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■オープニング本文 「あらあら‥‥」 庭で午後の茶を楽しんでいた貴婦人が飲みかけのカップを小皿に置いたのは、かさかさという音が草むらのあたりからして、木々の影から、ひょっこりと顔をのぞかせるウサギと近隣の子供たちの姿を見つけたからであった。 「誰だ!?」 側仕えの女が抜刀すると、うさぎと子供たちがきゃあと逃げだそうとした。 女主人が笑って剣を納めるようにと諭し、鈴を鳴らすと、女中たちに子供たちと同じ数だけのカップと菓子を準備するように告げた。 そして、にっこりと笑い、おいでおいでと手招きする。 一転、子供たちがうれしそうな表情をしてテーブルのまわりに集まり、腰掛け、メイドさんがいれてくれるお茶とケーキに満足げな顔。もちろん、ケーキを一口食べて本当においしそう。 そこは、首都からすこし離れたジルベリアの片田舎。 ルーシーという村である。 鄙びた土地に立つにしては立派な屋敷の庭である。 両膝をテーブルの上につき、手を組みながら、婦人は子供たちの食べる様子をながめていた。まったく物好きな――そんな目で女騎士が主人をちらりと見る。実際、酔狂な女性なのだ。日々、彼女の屋敷には学者、芸術家、芸人に開拓者、さまざまな客が出入りしている。護衛をする者からしたら、これほど面倒な主人もいまい。 「さて、きょうはどんなお話しを持ってきてくれたのかしら? それとも――」 くすりと笑って、 「なにか、おもしろいことを思いついたのかしら?」 「うん!」 子供達が目を輝かせた。 「ねぇ!」 そして肯定している時間すら惜しいという表情になって、早口でこんなことを言い出した。 「このまえ、開拓者の人達が人妖って教えてくれたでしょ!」 「ええ、とってもかわいい‥‥そうね、本当に小さくて、かわいい人形が動いているみたいな人たちよ」 「お芝居とかやってくれるのかな?」 「お芝居?」 意外な問いかけです。 「生きているお人形さんたちのお芝居を見たいの!」 ● 「世の中には不思議というか、何を考えているかわからない依頼というものがあるものでして‥‥」 「講釈はいいから仕事の概要を述べなさいよ」 時間はとうに夜となり、同じ時間に仕事を始めた同僚たちは、つぎつぎとおつかれさまといって帰って行く。 夜勤の番の人間も出そろって、朝からいるのはふたりだけとなった。 「わたしは残業をしない主義なの! それに、明日は休みなのよ!」 「どうせ、することもないんですよね」 「デート相手くらいいるわよ!」 「ベットの中で布団という恋人を抱いて夕方まで眠り続けるんですね――」 「わからんでいい!」 ぼこ! 「な、なにをするんですか」 「真実を語る預言者は常にうとまれ迫害されるものなのよ」 「えッ!? 本当だったんですか! 冗談だったのに‥‥」 「冗談にならない直感が世の中にあることを悟れ!」 「悟れるほど私は大人ではありません!?」 まあ、結局、そんな漫才のせいで終業時間がどんどん遅くなっていくのは誰のせいなのか。さすがに、まわりの視線が痛い。 「いいから、ちゃっちゃと仕事をかたづけるわよ」 「怖いおじさんもにらんでいますからね」 「そうそう――」 字の上手い職員が、依頼内容を用紙に書く。 「つまり人妖のする芝居を見たいと‥‥」 「で、そのために芝居の題材を決めて、練習をして、そして本番をやるわよという依頼ですね」 「しばらく期間のかかりそうな依頼だけど‥‥」 「来年の春頃――村の祭りがあるから、それにあわせたいみたいですよ。題材は人妖の芝居を見たいのが主な理由だから、やってくださる人妖の人たちがやりやすい演目でかまいませんってことです」 「その場合、人たちでいいの?」 「さあ‥‥人妖さんたちのやりやすいうように?」 「なにかしっくりこといけど、まあ、いいわ。聞かなかったことにしてあげる。それにしても遊びのような依頼なのに報酬はたっぷりと出るわね」 「お金もちの奥方からの依頼なんですよ。なんでも近所の子供たちが素敵なアイデアを持ってきてれくたから、ぜひとも実現させたい! ということですよ」 「なんという物好きなのかしら?」 「ええ、物好きですよ。ルーシー村のオリガさんですから」 「うわぁ‥‥」 常連の客の名前を聞いたとたん、その職員は頭をかかえるのであった。 |
