|
■オープニング本文 「ねぇ、なんでねえちゃんが死ななくちゃならないだよ!」 子供の悲痛な叫びが、その家からあがった。 家の前の道を歩いていた老婆がびくりとして立ち止まり、その扉を確認すると、中をのぞき込むようなこともせず、ただ小さく首をふり、 「しかたないのだ――」 と、つぶやいて、その場を去っていった。 実際「しかたがない」のかもしれない。 「今年は水不足なんだから――」 だから姉を生贄として水の守護者なるモノに捧げ、降雨を祈るのだという。 そんな大人の理論は、はたして幼子に通じるのだろうか。 いや、その子供のような純粋な心を持っていなくとも、村の外の人間の思考で考えるのならば、たとえそれが昔からの習わしであったとしても眉をひそめざるを得なかったであろう。 もちろん、そのような蛮習は皇帝の許すところではなく、ジルベリアでは公に禁止されている風習である。だが、歴史というものは地層のようなものであり、現在の帝国よりも古い時代の地層には古来よりも脈々とつらなる古ジルベリアというものが眠っていて、ときにそれが姿を見せたりすることもある。 それが、今回の依頼となる白蛇への生贄でもあるのだ。 ● 村よりさほど離れておらぬ場所に森がある。 かつては村を支えた森も、いつしかひとの忌避する場所になりえたのはなぜだろうか。忘れられた歴史を掘り返す時はないが、村人たちの尋ねれば――いや、尋ねるまでもなく、かれらをその理由をすでに語っている。 そこには蛇がいるのだ。 しかも、ただの蛇ではないという。 ひとの手に入らない森は自然ではない。 それは野生なのだ。 だから、かつては泉であったという伝説のある水辺も現在では清い水の流れはなく、よどんだ黒い水の拡がる沼地へと姿を変えていた。 水面には小さな虫が羽音をたてて飛び、水面のそばにまでのびた木々の枝は、骸骨が腕をのばしているようにも見える。 暗い、不気味な場所だ。 風がやんだ。 沼の水が波立った。 水が大きな盛り上がったかと思うと、それが姿をあらわした。 黒い泉の主と呼ぶ白蛇どもだ。 それらは長い首をもたげあげながら生贄を待っているのであった。 ● その子供が、どうやって君たちの事を知り、どのようにしてお金を手に入れ、開拓者ギルドまでたどりついたかは語らない。 それはことの趣旨から逸れるし、なによりもおもしろい話ではない。 ただ、子供の一途な思いがかなえた小さな奇跡とでおも思ってくれればいい。 「化け物を倒して、おねえちゃんを救って欲しい!」 少年の依頼はわかりやすい。 いや、それ以上の言葉は不要であろう。 少年の依頼を聞き終えたギルドのおしゃべり雀たちが、こんなことを言い合う。 「ねぇ!」 「なに?」 「ちょっと気になることがあるんだけど」 「気になること?」 「蛇によく似たアヤカシにいなかったかしら?」 「たしか白大蛇ってアヤカシだったっけかな」 「アヤカシを相手に沼地で戦闘か‥‥」 「開拓者たちならば難しくないわね」 「そうね。決まった!」 他人の思考を読むことができでもするかのようなやりとりがあって、ギルドの娘――どこか少年の姉に似た面影がある――が、にっこりと笑って、少年の頭をなでてあげるのであった。 「開拓者たちが君のお姉さんを救ってくれるからね」 そして、すべては君たちにゆだねられた。 |
■参加者一覧
ルエラ・ファールバルト(ia9645)
20歳・女・志
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
劉 星晶(ib3478)
20歳・男・泰
鉄龍(ib3794)
27歳・男・騎
S・ユーティライネン(ib4344)
10歳・男・砲
シルビア・ランツォーネ(ib4445)
17歳・女・騎
隠岐 浬(ib5114)
14歳・女・志 |
