか? うー寒っ‥‥やっぱこんなんじゃ遠足気分とか言ってられんよなぁ‥‥」 一日目には、 「なかなかいい景色じゃあないか。遠足気分で、と言うには軽すぎるが、楽しみながら探すとするか」 と言っていた男も、さすがに疲労を覚える時期らしく、ひとりになると、そんな風に他人には聞こえないように愚痴ることもある。ほら、別の声もする、 「星の煌きはどの儀でも変わらない‥‥か――でもやはりここは特別寒いぞ」 なんにしろ雲行きが気になるが、まだ夜半の空は暗闇の中にある。 たき火のはぜる音だけがする 「そろそろ時間か――」 天幕で眠る仲間との交代時間だ。 フランヴェルは天幕に戻った。 「う‥‥ん――」 寝返りを打つ神座が迎えてくれる。 あまりにも、かわいらしい仕草だ。 「おっと‥‥と」 その幼い顔に見とれているうちに疲れも吹き飛び、自然に流れかかったよだれをふきふき、さすがに一線は越えないようにする。そして、いつものように――そう、いつもなのだ!――優しく揺らして起こすと、眠そうな目で神座があいさつをした。 「お‥‥は――」 目をこすりながら顔を洗いに行く。 「あ‥‥れ?」 まだ眠っているのだろうか。 (空中に川が見える?) いや、川などではない! 川の流れに見えたのはまるで雲に隠れた星々が地上に下りてきたような輝きだ。見れば、月光に映えるきらきらと光る鱗の数々。小さな魚の群れが、まるでここが水の底でもあるかのようにゆったりと、まるで地上の流星群でもあるかのように、ゆっくりと森の中を泳いで湖へと向かって去っていくのであった。 そして、神座が起きている仲間たちを呼んだときには、その姿はどこになかった。 もちろん、翌朝、眠たげな仲間たちに向かって、髪に櫛をいれることも忘れて仲間たちに、この不思議な出来事を語ったのは言うまでもないことではあるが‥‥。 ● 羅喉丸は腰にかけていた狼煙銃を空に向けると、狼煙を上げた。 「気がついてくれよ――」 暗雲の雨空に昼間の花火が咲き、雨に煙った静かな湖の周囲に軽い爆発音が響き渡ると木々から小鳥たちが飛び出ていく。 別々になった仲間たちに、これで位置を知らせることができたろう。 今日は朝から神座の見かけた魚の群れからはじまり、エンジンのパーツが見つかるというイベントが立て続けて起きた。 そして、ついに戦いまではじまった。 「さて、小童たちが来るまでに片付けないといけないかね」 煙管をぽんとやって刻み煙草を捨てると、鶯実はそれを懐にしまい、代わりに刀を抜く。 神座たちは魚を探すと言って別々に湖の周囲を捜索しはじめたが、よりもよってこちらの班が空飛ぶ魚と対面してしまった。 くわっと口を開いた空飛ぶ魚――アヤカシが開拓者たちを襲ってきた。 「おおっと、野暮な真似はよしてくれよ」 煙巻の雷閃が行く手を遮る。 彼羅喉丸は拳を握り、腰に力を込め、両肩の力を抜く。息を整え、心を落ち着かせながら気を練る。 空を飛ぶ魚が再度、食いかかっていた。 その時、かっと眼を見開き、 「玄亀鉄山靠!」 羅喉丸の体が回転するように背中からアヤカシにぶつかっていくと、そのままアヤカシの体内に衝撃波をたたき込んだ! 「どうだ!」 ごろりと草の上で回転し、アヤカシの背後にまわる。 「貰った!」 さきほどからアヤカシの素早い動きに、舌打ちしながら目で左右に動くアヤカシを追っていた鶯実の手から雷光の手裏剣が放たれた。 その姿に似合わず、アヤカシの動きは俊敏なのだ。 空を飛びながらも、その動きはまるで水の中を泳ぐのと変わらないのである。それほど速く動かれては、攻撃を当てるのも難儀なものとなる。 しかし、それも仲間の攻撃によりわずかだがスピードが落ちた。 チャンスは見つけたら、なんとしてもつかみ取り、引き寄せるしかない。 そして、立て続けに決まった攻撃によりアヤカシのぼろぼろとなると、その前には斧槍をかまえ鎧を身にまとった騎士がいた。名をアルクトゥルス・フォン・ハルベルドといい、背負うは猟犬と交差する斧槍と剣の紋章。 斧槍ヴィルヘルムをふりあげ頭上で回転させると、 「我が渾身の一撃を!我が眼前に立ちはだかる者に見舞わん!」 アルクトゥルスが足腰に力を込める。 だが、それが仇となった。 ぬかるんだ地面、濡れた草に足がもっていかれる。 下半身の型が崩れかける。足下がすべりかけたのをむりやりこらえながら、上半身だけで技を放つ。 力を込めきれない。 だが、せめて一太刀! 「ええぃ!」 体勢を崩しながら放ったアルクトゥルスの気合いの一撃は、本人には不満足な威力であった。だが、たとえ幼児の戯れに叩くような動作すらも致命傷となる時もある。それがダメージの蓄積というものであり、決定的な一撃というものである。 アヤカシが消滅した。 それとともにアルクトゥルスもすってんころり。 「いたた‥‥かっこつかいな」 尻餅をついてしまった、みずからの不運と天の賽の悪さを恨みながらな差し出された仲間の手をにぎると、すこし顔をそむけげちになる。 「こまけぇこたぁいいんだよ!」 なぜかそんなことを言ってしまってアルクトゥルスは、顔を真っ赤にするのであった。 ● 「水浴びしたかったんだけどな」 「あの状況が、安全だったは思えないけどなー」 フランヴェルの言葉に、さすがにカンタータも肩をすくめながら、人魂で作った蝶を指先に載せ、それが見つけたエンジンのことを思い返していた。フランが天幕を提供するから隠そうかとも提案したが、 「隠すにもね‥‥」 カンタータはただただ困惑するだけだった。 神座も不思議、不思議とつぶやきながら腕を組んで、あれやこれやと考えているらしい。そもそも、カンタータの見つけたエンジンは 「魚の巣みたいなところにあったのよねー」 「魚の巣?」 「鳥の巣かな? よくわからないな。そんな中に、まるで大切な卵みたいに置かれていたのよー」 「空飛ぶ魚の卵?」 「アヤカシの卵?」 「アヤカシって卵生なんですか!?」 「知らない! でも研究の対象になるかな?」 あいかわらず世の中の不思議を愛してやまない少女は、わくわくとした風に話に聞き入っている。 「宝珠に惹かれたんですかねー?」 カンタータは軽口を叩きながら、別の班の戦ったアヤカシと神座の見たという空飛ぶ魚の群れのことを考えていた。 (大きいとも1匹とも言われていないので、もしかすると小さい個体が群れになっているのかも? って思っていたけど複数いるのかしら?) なんにしろ飛空挺に載せる巨大なエンジンだ。人間だけの力で持ち運ぶことは不可能な大きさ、重さである。 回収は後日ということで、周囲の木や岩にマーキングを残したところで今回の冒険は完了となった。 |