■参加者一覧
玖堂 真影(ia0490)
22歳・女・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
リューリャ・ドラッケン(ia8037)
22歳・男・騎
針野(ib3728)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ジルベリアには、こんなおとぎ話がある。 かつて武勲を立てた騎士に対して皇帝が言った。 「褒美に何を欲するか?」 冬の夜のこととて騎士はしばらく考え、こう応えた。 「春を――」と。 別の土地の人間からすればたわいのない話だが、ジルベリアという冬の長い土地に住む者にとっては無意識にすら刻まれている願望であったのだろう。 だから、春を飛び越して、夏が人の姿をしたようなルオウという陽気な青年たちが部屋に飛び込んできたのを見たとき、屋敷の主人であるオリガが戸惑いとともに、なんとも言えぬ好意を開拓者たちに抱いたのも不思議な話ではなかったのかもしれない。 「サムライのルオウ(ia2445)! よろしくな」 「いらっしゃいませ」 にっこりと笑って、この屋敷の主人が来客を迎えた。 サムライの足下で猫がぺこりと頭を下げる。 「猫又のズィルバーヴィントと言います。まあ雪でも構いません、長いですし。人妖が芝居と聞いて興味を引かれて参りましたが‥‥よく集まりましたわね」 「はい。皇帝陛下の威光のなすことと思っていますよ。それにしても天儀の方には、ことのほか寒かったことでしょうね。ここまでの道のりはいかがでしたか?」 外では今日も雪が降っている。 しんしんと暗い空から舞い下りてくる冬の妖精と人妖を肩に載せた麗人がつづいて入ってくる。 「ええ大変な道のりでした」 肩の上の人妖が言うと、 「首都の近くだと聞いていたんですけどね‥‥」 体をがたがたとふるわせていた主人がすこし涙目になっている。 「ほらほら、あいさつをなさい」 「だってぇ!」 「だっても、あさってもないんですよ。ほら!」 さすがに身を正し、 「巫女の玲璃(ia1114)です。よろしくお願いします」 「蘭と申します。よろしくお願いします」 その背後から別の見せ物になるのはいやだと言っている人妖と、それが楽しいのなどと言い合っている開拓者がやって来た。 「ボクは泉理。ここにいる玖堂 真影(ia0490)によって創生された人妖だよ。宜しくね? 最初に言っとくけど、ボクを使役出来るのは真影だけだから。ボクに何かさせたいなら、まず真影に言ってね?」 「すみません、ウチの人妖が我侭で」 まるでやんちゃな子供に愛情を込めながら、こまっていますという風な態度で主人が笑っている。 「泉理の主で、陰陽師の玖堂真影です。宜しくお願いしますね♪」 「みなさま本当に遠いところをわざありがとうございます。私はこの屋敷を仕切っておりますオリガと申します。さて、立ち話はなんですし、こちらへ――」 広い屋敷の中にある暖かな一室に案内され、全員が自然と安堵の声をあげる。 これから打ち合わせだというのに、まだ泉理はぶうたれた顔をしている。 さすがにむっとするかと思えば玖堂は、さすが慣れたもの。 「あら、一ヶ月おやつ抜きにされたい?」 玖堂は弱点をついてきた。 「や、やらないとは言ってない‥‥だからおやつ抜きにしないでよね?」 「まあまあ、そういうことは後でいいじゃないですか」 針野(ib3728)が笑いながら、パートナーの矢薙丸といっしょになって持参したバケットを開けると、中からクッキーの入った袋を取り出した。 「ねぇ暖炉で暖めさせてもらってもいい?」 クッキーの入った小袋を矢薙丸がよいっしょと担ぎ、針野がこれいいですかと尋ねて皿を借り、いっしょに暖炉のそば。 「これでいいかな?」 一人と一匹がわいのわいの言いながら皿にクッキーをならべる。 同じ肌の色をした一人と一匹である。主従というよりも、その様子は仲のいい姉弟にも見える。オリガはお付きの者に茶だけを用意するようにと耳打ちしていた。 やがてテーブルが整えられ、茶が準備され、暖炉の火で暖められたクッキーの皿がテーブルに置かれる。