■リプレイ本文 まだ雨はこない。 「どうだ?」 琥龍 蒼羅(ib0214)が鳳珠(ib3369)に声をかける。 「まだ見えません」 目を閉じながら空を見上げていた巫女は、瞼を開けると首を横に振る。 「やはり、あれを退治するのが先決か――」 「問題はアヤカシより、退治後も雨が降る事を村の方々に納得させる事でしょうね」 「白大蛇‥‥」 「なにか思い当たることがあるのですか?」 「以前似たような雨を呼ぶ大蛇のアヤカシと戦った事がある。降り続く雨が川を氾濫させていた、その時は倒す事で雨は止んだが‥‥。今回の雨が降らないという話も、アヤカシが原因と言う可能性は充分ありえる話だ」 「やはり、この地の白大蛇も?」 「そうではないかと俺は思うが、とは言えそれを村人に告げた所で素直に聞き入れるかはわからんな」 やれやれと頭をかいて琥龍は面倒だねとつぶやいた。 「今時まだ生贄だなんて、まったく粗野な話だわ。大体、天気の善し悪しなんて人の力なんかで何したってどうにもなんないわよ」 ふたりの会話に若い女の声が割り込んできた。 シルビア・ランツォーネ(ib4445)だ。 「水不足の村々に援助の手を差し伸べない国の政がそもそも問題なんだし」 かつての為政者の末裔の言葉は統治という面からのものであり、別の視線で物事を語っていた男は、それはそうだと同意しながら、不安そうな言葉をつづけた。 「こう言った事は長く続けば続くほどそれが当たり前になっていく」 土着の信仰というものは、無意識の内にひとを縛る心の鎖となる。 「アヤカシに人を捧げるより、共に手を取り合い、運命を切り拓きましょう。不詳ながら開き拓く者として、盾となり剣となります。アヤカシに膝を屈するのはもう終わりです」 村人たちと交渉を持ったとき、そう言って村人達を説得しようとした仲間がいる。 そして、最後に―― 「親としての意地を見せて下さい」 村人たちをけしかけてみたが、はたして、その言葉は村人たちの心まで届き、そして無意識の恐怖にどこまで訴えかけることができたろうか。 (白蛇‥‥ですか。信仰は人それぞれですが、生贄が無いと願いを聞いてくれない神様なんて拝まない方が良いと思いますけど‥‥いえ、これは村人達の問題ですね) 劉 星晶(ib3478)は失礼のないよう黙り込んでいた交渉の場のことを思い出しながら、目の前の少年を眺めていた。 ルエラ・ファールバルト(ia9645)が水筒を傾け、天儀から持ってきた酒を少年のカップに注いでいる。 「これは?」 白い液体のにおいを嗅ぎ、少年は不思議そうな顔をする。 「甘酒っていう天儀の酒――といっても酔ったりするようなものじゃないけわ」 ルエラは大人の微笑を浮かべると、子供はの表情はみるみるうちに柔らかなものとなっていく。 そして、もう一杯とカップを差し出すと、ルエラはほっとして、つぶやいていた。 (小さくても奇跡は奇跡。叶えましょう) 「まず、教えて欲しい貴方の名は?」 S・ユーティライネン(ib4344)が少年の顔を見据えた 「自分の名はジークフリート・ユーティーライネン」 S‥‥もとい、ギルドの登録ミス――職員が、彼の長いスペルを書けなかったのか、名簿に書くだけのスペースがなかったのか、はたまた単になにか手違いがあったのか、まあ、いろいろと愉快な理由を想像できるが、なんの手違いか、名前をギルドに登録できなかった彼は、ジークという名前である。 (子供、少年?) 依頼の段階ではわからなかった依頼人をジークは値踏みしながら、いくつか質問の応答を行った。依頼人の少年が真摯な表情で応えている。 (何かを成し遂げようと必死になれる人は好きだよ。‥‥てゆかこんな可愛い子が困ってんのに、放っとけるか!!!) その横では隠岐 浬(ib5114)が、うっとりした様子で妙齢の少年たちのやりとりをながめていた。 ● 「天気を操る白蛇か‥‥」 鉄龍(ib3794)は腕を組みながら森の小道を歩いていた。 先行する仲間たちが、互いの連絡がとれ、またすぐに救援に迎える程度の距離をとりながら沼の周囲を警戒しながら探っている。 すでに隠岐が沼地を含めた村周辺の土地を調べ、地図にしている。 幾つかの地点には調査の結果バツがつき、怪しげな場所は、やはり少年の姉を生贄として捧げる場所の周囲だろうということとなっていた。 すでに、その場所にいる。 たがいに緊張した面持ちで開拓者たちは周囲を見回した。 草の中か、木の影か、あるいは沼の中か――いた! のっそりとひとの背丈ほどの大きな蛇が木の上から枝と幹をつたいながら、地上に下りてきた。 白いアヤカシの姿を認め、開拓者たちが身構える。 しかし、琥龍は身構えたまま、すぐには動かなかった。 幾たびの戦いから生まれた勘働き。敵が、あれだけではあると思えず、まずポジションから離れるのは得策だとは思えなかったのだ。 若い――自分もそれほどの年齢ではないが――開拓者たちにまずまかせよう。 目をやると、かすかな光を見に宿した鳳珠が目で応える。 (瘴索結界を使ったか――) やはり敵は、この一匹だけではないと仲間もわかっているのだ。 蛇の姿をしたアヤカシの迫ってくる方向に目をやった。 戦いははじまっている。 飛びかかってきた蛇を翼竜鱗の盾が軽くいなす。 「これが防盾術よ」 ルエラが構え、どのような攻撃がきても流し、あるいは防御する体勢をとっている。それに、まだ経験の浅い仲間に実戦で教えるつもりもあるのだ。 「なるほどね!」 感心しながら鉄龍と隠岐が子供ほどの大きさの蛇に攻撃を仕掛けた。 つづいて敵を味方から離すべく挑発するための位置とりをしようとしたシルビアだったが沼の泥に足をとられ移動はなかなかかなわず、体勢を崩し、膝をつきながらもアヤカシに一撃に加えるのが精一杯であった。 「こんなの気にしませんわ!」 はねたアヤカシのせいで、顔いっぱいに泥をかぶりってシルビアはきぃと叫んだ。 だが、その表情とは反対に頭は冴えている。 熱い心と冷めた頭。 それは開拓者として重要なものだ。 「沼地だから足下に気をつけないとな」 鉄龍が近づいてきた蛇から逃れるように距離をとる。 「いい間合いだね。でも――」 後方に位置していたジークの一射が蛇を仕留めた。 むろん、これで終わりではない。 「囲まれています」 「やはり楽をさせてはもらえないか」 「分かれてきたわね」 周囲の草むら、木の影、沼の中――あちらこちに白い姿が見えた。 「これからが本番です」 巫女が神託を告げるがごとく、ささやく。 「なに、敵がくるのならば斬ればいいだけのことだ!」 鉄龍が目の前の蛇に斬りかかり、隠岐が追撃。 突き刺さった。 「どう?」 まだ生きている。 赤い目が女を捉えた。 「なに!?」 その目を見て、シルビアがくらりとする感覚を覚えたとき、ジークの矢が蛇を射落とした。 「二匹目!」 「まだくるぞ!」 いまの誰の声だったか―― シルビアは頭をふる。 わかって当たり前のことすらわからないとは、やられた。 視界がわずかにゆがみ、頭がくらくらとする。 アヤカシの術にかかったらしい。 「数は多いか――」 琥龍は事前の策どうり回避を選択した。 むろん、現在までのところでは、そこまで気に病む強さではないが、もしもということがある。戦場では慢心が陥穽となるのだ。 やがて、ひとつの影が沼地に見えた。 「こいつがボスね!」 ひとの背丈すら超える巨大な白蛇が沼の底からあらわれた。 戦いは総力戦ともいえるものとなった。 「なめないでよ!」 なんの因果か、神のいたずらか――さいころの神さまっているのよね――戦場の真ん中に立つことになってしまった姫君は、それでも奮戦で応えた。 そんな娘の足下に蛇が近づいてくる。 巻き付いて沼に引き子も等しているのか。 「悪いがそう上手くはいかないさ」 だが鉄龍が体を呈して蛇の前に立ちはだかり、その行動を邪魔した。 動きがにぶった。蛇に向かって劉の放ったクナイが突き刺さり、蛇は口を開けた姿のまま絶命する。 「あと二体!」 ルエラの体が渦を巻くようにまわると、鎌がつむじ風を呼び、かまいたちとなって大蛇の体を切り裂いた。 むろん、それだけで落ちるような敵ではない。 「それでは――」 隙を見て鳳珠の恋慈手がシルビアを癒す。 