また首都で買ってきたという人妖サイズの茶器が準備されると、新しいおもちゃを与えられた子供のように人妖たちは手に取り、しげしげと見回した。 雪にも人肌程度に暖められたミルクが準備されている。 「猫ちゃんの舌にいい温度というのがわからないのですが‥‥」 猫又の頭をなでてお茶会の準備を終えたメイドが部屋を出て行った。 さて―― もう一度、たがいの紹介を終え、和やかな雰囲気で打ち合わせの開始となる。 「演目内容、練習回数を決める話、よろしくお願いします」 顔合わせは、それとなく終わり本題へと入る。 「ともかく今は企画の段階なんだ、皆忌憚なく意見を出しておかないと困るぜ? こういうのは皆で作るから意味があるもんなんだからさ」 竜哉(ia8037) が言うと、お目付役の人妖である鶴祇が、お坊ちゃまのおっしゃることはごもっともという表情で首を縦に振った。 しばらく、どのような題材の芝居をするかということが語られた。 「人妖が生まれるまでといった完全創作歌を織交ぜ歌劇風な感じなのはどうかしら?」 「変に凝ったものをやっても難しいじゃろ?」 このような場では、人もアヤカシも同等。 メイドの格好をした人妖の言葉は真理を突いている。 「演目としては童話がベースで良いのではないかの? 誰もが一目で何をやっているのかが分かる方が安心感もあるじゃろうし。 正しい事や悪い事、基本的な道徳心は童話の方が伝わりやすい。それに何より、童話には夢がある。将来の道筋をつける切欠になる夢がのう」 「鶴祇の言にも一理ありますし、演目は開拓者のアヤカシ退治は如何? 人妖達に開拓者を演じさせてアヤカシ退治ですわね。私は退治されるアヤカシに回っても構いませんし‥‥もし、脇役でなら人間も出れる、と言う事であれば保護者の皆さんがアヤカシ役でどうでしょう?」 そして目元を細め、こう加えた。 「‥‥人妖相手でしたら大柄に見えなくもありませんわよ、ボン?」 「背が低いとか言うなー!」 暖炉の側からした声は、もちろん雪のものだ。 主人の怒った顔を眺め、また寝転んだ。 「賛成! 子供達に見せるための芝居なら、冒険ものが一番ウケそう」 そして、それに賛成する人間がいたり、そのまま話が脱線するのは、この手の会議ではよくあること。 「お芝居見たことあっても、自分でやるのは初めてなんよね‥‥あ、舞台に立つのは矢薙丸か」 「私は演劇は初めてですので天儀風でもジルべリア風でも取り組んで演技します」 「ところで、この人数だと少なくない?」 たしかに人妖と猫又で四人。 主役とアヤカシ。それだけでも二人だ。協力者やらアヤカシの配下などを考えたら、人間の手を借りても少なすぎるだろう。 「一人複数役での出演はどうかしら?」 玖堂が提案する。 「そのアイデアいただき!?」 「台詞を覚えることができるのか?」 次の問題にぶつかる。 「一応小道具でカンニングペーパー的なものは作れた方が良いかもの。アドリブでまわすのは少々怖いしのう」 そう言って足を組んだメイドは主人を挑発するような目でちらり見した。 「作れるかの? 確かそこそこ手は器用なはずじゃよな、おんし?」 どちらが主人であるのかわからない態度である。 わかりましたよと男は言う。 ふいに泉理が首をひねった。 「そういえば、発表会はいつなの?」 その一言が場の空気を一変した。 「そういえば‥‥」 「あ、そうそう大切なことを言うのを忘れていたわね。しばらく先――2月頃――ね」 「それだったら一週間での短期的な練習なんて考える必要もないか――」 ルオウは、そうかそうかとつぶやく。 「そうなんですか。ついでと言っては申し訳ありませんが、一度ルーシー村の祭り内容を聞いたほうがいいかもしれません。祭りに沿うような演目であればお子様達も喜ぶかと思いますが、いかがでしょう?」 「あ、そのアイデアいただき!」 茶化すように言って、 「春待ちの祭りの日にやってもおうかと思っています」 「春待ちの祭り?」 「謂われでもあるのですか?」 「昔からのお祭りで、名前どおりとしか言えないわね。私は学者さんじゃないから。ただ、こんなおとぎ話はあるわ」 「おとぎ話?」 「皇帝の命を受けた騎士が冬のアヤカシを退治したという話よ」 「冬のアヤカシ?」 「シンプルなお話。ある時、冬の終わらない年があった。どうやら雪の城に籠もった冬のアヤカシが原因であるらしい。そこで、皇帝から勅命を受けた騎士が討伐に向かい、当然のように待ち構えていた試練を乗り越えて冬のアヤカシを退治する」 「そして春が来る――」 「そう。そんな、よくあるお話よ。そうだ、図書室にいろんな書物があるから読んでみるとおもしろいかもしれないけど、試練にはさまざまなバラエティーがあったわね。友人たちとともに旅だったとか、一人で旅に出たけど途中で冬の妖精を仲間にしてアヤカシを倒すとか、すごい題材だと冬のアヤカシを倒すために、他の季節のアヤカシの力を借りるなんてお話もあるみたいね。このあたりは学者の先生の方が詳しいと思うけど、もとはシンプルな話であったものが、いろんな人たちの間で語れているうちに観客に受けがいいように変わってきたんだろうってことね」 「ねぇねぇ、春の祭りらしい題材だからどうかな?」 「冬のアヤカシが退治されて、春が来るの?。よい童話じゃな」 「じゃあ、その流れでいいでしょうね」 「だいたい一時間くらいちょっと時間じゃろうな」 いちばん大きな問題は解決した。 あとは詳細だ。 まずは、道具・衣装の用意はどうするか。 「私は火種が使えますので何もない空中に火を作って人妖さん達の劇の演出はできます」 「一応私は人魂で色んな動物とかに変身できます。演目によりますが「成敗!」な場面が必要でしたらそちらもなんとか」 「大道具とか小道具とか作る側に回るかね。重いものでも多少無理すればもってけるしな。服飾とかもできなくはないが、まあ女性陣の中で他にやりたい人がいるかもしれんのででしゃばらずにだがね」 「それでは私も小道具作りをしましょう」 見た目には女性陣である玲璃が手をあげ、ルオウも自分はこんな仕事をすると言う。 「シナリオの原案を図書室で調べたり、村人に聞き込みするは俺らの担当かな。あと舞台作りとか力がいる仕事ならまかせろ!」 つぎは練習回数。 「劇の内容が面白ければ、私は何回でも構いませんよ」 蘭はやる気満々だ。 だが主人の考えはすこし違う。 「祭りの日の近くに一度やったらどうでしょうか?」 同意するが、さすがに短すぎるんじゃないだろうかと、 「一週間くらいで詰め込んだらどうだ?」 という声もあがる。 「詰込より本番迄余裕持った期間で練習希望する! 集中力が持たない恐れがあるかね」 人間たちの意見に人妖の泉理が反論を唱えた。 そして頭をつきあわせ人妖たちが自分たちの意見をまとめると、鶴祇が代表して、このように言った。 「修正も込めて考えると長くても一月、かのう‥‥? 物覚えが悪い場合は別じゃが、ストーリーや台詞回しに拘らなければその位でいけると思うのじゃ。ある程度はやってみなければ分からんがの」 その他、練習中脚本に手直し入る可能性も見越し週に1〜2回とか、村祭前に回数増やす等という意見があがった。 なんにしろ主役たちの意見であるので、それが通った。 最後に―― 「会場は、ここでいいですか?」 「この屋敷で、ですか?」 針野の何気ない質問にオリガはすこし考えるそぶりを見せ、 「ここのような場所では村人たちが来るのをいやがるでしょうから、教会などいかがですか? もちろん教会といっても今では集会場でしかないのですけどね」 と提案で応じた。 (ここのような場所?) 歯切れの悪い言い方だとルオウは思った。 それは勘のいい、彼だったからこそ察しえたことだったのだろう。彼の他には誰も気がついていないようであった。とりあえずは、口にするほどでもないのだろうか。 「たぶん来られるのは子供たちをはじめ、春待ち祭りの日ですから町中の人たち、それに街道沿いの町という土地柄ですから旅の途中で立ち寄る人たちってところかしら?」 「やる以上は全力を出したいものだな」 「なあなあ。せっかくなんだし、円陣組まねー? 絶対成功させるぞ! って気合入れる意味も込めてさ」 打ち合わせをしただけというのに、すっかり気分が高揚した矢薙丸が言い出して人妖たちの手、その姉‥‥もとい主人もすっかり、その気になってしぶっていた仲間の手を取り、円陣を組む。 そして、誰ともなく声をだして、 「エイ・エイ・オー!」 それは春まだ遠き日の、ささやかな出来事であった。 |