ふたりの前に立った男がいる。 両手剣をふりかざし、 「さすがだな!」 鉄龍の一撃が大物を捉える。 手応えはあった。 だが、その程度で倒せるような敵でもない。 くわっと牙をむきだしにして蛇は威嚇をした。 強敵を前にして毛が逆立ち、血がたぎり、背筋がぞくぞくとする。 「これこそ戦場! 戦いなのだ!」 もはや、そこには秩序だった戦線などなかった。乱戦となり前線も後衛も、また敵と味方の位置も曖昧なものになっている 後方に位置していたジークの場所にもアヤカシが近づいていた。 指呼の間に迫ってきたかと思うと、蛇の巨躯が倒れ込むようにしてジークにぶつかってきた。 「あっ!」 少年の小さな体が宙に舞い、沼地に落ちた。 「ぺっ――」 つばをはきながら立ち上がるジークの体は、もはや泥にまみれ、腕からは血が流れている。ジークは己のふがいなさに腹が立った。 目の前で、そのアヤカシが味方のクナイによって倒されていったのだから、なおさらだ。 そして、戦いは最終局面となった。 親玉が最大の敵となった。 白蛇が、その大きな体を鞭のようにしならせルエラに襲いかかってきた。 だが、ルエラの技は、そのような攻撃を受け付けない。 「紅蓮紅葉!」 琥龍の刃が紅く燃え上がり、振られた刃から燐光が雪の大地に舞う紅葉のごとく散ったかと思うと、白い蛇の体に落葉したがごとく、その体を真っ赤に染めた。 「残ったか‥‥」 「でも、あとすこしでしょ」 「これで終わりだ!」 オーラをまとった騎士の一撃によって白蛇は朝の大気に吸い込まれるように見えなくなっていく霧のように消散した。 ● 「アヤカシを倒したけどどうなるのかな?」 戦いが終わり、隠岐はへたりと草地に腰を下ろし、まだ高ぶっている気分を落ち着かせるように、何度も何度も深呼吸をすると、そのまま背中から大の字になって倒れ込んだ。 熱くなって体から流れる汗が秋の風に冷やされ、心地よい。 息もだんだん、ふだんのスピードになってきた。 興奮していた体も幾分か落ち着いてきた。 村人たちにアヤカシを倒せば雨が降ると約束した手前、隠岐にも一抹の不安がある。 これで、本当に終わりなのか―― むろん開拓者たる者、次善の策を練るのは当然である。 「う〜、なんであたしがこんな目に‥‥っ」 戦闘が終わり、落ち着いてくると気にならなかったことも、こうなると不満の種になってくるのは当然のことだ。 泥まみれになった姫さまは、ぶぅぶぅと文句をたれながら、きれいな水が残っている場所はないかとあたりを見回した。 「あらウサギ」 蛇がいなくなったことに気がついたのか、穴からうさぎが顔をのぞかせ、開拓者と目をあわせると、あわてて隠れてしまった。 「まったく気に入らないわね! なにあのウサギ、この可憐なあたしを見て隠れるなんて、ウサギの肉の入ったスープにしちゃうわよ!」 「ダメダメ、たぶん別の穴から逃げているよ」 「別の穴?」 「ウサギの巣には複数の出入り口があるんだよ。知らないのかい?」 鳳珠の術で回復した傷跡を不思議なものを見るような目で眺め、本当に回復したのか確認するように、二度、三度と腕をジークは腕をまわしている。 「そ、そんなことは知っているわよ!?」 「じゃあ、狡兎に三窟ありってことわざは?」 「どういう意味?」 聞いたことのない諺だ。 「賢いウサギは逃げ道として巣に幾つも抜け穴を持っているという意味ね」 「まあ俺たちもウサギにならって、村人たちに連絡を入れ事の正否を確認。最悪、少年とその姉の二人を逃がす事も考えておくべきか――」 そのための交渉方法や姉弟を逃がすための人員配置――村からの逃走経路も策定済みだ――など事後策について詰め始めようとした。 その時、仲間たちの会話を聞いていたのか否か、まぶたを閉じ、ふたたび空を見上げていた巫女が口を開いた。 「大丈夫ですよ」 空を見上げたまま、まぶたを開き、巫女はほほえんだ。 「雨の未来が見えましたから――」 翌日、その地にひさしぶりの雨がふった。 |